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<東京怪談・PCゲームノベル>


【夢紡樹】 閑話日和



 初夏の日差しの中、出張で綾和泉汐耶はある村にやってきた。
 田舎ののんびりとした雰囲気は、忙しない都会の中で生きる汐耶には時間の流れが数倍違っているように思える。自分を置いてゆっくりと流れる時間がここにはあるというのだろうか。
 じりじりと焼くような日差しを受けて、汐耶の首筋を汗が流れ落ちる。
 汐耶はハンカチで汗を抑えながら、この町にある図書館へと足を向けた。地図は頭に入っている。
 道すがら擦れ違った初老の婦人が気さくに汐耶に声をかけてきた。農作業の帰りなのだろうか。手にした籠の中にはとりたてと思われる野菜がごろごろと入っていた。
「こんにちは。あらー、珍しい事。何処から来たの?」
「こんにちは。東京からです。この村の図書館に用事があって」
「そう。村に図書館があるのなんて珍しいでしょ。結構古い文献もあるから、若い人は少なくなったけど図書館の取り壊しをすることなくそのままになってるみたいだけど」
 あなたもその文献目当て?、と聞かれ汐耶は微笑した。
「当たりです。でも東京なんてごみごみしたところから出てくると、とても空気が美味しくて清々しい気分になりますね」
「そうねぇ。本当に空気は美味しいわね。ほんの少し私も東京に住んでたのだけど、結局こっちに戻ってきてしまったわ。都会にも良い所はたくさんあるけれど、私にはこういうのんびりとした場所の方があってるみたい」
 だからもうずっと此処にいるの、と女性ははにかむように笑う。
 それを見て汐耶は先ほどこの地に降り立った時に感じた違和感を、目の前の女性も感じたのではないかと思った。
 そんなことを思っていると女性は汐耶に赤く熟れたトマトを差し出しながら尋ねる。
「今日は泊まり?」
「えぇ、一泊して明日東京に帰ります」
「そう。それなら今この村の見所を教えてあげようか」
 時間はある?、と聞かれ汐耶は頷く。まだ昼前だったし、図書館での作業もそんなにかからないような用事だ。有り難く女性の話を聞く事にして、女性に促されるままに日陰になっている場所へと向かった。
 そこには湧き水があり、それで女性はトマトを洗って食べ始める。汐耶もそれを真似して湧き水にトマトを付けた。
「冷たいっ」
「そりゃ湧き水は夏でも冷たいよ」
 くすくすと笑って、暫く付けておくと冷たくてもっと美味しくなるよ、と女性は言う。汐耶はそのまま火照った手を湧き水で冷やしトマトも一緒に浸した。
「この湧き水が流れていって、あっちに池が出来てるんだけど。丁度お寺さんの隣でね」
 女性の指差す方を眺めてみれば、確かに寺らしき建造物が目に映る。
「そこの池に今丁度花を咲かせているものがあるの。それはもう見事でね」
「今の時期で池‥‥‥蓮の花ですか?」
「あら、当たり。ここら辺では結構有名なの、その蓮の花。帰る前にでも一度見ていったらいいわ」
「そうですね。早朝にでもいってみたいと思います」
 蓮の花は夜明けに咲いて昼には萎んでしまう花だ。今はもう閉じかけた頃だろう。
「それが良いわ。‥‥それとそのトマト食べ頃よ」
 冷やしっぱなしになっていたトマトを指刺され汐耶は、いただきます、と告げ冷えたトマトを口に運んだ。


 翌朝、汐耶は昨日女性に教わった池へと向かっていた。
 まだ早いからか、それともう村の人々は見飽きるぐらいに見ているからなのか、そこへ向かう人は誰も見あたらない。途中、畑に向かうらしき老夫婦は見かけたがそれだけだった。
 朝靄に包まれた池の近くまでやってくると、蓮の花の香りが鼻を擽る。
「こんなに香りが漂ってくるなんて‥‥」
 そんなに大きな池で蓮の花がたくさん浮かんでいるのだろうか、と思いながら汐耶は歩く速度を上げた。
 池の前に立った汐耶はゆっくりと目の前で開いていく蓮の花を見つめる。池一面に浮かぶ蓮の花が夜明けと共に一斉に花開いていく様は見事だった。一枚一枚花弁が開き、花が一つ咲く度に、芳香が漂い密度を増していく。
 桃色や白の蓮の何百という数の蓮の花。
 池の中央には橋がかかっており、その池の中央で蓮の花を見られるようになっていた。
 随分とサービス精神の旺盛な寺だ。
 汐耶は有り難くその好意を受ける事にして、橋の真ん中へと向かう。そして自分を取り囲むように咲く蓮の花を眺めた。
 まだ蕾のままで開いていない花もいくつかある。
 暫くは楽しめそうだと汐耶は笑みを浮かべながらその蓮の開花を独り占めした。
 花を眺めながら香りを嗅いでいると穏やかな気持ちになり、ふと自分の気にかけている少女の姿をした人形を思い出す。汐耶は夢紡樹に遊びに行くたびに、目を覚ます事のないその人形に小さな贈り物をしていた。それは言葉であったり、浴衣であったりと様々だ。どうか安らかな眠りを、といつも会うたびに祈りながら。
 その人形を眺めている時も、汐耶は今と同じ様な気持ちになるのを感じていた。
 まるで癒しの効果ね、と汐耶は微笑み、今思いついた事を伝えに行こう、と思う。帰って一段落したら夢紡樹へ向かうことを決めて汐耶は時間までたっぷりと蓮を堪能した。


 数日後。
 汐耶は夢紡樹へと向かっていた。
 先日よりも熱い日差しが汐耶を照らす。
 漣玉の居る湖の傍にさしかかると、水音が聞こえ汐耶の首筋に冷たいものが巻き付いた。首元を見ればそれは水で出来た縄のような物体だった。冷たさだけがあって、濡れるような事はない。
「えっ‥‥漣玉さん?」
「久しいのう。驚かそうと思ったが、簡単にはいかぬか」
 残念じゃ、と漣玉は手足のように操る事の出来る水をするりと元の湖へと戻す。ぴしゃん、と音がして水の縄は湖と一体化してしまった。
「驚くも何も、漣玉さんくらいですよ。こんな芸当出来るのは」
 苦笑しつつ、水辺に立った漣玉の傍へと近づく。その汐耶の目に湖の中央当たりに浮かぶ蓮の花が目に入った。
 それを見つめている汐耶に漣玉は気づいて、あぁ、と話し始める。
「蓮の花は清々しいのでな、妾も眺めて楽しんで居るのじゃ」
「えぇ、綺麗に咲いてますね。それと良い匂い」
 その言葉に漣玉も嬉しそうに頷く。
「さてと、あちらに用事ではないのかの?」
「えぇ、あの子に会いに来たんです。ぜひ漣玉さんも一緒に」
 あの子、と言って漣玉には通じたのか頷き汐耶と連れだって歩き始める。
 夢紡樹の入り口に立っても蓮の良い香りは漂ってきていた。

「いらっしゃーいませ。わぁ、久しぶり。今日は何を飲む?」
 ぴょん、と飛んでリリィが汐耶の来訪を喜ぶ。カウンターではエドガーがにこやかな笑みと共に汐耶と漣玉を迎えた。
「こんにちは。あのね、今日はあの子に会いに来たの。会えるかしら?」
「え? うん、大丈夫だよ。ネェ、マスター?」
 いつの間にやってきたのか貘がリリィに頷き汐耶に、どうぞ会っていってください、と告げる。
「多分、寂しがってると思いますから」
「えぇ、今日はとっておきのプレゼントを持ってきたんです。気に入って貰えると良いけれど」
「ほぉ。其方のとっておきとは気になるの」
 リリィも見たいー、と騒ぐが混み合ってきた店内がそれを許さない。あとで教えてね、と告げるとリリィは、はーい、と可愛らしく声を上げて店の中央へと駆けていった。
 その後ろ姿を見つめていた汐耶だったが、漣玉と少女の人形が眠り一室へと向かう。
 辿り着いた先では相変わらず、今にも目を覚ましそうに思えるくらい人間と瓜二つな人形が横たわっていた。
「こんにちは。良い夢を見れているかしら?」
「穏やかな表情をしておる。きっと大丈夫じゃ」
「そうだといいけれど。それで‥‥あれから色々考えたけれど、お待たせしてごめんなさいね」
 さらり、と髪を撫でてやりながら汐耶は続ける。
「キミの名前を持ってきたの。漣玉さんから『れん』という音を頂いて、『蓮華(れんげ)』はどうかしら?」
 先日見た蓮の花の話をさらりと告げる。
「妾の名を‥‥ほんに面白い事を‥‥」
 漣玉はその隣でころころと笑い出す。
「花言葉がね『私の苦しみを和らげる』ってあるの。キミにぴったりかなと思ったのよ」
 一緒にいるとなんだか穏やかな気持ちになるから、と汐耶は蓮華と名付けた人形を抱き起こし、その髪を梳かしてやる。
「良い名じゃな。妾は気に入った」
 そうじゃ、と漣玉は思い出したように声を上げ、両の手を軽く叩いた。
 そして開いた漣玉の両手の間に水で作られたと思われる鉢が現れ、そこに急速に水が湧いてくる。汐耶が驚いて見ていると、その鉢の上に先ほど湖で咲いていたと思われる蓮の花が現れた。
「それは‥‥」
「妾からの二人への贈り物じゃ。妾の名を使ってくれた礼にな」
 普通は蓮は水揚げが悪く室内での鑑賞には向かないのだが、漣玉の作った鉢ならば別だ。切った蓮を生けていても湖と同じ環境を保つ事が出来る。しかし暗い室内に置かれたからか、蓮はみるみるうちに閉じ始めた。それは仕方のない事だろう。
「良かったわね、蓮華」
 汐耶が優しく頭を撫でてやり声をかけると、ほんの少し少女の頬に朱が指したように見えた。
 それは汐耶の気のせいだったのだろうか。
「蓮華は幸せ者じゃ」
 こうして大切なものを与えてくれる者が居るのだから、と漣玉はまるで自分の事のように喜びを表情に表す。
 そこへ一段落終えたのか、貘が現れた。そして蓮華に目をやり、それから隣に置かれた蓮の花に視線を向けた。貘は相変わらず目は黒い布で覆っているというのにまるでしっかりと見えているような仕草をする。
「せっかくの花が閉じてしまっていますね。まだお昼前ですから咲いていて貰わないと‥‥」
 この位でしょうか、と貘が指を鳴らすと照明がついたかのように部屋が明るくなる。ちょうど外と同じくらいの明るさになった。
 すると音はしないものの蓮の花が再び開き始める。
 花が開き始めると同時に、汐耶の腕の中で開き出す蓮華の瞳。
 ゆっくりと開かれた瞳はまっすぐに汐耶を見つめていた。
 黒く長い髪と同じように漆黒の瞳。
「蓮華?」
 こくり、と汐耶の声に頷く蓮華。蓮の花の様な香りのする美少女に汐耶は微笑む。
「漸く目覚めましたね。おはようございます、蓮華さん」
「良い夢は見れたかの?」
 漣玉も流石に驚いたのか一瞬言葉を失うが、すぐに何時もと同じ妖艶な笑みを浮かべ蓮華に声をかけた。
 その時、大きな足音を立てながら部屋に入ってきたのはリリィだ。
「今ね、大きな夢が一つ終わったのを感じたんだけど‥‥‥アレ?」
「ほら、蓮華」
「おはようございます」
 ぺこり、と頭を下げた蓮華の黒く豊かな髪が揺れる。
 呆気にとられたリリィだったがすぐに笑い出した。ピンクのツインテールが揺れる。
「そっか。目が覚めたのね。オハヨウ。アタシ、リリィ」
 ニコリ、と微笑んでリリィは笑う。後からやってきたエドガーも部屋の中を見渡して、事の次第を把握したようだ。
「やはりめでたい事があった時は酒盛りであろう?」
 ニヤリ、と笑った漣玉は懐から酒瓶を取り出した。漣玉曰く、異国の地で手に入れたとっておきの酒らしい。
 漣玉の用意周到ぶりに汐耶は苦笑しながら、お付き合いします、と告げたのだった。



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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】


●1449/綾和泉・汐耶/女性/23歳/都立図書館司書


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■□■ライター通信■□■
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こんにちは。夕凪沙久夜です。
大変お待たせ致しました。

名前を付けて頂きアリガトウございました。
漣玉も大喜び、私も大喜びということで、こんな感じの目覚めは如何でしょうか。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

また何処かでお会い出来ますことを祈って。
ありがとうございました!