コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


オベロンの翅音

 夏休みっていうのは、いかに涼しくて居心地良い場所を確保するかに約一ヶ月の楽しさ全てがかかってる思う。
 これは高校二年男子98パーセントの意見です。ん? 女子はわかんないよ?
 いやいや! なかなかないんだよ、そういうとこはっ。
 ファミレスだっていい加減居座ってるとウェイトレスのおねーさんの視線キビシイし。
 図書館てガラじゃないしさ。実は結構混んでて、あんま涼しくないんだよね。
 プールは水が消毒クサイから却下。
 バイトとバンドとバスケの3B活動(あ、アルバイトだからAか!)に明け暮れる俺、桐生暁が最近入りびた……じゃないお気に入りのここは、結城探偵事務所。
 白い壁と大きな窓、六角に張り出した応接コーナーがちょっとお洒落な感じの洋風建築で、ぱっと見は喫茶店みたい。
 クーラー入ってないみたいだけど、窓から風が入って……も、スッゴク涼しーんだここはっ。
 暇だったら必ず顔出すくらい行ってるな。
 探偵なんて職業、アヤシイにも程があるんだけど、所長の結城恭一郎さんも『居心地良い』人なんだよね。
 普通さ、『学校は?』とか聞くじゃん。昼間っからぶらぶらしてたら。
 でも結城さん一回も聞かないんだよ。俺から話さない事は絶対聞かないの。
 紅い目の事に触れないし。
 そういう大人もいるんだな〜って初めて思ったね。
 今日もお邪魔した事務所のソファでだらけてたら、結城さんが珍しく大きく口を開けて欠伸した。
「ああ、ごめん暁くん」
 俺と視線が合った結城さんは口元を押さえて言った。
 事務所で働いている時の結城さんって、あまりこういうとこ見せないんだけどな。
「所長、寝不足ですか?」
 資料をまとめる手を止めて聞いたのは、調査員の和鳥鷹群。
 和鳥さんも真面目だけどさ〜。結城さんに比べるとまだまだだし。
 童顔だから年離れてる感じしないんだよね。
 鷹群って呼んじゃまずいかな? 今度呼んでみよ。
「この頃暑い夜が続くしね」
 照れたように笑って、結城さんは「心配ないよ」と続けた。
「夜になると……多分羽虫だろうけど、窓を叩く音がするんだ。それが気になってね」
 へ〜。結構結城さんて神経細いのかな。
 枕変わると寝れないタイプ?
 するとデスクから立ち上がった俺の手を取って、宣言した。
「俺がこいつと一緒に何とかします!」
 使命感に燃える鷹群の瞳が熱すぎるんですけど。
「え?」
「鷹群、多分羽虫の仕業だから……」
 俺と結城さんの言葉は鷹群の耳に届いていないみたい。
 ちょっと目がやばすぎるんですけど。
「今晩は俺もこいつもここに泊まります! だから所長は安心して下さいっ」
「ええ!?」
「いや、きっと羽虫……」
 俺はこうして成り行きで泊り込みが決定してしまった。
 ま、楽しそうだから良いけどねっ!


「暁くん、この部屋使って良いからね」
「うっわ何この部屋! 広っ!」
 通されたのはアンティークな机とベッドが置かれた、和風洋風混じった感じの部屋。
 今じゃ使われてない暖炉の前には螺鈿細工の入った黒い衝立があって、ベッドカバーとカーテンにはカッティングレースが使われてる……カワイイ部屋だなぁ。
 事務所の二階が結城さんのプライベートルームになってるんだ。初めて二階上がったよ。
 確かにさ、事務所も結構広いんだけど。んん〜独身男性がお一人で住むには広すぎじゃないですかこの家。 
「コレ、全部結城さんの趣味? 何かさ〜女の子みたいじゃん。悪くないけどさ」
「元々ここを使ってたオーナーの趣味だよ。俺はそういうの、良くわからないんだ」
 ぽふぽふとベッドを叩いてみるとふんわりした羽根布団の感触が返ってきた。
 んーよく眠れそう。
 って、寝ちゃだめなんだっけ。
 窓の外には、すぐそばの公園の木が影になってる。
 日は落ちたけどまだ外は明るくて、藍色と葡萄色が混じった中で公園のベンチが見える。
 歩いてる人は誰もいない。
 ちょっと、寂しい気がする。
「結城さんてさ……」
「うん?」
 枕元のスタンドに明かりが点くか確かめてた結城さんが振り返った。
「『家族に連絡入れないの?』とか言わないんだね」
 結城さんの足元にいつもいる雪狼が紅い瞳を向けて、それから俺の膝に鼻先を摺り寄せた。
「そうだね。普通はそうしなくちゃいけないのかな」
 白い尾を振りながら、雪狼は膝に乗せた俺の手にもそっと触れてきた。
 雪狼の毛並みは何故かひんやりしてて、なめらかに指を通る。
「でも暁くんは自分に責任が持てる子みたいだから、大丈夫かなと思ってね」
 本当は俺が家族の話題なんか出さないから、なんだと思う。
 はぐらかすのは俺、得意だもん。
 でも結城さんはそういうのも全部わかってて、はぐらかされてくれたのかも。
 だから俺は、思いっきりにっこり笑って見せた。
「あははっ、わかってるよね結城さんってば!
じゃあ、こんな広い家で一人サミシク暮らしてる結城さんのために、今夜は泊まってあげちゃおっかな〜」 
「うるさいぞ暁。部屋見たんならこっち来て手伝え」
 鷹群がドアの前で腕を組んで立ってた。
 ワイシャツにエプロンか〜。男のエプロン姿はあんまぐっと来ないね、正直さ。
「ぷっ、何そのカッコ」
「お前タダ飯食うつもりなのか? 少しは料理手伝えよ」
 人をお玉で指さないで下さい。行儀が悪いですよ。
「鷹群、俺も手伝うよ」
「所長は良いんです。俺がいる時くらいちゃんと食事してくれれば、それで」
 結城さんの言葉を遮って、鷹群は俺のシャツの襟を掴んだ。
「眠かったら寝て待ってて下さいね。ちゃんと起こしますから。
暁、お前はさやえんどうの筋取りな」
 そしてぐいぐい廊下に引っ張り出された。首! 締まってるから!
「鷹群、俺と結城さんで態度違いすぎじゃねぇ?」
 拉致られたキッチンで、広げた紙の上にえんどうの筋を落としながらぶつぶつ言ったら睨まれた。
「年上の人間を呼び捨てるなよ。
だいたい、所長と同レベルで扱われようっていうのが間違いなんだよ」
 今夜の献立はご飯と、さやえんえんどうの味噌汁、焼き厚揚げ、豚バラのインゲン巻き、海老とセロリのアボカドあえ。
 鷹群は手際よく材料をそろえて料理していく。
 男の手料理レベルじゃないよな〜。
 キッチンの食器の場所も知ってるし、結構ここでご飯作ってたりして。
「結城さんって、鷹群にはそんなに大事な人なんだ〜。ふーん」
 半分は冗談だったのに、包丁の音が止まった。
 あ、まずいところに触れちゃった、かな。
「大事な人だよ。俺が所長の代わりにできる事なら、何でもする」
 言ってから、鷹群はぎゅ、と目を閉じて哀しそうに笑った。
 泣きぼくろがあるせいか、笑ってるのに泣いてるみたいに見える。
「……悪い。昔所長の足に怪我させたの俺だから、それで」
 それ以上は言わずに、鷹群は黙ってしまう。
 何が『悪い』んだよ。
「もう、リビング行ってもいいぞ。筋取りサンキュ」
 今度はキッチンから追い出されてしまった。
 そういえば結城さんは歩く時に左足を引いてる。
 リビングでは結城さんが新聞を読んでた。何となく組まれた左足に視線が行く。
「結局、鷹群に邪魔にされた?」
「ん〜、そんなとこかなっ」
 曖昧にそう笑って結城さんの隣に座ると、足元の雪狼が俺を見上げた。
「鷹群は一人で何でもやろうとするから」
 新聞を畳んで、結城さんは苦笑するとソファに深く身体を預けた。
「たまには他の人の手も借りられる余裕があればね……」


 夕食の間、鷹群は俺と結城さんで待遇にきっちり格差を付けながら、一件普段通りに話していた。
 そういうのが大人のちょっとイヤなとこなんだよね。
 表と裏の使い分け、っていうのかな〜。
 全部本音言っちゃうのが良いって場合ばっかじゃないけど。
 食器を片付けてもまだ夜中までは時間がある。
 あるというか、余りすぎ。
「さっきから繰り返すけどさ、実際虫なんじゃないのぉ〜?」
 暇つぶしのトランプにも飽きてくると、ついついそうグチが出た。ホントはUNOやりたかったんだけど、結城さんUNO知らないし。
 意外と知識の偏った人なんだ、結城さんって。
「やっぱ夏だし、幽霊とかってのも面白いんだけどね」
「何で所長の所に幽霊が出るんだよ」
 まんまとババを引いた鷹群が渋い顔をした。
「俺も虫だと思うよ。心霊的な形跡は窓にも残ってなかったしね」
 結城さんはババ抜きからはずれてソファで本を読んでる。
 こういうのにはちゃんと参加して下さい。
「1時過ぎましたね……そろそろ所長の部屋行きますか?」
 負けてばっかの鷹群がカードをテーブルに置いてババ抜きは終了。
「あっ! 枕投げタイム!?」
 勢い良くソファから立った俺の頭を、鷹群が両脇からぐりぐり押さえた。
「何 し に 行くのかわかってるのか?」
「ちょ、鷹群痛いって!」
 結城さんは俺たちのやり取りに笑いながら自分の部屋に案内してくれた。
 ここも広いなぁ。
 ちょうど一階の応接スペースの真上みたいで、ここで使われてる家具もアンティーク。
 パソコンが机に置かれてる所はイマドキなんだけどね。
「だいたい2時頃でしたっけ?」
「そうなんだ」
 自分のベッドを見たら眠くなったのか、結城さんはまた大きくあくびをした。
「所長、本当に寝ても良いんですよ。明かり消して俺たちで見張りますから」
 窓の外を確かめた鷹群が言った。
「そうそうっ。鷹群が襲っちゃわないように、俺が見ててあげる!」
 また頭をはたかれた。冗談なのに。
「気になって眠れないよ」
「でも寝ている所長にだけ寄って来るのかもしれません」
 結局「それじゃ椅子で休ませてもらうよ」って結城さんはソファに身体をもたれさせた。
 明かりを落とすと、すぐに静かな寝息が聞こえてくる。
「……鷹群、起きてる?」
「ああ」
 ずっと黙ってるのは何だか居心地が悪くて、窓の下の床に座り込んだ鷹群に声をかけた。
 月の光がレースのカーテン越しに青い影を部屋に投げる、その中に鷹群は日本刀を抱えて片膝を立ててる。
 番犬みたいだよ、鷹群。
 そう言ってやりたかったけど、また鷹群にぶつくさ言われて結城さん起こすの可哀想だし「何でもない」ってまた黙った。
 ――パタ。
   パタン。
 しんと静かな中で、時間がどれ位たったのかわかんないけど、眠くなってうとうとしてたら窓を何かが叩く音がした。
「来た」
 チ、と小さく刀を抜く音がして、鷹群が構えた刃が月光の中光った。
「……なーんだやっぱり虫じゃん!」
「……だな」
 鷹群はすぐに刃を緋色の鞘にしまって、窓ガラス越しに青白い蛾を指でをはじいた。
 蛾は驚いたように窓から離れ、また夜空のどこかに飛んで行く。
「鷹群だけが大騒ぎしてたよね」
「うるさいな」
 睨んでも怖くないもんね〜。
「結城さん起こすの?」
 俺はソファから結城さんを抱き起こした鷹群に言った。
 結城さんはまだぐっすり眠ってる。
「いや、ベッドに移動するだけ。所長、普段から眠れない方が多いから。
珍しいんだ、こんなに寝てるのは」
 鷹群の顔は暗くてよく見えなかったけど、「お前のおかげかも」と笑った声がした。
「え、えへへ〜。そう?」
「あんまりうるさくて疲れたんだろうな」
「ひどっ!」
 静かにドアを閉めて、俺たちはそれぞれの部屋に戻った。
 鷹群はここに来ると必ず使ってるっていう、屋根裏の小さな部屋に。
 結城さんも鷹群も、優しい夢が見られると良いよね。
 オヤスミ。

(終)



□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【4782/桐生・暁/男性/17/高校生アルバイター、トランスのギター担当】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

桐生暁様
はじめましてのご注文、ありがとうございます。
それなのに納品が遅れてしまってスイマセンでした!
普段は明るく振舞ってても実は辛い気持ちを隠してる、っていう設定の暁くんは鷹群と似たもの同士かもしれません。
高校生男子に思いっきりなめられてますけど、鷹群(笑)
ともあれ、少しでも楽しんで頂ければ嬉しいです。