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ネコママ体験記
*オープニング*
夢から覚めるか覚めないかと言う心地よさの中で、草間は妙な声を聞いた。呻き声のような、赤ちゃんがぐずっているような……、小さな、幾つか重なり合った声だ。
暫くふわふわと宙に浮いたような気持ちよさを味わった後、草間は寝返りを打ち、目を開く。
窓の外に広がる青空。じっとりと汗ばんだ肌。張り付く衣服。
「ああ……、今日も暑そうだな……」
タイマーをセットしておいたエアコンはもう何時間も前に切れ、興信所内の空気は気だるく淀んでいる。
冷たい水を飲んで目を覚まそうかと考えた草間は上半身を起こし、夢の中で聞いたあの小さな声の重なりがまだ聞こえることに気付いた。
「何だ?」
耳を澄ますと、その声の重なりは酷く近くから聞こえる。
まず座ったままで興信所内を見回し、奇妙な音を発する物はないか確認してみる。それからテーブルの下と机の下にも目線を送る。窓も扉もきちんと閉まっていて、外から聞こえてくるのではないと分かる。暫くきょろきょろとして、首を傾げてから草間は漸く自分の足元に目をやった。
「な、なんだっ!?」
足元に、寝ている間に踏み脱いでしまったタオルケットが小汚く丸まっていて、その上にネズミのような生き物がうごめいている。まさかネズミがやって来て、人様の足元で子供を生んだのだろうか、などと考えつつ、草間は足元のうごめく物体を凝視する。
白と黒と茶色の入り混じった毛で、丸いような三角のような耳が2つずつついていて、短く白い髭が何本か。どうやらネズミではなかったらしいその物体は、小さな手でタオルケットを掻き分けて顔を上げ、再び鳴いた。
みゅぅ……。
「ね、ネコか?」
草間を見上げる顔は、言われてみればネコのようにも見える。目やにが酷く、開いていたり、開いていなかったりの目。草間は耳の数を数えてみた。
「6つ……」
と言うことは3匹。
「何でこんなところにネコがいるんだ?」
勿論、自分で産み落とした記憶はないし、最近、興信所に遊びにやってくる猫に妊娠したやつはいなかったはずだ。捨て猫を拾った記憶も、預かった記憶も、貰いうけた記憶も、断じてない。
親猫のお乳を探すようにうごめく小さなネコから恐々と離れ、草間はテーブルの上にナイロン袋を見つけた。中には紙切れと、小銭が入っている。
紙切れには『おねがいします』と、平仮名。鉛筆で、綺麗とは言いがたく、子供の文字だと分かる。小銭の方は、数えてみると500円玉が2枚に100円玉が3枚、10円玉が15枚と1円玉が20枚。
「お願いしますだって?何をお願いする気だ」
どこのどいつが人の寝てる間に勝手にネコなんか置いていったんだと、草間は正直怒りを覚えた。しかし、3匹の子猫はよろよろと足元を這って近づいてくる。弱弱しく、痩せていて哀れな様子だった。多分、ミルクか何かやらなければならないのだろう。冷蔵庫に牛乳があっただろうか、しかし、こんな小さなネコが皿から牛乳を飲むことが出来るのだろうか。
迫り来る子猫から慌てて足を退けつつ、草間は取り敢えず携帯に手を伸ばす。手当たり次第電話をかければ、子猫の育て方を知る知人がいるかも知れない。
5人に電話をかけた後、取り敢えず暑さから逃れる為にエアコンを付けて、自分を落ち着ける為に冷蔵庫から冷たい水を出して飲む。空になったコップを置いて、ソファの方を見ると、あの小さな猫がもぞもぞと這って草間の方に数センチずつ近づいて来ている。もう目が見えているのか、それとも音や気配を頼りに蠢いているだけなのか、確実に草間に向かってくる。
「おい、来るなよ」
別段こんな子猫如き怖くはないが、触れば壊れそうなほど小さいし、ウッカリ踏みつけてしまいそうだし、草間は近づくに近づけない。3匹は好きにさせておいて、自分は椅子の上にでも避難しておくか……などと考えた時、誰かがドアをノックした。
有り難い、早くも助けが来たようだ。どうぞ、と返事をすると、ゆっくりとドアが開く。と、そこに立っていたのは大和嗣史だった。朝から集金周りのついでに届け物を頼まれ、立ち寄ったらしい。
部屋の隅っこに立った草間を見て、嗣史は首をかしげた。
「どうしたんです?」
と問われて、草間は床を指差して見せる。
「草間さんが産んだのですか?」
「そんなわけないだろ!」
「捨て猫ですか?」
頷いて、草間は事情を説明する。
「何人か電話をかけたから、もうそろそろ来ると思うんだが……」
言いながら、草間はとうとう草間の足元までやって来た猫から逃げて椅子の上に上がった。
「猫は好きか?」
草間が小さな猫から逃げるのを思わず笑った嗣史は、そう問われて首を傾げた。自分自身が猫になれるのだと、言えるほど開き直ってはいない。そこで、
「好きと言うか何と言うか……」
と、言葉を濁しておく。
「ともあれ、このままじゃいけませんね。草間さんだってずっと椅子の上にいる訳にもいかないでしょう。箱か籠か何か、ありませんか?」
どう言うわけか草間の後ばかり這って追う3匹を拾い上げて、嗣史はあたりを見回した。
部屋の隅にミネラルウォーターの箱があり、ペットボトルが2本残っている。嗣史はそれを出して、蓋の部分を内側に折り込んでから3匹を中に入れた。子猫は爪を仕舞うことが出来ないので、動く度にカサコソと音がする。
箱をテーブルの側に置いて、草間がタオルケットを片付けて、漸く2人はソファに腰を下ろすことが出来た。
「はぁ……」
と、草間が安堵の息を付く。その時、草間が電話をかけた面々がぞろぞろとやって来た。
「おはようございます」
と、入って来るなりまず箱を覗きこむ深山香乃花、興信所の戸締りについて確認するシュライン・エマ、嗣史と草間に挨拶をしてから箱を見に行くマリオン・バーガンディと観巫和あげは、まずは汗を乾かす為に一番風当たりの良さそうな場所に腰を下ろす真名神慶悟。途端に賑やかになった。
「可愛い〜っ!!ちっちゃぁ〜い!三毛だから、女の子だね」
草間が電話をかけたのは香乃花の主人なのだが、猫同士、向いていると言うことでやって来た香乃花は嬉しそうに子猫を抱き上げる。自分だってまだ子猫なのだが、ちょっとお姉さんな気分になるらしい。
「本当に、まだ小さいですね。生後どれくらいでしょうか……、後で体重を量ってみましょう」
掌に乗るサイズの子猫は、まだ猫らしい様子はなく、どちらかと言えば見ているマリオンの方が猫のようだ。
「そう言えば、以前私も仔猫を三匹……草間さんも縁がありますね。将来はお子さんも三つ子さんだったりして……」
弱弱しいながらも腕の中で蠢く子猫に微笑みながらあげはは言った。
「最近物騒だから気を付けてね、武彦さん。お金や備品で済めば良いけれど、身に危険があったら怖いもの。今回は開いてて良かったのかも、だけど……」
言いながらシュラインは、子猫の為に大きめのタオルを用意した。夏とは言え、本来親猫にくっついているはずの子猫に段ボールは冷たい。折りたたんだタオルを底に敷いてやってから、3匹を中に寝かせてやる。
「草間に仔猫とは不似合いもいい所だが、これも巡り合わせだ」
しっかり面倒を見てやれ、と言ってから慶悟は1冊の本を草間の膝に投げて渡した。
「出くわしてしまったとは言え、俺は何かを育てるという事には疎い。そんな訳で式神に育て方の手本を買って来させた。領主書付きでな。仔猫に必要なのは愛情とスキンシップ、だそうだ。名を付けて優しく呼べと書いてある。環境に慣れるまではそっとしておけとも」
「名前を付けて呼べだと?こんな小さな猫に名前なんか分かるのか?」
草間が言うと、香乃花が「分かるよ!」と答える。
「小さくても、ちゃんと名前を覚えられるんです。優しく呼ばれると、とっても嬉しいですよ」
「どんな名前が良いんだ?三毛イチ、三毛ニ、三毛サンとか……?」
猫の名前と言えば「タマ」や「ミケ」くらいしか思いつかない草間だった。
「まずは名前よりミルクの心配をした方が良いでしょう。生後間もない子猫に人間の飲む牛乳をそのままやるというのもあれなので、牛乳を水で薄めてやってみますか……?スポイトってありますか?なかったらタオルでもいいんですけど」
空腹と心細さに鳴く子猫の頭を指先で撫でつつ嗣史は言った。
「牛乳は避けろと書いてあるぞ?仔猫用のミルクを買えと。どうしようもない場合は……牛乳は人肌、卵黄を4分の1加える。温燗の卵酒みたいだな」
草間が開こうとしない本を捲って慶悟が言うと、シュラインは急いで冷蔵庫を覗いた。
「卵ならあるから作ってみるわ。スポイトは……あったかしら……。香乃花ちゃん、悪いけれど、その辺を探してみて貰える?なければ、救急箱の中に新しい脱脂綿があるから、それを出して」
人肌と言っても、どれくらいの暖かさがベストなのかよく分からない。シュラインとあげはは掌に牛乳を落として熱さを確かめながら、「これくらいかな」と言うところまで鍋を水に浸してミルクを冷やし、それを3つのカップに入れた。
スポイトが見つからなかったので、脱脂綿を使うことにして、あげはと香乃花、嗣史、マリオンがミルクを脱脂綿に吸わせて子猫の口元に運んだ。
「飲んでる!ねぇ、ちゃんと飲んでるよ!」
子猫の小さな口が脱脂綿に吸い付いてくるのを見て、香乃花が歓声をあげる。他の2匹も、必死になって吸い付いている。
「相当お腹が空いていたみたいですね。弱弱しいのでどうかと思いましたが、吸い付く力があるなら大丈夫でしょう」
マリオンは安心して小さく溜息を付いた。
「良かった。それじゃ私、ちょっとペットショップに行ってくるわね。猫用のミルクや哺乳瓶が必要でしょ。店員さんにも色々教えて貰ってくるわ」
そう言うと、シュラインはさんさんと太陽の照りつける外へ出掛けて行った。
「草間さんか真名神さん、代わって頂けますか?私たちも暑いし、コーヒーか何か入れますね」
草間と慶悟は一瞬互いの顔を見てからまずは譲り合った。
「おまえ、こんなことする機会は滅多にないだろう。何事も経験だぞ、やってみたらどうだ?」
「そう言うあんたこそ、ないだろう。そもそもこの猫達はあんたの足元にいたんだろう?あんたがやるべきじゃないのか?これからは日に何度もミルクをやらないといけないんだ。練習しておけ」
あげはは2人の様子に苦笑してから言った。
「では、真名神さんが抱いて、草間さんが口に脱脂綿を当ててやると良いですね。はい、お願いします。何が良いですか?コーヒー、紅茶?お茶にしますか?」
ぐんにゃりと生暖かい仔猫を抱いて、慶悟は苦笑した。
「暑さに項垂れ、渇きに悶えるのは人も仔猫も一緒だな。俺は牛乳を貰おう」
香乃花に嗣史、マリオンは2人の奮闘振りを笑いつつ、自分達も牛乳を頼んだ。
汗だくになって戻ったシュラインが、あげはの入れた冷たいコーヒーを飲み終える頃には、仔猫は排泄も済ませ、目やにも綺麗に取って貰って、落ち着いた様子で箱の中に丸まっていた。
猫達は落ち着いた様子でも人間の方は少々疲れていた。生まれて初めて猫の排便や排尿を促してやったわけだが、ティッシュで吸収しきれず膝の上や床にこぼれてしまい、それを掃除するのもなかなか面倒だった。匂いこそ酷くないが、それでも綺麗と言うわけではなく、膝の上に落ちてしまうと何だかちょっと溜息が出る。
眠りに就く前にキッチン秤で体重を量ってみると、180g、195g、205g。慶悟の買って来た本で調べてみると、多少誤差はあるが大体、生後7日から10日ほどらしい。色や模様は殆ど変わらないが、僅かな大きさの違いでどうにか判別は出来る。
「この子達、ママからちゃんと初乳もらったのかなぁ?そもそも、この子達のママ、どうしちゃったのかなぁ?この子達を連れてきて草間さんにお手紙を書いた人が……飼い主さん?育ててあげることが出来ないから、連れて来ちゃったのかな?」
香乃花が言うと、「そうですね」と嗣史が答える。
「手紙とお金が一緒に置いてあったのでしたね。子供の字なんですね?他に何も?」
草間は机から手紙とお金の入っていた袋を持って来てテーブルに置いた。
「1470円ですか……、小銭ばかりですね。1円玉が随分多い……。貯金箱から出したと言う感じがしませんか?」
言って、マリオンは手紙の文字を見る。
「仔猫を拾って家に連れて帰ったものの、親に反対されてここに……と考えるのが妥当か?」
慶悟が言うと、シュラインは溜息を付く。
「だとしても、探し出してちゃんと話を聞きたいわね。里親を探すにしても。親猫から離す時期早すぎるし、何かあったのかしら……」
「でも、これから暫くは大変ですね。食事も気を遣わなくてはならないでしょうし、生後2ヶ月位まではミルクや離乳食で手が掛かりますけど、こんなに可愛いんですから、大丈夫ですよね?私も出来る限りお手伝いします。貰い手を捜すなら私も協力しますけど……お店に張り紙とか。もう1匹位なら飼っても……って思ってもいるんですけれど」
言いながら、あげはは仔猫達を置いて行った子供が戻ってくるのではないかと期待もしている。こんな弱弱しい頼りない仔猫を、依頼のつもりなのか小銭と短い手紙の一つで任せられるわけがない。心配になって様子を見に来るのではないかと思っている。
「まさか親猫が文字を書いたとは思いませんが……、草間さんのところに来る依頼ですから分かりませんね。もし子供だとしたら、割と近所の子供だと思いますよ。まずは仔猫を預かっていますとでも張り紙をしてみたらどうでしょう?」
言いながらマリオンは、デジカメを取り出した。それならば、とあげはも自分のデジカメを取り出して寝ている仔猫の写真を撮る。里親募集の前に、自分の店にも元の飼い主探しの張り紙をしてみるつもりだ。
仔猫の目のためにフラッシュは使わず、顔付きや毛色、模様がよく分かるように何枚も写真を撮り、それをすぐにパソコンに取り込んで日付と連絡先を打ち込んだ。「預かっています」と「里親募集」の2種類をそれぞれ10枚ほどプリントアウトして4枚をあげはと嗣史が持ち帰る。1枚はペットショップに頼むとして、残りは興信所の入り口と周囲の電信柱に貼ることにした。
12時を過ぎ、箱の中でもぞもぞと動き出した仔猫の為に粉ミルク、人間には昼食の素麺を用意していると、誰かがドアをノックする小さな音が聞こえた。
ぎこちない手つきで仔猫の排尿を促していた草間が返事をすると、ゆっくりとドアが開いて小さな子供が1人、ぴょこんと顔を覗かせた。黒いランドセルを背負った少年だ。
仔猫が抱かれているのを見ると慌てて中に入ってきて、その様子を確認し、元気そうにごそごそ動くのに安堵の息を付く。
「お前達がこの猫を置いていったのか?」
仔猫のために、と煙草を控えている慶悟が尋ねると、少年は頷いてまず草間にごめんなさいと言った。
「興信所って、お金を払ったら何でも引き受けて貰えるんでしょう?それで僕、お願いに来たんだけど、おじさん寝てたし、僕、学校に行かなくちゃいけないし、だから、手紙とお金を一緒に置いて行ったんだ。それで、学校が終わったから、見に来たの」
「何でもってなぁ……」
草間は仔猫を嗣史に渡してから少年をソファに座らせる。少年はランドセルを下ろすと、中から財布を取り出して1000円札をテーブルに置いた。
「これも、受け取って下さい」
「こらこら、お金を払えば良いってもんじゃないんだぞ。まずはちゃんと事情を説明してくれないか」
「そうだよ。この子達、ママを呼んでるし、可哀想だよ」
香乃花がシュラインに促されて少年に冷たい牛乳を差し出しながら言うと、少年はしょんぼりとうつむいて言った。
「親猫、死んじゃったんだ。交通事故で」
「親猫は君の家の飼い猫?」
マリオンの問いには少年は首を振る。
「公園にいた猫。僕、時々給食の残りとか、あげてたんだ。仔猫の居場所も知ってたんだ。一昨日ね、親猫が車に轢かれて死んでるの見つけたの。それで、仔猫が心配になって、見に行ったら、まだこんなに小さいでしょ?自分じゃご飯食べられないし……」
少年は、家で飼おうと思って連れて帰ったのだと言った。ところが、父親が大の猫嫌い。母親は動物は絶対に駄目だと言い、元の場所に捨ててくるように言った。とても自力では生きていけないと訴えたが、公園ならば優しい人が拾ってくれるだろうから、必ず元の場所に戻せの一点張り。仕方なく、少年は仔猫を元の場所に戻しに行った。
「でもね、ママもパパもさ、何時も、弱いものをいじめちゃいけないって言うんだよ。こんな小さな猫を捨てるのは、弱いものいじめなんじゃないかなって思ったんだ。それで、もし今日の朝になってもまだ誰も仔猫を拾ってなかったら、おじさんにお願いしようと思ってたの。でも、興信所って、お金がいるんでしょう?僕、自分の持ってるお金、全部持ってきたんだ。それから、これはね、さっきおばあちゃんちに寄ったら、夏休みが始まるからって、お小遣いにくれたの。これで、2470円でしょう?だめかなぁ?」
本当は僕が飼いたいんだけどな、と言って少年は仔猫が哺乳瓶でミルクを飲むのを嬉しそうな顔で見る。
「なるほど。親猫もいなくてそんな事情があるのなら、こちらも放っておけませんね。ねぇ、草間さん?」
嗣史は哺乳瓶に吸い付いて美味しそうにミルクを飲む仔猫を草間に渡し、テーブルの1000円札を先に受け取っていた1470円と一緒にナイロン袋に入れる。
「これは、仔猫のミルクなどを買うのに使いましょう」
「おいおい、勝手に決めるなよ」
草間が言うと、全員が一斉に白い目を向ける。
「放り出すつもりじゃないでしょうね、武彦さん?こんな小さな子を?」
「まさか、草間さん。そんなことしませんよね?こんなに小さくて頼りないんですもの……、私達が助けてあげなくちゃ……」
「そうだよ。ねぇ、草間さん、お願い」
女性陣に詰め寄られると草間も駄目とは簡単に言えない。その上、
「確かに、弱いものいじめをするなとか生物を大事にしろと大人はよく言いますね。ただ口に出しているだけではあまりにも責任感がありません。ここは一つ大人としての態度を見せるべきじゃないでしょうか?」
と、マリオンに言われるともう断りようがない。
「ううううう……」
草間は呻き声を上げて数秒後長い溜息を付いた。
「おまえ、大人になったらもっと高額の依頼に来い。浮気調査とかじゃ駄目だぞ」
と、大人気ないことを言いながらも笑う。
「良質の食事、ストレスのない生活、適度な運動、病気の予防。人間の子供と一緒だ。予行演習のつもりで頑張ったら良いんじゃないのか?煙草は控える、表に出て遊ぶ、健康的な生活になりそうだな?」
夏バテ予防にもなるんじゃないのかと言う慶悟に、草間は肩を竦めて見せる。
「何を他人事みたいに言ってるんだ。おまえにもたっぷり協力して貰うからな」
ミルクをたっぷり飲んだ仔猫達が再び箱の中でスゥスゥと気持ち良さそうな寝息をたて、人間達も素麺の昼食にありついて空腹を満たした後、ちゃっかり昼食をご馳走になった少年を見送って興信所は静かになった。
「猫が寝てる様子って、何時まで見ていても飽きませんね。ある程度育ったら躾をしないといけませんね、食事、トイレ、爪とぎ……。2ヶ月を過ぎたら予防接種もしないと。外に出れば色んなものに晒されてしまいますから。それに、予防接種をしておいた方が里親さんも早く見つかりますよ」
箱を覗きこんだあげはが嬉しそうな顔で言った。
小さな手足やピンク色の肉球、まだ丸みのある耳、短く細い髭。その一つ一つが可愛くてたまらないのだとあげはは言う。
「そうね、一度動物病院に連れて行って、ちゃんと健康状態を診てもらった方が良いわね。武彦さん、夜1人で面倒見られる?3匹いるから、ミルクやりもトイレも大変よね……、私も泊り込もうかしら……」
草間を信用していないわけではないが、慣れぬ仔猫の飼育。突然具合が悪くなったりしても困る。シュラインが本気で心配をしていると、横で香乃花が何やらメモを取っている。
「あら、何してるの?」
「注意事項をメモしてるの。だって、草間さんって、ウッカリ忘れそうなんだもの」
手元を覗きこむと、ミルクの時間帯に1回に溶かす量、温かさ、排便・排尿の方法にエアコンの温度設定、煙草を吸うときは窓際或いは屋上で、などと細かく書いてある。
「猫のお母さんですね」
言いながら、マリオンはふと草間が仔猫ではなく人間の赤ん坊を抱いてミルクを飲ませている様子を想像して笑った。
「育てていると情が湧いてきて他に譲れなくなりますよ。最初から3匹まとめて飼ったらどうですか?」
嗣史が言うと、慶悟も頷く。
「動物を飼うのは精神上にも良いらしいからな。今よりもっと優しい人間になれるかも知れんぞ」
フンッと鼻を鳴らして、草間は冗談じゃないと答える。
「別に、大変なことなんてないさ。抱いても壊れるようなものじゃないし、やることはミルクやりとトイレの世話だろう?何かあったら病院に連れていけば良いんだ。それくらい、出来るさ」
最初、触れることも躊躇って猫から逃れていたなど忘れてしまったような草間。
「でも本当に大変なのは……仔猫達がもう少し大きくなって、自分で自由に動くようになってからなんですよね」
あげはは小さな声で言った。
「そうそう、粗相をしたり、その辺のものを口に入れちゃったり……ね。武彦さん、きっとヒステリー起こすわよ」
窓際で煙草を吸い始めた草間が、近い将来、3匹の仔猫を相手に奮闘している様子を思い浮かべて顔を見合わせて笑った。
end
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
4862/深山・香乃花/女/10/香屋「帰蝶」のマスコット(仮)
4164/マリオン・バーガンディ/男/275/元キュレーター・研究者・研究所所長
4971/大和・嗣史/男/25/飲食店オーナー
0389/真名神・慶悟/男/20/陰陽師
2129/観巫和・あげは/女/19/甘味処【和(なごみ)】の店主
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■ ライター通信 ■
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暑中お見舞い申し上げます。
何時もご利用有り難う御座いますv
今年はどうも猫に縁があるようで、5月から今月にかけて4匹の仔猫と出会いました。2匹は人手に渡りましたが、残り2匹は我が家の新入りとして生活しています。
猫4匹との生活は……家の中が散らかり放題です(汗)
ではでは、ほんのちょっとでもお楽しみ頂ければ幸いです。
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