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<東京怪談・PCゲームノベル>


『新人女子社員物語』



 いよいよ、本格的な夏が到来した。
 Y・Kシティの様々な店では夏の商戦を開始、世間的に2月と8月は売上がダメ、と言われる中、それぞれの店の店員達は売上を伸ばす為にこぞって様々なイベント企画を開始した。スタッフ誰もが、あわただしく売り場を駆け回っていた。
 それはY・Kシティで一番大きなデパートであるY・Kストアも同じであり、男性スタッフなどは、クーラーが利いているにもかかわらず、汗を流している。臨時のアルバイトを雇わなければ仕事が追いつかないほどで、スタッフは夏の商戦用の値札をつけかえたり、売り場を作ったり、アルバイトにレジの打ち方を教えたりなど、残業が続く毎日であった。
 内心、早くこの夏の大セールの期間が終わって欲しいと思っているものもいるのだが、その中で、今年4月にこのデパートへ入社したばかりの新人社員、武川・亜紗美(たけかわ・あさみ)は、この大きな仕事をかかえつつ、ずっと悩み続けていた。
 自分自身に自信が持てない自分。何となくこのデパートに入ったけど、本当は作家になりたかった。けれど、今のご時世、それだけでは食べていけない。自分のやりたい事を仕事に出来た人は、ほんの一握りの人間だけだ。この先の事が不安で、ずっと悩み続けて、亜紗美はこのところずっと疲れてしまっていた。
 正直、区切りにしようと思っているこの夏の大仕事も、乗り切れるかどうかもわからない。楽しい事を考えようとしても、まったく意味が無かった。何よりも自分はこのままでいいのかどうか、良くわからなくなっていた。



「思ったよりも、大きな売り場なんですね」
 過去様々な職業についた事があり、今はシスターを名乗っている少女、マイ・ブルーメ(まい・ぶるーめ)は、Y・Kストアの夏の大バーゲンの売り場に足を踏み込むなり、一番目立つ位置にあった水着に目を奪われていた。
 Y・Kストアにいるという、亜紗美、という名前の新人社員が、何やら仕事や性格の事で悩んでいる、という話をマイが聞いたのは昨日の事であった。だから、彼女に直接会って話を聞いてあげようと思っていたのだが、せっかくデパートへ行くのだから。買い物もついでにしてしまえと思い、アルバイトではなくて客としてこのデパートへ来たのであった。
「あの、ここのオススメ商品って、どんなのでしょうか?」
 マイは赤い大きな文字で「水着特売!!!」と書かれた、見るだけで気合を感じる看板を見つめながら、そばにいるスタッフへと声をかけた。
「そうですね、お客様でしたら、これなどどうでしょうか?」
 その女性スタッフは、満面の笑顔でマイを水着売り場へと連れ歩き、様々な水着を薦めてくる。
 スタッフは皆ネームプレートをつけているが、それを見る限り、このスタッフは亜紗美ではないようだ。
「オススメがあれば、見てみたいです」
 マイもその女性スタッフに負けないぐらいの笑顔を見せていた。
 マイは、行きつけの商店街では、いつもオススメと銘打たれた物ばかりを購入してしまう。どんな店にも、大抵オススメ商品はあったりするものだが、商店街の店員にこれはいいよ、オススメだよ、と言われれば即、それが他の物よりも素晴らしい商品に見えてくるのであった。
 たまに、商店街のオヤジの陰謀により、オススメと言われ、やたら露出度の高い水着をつかまされたりする事もあるのだが、マイはそんな事はまったく気にした事がない。食い込みがきつかろうが、水着が布ではなくて紐で出来ていようが、オススメならば納得して買う事が出来る。それは天然では?と言う人もいる事はいるのだが。
 そんなマイだから、今日は違う買い物をしようと思ったのだが、やはりオススメの商品には目がいってしまう。
「それがオススメなんですね。でも、こっちの水着も可愛いですね」
 かなり沢山の水着があり、売り場にいる若い女の子達が水着を買い漁っている。その隣りには夏物の服があり、そこも沢山の若い女性で賑わっていた。
「やっぱり、洋服売り場は混んでいるのですね」
 マイは、自分が好きな色の水着を買い物篭に入れると、洋服売り場へと移った。売り場はかなり混雑しており、なかなか進む事が出来ない。洋服売り場専用のレジも長蛇の列で、マイは別の商品を見てからここへ戻ってこようかと思った。



「夏の雑貨も、安いですし」
 マイが雑貨売り場へ入った時、ゆっくりとした動きで、雑貨を並べている少女がいる事に気がついた。青い瞳に青い髪。しかし、他のスタッフに比べると、いくらか年齢が若いようにも見える。
 今回の依頼を受けた時、アルバイトは高校生以上とマイは聞いているが、その少女は、高校生にしては若すぎる、と言った印象だった。
「洋服売り場、凄く混んでいるんですね」
 マイはその少女へと話し掛けた。
「はい。朝からあの売り場だけはずっと混んでいて。社員さんも大変そう」
 少女は値札を貼りながら、雑貨を棚に陳列していた。その手つきからして、アルバイトである事には間違いないだろう。
 マイが雑貨を見ていると、他の客も少女に話し掛けるが、対応の仕方からして、このような仕事はそんなに慣れてないのだろうか、という印象を受ける。
「あれじゃあ、亜紗美さんも疲れてしまいますね」
 少女がぼそりと言ったその言葉を、マイは聞き逃さなかった。
「亜紗美様って、今言いました?」
 ブタの形をした蚊取り線香を、床に落とさないようにしながら棚に並べている少女に、マイは尋ねた。
「あ、はい。あの、浴衣を着ている若い方がそうです。この雑貨売り場の担当だったんですが、思ったよりも洋服売り場が混んだので、あっちに応援に行っているんです」
 マイは、その少女が視線を向けた方向へと顔を向けた。黒髪の、見るからに大人しそうな女性が、客の間に挟まれながら乱れた洋服を綺麗にたたみ直している。淡い桃色の浴衣を着ているが、まっすぐで長い黒髪を後ろで縛っているだけというヘアスタイルの為、地味な印象を受ける。
 売り場がかなり混雑しており、マイの目にも大変そうなのが良くわかるが、亜紗美が疲れている顔をしているは、それだけではないような気がした。
 客に見せる笑顔も、どことなく無理に作ったような笑顔で、大変さに押されて、ちっとも生きている感じがしない。手がすけば何かを考えているような思いつめた顔をしており、大セールの売り場には全然雰囲気があってないと、マイは感じた。動きにもキレがないところからして、悩みながら仕事をしているのは確実であろうと思い、マイは目を細めて亜紗美を見つめたのであった。
「亜紗美さんに、何か用事なんでしょうか?」
 少女が首をかしげて、マイに問い掛けた。
「はい。私、ちょっとした依頼を受けて、亜紗美様の悩みを聞いて差し上げようと思いまして」
 すると少女は、やや笑顔を浮かべてマイに答えた。
「そうなんですね。実は、あたしもなんです。あたしはまだ中学生ですけど、お話相手になれればいいなと」
 少女がにこりとして答えた。
「では、同じ依頼を受けたのですね。私は、マイ・ブルーメと申します。何とか、亜紗美様とお話出来れば良いのですが、お忙しそうですね」
 マイは小さく息をついた。
「あたしは海原・みなも(うなばら・みなも)です。アルバイトとしてこちらに入って、何とか亜紗美さんの近くに行ける様なポジションにしてもらいました。休憩時間にでも、お会いできるかなと思ったのですが、こんな混雑ですからね」
 そう言って、みなもは苦笑いをした。
 あっちの仕事が終われば客に呼ばれる、客に呼ばれたと思ったら他のアルバイトから質問をされる、といった具合で、亜紗美は半分混乱しているようにも見える。
「確かに、ゆっくり時間をとるのは難しそうですね」
 マイが呟いた。
「それにしても、みなも様。中学生の貴方が、良くアルバイトとしてここへ入れましたね?」
 マイはみなもを見つめた。
「本当は駄目なんですけど、この依頼の話を聞いた時に、Y・Kカンパニーの社長さんから特別にl許可をしてもらったんです。一応、高校生って事にしてもらって」
「社長様の許可ですか。道理で、高校生にしては若いな、と思ったのですよ」
 にっこりとしてマイは答え、話を続けた。
「しかし、困りましたね。これでは、お話をするタイミングがつかめそうにないです」
「この様子では、休憩時間もないかもしれないですよね」
 みなもも難しそうな顔をしていた。
「では、少し様子を見ましょうか」
 マイはそれだけ言うと、売り場を見る振りをしながら、亜紗美の様子をしばらく見つめる事にした。
 亜紗美の接客はどうもテンポが悪く、時には客に文句を言われていた。そんな時は、こうすればいいのにと、マイはもどかしくも思った。



 やがて、時計が12時を過ぎた頃、アルバイトから順番に休憩を取り始めた。みなもに聞くところによると、休憩時間は1時間だそうで、時間までに売り場へ戻って来れば、どこへ食べに行っても良い、ということになっているらしい。
 それなので、マイはみなもと一緒に、デパートの一角にある、誰でも利用できる休憩場でランチをとることにしたのであった。
「私、シスターやっているのです。いつもは行きつけの商店街で買い物をするのですが、せっかくなのでこのデパートで買い物をしようかと」
「そうなんですか。あたしは今夏休みなんで、アルバイトするにもちょうどいいかなと。部活は入ってますけど、幽霊で」
 マイはみなもと、そんな雑談をしていた。亜紗美の話も出たが、本人がいないところで悩みの相談などは出来ない。これは、亜紗美が仕事を終えるまで待っていた方がいいか、と、2人で話している時であった。
 疲れた顔をした亜紗美がこちらへ歩いてくるのが、マイの視界に入った。
「亜紗美さんですね?休憩時間、取れたのでしょうか?」
 みなもも不思議そうな顔をしていた。
「亜紗美さん、お疲れ様です」
 みなもが亜紗美に声をかけると、亜紗美は少しだけ笑って、倒れるように近くの椅子に座り、そのまま顔を下に向けてしまった。
 その様子を見て、マイはみなもと顔をあわせると、そっと亜紗美に話し掛けた。
「亜紗美様、少々、ご一緒しても宜しいでしょうか?」
 ゆっくりと落ち着いた口調で、マイは亜紗美の隣りの席へと座った。続いて、みなももマイの隣りへと座る。
「私、マイ・ブルーメと申します。亜紗美さんが、仕事の事で大変に悩んでいると聞きました。少しでもお役に立てれば良いと思いまして、こちらへ伺いました」
「あたしもなんです。Y・Kカンパニーの社長さんから、特別に許可頂きました。本当は中学生なんですけど」
 マイに続けてみなもが言うと、亜紗美は大きなため息をついた。
「そうでしたか。心配かけているのですね、私は」
 落ち着いた口調ではあったが、元気のない病人と話しているような印象を受けた。
「悩みがあるなら、話してみませんか?」
 マイは亜紗美に問い掛けた。
「社会人の方の悩みを、あたしがどこまで聞いてあげられるかわからないですが、亜紗美さんに元気出して欲しいです。あたしが言うのも説得力ないかもしれませんが、まだ若いのですし、まだまだこれからだと思いますから」
 みなもも優しく答えた。
「亜紗美さんの休憩時間を、ずっと待っていたんですよ、マイさんと2人で。あまりにもお忙しそうですから、帰りの時間まで待っていようかと話していたところです」
 亜紗美はしばらく黙っていたが、やがて小さく口を開いた。
「あの売り場の私の上司から、しばらく休んでいいって言われてしまったの。さっき、お客さんを怒らせてしまって。ちょっと、商品を間違えただけだったんですけどね。その人、すっごく怒って、もうこんな場所には来ない、とか怒鳴って」
 マイは、じっと亜紗美の話に耳を傾けていた。
「それで、上司からお前は疲れているようだから、しばらく休んだ方がいいって。それは心配してくれているのだと思うのですが、なさけなくなってしまったんです、自分が。最近、悩んだまま仕事をする事が多くて、朝から疲れているみたいで」
 亜紗美は顔を伏せていた。
「亜紗美様は、まだ今年仕事を始めたばかりなんですよね?」
「はい。4月に入って、もうすぐ4ヶ月目になります」
 マイの問いかけに、亜紗美が答えた。
「それなら、無理はありません。亜紗美様だけではありませんよ。世の中の人全てが、今の自分に自信を持って仕事をしていると思いますか?皆、悩みながら生きているんです。私、色々な仕事をして色々な方とお話していますから、良くわかりますよ」
 昔の自分を思い出しながら、マイが言葉を口にした。
「でも、まわりの人はそんな感じには見えないです」
「見えないだけです。人の心なんて、簡単にわかるものではないでしょう?私の経験からして、悩んだ人はそれだけ成長しています。悩まない人は成長しないものですよ」
 マイの言葉に、亜紗美は顔をあげた。
「やりたいもの、好きなものが見つからないから、こうして色々な職種のアルバイトをしているんですけど、亜紗美さんもそうなのでしょうか?」
 今度はみなもが問い掛けた。
「経験を積む為に、あたしはアルバイトをしたいんです。今から色々な事を学べば、大人になった時に必ず役に立つはずですから。亜紗美さん、何かやりたい事あるんですか?」
「私は、作家になりたいの。昔からその夢追いかけていたんです」
 みなもの問い掛けに、亜紗美はやや笑顔を見せていた。
「学生の時は、色々な物語を書いていたわ。でも、社会人になると、自分のやりたい事をやる時間も、なかなかとれなくなってしまうんですよね。だから、このままどうしていいか、わからなくなってしまったんです。この今のイベントが終わったら、この仕事やめようかと」
「亜紗美様」
 マイは真面目な表情を浮かべた。
「好きな事を仕事に出来るのが、一番良いのでしょうが、なかなかそうはいかないですからね。ただ、さきほどみなも様も言いましたが、まだお若いですから。時間はいくらでもあります。悩めるなんていいではありませんか。世の中には、その選択肢すらない方も、沢山いらっしゃるのですよ」
「そうですね。亜紗美さんは、まだこれからですから。最初から自信のある人なんていないと思います。あたしには、頑張ってくださいとしか言えませんが、悩んでいるのは亜紗美さんだけでないです。あたしだってそうです。でも、色々な経験を積んでいれば、その中から答えも出ると思いますから」
 マイとみなもの言葉を聞き、亜紗美は何かを考えているような表情を浮かべていた。
「ただ、亜紗美様。最終的に決めるのは亜紗美様ですからね。私やみなも様の言葉は、アドバイスでありますから、答えではありません。そのあたりは、ご自分でじっくりと考えてください」
 マイがそう言った時、休憩場の反対側の通路から、浴衣を来た別のスタッフが小走りに走ってきた。
「亜紗美さん、休憩交代ですって。売り場に戻ってくれと、伝言されて」
 亜紗美はそれを聞くと、すぐに椅子から立ち上がり、にこやかな表情でマイとみなもに頭を軽く下げた。
「マイさんに、みなもさん。有難うございます。こんなに心配してくれる方がいるなんて、思わなかったですよ。だけど、嬉しかったです。お2人の言葉を参考にして、私、もう少し考えてみます。本当にありがとう」
 その言葉を最後に、亜紗美は売り場へと戻ってしまった。
「あたしも、そろそろ時間です。マイさん、あたしも戻りますね。依頼とはいえ、アルバイトの途中ですから」
 みなもも席から立ち上がり、マイに笑顔を見せた。
「マイさん。亜紗美さん、少しは元気出たでしょうか」
「出たと思いますよ。ここへ来るときと、顔つきが違いましたから。さて、少しは売り場がすいたでしょうか。私も買い物をして、帰る事にしましょう」
 みなもと一緒に売り場へ戻り、マイは夏物の洋服を選んだ。
 売り場には亜紗美もいる。大きく何かが変わったわけではないが、先ほどとは違い、どことなく楽しそうな顔を見せているのを見て、マイは一安心したのであった。



 2週間ほどして、マイがY・Kストアを訪れた時、亜紗美の姿は売り場にはなかった。
 近くの社員に尋ねたところ、ストアの広告部門へ移ったとのことであった。何かを制作する方が、亜紗美には向いていると上司が判断して異動させたらしい。
 そこで亜紗美がどんな思いで仕事をしているのかはわからないが、きっと、悩みながらも自分なりに答えを出して仕事をしているのだろう。(終)



◆◇◆ 登場人物 ◆◇◆

【0126/マイ・ブルーメ/女性/316歳/シスター】
【1252/海原・みなも/女性/13歳/中学生】


◆◇◆ ライター通信 ◆◇◆

 マイ・ブルーメ様

 シナリオへの参加有難うございます、ライターの朝霧 青海です。
 今回は、人生の悩み相談室みたいなノベルになりました(笑)前半はマイさんが買い物を楽しんでいるところを、多少コミカルな文章を交えつつ書き、後半はじっくりと真面目な雰囲気で亜紗美と対話をしていく様子を描いてみました。売り場の様子は、デパートの忙しそうなバーゲン売り場を思い浮かべつつ書いてみたのですが、ところどころに、実際に私が経験したエピソードが混じっていたりします(笑)
 それでは、どうもありがとうございました!