コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


君の如き遠花火

「セレスティ様、お口に合いませんでしょうか?」
 屋敷の食堂。決して食堂とだけでは済ませられない豪華なシャンデリアの光と、蝋燭のような暖かいオレンジの光が照らす中、長く細部にまで彫刻の施してあるテーブルについたまま、セレスティ・カーニンガムは少しため息をついた。
 それにいち早く気付いたのは調理を担当する屋敷の人間であり、その視線の先にはまだ残されたデザートやアイスコーンスープで。主が夏の暑い時期を乗り切るためにと自らが試行錯誤したものが手付かずに近い形で残っていた為、多少の悲しみを感じる。
 と同時に、この季節になってからのセレスティは日を追うごとに、まるで目に見えるような速度で食欲が減っているのが分かり、自分がそれを元気づける様な料理を作れなかったというのもまた悔しく、声を落とした。

「いえ、とても美味しかったですよ。 たまたまお腹がいっぱいになってしまっただけです。 申し訳ありません」
 使用人の視線に気付いたセレスティはその美貌に笑みを浮かべると本当にすまないというように、少し頭を下げる。
「いいえ、セレスティ様にお喜び頂けるメニューを少しでも思案してみますので、逆に主に気を遣わせてしまって…」
 悲しげに目を伏せ、落ち込むように頭を下げた使用人に、いつも美味しく頂いておりますから。と苦笑し、なんとかその顔を上げさせる事で安堵し、セレスティは自らの車椅子をまた自室へと向けた。

 常に自分の過ごすスケールとしてはそう思った事すらないが、一般人から見れば広すぎる廊下、広すぎる食堂、そして広すぎる自室。この範囲を移動できるのはある意味疲労してしまう程だが、夏にある程度の空調管理が行き届いた屋敷は外よりは多少居心地が良いだろう。
 長い廊下を抜け、自室近くの出窓を見やれば丁度日の落ちる頃。これからの時間はいつも日差しに弱く、身体の自由がなかなか上手くいってくれないセレスティでも少しづつではあるが自由を取り戻す事の出来る時間になる。

「本達にようやっと集中できる時間…ですね」
 ともあれ、日が落ち、気温が下がってきたとは言ってもやる事はいつもと大抵は同じ、未だ読まれる事を待ち望んでいる本に目を向け、知識を増やす事が一番の仕事といっても良いだろう。
 たまたまこの暑い季節で昼間は集中力を欠く事が増えてしまっているが、夜ならば多少なりともいつものセレスティに戻る事ができた。



 東京の夜空はお世辞にもあまり綺麗だとは言えない。それが例えセレスティの美しい屋敷が郊外にあっても街の光に押されすぎた夜空の星達はその光を弱め、窓を開けている自室ですら殆どその神秘的な姿を晒してはくれず、ただただ弱々しい脆弱な光を灯すだけである。

「古に生きた人々はこれらを神や物の図としてとらえたとうのに…科学の進歩とはいえあまり嬉しい光景でもありません…」
 本当に昔、人の光が松明や蝋燭だった頃の輝きはどうだっただろうと、大きな星座の本を抱える手を頭にし、考える。白く至ってノーマルな服はセレスティの髪や顔に無駄にかかる事無く静かにしていて本を開くのにも丁度良く、こうして窓から伸びるカーテンを捲くるのにも邪魔にはならない。
(とはいえ、私も科学の恩恵に生きる者の一人。 なかなか全てを均衡に保ちながら生きるという事は難しい話なのかもしれませんね)
 ため息をつき、カーテンを捲くったもう一方の手を離す。と、涼やかな風がまたセレスティの髪を撫で、寝台の方へ運ぶようにして銀糸を誘っていく。

「あまり感傷的になっていても仕方ありません、ベッドの方で読書の続きをしましょうか」
 どうも夏という季節にあまり良い思い出が無いせいだろうか、この季節は感傷的になりがちで特に物事を深く考え結論に至る思考の持ち主は何かと考えも曇ってしまいそうで自らを自嘲する。
 今更どう考えても仕方が無い、兎に角今すべき事をする事や楽しむ事が先決なのだ。そう、頭に浮かべながら薄い布のみにし、これも暑さを凌ぐ為に用意された場所に重い本ごと潜りこむ。
(こうやってベッドで本を読んでいると子供みたいで楽しいですね)
 毎度の事なのだが、気分が良くなり新しい知識とされる本と共に寝台で過ごす一時は幼少の好奇心旺盛な時に一番近い気分を味わえるようで、腰だけを起こしながらまた、星座の図と解釈の書かれたページを捲ると東京の屋敷では滅多に見られない美しい星達がありとあらゆる姿でセレスティの蒼い瞳に微笑みかけた。


「セレスティ様、もうお休みになられましたか?」

 ふと、独特の硬い響きと木材の扉がなるべく控えめに、だがセレスティの耳に届くようにして室内に響き渡る。
「ええ、起きていますよ。 入りなさい」
 声質からしてどの部下であるか、セレスティの耳は瞬時に判断したがいつもこうやって使用人達と接しているからだろうか、幾分か命令口調になってしまう。

「夜分申し訳御座いません」
 そっと音も立てずに開いた扉から、矢張り思ったとおりの部下。モーリス・ラジアルがいつもしっかりと着こなした茶のスーツと共に顔を覗かせる。彼の瞳と同じ緑のタイピンが明りに映え光り輝く。
 そう、これもいつもの事だが、一旦セレスティから入室の許しが出たモーリスは控えめではあるものの、すぐに行動に移し含みのある笑顔で主に微笑んだ。
「どうしたというのです? この時間に何か約束ごとがあったとは思えませんし、屋敷内で何かあったのですか?」
 共に出かけるのはいつもの事だが、深夜モーリスがセレスティの所に来るなど起こしてはいけない。という気持ちから、なかなか無い筈だ。あるとすれば主から遊びの誘いがかかった時のみ。
「いえ、丁度庭園で良い花が咲くので。 今日、この日の夜に咲くように調整を重ねた物ですから是非ご覧になって頂きたいと思い、参りました」
 ここで花の名前を言わない所がモーリスらしい。セレスティはそう苦笑しながら寝台を出、車椅子に身を委ねる。
 つまり暗黙の了解という事だ。自分の考えが当たっていればモーリスの育てた植物の見当もつくし、なぞなぞのかけあいのようでこういう散歩も悪くない。



「花の名前、聞かなくて宜しいのですか?」
 ゆっくりとセレスティの車椅子を押しながらモーリスは訊ねる。その声色は少し悪戯を含んでいて、きっと何か楽しい仕掛けでもあるのだろうとセレスティの気持ちを浮き立たせる。
「教えてくれるのですか?」
 多分今の言葉をもう少し続ければ、モーリスは花の名前を言うだろう。だがそこまではさせず、ええ。と頷く言葉だけをセレスティは耳にして微笑んだ。

 夏のこの時期、室内で何度も顔を合わせ暇な時を共にしているセレスティとモーリスだったが出かけという意味では久しぶりだ。それが邸内の花壇だろうが温室だろうが、広く静かな屋敷を玄関まで出て外に行くのは何故か親に秘密で密会をする子供達のようで、どちらからともなく小さな笑いが漏れる。

「随分と奥の温室へ行くのですね。 流石にここまで来たのは春のまだ涼しい時期以来ですよ」
 温室の並ぶ庭園、外に出ている花は暗がりの中咲き誇っていて。セレスティはモーリスを車椅子から仰ぎ見、次には期待のかかった色の瞳を逸らし先へ先へと続く道を眺めた。
「夏の日差しはお辛いでしょうから。 茶会の時もなるべく涼みのある場所をお造り致しましたし…そうですね、この日の為にこっそり準備していたんです」
 土から出る水蒸気の涼しさともう零時も過ぎたであろう夜風が二人の頬を撫で、花の花弁をも揺らす。

 その道の先には敷地内でよく見かけるドーム型の温室と同じものが一つ。
 この手の中が見えないドームに入った花は大抵セレスティと同じく日差しが強くては駄目であったり、空調管理に神経の使うというデリケートな特徴があったりと、モーリスが自分の能力を特に酷使しなければならない花々の家となっている。

「今日はどのような珍しい花を見せてくれるのです? この形の温室ならば貴方の力がよく働いた筈」
 温室の鍵を開けるモーリスを眺めながらセレスティは微笑みながら問う。夜にわざわざ呼び出し、そして連れてきた、そしてこの人物の能力が必要な花といえば何かしら見当はつく。
「もうわかっていらっしゃるのでは? 咲く時間の変更…、花の改良は難しいのですよ?」
 小さな金属音と共に温室の扉は開き、今これから咲くという白い蕾の数々がセレスティの目の前に広がった。

「ふふ、矢張り月下美人ですか。 ここは流石モーリス、と言うべきでしょうね」

 温室の中へと導かれながらセレスティは月下美人の花開くその一瞬、一瞬を目にした。ゆっくりと広がる白い花は花火のような花弁と何をも包み込むような花弁とでわかれ、まるで清楚で静かな祭りのよう。
「お褒めの言葉、有り難う御座います」
 セレスティを温室の中央まで連れてきたモーリスは主が花を喜んでくれた事が嬉しいのか、それともまだ何かあるのか、まだ少し含みのある微笑み方で口元を上げている。

「セレスティ様。 どうぞ上をご覧下さい」
 ふいに月下美人へと手を伸ばす主にモーリスは声をかけた。
 ここは温室、天へ繋がる窓はあるがその他は何も見えないただの暗闇が広がるだけだ。だというのに、この目の前の花ともう一つ何かを用意していたらしい。

「星……ですか…」
 花の柔らかな香りに包まれてセレスティは我が目を一瞬疑う。モーリスの言う温室の天井にはあらゆる星達が回っていて今こうしているだけでも、何年をも旅しているような気分にされられるのだから。
「アイスティーをセレスティ様。 花壇の装飾品の整理をしていましたところ、使用されていないプラネタリウムまで見つかってしまったので…」
 主は気に入るだろうかとこの特別な鑑賞会に持ってきたのだと、モーリスは語った。

「天窓には月、ですが…、いつも見られない星まで輝いている…」
 これは一本とられた、と苦笑しながらセレスティは目の前の星と月、花々に酔うようにして微笑む。その微笑こそが月下美人の花言葉、儚き美のようにこの風景を一層美しくし、輝かせる。
「人工と天然の美を混同させて上手く行くか私も今まで半信半疑だったのですが、上手く行ったようですね」
 二人分のアイスティーが硝子の中で氷を鳴らし、雨が降っている気分にもさせられ、豪華な花見ですと互いに微笑みあう。

「今回はモーリスの勝ち、でしょうか?」
「そんな事をおっしゃって、また忠実な部下を負かせるおつもりですか?」
 モーリスの思考を全て読み取れなかった事をセレスティはなぞなぞに負けたとし、苦笑しながらアイスティーを口にしたが、部下の方からしてみればその微笑、苦笑すら自分を負かせる毒なのだと口に出さずにただ瞳だけで語る。

「この花々、明日には枯れてしまうと思うと勿体無い気もしますが…」
 月は地球が終わるまで、多分永久に輝くだろう。そして星も、東京の街の光に負けてはいるものの、小さく輝き、セレスティの屋敷のプラネタリウムに至っては壊れるまで輝き続けるだろう。
 だが、月下美人。この地上の美だけは明日になれば儚く散ってしまうのだ。
「ならば私が改良を続けましょう、永遠に咲く美を求めるのもまた一興。 そうではありませんか?」
 なにも改良せずともモーリスの能力次第で花は咲きそうなものだが、それでは面白くなく。完全にそういった生態系への長い研究が自分達にとって有意義かつ、楽しみである事を部下は知っている。

「それでは月下美人の花言葉は『儚き美』ではなく『永久の美』になってしまいますよ?」
 悪戯っぽく口に手を当て笑うセレスティは、それでもどこか見てみたいという気持ちがあるのだろう。大してモーリスを止めずにまた月下美人の花を手にしては、
「そうですね…もし本当に改良できるのならば全てではなくこの温室にある月下美人のどれか一つをいつか頼みたいです」
 今度は自分のなぞなぞだとばかりに、セレスティは口の端を上げると思いついたかのようにそう言った。

「元々そういう花の生態系です。 全てやってしまうのはなんですが本当に一本、出来たなら…」
 温室は広い。そして今その温室に咲くのは全て月下美人。もしこれに同じ花であり、生態系だけが違う物を一つだけ混ぜたなら。
「それは楽しい難題になりそうです」
 モーリスは主の思いを汲み取り、また楽しそうな遊びを見つけたと口に運んだアイスティーの氷を揺らせながら考える。
「時間と違って生態系まで変えるのは至難の技ですが…セレスティ様だけの『永久の美』いつか完成させてみましょう?」
 これはセレスティからの挑戦であり、いつか完成したならば壮大な間違い探しを一夜に出来る事になり、考えるだけで幻想的で、そしてやりがいのある挑戦だと葉の色と同じ目は細くなり、これからどうしてやろうかと企む色を見せた。

「どれだけ時間がかかろうとも、楽しみにしてますよ。 モーリス」
 それまでに自らは花の事をもう少し学ばなくてはいけないと、セレスティは自ら投げかけた挑戦に、さも難題だと言わん口調で笑う。
 このゲームの結果はある意味で神のみぞ、天窓の月のみぞ知るというものであうが互いに負ける気はしない。

「それではセレスティ様。 またの花見、楽しみにしていてください」
 モーリスの言葉に軽く頷いたセレスティはまた、空という名の温室に散る星を見上げる。
 そこは永久の美の世界、限りなく輝くものたちの下、地上の美はいつか完成の産声と共に自分とモーリスの間に更なる難題をしかけてくるだろう。

「ええ、とても楽しみです」
 涼やかな空気と花の香り、星は人工の物であったがそれでも科学が進歩し、いつか自分の予想もしない何かが生まれるのならばそれも一興かと、天に向かいその永久の美貌で微笑むセレスティだった。


END