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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


夏の幻

 白い影がふわふわしていた。
 少年が気づいたのは、その時――――――――。
 夏休み。園芸部で草木の手入れをしていた時だった。
「どーした?」
「いや、何でもない」
「そう。つーかかったりぃな。何で園芸部なんかに…」
「くじで当たったんだ。仕方ないっつーの」
「ちぇ……」
 暫し黙々と作業に没頭していた。
 風の音がする。何処へ行くんだろう。鳥が鳴いている。何を目指しているのかな。
 雲のカケラが地面を撫でていく。少年たちを撫でていくのが分かった。汗で濡れた胸元をやんわり冷やしていく。
 日差しは容赦なく。
 一人の少年が口を開く。
「なぁ、こんな話聴いた事ない?」
「どんな?」
「夏休みに出るユーレーの話」
「なんだそりゃ」
「白いふわふわした生き物でさ。見つかったら最期、その美貌で男女問わず骨抜きにして殺しちまうんだと」
「へぇ、何か雪女みたいだな」
「だしょぉ!」
「でも、そんなに美人だったら会ってみたくもないな」
「怖いもの知らずだな。ほら、二組の高野ってやつ知ってる? あいつそのユーレーに殺されたんだぜ?」
「うわ。マジそれ」
 少年たちの話題は盛り上がった。

 チャリン。首筋で鳴る。その中身は写真。愛しき両親の写真だ。少年は空を仰いだ。その眩しいばかりにさんさんと照りつける憂鬱なる太陽よ。

「あれ、暁。どうしたん?」
 ふと一人の少年に声をかけられて、少年、桐生暁(きりゅうあき)は立ち止まる。
「空なんて仰いじゃってさ、黄昏なんて似合わないぜ。今の時刻にはさ」
 くすくす笑った。
「おー暁、ちーっす。元気してる?」
 もう一人の少年が重い腰を上げ伸びをする。身体を捻って運動だ。
「おー神野。今丁度トランスの練習終わったトコ。学校(ここ)のドラム借りてたんだよ。音がでかいからおちおち他の場所で練習もしてられないぜ。たまにライブハウスで借りてやってたりするんだけどな」
 暁は傍らにギターの入ったケースを持っている。ベースやギターなんかは各々の持ち物だが、ドラムとなるとそうもいかないのだろう。
「お、そうか。今年の文化祭も楽しみにしてるぜ。なんたってトランスは皆のアイドルだからな」
「そう。文化祭での特別公演。俺も聴きにいくぜ」
「おーサンキュウ」
 暁がはにかむ。その表情は何処かしら可愛らしい感じだ。
「で、今何の話してたの? その、幽霊!?」
「ああ、そ、幽霊の話。二組の高野ってヤツが殺されたってハナシ。それがさ、絶世の美少女だって事だよ」
「誰も少女だなんて言ってないじゃん。少年かも知れないぜ。絶世の美少年」
「えー! 俺は絶対少女派だな。男に骨抜きにされるなんてやってられねーぜ」
「あーもう、幽霊で、見たら殺されちゃうんだから、そんな事どうでもいいっつーの!」
「それ、本当に幽霊なのかな……?」
 暁がふと口にする。各々作業をしていた傍らで、噂をしてる少年たちは顔を見合わせた。
「………それもそうだな。―――――……そうだ。皆でユーレー狩りしようぜ!」
「また物騒な事を。可哀想だろ。見つけるだけにしとけよ」
「だーかーら、見つけたら殺されるんだろ」
「じゃあ二人一組で行動しよう。校舎中探して見つけ出そうぜ」
「今、いるのかな、そのユーレー……」
 吉崎という少年の発言にふと気づいたように、暁は口を開く。そして言葉を紡ごうと舌を鳴らした。今まで少し傍としていた。何故だろう。
「いるよ。ユーレー――――……」
 何故か、そんな気がした。幽霊、否何者かは分からないけど、それはいる。確かに、この校舎内にいる。何の根拠もない確信が暁の中を駆け巡っていった。
 神野という少年がおもむろに口を開く。
「よし、じゃあ分かった。行動開始だ! って……暁、お前余るぞ。これじゃあ奇数だ。じゃあどこか三人で………」
「あ、いいよ俺一人で。大丈夫、任せろってっ!」
「お、おい! 暁!!」
 神野の静止も耳に入らないのか、暁は跳ぶように校舎内へ駆けて行ってしまった。
「まったく…。気の早いヤツだぜ」
 任せろって、何を?
 そしてついたのは、そう諦めの溜息なのだった。



 ユーレー。いるかな。
 内心不安でどきどきしてる。
 二組の高野ってヤツが死んだ。
 もしかしたら自分も――――――――――――――。
 暁はごくりと唾を呑みこんだ。
 かって知ってる神聖徒学園の内部。
 セミの声が聞こえる。夏休み真っ盛りの校舎内。
 それはじわじわ煮立ってる鍋に近い。
 幻想が揺らめく。何かがこちらを見ている気がする。
 少年たちはこんな噂もしていた。
“まるでそれは、暁自身みたいだ”と……――――。
 そう、吸血鬼の血が混じっているからだろう、暁には男女問わず魅了する力があった。それはその美貌の成せる技なのかも知れない。
 でもなんか、自分が疑われてるみたいで、よい気分はしない。
 だから見つけたいと思った。何だっていい。その存在をこの眼で確かめたい。ユーレーだって、アヤカシだって、躊躇いなんてないよ。
 この眼で確かめたいのだ。それが痛みを伴うものだとしても。
 暁は胸元のペンダントをぎゅっと握り締めた。
 怖くなんかない。ほら、怖くなんかないんだ。
 ここにいる。父さんも母さんも、ここにいるから……。
 その時、向こうの突き当たりに白いふわふわしたものが姿を現した。
 ひらひら。ひらひら。
 ひらひら。
 そして消える。
「ん……?」
 眩しくてよく見えない。
 それはするりと消えていった。
 暁は走った。それがあったであろう場所へ。
 だが、時既に遅し。それは消えた後だった。今いるこの廊下の隣りの教室へ入り辺りを見回す。
 いない。
 けれど何故だろう。懐かしい感じがする。
 ふと手を伸ばしてみる。この手に掴まるものは―――――ぎゅ。
 !!
「わっ!!」
 暁は仰け反るようにそれを振り払い、身体を硬直させる。
 手だ。
 柔らかな手だった。
 それはカーテンの中からもたらされたものだった。
「誰? そこにいるのは誰だい?」
 クスクスクス……。
「あ〜。見つかっちゃった? やっぱり」
 手なんか出すから。かな? やっぱり。
「誰だよ。出てきてよ」
 その声は高い。少女のものか、少年のものかは分からない。
「まぁ〜だだよ」
 クスクスクス。
 それはカーテンから出てきたと思ったら、するりと暁の隣りを滑り、教室から駆け出ていってしまった。
「っちょ! 待てっ」
 暁は走り出す。
 それが駆けていった方向へ。
 階段を上る。
 息が切れてゆく。
 そこは屋上。この学園で一番高い所だ。
「待てよ!」
 手すりの前に、その存在を確認し、叫んだ。
 それはくるりとこちらに振り向き、手すりに凭れかかった。
「早いね。足」
 白亜のセーラー服。という事は、少女だろうか。この学園のものではない。年齢は分からない。けれど自分より幼く見える少女だと暁は思った。
 顔は整っている方だ。中性的で、真ん丸く大きな眼を長い睫毛が縁取っている。華奢だが、腰と緩やかなカーブが心地よい。
 確かに、これだと骨抜きにされるわなぁ……。
 さて、どうやって暁を殺すのかな。
 暁はその少女を見てると傍としてくる。どこか懐かしいものを感じずにはいられなかった。誰かに似てる? 誰に? 分からない。
 ――――――――――――――母に?
 分からない。
 そんな筈ない!!
「じゃあ、これでどうかな?」
 アヤカシはするりと暁の隣りをすり抜け、また走って行ってしまう。
「おい!」
 暁は必死で少女を追いかける。一体いつまで続ければいいのだ、こんな鬼ごっこを!
 とある教室に入っていく。
 見つけた。
 ベランダで黄昏ている。そういえばもう、そんな時刻だったのか。追いかけているうちに忘れてしまっていた。
 必死だった。
 否、夢中だった。
 彼女を捕まえる為に。
 暁は少女の隣りにつく。少女が逃げる素振りはない。観念したのだろうか。
「アンタ、ここの生徒じゃないだろ」
 せきを切って話し出したのは暁の方だった。沢山訊きたい事があった。何故だか分からないけど、そんな興味をこの少女は増徴させる。
「そうだろうね。ここの制服じゃないし、コレ」
 ひらりとスカートの裾をちょい、と持ち上げて、ゆらゆら揺らしてみる。
 その仕草は可愛らしい。
「たまにね、この学園に紛れ込むのが趣味なの」
 彼女が逃げる様子を見せないので、暁はさぁ…と肩の緊張を緩めた。
 遠い眼をしていた。何処かへ羽ばたいて行ってしまうみたいに、少女は遠い眼をしていた。
 さて、どうやって暁を殺す?
「ぼく、もう二十歳なんだ。進路が不安でさ」
 ぼく……?
 少し気にかかったが、暁は聞かなかった事にする。他に訊きたい事が山程あった。
「俺を、殺さないの?」
 暁を見て、少女は眼を丸くする。そしてクスリと口許を吊り上げた。
「あは! 何それ」
「だってアンタ、アヤカシでしょ? いや、ユーレーかな?」
 クククと失礼だろう程少女は腹を捩って笑いに耐えている。
「違うね。ぼくはちゃんと生きてるよ。あはははは、でも傑作! そんな噂でも広がってるの?」
「うん。まぁね。二組の高野ってヤツが殺されたって」
 少女は益々眼を丸くする。笑いが途切れる事はない。
「それ偶然だって! ぼくじゃないよ。偶然ぼくの出現付近と重なっただけだろ」
 クスクスクス。
 鈴が鳴ってるみたいに、少女は笑った。
 暁は豆鉄砲でもくらったみたいにきょとんとしていた。この天真爛漫な少女に、今までいくつの人が騙されてきたのだろう。例えばそう、暁みたいに。
「でも君ラッキーだよ。ぼくって神出鬼没だから、今までだってこんな風にここの生徒と話した事なんてないんだもの」
 じゃあ、ユーレーの正体目撃者の一番ってワケだ。悪い気はしないな。
「何かね。本当は誰かに聴いて欲しいのに、逃げてるだけじゃ駄目かなって、ここにきてそんな気がして……」
「いいよ。何でも聴いてあげるよ。俺を選んでくれて感謝をしなくちゃ、ね」
 クス。暁も口許を吊り上げる。それはさも子悪魔的な。
「いいね。そうこなくちゃ! さっきぼくが二十歳って言ったトコからいくね」
 そう、そういえばそんな事を言ってたな。二十歳!? 暁よりも三個上って事か……とてもそうは見えない。それはこの少女が童顔だからか、それとも年齢を偽っているか……。
「大学落ちまくっちゃって、今浪人中なんだけど、ぼくにはやりたい事があるんだ。そう、出版業界で働きたいと思っててさ。それ系の大学目指してて、それでもどうしても駄目で―――……、何かぼく、このままでいいのかなって、とても不安で…」
「それで、学生時代が恋しくてそんな格好してるワケ?」
「駄目?」
「……駄目じゃないけど…、何かみっともなくない?」
「いいじゃん。似合ってるし」
「自分で言うなよ」
 口許から笑みを零し、少女のあどけなさを感じつつ暁は思った。
 自分にもこの残り少ない学生生活が、恋しくなる時がくるのかな…、と。
「いいじゃん。何度だって頑張れば。終わりなんてないんだからさ。何度だって受けられるよ、大学」
「そうだよね……。こんな事してないで勉強か」
「でもそのカッコ、息抜きにはなるんじゃない?」
「なるなる。うん! 何かスリルたっぷりだし。今日の君みたいにぼくを捕まえようとするヤツがいっぱいいてさ」
 少年と少女はクスクス笑い合う。もうとっぷり日が暮れてしまっていた。
「あ、いけねー。園芸部の連中、俺を置いて帰っちゃったかな」
「何? 連れがいたの?」
「連れって程でもないけど」
「もう少し君と話してたかったな。ん〜残念」
 暁が少女ににっこり笑って手を差し出す。
「また捕まえるよ。俺は桐生暁」
 少女は少しはにかんで、差し出されたその手を掴んだ。
「ぼくは小鳥遊要(たかなしかなめ)。あ、ちなみにぼく男だから」
 え、――――――えぇ!?
 要の言葉に半ばぽかんとしている暁を背に、「じゃあね」とクスクス笑いながら少女、否少年は駆けて行ってしまった。
 ひらひらと、まるで幻想のように……。
 まだ、頭の整理がついてない。ちょっとはいいかな、とも思ってたのに。
 すると何だ。今日は女装癖の年齢も偽ってるかも知れない男子を一日かけて捕まえて、それで終わりか!? って、えぇええ!?? マジで!?
 暁は吹き出す。笑いを止められずにはいられない。腹が捩れる。壊れるかも知れない程に。けれど止められない。
「あはは―――――はっははは!!」
 それでも構わない。
 いっぱい話しが出来た。それだけで十分な収穫だ。誰も知らないユーレーの誰も知らない秘密をいっぱい知る事が出来た。それだけで十分なのだ。

「おーい暁〜!!」
 廊下の方で声がした。
 ユーレー探しはいつの間にか暁探しに切り替わっていた。
「お〜い!!」
「わりぃ! 俺はここ! 今行くから!!!」
 暁は意気揚揚と声を張り上げ薄暗い教室を後にした。

 口許がやんわり吊り上がる。
 だって、そう、確かにこれは、誰も知り得ない、暁しか知らない、
 夏の幻、そのものだったのだから――――……。












◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【4782 / 桐生・暁 / 男性 / 17歳 / 高校生アルバイター、トランスのギター担当】


◆ライター通信
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こんにちは、お久しぶりです。新人ライターのヨルです。
この度は再度の申し込み感謝ですv いかがだったでしょうか。お
待たせしてしまって申し訳ないです;
今回は暁さん一人でしたので、その設定を 勝手 に弄ったりして、
好き放題させて頂きました。トランスの設定なんてこちらの好きな
ようになってしまってますが……。ど、どうかしら? どきどき。
プレイングが抽象的でしたので、かなりこっちで自由に弄っちゃっ
てます。ご了承下さい。でもアヤカシらしく出来るように頑張りま
した(笑) 懐かしい人。印象に残る部分です。大切に書かせて頂
きました。お気に召せば幸いですv

ご意見ご感想などありましたら、気軽にメールして下さいませ。

またの機会がありましたら、お会い出来る事を心待ちにしており
ます。では!