コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


パーティの裏側で(推理・解決編)

「あら…これはちょっと、凄いですわ」
 雫からのメールを読み終えたアリッサは、端末を入れたバッグを再びお手伝いの女性に預けると、パーティ会場である大広間に戻った。ここは設楽建設の会長、設楽清十郎の屋敷だ。今日のパーティの最中、この屋敷で彼が殺される、と言うメッセージと画像がゴーストネットOFFの掲示板に書き込まれたのは数日前。たまたまこのパーティに招待されていた九条アリッサ、セレスティ・カーニンガム、大和嗣史(やまと・しふみ)、海原みあお(うなばら・みあお)の四人は、瀬名雫の依頼を受けてメッセージの真偽を調査し、清十郎氏を護るべく行動を開始していた。

『アリッサから雫に送信したリスト』
設楽 清十郎(71歳) 清廉潔白な経営者。設楽建設会長。妻千代は22年前に死去。
           <パーティの後、遺言状を書き換える事になっている>
           <妻千代は予知能力者であった可能性が高い。義弟の運命を知り、湖東氏に、助けてやって欲しいと手紙を渡した。湖東氏談>
           <和美の他に弟が居たが、20年前に死去 湖東氏談>
設楽 真子(30歳) 大人しいお嬢様。美里と言う娘が居るが、現在入院中。
          <母を孤独の中で死なせたと、父を恨んでいるらしい>
          <三戸部あやかを、異母妹だと思っているらしい>
設楽 耕一(47歳) 真子の夫。若いが評判は良い跡継ぎ。現社長。
          <結婚前の恋人は、羽鳥まき。だが、現在は没交渉。羽鳥談>
          <本当は、真子を大切に思っている。羽鳥談>
          <以前、プロジェクトを清十郎氏に潰された事アリ。三戸部談>
小田切 勇(35歳) 社長秘書。
羽鳥 まき(40歳) 会長秘書。
          <設楽耕一の結婚前の恋人。だが、現在は没交渉。会長を尊敬している。羽鳥談>
湖東 隆三(65歳) 設楽家かかり付け医。清十郎氏の古い友人。
          <設楽千代とは旧知であり彼女の良き理解者。千代の願いを叶えられなかった事を悔やんでいる様子。湖東談>
小沢 克己(?) 弁護士。<50代の男性。遺言状の書き換えの為に呼ばれた模様>
三戸部 あやか(24歳) フリーライター。
          <清十郎氏の娘? 真子・和美談>
北条 正・和美夫妻(二人とも65歳)
          <リゾートホテルの経営は芳しく無いらしい。清十郎氏から何度も援助を受けている模様。湖東氏談>
          <何の相談も無しに遺言状を書き換えるという兄を怒っている>
          <三戸部あやかは清十郎の娘なのでは、と疑っている>
(新たに出てきた人物)
設楽 総一郎(享年35歳) 20年前に死亡。温和な性格の好青年。

『雫からのメール』
アリッサちゃん。 了解。こちらも1つ情報。あの画像は、コンピュータで加工された物では無い模様。外縁部のぼやけ方が人間の視界に似ているとの指摘アリ。念写の可能性も
 雫


「へえ〜、じゃあ、あの写真、本物って事?」
 戻ってきたアリッサの話を聞いて、すぐにそう聞いたのは、みあおだった。
「そう考えた方が良さそうですね。千代さんが予知能力を持っていたと言うのを信じるならば、そういった力を持った人間が関係者に居てもおかしくはありませんから」
 嗣史の言葉に、セレスティも頷いた。
「千代さんの血筋、と考えると…真子さん、でしょうか」
 セレスティの考えに、首を傾げたのはアリッサだ。
「…でも、私は真子さんとは割りと長くお付き合いさせていただいておりますけれど、あまりそう言ったお話は…」
「美里なら、きっと知ってるんじゃない?お母さんの事だし」
 と、みあお。するとセレスティも、
「耕一さんも、何かご存知かも知れませんね。みあおさんのお話を聞いた所では、真子さんは見た目通りの人ではないように思えますし…。私はちょっと、耕一さんにもお話を伺っておこうと思います」
 と言い出した。
「じゃあ、みあおは美里に…って言いたい所なんだけど」
「入院中ですから、それはちょっと」
 アリッサの言葉に、みあおはううん、と首を振った。
「そうじゃなくって。その前に、会いたい人が居るから」
「会いたい人?」
 アリッサたちが顔を見合わせる中、みあおはにっこり笑っただけだった。

 設楽耕一は、大広間には居なかった。どこへ行ったのだろうと思いながら、廊下へ出ると、丁度彼が戻るのとぶつかった。彼の足をかすめて、一瞬車椅子が傾ぐ。
「おや、これは失礼」
 車椅子のセレスティが詫びると、耕一は慌てた様子で、
「いえ、こちらこそ。ちょっと考え事をして居たもので」
 と謝り、
「セレスティ・カーニンガム様でいらっしゃいますね。ご挨拶が遅れておりました。例のプロジェクトの件では…」
 と改めて頭を下げた。
「プロジェクトへの参加は、会長も納得されているのでしょうか?」
 試しに、聞いてみる。
「ええ、了承して居ります。古い社員達の中には色々言う者も居りますが、私は何も、突拍子も無い事を始めようとしている訳ではないのです。私どもの会社のこれまでと行く末を見定めた上での、結論ですから」
「以前、会長が反対された企画がある、とお聞きしたのですが…」
 あやかから聞いた話をちらりと振ると、耕一は苦笑いをして頷いた。
「あれは時期尚早でした。プラン自体も、突拍子の無い部分が多すぎて。あの時点での弊社では、実現不可能なものだったと、今は思っております。会長の判断は、正しかったのですよ」
「…となると、先ほど考え込んでらしたのは、…もしや、奥様の事でしょうか?」
「…え…?」
 妻の話をいきなり持ち出されて、耕一が怪訝そうな声を出した。
「奥様は、何やらとても傷ついてらっしゃるように見受けられましたので」
「ああ…その事ですか」
 秘書の小田切は、報告を怠らないタイプらしい。
「お恥ずかしい限りですが、…まあ、そうです。元々あまり感情を表に出さない方なのですが、義父が遺書を書き換えると公言してからは、ずっと塞ぎこんでしまって。私もショックでない、と言えば嘘になりますけれど」
 と言う耕一の気持ちは、セレスティにも察しはつく。普通ならば彼が義父の全てを継ぐ事になるものなのだろうに、いきなり遺書の話を持ち出されたのだ。自分に何か至らぬ所があり、義父の怒りを買ったのかと気にしたのだろう。
「私もどうして今、と義父に聞いてみたのですが、『君のせいではない』とだけしか…。私はもうそれ以上食い下がる訳にも行きませんが、真子は…」
「三戸部あやかさんの事を、随分と気にしてらしたようですね」
 そんな事まで、とまた苦笑しつつ、耕一が溜息を吐く。
「ええ…今回、彼女を社史の仕事に推してきたのは、義父なんです。ついでだから、とこのパーティにまで呼ぶと聞いて、真子は疑惑を持ったのでしょう。和美さんから聞いた話も相俟って、あんな事を言い出したのです」
 あんな事、と言うのは、三戸部あやかが彼女の異母妹では無いかと言う話だろう。
「何か、決定的な証拠でも?」
 と聞くと、案の定耕一は首を振った。
「ありませんが、そうでない、と言い切る証拠も無かったんですよ。それどころか、義父が密かに彼女を探していたという可能性まで出てきてしまった。真子の疑念はもう、確信に変わっていると言っても良いかも知れません」
「ご自身は?どう思ってらっしゃるんです?」
「…そうですね」
 耕一は少し考えて、言った。
「やはり、違うと思います。義父は仕事第一で生きてきた、典型的な会社人間ではありますが、他へ女性を作るような人ではありません。真子の事も、義母の事も、大切にしてきたつもりなのだと思います。ただ、真子は…義父のそういう生き方の犠牲になってきたような所があったのでしょう。寂しい思いをしてきたと思いますから」
「そう言えば、お母様と二人きりだったと、お聞きしました。優しい方だったそうですね」
 千代の力について、耕一は知っていたのだろうかと思いながら、言った。もし真子に同じ力があるのなら、彼が気づかない筈は無い。
「そう聞いています。優しくて、穏やかで、母との間には良い思い出しかない、と言っていました。顔立ちは真子にそっくりだったそうですが、中身はまるで違ったそうです」
「中身…?」
「はい。不思議な人だった、と…。先の事を、よく当てたとか。遠足の日、途中で雨が降る事や、修学旅行先で、地震が起こる事とか」
「それは…不思議ですね」
 セレスティが調子を合わせる。
「そうでしょう?世の中には、時折不思議な力を持つ人が居るとは聞きますが。でも、真子自身には、そんな兆候は全く無かったそうです。…もっとも、もしそんな力があったら、私と結婚なぞ、しなかったでしょうけれど」
「何故?」
「私も、義父と同じタイプの人間なんです、やはり。真子にも娘にも、結局、また寂しい思いをさせてしまっている。…家庭人としては失格ですね」
 自嘲気味に笑う耕一に、セレスティはゆっくりと首を振って見せた。
「それだけ分かっていらっしゃるなら、歩み寄る機会はこれからいくらでもありますよ。失格だなんて、自分で決めてしまう事は無い」
 最後の三戸部あやかの履歴を少しだけ耕一から聞きだして、セレスティは大広間を後にした。携帯電話で部下に連絡を取り、彼女が辞めた編集社の関係者から、入社と退社の経緯と両親について、調べさせた。
「…ほう。やはり両親は…」
 瞬く間にそれだけの事を調べ上げた部下を労ってから、電話を切った。やはり、三戸部あやかは養女だった。入社の際に、あやか自身が話している。母親は彼女を生んですぐ死に、父親は不明のままだそうだ。編集社への入社は、彼女自身の力によるものだが、養母の病気で退社、その後見知らぬ老人が彼女を訪ねて会社を訪れていると言うから、多分それが、清十郎氏なのだろう。耕一と真子も、それを知ったのだろうか。だが、セレスティの見た所、三戸部あやかの父親は、清十郎氏では無い。これについては、大和嗣史の考えも一致していた。真子は思い違いをしたまま、父が母と自分を裏切っていたと思い込んでいるのだ。

「そうですね。真子さんは、勘違いをしているのでしょう」
 セレスティの話を聞いたアリッサは、頷いた。
「でも、耕一さんの仰っている事、当たっていると思いますわ。真子さん、以前仰ってましたもの。ずっと一人きりだったって。結婚して、子供が生まれて、やっと一人ぼっちでなくなると思ったけれど、そうではなかったって、寂しそうに」
「でも、一人きりと言うなら…」
 アリッサとて、同じ事だったろうに。財閥の一人娘として生まれはしたものの、彼女の家庭環境はお世辞にも恵まれているとは言えない。だが、セレスティの気持ちを察したのだろう。アリッサはいいえ、と微笑んだ。
「寂しいなんて思っている暇、ありませんでしたもの。その点では、あの両親にも、感謝しておりますの」
「なるほど」
 そういう考え方もあるものか、と、セレスティはくすっと笑った。
「何事も、考え方一つで変わるものですわ」
 アリッサの言う通りだ。そして、彼女のような強さを、ほんの少しでも真子が持っていたのなら。つまらぬ思い込みなどしなかっただろうに。
「それで、真子さんはどこに?」
「今は一度お部屋に戻られたようです。大和さんが見張ってらっしゃいますから、心配ありませんわ。清十郎氏も、少しお疲れになったとかで、お部屋に。後はデザートの前に乾杯…あら?」
「どうしましたか?」
「みあおさんが、いつの間にか見当たらなくて…」
 階段の上に清十郎氏が姿を現したのは、その時だった。
「大和さん!!!」
 セレスティが叫ぶより早く、彼は動いていた。人と人のぶつかる音に続いて聞えた小さな呻き声は、女性のものだ。横に居たアリッサが息を呑むのが分かった。
「真子さんっ…」
 小さく悲鳴を上げるアリッサの横を駆け抜けたのは耕一だった。
「真子!!」
 崩れ落ちた真子の体を、大和嗣史から受け取ると、そのまま抱き上げ、そのまま足早に奥の部屋に消えて行った。全ては、一瞬の事だった。嗣史が真子に軽い当て身を食らわせたのにも、崩れ落ちた真子の手からナイフが落ちた事にも、他の客達は気付かなかっただろう。清十郎氏は何事も無かったように階段を降りてくると、閉会の乾杯の準備を命じた。
「間に合ったようですね」
 と、一つ息を吐くと、アリッサも
「ええ、そのようです」
 と頷いたが、ううん、と唸ったきり考え込んでしまった。
「まだ、何か?」
「きっと、何でも無いと思うんですけど…でも…。ああ、そうだわ、みあおさんが言ってたんです」
 突然みあおの名が出て、セレスティは首を傾げた。
「何を、です?」
「殺害方法について。彼女は、『こんな場所じゃあ、毒とか射撃とかじゃなきゃ、無理だよね』って、その時は何とも思わなかったんですが…。真子さんが使おうとしたのは、ナイフでした。もしもナイフで殺害されるなら、あの画像にも映っていた筈です。でも、私の記憶にある限り、そんな物は写っていませんでしたわ」
 今度はセレスティが息を呑む番だった。しまった、と思った。だが、誰が?考えをめぐらせている時間はない。この場所の形状からして、射殺は無理だ。とすると毒殺しかないと瞬時に判断した。毒を使うなら…何時使うか。一つの可能性に思い当たって、セレスティは顔を強張らせた。
「…アリッサさん、清十郎氏にワインは?彼はワインを持っていますか!」
「あ、ええ…今、湖東さんが…」
「止めなくては!乾杯を…!」
「あっ…でもまさか、…ああ、千代さんからの手紙・・・!」
 アリッサが悲鳴のような声を上げる。階段を降りてくる大和嗣史の足音が聞えたが、彼に頼む暇も勿論無い。仕方ない…。セレスティは、全てのグラスの中で揺らぐ水たちに、呼びかけた。

「長いパーティでしたわね」
 アリッサが言うと、嗣史もええ、と頷いた。
「無事に終わって良かった」
「本当に」
 セレスティも頷く。パーティはその後無事お開きになり、他の客たちは皆帰ってしまった。唯一、北条夫妻だけがまだ話を、と粘ったが、遺言状の書き換えについては後日、と言う弁護士の強い説得に、渋々帰って行った。
「皆さんには、大変お世話になりました」
 丁寧に頭を下げたのは、清十郎だった。セレスティ、嗣史、アリッサの三人に、残っていて欲しいと頼んだのは、耕一の方だったのだが、今は真子の傍についていると言う。耕一の代わり、と言う訳ではないだろうが、三戸部あやかがその隣に腰掛けていた。
「事の次第は、大体あの小さな女の子…海原さんから聞いています」
「みあおさんから?」
 アリッサが目を丸くする。セレスティはああ、と納得した。みあおが『もう一人会っておきたい人が居る』と言っていたのを思い出したからだ。彼女はきっと清十郎に直接、全てを話して彼の真意を確かめたのだろう。
「真子を追い詰めてしまったのは、私です。話す必要が無いと思ってそのままにしていたのが、かえって悪かったのでしょう。あの子がそこまで思いつめてしまうとは、思いませんでした」
「遺言状の書き換えは、彼女の…三戸部あやかさんの為ですのね」
 アリッサが言った。
「そうです。お気づきのようですが、彼女は…」
 と、清十郎が三戸部あやかを見る。彼女の出生については、大体の察しがついていた。
「弟さんの、忘れ形見、ですね。真子さんには、従姉妹に当たる」
 嗣史が言うと、清十郎が頷いた。清十郎の弟、総一郎には、生前親しくしていた女性が居た。家の事情で添い遂げる事は無かったが、彼女は総一郎と別れた後、女の子を産んだ。それが、三戸部あやかだった。あやかを産んですぐにその女性は亡くなり、彼女は施設を介して里子に出された。
「三戸部の両親が、全てを話してくれたのは、私が高校を卒業した頃でした。でも、父の事は結局最後までわからなくて」
 あやかが言った。
「東京の大学に来たのは、半分は父の事が調べられるかも、と思っての事だったんですが。結局何も。だから、設楽さんから連絡があった時は驚きました」
 遺産の話を聞いた時には、辞退すべきかと悩んだが、結局受け取る事にしたのだと言う。
「彼女には、総一郎の持ち物を渡すつもりで居ます」
 と、清十郎が言った。ついに逢う事の無かった実父との繋がりを、と言う事なのだろう。
「あやかさんのお母様とお会いになったのは、奥様のご指示ですわね」
「千代さんの?」
 驚いた顔をしたのは、大和嗣史だ。
「これは私の推測ですけれど、奥様は総一郎さんにも手紙を託されたのではないでしょうか?貴方はそれを、見てしまった」
 皆が息を呑む中、清十郎が苦笑いしつつ、頷いた。
「手紙を見つけたのは、妻が死んでからしばらく経った頃でした。彼女の部屋に積んだきりになっていた病室の品の中に、紛れていたのです。きっと、本人に渡そうと思って居たのが、叶わなかったのでしょう。…お恥ずかしい話、手紙を封切ってしまったのは、妻と総一郎の仲を一瞬ではありますが、疑ってしまったからです。勿論、そんな事実はありませんでしたが」
 そこで少し、辛そうな目をして、清十郎は一つ息を吐いた。
「総一郎は当時日本には居らず、私が代わりに探しました。臨月の彼女を見つけ出し、出産の面倒まで見たものの、その後すぐに彼女は姿を消してしまい、あやかを探し出すのに、随分と時間がかかってしまいました」
「そうでしたか…その後、総一郎さんにも手紙の事は、言わぬままだったのですね」
「ええ。封を切ってしまったのが恥ずかしくて、何も。こうなったら、とにかく、彼女と子供とを私の手で探し出すしかない、と空回りしている内に、あれも逝ってしまいました。後悔しました。くだらんプライドなどに拘らず、教えてやるべきだったと今も思っていますよ」
アリッサは目を細めてやはり、と呟くと、戸口の方を振り向いた。
「それは、ご存知でしたの?」
 皆が振り向いた先に居たのは、湖東医師だった。彼もまた、千代から手紙を受け取った一人だった。湖東医師はゆっくりと首を振ると、安堵とも落胆とも吐かないような溜息を一つ吐いて、懐から古い手紙を取り出した。そこには、二つの死が予言されていた。一つは総一郎の、そしてもう一つは…。
「清十郎さんが真子さんに殺される事を、千代さんは知っていらしたんですね」
 セレスティが言った。
「そうです。けれど、総一郎すら救えなかった私に、清十郎の運命を変えられるとは思わなかった。…だからせめて、真子ちゃんに手をかけさせる事だけは、避けようと思ったんだ、私は。…私は…」
湖東医師は苦しげに声を震わせ、目を伏せた。全てを察したのだろう、その姿を清十郎が、やはり悲しそうに見ている。最後の乾杯の時、湖東医師が清十郎氏に手渡したワインには、毒が入っていた。無論、清十郎氏はそれを飲まなかったし、結局その時のワインは全て注ぎ直したから、誰も気づかず無事にパーティが終了したのだが。
「あの時、ワイングラスを渡す君の手が、震えて居た。何かあるのだろうとは思ったが…」
 すまない、とひたすら頭を下げる湖東医師の肩に、清十郎が手を置いて、首を振った。
「私には、君を責める資格など、ありはしないよ。私も同じだ。命を奪おうとした訳ではないが、真子を追い詰めてしまったのだから。千代の願いを叶える事ばかり考えて、目の前に居たあの子の気持ちを考えなかった」
肩を震わす湖東医師と清十郎の二人を見ながら、セレスティは溜息を吐いた。全く、予知と言うのは厄介な力だ。受け取り手の考え方次第では、予知や預言が更なる不幸を呼んでしまう事もあるのだ。千代の残した手紙がその良い例だろう。あやかを探し出した事が真子の心を狂わせ、清十郎の死を避けられないものと考えた湖東医師は、それならばせめて、と真子が殺すより先に、自分で友を殺そうとした。もしもここにセレスティ達が居なければ、清十郎はあの書き込み通りに、広間で殺されていたに違いない。
「そういえば」
 帰り際、ふと思い出したように口を開いたのは、大和嗣史だった。
「あの掲示板の書き込みは、一体誰の仕業だったんでしょう」
「ああ…それなら、一人居らっしゃいますでしょう?千代さんの血を引き、ここには居ない方が」
 アリッサが微笑み、セレスティと嗣史は顔を見合わせて、あ、と小さく声を上げた。設楽美里、真子の娘だ。今頃きっと、みあおと一緒に違いないと言ってから、アリッサはふと表情を曇らせた。
「けれど、これで本当に、全て終わったんでしょうか。千代さんの予言が、今日の事を示していたのかどうか…」
「アリッサさん」
 セレスティは車椅子をすい、と彼女に寄せると、大丈夫、と微笑んだ。
「人が思う程、未来は定まっても居ないし、また自由でも無いのです。いくら考えた所で、堂々巡りをするだけ。私達はやるべき事は果しました。それに、何事も考え方一つ、なのでしょう?」
「…そうですわね。ええ、そうですわ」
 やがて、アリッサの迎えの車が着き、三人は設楽家の門前で別れた。既に夜は更け、満月に近い月も西の空に傾きつつあった。

<パーティの裏側で・終わり>

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】
【4971 / 大和 嗣史(やまと・しふみ) / 男性 / 25歳 / 飲食店オーナー】
【1415 / 海原 みあお(うなばら・みあお) / 女性 / 13歳 / 小学生】

<NPC>九条アリッサ

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
セレスティ・カーニンガム様
引き続きご参加、ありがとうございました。ライターのむささびです。設楽邸のパーティはお楽しみいただけましたでしょうか。三戸部あやかの父親は見事に当てていただきました。また、千代が夫の災難を見通していた、と言う点も当たりでした。編集社には特に変わった点は無かったのですが、養女と言う所までは判明しました。犯人が実は二人居た、と言う所はちょっと反則でしたが、最後はセレスティ氏の力をお借りいたしました。ありがとうございました。それでは、またお会い出来る事を願いつつ。
むささび。
むささび。