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<東京怪談ノベル(シングル)>


【霊装Geistoll――デリク・オーロフの章】

 ――例えばの話デス
 もし、あなたがアナタでなかったとしたら、どうしますカ?
 つまり、自分の身体だと信じたものが、実は仮初の身体だったラ。
 本当のアナタは身体を持っていないのデス。
 ただ、目に付いた身体に潜り込んだダケ‥‥。
 長い時間の中で、あなたは忘れてしまったダケ‥‥。
 だから、鏡に映るアナタは、あなただと信じてイル‥‥。
 これは――夢なのカモ知れません。
 でも、もしかすると本当なのカモ――――


 ――この街は、夜の帳が降りると一際賑やかになる。
 派手な電光板が闇に浮かび上がると、幾つも軒を連ねる酒場では、客引きがニヤついた笑みを貼り付けて得物を誘おうと動き出す。甘いマスクのイケメンもいれば、やたらと露出の高い衣装を纏い、魅惑的に腰を捻ってウインクを投げる美女もいる。ご希望ならありとあらゆるタイプの男や女が一時の夢を見せてくれるだろう。
 だが気を付けな。この繁華街は蜘蛛のスみたいなもの。罠に掛かったら魂さえも食らわれちまうぜ――――

●猟犬と呼ばれる男
「よぉデリク、飲んでかねぇか?」
「はぁい♪ デリク、遊んでいかなぁい?」
 スローモーションで街の男や女、そして繁華街の風景が流れて行く。否、これはコマを落したフィルムをゆっくり流しているだけだ。笑みを浮かべる男や女は写真のように動かず、声だけがエコーを伴って飛び込んでは消えた。視界に映る薄汚れた飲み屋街が通り過ぎると、雨が降り出して来た。雨音だけが響き渡り、明かりも疎らな一角へと辿り着く。
「見つけたぜ、デリク!」
 視界以外からの声。視線が流れると、数人の男が捉えられた。男達はジャケットの胸へと手を忍ばせ、次の瞬間には黒光りする塊をコチラに向けていた。刹那、視界に同じものを握った手が映り込み、鈍い銃声が響き渡る。ゆっくりと薬莢が飛び出し、視界で幾つもマズルフラッシュが迸った中で、断末魔と共に男共が次々と弾き飛び、崩れた。
 視界に赤いものが飛び散る。激しくカメラが揺れ動くように感じられた。そんな感覚の中で――――
 ――最後に映っていたのは、暗雲の夜空と降り注ぐ雨だった。

「そう、この景色ですネ」
 ――やけに冷たい響きの声で呟いたものデス。
 深い群青色の瞳は夜空を見上げていた。仰向けに倒れたままの男は、雨に打たれてズブ濡れだ。ダークブロンドの髪と黒いスーツは水分をタップリと含んで、とても不快に感じられる中、デリク・オーロフは、ゆっくりと半身を起こす。端整なハナの上に、細いフレームで作られた丸眼鏡が引っ掛かっていた。幸い割れていないと知ると、フレームを指で眉間に押し当てる。
 周りには数人の男が血の池を作って倒れていた。既に死んでいるのだろうと勘が伝える。
「さて、取り敢えずは場所を変えた方が良さそうデスね」
 男は立ち上がると、ゆっくりと明かりの灯る方角へと歩き出した。
 ――やれやれ、なんて街でしょうカネ。
 街の一郭を歩く度に喧騒が飛び込んで来る。視線を流せば、殴り合いも見られたし、刃物で刺される奴もいた。薄暗い路地からは女の泣き叫ぶ悲鳴さえも聞えたものだ。それなのにサイレンの音は一向に届かない。治安の悪さはチョット歩いただけで理解できた。
「デリク?」
 震えるような響きを湛えた女の声が飛び込む。視線を流すと、白いレインコートを羽織った人影が浮かび上がる。
「やァ、今夜の雨は冷たいですネ。早く暖まりタイ感じカナ?」
 適当に合わせるつもりで話し掛けた。すると、彼女がコツコツと靴音を鳴らして近づいて来る。外灯に映った女は、あどけなさの残る顔立ちだ。女と呼ぶには早過ぎる少女の匂いすら感じる。
「ン? どうかしましたカ?」
 少女は上目遣いでデリクを睨み付けた。白いレインコートの隙間から覗く衣服は透けそうなピンクのネグリジェのようだ。男は長身を屈めて目線を合わせてやると、微笑んで見せた。
 ――パンッ★
 刹那、デリクの頬に平手が炸裂した。それほど強烈と感じないものの、不意にひっぱたかれれば、それなりに痛い。
「最低! 誰の所為でこんな仕事してると思ってんのよ! 返しなさいよ! あたしの時間を返してよッ!」
 続けて、パパパンッ! と2、3発連続で放たれた。
(なんてこったイ‥‥覚えがないとは嘘でもいえないカモしれないデスね‥‥。それにしても、この少女の怒り様は尋常じゃナイ。軽くナンパに引っ掛かって、良いように遊ばれたってクチですカ‥‥)
 『カレ』は八方美人で誰にでも調子の良い事を言うが、気安く女性に手を出すナンパ野郎ではない。しかし、今はこれが現実だ。
「済まナイ、あなたを傷付けるツモリはなかったのデスヨ。私は追われている身デ、あなたに危険が及ぶカモしれなかった。だから、逢うコトを躊躇って‥‥」
「ほんとう?」
 なんて薄幸な匂いのする少女だろう。『カレ』は身体を預けて来た少女を優しく包みながら内心困惑していた。
 ――その時だ。
 荒々しくコンクリートを蹴る靴音が響き渡った。現れたのは黒いスーツを着込んだ、いかにもな連中だ。
「見つけたぞ! 今日こそ神の元へ連れてってやるぜ!」
「やばイッ!」
 少女を庇いながら駆け出すデリク。彼の足元には、けたたましい銃声と共に火花が次々と迸り、コンクリートの破片が跳ぶ中、硝煙の匂いが発ち込めてゆく。絶体絶命の
状況にも拘らず、抱きかかえられた少女は嬉しそうに男の首に細い腕をまわす。
「本当だったのね♪ デリク」
「見ての通りってワケですヨ! 信じてくれるカイ?」
「うんっ☆」
 ――こんな簡単に信じテ‥‥あア、この少女に幸アレ‥‥。
 銃弾が飛ぶ中、少女が話し出す。
「ねぇ、追われてるんでしょ? こっちの角を曲がって! 次はそっち! 真っ直ぐッ! 次の角から3番目の路地よ!」
 『カレ』は滅多に人を信用しないが、この少女の純粋さを感じ取り、言われるままに駆け抜けた。目的の場所に辿り着くと、そこには隠し扉があり、中へ飛び込むとガレージのようだった。オイルの匂いが室内を包んでおり、古い車が並び、部品やタイヤが散乱している。
「ハァハァ‥‥なんとか逃げられたカナ?」
「デリクじゃねーか!? 生きてやがったのかよ」
 突然の声。視線を流すと驚愕の色を浮かばせる初老の男が階段で立ち尽くしていた。どうやら少女とも知り合いのようだ。
「記憶が欠けているって? まあ、おまえの姿みりゃあ何となく分かるってもんだな」
 男はデリクにグラスを渡しながら、チラリと彼の胸元に視線を走らせる。派手な色彩のシャツには赤い液体がこびり付いていたのだ。
 少女が大きなソファーで寝息をたてると、男はゆっくりと説明して聞かせる。どうやらデリクという人物は、裏社会にも通じてるようだ。数々の厄介事を背負い込んでは切り抜けていたらしい。
 この街はマフィアの抗争が激しく、数日前まで二極に分かれていたそうだ。しかし、最近になり抗争に終焉が訪れたとの話だった。
「なるほどネ‥‥この街を仕切っている人物が、まるデ別人のように豹変したトいうコトですネ‥‥」
「そうさ。それからだなぁ、次々に敵対組織の奴等が命落としてよ。まあ、マフィアが統治したからって治安が善くなったりはしねぇがな。派手な抗争に巻き込まれて死ぬ人間はいなくなった訳さ」
(干渉する者である可能性は高いですカ‥‥)
 ――干渉する者。
 この世界とは異なる世界より現れ、人間に成り済ます者の事である。『カレ』等は干渉を断つべく行動する為、干渉する者と同様に人間の抜け殻が必要だった。
 ――デリク・オーロフ。
 彼の名前であって『カレ』ではない者。
 どうやら裏事情にも詳しく、危ない橋を幾つも渡っているらしい。
 おまけに女にも節操無く手が早いようだ。
 まあ、情報収集には苦労しないかもしれない。
 現在、この街を支配するマフィアのボスを知るのに、そう時間は掛からないだろう。
(問題は、タイミングってコトですネ)
 敵の戦力は計り知れない。まして、干渉する者なら、この世界以外の戦力を用意している可能性もある。
 デリクは青い瞳を研ぎ澄ます。
「いずれにしても、見逃す訳にはいきまセン」
「ほお、『猟犬』の闘争心が疼き出したか?」
 デリクには『猟犬』の二つ名があった。
 理由は分からないが、何となくその名前が不愉快に感じられた気がする。
「‥‥その呼び名は好きデワありませんヨ」
 彼は苦笑しながらグラスのアルコールを一気に煽った。情報屋の顔を持つ初老の男は、「なんでぇ、記憶が戻って来てるじゃねーか」と笑ったものだ。
 記憶、デスか――――


「デリクぅ〜、ねぇ、デリクぅ!」
 彼がゆっくりと瞳を開くと、腹に馬乗りになった少女の顔が浮かびあがった。この顔には見覚えがある。昨夜の娘だ。
 ――あァ、そうデシタ‥‥。
 デリクが情報屋のガレージを出て行こうとした時、眠っていた彼女が目を覚ましたのだ。少女は彼のねぐらを知っているというものだから、仕方なく案内して貰ったのである。それから――――。
「もう朝だよ☆ 食事作ったんだから起きてよ〜!」
 どうやら、繁華街のこの安宿がデリクのねぐららしい。尤も、留守が多いと彼女が言っていた事から、ねぐらの一つなのかもしれない。
「はいハイ、分かりましたヨ、起きますカラ、この重いカラダを退けて下サイ」
「あぁッ! レディにそういう事いうのぉ! 上で跳んでやるんだからッ☆」
 ――安宿の窓からデリクの悲鳴が響き渡った。
 どうやら今日も厄介なコトになりそうデス――――

 ――例えばの話デス
 もし、あなたがアナタでなかったとしたら、どうしますカ?
 つまり、自分の身体だと信じたものが、実は仮初の身体だったラ。
 長い時間の中で、あなたは忘れてしまったダケ‥‥。
 だから、鏡に映るアナタは、あなただと信じてイル‥‥。
 これは――夢なのカモ知れません。
 でも、もしかすると本当なのカモ――――

 your select?
 
 <夢の出来事として終わる> <この繁華街で暮らす>


<ライターより>
 この度は発注ありがとうございました☆
 はじめまして♪ 切磋巧実です。
 正直、数年前に書いたサンプルでシチュノベ発注が届くとは思いませんでした。興味を持って頂き有り難うございます。
 さて、いかがだったでしょうか? 色々と『引き』は用意させて頂きました。あの少女とはどんな経緯があったのか? なぜ彼は殺される事になったのか? 干渉する者と何時どんな風に戦うか? 等、色々と思い描いて頂けると幸いです。勿論、少女やオヤッサンは名前のないNPCであり、デリクを演出する為のガジェットでしかありませんので、全く気にしなくても構いませんし、PC登録して頂き、少女や情報屋のオヤッサンなどを絡めて、ツインやグループなんかも可能です(笑)。御一考下さい☆
 デリクは霊装を果たすのか!?
 干渉する者はマフィアのボスなのか!?
 楽しんで頂けると幸いです。よかったら感想お聞かせ下さいね。
 それでは、また出会える事を祈って☆