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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


茸花火


●序

 茸研究所では、一枚の手紙を囲んで会議が行われていた。
「……キャサリン、これは……罠、でしょうか?」
 真面目な顔をして手紙を見つめる木野・公平(きの こうへい)の問いかけに、キャサリンはうに、と体を揺らした。
 彼女は、キャサリンという名の巨大茸である。赤い傘に白い体をしており、身長30センチくらい。人語を介すが、喋る事はできない。興奮すると火の粉の胞子を放つ。
 一言で言うと、不思議巨大茸。
「花火というのは、とても惹かれるんですけどね……」
 木野は呟き、再び手紙を見つめた。
 中に書かれてある内容は、花火大会の誘いであった。差出人は、茸愛好連合会。略して茸連(だけれん)。今野・紀伊子(こんの きいこ)という女性が連合会長をしている、茸研究所と似て非なる団体である。
「今野君……別にキャサリンを狙ったりはしてないですよね?」
 キャサリンに尋ねるが、キャサリンは困ったようにかくんと傘を傾げるだけだった。
 特に茸連に問題があるわけではない。問題なのは、茸連によって生まれた巨大マツタケのマッチなのである。
 マッチは茸の癖に、キャサリンに惚れている。それが昂じて、キャサリンを誘拐した事もあるくらいなのだ。
「……そうだ。誰かと一緒に行けばいいんですよね」
 木野の提案に、キャサリンはぴょんと跳ねた。心底嬉しそうに。早速、木野は様々な人にメールを送った。
『こんにちは。茸連から、花火大会の誘いがありました。素敵な庭園を見つけたそうなのです。宜しければ一緒に行きませんか?』
 木野は小さく「よし」と呟き、キャサリンの方を振り返った。キャサリンは心なしか、楽しみそうにしているのであった。


●準備

 シュライン・エマ(しゅらいん えま)は、送られてきたメールを見つめてそっと微笑んだ。草間興信所のバイトから帰宅途中であったシュラインは、その足で茸研究所に立ち寄った。
 茸研究所は、相変わらずの光景が広がっていた。白衣を着て何かの実験(恐らく、巨大茸生育実験)をしている木野と、その隣でもにもにと動くキャサリン。その光景に、シュラインは思わず微笑んだ。
「こんにちは、木野さん。花火大会をするんですって?」
「ええ。シュラインさんもいらっしゃいますか?」
「勿論よ。茸連さんから、お誘いがあったのよね」
「そうなんです。キャサリンも、楽しみにしているみたいですし」
 あら、と言いつつキャサリンの方を見ると、確かに小さくぴょんぴょんはねて喜んでいるようだった。
「キャサリンちゃん、花火が好きなの?」
 シュラインの問いに、キャサリンはもじもじと体を揺らす。少し照れているようだ。何とも微笑ましい光景に、思わずシュラインはキャサリンを抱き上げる。
「そうだわ、浴衣を着てみる?きっと似合うわ」
 シュラインの問いに、キャサリンはこくこくと頷く。シュラインは、ふふ、と笑いながらキャサリンの傘を撫でた。
「じゃあ、先にこちらにお邪魔するわね。キャサリンちゃんを、先に着付けしてあげないといけないし」
「有難う御座います」
 木野はそう言い、ぺこりと頭を下げた。シュラインは、それに対して「いいのよ」と答えた。
「そういえば、木野さんはなんだか浮かない顔をしているのね」
「マッチがいますからね」
 娘を男に取られる父親の心境なのかもしれない。その真剣な顔に、思わずシュラインは吹き出してしまうのだった。


 その夜、家に帰ったシュラインは「さて」と言いながら机に向かった。キャサリン用に浴衣生地を買ってきたのである。キャサリンの大きさにあわせて、ミシンを動かしていく。小さい為か、30分もかかる事なく出来上がってしまった。
「……ついでに、マッチの分も作ろうかしら?」
 シュラインは呟き、鞄からキャサリン用に買ってきた浴衣生地と色違いの生地を取り出した。そして、同じように縫っていく。
(アイリーン達には、無理よねぇ)
 茸連が誕生させた動く茸は、マッチだけではない。青い傘を持ち、冷気の胞子を飛ばす小さな茸たちもいるのである。それが、アイリーン。マッチやキャサリンが一体ずつしかいないのに対し、アイリーンは多数いるのである。それらに全て浴衣を制作していくのは、流石に大変である。
「そうだわ」
 シュラインは考えた後、ラメ入りパフを鞄に詰めた。嫌がらないのならば、傘につけてやると綺麗になるだろう。暗いところで、少し光が当たるときらりと光る程度だが。
 さらに、透明シールにビーズやスパンコールを貼り付けていく。これを傘につければ、髪飾り風になるはずである。
「楽しみだわ」
 シュラインは作りあがった二枚の浴衣を丁寧にたたんで鞄に入れると、にっこりと笑った。


●集合

 花火大会当日、茸研究所には6人の男女が集結していた。皆を目の前にし、木野はまず綾和泉・汐耶(あやいずみ せきや)が仕事の関係で少し遅れてくると言う事を告げた。
「でも、ちゃんと来られるそうですから」
「そう、良かったわ。仕事じゃ仕方ないものね」
 シュラインはそう言って微笑む。浴衣姿が良く似合っている。
「キャサリンちゃん、こんにちはなのー」
 藤井・蘭(ふじい らん)がにこっと笑ってぽむぽむと傘部分を叩く。キャサリンは妙に嬉しそうにこくりと頷いた。
「……これが、キャサリン」
 青系統の浴衣に、それに合わせた団扇を帯にさしている櫻・紫桜(さくら しおう)はそう言い、まじまじとキャサリンを見つめた。初めて見る巨大茸に、少しだけ驚くものの、妙に冷静である。
「一度見てみたかったのです。これがキャサリン……性別ってどうやって決めてるんですか?」
 マリオン・バーガンディ(まりおん ばーがんでぃ)はそう言ってキャサリンをひょいっと持ち上げて覗き込む。普通の茸に他ならない。だが、キャサリンは恥ずかしかったのか、炎の胞子を吹き出す。
「や、やめてください!」
 木野が慌ててキャサリンを奪う。涙目だ。
「そうだ、力ずくはよくない。……なぁ、キャサリン?」
 ふふふ、と不気味な笑いを浮かべながら、守崎・啓斗(もりさき けいと)はそう言った。何故だか「一攫千金」という文字がプリントされた浴衣を着ている。
「何処で売っていたんだ、それ」
 紫桜が思わず尋ねるが、啓斗は小さくふっふっふと笑うだけだった。目がキャサリンから離れてはいない。
「兄貴兄貴、怯えてるから。すまねぇな、全く」
 苦笑しながら、守崎・北斗(もりさき ほくと)がそう言って啓斗を嗜めた。双子だけあってよく似ているが、こちらは「腹八分目」という文字がプリントされた浴衣を着ている。
「だから、それは何処で売っていたんだ」
 紫桜の疑問は尽きない。
「ほらほら、キャサリンちゃんが怖がっているでしょう?」
 シュラインはそう言ってそっとキャサリンを抱き上げる。そして、木野に向かってにっこりと笑う。
「浴衣を着せてあげてもいいかしら?……キャサリンちゃん、浴衣着ない?」
 シュラインの言葉に、木野はにっこりと笑って頷き、キャサリンはぐにっと頷く。両者とも、嬉しそうである。
「あれが、ご執心の茸ですか」
 シュラインとキャサリンが浴衣を着る為に去っていくと、マリオンがぽつりと口を開いた。それを受け、啓斗はこっくりと頷く。
「そうだ。……今日は、松茸も登場予定だからな」
 啓斗の目は本気である。木野は思わず「ひい」と声を上げた。
「まだ、松茸までいるのか」
 紫桜が驚きを含んだ声でそう言うと、蘭は「そうなのー」と言ってにっこりと笑う。
「マッチちゃんも可愛いのー。喧嘩はめっなのー」
「ならば、喧嘩しないように見ておかないとな」
 紫桜の言葉に、蘭はにっこりと笑って頷く。
「大丈夫だ。喧嘩両成敗というだろう。つまりは、俺が両方手に入れるのだ」
「兄貴、それは違う」
 真面目な顔をして啓斗に、突っ込みを入れる北斗。啓斗は本当に心底そう思っているのだろうから、北斗の苦労は尽きない。誰もが大変だ、と思った次の瞬間、北斗はぽつりと漏らす。
「松茸はうまそうだけど」
 結局、根本は同じなのかもしれないと、一同は思った。一番青い顔をしたのは木野であることは言うまでも無いが。
「皆さん、まだこちらにいらしたんですね」
 仕事を終えた汐耶が、ティーシャツにジーパン、それに薄手のパーカーを羽織っている。
「仕事帰りじゃなかったんですか?」
 木野が尋ねると、汐耶は頷いて微笑む。
「着替えてきたんです。スーツは流石にくつろげませんから」
「お待たせ」
 そうこうしていると、シュラインが浴衣を着せたキャサリンを抱き上げながら現れた。傘には透明シールで作られたビーズつきの飾りまでついていた。
「まあ、可愛いですね」
 汐耶はそう言い、そっとキャサリンを受け取る。そしてキャサリンに向かって「こんにちは」と挨拶する。
「意外と早く来れたのね、良かったわ」
 シュラインはそう言って微笑んだ。それに対し、汐耶も「ええ」と言って微笑む。
「では、皆さん揃いましたから行きましょうか」
 木野はそう言って皆に言った。皆頷き、木野の後ろに続いていく。
「そういえば、木野もキャサリンも、ヤクトとかには会ってねぇの?」
「ヤクトさんですか?」
 歩きながら北斗が尋ねるが、キャサリンと木野は顔を見合わせて首を振る。
「そういえばそうよねぇ。会っていてもおかしくないのに」
 シュラインも不思議そうに首を傾げる。
「平和そのものっつーかんじだよな、木野とキャサリン」
「平和……ええ、平和です。そろそろ新メンバーも増えても良いんですけどね」
 木野の目が怪しく光る。あまりそういう事を言うと、キャサリンが家出すると言う事実を未だにちゃんと理解していない様子である。


 暫く歩いて行くと、目の前に庭園が広がってきた。豊かな緑の木々と、緩やかな水紋を描く池がある。その縁側に、茸連のメンバーとキャサリン大の松茸のマッチ、それに青の傘を持った10センチ程の大きさの小さな茸、アイリーンがくつろいでいた。
「ようこそ、いらっしゃいました」
 今野が皆を代表して立ち上がって、挨拶をした。
「お招き有難う御座います。……マッチやアイリーン達も、元気そうですね」
 木野はそう言って、マッチとアイリーンを見た。ちょっとだけ、目が怖い。
「あら、キャサリンも元気そうだわ」
 今野がそう言うと、マッチが勢い良くやってきた。汐耶に抱かれていたキャサリンは驚きながら飛び上がる。汐耶の腕から抜け出してしまったキャサリンは、慌てて近くにいた紫桜の体によじ登る。紫桜はよじ登ってくるキャサリンを抱き上げ、マッチが届かないように高い高いをする。
「がっついているな、マッチ。活きがいい……」
 啓斗はそう呟き、そっと手を出しながらじりじりとマッチに迫った。それを慌てて北斗がさし止める。
「兄貴、落ち着けって。今日は捕獲無しで」
「お前は目の前に置いてある美味しそうなたこ焼きを、我慢できるのか?」
「出来ねぇよ」
「そう言う問題じゃないと思うのですが」
 啓斗と北斗のやり取りを聞き、マリオンがぽつりと呟く。妙に的を射ている意見である。
「喧嘩はめっなの!」
 ぴょんぴょんとキャサリンめがけて飛び跳ねるマッチに、蘭はそう言い放つ。すると、マッチは途端にしょんぼりとした。蘭の言葉に反省したのだろうか。
「ともかく、花火を始めましょうか」
 今野はそう言って仕切りなおすようにいい、皆を縁側の方へと誘うのだった。


●花火

 茸連のメンバーが、ダンボールに沢山詰まった花火を出していた。
「流石に打ち上げ花火は、やめました」
 そう言って今野は微笑む。そこに、北斗がにかっと笑って、持ってきた風呂敷包みをあける。中から出てきたのは、市販では売っていないような花火である。
「俺が作った花火だ。細工モンもあるから、好きなのリクエストしてな?」
「これは何花火なのー?」
 蘭が綺麗な緑色の花火を手にして、北斗に尋ねる。
「それはタンポポ柄の花火が出る……予定だ」
 微妙な説明である。
「あ、僕は打ち上げ花火を持ってきたのです。やはり、花火と言えば大きいのがいいのです」
 マリオンはそう言い、持ってきた打ち上げ花火を取り出す。中には怒涛の20連発なんていう代物もある。
「そうそう、差し入れに西瓜を持ってきたのよ」
 シュラインがそう言うと、マリオンと啓斗が揃って西瓜を取り出す。
「俺も西瓜を持ってきたぞ」
「僕もなのです。合計三つあるのですね」
 並べられた三つの西瓜を見て、皆が笑った。巨大緑色団子みたいである。
「いいじゃんいいじゃん、いっぱい食べられて」
 北斗は妙にご満悦である。
「私はケータリングサービスでオードブルを頼んだんですが、届いています?」
 汐耶が尋ねると、今野はにっこりと笑って頷く。
「一応食べ物も用意しているんで、今日はめいっぱい食べていただかないと」
 今野はそう言い、縁側近くに置いてあったテーブルを指し示す。そこには汐耶の頼んだオードブル、それにつまみや酒、ジュースなどが所狭しと置いてある。
「マッチ、アイリーン達、ちょっと来てくれるかしら?」
 シュラインはそう言い、マッチとアイリーンを呼び寄せる。マッチには男性浴衣を着付け、腰帯に小団扇を差込み、アイリーン達にはぽふぽふとラメ入りパフをはたいてやる。あっという間に、ドレスアップである。
「高値で売れそうになったな」
 啓斗は満足そうに頷く。間違った認識方法である。
「可愛くなったのー。素敵なのー」
 蘭はそう言ってにこにこと笑い、マッチとアイリーン達の傘をぽむぽむと叩く。それを受けてかマッチが妙にキャサリンに接近する。キャサリンは慌てて紫桜の後ろに隠れた。
「女性を扱うのは、もっと紳士的に行かないと駄目だ」
 マッチに向かい、紫桜は諭す。そしてマッチをじっと見つめ、そっと匂いをかぐ。確かに松茸の香りがする。
「なかなかいい匂いだな、マッチ」
「火を扱うんだから、茸達が焼けないように気をつけてね」
 シュラインが声をかけると、皆が一斉にマッチの方を見た。特に啓斗と北斗、そしてマリオンの眼差しが真剣である。
「栽培できなくなるからな」
「焼松茸って美味しいよな」
「キャサリンはマスコットですが、マッチは食べ物なのです」
 三人の不穏な雰囲気に、他のメンバーたちが顔を見合わせる。
「万が一危なくなったら、携帯用の消化剤を持って来ているから大丈夫ですよ」
 汐耶はそう言って微笑んだが、それも何かしら違うような気がしてならない。
「そうだ、木野。これは中元だ」
 啓斗は持ってきたものを思い出し、木野に手渡す。それは、椎茸の栽培セットの木材であった。ご丁寧に、パッケージに「みるみるSAIBAI」等と書いてある。
「……啓斗君、これでどうしろと」
「椎茸の巨大なものを作って欲しいんじゃないんです?」
 今野が木野の手にある木材を見ながら言う。
「そうだ、抱き合わせ計画を練れと言う事だよな?」
 啓斗はくつくつと笑い、ぱんぱんと手を叩いて皆の注目を集める。
「茸連の連中もこっちに来てたとは好都合……もとより驚きだ。この際だから、巨大松茸増やして打って活動基金を作るのはどうだ?」
 茸連のメンバーから「ええ?」という驚きの声があがる。啓斗の言葉に、皆が呆然と成り行きだけを見守っている。
「俺たち強大の取り分は、八割でいいぞ」
 啓斗はそう言い、爽快な笑みを浮かべる。なんとも胡散臭い。
「確かに、松茸は一杯あったらお腹が一杯になりそうなのです」
 妙に納得するマリオン。
「こういう茸が一杯出てきたとしても、売れるのか?」
 少し疑問に思う紫桜。
「駄目なのー。そういうのは駄目なのー」
 小さな喧嘩感覚で止めに入る蘭。
「まだ諦めてなかったんですね。ある意味貫いているのは凄いですが」
 何故か感心している汐耶。
「駄目よ、止めないと。貫く事がいい事ばかりだとは限らないわ」
 冷静に判断を下すシュライン。
「マ、マッチがたくさん……」
 興奮気味になる木野。かなり気持ち悪い。
 そして気になる今野の回答はと言うと、笑顔で「結構です」というお断りの言葉であった。
 その言葉に、啓斗は花火の入っているダンボールから蛇花火を手に取り、隅の方に行って火をつけた。うにょうにょと動く蛇花火だが、暗い所為であまりよく見えない。
「あ、兄貴兄貴。拗ねずにさー……ほ、ほーら。吹き上げ花火だぜ?きれーだな?な?」
 蛇花火を見つめる啓斗に、北斗はそう言って慰める。啓斗は無表情のまま「売れるのに……儲かるのに……」と呟きつづける。
「研究費用だって、絶対不自由しないと思うのに」
「兄貴、いい加減に茸王のやめとけって。そうすりゃ、キャサリンだって警戒しねーんだからさ」
 北斗の慰めは、無表情で蛇花火を見つめる啓斗の耳には入っていないようである。
「皆さん、西瓜切りましたよ」
 今野はそう言い、皆を呼んだ。その言葉で、皆が一斉に西瓜の方に集まる。
「じゃあ、皆さん西瓜を食べながら打ち上げ花火を見るのです」
 マリオンはそう言い、打ち上げ花火に火をつける。怒涛の20連発の発動である。
 ポーンポーンと景気良く打ちあがっていく花火を見つめ、皆で西瓜やオードブル、つまみなどを口に運ぶ。
「そうだ、庭園をぐるっとまわってみたいのー」
 蘭が口の周りを真っ赤にさせながらそう言って笑った。
「危なくないですか?」
 汐耶がそう言うと、紫王が「なら」と言って微笑む。
「俺も一緒に行きます。そうしたら、大丈夫でしょうし」
「それなら、私もご一緒していいですか?」
 紫桜の言葉に、汐耶も便乗する。
「わーい、なの!きっと普通の庭園じゃないのー」
 蘭はそう言ってにっこりと笑った。キャサリンもぴょんぴょんとはねている。
「なんだ、やっぱり西瓜は食べないのか」
 ぽつりと啓斗が呟く。キャサリンが西瓜を食べるかどうかを検証していたようである。
「茸ですから、何かに寄生しないといけないと思うのですが」
 真っ二つに切った西瓜をスプーンですくって食べながら、マリオンは首を傾げた。茸達の生態系が、どうも気になるらしい。
「こんなに可愛いんだから、別にいいじゃない。ねぇ?」
 シュラインはそう言って、マッチを抱き上げた。ぽむぽむとなでるとちょっとだけ嬉しそうである。
「これ、全部食っていいって言ったよな?」
 北斗は皆に確認しつつ、ぱくぱくと机にある食べ物を口に運ぶ。割り当てられた西瓜は、とっくの昔に食べ終わってしまっているようである。
「蘭君、口の周りに一杯ついてますよ」
 汐耶はそう言って蘭の口の周りについている西瓜の汁をふき取ってやった。蘭は「ありがとうなのー」といい、にこっと笑った。
「それじゃあ、行って来ますなの」
「ああ、行こう。キャサリンも来るんだよな?」
 紫桜が呼ぶと、キャサリンはぴょんぴょん飛び跳ねながら寄って来た。汐耶は皆の方を振り返る。
「では、行ってきますね」
 残っているメンバー達は、庭園ぐるり旅に出発する三人と一茸を見て、ひらひらと手を振るのだった。


●庭園

 シュラインはマッチやアイリーン達に火が当たらないように、花火に火をつける。北斗お手製の花火は、暗闇の中でしゅわしゅわという音を立てつつ色とりどりに花を咲かせる。
「綺麗ね、北斗君。上手じゃない」
「俺、花火職人になりたかったし」
「そうなの?素敵ね」
 シュラインと北斗の会話を聞き、西瓜を食べ終わったマリオンが近付いてきた。
「僕もやりたいのです」
「おう、なにがいい?」
 北斗は花火を並べてマリオンに尋ねる。マリオンは「そうですねぇ」と言いながら花火をじっと見つめ、筒状になっているものを選ぶ。
「お、蛍光を選んだか」
「蛍光、ですか?」
「まあまあ、やってみてくれって」
 北斗に言われ、火をつける。すると、ほわほわとした光が花火の筒から溢れてきた。まるで蛍のように。
「北斗、茸型花火はないのか?」
 啓斗が妙に真剣な目で尋ねてきた。北斗は目をすっと逸らし「ごめん」と答えた。啓斗はそれを聞き、残念そうに溜息をついてから再び蛇花火を手に取った。
「気にいったの?啓斗君」
 シュラインが尋ねると、啓斗はしばし悩んでから頷く。
「これを見ていると、闘争心が沸くんだ。いつか絶対、菌糸を分けて貰うのだと」
「そ、そう……」
 シュラインは聞かなければ良かったかのように、そっと目を逸らす。
「つまりは、当面の敵は木野さんと今野さんと言う事なのですね」
 蛍光を見ながらマリオンが呟く。すると、それに触発されたように啓斗ははっとした。
「確かにそうだ。……木野、今野……」
 啓斗の中に、ふつふつとした闘志が燃えているようである。そしてちらりとマッチを見てにやりと笑った。
「いつしか、お前の菌糸を手に入れてやる……」
 マッチはびくりと体を震わせると、慌ててシュラインの後ろに隠れた。そんな様子を見て、啓斗はただただ獲物を狙う目で見つめ、シュラインは慌ててマッチを庇うのであった。


 庭園を回ってきた三人が帰ってきたので、再び皆で花火を手にした。終わらないのではないかと危惧されたほどの大量の花火は、気付けばあっという間になくなってしまっていた。
「早いのー」
 蘭は少しだけ不満そうに呟く。
「まあまあ、また作ってやっからよ」
 自分の作った花火が好評だった為、北斗は心なしか嬉しそうである。
「最後のシメは、やっぱり線香花火だ」
 紫桜はそう言い、箱の中から線香花火を取り出して皆に配る。
「誰が最後になるかしらね」
 シュラインはそう言って、火を灯す。それに触発されたように、皆が火を次々につけていく。
「こういうのって、最後に落ちるところまでがどきどきするんですよね」
 汐耶はそう言って微笑む。線香花火のぱちぱちという控えめな音がし始める。
「僕は大きな花火が好きなのですが……こういうのもいいですね」
 マリオンはそう言い、だんだん丸くなっていく先端を見て微笑んだ。
「どうだ、木野。もし俺の方が長く持ったら、菌糸を……」
「だ、駄目ですよ」
「じゃあ、今野……」
「駄目です」
 二人に断られ、啓斗は「くそ」と言いながら線香花火を見つめた。妙に絵になっている。
 心と静まり返った中で、茸たちもじっと線香花火の儚げな花を見ているようだった。ぱちぱちという小さな音だけが響いていく。
 こうして見ていると、妙に幻想的な雰囲気に包まれていると、皆感じていた。こうしている事自体が不思議で、夢のような感覚であった。
「今日は、良かったです。呼んでいただけて」
 汐耶は、ぽとり、と落ちてしまった線香花火を見て、そう言って微笑んだ。
「そうなのー。嬉しかったのー」
 蘭もきゃっきゃっと笑いながら言った。ぽとりと落ちてしまった線香花火のもの悲しさなど、感じないように。
「俺の花火も喜んで貰えたようだしな」
 ぽとり、と落ちてしまった線香花火のことなど気にならない様子で、北斗はそう言ってにかっと笑った。
「キャサリンとマッチという、不思議な茸に出会えてよかった」
 紫桜はそう言って微笑む。線香花火が落ちていく様を最後まで見つめ、その儚さを美しく感じる。
「そうなのです。やっぱりキャサリンは可愛くて、マッチは美味しそうなのです」
 マリオンはキャサリンとマッチを見比べながらそう言った。その間に、ぽとり、と線香花火が落ちたのにも気付かないままに。
「……俺の野望は終わらない」
 木野と今野よりも先に落ちてしまった線香花火を口惜しく思いつつ、啓斗は呟いた。木野と今野は一応断りを入れてはいたものの、先に啓斗の線香花火が落ちてよかったと、心底ホッとする。
「それじゃあ、ちゃんと掃除をしてから帰りましょうね」
 シュラインの線香花火がぽとりと落ちた瞬間、シュラインはそう言ってにっこりと笑いながら皆を見回した。皆はそれぞれ顔を見合わせつつ、シュラインの言葉に「はーい」と素直に答えるのであった。

<皆で掃除を決行しつつ・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0554 / 守崎・啓斗 / 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 0568 / 守崎・北斗 / 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 1449 / 綾和泉・汐耶 / 女 / 23 / 都立図書館司書 】
【 2163 / 藤井・蘭 / 男 / 1 / 藤井家の居候 】
【 4164 / マリオン・バーガンディ / 男 / 275 / 元キュレーター・研究者・研究所所長 】
【 5453 / 櫻・紫桜 / 男 / 15 / 高校生 】

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■         ライター通信          ■
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 お待たせしました、コニチハ。霜月玲守です。この度は「茸花火」にご参加いただき、有難う御座いました。如何でしたでしょうか。
 今回は蒔本梓夏絵師とのコラボと言う事で、夏らしく花火をテーマに行いました。皆さんで楽しく花火をしようという企画に乗っていただき、嬉しいです。
 シュライン・エマさん、いつも参加していただき有難う御座います。茸たちへの浴衣やラメ入りパフは、とても素敵でした。茸たち大喜びです。最後までご配慮いただき、嬉しかったです。
 今回、少しずつですが個別文章があります。宜しければ他の方と見比べてみてくださいね。
 ご意見・ご感想等、心よりお待ちしております。それでは、またお会いできるその時迄。