コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


内職とは‥‥。


●お仕事選び。
 この前、宗教関連施設で初めてアルバイトと呼ばれる労働活動を行った。
 人間の事を学びたくてアルバイトをしてみたが、前途多難はあったもののクリスティアラ・ファラットにとって興味溢れるものだった。
 せっかくなので学んだ事を活かし、実習も兼ねて働いてみたいと思うようになっていた。
 だが、正直なところ多くの人間と接するのは避けたいのが実情だ。
 つい最近では心身疲労で寝込んでしまうという事態を招いてしまい、かなり辛い目を味わったばかりだ。
 このままではいつか死んでしまいそうな気もする。



―――神津島某所 亜空間の庵―――
「うーん‥ 働いては見たいのですが、何か良い案は‥‥」
 誰も立ち入る事の無い島でクリスティアラはひっそりと住処を構え、人間との触れ合いを最小限に抑えてアルバイトをする為の案を練っていた。

「うーん‥レジ打ちに受付嬢‥」
 アルバイトの情報雑誌に目を通し、自分に合うものを探してみるがなかなか見つからない。
 なによりも人間の事を殆ど知らないクリスティアラにはレジ打ち等はよく分からず、出来そうにもないようだ。

 だが、不意にある事を思い出し引き出しから一枚のメモを取り出した。
「‥‥内職」
 そう言えばこのあいだ知り合いがクリスティアラには内職が向いているのではないかとアドバイスを受けていた事を思い出した。
 どうやら内職とは家で行うもので、人と接する事は殆どないようだ。
 これならば自分にも出来るだろうと思い、クリスティアラは早速メモに記載された番号に電話をかけてみる。
 ドキドキしながら電話に誰かが出るのを待つ。
「はい。お電話ありがとうございます。内職をご希望される方ですね‥」
 電話越しに聞こえてくる業者の人の声に、涙目になってしまう。
 そして電話を持つ手が震えて言葉に詰まり、頭の中が一瞬にして真っ白になってしまった。

「あの‥」
「‥あっ、内職希望です! どうか、よろしくお願いします!!」
 我に返り慌てて返答を返すと、電話越しから苦笑して再び返答を返す社員の声が聞こえる。
 その後は勤務時間、得意な事などのちょっとしたアンケートに何とか答えて電話を切る。
 内職と呼ばれる仕事は明後日から開始される事となった。

――数日後。
「わぁ‥大量の箱です‥‥」
 大量に送られてきたダンボールに唖然とするものの、気合を入れてクリスティアラは一つ目の箱を開けて仕事の内容を確認する。
 中には封筒と紙が添えられていた。
 確認したところによると封筒貼りと宛名書きを書く仕事のようだ。

「ここを折って‥のりしろ部分を残して‥」
 試しにサンプルと説明書に沿って封筒作りから始めてみる。
 初めのうちはぎこちない様子で作業をしていたが意外と性に合っているらしくクリスティアラはだんだんと楽しさを覚え始めていた。
 封筒を作った後は宛名書きを加えて初めて一枚完成だ。
 時間は掛かるものの初めて行う作業に興味が惹かれ、クリスティアラはすっかり疲れなど忘れて作業に没頭していた。


「ふぅ。休憩を取らずに作業をしてしまったみたいです。何時の間にかこんな時間‥」
 空を見上げるとすでに日はどっぷりと暮れていた。
 肩が凝っている事に気がつき、クリスティアラは軽く体操をして肩の疲れを取る。

 作業一日目は順調に終わりを告げようとしていた。



●アルバイト2日目 〜造花作り編〜
「お花‥?」
 よく見ると花ではなく造花と呼ばれるものらしく、ワイヤー、ゲージ、紅いディップ液体とペンチが添えられていた。
 造花には様々な種類があり、他にもペーパーフラワー、ドライフラワー、シルクフラワーや押し花などがある。
 その中でもクリスティアラが作る造花はアメリカンフラワーと呼ばれるものだ。
 シンプルなものではあるがとても美しく、人気のある造花だ。

「まずは形づけからですね‥‥」
 クリスティアラはワイヤーを手に取り、ゲージに巻きつけて花びらや葉になる部分の輪を作る。
「えへへ‥順調です‥‥」
 人間界には様々な美しい花々がある。
 世界はともかく、日本に咲く花でさえ覚えきれない程に多くの種類の花々がある。
 造花は所詮生きたモノではないが、世界を創造するにあたって花々に触れるという事には興味を惹かれるものがある。
「後は液体につけて‥‥」
 合成樹脂の紅い混合液につけて上手に膜を張る。
 透けて見える膜を光に当てると神秘的な色になる。
 生きていない作り物でも少し手を加えるだけで、こんなにも神秘的な光を醸し出す造花にクリスティアラは目を輝かせて眺めた。
 見惚れている間にディップ液が乾き、ペンチを手にとって輪を曲げながら花びらの形を作り時間をかけて一つ目を作り終えた。
 僅かながら人間界の事を学んだような気がしてクリスティアラは少し幸せな気分になった。



●アルバイト3日目 〜番傘貼り編〜
「わぁぁ‥綺麗〜」
 クリスティアラが手にしているものは番傘と呼ばれるもので、和傘の一種だ。
 今では見る場所や機会が限られるが少し前まで日本では主流とされていた傘で粗末だが丈夫な傘だ。
 出来上がっているサンプルを持ち、傘を開いてみると日本の歴史と趣を感じる事が出来る。
 実習を兼ねて始めた内職ではあったが、学ぶ事が多く勇気を出して内職を始めた甲斐があった。
「私の仕事は竹の骨に厚い油紙を貼り付けるだけですね‥」
 骨組みが出来上がっており、後は仕上げに紙を貼り付けるだけという状態になっていた。

「昔の方々はこうして番傘を手作業で作っていたのですね」
 鳥達の囀りを聞きながら目を閉じて何となく人間が使っている教科書で見た昔の職人や家内の雰囲気を想像してみる。
 あくまでも想像には限界があるがぼんやりと見えてきたような気がした。
 現代の人間達を学ぶ事にもちろん興味を惹かれるが、昔の歴史を学ぶのも発見があって興味あるものだという事をクリスティアラは実感した。

「完成です‥あれ、少しデコボコしているでしょうか‥」 デコボコしている部分に触れクリスティアラは苦笑する。
 見た目よりは難しいらしく、若干デコボコしていたり、不必要な所に皺が寄っていたりする。
 どうやらサンプルのように初めから美しくとは行かないようだ。
「うーん‥‥次こそは上手に作ってみせます!」
 張り切って二本目の竹骨を手に取り、一本目を踏まえてクリスティアラは慎重に説明書に従いながら手順よく作業を進めていく。
 だんだんと手つきもよくなり、最後の方ではプロ顔負けなほど美しく油紙が貼れるようになっていた。



●それから‥‥。
 部屋の一部を占領していたダンボールもいつの間にかなくなり、家の中は元通りの広さに戻っていた。

 すべてを完成させてから数日後に明細書が送られてきた。
 内職だという事もあり然程良い収入ではないが、それでもクリスティアラは満足していた。
 経済的代価、つまり金銭の取得は地球の経済構造や物質流通うに“神様”として干渉しない為に貰っていいものかと迷ったが多少受け取る事にした。

「経済的代価を受け取ってから、世界の経済構造を調べてみましたけど、すごいです‥」
 椅子に腰をかけて少し寂しそうな、なんともいえない表情で受け取った明細書を憂鬱な気分で眺める。
「不安定な人間同士の信用や無意味な希少性を基に築かれていたんですね‥。原始経済というのでしょうか」
 内職によって学ぶ事も多かったが、それと同時に人間達の経済構造について考えさせられるという結果になった。
 だが、内職をした事はクリスティアラにとって後悔はない。
 寧ろ必要な経験だったのかもしれない。

「さて‥ずっと家に篭っていましたし少しだけ散歩に‥‥」
 森の中に響き渡る鳥達の囀り惹かれるようにクリスティアラはドアを開けた。



                                  おしまい。