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<東京怪談・PCゲームノベル>


恋する君へ 〜Happiness & Pain〜


 見上げるのも億劫になるほどの、夏場のピーカン空。じりじりと焦がされたアスファルトは、『いや、マジで火傷するんじゃないか!?』と本気で思いたくなるほどに熱を持つ。
 暑さに負けて裸足にでもなろうものなら、完全ノックアウトが両手を広げてお出迎え確定。
 年々上昇していく最高気温は、異常気象が原因か、それとも環境破壊のせいか。ともあれ、地上に生きる人間の体力を容赦なく奪っている事だけは間違いない。
「あー……ちーぃー……」
 突き刺すような陽光に、金の髪が針のように鋭い光を反射させる。
 イマイチ、ダサいのしかないから。
 そんな理由で帽子を箪笥の奥から引っ張り出してこなかったことを後悔しながら、桐生・暁(きりゅう・あき)は青空を振り仰ぎ瞳を閉じた。
 庇うように翳した腕にも、容赦ない紫外線攻撃が降り注ぐ。
「あついーあついーあついー」
 連呼したところで状況が変わるわけではないのだが。
 理不尽な暑さに、尖らせた唇からはその言葉しか零れてこない。熱気に中てられ紅潮した頬、額にはじっとりとした汗が浮かび上がる。
 8月、古めかしく言うなら葉月。
 昔の暦を当てはめると、本来ならば九月上旬から十月上旬をあらわすらしい。よってその名の由来は『葉の落ちる月』というのが有力だとか。
 1学期終了間際の古典の授業で梅干のように顔をしかめたオバサン先生が、そんな事を語っていた事を思い出しながら、暁は長い溜息をつく。
 暑い、もうどうしようもないほどに。
 街路樹に張り付いて短い命を謳歌しているミンミン蝉の鳴き声が、体感温度を1度上昇させる。これがアブラゼミやクマゼミだったら殺意が芽生えたに違いない。
 ともかく、8月なのだ。それはつまり、学生のとっての特権、『夏休み』という名の長期休暇中真っ盛りということ。
 暑さが嫌ならば、クーラーをガンガンに効かせた部屋から外に出なければよいだけのはずである。
 そのはず、なのだが。
「誰だよー、レッスンを午前中なんて時間に指定したのはー!」
 たまらず、素足に履いたサンダルでアスファルトを蹴りつけた。
 『休み』であれば『増える』ものもある。その一つが、暁が通う養成所のレッスン。しかもよりによって午前中。昼食直前の時間に解放され、人の溢れる都会の中に送り出される。
 昼食は、同じ年代の仲間とファーストフードで軽く済ませて――そう、ここまでは良いとして。
 そこからの帰路が現在の地獄なのだ。
 せめてこれが夕方からであれば、帰り道はとっぷりと陽が暮れた頃であっただろうに――都会の夜はなかなか温度が下がらないという現実は置いといて。
「暑い……あー、こんなんならカラオケにでも行っとけば良かった……」
 どこからか聞こえてくるニュースが、今日の最高気温は今年最高を記録しそうだ、なんて物騒な事を暁の耳に伝えた。
 もう怒りの感情さえ沸いてこない。
 呆れ果てて笑い出す一歩手前の感情に、造られたわけではない赤い瞳がおぼろに宙を彷徨う。
 と、その時。
「……前言撤回、目標補足!」
 不意に視界に飛び込んできた光景に、暁はテンションを180度転換させて夏空の下をダッシュする。
 ふわり、と涼やかな風が舞い上がった。


「若さって偉大だよなぁ。この炎天下で全力ダッシュできる事は奇跡に等しい」
「いや、別に全然全力なんて出してないって」
「それでも……若さよね、やっぱり。私なら『走ろう』って思っても、本能が拒絶するわね、きっと」
「……で、そんなオジサンとオバサンがなんでこんなトコにいるわけ?」
 『若さ』を強調する二人の男女――火月と天城・鉄太に向けて、暁は暑さをどこかに置いてきた様な爽やかな笑みを浮かべる。
「……オジサンですってよ、鉄太さん」
「オバサンですってよ、火月さん」
 よよよっと泣き崩れるフリをしてブランコの手すりに寄りかかった火月は、暁の背中を押す鉄太を見遣った。その途端、暁が腰掛けていたブランコが力任せに高みへと舞い上がる。
「わははは、冗談だって。ジョーダン冗談」
 行儀よく揃えられた暁の足が、天をめがけて突きあがる。
 ぐんっと近くなった青い空、さきほどまでは憎らしいだけだったその色が、鮮やかなきらめきを帯びた。
「で、俺は恋の話すればいいんだっけ?」
 茹るような暑さの中、暁が見つけたのは緑化運動の一環で造られた小さな公園。気が遠くなりそうな温度のせいか、誰一人振り向きもしないその公園に見覚えのある人影が二つブランコを漕いでいた。
 このシチュエーション、どう考えても普通ではない。
 だが、普通でなくても当然! そう思わせる顔ぶれに暁の足は速度を増していた。
 以前とあるデパートで出会った二人、不思議な子供と自分を引き合わせた張本人。この二人なら、うざったい暑さを吹き飛ばすような何かを提供してくれるに違いない。
「そうそう、とびっきりの恋の話をお願いね」
 再会に目を丸くし喜びの声を上げたのは三人同時。
 そして気付いた時には、先ほどまで鉄太が座っていたブランコに暁が座らされ、その背中を席を譲った当人が押すという状況が完成していた。
 巻き込みの手際のよさの健在ぶりに、暁の顔に自然と笑みが浮かぶ。
 それから火月からせがまれたのは、暁自身の恋の話。なんでもそれが人助けになる、というのだ。
 どういう理屈でそうなるのかは不明だけれども、この二人の組み合わせならそれも有な気がするのはなんでだろう?
 一息つきながら『若さ』について語る年長者二人を横目に、暁は喉の奥だけ震わせクツクツと笑った。
「そうだな〜……初恋は……父さん、かな?」
「「は?」」
 「お母さん」と来るならありきたりだが、「お父さん」と出てきた言葉に、火月と鉄太の体が固まる。
「え? あ、まぁ……わからなくもない、って感じ?」
「そうだな……素敵なお父さんならそれも充分アリだよな」
 顔を見合わせ、頷き合う二人。しかし微妙につっかかる言葉に、二人の驚愕があからさまに見て取れる。
 予想通りすぎる――そしてお約束過ぎる二人の反応に、暁はたまらず吹き出した。
「う・そv 実は初恋もマダなんだ、オ・レ♪ 初々しいっしょv」
 ぴたり。
 今度は若干の不信を込めた眼差しで、大人二人がぱしっと固まる。
「……火月さん、ひょっとして俺たちは最近の若者についていけないんでしょーか?」
「そうねぇ……って、私まで一緒にしないでよっ!」
「ひでー、二人して全く信用してないな? っていうか、マジどうなのか分かんないし、仕方ないだろ。ほら、ぐるぐるするっつーかさぁ」
 ケラケラと声を上げて笑ったかと思うと、唐突に声のトーンが落ちて表情が僅かに迷いに沈む。夏の陽光にも劣らない鮮やかな変化の嵐に、言葉をつまらせたままの年長者は再び視線を交差させた。
 一概に冗談、というわけではないのは分かる。『人間の気持ち』とはそう簡単に言葉に出来るものでもないから。
 だらりと力なく投げ出された全身が、鉄太に背を押されるままに中空を行ったり来たり。
「あ! 違った。俺、担任のセンセイにLOVEかも♪」
 火月が緩やかにブランコからずり落ちる。
 鉄太の手元が狂い、暁の背ではなく鎖の部分を思いっきり押す。
「ナイスボケ……って冗談は置いといて。あのさぁ、そんなに動揺しないでくんない? これこそ冗談なんだからさv だーれがあんなのに♪」
 想定外の力のかかり方で奇妙に揺れるブランコを止め、暁が音もなく地面に足を降ろした。そのまま、ずり落ちた火月を元の位置に戻し、固まったままの鉄太の視線の下に潜り込む。
「そうだなー、俺はやっぱり可愛い女の子とか、綺麗なお姉さんとかー……あとはー……うん、ダンディな紳士がいいな」
 ひらりひらひら。
 焦点を失った鉄太の目の前で、暁の手の平が踊る。
「あ、でも今好きな人がいないってのはホントだからね♪ ん? それも嘘かな? だって皆に恋してるもん。もちろん二人の事も大好きだよ〜」
 きゅっと素足の爪先に力を込めて、自分よりも二回りは長身の鉄太に抱き付いてみせる暁。
「……火月?」
「なぁに?」
「……若いって偉大だなぁ」
 振り回されまくってるなぁ、なんてしみじみ感じながら、鉄太は暁の背中を数度あやすようにぽんぽんと撫でる。
 既に年上の威厳とか、そういうものはないに等しい状態に、火月も止まってしまったブランコを漕ぎ出しながら抜けるような青い空に目を向けた。
 『えへへー』と半ば抱き枕みたいな体勢で鉄太にしがみついたままの暁に、屈託なく笑まれてはもう観念するより他はない。
「あー、俺たちも暁のこと好きだぞ。だからちょっと手加減してなー、おじさん達、ちょっぴりついてけないぞー」
「……鉄太、ついていけないのは貴方だけよっ! 私はまだまだ」
 妙な意地の張り合いに、暁は笑いを声に出す。
 暑い中、気合と根性で歩いていた自分の選択の正しさを噛み締めながら。
「あはは、あんましイヂメたら枕元に立たれそうだよな。んー……そうだなぁ……」

   ***   ***

 中学の頃、自分を養ってくれた人がいた。
 その人の傍らにいると『暖かかった』ことを今でもはっきりと覚えている。
 でも、それだけじゃなかった。
 気持ちを預け、寄りかかる心地よさ。
 無理に作った笑顔ではなく、無意識に零れる気持ちの片鱗で。
 信じていく、誰よりも――けれど、その心が強くなれば強くなるほど『痛み』が増していく。
 信じれば信じるほど、何処かが壊される。
 心の奥底を切り裂くような痛みが、日に日に大きく育っていく。

   ***   ***

「ちょっと信じられないような事実にさ、プチショックーみたいな?」
 凶悪なまでの暑さは峠を越え、乱立するビルの影が少しずつ長くなる。
 微かに鎖を軋ませながら、暁は雲が多くなってきた空を見上げた。
 自分の中に眠る『記憶』という名の心との対面、側にいるはずの火月と鉄太の存在が意識の片隅で霞む。
「中3の頃はおかげで荒れてたかなー。ワルイお友達とつるんでみたりさ。そーいや、このデビューもその頃だったかなぁ」
 暁の指が、くるんっと自分の前髪に絡んだ。掬い取られた色は黄金、人の力により作り上げられたその色は、年を追うごとに色素が少なくなってきたかもしれない。
 初めて色を染め替えた翌日、暁の登校姿に目を白黒させていた当時の担任の姿を思い出すと、未だに笑いが込み上げてくる。
 『コンタクト』と偽っている瞳と、金の髪。既にトレードマークになっている2つの色は、あの時生まれ落ちたもの。
 細い糸は、過ぎ去った日々と現在を繋ぎ続けているのかもしれない。
「今思えばさ……アレが、俺にとっての――」
 胸の奥を燻る何かが去来する。
 けれど、そんな想いに耽る時間は、不意の招かれざる客の出現により打ち破られた。
『ナニ、それ。イタミとかっていうヤツ? そんなのいつまでも引き摺ってっから前に進めなナイんだヨ? アハハ、みーんなスキーとか言って、結局誰もその目には写してナイだけじゃん』
 明らかな侮蔑を滲ませた不快な言葉。
 謂われのない言葉に、暁は秀麗な眉をぴくりとひそませた。
 鋭く細められた赤い瞳に、剣呑な光が宿る。
「……これ、は?」
 目の前に現れたソレが、赤い血を身の内に宿す人間でないことは、見ただけで分かった。けれど、それより。自分の周囲にいる二人の大人が、ソレの出現に全く動じた風でないことの方が気にかかった。
 ゆらりと踊るような動きで、ブランコから立ち上がる。
 年齢は自分とさほど変わらない年齢の少年に見えた。優雅な動きですいっと手を伸ばせば、ひんやりと冷たい首筋に指先が絡む。
『ナンだよ? ナニ? 頂いてもいいの? ミンナのコト好きってゆーのは、そーゆーコトでだよネ?』
 悪意だけをむき出しにさせたような言葉に、先ほどまで凪いでいた心の奥に嫌な凝りが育っていくのを感じる。
 自分を何かに侵食されていくような感触に、かすかに肌が泡立った。
 差し伸べた手を引き、自分の腕で抱き締める。
 ちりりと小さい痛みに、暁は固く瞳を閉ざす。
 ただ『不快な物』なだけなら、即座に消してしまえばいいだけのこと。けれどそれをしようという気が起きないのは、ソレの発した言葉に感じ入る何かがあったから――かもしれない。
「……よく、わかんないケド。確かに、どーでもいい俺なんて誰にでもあげていいかもだけどさ――だけど、ゴメンね」
 意を決したように瞼を押し上げる。
 飛び込んできたのは、真夏の太陽。
 そして、いつの間に暁とソレの間に割り込んできたのか、鉄太の広い背中だった。


「ねぇねぇ、結局さっきのアレ、なにだったの?」
 日が傾くにはまだ少し早い時間、アスファルトから立ち昇る逃げ水をぼんやりと眺めながら、暁は隣を歩く鉄太のTシャツの裾を軽く引いた。
「さぁ、俺は詳しくは知らない――火月のやってること、だから」
 人の流れは一定ではなく、水中を泳ぐように誰もが自分の目的の場所に向ってゆるゆると歩みを進めている。
 暁と鉄太が目指す先は最寄りの駅。ざわめく雑踏の中、電車の到着を告げる音楽が、二人の耳にも届き始めた。
「ふーん。じゃさ、さっき鉄太さんが持ってたあの剣は?」
 好奇心を前面に押し出して、暁は風のように鉄太の眼前に躍り出る。細い金の髪が、ふわりと空に遊ぶ。
「アレは俺の仕事道具。詳しくは企業秘密」
 後ろ歩きしながら自分の顔を覗き込んでくる暁の肩に手を添え、鉄太は赤い瞳の少年の身体を反転させる。
 真昼の公園、一度目を伏せ、再び世界を視野に収めたとき。
 飛び込んできた最初の映像は、身の丈ほどありそうな巨大な剣を振りかざした鉄太と、既に原型を留めず一帯に溶け込むように消え始めた異質な少年だったものの残骸。
 なんで貴方が手出しするのよ、と嘆く火月の言葉を他所に、鉄太が暁の方に向き直った段階では、彼の手に剣はなくなっていた。
 垣間見る、彼らの真実――火月も鉄太もただの人ではないのだ、そう暁がそうであるのと同じように。
 しかし、並んで歩く長身の青年にはその面影はちらりともなく。
「ほら、駅についたぞ。熱中症にならないように気をつけて」
「え? 鉄太さんは駅利用じゃないわけ?」
 ばらばらだった人の動きが一つの流れに収束する。改札口への波に暁を乗せ、鉄太は足を止めて微笑んだ。
「俺はこっちじゃないの。暑い最中、面倒に巻き込まれた王子さまをお送りするのはあっしー君のお勤めでしょ?」
 ばいばい、と手を振りながら笑う姿が一歩二歩と遠ざかっていく。
「あっしー君なら家まで送り届けろよなー」
「あっはは、そこまで財布に余裕はありませーん。火月に請求すれば別だけど」
 先ほどまでいた公園の方角へ目線を流し、鉄太が一際大きく手を振る。あの場所で別れてきた火月も、今ごろは自分の帰路へとついているのかもしれない。
 通いなれた道、定期券を翳すだけで人を飲み込む改札は、暁をその腕の中へ抱き込んだ。
「そんじゃーな。気合入れていい恋しろよー」
「ぎゃー、恥ずかしいこと言うなー!!」


 蘇り、胸の奥を襲った鈍痛は、拭われた汗のように何処かへ再びの眠りにつく。
 幸せと痛み、表裏一体の記憶。
 恋であったのか定かでない、その心。
 いつか『本気』のそれに出会えますようにと、見守る誰かの想いにほんの少しだけ見守られながら。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名】
  ≫≫性別 / 年齢 / 職業
   ≫≫≫【関係者相関度 / 構成レベル】

【4782 / 桐生・暁 (きりゅう・あき)】
  ≫≫男 / 17 / 高校生アルバイター、トランスのギター担当
   ≫≫≫【 鉄太+4 / E】


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■         ライター通信          ■
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 こんにちは。ライターの観空ハツキです。
 この度は『恋する君へ。』にご参加下さいましてありがとうございました。
 そして毎度のことではあるのですが、納期ぎりぎりのお届けになってしまい、申し訳ございません。

 桐生・暁さま、このような形では2度目まして。そしてぷちの方ではいつもお世話になっております(礼)。
 今回はなんとも微妙な恋心(?)という感じで、勝手に過去の想いを捏造するわけにもいくまい! ということで、気がつけば鉄太&火月と遊んで頂くシーンが増えてしまいましたが、いかがでしたでしょうか?(汗)
 少しでもお気に召して頂ける部分があることを祈っております。

 誤字脱字等には注意はしておりますが、お目汚しの部分残っておりましたら申し訳ございません。
 ご意見、ご要望などございましたらクリエーターズルームやテラコンからお気軽にお送り頂けますと幸いです。
 それでは今回は本当にありがとうございました。