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<東京怪談・PCゲームノベル>


Midnight Summer Dream 2005


00 事の発端

「うだるような暑さを吹き飛ばせッ! 橘夏樹の夏限定特別ライヴ実施中――」
「ちょっと待ちなさい」
 夏休みはしっかり遊ぶ気でいる受験生・寺沢辰彦の、目に鮮やかな夏服のYシャツを、これも夏らしい白いワンピースを纏った橘夏樹ががっとつかんだ。
「誰のライヴよ!?」
「夏樹さんの」と、さも当然といった口振りで夏樹を指差す辰彦。「何でも歌えるんでしょ? ロックいきましょうよロック」
「余計に暑いじゃないの! っていうかいつ誰が、特別ライヴをやるなんて言ったのよ!?」
「僕が決めたんでーす」
「そんな体力ないわよ……!」
 こっちの二人は相変わらずのノリである。
 追い込みの受験生相手で忙しいはずの予備校講師・水上彰人も、相変わらずやる気なさげだった。むしろ暑さでやる気のなさ二割り増だ。
「いいんじゃない? ライヴ。ついでだから夏メニューでもやれば?」
 と、だるそう、かつ無責任に口を挟む。
「クリスマスと同じパターンじゃないのよ。捻りってものがないの? イベントとあらば私に歌わせて――」
「それじゃ、1.夏樹さんの特別ライヴ、2.夏季特別メニュー、に加えてなんかやりましょうよ。そうだなぁ、花火大会なんかどうですか?」
「花火大会ィ?」夏樹は胡乱げな顔を辰彦に向ける。「どこでやるのよ」
「このビルの屋上」
 このビル、つまり村井ビルだ。冴えない雑居ビルである。
「ご希望のお客様に花火大会サービスってことで。ついでにバーベキューなんかもやったらどうですか? 大人数でわいわい、楽しそうじゃないですか」
「それ、ビルの管理人通さなくて大丈夫なの?」
 水上がもっともな疑問を投げかける。
「あ、そこら辺は僕のほうでなんとかしときますからー」
「また金にモノを言わせる気ね、このブルジョワ息子が……」
「金持ちが一人いると便利でしょ?」
 辰彦は悪戯っぽい笑顔を浮かべた。


01 海原みなもの場合

 その日は快晴だった。――雲一つないほどの。
「暑い……この暑さは……異常だわ」
 花火大会+バーベキュー用の材料の買出しに戸外へ出ていた橘夏樹は、両手いっぱいのスーパーの袋を木陰に置いて、その場にへたり込んだ。あまりの暑さに眩暈まで覚える始末。
「誰よ、こんな暑い日に花火大会やろうなんて言い出したの……!」
 といっても、花火大会は夜からである。しかしバーベキューの準備はまだ日が落ちないうちに始めなければならず、誰がそれをやるかというと、もちろん主催者側の橘夏樹なのであった。
「大丈夫ですか?」
 木陰で涼を取っていた夏樹の頭上に、真夏の海の冷水を思わず涼やかな声が降ってきた。夏樹は一瞬、木々の間から降り注ぐ陽光に目を細め、
「あ――みなもちゃん!?」
 声の主を認めると、喜色満面にその名を呼んだ。
「うわぁ、久しぶりじゃない! 元気?」
 眩暈も忘れて立ち上がる。夏樹とそう変わらない長身の、大人っぽい少女はにこりと微笑んだ。海原みなもはこの近くの公立中学校の女生徒だ。セーラー服を着ていれば年相応にも見えるのだが、こうして私服姿でいると実年齢よりやや上に見える。とはいえ大学生の夏樹からすれば、真面目で純朴な彼女は妹みたいに可愛いもので、
「会いたかったのよー。ちょっと、っていうか大分気力回復したわ!」
 ばてばてな夏樹も気合いが入るというものである。何の気合いかはさておき。
「はい、おかげさまで。忘れられちゃったらどうしようかと思ってたんですけど」
「忘れるわけないじゃなーい! むしろみなもちゃん遊びにこないかなーって待ち侘びてたのよ! もしかしてこれからEscherに来るところだった?」
「はい、そのつもりだったのですけど……、お忙しいですか?」
 みなもは近所のスーパーのロゴが入ったプラスチック袋に目をやる。
「ううん、私もこれからお店に行くところ」
 この大荷物を担いでね、と夏樹。
 店というのはここから数ブロックほどの雑居ビルの中に入ったジャズバーのことである。一時期バイトで勤めていたみなもは、以降も、度々客として顔を出していた。
「それなら、あたしお手伝いします」
「重いわよ?」
「夏樹さんが持てるならあたしだって大丈夫です!」
 みなもは拳を握って目の高さに持ち上げた。
「じゃあ一つだけお願いしちゃおうかしら。実際しんどかったのよ……」
 みなもはスーパーの袋を一つ受け取ると、夏樹の後について歩き出した。
「それにしても、凄い荷物ですね。買出しですか?」
「そうなの、バーベキュー用の。みなもちゃん、今日の夜は空いてる? 屋上で花火大会やるんだけど、良かったらみなもちゃんも来ない?」
「花火大会、ですか?」
「そう。ついでにバーベキューするから、私は食材の買出し班ってわけ。辰彦は花火を見繕いに行ってるわよ、わざわざホームセンターまで」
「何か凄い花火が出てきそうですね」辰彦が祭り好きな人間を知っているみなもは、ちょっとわくわくしながら言った。「それじゃ、あたしもお邪魔します。準備の手が空いたら、一度着替えに帰ってもいいですか?」
「そのままでいいわよー、適当にわいわいやるだけだから」
「いえ、折角ですから浴衣を着ようかなって」
「みなもちゃんの浴衣? 見たい見たい! 似合いそうねー」
「夏樹さんも着ませんか?」
「私? 浴衣は……ないことはないけど、着付けられないのよねぇ」
「任せて下さい」とみなもはちょっと得意げな笑顔を浮かべた。「あたし、着付けとか得意なんです。その……お姉様が、衣装魔だから……」
 衣装魔? と思わず首を傾げる夏樹であった。


02 真夏の夜の夢 PART 1

 しぶとい真夏の太陽も、午後七時を回る頃になってようやく東京のビル街の彼方に没し始めた。残光が背の高いビルのてっぺんを僅かに赤く染めており、街の底辺にはぽつぽつと家々の明かりが滲む。
 日中のうだるような暑さは和らぎつつあったが、肌に纏わりつく湿度とビルの谷間を吹き上げる熱風は、まさに都会の夏といった趣だった。そんな『夏』の風景を雑居ビルの屋上から望む七人、内訳女性三名、男性四名、が今回のEscher主催花火大会もどき、の参加者である。
「やっぱりまだ暑いですね」
 ぱたぱたと団扇で顔を仰いでいるのは、海原みなも。空色の地に金魚の手縫いの浴衣を纏い、青みがかったロングヘアをアップにして簪を挿している。楚々とした雰囲気だ。
「そうねぇ。でも多少は涼しくなったかしら?」
 と、これも浴衣を着た橘夏樹。こちらは黒地に花の模様が入っている。夏樹の着付けはみなもが手伝ったものだ。
 日本の夏に華を添える浴衣姿の二人、プラス、今日は珍しくもう一人の女性客が来店している。今はラフな格好だが、和服を着たらばっちり決まるのではないかという、黒髪に緑色の瞳が美しい美人だった。彼女は藤井葛といって、近所の大学院生で、遊びたい欲求を堪えているところを祭り好きな辰彦に『捕まえられてしまった』、ある意味犠牲者である。
「ずっと室内にいたら逆に体調を壊すだろ、クーラーで」
 男っぽいさばさばした口調は心なしか弾んでおり、なんだかんだと楽しんでいる様子が伺えた。
 以上、爽やかな女性陣。
 で、教師三人+高校生一人、が男性陣のほうだ。
 村井ビルの三階、四階を占める啓名予備校の臨時講師である綾和泉匡乃は、差し入れにと買ってきたバーベキュー用の食材をせっせと焼いている最中だ。女性の方々は折角の浴衣姿ですし、と自ら労働を買って出るあたりが紳士である。匡乃と、誘いを受けてやって来た高校の化学教師である大竹誠司が仕事に励んでおり、その傍らで辰彦は花火の準備、水上は頃合いを見て焼き上がった野菜を摘んでいる。
「あ、駄目ですよ、水上さん――」匡乃は水上から紙皿を取り返そうとした。「摘むなら水上さんも手伝って下さいよ」
「いや、お腹空いてさ」
「ちゃっかりしてるんですから、水上先生……」
 こういうときはてんで要領の悪い大竹誠司は、もちろんお相伴にはあずかれない。食欲旺盛な連中(主に辰彦とか、夏樹とか)あたりに横取りされる可能性が高そうだ。
「あれ、もう焼き上がってる? 食べていい? 俺、さっきから腹減っててさ、実は」
「あっ、ちょっと――」
 訂正。辰彦とか夏樹とか、に加えて葛も食欲旺盛な模様。
「僕も僕もー。この中ではみなもちゃんの次に若いですから、肉貰いますね。食べ盛りなんで」と辰彦。
「あ、あれ、皆さんそんなに急がなくても――」
「争奪戦よ、争奪戦。辰彦に肉は渡さないわよ」
「太りますよー、夏樹さーん」
「ああっ、ちょっと待って――」
「では僕もそろそろいただきましょうか」
 にっこり微笑んで、匡乃がひょいひょいと野菜を紙皿に盛っていく。この中では唯一がっついていないみなもはしかし、Escherの連中に贔屓されているので、バーベキュー争奪戦の輪の外にいながらも、ちゃっかり食物を供給してもらっているのだった。
「はい、みなもちゃん、どうぞー」
「あ、すみません。いただきます」
 というわけで、やっぱり最後まで食べ物にありつけないのは大竹誠司その人だった。
「俺の分も残してもらえるとありがたい……な……」
「そんなこと言ってっと、全部食われちまうよ、大竹先生」誠司を先制して肉をゲットする葛。「先生、鈍いねぇ」
 むしろ葛が驚異的な動きを見せているのだが。彼女の運動神経の賜物かもしれない。
「……俺っていつもこんな役割なんですか? 水上先生」
「そうだね。煙草吸ってもいい?」
「どうぞお好きにして下さい……」
 誠司が背中に哀愁が漂っていたのは言うまでもない。
「それにしてもまぁ、なんとも夏らしいというか……」匡乃はこれも差し入れに持ってきた一升瓶から酒を注ぎ、屋上のフェンスに寄りかかった。「縁側でスイカとはいきませんが、暮れなずむ都会を眺めつつ日本酒を味わうのも、なかなか風情がありますね」
「綾和泉さん、お酒まで持ってきてくれたんですか? 私もいただいていい?」
「ええ、どうぞ」
 夏樹は紙コップに日本酒を注いでもらうと、一息で飲み干した。
「あー、美味しい。バーベキューっていったらビールといきたいところだけど、日本酒も悪くないわねー。みなもちゃん、ちょっと飲んでみる?」
「いえ、あの……あたし、未成年ですよ?」
「誰も咎めないから安心して、ね!」
「……それじゃ、ちょっとだけいただこうかな」
 不良中学生ですね、とみなもは肩を竦めた。
 それこそ未成年はみなもと辰彦だけなので、酒盛りも当然のように行われた。この場合飲みすぎて羽目を外すのは、Escherのマドンナ(?)こと橘夏樹で、
「よっしゃ、盛り上がってきたわ! いっちょ歌いましょうか!」
 浴衣の裾を振り乱してマイクなんか握ってしまうわけである。
「おっ、いいねぇ。何かノリの良い曲やってよ」
 葛がそこに合いの手を入れるものだから、歌姫はすっかり乗り気である。
「そういえば、夏樹さんの歌を聴くのははじめてですね。いい機会だから聴かせてもらいましょう」と匡乃。
「オッケオッケ! リクエスト二十四時間受け付け中ーッ!」
「ちょ、待って夏樹さん」ノリノリの夏樹からマイクを奪う辰彦。「マイクいらないから。素でいいから」
「なんでよ。あんたがロックやれって言ったんじゃないのよ」
「駄目、駄目、夏樹さんってばアルコールが入ると問答無用でクラシック発声するから! ソプラノオペラ歌手志望はマイク使っちゃいけません!」
「大丈夫よぉー、心配しないでー。夏といったら、ロック! パンク! というわけで一曲目は『Summertime』!」
「それはジャズです夏樹さん!」
 ……そんなわけで、饗宴が幕を開けた。


03 真夏の夜の夢 PART 2

 夏樹の夏季特別ライヴは大盛況だった。どのくらい盛況だったかというと、何事かと騒ぎを聞きつけた住民がビルの下に集い、危うく警察のお世話になりかけて、法曹界に父親を持つ辰彦少年がここぞとばかりに政治力を発揮してしまうくらい盛況だった。某UKロックバンドみたいだ。
「いやー、なんていうか、凄かったね」葛は、アルコールで酔い潰れた夏樹を介抱しながら、その手伝いをしているみなもに向かって言った。「うん、楽しかった。あんな人だったとは、正直思わなかったけど」
「あはは……、でも、夏樹さんはしっとりした歌もお上手ですよ」
 みなもは苦笑いを浮かべる。当の本人は気持ち良く寝こけているので、葛が室内での防寒用に持ち歩いていた薄手の上着をかけてやって、そのままにしておくことにした。
「なんだか、久しぶりに無茶苦茶遊んだ感じだ」
 葛は晴れ晴れとした表情で両腕を広げる。
「葛さんは大学院へ通っていらっしゃるんでしたっけ? お忙しそうですね」
「忙しいってほどでもないけどね、大学とは比べ物にならないなぁ。えっと、貴方は……」
「海原みなもです」
「あれっ? もしかして――」
 葛は、同じく海原の姓がつく人物の名前を口にした。
「はい、妹をご存知でしたか?」
「ちょっとね。海原なんていう姓、そうそうないし。――で、みなもちゃんは、高校生だっけ?」
「あたし、中学生です」
「そうなんだ。大人っぽいね。中学生なら、夏も部活やなんかで忙しそうだな」
「いえ、それほどでも――あ、この浴衣、部活で縫ったんですよ」みなもは浴衣の裾を翻してみせた。「だからちょっと出来が悪いんですけど……」
「そんなことないない。可愛いと思うよ」
「ありがとうございます」
 みなもは照れくさそうに微笑んだ。
 残された女性陣二人がそんな他愛ない話に花を咲かせているところに、待ってましたとばかりに大量の火薬を抱え込んで乱入してきたのが寺沢辰彦。
「宴はまだ始まったばかりだよ! ほらほら、花火! 葛さんも、あと二、三時間くらいは遊んで遊んで!」
「ははっ、あと三時間も持つかな」
 言いながら、葛は辰彦から花火を受け取った。
「みなもちゃんは? どれにする?」
 辰彦から花火を差し出され、みなもは唇に人差し指を当てて思案する。
「花火ってこんなにたくさん種類があるんですね。どれがいいか良くわかりませんけど……、じゃあ、これで」
 既に白い火花を散らせていた葛の花火の先端から火を貰うと、みなもの花火はぱちぱちとオレンジ色に弾け始めた。
「わ、ちょっと怖いです……」
「もうちょっとこっちの、柄のほうを持ってみなよ」
 女性二人が楽しくやっているその足元で、辰彦はねずみ花火に点火した。みなもは小さな悲鳴を上げながら、ランダムに地面を行ったり来たりするねずみ花火から逃げる。
「辰彦、女の子を怖がらせるな。丸っきりやってることがガキだぞ」
 既に呼び捨てである。この小生意気な高校生は呼び捨てくらいでちょうどいい、とか思っていたりする葛である。
「こんなの序の口でしょ。まだまだありますよー」
「今晩中に終わるのか?」
 花火の山を見、葛は呆れ顔で溜息をついた。
「終わるんじゃないですか? 人数いることだし」
「人数いるったって、先生方は線香花火大会してるじゃないか」
「うーん、十代と二十代のボーダーライン」
「おい、俺は二十二だぞ」
「まだ学生だからいいんですよ、こっちのカテゴリで」
「どんなカテゴリだよ……」
 葛は燃え尽きた花火を、水を張ったバケツに突っ込んだ。じゅっと音がして火が消える。ねずみ花火のほうも大人しくなったようだ。逃げ回っていたみなもが戻ってきて、
「はぁ、はぁ、怖かった……」
 などと胸に手を当てて喘いでいる。
「じゃじゃーん。まだこんなにあったりします」辰彦は手品師のようにねずみ花火を目の前に掲げた。「三点いっぺん着火ー!」
「きゃーっ、やめて下さい、やめて下さいー!」
「だから女の子を怖がらせるなっての」
 葛にがつんと脳天を殴られて、辰彦は呻き声を上げた。
「うう、辰彦さん酷いです……」
「馬鹿は相手にするな。ちょっと大人しいのやろうよ、ほら」
 権力者の長女に悪戯好きの長男、長男に遊ばれている次女、みたいな構図が出来上がってしまっている。
「にしても、良くこんな妙な花火を見つけてきたね。コンビニで売ってる花火セットとかじゃないんだ」
「そりゃぁ、名目は花火大会ですからね」辰彦は得意げに言った。「要は『夏らしい』遊びができれば何だっていいんですけど――あ、そだ、みなもちゃんも葛さんも、なんか特別メニュー食べる? 夏樹さんが潰れちゃってるから、僕が用意してくるよ」
「特別メニューですか? 何があるんですか?」
「えーと、シャーベットにジェラード、カキ氷、杏仁豆腐……」
「カキ氷もあるの? じゃ、俺はそれにするよ。イチゴシロップたっぷりかけてね」
「オッケー、みなもちゃんは?」
「杏仁豆腐をいただいてもいいですか? あ、でも辰彦さん一人じゃ大変でしょうから、お手伝いします」
「うん、じゃお願い。一時期働いてたんだし、みなもちゃんのほうがキッチンの勝手はわかってるかもね」
 ちょっと待ってて下さいね、と言い置いて二人は階下へ降りていった。
無人の店内は空調が行き届いておらず、少し蒸していた。クーラーのスイッチを入れると、辰彦はスツールに腰を降ろす。
「ふー、ちょっと疲れたね。みなもちゃんも適当に休んでいっていいよ」
「いえ、私は大丈夫です」
「浴衣って着てて疲れない? なんか冷たい飲み物あげるから、座っててよ」
 素直に好意に甘えることにして、みなもはソファの席に腰を降ろした。
「みなもちゃーん、悪いけど、実験台になってもらっていい?」
 キッチンの奥から辰彦の声が飛んでくる。
「はい?」
 実験台って何のだろう、と首を捻っているところに、辰彦が二人分のグラスを手に戻ってきた。
「これ、試しに作ってみたカクテルなんだけどさ。味見程度でいいから、良かったら飲んでみて」
「わぁ、凄い。辰彦さんが作ったんですか?」
「バーテンの真似っこね。美味しければいいんだけど――ってか、みなもちゃんって中学生だったっけ……」
「でも実は、さっき日本酒をいただいてしまいました。少しですけど」
「あ、そうなの? 日本酒がいけるなら平気だね、たいしてアルコール度数高くないから。でも、無理だったら飲まなくていいからね」
 みなもはおそるおそるグラスを口につけた。こういった『実験』の類いではあまり良い目に遭っていないみなもなので、つい身構えてしまうのも仕方のないことだ。が、
「あ……美味しい」
 アルコール臭さはまったくなく、口にすんなり馴染む味だったので、みなもはほっと胸を撫で下ろした。
「ほんと? いけそう?」
「凄く飲みやすいです、癖がなくて。ジュースみたいですね」
「あー、良かった! それなら安心! 夏樹さんにメニューへの導入を検討してもらおーっと」
「……あれ、でも、辰彦さんも未成年でしたよね?」
「細かいことは気にしちゃ駄目駄目。でも親父には内緒ねー」
「お父さん、ですか?」
「僕の親父、裁判官だからね」
「…………」
 それは色々まずいんじゃないでしょうか? 辰彦さん。
 でも、バーに出入りしているあたしもあたしだし、とみなもは思う。もっとも、この店で客がアルコールを飲んでいるところを、みなもは目撃したことがない。
「実はみなもちゃんが初試飲」
「そうなんですか?」
「やっぱり最初は女の子に飲ませたいでしょ?」
 改めて『女の子』扱いされて、なんとなく照れくさくなるみなもだった。
 束の間の休憩を終えると、二人は葛のイチゴカキ氷、みなもの杏仁豆腐、辰彦のブルーハワイカキ氷を屋上へ運んだ。
 宴も終盤に差し掛かりつつある。どこか戸外で、自分達と同じように花火を打ち上げて騒いでいるらしい歓声が聞こえた。


04 宴の終わり

 最後に派手な打ち上げ花火をやって、みなも達はたっぷりとこの一夜の宴を楽しんだ。未だ寝こけている夏樹をそっと起こしてやり、葛が持ってきたデジタルカメラで記念撮影をすると、本日はこれにてお開き。
 後片付けを手伝う傍らにふと頭上を見上げると、東京の真ん中とは思えない、美しい星空が広がっていた。
 星空にあてられたのか、今頃アルコールが回ってきたのか、みなもはしばしの間、非現実感を味わっていた。
「なんだか……夏の幻の中にいるみたいです」
 みなもは、ぽつりとつぶやく。誰にともない台詞だったが、しっかり辰彦の耳に届いていた。
「なに?」
「幻影みたいだなって。都会の真ん中でこんな風に夏を味わえるとは、思ってもみませんでした」
「真夏の夜の夢だね。ミッドナイト・サマー・ドリーム」
「真夏の夜の夢、かぁ……」
 夜は更け、闇はその密度を高くしていく。
 色濃い闇に細い月がぽつんと昇り、眠れ安くと、彼らを夢の世界へ誘っていた。


Fin.


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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■綾和泉 匡乃
 整理番号:1537 性別:男 年齢:27歳 職業:予備校講師

■海原 みなも
 整理番号:1252 性別:女 年齢:13歳 職業:中学生

■藤井 葛
 整理番号:1312 性別:女 年齢:22歳 職業:学生

【NPC】

■大竹 誠司
 性別:男 年齢:26歳 職業:化学教師兼IO2プログラマー

■寺沢 辰彦
 性別:男 年齢:18歳 職業:高校生

■橘 夏樹
 性別:女 年齢:21歳 職業:音大生

■水上 彰人
 性別:男 年齢:28歳 職業:予備校講師

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、雨宮です。
 まずはお届けが遅くなってしまいまして申し訳ございません。お待たせ致しました。
 久しぶりの大所帯でしたので、共通部分の執筆に戸惑いの連続でした……。そんなこんなで、個別部分を多めに取らせていただきました。
 今回は、海月里奈ライターよりNPCの大竹誠司氏に出張していただきました。この場でお礼申し上げます。

 ご来店お待ちしておりました、みなもさん!(笑) 相変わらずみなもさん贔屓なEscherの面々です。夏限定イベントに華を添えて下さいまして、どうもありがとうございました。バーではありますが、常連客がアルコールを飲まないという変なお店なので、これからも気兼ねなくご来店下さいませ。

 それでは、長々とお付き合い下さいましてありがとうございました。また機会がありましたらお会いしましょう。