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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜渡夢〜



「こ、れは……」
 草薙秋水は周りを見渡して驚きの声を洩らした。
 原因は夢の中にあると思っていたが、それは当たっていたようだ。
(うわ……。すごいな、これは)
 蜘蛛の巣が張り巡らされた部屋の中は、歪んでいる。まるで「不思議の国のアリス」の気分だ。なにせ秋水に比べて部屋がとんでもなく大きい。
 目覚めない少女を助けることが、今回の秋水の仕事だ。
(これって……やっぱりなんかに取り憑かれてるんだろうな……。なんかって……まさか)
 嫌な予感。
 そう思ったのもつかの間。
「お仕事ですか?」
 声に、秋水は苦笑して振り向く。
「ま、まあな。でも、月乃がいるってことは……やはり妖魔の類いってことだな。憑物、だろ?」
「わかっているなら訊かないでください」
 秋水のところまで来た月乃も、やはり同じようなサイズだ。部屋のほうが異様なデカさなのだろう。
 てらてらと怪しく光る糸を眺めていた月乃は目を細める。
「これは……かなり深いところまで根が張ってますね」
「根?」
「完全に寄生されてます」
「…………き、きせい?」
 なんだか嫌な響きのある単語だ。
 顔をしかめる秋水も、糸を眺めた。がっちりと部屋の隅々に走る糸は、大掃除でもしないかぎり綺麗になくなりそうもない。
「……困りましたね。ここまで深く寄生されているのはまずいです」
「まずい?」
「無理やり引き剥がすと、精神崩壊を起こしかねません」
 それはいかんだろ。
 秋水は巨大な部屋を見上げて嘆息した。
「なにが原因なんだ? 相当ヤバイんだろ、状況は」
「とっても危険です」
「……さらりと言うなよ……」
 月乃はなにやら思案しているようであまり表情は晴れない。秋水は見回しながら部屋の中を歩き出す。
 見たところ、部屋のサイズは大きいがよく見る子供部屋のようだった。
 床に落ちた汚いランドセルまで行き、秋水は触れる。びくっとして手を引っ込めた。
(な、なんだ、今の)
 脳裏に映像がよぎったのだ。
 そ、っと手を伸ばして再び触れる。
 びりっと全身に痺れが走ると同時に、秋水の視界は完全に変わっていた。
 そこは小学校だ。
 小学校の廊下だ。
 歩く秋水は、がらりと教室の戸を開ける。勿論、秋水には見覚えのない学校だ。
 開けたそこで、一気に視線を集める秋水。驚きと同時に、諦めと、羞恥と……悲しみで心がいっぱいになった。
 くすくすくす。
 なんで笑うんだろうと秋水は怪訝に思う。
 くすくすくすくす……。
 自分の格好がおかしいんだろうかと、秋水は自身をちらりと見下ろす。変なところはない。
 教室に入っていくと、ちらちらと見られ、笑われた。
 どうして。
 ど、っと胸の奥底に苦い味が広がる。
「っ!」
 秋水は瞬きをした。
「い、今の……もしかしてこの女の子の?」
 顔をしかめる秋水は、目の前の大きなランドセルをじっと見つめる。
 傷が走り、褪せた色の赤いランドセル。
(ひでぇ……)
 なんて陰湿なんだろう。
 黙って笑うなんて。
 ただ笑われるのがどれほど痛いかなんて、わからないのだろうか?
 理由もわからなくて、ただ……ずっと笑われる。
(最近のガキって……みんなああなのか?)
 気分が悪い。
 自分が同じ事をされたら、とか思わないのだろうか……?
「…………これは、本人を見つけるしかないな。無理やり引き剥がすのはダメって月乃も言ってたし……」
 説得が、果たしてきくだろうか。
 激しい孤独感を思い出して秋水は頭を軽く横に振った。追い払うように。
「月乃、あのさ」
 振り返った秋水は「は?」と呟く。月乃の姿がない。
 慌ててきょろきょろと見回すが、どこにも彼女の姿はなかった。
 青ざめる秋水。
「つ、月乃っ!?」
 大声で呼ぶが、返事はない。
 ぽつんと残された秋水は顔を引きつらせる。
 そして、はあっと溜息をついた。
(とにかく……探そう。それが第一だ)
 ゆっくりと歩き出す秋水は気づかない。机の上に置かれていた鏡から、少女がこちらを覗いていることを。



(そういや……俺も昔は一人でいることが多かったっけ)
 思い返している秋水は部屋の中をうろうろと歩き回っていた。
(……いじめ、か)
 いいものじゃない。それは、誰だってわかってるはずなのに……。
 だが、だからってそこでくじけては……相手の思うつぼだ。
「お待たせしました」
 ふわっと真横に降り立った月乃に、秋水は驚愕して動きを止める。
「び、びっくりしたぁ……」
「本体の居場所は突き止めました。この少女の内部はこの部屋のどこかにいるようなので、それを見つけましょう」
「やっぱり、鍵は女の子ってことか」
 ぐるりと二人は部屋を見る。
「……だが、気配はないようだぞ?」
「いいえ。ここは彼女の心の部屋。必ずどこかにいるはずです」
「…………月乃」
 彼女が秋水に視線を向けた。
「この子から憑物を落とすのは……難しいかもしれない」
「なぜですか」
「…………この子、結構ひどいいじめを受けてたみたいなんだ」
「だから?」
「だからって……」
 冷たい目の月乃を、秋水は咎めるように見る。
「月乃……」
「その記憶は、もう見てきました。確かに……見てていいものではなかったですが」
「感想はそれだけか?」
「残念ですが、私はいじめの経験がないので」
「経験はなくても、気持ちはわかるだろ!」
 怒りを声に滲ませる秋水を彼女はゆっくりと見遣った。なんの感情もない瞳だ。
「わかる? 不思議なことをおっしゃる」
「不思議?」
「人間は、決して互いを理解できない生物です。似たような感情は抱いても、同じ感情など感じるはずがない。
 私はこの娘ではありません。なんの力にもなれないのはわかっています」
「…………月乃」
「説得はあなたに任せます。もしやと思いますが、わかるよ、とか、俺も同じ気持ちだよ、などと……考えなしの言葉をかけるのはやめたほうがいいですよ」
 月乃の言葉に秋水はムッとしてしまう。
 彼女がここまで冷酷とは思わなかった!
「自分の力でやらなきゃいけないのは、わかってるさ!」
「……それが無駄だというのです」
「ムダ? なにがムダなんだ!」
「それは強者の論理です。弱い者は、立ち上がることすらできません」
 どきっとして、秋水は口を噤んだ。
 よぎるのは、秋水が命を奪った……弟のような、少年。
「試しに、なにを言うつもりだったが……私に言ってみてください」
「…………人の目なんて気にするな。堂々としてればいいんだって……言おうと思って」
「ふふっ。なんとも陳腐」
 嘲笑うような月乃の言葉に、頭に血がのぼる。
 秋水は月乃を睨みつけた。彼女はゆっくりと笑いを消した。
「堂々としてどうします? また、笑われたら?」
「…………」
「勇気だけではどうにもできない場合があります。すぐに挫けるような環境にあれば、当然ではないですか?」
「……まあ、そうだな」
「人間は、きっかけでいくらでも変われますが…………きっかけがなくては変わることもできない。
 本人の覚悟や、周囲の状況変化もその一つ。
 立ち上がれない人は……ではどうするか。きっかけがあるまで、ただ待つしかありません」
「でも……」
「他人が余計な世話を焼いても逆効果になることも多い。違いますか?」
「……放っておくことは、できないぞ」
 きっぱり言い放った秋水を、彼女は見ていたが……やがて苦笑した。
「まあそうでしょうね、あなたの性格なら」
「月乃?」
「すみません。私の言ったことは忘れてください」
「……もしかして、わざと言ってたのか?」
「言ったことは本気です。いつもなら静観してるところですがね」
「お、俺だから言ったのかよ……」
「そうです。誰もが自分と同じようにできるなどと思ってはいけません。相手はあなたとは違う人間なのですから」
 諭すように言う月乃は悲しそうに微笑した。
 秋水は困ったように眉をさげて耳打ちする。
「なんか……そういうこと、あったのか?」
「あら。心配してくださるんですか?」
「そりゃ……心配するさ」
「……いじめではありませんよ。ただ……辛いと思っていた仕打ちを何度も受けて、挫けて、諦めただけです」
「…………」
 慰めの言葉を言うのは簡単だ。だが、それではダメだと秋水はわかっている。
 秋水は肩から力を抜いた。
「どこにいるかわかんないけど、居るんだろ? なら俺たちの話を聞いていたはずだ」
 部屋は静まり返っている。
「ずっとここに居て、それでいいのか? 確かに辛いことのほうが多い。月乃の言うように、諦めることだってあるさ。
 だけど……本当に悔いがないのか?」
 一切の悔いがないと?
 秋水は呟く。
「現実に戻ればまた辛い生活になる……。だが、ここで朽ちるのを待つのは……」
 と、そこで秋水はぎょっとした。月乃が武器を握りしめて冷ややかな瞳をしていたのだから。
 なにをする気かと思った途端、彼女は武器をくるんと回した。衝撃が風になって部屋の隅々まで切り刻む。部屋が、歪んだ。悲鳴をあげるように。
「痛いでしょう。あなたが受けた仕打ちも、とても痛かったでしょうね」
「つ、月乃!」
「ここで切り刻まれて痛みにのたうち回るのと、夢から覚めるのと……どちらがいいですか?」
 酷薄な笑みを浮かべて言う月乃の言葉に、部屋がさらにぐにゃりと歪んだ。
 痛いのは嫌。笑われるのも嫌。全部全部イヤ!
 べきべきべき、と部屋が崩れていく。
「お、おい!」
「……では、私はお先に」
 ひらりとジャンプすると、月乃はひらひらと手を振って消えてしまった。
 残された秋水が「えええー!」と声をあげる。
「お、俺を置いていったー! つ、月乃のヤツー!」



 ぱかりと瞼を開けて秋水は、起き上がった少女と目が合った。今の今まで彼女の深層意識に潜っていたのだ。
「お、おはよ」
「……おにいさん、あのおねえさんは?」
「え? 月乃か? そうだなあ……どこ行ったんだろうなあ」
「わたし……どうしよう。学校行きたくないよ」
 はらはらと涙を流す少女に、秋水は困ったように後頭部を掻く。
「無理して行くことねえさ。だけど、一つだけ言わせてくれ」
「?」
「これから先に何があるかわからないんだ。いいことだって、あるかもしれないぜ?」
「…………」
 困ったように笑う少女に、秋水は笑みを向ける。
(……月乃のやつ、憑物退治に行ったな)
 本体を見つけた、と彼女は言っていたのだから。水臭いなあ、と秋水は思いつつ……苦笑したのだ。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【3576/草薙・秋水(くさなぎ・しゅうすい)/男/22/壊し屋】

NPC
【遠逆・月乃(とおさか・つきの)/女/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、草薙様。ライターのともやいずみです。
 暗い内容になりそうだったので、少し月乃との会話を明るめにした部分があります。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
 月乃の憑物封じにお付き合いくださり、ありがとうございます!

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!