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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜渡夢〜



 ちりん。
 風鈴の音が鳴り響いた。
 ちりんちりん。
 彼女は歩いている。まるで提灯のように、黒い棒の先に風鈴をつけて。
 強く鳴った方向に彼女は視線を向けた。
「……あちらか」



 きっと夢だろうと、蒼王海浬は思う。
 あの人が居る。
 白い花が咲き乱れる美しい庭園。そこに、彼女が居た。
 風に揺れる銀の髪と、その細められた金の瞳。
 そのどれもが、幼い時の彼女だということを示している。
 海浬は目を見開いてその様子をじっと見つめていた。
 微笑む少女は楽しそうにしている。
 なつかしい……。
 海浬は彼女へなにか言いかけるが口を閉じた。
 声をかけることでこの夢が脆くも崩れ去りそうで……こわい。
 せっかく会えたのに。
(……すごく久しぶりだな)
 微笑する海浬は、ただ彼女だけを見つめる。その姿を目に焼き付けるように。
 白い花が揺れる。
 本当に、吹けば消えてしまいそうな光景だ。
 いや……消えてしまう。ここは夢だ。現実の世界に彼女は居ない。
 海浬は悩み、そして歩き出す。彼女との距離が縮んだ。
 もう少しだ。
 触れられるのだろうか? それは可能なのだろうか?
 手を伸ばす海浬。ためらいがちに。
 触れたら泡のように消えてしまうのではないだろうか? 一瞬で。
 口を開く海浬。
 なんて声をかける? 彼女が消えないための『呪文』たる言葉を吐き出さねば――。
「…………」
 声を出そうとした海浬は足を止めた。
 誰かが居る。少女ではない。
 そのさらに向こうにいる、影絵のような姿の海浬。
「?」
 怪訝そうにする海浬の横を、誰かが駆け抜けた。その後ろ姿が視界に入り、海浬は呟く。
「月乃……?」
 スカートをなびかせて疾駆する少女は、海浬の探し人の真横を通り過ぎた。
 探し人の少女は月乃に気づかなかったようで、花のほうを優しく見つめている。
 月乃は両手を開く。そして握りしめた。ずず、と彼女の足もとから影が浮き上がり、形を作っていく。
 大きな鎌は漆黒。月乃はそれを振り下ろした。
 にやりと海浬と同じような姿の男が笑みを浮かべる。目もないその顔で、口だけが存在しているため、不気味だ。
 男は攻撃を避けた。
 月乃は舌打ちすると距離をとるために後方に跳躍する。
「月乃」
 海浬は声をかける。周囲の景色が揺れていく。
 揺れて、揺れて……混ざって……消失した。まるで映画の映像を途中で消したように。
「どういう……?」
 ことだ?
 そう尋ねると、彼女は不愉快そうにする。
「わかっているくせに、訊かないでください」
「……俺の夢に踏み込まれたのは、わかっている」
 怒気を隠して言う海浬。
「アレはなんだ? 夢魔か?」
「…………」
 少女は冷ややかな視線で海浬を見遣った。だいたい海浬はなぜ月乃がここに居るのか、それも知らないのだ。
「そういえば……どうしてここに?」
「……仕事です」
 ぴしゃりと言い放つ月乃は、ふと気づいたように怪訝そうにした。
「珍しい。怒ってるんですか?」
「…………」
 関係ないだろうとばかりに海浬の表情が消える。ぞっとするほどの寒気すら放つ。
 月乃はそれを見ていたがどうでもいいように視線を外して嘆息した。



 憑物である敵に対峙する海浬は、攻撃のために構える。
 一撃で終わる。その実力が海浬にはある。
 後方では、腕組みしたまま様子を見ている月乃がいた。
(そう簡単にいかないと思いますが……ね)
 月乃はそう内心で洩らし、きびすを返して歩き出す。まるで興味すらないように、だ。



 勝負は一瞬でつくはずだった。
 海浬の力をもってすれば。だが、そうはいかなかった。
 ここは相手の土俵で、制限が強くされている。海浬の能力はどれも使えず、彼の姿は幼い少年にされてしまったのだ。
 苦戦という文字が似合わない海浬としては、どうするべきか考える。
 だが許せない。
 踏み込まれたくないのに、踏み込まれた。それが許せない。
 笑う憑物。ゲラゲラと笑い声だけがこだました。
 海浬はケガを負い、うずくまる。
(なぜだ……?)
 不思議でならない。力を使おうとするとどしんと重く体に響く。
 風の流れが途中で遮断されているような、不快感。
 だがその時だ。
 憑物の真後ろに現れた月乃が、その手の武器を突き出す。
「散りなさい」
 冷たい彼女の声と共に、憑物は自分の胸元に突き刺さった刀を見下ろしてからガリガリと自身の喉を掻いた。
 ぼっ――!
 内側から破裂した憑物の様子に、海浬は驚く。
 月乃はひゅんと刀を一振りすると影へと戻して海浬を見遣った。
「大丈夫ですか、蒼王さん」
「……月乃」
「無茶をしますね」
 近づいて来る月乃。海浬は立ち上がった。姿はまだ少年のままだが。
「無茶、か?」
「ええ。まあ、時間稼ぎをしてくれたので、私としては助かりましたが」
 その言葉に、海浬は苦笑してしまう。
 よりにもよって、月乃にも見られてしまった。自分が……『彼女』に対してだけはああいう表情をすることを。
「そうか。感謝されてる、のか」
「感謝はしていますけど」
 巻物を空中から取り出して、開く。だがすぐに閉じた。
「『戦い方』を知らないくせに、よくもまあ……。どうやったらそんなにボロボロになれるんですか?」
「そう言うな。戦えなかったんだ」
「戦えなくて正解です。あなたの力では、ここは木っ端微塵になるところですからね」
「?」
「……憑物に感謝してください。ここは夢の中。あなたの精神も引っ張られて粉々になるところです」
 戦えないことによって、逆に救われたというのだ。海浬は微妙な気持ちになる。
 自分の力なら、決着はすぐだったのだ。この手でそれができなかったのは、やはり少し悔しいところもある。
「……まるで強大な力を嫌うような言い方だな」
「言い方? いいえ、私は強い力を嫌っていますよ」
「なぜ? 力はあったほうがいいだろう」
「…………」
 彼女の瞳が氷のように冷たくなる。
「ないよりはあったほうがいいですが、ありすぎるのは問題です」
「ありすぎる?」
「強すぎると、精神が負けて壊れます。もしくは、器である肉体が耐えられない」
「……どちらも備わっていれば?」
「それは人間ではありません。人間は浅はかで愚かで、地に這いつくばって生きるものなのだから」
「おまえはどうなんだ?」
 海浬からしてみれば彼女の力は微々たるものだ。だが一般人の目から見れば異様に映る。
「私は今も地を這って生きてます」
「退魔士として優れていても? もっと力が欲しいとは思わないのか?」
 彼女はゆっくりと手をあげる。そして、その掌を海浬に向けた。
「どう見えます?」
「?」
「私の手はコレです。とても小さい。あなたより小さい。
 豆を何度も潰しているので硬くて、女の子の手とは思えません。ですがコレが私の手です。
 こんなに小さな手しか持たない『人間』という生物が、自分に不似合いな力を持つと……結末は滅びしかありません」
「…………」
「力があれば気分が高揚するでしょう。ですが、怖くなるはず。
 この世界を一瞬で破壊尽くすことができるとしたら…………それこそ、眠れぬほど、狂ってしまうほど怖くなりますよ」
「怖い?」
 海浬は尋ねた。
 人間というものは力を欲するものだ。欲望で生きているものなのだから。
「怖くならないのは、どうしようもないほど莫迦な人だけですよ」
「なかなか言うな、月乃は」
「ですから私は、過剰な力はいりません。それは生活には不用ですしね」
「……そうだな」
 小さく笑う海浬の前で、月乃は足の向きを変えた。
「では、私は失礼します」
 彼女は背を向けて歩き出す。こつこつと足音が響いた。
 海浬を助けに来たというわけではないようだ。
「月乃」
「…………」
 少女は足を止めて振り向く。
「助かった」
「…………」
 彼女は驚いたように目を軽く見開くが、すぐに細めた。
 海浬の感謝に、初めて人間らしい表情を見せたという感じがする。
「こちらこそ。憑物の結界を解く時間を作ったのはあなたです」
「…………」
 そういえば海浬は彼女のことをなにも知らない。仕事と言っていたが、ここには退魔士の仕事できたのだろうか?
 いや、たぶんそうだろう。
 月乃は微笑した。
「それでは」
「ああ」
 歩き出した月乃は振り向かない。
 海浬の姿が普段のものへと変貌を遂げた。それは、もう呪縛が消えたという証だ。
 結局のところ、月乃は海浬の夢について一切触れることはなかった。



 目覚めた海浬は起き上がる。
「……特に、なにも言わなかったが」
 自分の、あの緩んだ表情を見られたのに。
「まあ……そういう無関心だからこそ、冷徹に戦えるってことか……」
 海浬は窓のほうを見遣る。朝日が暖かくカーテンの隙間から差し込んでいた――――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【4345/蒼王・海浬(そうおう・かいり)/男/25/マネージャー 来訪者】

NPC
【遠逆・月乃(とおさか・つきの)/女/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、蒼王様。ライターのともやいずみです。
 あまり進展しませんでしたが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
 月乃の憑物封じにお付き合いくださり、ありがとうございます。

 今回は本当にありがとうございました。書かせていただき、大感謝です。