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摩訶不思議！？三下・忠雄一日体験
皆さんは、目覚めたらそこは知らない部屋だったという経験がおありでしょうか？僕は今朝、というか今さっき、そんな状況で目覚めの時を迎えてしまいました。
あっ、もちろん、世の中には酔った勢いのまま、その場で出会った見知らぬ異性の部屋を訪ねて……なーんていう方もいたりするみたいなんですけれども…（赤面）
でも違うんです！そうじゃないんです！！
僕、三下・忠雄が現在、直面している現実はそんな色っぽいことじゃあないんですよ！！！
なんて言ったらいいんでしょうか。あの…その………。
昨日の夜、僕はいつも通り仕事を終えて自分のアパートの部屋に帰って眠りについたんです。ええ、確かに自分の部屋です。他のどこにも行っていませんとも！！
なのに、なのに…今朝目が覚めたらどういうわけか、全然見たこともない部屋のベッドに一人で寝かされていたんですよ。
しかも、おまけに……。
「え？……えっ？えっ？………えええええー！？」
僕の身体、僕の身体じゃなくなってるんです〜！！（意味不明）
あ、いやだから、その、そうじゃなくって……
えーっと……だから…つまり…その………
要するに、意識は確かに僕のものなんだけど、身体は僕のものじゃないんです。身体は別の誰かのものなのに、意識だけ僕のものっていうか……
こんなこと、現実に起こりえることなんでしょうか？
と、いうか僕は、これから一体どうすればいいというのでしょう？
今日は先週行った取材の、原稿の締切日だっていうのにぃ……（汗）
こんな姿で編集部に行って、僕が三下・忠雄だってことをわかってもらうのは絶対無理、だろうしなあ……。
あああ〜、どうしよう。どうしたらいいんだ？
お願いです。誰か僕のことを助けてくださ〜い！！！
「……………っ！！」
夏の朝の寝苦しさに目を覚まし、諏訪・海月（すわ・かげつ）はゆっくり身体を起こす。全身が無性に疲弊していて、目に映る景色はひどくぼけていた。
「ここは………どこだ？」
ピントのずれた視界でもわかるほどに、そこは彼の住む『屋敷』とは違っていた。だいたい部屋の“狭さ”一つとっても、海月にはあまりにも馴染みがない。
（いったいなぜ俺はこんなとこにいる………と、いうかそもそもここはどこなんだ？）
首を傾げ周囲を良く見回すが、何度見てもそこは覚えのない場所だ。
「……………」
おまけにどんな理由からか世界は、ぶ厚いフィルター越しの様に不鮮明で、海月は自分がいる場所はもちろん、その身に起きた変化もわからずにいた。
（おそらくここは誰かの部屋なのだろう…）
ぼんやりとではあるがテレビや家具、それに鞄などの日用品が見て取れ、ここがいわゆる廃墟などではなく誰か、『主』のいる空間であるとわかる。だが問題はその『主』が何者で、“なんのため”に彼をここに運んだかだ。
（…というかそもそもどうやって俺は、『屋敷』からここまで運ばれたんだ？）
海月の住む『屋敷』には結界があり、彼もしくは同居人の許可なしに他人が入り込むことはできない。である以上自室で寝ていた彼を“運び出す”ことは不可能なはずである。
どうにもわからないことばかりだと、ため息をついて額に手を当てる。
そしてようやく彼は気がついた。自分の身体が、いつもとは違うことに。
（髪が………ない）
肩にかかる長い銀髪がいつの間にか、ざっくりと短く切りそろえられていた。いや、それだけでない。銀のはずの髪は、いまや漆黒に染められている。
（なんなんだ！？…俺の身に何が起きた？）
混乱する頭で周囲を探し、タンスの戸の内側に姿見を発見する。そしてそこに映る自分の『有様』に、海月は不覚にも思考停止した。
「……………嘘……だろ…」
平凡を絵に書いたような体格と、それよりは少しマシな整った顔。
アトラス編集部でも一際使えない下っ端の軟弱編集員が、鏡の中から驚愕の瞳で『変貌』した海月の顔を見ていた。
―――トゥルルルル…トゥルルルル……
『はい、アトラス編集部…』
「……三下・忠雄…なんだが……」
『……さんしたクン？…なにやってるの！？とっととこっちに出勤してきなさい！今日が原稿の締め日だってこと、まさか忘れてるわけじゃないでしょ！！』
「いや、それがちょっとトラブルがあって……」
『出稿はギリギリでも二時なのよ！あなたの場合、その前に三回は書き直しする時間がいるんだから、のんびり電話かける暇なんかないの。わかったらダッシュ！！三十分以内よ。これ以上の遅刻は許さないから…』
「そうも行かないんだ。なにしろ俺は…」
『いいわけはいいから早く来なさい！！今回は本当に時間がなくて、さんしたクンに原稿書かせるほど、切羽詰ってるって知ってるでしょ！』
「………わかった。今すぐ支度をして出社する」
『馬鹿な電話なんかかけてこないで、最初からちゃんとそうして頂戴……って、あなたまだ支度すらしていないわけ！？』
「出勤できる状況ではないからな」
『……ったく、あなたはどこまで馬鹿なのよ！…まあ、いいわ。その話はまた後で。ともかくとっとと出勤してきて。あなたがかくへぼい記事でもいるくらい今回は日程がきついんだから…』
「そこまでいうほど『奴』はひどいのか…？」
『…何の話よ？……いい、さっきも言ったけれども二時が、原稿の最終締め切りなのよ。こっちも時間ない中であなたのつまらない記事の直しに付き合ってるんだから、少しでも早く出勤してきてちゃんと使える記事を提出して頂戴』
「……………」
『わかった！？』
「………ああ」
―――ガチャンッ……
「…電話では、埒が明かないな……仕方ない、一度向こうに行き、直接彼女に事情を説明するか…」
「ちょっとぉ、誰かここ置いた資料取ったー？」
「知らないわよ。それより仮原はまだ？」
「先パーイ、またＰＣバグってますよー」
「やだ〜、こないだの取材テープがない〜！！」
数ヶ月ぶりのアトラス編集部は相も変わらぬ騒がしさと忙しさで、編集員の『三下』が入室しても挨拶の声をかける者はいなかった。
「麗香女史、少し話があるのだが…」
狭い部屋にあふれる人波を分け最奥のデスクまで歩み寄ると、海月はそこに座る碇・麗香（いかり・れいか）とまっすぐに視線を合わせそう言った。
「…あと三時間半。あなた人の話をちゃんと聞いてた？」
先ほどの電話の事もあるため、麗香の口調はすこぶる不機嫌だった。そんな彼女に手早く事情を話し、昨日『彼』が何をしていたか尋ねた。
「朝起きたら身体が変わってた、ねぇ……」
切れ長の瞳をすぅっと細め、麗香は海月の顔をじっと見つめる。確かに『三下』らしからぬ口調、堂々とした態度と表情だが……。
「……ま、あなたがさんしたクンじゃないのは、一目見て分からないでもないけどね…」
こちらにも事情というものがあるの。そう言って麗香は何も書いていない原稿用紙を海月へと差し出した。
「廃ビルの心霊現象調査、あの馬鹿が今日出す予定の記事よ。あなたがさんしたクンじゃないとしても今はその身体を使ってるんだから、代わりに原稿を上げて頂戴。話の続きをするのはまたその後で」
にっこりと微笑むそのまなざしは肉食獣のごとき獰猛さだった。もちろん彼はそんなものに怯えるほど臆病な性格でもなかったが、『仕事は仕事』というその考えには同調できるものを感じた為、大人しく指示に従うことにした。
鞄の中から資料を取り出して、原稿用紙を文字で埋めていく。たったそれだけの作業にいつの間にか、周囲の視線が彼に集まっていた。
「……ねえ、なんか彼ちょっと違くない？」
「うん。今日は妙にカッコいいよね」
「あいつ、あんなシャキシャキ働けたのか？」
「いっつも悲鳴ばっか上げてるのにな…」
こそこそとささやかれる言葉を無視し、海月はペンを走らせていく。文章力がどうかはわからないが、資料自体の出来はさほどに悪くない。三下は『使えない』と言われているが、そこまでダメ編集でもないのではないか。
そんなことを思いながら書き上がった原稿を麗香に渡しにいくと、麗香は軽くそれに目をやったあと「オッケーよ」と短く海月に告げた。
「今日あなたが彼と入れ替わったのは、うちにとってはラッキーなことだったわね。おかげでくだらない記事がまともな読み物に大化けをしてくれたわ」
「……じゃあ、もう帰ってもかまわないのか？」
「…そうね、とりあえず今日のとこは」
これさえ終われば後はさほど用がないと、麗香はあっさり海月に頷いた。
「また明日、そのままの身体だったら今度は時間通りに出勤してね。さんしたクンの形をしている以上、さんしたクンの仕事をしてもらう。この理論、間違っていないでしょ？」
「………ああ」
頷きを返す海月に微笑んで、麗香は「お疲れ様」とささやいた。
「帰っていいわよ。明日も『あなた』がちゃんと、出勤してくるのを祈っているわ」
本人がいないとはいえそこまで言わなくてもいいだろうにと思いながら、海月はアトラス編集部を後にした。
電車を乗り継ぎ郊外へと移動して、彼の『本来の』家へと帰る。
「助けてぇ〜……」
扉に手をかけた時、遠くから救いを求めて叫ぶ『自分自身』の悲鳴が聞こえてきた。
それは一瞬の出来事だった。玄関から駆け寄る靴の音と早口に詠唱される呪言。護法童子たちはビクリと硬直し、何かに縛られたように動きを止める。
「…解！」
鋭い一言が響き、二体の護法童子は破裂し縮む。赤と黒の赤ん坊姿になった轟丸（ごうまる）と蚕丸（さんまる）をひょいとつまみ、突如現れた黒髪の青年が言う。
「瑞菜、人の屋敷に来て暴れるな。式神はちゃんとしつけろと言っただろ？」
「どうしましたか！？」
「…あなた何者？」
リビングから飛び出してきた空亜（くうあ）と、その場にいた瑞菜（みずな）が警戒した厳しい口調で叫ぶ。その直後凛（りん）が緊張感のないマイペースな口調でのんびり告げた。
「…あ……海月…おかえりなさい」
「えっ…！？」
驚きの声を上げる二人に、凛はごく当たり前のように言った。
「海月……だよ…今度は本物の……大丈夫？怪我…していない？」
後半は、床に放り出されている『海月』に対しての質問だった。幸いにも軽い打ち身だけで怪我と言うほどの怪我はないようであるが、すっかり怯えた『海月』は差し出した凛の手から逃げるように身を避ける。
「大丈夫……もう、怖くない…ほらっ……あれ…本当のキミの身体でしょ？」
「あっ………！」
顔を上げ『海月』が青年を見る。
「あっ……あ…あ……」
その瞳に見る間に涙が浮かび、這うように『海月』が青年に寄る。
「僕…僕……僕の身体だ〜！！」
足元にすがるように抱きついて、そのまま『海月』は意識を手放した。気の弱い青年にとって『今日』は、あまりにも刺激が強かったようである。
一方泣きじゃくる『自分』にひしと抱きつかれた青年の方はというと……。
「見苦しい…」
眉間にしわを寄せながら、不機嫌そうにそう一言呟いた。
その後海月はトイレで扉の中に埋もれていた伊都子（いづこ）を見つけ『救出』する。そしてすっかり冷めた紅茶を入れなおし、五人は伊都子手製のケーキと共に優雅な午後のひとときを過ごすのだった。
気絶してソファーに横たえられた、気の毒な『海月』を放置したまま……。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
☆ 3604／諏訪・海月（すわ・かげつ）／男／20歳／ハッカー＆万屋、トランスのメンバー
★ 3636／青砥・凛（あおと・りん）／女／18歳／学生と、万屋手伝い＆トランスのメンバー
★ 5010／独楽・伊都子（こま・いづこ）／女／999歳／ホステス
★ 5200／百池・瑞菜（ももち・みずな）／女／28歳／心理カウンセラー＆陰陽師
☆ 5261／間・空亜（はざま・くうあ）／20歳／リアルな異世界系小説家
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■ ライター通信 ■
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初めまして、新人ライターの香取まゆです。
この度は本当に長い間、お待たせして申し訳ありませんでした。
この話（に限ったことではないですが）は微妙に個人視点で描かれた文章になっているので、中には少しわかりにくい内容が、あったりすることもあると思います。お暇がありましたら他の方々の、文章もお読みになって内容を照らし合わせてみてくださいませ。
この作品が少しでもお気に召していただければ幸いに思います。
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