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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


ゆったりと、ゆっくりと。〜追憶〜

 それは遠い昔の記憶。
 思いもかけないところから引きずり出された、苦くて、ほんの少し痛い記憶。
 呼び起こしたのは、たった一枚の、葉書だというのに。

「どう、したんですか?」
 門屋心理相談所のカウンセリングルームにて。助手である楷・巽は、一枚の葉書を手にしながら首を

傾げる。
 それは、今しがた手渡されたもの。彼が勤める心理相談所の主を担う、門屋・将太郎から。
 手渡した本人は、ブラインドの下ろされた窓をぼんやりと見つめながら、頬杖をついている。
 何も答えない門屋をじっと見つめて、それから、楷は葉書に視線を落とした。
「……同窓会……?」
 書かれていたのは、聞いたことのあるようなないような高校名の記された、同窓会案内。
 裏に返して見れば、規則的なワープロ文字の羅列の最後に、手書きの言葉を見つける。

 追伸、将太郎、元気でやっているか?

 とても、綺麗な字だった。
「住所、教えなかったはずなんだがな……」
 ため息の混ざった、呟き。
 ようやっと反応を示した門屋に、楷は視線を上げて彼を見やった。
 物に溢れている机から、ぎし、と軽く軋む背もたれをもった椅子へと体重を預けて。門屋はどことな

く遠くを見るような瞳で、楷を見つめてくる。
「楷……俺の話を聞いてくれ」
 真剣な眼差しに、楷は無言で頷き、手近な椅子に腰を下ろす。
 その柔らかな仕草や、美人と形容するに相応しい容姿……。
 改めて彼を見つめると、やはり、思わずにはいられない。
(楷…お前は似ているんだよ、あいつに…)
 この同窓会の幹事でもあり、親友でもある、彼に。
 思い起こそうとすれば、容易に、鮮明な姿が蘇ってくる。
 男のくせに華奢で綺麗、清潔感があって、女よりも男に好かれる確率が高かったあいつ。
「一年の時、男の上級生にコクられたり、汚い字のラブレター貰ったとかって噂があったな……」
 その度に困ったような表情で相談してきた彼。
 あまり気にするなと肩を叩いてやりながら、胸中には別な思いが疼いているのに気づいたのは、そん

なに遅いことではなかったはずだ。
「俺はそいつに惚れちまった」
 きっぱり、告げれば。楷はほんの少し、驚いたように瞳を丸くする。
 視界の端で捕らえ、自嘲じみた笑みを浮かべながら、門屋は、続けた。
「高校3年の1学期だったかな……終業式の日、とうとう言っちまった」
 彼を知っていて、彼を親友だと思っていて。
 そんな門屋が言うべきではなかった、告白。
 
『俺と付き合ってくれ』

 顔を赤らめ、告げた一言。
 彼が驚くのが見えた。それから、悲しそうに表情を歪めるのも。

『将太郎の事は、友達としか思えないよ……』

 そう言って、そのまま何も言わずに立ち去ろうとしていた彼を、その腕を、思わず引いていた。
 目一杯の力を込めて、強引に抱き寄せて、それから、驚くばかりの彼の唇を……。
「……いま思えば、かなり最低なことしたよな」
 勢いを振り返るとつくづく思うことだ。
 無論、当事も少なからず抱いていた罪悪感が、将太郎に彼の記憶を奪わせた。
 そうして、逃げ出していた。
 夏休みという長い期間を経て冷静さを取り戻し、忘れてしまった彼と、何事もなかったかのように接

することはできた。
 卒業までが、限界だったけれど。
 一つの節目、卒業を最後に、一度も会ってはいない。
 心理学で有名な新潟の大学に進学し、そこで一人暮らしをすることになっても、住所も連絡先も教え

なかった。
 苦い思い出でしかない彼との親友時代を、忘れたくて。
 時々思い出しては、ちくりと痛むものを感じ、掻き消していた記憶。
 それなのに、今回送られてきた葉書は、努力すべてを無駄にした。
 綺麗に整った、彼の書いた文字を見るだけで、胸が痛むほど締め付けられたように思えた。
 思わず、破り捨てそうになっていた。
 あの日の記憶。
 泳ぎっぱなしだった視線。
 軽く引き寄せられた細い体。
 触れ合った柔らかな唇。
 甘い気がした、口付け。
 逃げ出した自分。
 その背に残した、呆然とする彼。
 その全てを、その影ごと振り切るかのように――。
「そんなことが…あったんですか…」
 黙って話を聞いていた楷は、最後に、一言だけ呟いた。
 ちらと見つけた表情は、確かに驚きを示している。
 沈黙の降りる室内。
 どことなく気まずいような、重い空気を払うように。門屋は頭をかきながら、椅子の背もたれに寄り

かかる。
「楷……コーヒーを淹れてくれ」
 うんと、苦いやつをな。
 ほんの少しだけ唇の端を吊り上げながら言えば。楷は黙って門屋を見つめて。
「……はい、ただいま」
 普段のように、感情の欠如した顔で、応じるのであった。
 柔らかい仕草で背を向けた彼を視線で追いかけながら、ぼんやり、ぼんやり、門屋は思考を飛ばす。
 よく似た姿。過去の記憶に居座る彼には拒まれたけれど、目の前にいる彼は、きっと、逆だ。
 自惚れるわけではないけれど、きっと、楷は自分に気がある。
 なんとなくそんなことを思いながら、ふと、自分の胸に問いかけた。

 ――自分は?

 と。
 楷のことを好きなのだといえるのだろうか。
 思いを受け入れることができるのだろうか。
 受け入れる、べきなのであろうか……。
(よく、判らんな……)
 ため息交じりに胸中で呟き、考えを収める門屋。そうしてまた、ぼんやりと椅子を軋ませた。
 その結論はその場しのぎのごまかしでしかないと、判っていたのだけれど……。