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思い出の夏祭り。
●待ち合わせ。
「お兄ちゃん〜」
可愛らしいクリームイエローの地にピンクの花柄と同色の帯を巻いた九重・結珠(ここのえ・ゆず)が美しい黒髪を靡かせて走ってくる。
「‥‥はぁはぁ。遅くなっちゃってごめんね」
「いいや。俺も今着いたところだよ‥」
すでに九重・蒼(ここのえ・そう)が待ち合わせの場所にいる事に気がつき急いで蒼の元へと近寄る。
時計台に設置させた時刻を見て時間を確認すると、定時を回ったところで結珠は安堵の表情を浮かべる。
優しく微笑んで迎え入れてくれた蒼の表情に結珠は少しはにかみながら笑顔を見せた。
「お兄ちゃん、なんだかいつもと雰囲気が違うね」
「んっ? そうか?? 結珠もいつもと違うな。すごく綺麗‥‥」
紺色の浴衣を着た大人の雰囲気を醸し出す蒼を見上げていると、思っても見なかった言葉を返されて結珠は顔を赤らめる。
結珠の表情を見て蒼も自分が無意識に発した言葉を思い出し、時間差でつられて赤くなった。
●今日一日だけは‥‥。
東京の一角で開催されているこの夏祭りはけして大きい祭りではないのだが少し離れた場所で花火大会が行われる為、毎年自然と多くの人々が訪れて活気に溢れる。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん、ヨーヨーがあるわ‥‥」
蒼の手を取って、店へと近づき水の中を覗き込んでみる。
様々な種類の色鮮やかなヨーヨーが水に浮かんでおり、中でも一際目を引く。
「そこの可愛らしいお嬢ちゃん、良かったらやらないかい? 一回100円だよ!」
店の店主がヨーヨーを覗き込む結珠に声をかけてきた。
せっかく進められたからと思い、蒼は二回分のつり紙を買って一つを結珠に手渡す。
「よ〜し、頑張るよ!」
張り切って水玉模様の可愛らしいヨーヨに狙いを定めて真剣な表情で慎重に手をかける。
「あっ‥‥」 だが、もう少しという所でつり紙が切れてしまった。
少し寂しそうな表情で水玉模様のヨーヨを見ていると、器用に結珠の狙っていたヨーヨを横から取り上げられてしまった。
目線で追いかけると、そこには蒼の姿があった。
「結珠にプレゼント。なんだか結珠が好きそうな感じがしたんだ」
何事もなかったように蒼はつり針からヨーヨーを外して結珠の掌へとヨーヨーを乗っける。
嬉しそうな表情を浮かべながら結珠はワッカの部分を中指に通し、数回糸を上下に動かして遊んで見せる。
さりげない蒼の優しさに結珠はとても幸せな気分になった。
「わぁぁ‥‥」
周りに人が多くて、時々人にぶつかりそうになりながらも必死に蒼の横を歩く。
「結珠‥」
必死についてくる結珠に気がついた蒼が苦笑しながら自然と手を差し伸べると結珠も自然と手を差し出して手を繋ぐ。
「次はどうしようか? 露店がたくさん在るし‥」
「そうだね。ついつい目移りしちゃうわ‥」
二人はキョロキョロと辺りを見渡して行きたい露店を話をしながら探す。
「「そこのお兄さん! 彼女の為に一回やっていかないか?!」」
声を掛けられて二人が足を止めた先は射的だ。
どうやら恋人同士だと思われているようだ。
二人の関係が周りからは兄妹ではなく恋人のように見られている事に結珠はふわふわとした不思議な気分になる。
「うーん‥‥そうだな! おじさん、一回分頼むよ」
「おぉ! 兄ちゃんやる気満々だな!」
やる気をだして袖をめくり上げて、幾つか受け取ったコルク玉を受け皿に置く。
シルバー銃を構えて射的雛台に並べられた品の中から真剣な表情で蒼は狙いを定める。
普段、刀剣を扱う事はあっても銃を持つ機会はないので、蒼自身も自分の銃の腕前がどれほどのものなのか分からない。
「お兄ちゃん、頑張って!!」
蒼の真剣な眼差しに結珠にも自然と気合が入り、力いっぱいに応援する。
結珠の応援を貰った蒼にも俄然やる気が出る。
パーン。
辺りにシルバー銃の音が響き渡り、結珠は一瞬吃驚して目を閉じてしまう。
そしてゆっくりと目を開けて見ると、可愛らしい大きなクマのぬいぐるみが目の前にあった。
「結珠にプレゼント‥」
「可愛い〜。お兄ちゃん、ありがとう」
もちろんクマのぬいぐるみも可愛らしいが蒼が取ってくれた事に特別な価値を感じてついつい愛おしくなって、ぎゅっと抱きしめる。
帰ったら部屋に飾って眠ろうと結珠は心の中で決めていた。
「お嬢ちゃん良かったな。彼氏からプレゼントが貰えて」
「えっ? あっ‥彼氏じゃなくって‥‥」
少し照れながら店主に弁解しようとすると、隣から蒼の声が聞こえてくる。
「俺もこんなに喜んでもらえると思っていなかったので嬉しいですよ」
結珠の言葉をさえぎり、否定せずに優しい表情で蒼は結珠の手を取った。
恋人同士ではないが、今日一日は兄妹ではなくて恋人同士な気分で過ごしても良いのかなっと結珠は思うと幸せな気分になった。
そして、繋いだ手をもう一度ぎゅっと握り締めた。
●特別な指輪。
「おっ‥りんご飴。結珠、りんご飴を食べないか?」
「うん! 美味しそう」
蒼に差し出された小さめサイズのりんご飴に手を伸ばそうとする。
「あっ! 結珠、ぬいぐるみ俺がもつよ‥」
意外とクマのぬいぐるみが大きくて結珠の両手が塞がっていて受け取れない事に気がついた蒼は結珠の代わりにぬいぐるみを持ってあげる。
「お兄ちゃん、ありがとう‥‥」
ちょっとだけ恥ずかしそうな笑みを見せながら蒼を見上げると蒼の優しい表情が目の前にあった。
「美味しそう♪」
食の細かい結珠はあまり食べない方なのだが、蒼から差し出されたので嬉しく思いながらりんご飴を口にした。
蒼は店で一番大きなりんご飴を買い、少しずつ食べていく。
「可愛らしい指輪‥‥」
結珠が不意に足を止めた場所はおもちゃのアクセサリーショップであった。
おもちゃの割には可愛らしいデザインの商品が並べられている。
「これ、可愛いですね‥」
「ええ、私の手作りなんです。だから一つ一つ形が違うでしょ?」
比べてみると確かに微妙に形が違っている。
手作り感があり、世界にたった一つしかない事に結珠はますます惹かれる。
「うーん、どれか買おうかな‥」
様々な商品を手に取ってみるが、やはり最初に目を惹かれた指輪に特別な想いを感じて結珠は店員に指輪を渡す。
その間にお金を取り出そうと巾着袋を開けようとすると、蒼が先にお金を払ってくれた。
「お、お兄ちゃん! 自分で買うから大丈夫よ‥」
「今日は結珠の為に俺に買わせて。日ごろのお礼」
蒼に買ってもらえる事が嬉しくて結珠は素直に指輪を受け取る。
「絶対に大切にするね」
結珠は嬉しさをかみ締めながら指輪をぎゅっと握り締めた。
「今度は綿菓子食べたいな‥」
りんご飴を食べただけでは少々物足りなく感じたようで、綿菓子屋を発見した蒼は店へと近づく。
これぞ祭りの定番といった感じに、周りの人々の多くが綿菓子を口にしている。
綿菓子を買った蒼は結珠の元へと帰ってくるが、その手には綿菓子が一本しかない。
「あれ?」
「結珠と半分しようと思って‥嫌か?」
普段からあまり食べない事を知っていた蒼は結珠の思いをきちんと察していた。
「お兄ちゃん、お参りしましょ?」
せっかく神社で行われている祭りなのだから参りたいと思った結珠は蒼と共に賽銭箱に群がる人々の後ろに並ぶ。
「どんなお願い事しようかな‥」
真剣に悩んでいると自分達の順番が回ってきて、二人は同時に賽銭箱に小銭を投げ入れた。
「‥‥‥‥‥‥」
先に願い事をし終えた結珠が蒼を見ると、真剣に願い事をする蒼の姿があった。
「(お兄ちゃんって綺麗だなぁ‥‥)」
不意に目をあけて蒼が結珠の方に目を遣ると二人の目線が合う。
「結珠‥お祈りしてる所見られると少し恥ずかしいかも‥‥」
「ご、ごめんなさい。なんだかお兄ちゃんが真剣だったから」
照れながら苦笑する蒼に対して、見惚れていた結珠の顔は少しだけ赤くなった。
二人は案外同じ願い事をしたのかも知れない。
「まだ花火大会までは時間があるな‥」
「たしか神社の裏手にベンチがあるわ。静かだし休憩には十分いい場所よ」
人ごみの中で休憩するよりも静かな場所で休む方が良いと考え、結珠は蒼の手をとって神社の裏手側に回る事にした。
●こんな形の幸せ。
「やっぱり人ごみの中から抜けると涼しいな‥」
日本独特の夏の暑さに加えて、人ごみの中に居たせいか暑さを余計に感じていた。
ベンチに腰掛けた蒼は内輪を仰ぎながらほっと一息つく。
蒼の隣に腰を下ろした結珠は心なしか幸せそうだ。
「結珠、どうかしたか? なんだか嬉しそうだな‥」
「ううん。お兄ちゃんとこうして一緒に過ごせる事が嬉しいの」
素直に答え、笑顔を見せる結珠の表情に蒼は少し照れ隠しに空を見上げる。
「今日は晴天だったから星が綺麗だな‥」
ふいに星空に気がついた蒼が思わず言葉を漏らす。
東京の空はあまり綺麗ではないと言われているが、今日の星空は珍しく美しさを見せていた。
数分の間、二人は時間を忘れて無言のまま夜空を眺めていた。
無言の時間でさえお互いに幸せを感じられる。
「いつの間にか時間が経ってるな。今からでも花火大会間に合うかな‥」
不意に時計に目を遣るといつの間にか時間が経っており、花火大会の時間が近づいていた。
今から行っても場所取りをしている人々で恐らく混雑しているに違いない。
だが、せっかくの花火大会なので遠くからでも花火見物はしたい。
「結珠、そろそろ行こうか?」
再び差し出された蒼の手に手を置こうとした瞬間、バーンという音と共に空が明るくなる。
「綺麗〜。花火がよく見えるね‥」
結珠と蒼は突然の事に驚きながらも花火に見惚れる。
少し離れた場所に花火が上がるのが見えた。
神社の中に居れば通常、建物が邪魔をして花火があまり見えない。
だが、二人の居る場所からは、偶々遮るものがなく少し遠目だが十分なほど美しく夜空に舞い上がる花火が見える。
「ここはお兄ちゃんと私だけの秘密の場所だね」
「ああ。二人だけの特別な場所だな」
結珠は万遍の笑みを見せながら、二人だけの秘密の場所として誰にも話さない事をお互いに約束しあう。
何発も舞い上がる花火の雰囲気に結珠の顔からは笑みが絶えず、結珠の幸せそうな顔を見た蒼も本当に幸せそうな表情をしながら花火を見上げる。
「結珠‥」
「はい?」
結珠が蒼に目線をやると結珠にしか見せない優しい表情があった。
「‥来年、また一緒に夏祭りを過ごそうな」
蒼の言葉に、結珠の表情にも蒼にだけしか見せない特別な笑顔があった。
おしまい
「ライターより」
お久しぶりです。お二人のお話を書く時にいつも穏やかな気分で書くことが出来てとても楽しく書かせていただいております。
今回は夏祭りという事で、今がちょうど夏祭りの時期ですよね。
大きい祭りは盛大なお祭りを行って楽しいですが、小さめのお祭りは親しみやすく趣がありますよね。
お二人は本当に仲がよいのだな、っといつもプロフィールや写真(ツイン)から感じさせていただいています。
お二人の浴衣姿もいつもとは雰囲気が違っていてとても綺麗ですね。
思い出の一日として書かせていただき本当にありがとうございました。
楽しんで読んでいただけると嬉しいです。
葵桜。
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