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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


摩訶不思議!?三下・忠雄一日体験

 皆さんは、目覚めたらそこは知らない部屋だったという経験がおありでしょうか?僕は今朝、というか今さっき、そんな状況で目覚めの時を迎えてしまいました。
 あっ、もちろん、世の中には酔った勢いのまま、その場で出会った見知らぬ異性の部屋を訪ねて……なーんていう方もいたりするみたいなんですけれども…(赤面)
 でも違うんです!そうじゃないんです!!
 僕、三下・忠雄が現在、直面している現実はそんな色っぽいことじゃあないんですよ!!!
 なんて言ったらいいんでしょうか。あの…その………。
 昨日の夜、僕はいつも通り仕事を終えて自分のアパートの部屋に帰って眠りについたんです。ええ、確かに自分の部屋です。他のどこにも行っていませんとも!!
 なのに、なのに…今朝目が覚めたらどういうわけか、全然見たこともない部屋のベッドに一人で寝かされていたんですよ。
 しかも、おまけに……。
「え?……えっ?えっ?………えええええー!?」
 僕の身体、僕の身体じゃなくなってるんです〜!!(意味不明)
 あ、いやだから、その、そうじゃなくって……
えーっと……だから…つまり…その………
要するに、意識は確かに僕のものなんだけど、身体は僕のものじゃないんです。身体は別の誰かのものなのに、意識だけ僕のものっていうか……
 こんなこと、現実に起こりえることなんでしょうか?
 と、いうか僕は、これから一体どうすればいいというのでしょう?
 今日は先週行った取材の、原稿の締切日だっていうのにぃ……(汗)
 こんな姿で編集部に行って、僕が三下・忠雄だってことをわかってもらうのは絶対無理、だろうしなあ……。
 あああ〜、どうしよう。どうしたらいいんだ?
 お願いです。誰か僕のことを助けてくださ〜い!!!





―――コンコンコン……
 ガラス扉を叩く音で目を覚まし、独楽・伊都子(こま・いづこ)はゆっくりと顔を上げる。
―――コンコンコン……
「……はい…ただいま」
 身を起こし着物の裾を揺らして伊都子は店の入り口へ向かい歩く。まっすぐな長い黒髪が揺れ白い柔肌の上を滑るように撫でる。
「ごめんなさい、随分とお待たせして。うたた寝をしてしまったようですわ」
 慌てて扉の鍵を開け開くと、狭い三和土の上に寄り添いあうようにして、一組の男女が並んで立っていた。
「いらっしゃい…お久しぶりですね」
にっこり微笑む伊都子の顔を見て、黒髪に和服の物静かな男、間・空亜(はざま・くうあ)がクスリと笑みをこぼす。
「伊都子さん、口紅がぶれてますよ」
「あら………」
 袖から懐紙を出し空亜は、伊都子の頤をついと軽く拭う。
「……もう、大丈夫。綺麗になりました。それで、ケーキの方は今どちらに?」
「あっ……ええ。ちょっと、お待ちになっていて…」
 ふわり、と着物の裾を返して店の奥へと戻る伊都子の背を見送って、空亜は手の中の懐紙を畳み、再び袖の中へとしまいこむ。
「なんだか妙にや〜らし構図よね。私の気のまわし過ぎなのかしら…」
 こめかみを境に黒と金とに髪色が違う百池・瑞菜(ももち・みずな)が、そうポツリと呟いた。右目にあてられた白い眼帯が、傍目には痛々しく見えなくもない。
「そう……ですかね。いやらしかったですか?」
 不思議そうに返す空亜の口調には、何一つ含むものは感じられない。おそらく本当に何も考えず、ぶれた口紅を拭いただけなのだろう。
「ま、二人とも『天然』だからねぇ…」
 瑞菜はあきらめたように嘆息して、目にかかる黒い髪をかき上げた。そこにちょうど大きな包みと店の鍵を持った伊都子が戻ってくる。
「参りましょう」
 伊都子の一言に、二人は三和土から路地へ下りる。
 カチリ、と扉の鍵をかけ彼女も決して広くはない路地へ下り立つ。そして三人は肩を並べながら大通りへ向かって歩き出した。





 上野から電車を乗り継ぎ三人は郊外の広い邸宅へ向かった。
 吟月館と呼ばれるその建物は外観を白亜で統一させた見目麗しい西洋の屋敷で、そこには彼ら共通の二人の男女が一緒に住んでいた。
―――ピーンポーン……
 呼び鈴を鳴らすと少しして、玄関の扉がゆっくり開かれる。
「………いらっしゃい…」
 おっとりとした口調で青砥・凛(あおと・りん)は三人を出迎えた。相変わらず上着もパンツもすべて、メンズ物でシンプルに決めている。
「こんにちは」
 空亜は腕を軽く組んで、指を袖の中に隠しながら言った。藍の着物の両袖は今日もまた、ずっしりと重そうに垂れている。
「お久しぶりですね」
 微笑みながら伊都子がぺこりと頭を下げる。絹糸の様な黒髪が揺れて、美しいうなじが一瞬見える。
「元気してた?……って、なんかあったわね」
 カウンセラーらしい勘の鋭さで、瑞菜は凛に向かいそう尋ねた。「うん……ちょっとね…」とお茶を濁す凛に「話すだけでも少しは楽になるわよ」と、柔らかな口調で言葉をかける。
「…うん……けど…見せたほうが早いかも……」
 凛は扉を全開にすると、「上がって…」と三人に向かい言った。


「あの、お手洗いをお借りできます?」
 凛がリビングの扉に手をかけ開けようとした時伊都子はそう言った。
 控えめな伊都子の声に頷くと、凛は先ほど過ぎた廊下の角を指す。
「そこ……突き当りにドアがあるから…」
 持っていた箱を瑞菜に預けると、伊都子はトイレへと向かっていった。
「ところで凛さん、今日は海月さんは?」
 ふと思い出したように空亜が聞き、瑞菜も「そういえば…」と呟いた。
「珍しいわね、あの人が凛ちゃんの後ろに立っていないだなんてこと」
 トラブルメイカー(本人自覚なし)な凛のフォロー役で、この家の主でもある諏訪・海月(すわ・かげつ)が彼女の後ろにいないことはとても、珍しいことのように思われた。
「中にいる……けど…海月じゃないよ……」
「………どういう、意味、なんですか?」
 まるで謎かけの様な凛の答えに、空亜は「はて……」と首を傾げ尋ねる。
「…言葉通り……今いる『海月』は偽の…というか別人の『海月』だから……」
「……ということは…」
「…つまり、例のアレなの?海月さんの中にいる…」
 もう一つの人格と言う前に、凛は首を振ってそれを否定する。
「多分…別物……キャラが違いすぎる…」
「あら……」
「そんなに別人なんですか?」
 空亜の問いにこっくりと頷くと、凛はリビングの扉に手をかける。
「すぐ……わかるよ…あれは海月じゃない……」



 吟月館に来るのはもう数度目で、多少は勝手を知っているつもりだった。
 と、いうかよその家でこんなこと、元々やるような人間じゃないのだが……。
「どう…しましょう……」
 伊都子は全身をトイレの扉に埋まらせて呟いた。


「そこ……突き当りにドアがあるから…」
 そう言った凛の言葉に従って、伊都子はトイレへと歩いていった。後ろから聞こえてくる会話から、海月がリビングにいることがわかる。
 そして何の気なしに伊都子はスイと、いつものように扉を『通り抜け』た。
「……………あ……」
 しまったと気付いた時には遅い。家中に張られた結界に触れ、伊都子はそのまま抜け出せなくなった。
「どう…しましょう……」
 呟いて伊都子は、自分の身体の状態を確かめる。足と胴はほとんど扉の中で、頭だけがトイレ側に飛び出している。右手は二の腕までがはみ出ていて、左手は肘までが埋まっている。
「とりあえず、せめてドアは開けましょう」
 このままでは助けてもらうどころか、発見されることも困難である。伊都子は右手を必死に動かして、なんとか半開きに扉を開ける。
 しかしそれ以上できることはない。伊都子は深いため息をひとつつくと、「どうしましょう……」ともう一度呟いた。
「ずっと私、このまま…なのかしら……」
 誰かがトイレに行こうと思うまで、あるいはいつまでも戻らない伊都子を、不審に思って探し始めるまで。
「それっていつの話になるんでしょう…」
 トイレの扉に全身埋まりながら、伊都子は哀しそうな声で言った。声帯も半分埋まっているせいか、その声は小さく微かにかすれ、まるで亡霊のささやきのようだった。



「伊都子さん、ドア閉め忘れたみたい…」
 後ろから聞こえる瑞菜の声に、伊都子はうなだれていた顔を上げる。ついで聞こえてくる海月の声に、更にほっとしてため息をつく。
「良かった。やっと助けていただけそう…」
 数十分強制的にずっと、同じ姿勢でいた伊都子の肉体は、正直すっかり疲れきっていて、顔色も少し蒼ざめかけていた。
「あ、海月さん。ちょっと助けていただけますか…」
 かすれ気味の伊都子のささやき声に、海月はゆっくり視線を巡らせる。臆病な子犬に似た茶の瞳。
(あら…様子が変……)
 そう伊都子が首を傾げた瞬間に、彼はものすごい声で叫び出した。
「あああああぁ!おおおお…お化けがあぁ……!!」
 あっ、という間もないくらい素早く、廊下を元来た方へ走ってゆく。
「あの…海月さん?海月さんってば……」
 伊都子は何度か彼の名を呼んだが既に、海月は遠ざかった後の様だった。
「海月さん、結界解いて下さい〜!」
 伊都子は必死に声を張らしたが、すべて悲鳴にかき消されて消えた。
「海月さん…海月さん、なんでですか〜!?」
 なぜ海月が自分を見て逃げるのか、伊都子にはまるで理解できなかった。
 だが、彼のしたことは一般的に、さほどおかしな行動なわけではない。なにしろトイレの扉から蒼ざめた女の顔と手が浮かび上がっていれば、たいていの人間は悲鳴を上げながら元来た方へ逃げていくことだろう。
 もちろん来たのが『本物』の海月なら、悲鳴を上げたりすることはないけど……。


「あの…ドアに……ドアの中に女の人が…」
「ちょっ、か…じゃない。三下さん落ち着いて!」
「長い髪で、『助けて』って僕に……どうしよう…きっと呪われましたよぉ〜!!」
 背後から聞こえる海月の声はどうやらひどく混乱をしているようで、伊都子は『何故』声をかけただけでこんなパニックが起こるのか悩んでいた。
(海月さん、なにかあったのかしら?私を見てあんなに驚くなんて……そういえば凛さんが言ってましたわね。今日の海月さんは『別人』だと…)
 ドアに埋もれ一人沈思黙考する伊都子の後ろで騒ぎは肥大化していく。が、振り返る事もままならない上に、自分の考えに没頭し始めた伊都子はそれにまったく気付かずにいた。
(でもそれじゃ、どうしたらいいんでしょう?海月さんの張った結界は多分、海月さんじゃなきゃ解けませんよねえ…)
 ああ、困ったと思い悩む伊都子は、もはや『海月』の悲鳴さえ耳に届かない状態になっていた。





 その後帰宅した海月によって、伊都子は無事扉から『救出』される。そしてすっかり冷めた紅茶を入れなおし、五人は伊都子手製のケーキと共に優雅な午後のひとときを過ごすのだった。
 気絶してソファーに横たえられた、気の毒な『海月』を放置したまま……。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

☆ 3604/諏訪・海月(すわ・かげつ)/男/20歳/ハッカー&万屋、トランスのメンバー

★ 3636/青砥・凛(あおと・りん)/女/18歳/学生と、万屋手伝い&トランスのメンバー

★ 5010/独楽・伊都子(こま・いづこ)/女/999歳/ホステス

★ 5200/百池・瑞菜(ももち・みずな)/女/28歳/心理カウンセラー&陰陽師

☆ 5261/間・空亜(はざま・くうあ)/20歳/リアルな異世界系小説家


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■         ライター通信          ■
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初めまして、新人ライターの香取まゆです。
この度は本当に長い間、お待たせして申し訳ありませんでした。
この話(に限ったことではないですが)は微妙に個人視点で描かれた文章になっているので、中には少しわかりにくい内容が、あったりすることもあると思います。お暇がありましたら他の方々の、文章もお読みになって内容を照らし合わせてみてくださいませ。
この作品が少しでもお気に召していただければ幸いに思います。