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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


幽霊タクシーを探せ【前編】
●オープニング【0】
「あら。どうしたの、そっちから電話してくるなんて」
 珍しい、といったような口調でそう言うのは月刊アトラスの編集長・碇麗香である。電話の相手は草間武彦、言わずと知れた草間興信所の所長である。
「……で、用件は何かしら?」
 当たり障りのない会話もそこそこに、麗香は草間に尋ねた。草間との付き合いもそれなりになるが、単に世間話をするために電話をかけてくるような相手ではない。そこには何かしらの意図が含まれているといっていいだろう。例えば、自分の受けた仕事に関わる情報を得るため、とか。
 だが、麗香のそんな予想は今回大きく裏切られることになった。
「え? 零ちゃんが? そうねえ……」
 受話器を手にしたまま、机の上の書類を漁る麗香。やがて1枚の書類をつかむと、それを見ながら草間との会話を続けた。
「ちょうど誰かに調べてほしいことがあったのよ」
 これが1週間ほど前の話である。

「今回調べてきてほしいのは、幽霊タクシーの噂。場所は金沢、市内中心部よ」
 麗香は集まった者たちを前に、今回の仕事内容を切り出した。その中には、草間に言われてやってきた草間零の姿も混じっていた。
「何でも、3ヶ月ほど前からそんな噂が出始めたらしいけど……よく分からないのよね。誰か殺された訳でもなく、単に乗ってきたタクシーが振り返ると跡形なく消え去っているだけらしいし。でもまあ、何だか気になるから調べてきてもらえる?」
 こういう場合の麗香の勘は、結構あてになる。記事になりそうだと踏んだから、調査を頼むのであろう。
 話を聞く限りでは、特に危険があるとも思えない。早く調査を終えて、ついでに金沢を満喫するのも面白そうだ。
「ま、そういうことだからよろしくね」
 麗香が零の方へ振り向くと、零は元気よく答えた。
「はいっ、分かりました!」
 ちなみに予算の関係で、全員往復列車移動なので、その点よろしく。ホテルも市内中心部、片町のビジネスホテルだ――。

●変わりゆく古都【1】
 古都・金沢――というイメージは、こと駅前に限っては当てはまらなくなってきたのかもしれない。金沢駅の東口側に出た真名神慶悟は、そんなことを思いながら怪訝そうに空を見上げた。
「何かと工事をしていたような記憶はあったが……」
「何かしら、この門みたいな建造物」
 慶悟のつぶやきを受け、シュライン・エマも首を若干傾げながら言った。頭上には全面ガラス張りのドームがあり、前方には2つのねじれた棒のような形状の柱により支えられた木製の門があった。
「ええと確か……あったわ、ここ全体が『もてなしドーム』って名称らしいわよ。で、あれが『鼓門』、鼓をイメージしたものですって」
 そう答えたのは小さめのボストンバッグを足元に置いている大和鮎、手には最新版の金沢の観光ガイドブックが開かれていた。
「イメージ違うよなあ」
 ぼそりと羽角悠宇がつぶやいた。自分の中にあった『古都・金沢』のイメージとのギャップに、ほんの少し納得いかないものでもあるのだろう。だがそれに対し、悠宇の隣に居た少女がしょうがないといった口調で言った。
「だけど悠宇君、何年か後には新幹線が通るみたいだし……それで駅前を綺麗にしてるのかも」
 黒髪の少女――初瀬日和の言葉を聞いて、悠宇もそういうものかと一応納得したようである。
 ちなみに日和の言ったことはその通りで、北陸新幹線が来ることに絡んで駅周辺は色々と再開発が行われているのである。数カ月後にまた金沢に来たのなら、駅周辺には建物が増えていることであろう。
「面白そうなものがあればいいんだけど」
 と言いながら、ぐるり辺りを見回したのはシリューナ・リュクテイアである。駅の東口は、構内を出た右側がタクシーや自家用車のスペース、左側はバスターミナルとなっていた。タクシーは客が乗るのを多く待っているし、バスの方も複数の乗り場があるため全体として頻繁に発車していた。
「で、どうしますか。すぐに調査に入りますか?」
 そう皆に尋ねたのは、宮小路皇騎だった。皇騎はネットで下調べした情報を、列車の中でトランプ(ちなみにこれ、鮎の持ってきた物だ)しながら語っていた。それによると、目撃談・体験談は金沢市内、しかもやはり中心部に偏っているらしく、地名としては駅前・香林坊・片町・兼六園といった所が出てきていたそうだ。そして時間帯の割合としては、深夜を含む夜に遭遇したものが多かったらしい(日中の話がない訳ではない、念のため)。
「うーん、先にホテルにチェックインしてからでも、問題はないと思うけど。ね、零ちゃん」
 時刻はもうすでに午後2時を過ぎていた。シュラインはそう言い、零に同意を求めようとした。ところが、だ。
「あら? 零ちゃんは?」
 何故か零の姿が周囲にない。それどころか、よくよく見てみると人数がもう1人足りない。今回の調査、零の他に8人で来たはずなのだが……。
「お、居た居た居た」
 たたたたと一行の方へ駆けてくる中年男性の姿。その手には、弁当の入った袋を提げていた。そしてその中年男性――藤井雄一郎のすぐ後ろには、同じように袋を提げた零の姿もあったのである。
「いやあ、たくさんお弁当あるとやっぱ目移りするなあ」
 一行に合流した雄一郎は笑いながら言った。どうも駅構内の弁当屋で、人数分の駅弁を物色していたらしい。
「本当にいっぱいありましたね」
 で、零はその荷物持ちで自主的についていったようだ。
「……チェックインが先ですね」
 皇騎が苦笑した。さすがにこの季節、弁当を長々抱えたまま外を出歩くのもどうだろう、と考えたのだ。
「ほら、見てください。『ますのすし』ってお弁当です! こんなお弁当があるなんて、さすが金沢ですね!」
 嬉しそうに袋から『ますのすし』の弁当を出す零。余談だが、『ますのすし』は金沢でも買えるが富山が有名な訳で……。
 それとなく、零の誤解を解いた方がいいのだろうか?

●チェックイン【3】
 片町にあるビジネスホテルにチェックインした一行は、ひとまず日中の間は各自で調査をしてみることを決めた。
 まあ、9人も居るのだ。あちこち手分けすれば色々と情報は入ってくることだろう。それに調査範囲も先の皇騎の話から考えれば、金沢市内の中心部に限っても問題はないだろうと思われる。むしろ範囲が狭まっている分だけやりやすいかもしれない。
 キーを受け取り、自分の部屋へ向かうべく三々五々散らばってゆく一行。その中にあって、慶悟と雄一郎はある案内に目が止まっていた。
「ふむ、露天風呂があるのか」
「街中でこりゃ優雅だ」
 ……何に着目してますか、2人とも。

●横の繋がり【5B】
 部屋での多少の休息後、悠宇と日和の2人は片町から再び金沢駅の方へ舞い戻っていた。タクシー運転手から話を聞いてみるためである。餅は餅屋、ならばタクシーのことはタクシー運転手に、ということだ。
「人を乗せてさ、あちこち案内するのが楽しくてしょうがない運転手さんの車なんだよ、きっと」
 駅へと向かうバスの中、悠宇が窓の外の風景を眺めていた日和に話しかけた。
「……それでもしかすると、運転手さんの廃業に伴って廃車になったタクシーさんなのかも……」
 こちらも悠宇と似たようなことを返す日和。2人の共通認識として、正体はどうあれそれほど悪い存在ではないのではないかというものがあった。何しろ、人に悪さをしたという話は現時点で出てはいないのだから。
「単に、何かの加減で運転手さんが休んでいるだけかもしれないけどな、日和」
 付け加える悠宇。こちらだったら運転手が休みから復帰すれば、幽霊タクシーの噂はなくなることだろう。けれども調査に送られるくらいだから、現時点で運転手が復帰したということはないようだ。
 それからしばらく会話が途切れ、間もなくバスが終点である駅に到着するという頃、日和が思い出したように言った。
「悠宇君。個人タクシーさんかも」
「え?」
 思わず聞き返した悠宇に、日和はきちんと分かるように説明した。
「あのね。よく考えてみたんだけど、もしどこかの会社のタクシーさんだったら、長い間動かないということは少ないと思うの。空いているタクシーさんに、社員の運転手さんが乗るかもしれないから。だけど個人タクシーさんだと……運転手さんがお休みすると、動かない……よね?」
「あっ、そうだよ。日和、頭いいな。そうかもしれない」
 悠宇はぽんと手を打ち、笑顔で日和の頭を優しく軽く撫でた。日和は少し照れたような、それでいて嬉しそうな表情を見せた。
 そうと決まれば、情報収集も個人タクシーの方に絞ってみるべきかもしれない。バスを降りた2人は、さっそく東口のタクシー乗り場へ向かった。
 待機スペースには整然と多くのタクシーが並んでいた。順番が後ろの方のタクシーの運転手など、降りて3人で雑談を繰り広げていたりする。頭上にある線路の方からは、列車が走る音は聞こえてこない。ちょうど列車が到着する狭間の時間帯であるのかもしれない。だから、タクシーを降りてのんびりと雑談に興じることが出来るのだろう。客が引っ切りなしに来る状況なら、タクシーの待機列は次々に進んでゆくはずだから。
 2人はその雑談している運転手たち3人の所へ向かうと、話を聞くべく声をかけた。先に立ったのは悠宇の方である。
「すみません、いいですか?」
「うん? 乗るんなら向こうの……」
「いやっ、客じゃなくって」
 運転手の1人に乗り場を指差され、慌てて否定する悠宇。日和が口を開いた。
「あの……少しお聞きしたいことがあるんです」
 その日和の言葉によって誤解は解け、運転手たちは話を聞く態勢に入った。
「えっと、実は、3ヶ月ほど前から休んでいる運転手さんは居ないかなって」
「個人タクシーさんだったと思うんですけれど」
 悠宇が先に尋ね、日和がそれを補足する。しばし考え込む運転手たちだったが、やがてその中の1人がはっとしたように言った。
「ひょっとして、森田ちゃんのことか!」
 この言葉をきっかけに、他の運転手たちも口々に言い出した。
「ああ、森田さんか……」
「森田くんねえ……」
 どうやら3人とも知っているようだ。だが不思議なのは、口調が一様に惜しそうなのである。
「あんたらも森田ちゃんに世話なった人かい?」
 最初に『森田』と口にした運転手が、2人に尋ねてきた。顔を見合わせる悠宇と日和。ここはひとまず、そうだと答えた方がよさそうだ。違うと答えたなら、間違いなく警戒されるだろうから。
「あ……はい」
 こくんと頷く日和。すると、運転手たちは納得したような表情を見せた。
「そうか、やっぱりなあ」
「会社に居た時からですもんねえ……よく礼状が届いたり」
「いつも安全運転だったし。だから若くして独立出来たんだよ」
 しみじみと語る運転手たち。これはまさか、ひょっとして――。
「森田さん、どうしたんですか」
 悠宇が意を決して尋ねてみた。運転手たちは顔を見合わせ、1人がそれに答えた。
「亡くなったのさ。事故で……もう4ヶ月近いか――」

●彼の人の想いはいかに【6C】
 兼六園――悠宇と日和は日本三名園の1つを訪れていた。金沢駅東口で話を聞いて、少し経った頃である。せっかくだからと悠宇が誘い、日和も同意したからであった。
 だが、あまり言葉を交わすことなく、園内を散策する2人。日和があまり言葉を発しないので、自然と悠宇の口数も減っているという訳だ。
「もっと……お客さんを乗せて案内してあげたかったのかな」
 不意に日和がつぶやいた。悠宇は一瞬まじまじと日和のことを見つめたが、ややあってから短く答えた。
「そうかもな」
 そんな悠宇の脳裏に、あの運転手たちの言葉が蘇ってくる。亡くなった森田という運転手は個人タクシーを始めて3年目、それと同時に結婚をして、1歳ちょっとになる娘が1人居るという。そんな哀しくなってしまう話を聞いて、日和が多少なりともショックを受けないはずがなかった。
「奥さんと子供も養って……まだまだこれからだったはずだよなぁ……」
 そう言って空を見上げる悠宇。
「うん……かなり立派な運転手さんだったみたいですし……」
 日和がこくこくと頷いた。35歳未満の者が個人タクシーを開業しようとすれば、同一のタクシー会社にて10年以上の経験がまず要求される。その上で10年間無事故無違反であることも必要となってくる。つまり森田は非常に優秀な運転手であったということだ。
「悠宇君。森田さんは今もまだ……走っているんでしょうか……」
「…………」
 悠宇は日和の言葉に答えることは出来なかった。けれども、近くを走っているような気はしないでもなかった――。

●夜の片町は妖しく光り、道を授ける【7】
 夜の片町は昼間とまた違う顔を見せる。いわゆる夜の繁華街としての顔だ。バーやらラウンジやらスナックやらが、雑居ビルの中に所狭しと集まっている。片町のスクランブル交差点にはどこから湧いてくるのか、客引きもわらわらと集まっていた。
 他の者たちが夕食を食べに出かけたり、日中の情報交換をしていたりする中、鮎は片町を1人で歩いていた。ちなみに、昼間とまた服装が異なっている。いったいあのボストンバッグに、どれほど荷物を詰め込んできたというのか謎である。
(はあ……日中はろくに情報が得られなかったわ。こうなったら夜にかけるしかっ!)
 日中にあれこれと情報を集めようと頑張っていた鮎だったが、残念ながら結果は芳しくなかった。それゆえ、当初から夜も動くつもりではあったが、重要性は増したといえよう。
 さて、片町を歩いて犀川大橋の近くまでやってきた鮎であったが、角の所のコンビニのそばにブティックがあることに気付いた。夜だというのに、営業中であるブティックが。
「あら、珍しい」
 そばに行き、営業時間を確認する鮎。ちょうど普通の店とは真反対、夜にしか営業していなかった。
(でもどうしてかしら?)
 一瞬疑問に思った鮎だったが、それは即座に氷解した。鮎のそばを、まさに今から出勤途中であるお水系なお姉さん方が通っていったからである。ぱっと見て、コスプレかと思うような格好のお姉さんも居たりするのは激しく余談だ。
「なるほどね、夜の人たちご用達って訳ね」
 納得した鮎の目に、ちょうど今タクシーから降りようとしていたお水系なお姉さんの姿が止まった。続いて男性が降りてくることからして、きっと同伴出勤であるのだろう。
(はあ……タクシーの稼ぎ時?)
 そんなことを思い、とりあえず店の中へ入ってみようとした鮎。だが、はっとした表情になってタクシーの方へ振り返った。
「タクシー……ここは片町……目撃談に夜が多い……」
 ひょっとして、夜に目撃談が多かったのは、夜の世界の人たちが遭遇したから?
 よくよく考えてみれば、夜も遅くなるとバスはもう運行していない。タクシーが活躍する時間帯である。しかも、そういう店の閉店時間は真夜中であって――。

【幽霊タクシーを探せ【前編】 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
     / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
                   / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0461 / 宮小路・皇騎(みやこうじ・こうき)
        / 男 / 20 / 大学生(財閥御曹司・陰陽師) 】
【 2072 / 藤井・雄一郎(ふじい・ゆういちろう)
            / 男 / 48 / フラワーショップ店長 】
【 3524 / 初瀬・日和(はつせ・ひより)
                   / 女 / 16 / 高校生 】
【 3525 / 羽角・悠宇(はすみ・ゆう)
                   / 男 / 16 / 高校生 】
【 3580 / 大和・鮎(やまと・あゆ)
                    / 女 / 21 / OL 】
【 3785 / シリューナ・リュクテイア(しりゅーな・りゅくていあ)
                 / 女 / 妙齢? / 魔法薬屋 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全14場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせさせてしまい申し訳ありませんでした。ここに、金沢での幽霊タクシーの捜索模様・前編をお届けいたします。後編は金曜日辺りに公開する予定ですので、それまでゆっくりと本文の方をお読みいただければと思います。
・さて、今回はあれこれと各組で情報が散らばっていますが、突き合わせてゆくと情報は組み合ってゆくと思います。後編で幽霊タクシーに対してどのような行動を取ればよいのでしょう。直接的、あるいは間接的、方法は各々だと思います。頑張ってみてください。
・余談ですが、金沢の街の様子は現実とそれほど大きく異ならないと思います。一応、高原は実際に改めて歩いてきましたから。
・羽角悠宇さん、通常依頼では初めましてですね。聞き込みの仕方が非常によかったと思います。狙いもよかったですしね。予想と少し外れているかもしれませんが。あと、OMCイラストはイメージの参考とさせていただいています。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。