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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


メイドさん喫茶をやってみる
●オープニング【0】
「……ほほう。面白そうぢゃな、これは」
 ある日のこと、いつものようにテレビを見ていた嬉璃が興味津々といった様子でつぶやいた。
「しかし、いまいち分からぬ。何故にああも人が集まるのぢゃろうな」
 首を傾げる嬉璃。それはそうだろう、今テレビで流れている『それ』はある意味特殊な世界であるのだから。嬉璃が分からなくてもしょうがない。
「あの。奥の廊下のお掃除終わりました」
 と、そんな時である。あやかし荘に住んでいる幽霊な金髪メイドさん、フェイリー・オーストンが掃除完了の報告で管理人室に顔を出したのは。
「うむ、ご苦労ぢゃった……」
 フェイリーをねぎらう嬉璃の言葉がふと止まった。そして、じーっとフェイリーを見つめる。
「……考えてみれば、ここに1人居るのぢゃな」
 1人で納得したようにうんうんと頷く嬉璃。フェイリーは何のことか分からず、きょとんとしていた。
「よし。1度試してみると分かるぢゃろう」
 分からないことは、試してみるのが手っ取り早い訳で――。

 そして別の日。
 あやかし荘の玄関に嬉璃の書による張り紙がなされていた。『メイドさん喫茶はぢめました』、と。
 ええ、試してみるんですよ?

●確認【1】
 玄関の張り紙を、少しの間1人の少女が不思議そうに見つめていた。だが特に気にする様子もなく、普通にとことことあやかし荘の中へ入ってゆく。ちなみに少女の姿は、ポニーテールを大きな赤いリボンで結び、眼鏡をかけていた。そして何より、メイドさん姿であった。
 それから過ぎること1時間半強――その間にも色々と人が訪れているのだが――今度は張り紙を怪訝そうな表情で眺めている女性の姿があった。女性はおもむろに携帯電話を取り出すと、どこかへ電話をかけ始めた。
「あ、もしもし、武彦さん? ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
 女性――シュライン・エマは草間興信所に居る草間武彦に連絡を取っていた。だが、何故に?
「そう、来る予定ないのね。ううん、何でもないわ。それじゃ、報告書頑張って」
 そう言って電話を切ったシュラインには、ほっと安堵の色が浮かんでいた。
「そっか、武彦さんの差し金じゃないのね……」
 何を考えてたんだ、何を。
「まあ嬉璃ちゃんの字みたいだし、何がどうしたのか聞いてみれば分かる……かな」
 などとつぶやきながら、シュラインもまたあやかし荘の中へ入っていったのだった。

●続々と集いし【2】
 さてシュラインが来るまでの間のこと、あやかし荘の中では先程入っていったメイドさん姿の少女――大曽根千春が廊下でフェイリーを見付けてのんきそうに話しかけていた。
「あら……あたし以外にもこのあやかし荘にメイドさんって居らしたんですねえ☆」
「あ、はい。だいたいは奥の方でお掃除していますから……」
 静かに答えるフェイリー。両者ともにあやかし荘の住人ではあるが、行動範囲が異なるとなかなか出会わないといういい例だ。
 それにしても、純和風な場所でメイドさん2人が立ち話している絵面というのは、何とも不思議な感じである。
 そして部屋の中では、嬉璃を相手にシオン・レ・ハイが質問を投げかけていた。
「張り紙にあったあの、メイドさん喫茶でしたか。何でしょうか、あれは? 考えてはみたんですが……冥土の土産が出される喫茶店の洒落た言い方なんですか?」
 嬉璃が何か面白そうな通販グッズを入手していないかと遊びに来た所、シオンは件の張り紙を目にしたのだ。ちなみにシオンさん、それでは冥土産喫茶になってしまいます。
「いや、こっちもよくは知らぬが、何やらメイドさんが居る喫茶店らしいのぢゃ」
 と、嬉璃が言い始めた時だった。新たに男性の声が被さってきたのは。
「冥土産喫茶……それは古代中国に起源を持つ恐ろしき物。冥土からの使者が茶を振る舞うことにより客人の生気を吸い取り、やがて冥土へと送ってしまう。その使者が目を引くような独特な装いであるのも、全てはそのためであるのです……」
 いつの間にやら、不敵な笑みを浮かべた九尾桐伯が管理人室の入口に立っていた。
「えっ! そんなに恐ろしい物がここで……」
 桐伯の口から語られた恐ろしき話に、シオンが驚きで目を丸くした。嬉璃も久々に顔を見た桐伯に対し目を細めたが、すぐに難しい表情になった。
「おお、久しいのぢゃ。……しかし、本当はそんな物ぢゃったのか……」
「……という話をすると、今の季節ならばうっかりと信じてしまうでしょうねえ」
 待ていっ、どこぞの架空の書籍の説明かよ!
「何ぢゃ、冗談なのぢゃな?」
 当たり前である。ちなみに正しいメイドさん喫茶の知識については、後で千春が教えてくれたので問題なし。
「それにしてもまた、面白そうなことをやってますね。それも三下君が喜びそうな」
 部屋に上がる桐伯。それはまあ誤解ではあるのだが……三下忠雄は今頃くしゃみをしていることだろう。
「ただ、本格的にやるのなら、食品責任者とかが必要ですよ?」
「む? そうぢゃったのか?」
 仲間内のお遊びならまだしも、本格的にするのならやっぱりその関係のことはきちんとしておかねばならない。
 そこで桐伯が、自分が協力してもいいと申し出た。自らバーを営んでいる桐伯のこと、その関係は問題ないはずだ。
「まだよく分かりませんが……私もお手伝いしたいです、構いませんか?」
 興味を持ったのだろう、シオンも手伝いを申し出た。人手はいくらあっても問題ない、嬉璃に断る理由などなかった。
 その時、バタバタバタッと廊下を駆けてくる音が聞こえたかと思うと、勢いよく管理人室の扉が開かれた。
「那織やりまーす!!」
 そこには勢いよく挙手している由比那織の姿があった。張り紙を見るなり、猛ダッシュしてきたのである。
 呆気に取られる中の3人。しかし、真っ先に立ち直った嬉璃が口を開いた。
「それは願ったり叶ったりぢゃが……」
 嬉璃の視線が那織の足元に落ちてきて、厳しいものに変わった。
「とりあえず先に履物脱いでくるのぢゃ!!」
 那織を一喝する嬉璃。そこで自分の足元に視線を向ける那織。何と、ブーツがそのままではないか。短く声にならない声で『あっ』とつぶやくと、てへっと小首を傾げて謝った。
「やだぁっ、那織ったらあわてんぼさんっ! ごめんなさぁいっ☆」
 那織がパタパタと玄関の方へ戻ってゆく。嬉璃が小さな溜息を吐くと、シオンが不思議そうに言った。
「ここで脱いでもらってもよかったんじゃないでしょうか?」
「あ」
 シオンの指摘に絶句する嬉璃。桐伯は顔を背け、笑いをこらえつつも肩が震えていた……。

●本命登場【3】
「どれ、店の方を見てくるのぢゃ」
 管理人室を出て、メイドさん喫茶となる部屋へと向かう嬉璃。空き部屋の1つを充てたのである。
 そして廊下を歩いていると、不意にくいくいと嬉璃の着物を引っ張る者が居た。
「む?」
 振り返ると、そこには金髪で大きく青い目の可愛らしい人形のような少女が立っていた。プラチナブロンドにはウェーブがかかり、長いまつげがまさしく人形らしい感じがする。
「あのね、あのね、ドロシィちゃんもメイドさんになりたいのっ!」
 そう嬉璃にお願いするのは、分厚いファンタジーの本とテディベアを抱えたドロシィ・夢霧だった。見た感じでは、10歳にはまだなっていないだろうか。
「ふむ、別に構わぬぞ」
 自分からやりたいと言っているものを、嬉璃は拒む気はなかった。本物のメイドさん喫茶であれば年齢で跳ねているのだろうけど、そんなの今回の嬉璃の場合はお構いなしである。ゆえに、問題なし。
「やったぁっ! ドロシィちゃん頑張りま〜す☆」
 子供らしく喜ぶドロシィ。だが内心ではちと拍子抜けだった。あっさりと承諾されたことがかなり意外であったのだろう。
「そうぢゃ、着る物……メイド服を用意せねばならんのぢゃな。しかし、お主に合うのがあるんぢゃろうか」
 ドロシィを見て思案する嬉璃。その時、廊下に一陣の風が吹いた。
「ふふふ……全く問題ありません!」
 廊下に嬉璃の聞き覚えのある声が響き渡った。
「どこぢゃ?」
 声の主の姿を探す嬉璃。そして声の主――田中裕介がどこからともなく大きなトランクを引っ提げて現れた。
「天が呼ぶ! 地が呼ぶ! 人が呼ぶ! メイドマスター田中裕介ただいま参上!!」
 最後にポーズを決める裕介。……何者だよ、あんた。
「さて、ここに居る女の子も……」
 と言って、裕介はこれまたどこからか取り出したシーツをドロシィに被せる。で、1・2・3。一気にシーツを取り去った。すると、だ。何とドロシィの格好は、瞬く間にメイドさんに変わっていたではないか!
「わぁっ、すっごぉいっ!!」
 パチパチと拍手を送るドロシィ。
「ざっと、こんな感じです」
 得意満面の裕介。嬉璃はうんうんと頷いていた。
「なるほど、これは便利ぢゃな。あー、管理人室に他の者たちも居るのぢゃ。そこで待っててくれぬか?」
 これにてメイド服の問題は解決。嬉璃はドロシィと裕介を管理人室へ送り出すと、メイドさん喫茶となる部屋へ改めて向かい始めた。

●お帰りなさいませ☆【4】
 時間は戻り、シュラインが中へ入って約10分後。金髪スーツ姿の青年が、張り紙と手元のカードを交互に見比べていた。真名神慶悟である。
「間違い……ではないんだな、やはり」
 ややあって、ぼそりつぶやく慶悟。手元のカードには可愛らしい字でメイドさん喫茶のことが書いてあり、場所があやかし荘であることも記されていた。最後には、那織の名前まである。そう、慶悟は那織からの招待を受けてここへやってきたのだ。いつの間にカードを出したのか気になる所だが、何とも仕事が早いことだ。
(招待を受けて行かないのは、義理に反するしな……)
 そんなことを考えつつ、ゆっくりと周囲を見回す慶悟。人影は見当たらない。この様子では、ちとためらいがあるのかもしれない。もちろん、メイドさん喫茶に足を踏み入れることにだ。ただ、場所が場所だけに、知っている者に顔を合わせる可能性は決して少なくないだろう。
「まぁ……いい。近場の喫茶店でアイスコーヒーでも飲んでいる、と思えば」
 何か余分な物がくっついていても喫茶店は喫茶店、それだけのことだ。慶悟は軽く頬を叩いてから、あやかし荘へ足を踏み入れた。
 そしてそのまま、案内板に従って廊下を歩いてゆく。やがて到着した部屋の前には、何故か何枚もの写真が飾られていた。那織の写真もそこに混じっている。
(何というか……)
 悩む慶悟。写真自体に対してではない、何故写真を飾っているのかということについてだ。メイドさんの写真は那織の他に、千春やフェイリー、ドロシィのがある。それは別にいい。けれども、桐伯やシオン、そして裕介の写真まで飾ってあるのはどういうことか。
 だがここで悩んでいても仕方がない。慶悟はメイドさん喫茶となっている部屋へ足を踏み入れた。
「お帰りなさいませ、ご主人様!」
 入ってすぐの所に居た千春が、にこやかにご挨拶。そして他のメイドさん3人もまたご挨拶。
「「「お帰りなさいませ、ご主人様☆」」」
 後に慶悟が語るには、一瞬異世界に迷い込んだのかと思ったらしい……。
「ご主人様、お帰りなさいませ」
 今度は男性の声でご挨拶だ。見ると、執事姿のシオンが直立不動で立っているではないか。
「さっそくではございますが、本日はどの者がお世話を担当いたしましょうか、ご主人様?」
 シオンが慶悟に尋ねる。慶悟は怪訝そうな顔を見せながらも、とりあえず招待主たる那織の名を口にすることにした。
「やぁん、嬉しいーっ♪ それではご主人様、こちらへー♪」
 こぶし2つを口元にあてて喜んだ那織は、そそくさと慶悟を空いているテーブルへ案内した。
 その間に、千春が疑問口調でつぶやいていた。
「指名はどうなのでしょうねえ?」
「え、違うんですか?」
 フェイリーが千春のつぶやきに反応した。近くのメイドさん喫茶『OSU』で働いている千春によると、少なくとも指名は本来のあれとはちょっと違うらしい。
「今のお客様へのご挨拶も、実は『OSU』ではやっていないんですよ」
 皆に教えた千春ではあるが、自身が実際にこうご挨拶するのは珍しいことであった。なお、この辺りは統一ルールがある訳でもなく、各メイドさん喫茶の考え方次第である。どっちが優れていて、どっちが劣っているということはない。
「メニューをどうぞ、ご主人様☆」
「……頼む、由比。せめてそれだけはやめてくれ……」
 那織からメニューを受け取りながら唸る慶悟。『ご主人様』攻撃にだいぶやられてきたようである。
「はぁーい♪ でも真名神さん来てくれてぇ、那織とぉーっても嬉しいっ☆」
「……外の写真は?」
「うんっ、可愛く撮れてるでしょぉ?」
 いや、そーでなくて。あそこにある理由を聞いているのだ。
「あ、それはねぇ……」
 那織はなおも直立不動のままのシオンを、こそっと指差した。どうやらあれはシオンのアイデアであるらしい。
(他の形体の店が混じってる気がするんだが……)
 ああ、ありますねえ、ああやって写真パネルが張られている店。
 ともあれ、メニューを開いてみる慶悟。一瞬にして、表情が険しくなった。
「…………」
 言葉が見付からない、ようだ。
「真名神さんお決まりですかぁ?」
 注文を尋ねてくる那織に、慶悟はメニューの一部を指差して小声で尋ね返した。
「何なんだ、これは……!」
 慶悟が指差した所、そこには『旦那様のいけない抱擁』『メイド服の淫らな欲望』『メイド長のあぶない躾』などといった妖しいメニュー名が並んでいたのだ。
「ふふっ……」
 那織は妖しく笑って答えない。しかもそれらのメニュー、いずれも高い! 慶悟の今日の懐具合では妖しさを抜きにしても手を出せなかった。
「……アイスコーヒー1つ」
「ご一緒にケーキはいかがですかぁ?」
 にっこりと慶悟に顔を近付ける那織。
「ご一緒にケーキは……」
「……じゃ、それももらおうか」
 那織の勢いに押され、ケーキを1つ注文することになった慶悟であった……。

●先客【5】
(あら、真名神くんも来たのね)
 同じ部屋には、当然先に来ていたシュラインの姿もあった。慶悟の方はまだ気付いていないようだが。もちろんシュラインも、入ってすぐのご挨拶攻撃『お嬢様』バージョンを受けて、軽いめまいを覚えていたというのは極めて余談である。
(元々空き部屋使ってるから、そうは広くないわよね)
 シュラインが思っているように、このメイドさん喫茶は決して広くはない。テーブル5つ程度あるだけだ。しかし、調理スペースも確保しているのは凄いかもしれない。よくこんな空き部屋があったなという話である。
(それにしたって、思い立ったが吉日とはよく言うけど……)
 シュラインは調理スペースの方へ目をやった。そこには、シオン同様に執事姿の桐伯と裕介に挟まれている嬉璃の姿があった。顔がかろうじて見えるのは、きっと嬉璃が台か何かの上に乗っているからであろう。
「ま、大丈夫そうね」
 嬉璃の様子を見る限り、そんなに問題はなさそうだった。ただ先程ちょこっと嬉璃と話した時に、撮影禁止にした方がいいのではないかとアドバイスしていた。それを嬉璃が受け入れたため、壁には真新しい『撮影禁止』という注意書きが張られていた。
 そうこうしているうちに、注文の品がやってくる。運んできてくれたのはドロシィであった。
「お嬢様お待たせしましたぁ〜☆ 『旦那様のいけない抱擁』でぇ〜す♪」
 頼んだのか!
 しかし――テーブルの上に置かれたのは、特別変わった外見でもないイチゴジャムサンド。それを見て、ピンとくるシュライン。
「見立て?」
 シュラインが尋ねると、ドロシィはにこっと笑った。そう、その通りである。ちなみに『メイド服の淫らな欲望』はメイド服をかたどったアイスクリームで、『メイド長のあぶない躾』は辛さが強いベンネパスタだったりする。
(誰が考えたのかしら)
 イチゴジャムサンドを見ながら考えるシュライン。いやまあ、考案者はすぐそこに居たりするんですがね……。
 そして、今度は千春がポットに入った紅茶を運んできた。
「失礼いたします」
 千春はポットから紅茶をカップへ注ぎ入れた。メイドさん喫茶では、ごくごく自然に見られる光景である。他にこういうことを行っているのは、珈琲や紅茶にこだわりをもっている店くらいであろう。

●こんなこともあろうかと【6】
 さて、調理スペース。桐伯と裕介が、嬉璃を間に挟んで小声で会話を交わしていた。
「やはりいいですねえ、古風なタイプは」
「どうも」
 うんうんと頷く桐伯。裕介は短く礼を言った。
 古風うんぬんとは何かというと、メイドさんたちの着ているメイド服についてである。自前の千春は別だが、他の3人については古きよき時代のメイドさんといった雰囲気の、シックでスタンダードなメイド服だった。桐伯がそれとなく好みを伝えたら、裕介が汲み取ってくれたのである。ナイス連係プレー。
「まあ、お主らのおかげもあって、何とか形になったようぢゃの。礼を言うのぢゃ」
 満足そうにつぶやく嬉璃。メイドさん喫茶を実際に開いてみたことで、嬉璃としてはひとまず満足したようだった。
「ところで」
 そんな嬉璃に、桐伯が話しかけた。
「何ぢゃ?」
「百聞は一見にしかずと申します、この際ですので、嬉璃さんも衣装を着て経験されるのも一興かと」
 いきなり何を言い出しますか、あなたは。
「ふ……残念ぢゃが、裏であれこれ画策しておる方が好きなのぢゃ」
 不敵な笑みを浮かべ、嬉璃が切り返した。しかし、桐伯も負けてはいない。
「いえ、衣装はここに用意してありますが」
 真顔でさらりと告げ、どこからともなく嬉璃サイズのメイド服を取り出したのである。
「こっちにもありますよ」
 本家(何のだ?)としてのプライドか、これまた裕介も嬉璃サイズのメイド服を取り出した。
「お主ら……揃いも揃って。だいたいサイズはどうしたのぢゃ!」
「そんな物は見れば解る物ですが?」
「同じく」
 嬉璃の突っ込みに対し、しれっと言い放つ桐伯と裕介。
「没収ぢゃ!」
 あ、2つとも取り上げられた。かと思いきや――。
「そんなこともあろうかと、予備がここに」
「いくらでもありますよ」
 同時に、代わりのメイド服を取り出す2人。嬉璃は脱兎のごとく逃げ出したのだった……。

●帰りたい、帰さない【8A】
 メイドさん喫茶に、どこからともなく客が集まってきた。全員フル稼動でてんてこまい、裕介も調理スペースを出てフェイリーの補佐に回るくらいであった。
(急に客が増えたな……)
 ケーキの最後の一口をフォークで運びながら、慶悟は店内の様子を見た。
(ん? メイドだったか……1人増えてるな)
 ふとメイドさんの数が増えていることに気付く慶悟。けれども、客が増えたから増やしたのだろうとしか思わなかった。そのうちに別のテーブルでシオンが客の注文を受けているのが目に入った。
「……以上でございますね。かしこまりました、お嬢様」
 客に対し、うやうやしく頭を下げるシオン。そんなシオンを見る客の身なりのとてもよい女性の目はハートマークになっていた。元がいいから、今みたくびしっと決めるとこういうことになるのだろう、やっぱり。
 で、視線の向きを変えると、ちょうどシュラインがレジの所で会計を済ませようとしていた。受けているのはドロシィであった。
「ありがとうございまぁす、お嬢様65万円でぇす☆」
「ろっ……!」
 笑顔で値段を告げるドロシィに、絶句するシュライン。
「な、何かの間違い……でしょう?」
 相手は子供、穏やかに対応するシュライン。けれど、目は笑っていなかった。
「テーブルチャージとサービス料込みでこうでぇす。……払えないですかぁ? だったら、このドロシィちゃんにお嬢様と呼ばせたからにはぁ、それなりのモノを払ってもらいま〜す☆」
 不敵な笑みを浮かべ、ドロシィがパチンと指を鳴らした。するとどこからともなく黒服の男2人が現れて、シュラインの両腕をつかんだではないか。
「お客様、ちょっとこちらへ」
「え? ま、待って? 何が何やら……?」
 戸惑いつつ、ずるずると黒服の男たちに外へ連れてゆかれるシュライン。ややあってドスンバタンという物音が聞こえたかと思うと、扉が開け放たれたままの所から玄関の方へ駆けてゆくシュラインの姿が目に入った。
(念のために、不可視の式神たちを配置してあったのは正解だったか)
 今のドスンバタンという物音は、慶悟の使役する式神たちが黒服の男をのした音だったのである。
(食べる物は食べたし、飲む物も飲んだ。さっさと帰るとしよう)
「真名神さん、ケーキのお代わりはいかがですかぁ?」
 慶悟が腰を浮かせようとしたその時、ケーキの皿が空になったのを見付け、すすっと那織がやってきた。
「いや、もう結構だ」
「ええっ! でもぉ……那織の作ったケーキ、真名神さんにもっと食べてほしいなぁ……」
 小首を傾げ、困った表情を浮かべる那織。ちなみに大嘘だ。
「……お代わり」
 ああっ、根負けしてるしっ!

●冒険者たち(やっぱり三下は不幸)【9】
(よし……今度こそ帰ろう)
 2つ目のケーキを平らげ、腰を浮かせようとする慶悟。また那織がやってくる気配を感じ取った。と、その時である――。
「ぎゃーーーーーーっ! たぁすけてぇぇぇ……!!」
 奥の方から、いつの間にか帰ってきていたらしい三下の悲鳴が聞こえてきた。そして、廊下を駆ける大勢の足音まで聞こえてきた。
「何事なんでしょう?」
 千春が扉を開けると、そこには鎧姿に剣や斧を持った者や、杖を手にしたローブ姿の者などが廊下を走ってゆく光景が見えた。別の言い方をすると、ファンタジー世界の住人、冒険者たちの格好だ。
「ドラゴンだ!」
「ドラゴンが出たらしいぞ!!」
 冒険者たちは口々にそうつぶやいて駆けてゆく。すかさず慶悟は代金をテーブルに置いて、出口へ駆け出していった。
「放っておく訳にはゆくまい!」
 那織が呼び止める間もなく、慶悟は冒険者たちが駆けていった方へと消えていった。……決して、上手く逃げ出したと言ってはゆけない。よい子のみんな、約束だぞ?
 千春はその冒険者たちの光景をしばし見ていたが、やがてこうつぶやいた。
「はあ……何かそういった集まりが開かれているのでしょうかねえ……?」
 やあ、知らない動じないって幸せだなあ――。

●閉店【10】
 色々とあったメイドさん喫茶も、ようやく閉店となった。閉店後、売上計算となったのだが……。
「これはどこの通貨なのぢゃ?」
 首を傾げる嬉璃。目の前には売上がある訳だが、非常に妙である。現代日本の通貨は少ないもので、ほとんどが金貨・銀貨・銅貨なのである。それもどこの物やらまるで分からない。フェイリーも見たことがないらしい。
「……歩合はぁ……?」
 軽くショックを受けている那織。歩合制を嬉璃と掛け合っていた那織であったが、よく分からない通貨ばかりではそれ所の話ではなかった。
「じゃあ、また明日〜♪」
 そんな那織を横目に、とことこと先に帰るドロシィ。楽しかったのか、にこにこ笑顔であった。
「ええと、金貨って価値があるんですよね?」
 誰ともなく尋ねる千春。どうやらこの謎の通貨の多くを受け取ったのは、千春のようだった。
 とりあえず、アンティークショップ・レンにでも持ち込んだら、もしかするとそこそこの値段で買い取ってくれることだろう。日給だ何だは、それからの話である。
「次は『大正浪漫』はいかがです?」
 一段落した後、それとなく桐伯が嬉璃に吹き込んだ。
「ふむ、何やらぜんざいが似合いそうぢゃな。となると冬ぢゃな……」
 前向きに検討を始める嬉璃。おいおいおいおいおいっ、またいつかやるんですかっ?

【メイドさん喫茶をやってみる 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
     / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0170 / 大曽根・千春(おおぞね・ちはる)
               / 女 / 17 / メイドな高校生 】
【 0332 / 九尾・桐伯(きゅうび・とうはく)
                / 男 / 27 / バーテンダー 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
                   / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0592 / ドロシィ・夢霧(どろしぃ・むむ)
    / 女 / 13 / 聖クリスチナ学園中等部学生(1年生) 】
【 1098 / 田中・裕介(たなか・ゆうすけ)
         / 男 / 18 / 孤児院のお手伝い兼何でも屋 】
【 3356 / シオン・レ・ハイ(しおん・れ・はい)
          / 男 / 42 / びんぼーにん+高校生+α 】
【 3967 / 由比・那織(ゆい・なおり)
           / 美少女? / 20 / 喫茶店アルバイト 】
【 4691 / 水野(仮)・まりも(みずの?・まりも)
           / 男 / 15 / MASAP所属アイドル 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全11場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせしてしまい申し訳ありませんでした。何を思ったか、あやかし荘でのメイドさん喫茶の模様をここにお届けいたします。
・売上の問題はあるとしても、全体としては上手くいったのではないでしょうか。少なくとも基本的な接客と味については、全く問題ないと思いますよ。ちなみに高原個人的には、実際にあるメイドさん喫茶はシンプルな方がいいかなあ……なんて思っていたり。
・大曽根千春さん、初めましてですね。やはりメイドさん喫茶で働いているからか、基本的なことを皆さんに教えるという形になったかと思います。という訳で、接客の基本ラインが千春さんによって上がりました。あと、OMCイラストをイメージの参考とさせていただきました。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。