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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜渡夢〜



 顔が見えない。
 鷹邑琥珀は、そう思う。
 場所はわかる。いつかもわかる。
 それは十年以上前。
 琥珀の前に座っているのは幼馴染だ。だが……。
(おかしい……顔が見えない)
 まるで影絵を見ているようだ。顔は憶えているのに……どうして。
 不気味だ。
「わかった……」
 彼女は静かにそう言った。
 『あの時』の再現だ。
 琥珀はこの後どうなるか知っている。
 彼女は確かに了承したというのに、数年後に姿を消すのだ。
 なぜ。どうして。
 琥珀はここで問いただしたい。
 だが口と体が重くてできない。
 口が開くのは琥珀の意志ではなかった。彼は過去を再現し、過去で発言した通りに喋る。
「……この呪いは」
 幼馴染の表情が、陰を帯びた。
「この呪いは、私の代で終わらせる。誰かにこれを継がせるわけにはいかない」
 そうだ。そういうカオをしていたはずだ。なのにどうして。
(――――みえない)
 みえない。
「そんなカオすんなってば。俺たちも手伝うから。きっと」
 きっと呪いを解く方法が見つかる。
 幼馴染はこの時どんな表情をしたっけ……?
 思い返す琥珀は……それでもやっぱり、思い出せなかった。
「ありがとう。頼りにしてるよ、琥珀」
 そう言われて微笑み返す琥珀。
 だが。
(じゃあどうして)
 いなくなったんだよ?



 今度は街中だった。
 ざわめく人の波。
 見知らぬ人々の波。
 琥珀は不思議そうに周囲を見遣って歩く。
 だがその視界に、なにかが映った。
「!」
 目を見開く琥珀。
「すいません、ちょっと!」
 人の波を掻き分けて走る琥珀だったが、どこにも目的の人物は見当たらない。
(……見間違いか?)
 思い返して、琥珀の表情は暗くなる。
 でも、確かに居たような気がしたんだ。
 人波の中に、楽しそうに話して歩くあいつの姿を。
(そうだ。そばに誰か居た)
 どんな人物かはわからなかったが、誰かが居たのは見た。
(……でも、呪いが解けた様子はなかった)
 じゃあなぜ?
 琥珀は立ち尽くす。
 琥珀一人を無視して流れていく人々。
(俺は約束した。あいつを助けるって……)
 もしもここに居たら?
(一緒に居たのは、たぶん……退魔関係のヤツだ。身のこなしが普通じゃなかったのは、見てたし)
 琥珀は胸元の奥底が、重く、なっていくのを、感じた。
 訊きたいことがたくさんある。
(笑ってた)
 あいつがあんな表情をするなんて。
(故郷に居た時だって……あんなカオ……)
 俺たちと居た時にあんなカオしたことあったっけ……?
 琥珀は頭をかかえる。
 わからない。
 追いかけるべきだとも思う。見つけて、訊くべきだ。約束を守るためにも。
 だがもしも。
 琥珀の頬に汗が一筋流れる。
(拒絶されたら……?)
 おまえは誰だと、冷たい目で見られたら?
 硬直してしまう琥珀だった。手が震える。
 悪いことばかりが、浮かぶ。
(なんなんだよ、ちくしょう……!)
 顔を両手で覆った。
「大丈夫か?」
 鈴の音と声に、びくりと震える。そして手を降ろして振り向く。
「か……ず、ひ……?」
 立っているのは黒い学生服姿の少年だ。表情のない顔で、立っている。
「だいぶ……攻撃されたようだな」
「攻撃?」
「精神攻撃だ。ここはヤツの巣の中だからな」
「……ヤツって……?」
 疲れた顔で言う琥珀。
 そんな二人を無視するように人々は歩きつづけている。
「夢魔。ナイトメアーと、西洋では言うのかな」
「俺が……憑かれてるのか?」
「正確には違う。憑いてるのは、『虫』だ」
「虫?」
「寄生しているんだ。ある人間にな」
 琥珀はわけがわからなくて首を傾げる。
「その人間は、あんたと同じ大学のはずだぞ」
「え……」
 一瞬で、フラッシュバックした光景。
 じゃあなと手を振って別れた学校帰り。同じ講義を受けている……ヤツ?
 おはようと言い合った……朝。
 肩を叩かれて。朝。挨拶を。
 ハッとした琥珀が、自分の肩に手を遣る。
「もしかして、あの時に……?」
「触れた際に根がついたか……。あんたの夢も引っ張られて……挙句、攻撃されるとはな」
「な、なんだよ……その呆れた顔は」
「べつに」
「退魔師のくせに、とか思ってんのか?」
 和彦は視線を少しだけはずす。
「いや。普通の生活をしていると勘は鈍るものだし……年中戦ってばかりの俺と比べるのは酷だなと思っただけだ」
「おまえと比べてたのかよ!」
 そりゃムチャクチャだ!
 琥珀は怒鳴りたかったが、ぐっと堪えた。こめかみを引きつらせながら、怒りを抑えた声音で言う。
「しょーがないだろっ! 俺は小遣い稼ぎで退魔の仕事はするけど、おまえみたいなのとは違うんだからな!」
「だから……酷だと言ったじゃないか」
 嘆息混じりに言う和彦だったが、琥珀はややあってから同じように溜息を吐いた。
「で? おまえ、俺を助けに来てくれたのか?」
「ああ」
「そっか。……みっともないとこ見せたな」
 小さな声でごにょごにょと言う。和彦は無事に聞き取ったようで、微笑した。
「みっとないことなどない。人間なんだから、当たり前だ」
「そうか?」
「迷いのない人間はいない。俺とて、精神攻撃をされたら……参るぞ?」
「おまえのことだから、撃退しそうだけどな」
「当然だ。普通の人間に茶化されたりするのは不得意だが、妖魔相手なら話は別だからな」
「ははは! らしいな! おまえらしい!」
 爆笑する琥珀は和彦を見つめた。
 そして、ふいに真面目な顔になる。
「じゃあ……おまえ、なにしにここに来た? 憑物を退治に行くんだろ?」
「仕方ないだろ。根をつけた人間全部から、それを取り除かなくてはならないんだ」
「うえっ! そ、それは……ご、ご愁傷様……」
 一体どれほどの数の人間のところへ行かなければならないのか……。
「大変だなあ、おまえ」
「大変ではない。憑物に憑かれてる人間のほうが、苦しいんだ」
「……おまえって、いいやつだよな」
「いいやつかどうかはわからないな。俺は仕事をしているだけだから」
 冷たい瞳で言う和彦を見て、琥珀は苦笑した。
 そして、ふいに尋ねる。
「おまえ、呪われてるんだよな?」
「? 突然どうした」
「呪いが……解ける方法を知る前はどうだったんだ? 不安だったか? 辛かったか?」
 あいつのように。
 心の中で付け加える琥珀。
 和彦はまっすぐ琥珀を見ていた。
「不安はない。辛くも、なかった。…………だが、諦めていた」
「諦めた?」
「最初は。やはり……どうして俺なんだろうって少し思った。だがそれは、『俺』だからという考えになった」
「? わかんないな」
「俺は遠逆和彦だ。どれほど一族や、血を恨んでも……俺は『遠逆和彦』だ。
 もしもほかの家に……普通の平凡的な家に生まれていたらソレは俺じゃない」
「そういう……もんか?」
「そういうものだ。あんただって、あんたの母親と父親から生まれているから存在している」
「そう言われると……言い返せないな」
 琥珀は思う。
 和彦は諦めたと言った。自分が自分であるために。
 それはとても……とても、重い。
「和彦」
「ん?」
「解けるよ。絶対に」
 琥珀は笑顔で言った。
「俺がついてる。きっと、大丈夫だ」
 それを聞いて彼は微笑んだ。
「ああ……! ありがとう、琥珀さん」
 彼はそう言うときびすを返して走り出した。持っていた刀を振って、人込みに亀裂を作る。
 その亀裂へと飛び込んだ和彦を、琥珀はただ見守った。
 泣きそうな……かおで。
「へへっ……。こんな時に『ありがとう』なんて言うなよ。思い出すだろ、ばーか」
 アイツは今もどこかで無事に生きてるだろうか。
 メシ食ってるか? ちゃんと……歩いているか?
 だが違うのだ。
 琥珀は空を見上げる。まるで現実世界のように、青い空だ。
「和彦はあいつとは違うんだ。絶対に戻ってくるさ」



 目を覚まして琥珀は頭痛に「ふげえ」とベッドに突っ伏した。
 拳を握りしめる。
(い、いてぇ……! 死ぬほど痛い……!)
 枕をバンバンと激しく叩き、気合いで琥珀は起き上がった。
「か、和彦のやつぅ……。本当に退治したのか……?」
「退治した」
「わああ!」
 悲鳴をあげて琥珀は慌てて周囲を激しく見回す。
 窓の外で和彦が手を軽く振っていた。
 頭痛を堪えて窓を開ける。
 そんな琥珀を、彼は冷たく見た。
「ふむ。顔色が悪いな」
「かなりな! おまえ……後遺症が残るなんて言ってなかったじゃないか……つつつ」
「よっぽど深い根だったんだろうな」
「さらりと言うなよ!」
「事実は事実だ」
 澄ました顔で言う和彦を睨んでいたが、琥珀は諦めて苦笑する。
 そうだそうだ。こいつはこういうヤツだった。
「まだ朝日も昇ってないのに、ご苦労さま」
「…………」
 彼は琥珀の言葉に目を見開き、それから「どうも」と素っ気なく呟く。
「ま、退治できたんなら良かったぜ。……でもって、戻ってきてくれてサンキュー」
「? そんなの当たり前だろ。このくらいでは俺は死なないぞ?」
「そういうこと言ってるんじゃないよ。俺はさ、やっぱりおまえが無事に戻ってきてくれたから嬉しいんだ」
 窓枠に頬杖をついて微笑む琥珀を、彼は不思議そうに見遣った。
 和彦は視線を一度伏せてから尋ねる。
「その、頭痛は……大丈夫か?」
「大丈夫。半分がやさしさでできてるっていう薬、あるからさ」
 CMを思い出して言う琥珀の前で、彼は顔を引きつらせた。
「や、優しさで薬が作れるのか!? い、いつの間に日本はそこまで技術が……? いや、それは不可能じゃないのか?」
「ははは! CMだって!」
「し、しぃえむ?」
「テレビのコマーシャルだよ。おまえ、少しはテレビ観たほうがいいぞ」
「う。無知なのは……認める」
「というか、ふつうの薬でも効果あるのか?」
「あるにはあるが……これは質が違うからな。だから俺が来たんだ」
 なるほど。どうやら彼はアフターケアもばっちりやってくれるようだ。
「そっか。後始末もちゃんとするんだな。感心した」
「いや、琥珀さんはひどく強い精神攻撃を受けていたからな。祓っておいたほうが今後、安全だろう」
「……密かに危ないこと言うなってば」
 彼が琥珀の額に手をかざす。
「危なくない。俺が居る間はな」
「そりゃ、心強いな」
 ああ、朝日だ。
 昇ってきた太陽の淡い光に彼らは照らされる。穏やかに…………穏やかに。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【4787/鷹邑・琥珀(たかむら・こはく)/男/21/大学生・退魔師】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、鷹邑様。ライターのともやいずみです。
 仲良い感じになってしまいましたが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
 和彦の憑物封じにお付き合いくださり、ありがとうございます!

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!