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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜渡夢〜



 巻物を閉じて月乃は溜息を吐いた。
(これで一匹か……)
 ぽいっと軽く上に放ると巻物の姿が消え失せる。
「数が徐々に集まってますね……このままでいけば順調に……」
 顔をあげて彼女はそのまま駆け出す。鈴の音と共に彼女の姿は忽然と消えた。

 母親の要請を受けていた裕介は考え事をしていたが、中断する。
(……鈴)
 遠くで微かに鳴るその音に、彼は行き先をそちらに向けた。

 刀を片手に追いかける月乃は、闇夜の道を照らす月明かりを頼ってはいない。
(いま捕まえなければ、また誰かにとり憑く……!)
 彼女が追っていたのは体内に潜む「虫」だ。悪夢を見せて徐々に弱らせていくものである。
 ちょろちょろと逃げていくミミズのような虫に、月乃は舌打ちしそうになった。
 小さなものは、退治するのに手間がかかる。罠を用意するのが上策だ。だがそんなものは用意していない。
(武器は弓のほうにするべきか……。だが攻撃を逃すと距離が広がる……)
 走りながら考える月乃は「ん?」と目を細めた。
 虫の走る方向に誰かが立っていた。
(人?)
 こんな夜中に?
 十字架の形をしたものを掲げるその人物は、何か呟いた。
 月乃が目を見開いてすぐさま後方に跳躍する。
 虫が動きを止め、びくびくと痙攣した。
 どしゅっ、と虫の姿が消え失せる。十字架のほうに気配が移動したのに気づいて月乃は怪訝そうにした。
(……この気配は)
 なぜ彼がここに?
 武器を放すと、彼女の足もとにどろりと溶けて影に戻る。
「……田中さん?」
「こんにちは、遠逆」
 穏やかな声。
 月の照らす場所に彼は立っていない。闇に立っている。
 彼は薄く笑っていた。
「? 私に何かご用ですか?」
「まあ、用と言えばそうかも」
「お店は順調ですか?」
「ああ」
「それは良かったです。では用件をおっしゃってください」
 再び沈黙が占める。
 彼は自分に用があると言った。なのになぜ動かない?
「この」
 彼は十字架を揺らす。
「憑物を追いかけてきたんだろう?」
「…………」
「なら、コレが欲しいはずだ」
「あなたは何か勘違いをされています」
 月乃はまっすぐ見て言った。
「私は特定の憑物を追っているわけではありません。奪ってまで欲してはおりませんが」
「……では、この憑物をどうしようと俺の勝手なわけか」
「そうですね」
「そうか。じゃあ逃がそう」
「……………………………………は?」

 月乃の言葉に裕介は苦笑しそうになった。
 まあ、そう言うだろうなと予想はしていた。
(予想外だったのは、憑物に執着していない点か)
 奪おうとかかってくると思っていたのだが。
「どういう意味ですか?」
 月乃の声には困惑が強く出ている。
「そのままの意味だ。逃がす」
「逃がす? ではなんの為に捕まえたのですか?」
「逃がすのは……嫌か?」
「…………」
 挑発的な裕介の言葉に月乃は何かを感じたらしく、押し黙って睨みつけてきた。
「ついでだから、強化して逃がすのはどうだろう?」
「……付き合いきれません。私は帰ります」
 きびすを返して歩き出す月乃の背中を、裕介は見る。知り合いでしかないが、彼女はこういうのが嫌いだと推測したのだが……違ったのだろうか?
「いいのか?」
「勝手にすればいいでしょう?」
「……退魔士なのに、諦めるのが早いんだな」
「私は手段を選びません」
 ぴたりと足を止め、月乃は肩越しに裕介を見てくる。
 それは背筋が凍るほど、恐ろしい瞳だ。
「例えば…………ここであなたを攻撃して、あなたの行動を止めることだってできるんですよ?」
 眼を細める月乃に、裕介は軽く笑ってみせる。
「止めたければ止めればいいだろ」
「…………?」
 怪訝そうにした月乃はくるりとこちらを振り向いた。
「……ははあ、なるほど。私と戦うのが目的ですか」
「さあ?」
「私は人間とは戦いません。意味のないことはおやめください」
「遠逆になくても、俺にはあるかもしれない」
 笑顔で言う裕介を見て、月乃の表情が消え失せる。
「……愚かなことを言う。田中さんがそこまで浅はかとは思いませんでした」
(浅はかときたか)
 内心苦笑してしまう裕介だった。
 彼女の性格を考えれば、挑発すれば怒りを向けてくると思ったのだが……。
(逆効果だったかな。というか、戦ってくれる雰囲気じゃない)
「私は退魔士です。殺し屋ではありません。ましてや、戦いを楽しむような嗜好も持ち合わせていない……。素直に用件を述べるなら、私を怒らせずに済みますよ?」
「…………」
(こ、怖いかお……。女の子がする表情じゃない)
 そこでふと、月乃は何かに思い至ったように怪訝そうにした。
「あなたは、戦うのが趣味なんですか?」
「そうかもしれない」
「なおさら、付き合いきれません」
 呆れたように月乃は溜息を吐き出して裕介をまっすぐ見つめる。
「他人を傷つけることがどれほど悲しいことか、わかっていないんですか?」
「それは」
「私も、あなたも、殴られれば、切られれば、ケガをすれば……痛い。それがわからないとは言わせませんよ」
「…………」
 まったくの正論であった。裕介も月乃も、ケガをすれば痛い。血が流れて、痣もできるだろう。
 裕介は月乃の言わんとしていることに気づいて、どうするか、と思案した。
(俺と遠逆が戦えば……無傷とはいかない。ケガをするとわかっていて、遠逆が攻撃するとは思えないな)
 さてどうしよう。
「なにをそんなに知りたいんですか?」
「直球だな」
「くだらないことは、早急に済ませるべきと思いますが」
「……くだらないことはないと思うが。遠逆は実際、どんな実力なのか知りたいだけだ」
 明るく言う裕介の言葉に、月乃は顔を強張らせた。
 ゆっくりと、目を細める。侮蔑の色が浮かんだ。
「なんと……くだらない。そんなことのために?」
「まあ……一応」
「あなた……もしかして鈍いんですか? そういう能力が低い……?」
 ぶつぶつと呟く月乃はやがて、疲れたように苦笑してみせる。
「誰がそんなことをあなたに頼んだかは存じませんが、よっぽどお暇なのか……それとも、考え無しなのか……」
「知りもしないくせに、厳しいことを言うな遠逆は」
「普通に見て、私があなたに勝てるわけがないでしょう?」
 おかしなことを、と月乃は言う。
 裕介はきょとんとした。
 どうしてそんなことがわかるのだろう?
「戦ってもないのに?」
「だから愚かだというのです。己の力量がわかっている者はこんなくだらないことはしませんし、相手がどれほどの実力者かわかると思いますがね」
「なら、遠逆は俺に勝負を挑むとしたら……そういう状況になったとしたら?」
「そうですね。殺す手段は考えますよ。真っ向勝負をしても負けるでしょうし」
 殺すとは穏やかではない。
 だが月乃は嘘を言っているようには見えなかった。
「相手が自分より強ければ、策を練ればいいのです。天候、場所、相手の心情、環境……あらゆるものを使えばいいんですから」
「…………」
「足りないものは知恵や道具で補う。古来より当たり前の手法ですが」
「さっき、普通に戦ったら、って言ったな?」
「あなたと私の腕を見比べれば一目瞭然でしょう。腕力勝負をしたら私は負けます。そんなことは誰が見てもわかることでは?」
「でも、意外に力が強いように思ったが」
「あのですね……私は退魔士なんですよ?」
 ちゃんと鍛えているに決まっているじゃないですか、と月乃は呆れて呟く。
 これはもう、彼女は戦う気はゼロのようだ。どれほど挑発してもきっとこちらに向かってはこない。
「だいたい、戦いは遊びではありません。私はいつも生きるか死ぬかを想定して戦っています。あなたと戦うというなら、殺すつもりで戦いますよ?」
「殺すつもりとは……きついな」
「スポーツじゃないんですから、当たり前のこと言わないでください」
 困り果てている月乃はきびすを返して歩き出した。
 裕介はそれを追いかける。
「遠逆!」
「ついてこないでください」
 裕介は月乃の横に並ぶ。彼女は横目で見てきた。
「戦う気はないのか?」
「私がケガを負えば気が済みますか? 腕の一本でも折って差し上げましょうか」
「そうじゃなくて!」
「……なるほどね」
 月乃は足を止めて小さく笑う。
「どうやら過大評価をしてくださっているようです。ふふっ。ありがたい話ですね」
「過大評価?」
「窮鼠猫を噛む……。そういう諺もあるでしょう。もういいでしょう、あなたとの会話は疲れました」
 裕介の目の前で、月乃は後方にふわっと跳躍する。鈴の音と共に、彼女の姿は闇に消えた。
 残された裕介は……困惑の眼差しをして、それから大仰に嘆息したのである。



「ええ。それで……報告なんですが」
 裕介は後頭部を掻く。
「遠逆月乃さんは、その実力をまったく見せてくれませんでした。
 ええ……。
 挑発してもこっちの考えを見抜いたようですし」
 はあ、と小さく息を吐き出した。
「神格と同等とは思えませんけどね。そういうタイプとは違うというか……」
 足りないものは知恵で、道具で、と彼女は言っていた。
 ケガをすれば痛いものだ、とも。
 なんだか……いくら義母の頼みとはいえ悪いことをしたと反省してしまう。
(人間とは戦わないと、言っていたな)
 言い換えると人間以外とは戦う、ということだ。
 勝ち負けの世界で彼女は生きていない。明らかに異質な世界の住人であるということを、ありありと感じた。
 実力が足りないのなら、策を練る。命を常に懸けている。
 本気で自分と彼女が戦ったのなら……彼女が本気を出すのならば決着は生きるか死ぬかのどちらかだけだ。
 裕介が彼女を追いつめて、そして命を絶つ直前で手を止めたのなら……彼女はそれすら利用してこちらを攻撃してくる。なんとなく、そう思った。
(まあ……彼女の言っていることもわかるんだが)
 自分の実力や、手の内すべてを曝すことは……愚かとしか言えない。
「妖魔は封じました。ちゃんと。俺から見て……遠逆は、油断のならない相手だとだけ、お伝えしておきます」
 報告を終えて裕介はまたも、「はあ」と息を吐き出したのだった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【1098/田中・裕介(たなか・ゆうすけ)/男/18/孤児院のお手伝い兼何でも屋】

NPC
【遠逆・月乃(とおさか・つきの)/女/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、田中様。ライターのともやいずみです。
 普通に戦えば勝敗は明らか。月乃に普段通り戦わせればどちらかが死ぬかもしれません。ので、戦いを避けさせていただきました。
 それに、月乃は性格上理由のない戦闘や人間との戦闘は好みません。ご容赦ください。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
 月乃の憑物封じにお付き合いくださり、ありがとうございます。

 今回は本当にありがとうございました。書かせていただき、大感謝です。