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<東京怪談ノベル(シングル)>


占いなんて信じるな!


 駅前のコンビニエンスストアでアルバイト求人誌をめくる青年、五代真の表情は冴えなかった。
 んん〜。あんまり良いカンジのバイトって無いのな……。
 MTBで日本全国をまわる武者修行にもお金が必要。
 食べる物もきっちり食わねえと、修行に身が入んねーしな。
 という訳で、しばらく東京で資金を稼ごうとした真だったが、そう都合良く好条件のバイトは見つからない。
 アトラス編集部で、バイク便でもさせてもらえねぇかな?
 あそこ年中締め切りギリギリの原稿抱えてるみたいだし。
 オカルト業界では、ほどほど売れてる――もっともその業界全体の発行部数がピンとこない真だったが――白王社発行、月刊アトラス。
 仕事には鬼のようにキビシイ編集長と、その下で働く編集員・三下忠雄をふと思い浮かべる。
 ……編集長のピンヒールで足蹴にされてる三下の図が真っ先に浮かぶのは何故なんだろう。
 ま、何だかんだ言っても、あの編集長について一生懸命やってるのは偉いよな。うん。
 今度会ったらおごってやろう。
 バイト見つかったらだけど。
 冷房の効いたコンビニエンスストアから出ると、すでに終電近い時間だというのに真を不快な暑さが包み込む。
「ぅ暑っ!」
 アイスでも買って帰ろう。そうしよう。
 一旦閉めた扉に再び手をかけようとした時、駐車場の端を良く知った青年が通りかかった。
 あの前傾姿勢で道を歩く、くたびれたスーツ姿は。
「み の し た さんっ!」
「うううあ、は、はいっ!?」
 突然声をかけられた三下は硬直して、近寄る真を怯えた表情で見上げた。
 三下もそれ程背は低くない方だが、全てにおいて自信が無いせいか猫背になりがちで、結果上目遣いに相手をうかがう姿勢を取ってしまう。
「今帰り?」
「ええ、はいっ。今から戻るところです」
 三下は真と話しながらも少しずつ後ずさっている。
 これまで真と一緒になった場合、ほぼ毎回カラオケに付き合わされた三下なのだ。
 それが彼の身体に学習された結果、安全距離をとろうとするのは防衛本能の表れともいえる。
 が、そんな行動は全く無意味で、三下の腕はガシっと真に捕まれてしまった。
「暇だったらどっか行かない?」
 ああ、またカラオケなんだあぁ……!
 三下の思考に徹夜カラオケの悪夢がよみがえる。
 二人っきりのカラオケルームにエコーのかかった真の歌声が響き渡り、眠い目で歌詞を追った数時間が断片的にしか思い出せないのは、三下の意識が睡魔に負けていたせいなのか過酷な体験から自意識を守るためか。
 始発電車で一旦着替えに戻り出社したのだが、その日の三下は編集長をして『最低ラインって、まだ更新できるものなのね』と微笑まれた仕事ぶりだった。
 うわぁぁ、あ、あれがまた……っ!!
 一瞬にして走馬灯を回してしまった三下は震える声で、
「……か……カラオケ、ですかっ?」
と聞いた。
 ガチガチに固まった三下の顔から流れる汗は、暑いせいばかりではない。
「いや、カラオケはまた今度。今日はまた別んとこ行こうっ」
「ふぇ?」
 真の言葉に肩から力が抜ける三下。
「な、あんた彼女いないの?」
「と、唐突ですねぇっ」
 三下の顔を新たな汗が伝い始める。
 な、何ですか、これは……また新しい地獄の幕開けですかっ!?
 三下の意識と血液は急降下していくが、かろうじて踏みとどまった。
 でも意外だなぁ、五代さんが恋愛の話するなんて。
 コンビニの明かり照らされた真はにこにこと笑っている。
 思い切って三下は真に聞いてみた。
「ごっ、五代さんこそ、彼女さんは……いないんですかっ?」
「いない」
 そ、即答ですかっ。
 真はさり気なく関節を極めつつ動きを封じながら、朗らかに三下へ提案した。
「そこでだ、今後のあんたの恋愛運を占ってもらわないか?」
「ううう、占いですかぁっ?」
 裏返った三下の声が深夜の駐車場に響く。
「そ。この近くのビルによく当る占いの館があるから、一緒に行ってやるぜ」
「う、占いって、結構高いじゃないですか」
 人気のある占い師の相場は一回万単位の鑑定料で、時間もなかなか指定できないのだ。
「心配すんなって。タダじゃなかったら俺も行かねえよ。
この時間だし、そんな待たなくても済むしさ」
 ホラ、と真は極彩色で怪しげなシンボルの描かれたチケットを三下に見せる。
 何となく三下も編集部で聞いた名前の占い師だが、どの占い師の名前も奇抜すぎて良く覚えていない。
「や、やっぱり僕は遠慮しますっ。五代さんだけで行って下さい〜」
 真に腕を取られたまま引きずられる三下は抵抗の声を上げる。
「もう着いたけど」
 いつの間にか二人はビルの前に立っていた。
「結構有名なんだぜ。すげえ当たるし、占い師さんは美人だし」
 真は以前来た事があるのか、迷わずビルの中を進んで行った。
「そうですか……」
 もうここまで来ると抵抗する気もなく、三下は肩を落として真の後をついて行く。
 チケットの印象とは裏腹に、『占いの館』は大きな看板を掲げている訳でもなく、そうと知らなければ見落としそうにひっそりと開業していた。
「本日はどのような占いをご所望ですか?」
 中に入ると穏やかな口調の女性が、パーテーションの奥から現われた。
 シャツブラウスにタイトスカート、白衣を着て、薄い眼鏡を通った鼻筋に乗せた女性は占い師というよりも――。
 保健室の先生みたいだなぁ。
 こんな素敵な人が恋人だったら、毎日編集長に踏まれても平気なんだけどなぁ。
 根本的に何かを間違えている三下を、真の言葉が現実に引き戻す。
「こいつの恋愛運を占ってくれ」
「かしこまりました。それではこのカードをよく手で混ぜて……」
 テーブルに置かれたタロットカードを三下は混ぜる。
「ああっ」
「何やってるんだか」
 三下はカードを大きく切りすぎて床に落としてしまった。
 額を押さえた真がそっとため息をつく。
 いくら相手が美人だからって、緊張しすぎだろ。
「では……」
 テーブルの上に並べられたカードを次々とめくる占い師の表情が、どんどん険しくなっていく。
 前回真が来た時はすぐにカードの意味を話し始めたのに、占い師はなかなか話そうとしない。 
「ど、どうかしましたか?」
「いえ、そんなはずは……」
 三下も不安最大限な表情で占い師をうかがうが、彼女は言いよどんでいる。
 真はこんな表情をどこかで見たような気がした。
 そうだ、あれは――まるで『ご臨終です』って言う医者みたいだぜ。
「非常にお伝えしにくいのですが……あなたの恋愛運は、見当たりません」
「ええっ!?」
「み、見当たらないって、どど、どういう事ですかっ!?」
 真と三下に占い師は答え始める。
「まず、『過去のあなた』は『月』の正位置。不安定で臆病なためチャンスを逃してきました」
 当ってるかは三下の表情を見ればわかる。
「『現在』は……『運命の輪』逆位置。全てにおいて停滞しています」
 鼻をすする音に真はぎょっとする。
 み、三下さん泣いてる!?
「『未来』は『星』逆位置。理想のつまづきを示しています……」
 占い師がその後もカードに説明を加えていくが、すでに三下の耳には届いていないようだ。
「うっわ、最悪だな」
 ほとんど冗談かと思う程、結果は散々だった。
 ポケットティッシュを真にもらい、三下は鼻水と涙を拭きながらヤケ気味に叫んだ。
「わかってますよ僕にだって! どうせ恋愛なんて、僕には縁が無かったんだっ」
「まあまあまあ、そういう事もあるさ」
 そう慰めつつも、真の心は突っ込みを入れている。
 あるか? 普通、そういう事が。
「……ごめんなさい。
カードはあくまで物事の側面だから、絶対に好転する鍵があるはずよ。
諦めないでね」
「う、占い師さんっ」
 占い師の優しい言葉に三下の精神は崩壊を食い止めた。
 が。
「ところで占い師さんて、恋人いるんですか?」
 真の質問に占い師はにっこり微笑んで答えた。
「ええ、来月結婚予定ですよ」
「そ、そうなんです、か……おめでとうございます……」
 一瞬憧れる事すら許されない三下の恋愛運の無さ。
 それを目の当たりにした真は、再びテーブルに突っ伏して泣き始める三下の肩にそっと手を置いてなだめるのだった。

(終)