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<東京怪談・PCゲームノベル>


とりかえばや物語?

■トラウマ〜紅月・双葉〜

 その古書店にはたびたび足を運んでいた。その日も手持ちの本を全て読んでしまったので、新しい本を求め訪れたのだ。
 ほんの日常の出来事。
 の、はずだったのだが・・・・・・

『この本をお二人で開いてみてくださいませんか?』

 すっかり顔馴染になっていた店長の本間栞。彼女が差し出してきた本はいかにも古くて怪しげな雰囲気が漂っていた。
『その行為に何か意味は?』
 その時同じくめるへん堂にいた小柄な少女が尋ねたのだが、彼女は笑顔のままだ。色々と面白いこと好きな彼女のことである。絶対に何かあると踏んだが、妙な圧力に押され、一緒にいた少女とその本を開く羽目になった。
 タイトル『とりかえばや物語』。
 一瞬かすめた嫌な予感は見事的中することになった―――


「妙なことになりましたね」
「・・・ええ」
 古書店「めるへん堂」前にて。
 紅月・双葉が発した声に、彼の姿をした”誰か”が頷いていた。なかなか妙な気分だ。
 双葉は息をつき、今の自分の姿を改めて確認する。
 メイド服のようなものを身につけてはいるが、胸の膨らみはない。
「それにしても最初あなたを見た時は女性だと思っていたのですが・・・男性で安心しました」
「何故ですか?」
「私、女性はどうも駄目でして・・・」
「・・・なるほど」
 双葉は重度の女性恐怖症だ。
 慣れてる相手―例えば先程の栞等―ならまだ平静を保てるのだが、今日初めて会った女性と入れ替わってしまったら気が気ではなかっただろう。
 そう、双葉とめるへん堂にいた少女のような少年。現在、体が入れ替わってしまっているのである。
 諸悪の根源、栞は二人に笑顔でこう言った。
『まあ、いいじゃないですか。多分一日もすれば元に戻ると思うので、それまでお互いの振りをして過ごせばいいでしょう?』
 そんな投げやりな。
 そう思ったが、他にどうしようもないのでとりあえずお互いの予定等を打ち合わせることにする。
 少年の名前はニルグガル。堕天使だそうだ。どうりで綺麗な顔をしているはずである。
「こんな状況になっても、双葉様は随分と冷静なんですね」
「あなたこそそうでしょう?」
「私は・・・それほど感情豊かな方ではないので」
 無表情に返すニルグガルに双葉は苦笑した。
「なるほど」
 何となく・・・彼は自分に似ている部分があるのかもしれないと思った。
 双葉は微笑を浮かべたまま、ニルグガルに歩み寄り頬に触れる。
「・・・何ですか?」
「あなた・・・笑えますか?」
「え?」
「嘘でもいいので、教会に来る方や子供たちには笑ってあげてくださいね。無愛想な神父というのもおかしいでしょう?」
「はあ・・・」
 そう。嘘でもいい。
 嘘でも笑っていればいいのだ。
 そうしてさえいれば、皆満足し、関係がこじれることもない。
 一番安全な自己防衛策だ。
 ニルグガルは曖昧に頷いた。
「努力は・・・してみます」


 ニルグガルが住んでいるという館の図書室には膨大な量の魔術書が収まっていた。中にはかなり珍しいものもあり、双葉は大変興味を惹かれた。
 ――やることをやったら、ゆっくり読ませてもらおう
 そう心に決め、迅速に作業を進める。魔術書の整理にはそれほど時間はかからなかった。鑑定してもらうものはわかりやすいように端に寄せておく。
 庭に遊びに来るカラスにソーセージを、金色の角を持ったニルグガルの使い魔には白米を与え、庭を少しいじってから双葉は再び図書室に戻ってきた。
 とりあえず気になったものから、ぱらぱらと目を通していく。
 開いて、閉じて、戻して、手にとって
 開いて、閉じて、戻して、手にとって
 何度かそれを繰り返しているうちにとある本に辿り着いた。
「・・・あなたを映す鏡・・・?」
 魔術書にしては変わったタイトルだ。先程までと同じようにぱらぱらとページをめくっていくと―――
「な・・・っ」
 眩い光が視界を塞ぎ、双葉は咄嗟に腕で目を庇った。
「・・・久々に外に出られたわね・・・」
「は・・・?」
 腕を外し目を開けると、正面に全身黒ずくめの少女が立っていた。思わず一歩後ずさる。
「あら、こんにちはー」
「こ・・・こんにちは・・・」
 双葉は更に一歩下がった。少女が不思議そうに首を傾げる。なかなか可愛らしい顔つきをしていた。
「・・・どうかしたの?」
「すみませんが・・・半径1m以内に入らないで頂けますか・・・?」
「はあ。別にいいけど」
 その場から動く様子のない少女に安堵し、双葉は開いた本に視線を移した。ページは白紙。
 この少女はもしや、この本の中から出てきたのだろうか?
「あなたは、いったい・・・?」
「あたし?名前なんて忘れちゃったわ。て、いうかあんた、何も知らないでその本を開いたの?」
「はあ・・・まあ。ここの本は私の所持しているものではありませんので・・・」
「ふーん・・・?」
 少女は目を細め、双葉をじっと見つめる。双葉は落ち着かない様子で視線を漂わせた。
「なるほど。そういうことか」
「何がですか?」
「それ、あんたの体じゃないわね。変な本でも開いたんでしょ?」
「・・・良くわかりますね」
「まあ、あたしもその本と似たようなもんだからね。匂いでわかるわ」
 やはり彼女は本から出てきたらしい。
「あたしは、鏡。本を開いた相手の心を移す鏡よ。トラウマ克服用に作られたの」
「トラウマ克服・・・」
 嫌な予感がしてまた一歩後ろに下がる。
「さあ、あんたのトラウマは何?あたしがすぱっと解決してあげるわ!」
「・・・遠慮しておきます」
 きっぱり答える双葉に少女は不満そうに顔をしかめた。
「何でよー?トラウマなんてあっても邪魔になるだけでしょー?直しちゃった方が得じゃない」
「いえ・・・そんな軽い問題では・・・」
「へえ。女性恐怖症かあ、なるほどねえ」
「う・・・」
 さすが鏡。言わなくともバレバレだ。
 双葉は何とか平静を取り戻し、少女に向けて微笑んだ。
「とにかく必要ありませんので。立ち去って頂けますか?」
「嫌よ。外に出たの久しぶりなんだから」
 それはまた、随分と自分勝手な話である。
「ねえ。今は他人の体使ってるんだからさ。案外、触っても平気なんじゃない?」
「まさか・・・」
「わかんないじゃない。一度試して―――」
 そこで少女の言葉が途切れた。何処から侵入したのか、庭先にいたはずのカラスが彼女の頭上で羽を羽ばたかせたのだ。
「きゃっ!何!?」
 カラスは彼女の髪飾りを嘴に挟み、高く舞い上がる。少女は呆然とカラスが下り立った場所を見上げた。
「・・・大変・・・っ。取り返さなくちゃ・・・っ」
「取り返すといってもあの高さじゃ・・・」
 本棚は少なく見積もっても10m以上はある。とても届くような高さではない。すると少女は、本棚を攀じ登り始めた。
「それは無茶ですよ!」
「うるさいわねっ!大事なものなのっ!」
 近づくに近づけず、双葉はただ見守ることしかできない。数分かけて上まで辿り着いた彼女は、毛繕いをしていたカラスから上手く髪飾りを取り返した。
 双葉がほっとしたのも束の間―――
「あ・・・っ」
 少女が小さな声を漏らす。体がぐらりと揺れた。
 ――落ちる・・・っ!!
 双葉は咄嗟に床を蹴って―――


 どこかで誰かが笑っている。
『これ、あたしに?嬉しい、大事にするわね、マスター』
 綺麗な髪飾りを手に嬉しそうに微笑む少女。

 どこかで誰かが泣いている。
『お前、もういらないよ。正直うざいんだよな。トラウマ克服?余計なお世話だっつーの』
『マスター・・・っ!』
『なあ、お前を本気で必要としてくれる奴なんているのかな?』
 地に崩れ落ちて、狂ったように泣きじゃくる少女。


「・・・ほら、平気じゃない」
「・・・・・・そのようですね」
 受け止めた少女の体を床に下ろし、双葉は息をついた。多少心拍数は上がっているようだが、取り乱すことはないようだ。
「・・・ごめんね」
「はい?」
「ちょっとあんたの過去見えちゃった。辛かったんだね」
「・・・」
 少女は少し寂しそうな笑みを浮かべ、双葉を見上げた。
「トラウマ克服なんてさ。進んでしたがる人、いるわけないんだよね。必然的に辛い過去を思い出すことになるんだもん」
「・・・」
「あーあ。やっぱりあたしって無駄な存在なのかなあ・・・」
 彼女を受け止めた瞬間、見えたビジョン。それはきっと彼女の過去で。彼女も彼女なりに抱えているものがあるようだ。
「・・・無駄な存在なんてありませんよ。いつか必ずトラウマとは向き合わねばならない。そんな時に・・・あなたはきっと必要になります」
「綺麗事。神父様か何かみたい」
「私、神父ですから」
「ふーん。でもあんたはあたしのこと必要じゃないんでしょ?」
「ええ。今はまだ」
 今は。
 双葉が込めた想いに気付いたのか、少女はクスクスと笑う。
「都合がいいわね」
「そういう人間なので」
 少女は溜息をつくと、地面に落ちていた本を拾い上げた。
「さてと。戻る前に一つだけ、神父様に助言」
「はい?」
「人生苦もありゃ楽もある!そんなに捨てたもんでもないのよ」
「私、捨ててるように見えますか?」
「思いっきり。ちゃんとシャキッと生きなさいよね」
 過去の傷は消えることはないけれど。
 それでもきっと、どこかに希望の光はあるはずだから。
「・・・努力はしてみましょう」
 双葉の言葉に少女は満足そうに頷き、消えていった。


 本を読んで静かに過ごすはずが、何やら騒がしい一日になってしまった。
 それはニルグガルの方も同じだったらしく、元に戻った体は何故か擦り傷だらけだった。服も大分汚れてしまっている。
「はあ・・・。この本を?」
「ええ。譲って頂けませんか?」
 ニルグガルは「あなたを映す鏡」と書かれた表紙をじっと見つめ、しばらく考え込んでいた。やがて、本を双葉に差し出す。
「良いですよ。正直、取り扱いに困っていたものなので」
「ありがとうございます」
「でも・・・何に使うんですか?」
「自分の向上心のため・・・ですかね」
「はあ・・・?」


 誰だって、己の傷と向き合うのは怖いもので。
 覚悟を決めるには、それなりに時間がかかるものだ。
 双葉自身、まだ怖くてたまらない。
 それでも時々、あの魔術書を眺め彼女の言葉を思い出す。
 きちんと生きれるようになったら。
 自分に胸を張れるようになったら。
 もう一度、この本を開いてみようか。

 彼女の明るい声が、背中を押してくれるはずだ。


fin

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC

【3747/紅月・双葉(こうづき・ふたば)/男性/28/神父(元エクソシスト)】

【5054/ニルグガル・―/男性/15/堕天使、神秘保管者】


NPC

【本間・栞(ほんま・しおり)/女性/18/めるへん堂店長】

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■         ライター通信          ■
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初めまして、こんにちは。ライターのひろちという者です。
今回はありがとうございました!

双葉さんは女性恐怖症ということで・・・今回、トラウマに重点を置いて書かせて頂きました。
双葉さんからはなかなか繊細なイメージを受けたので、イメージを損ねていないか心配です。
いかがでしたでしょうか?少しでも楽しんで頂けたなら嬉しいです!
入れ替わった相手であるニルグガルさんサイドのお話も納品してありますので、よろしければそちらも合わせてお楽しみ下さいませ。

本当にありがとうございました!
またご縁がありましたらよろしくお願いします。