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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


のどかなる風に、我思う

 学校とは何であるか、そう問われれば大抵の人間は学問を学ぶ所、集団行動に慣れる所、そう言うだろう。言葉にも学び舎とあるくらいだ、そう言って当然、そうでなければ若い時代をどう過ごせというのか。

「っちくしょう! 奴め、俺をいつまでこんな平穏極まりない場所に繋ぎとめておくつもりなんだあっ!」
 高校生の夏制服は清々しく、銀の髪と金の瞳を爛々と夏の日差しのように輝かせた少年は校門近くにある大きなゴミ箱を蹴り、ひっくり返す。
 見事に飛んだゴミ箱は宙を回転し、残飯を漁りに来ていた野良犬を隠してしまうようにすっぽりと地面に落ちる。
「きゅーん…」
 いきなりの暗闇に驚いた犬の鳴き声がするが、ゴミ箱の重さ自体はどうという事は無く、放っておいても自力で脱出できるだろう。そう、犬丸・隆来は鼻を鳴らし、さも面白くないといった風に足を進めた。

 学校。隆来にとってそれは仕事の一環でしかなく、元々別の世界の一犬士としてその力を孤高のままに振るってきた自分が今回ばかりは敵を捕らえる為、とはいえ、矢張りだからといって大嫌いな集団行動満載な場所を潜入場所にする事も無いだろうと金色の瞳は上司に対する怒りで燃える。
(いっつか殴り倒してやる!)
 拳を握り締めるも、その仕事の為に費やした時間はとどのつまり学校のサボりであり、拳を作らない手にはスケッチブック。と、これまた学生らしい道具が持たれていて。適当に、とは言わないが苦手な科目を捜査にあててきた隆来はとどのつまりそのサボりの代償としてその苦手な科目である美術のスケッチを言い渡されたのであった。

「あーっ…畜生…! マジでスケッチかよ…やってらんねぇ…」
 じりじりと募る暑さに隆来の怒りも燃え上がり灰にすらなりそうだ。何しろ、この課題逃れたさに上司に別の場所への移転を申請したがものの見事に申請は却下。理由は資料不足らしいが、こんなにも自分が頑張っているというのに不足の一言で却下されるのもまた気に障る。
(だからって描かなかったら先公はうっせぇし、目立った行為も禁止…くそっ…!)
 行動では何度も反抗してみせる隆来だったが、結局潜入捜査、そして仕事で来ている事には変わりなく、その辺だけはプロとしての意識か、ある程度までの団体行動も致し方ないとしていた。
 本当に、少しだけの『致し方ない』だったが。



 こちらの日本に来てから随分と経った様な気がする。
 そんな風に思うのは、犬尾・延義に戦闘能力が欠け、この一見平和で日々他の犬士達の資金源として働くというのが板についてしまったからなのだろうか。
 兎に角、延義のバイト先の一つであるペットショップ「モンスターハウス」に今日もしっかりとした服装で、ショップの凝った、アミューズメントパークにあるようなジャングルの外装をイメージした迷彩柄のエプロンを下げ、ドックフードにキャットフード、はたまた鳥の餌をと並べていく。お世辞にも子供が寄り付きたくないような柄エプロンには劇画文字でショップ名が書かれ、センスの方はいまいちだ。

「店長、こちらの商品並べ終えました」
 かなりの重労働を手早く終え、延義はカウンター前に居る大柄の男に声をかける。店がジャングルだとしたならば、この男はまさに店長に相応しいゴリラの風貌かもしれない。
「おお、お疲れさん。 そうそう、ちょっとこっちに着てくれないか」
 人は見た目で判断してはいけない。たとえ風貌がゴリラだとしても店長は大きな顔を優しく綻ばせながら延義を手招きし丁度カウンターとカウンターの間で見えない場所に居る三人の子どもを指差した。

「迷子さんですか? ええと…あなたのお名前は…うわっ!」
 近寄ってきた延義がそう言って顔を話し易い位置に持ってきたのは失敗だったと言えよう。腕白盛りの何処かの誰かにそっくりなつり目の三兄弟は、三人揃って延義の柔らかい黒髪をえい、と引っぱったのだから。
「こらこら、これからお世話になるお兄ちゃんをいじめちゃ駄目だぞ?」
 大きな浅黒い腕によって解放される延義だが、一つ、重大な事が店長の言葉に混じっていて。
「あの…この子達は……」
 引っぱられた髪の毛を痛いと撫で、見上げた先にはゴリラ店長の盛大な笑顔が待ち受けていた。

「おう、俺の甥っ子達だ! これからちーっとばかり親戚の集まりがあってな、こいつらはこんなに腕白坊主だろ? だからお前に預けて行こうと思ってたところさ」

 待ってください、そんな事聞いてません。延義のそんな心の声を全く無視し、ついでに言葉すら有無を言わさず店長は吊り目三匹を残したまま。
「まだまだ5才、遊び盛りだからな! しっかり頼んだぞ」
 と、無責任にも大きな身体を揺らせながら店を出て行ってしまった。

「店長…」
 決して悪い人間ではないのだが、延義の周りに居る子供達は凶悪そのもの、寧ろ自国の妖の類よりある意味では極悪なのかもしれない。何度も何度も延義の周りを回ったかと思えば、商品棚に上がる、喚く、散らかす。
「こら…ええと、皆静かに遊べないかな?」
 人の良い延義の性格上、怒鳴る事もできずに細く零すお願いは、三人の子供達には到底難しい問題なのかもしれない。一度三人揃って延義の方を見ると。

「できなーい!」
 見事、声もタイミングも揃って、必殺技、あっかんべぇを繰り出してくる。が、このまま見過ごしていては折角のバイト先を台無しにしてしまうという事で、まだ客の居ない店内の被害を最小限に控える為、本日定休と書いた札をドアに貼り付けた。
(どうしよう…子供の面倒なんてみた事もないし。 店長はいなくなってしまうし…)
 一人頭を抱えるが、子供という怪獣はそんな延義の苦悩をさっぱり汲み取らず、今まで彼がせっせと運んだペットフードの付近で遊び始める。
「あっ…!」
 元々犬猫、その他人間ではない動物の食事を幼児が食すのは身体的にも衛生的にも宜しくない。自分の意見は通らなかったものの、預かったという責任はあるのだ、この状況をどうにかせねばなるまい。

「み、みんなー! 公園…そう、公園に行こうか?」
 我ながら良いアイディアだと延義は心の中で胸を撫で下ろし、どこか逆らいきれない三つ子の視線を浴びる。一瞬、そのまま襲ってこられたらなどという情けない怯えも過ぎったが次の瞬間。

「いくー!!」
 満面の笑顔と、とても子供とは思えない力で両腕にぶら下がられ延義は伸びていく制服と、盛大なため息と共に仕事着そのままで公園に行く事となった。



 この若さで公園デビュー。しかも三人の子供達は延義の言う事など微塵も聞いてはくれず、先へ先へと走っていく。とりあえず幸いなのはこの近くの公園といえば同じ犬士である隆来の高校が近い場所しかないという事か。お陰で全員散らばって歩く事だけは免れている。

「あら貴方随分と若いのねぇ…」
 公園は東京では珍しい、森林と子供の好みそうな遊具で満たされた至極平和そのものの場所で、三つ子を連れて歩く延義はさぞ目立つ事だろう。
 何人もの主婦達に囲まれながら歩く延義は、何しろまだ十九歳、そんな若さで子供連れ、しかもどこぞのペットショップの制服を着たままなのだからある意味注目の的だ。

(その辺で遊べ。 なんて、言ったら怪我しそうだな…)
 公園の常として可愛らしい遊具は時に子供の怪我を引き起こす。自分が子持ちに間違われるのをいちいち訂正するのは既に諦めたがこれからどうやってこの腕白三人を遊ばせるかが問題になってくる。

「えっと、お兄ちゃんの言う通りに遊んで……。 隆来?」
 案外保父さんの素質も開花させられるかもしれない状況の延義に銀色の髪を炎の如くなびかせる友人の後姿が目に入る。三つ子達はそんな延義の態度を面白がっているのか、友を見つけ話しかけようとしている姿を小さな声で内緒話をしながらついていく。

「ぁ…んだ? うお! 延義!! てめぇいつからそこに居やがった!」
「ああ、隆来、やっぱり! こんな所で……―――らくがき?」
 いきなり振り向いた銀髪が大声を上げるのを見、三つ子達は一斉にその場を離れ遠くから二人を見ている。
 一方で友に会えたと喜ぶ延義に対し、スケッチブックを後ろから見られ、あまつさえ自分的には立派なスケッチを落書き呼ばわりされた怒りと、ついでに上司が移転を許さなかった事など、既に隆来はありったけの憤怒をほぼ全く関係のない延義に叩きつけるようにして金色の瞳を大きくさせた。

「うっせぇ! 大体なんだ! いつもいつも間の抜けた顔しやがって! いいか、俺達は潜入…あー、てめぇは資金稼ぎか…いや! でもなぁ、もう少し鬼気迫る戦闘感覚をいつも持って行動しろ…っておい! 聞いてんのか!?」
「…はぁ、聞いてるよ」
 とは言っているものの、延義の目は三つ子が変な所へ行かないかどうか見張っていて、隆来のそれこそ戦でも起こしかねない罵倒には殆ど耳を貸していない。これも、友たる長年の付き合いというものだろうか。
「くっそ…! お前もお前なら奴も奴だ! 人をガッコーなんていう団体行動に入れておいて自分はのんびりやってるに違いねぇ! 補習での時間拘束も不許可…だとぉ! ふっざけんじゃねぇ!」
 今にも立ち上がってらくがき、ではないスケッチを踏み出しそうな隆来に延義は。
「奴ではなくて帝。 隆来ももう少し落ち着きなよ…」
 ふう、とため息をつき隆来の隣に腰掛ける。戦好きする隆来がこんなにのどかな場所に居るという事は大方そのスケッチブックが関係しているのだろう。

「隆来、俺がそのスケッチやってあげようか?」
 途端、今まで散々上司への愚痴と延義への罵倒を繰り広げていた隆来の顔が明るくなる。
「男に二言はねぇな…?」
 どうやら本気でスケッチが嫌らしい。後悔しないかと問うてはいるが、既にスケッチブックは延義の手に渡っていて。
「そんなに俺は信じられないかな? でも、その代わり隆来には俺の仕事をやって貰うのを条件として出させてもらうけど?」
 どうだろう。と打ち出した延義の提案を、隆来はスケッチより難しい事は無いだろうとあっさり首を縦に振る。その様子がある意味素直で、課題を押し付けるという狡さが生んだ詰めの甘さであるのだ。

「良かった。 じゃあみんな、このお兄ちゃんが遊んでくれるから、気を付けて行くんだよ?」
 今まで三つ子の前では多少微笑んでも、引き攣った笑みにしかならなかった延義のそれは満面の笑顔だ。それこそ子供のような、凶悪な、とりあえず隆来にとっては死刑宣告にも近い。
「の、延義?」
 冗談だよなぁ、と機械のように爽やかな黒い瞳を見つめる金は、戦場では見ることの無い怯えを含み、延義の言葉と共に盛大な声を上げて突進してくる三匹の子供達によって掻き消える。

(平和だな…)
 隆来にとって子守りは全く平和とは程遠く、ある意味戦場より激しい事になり、滑り台で三人にとり憑かれながら悲鳴に似た怒声を上げている。が、延義にとっては一年前、祖国であった泥沼のような戦争を抜け、たとえ今が潜入状態だったとしても、この穏やかで平穏な日々が続けば良いと思ってしまう。
(こんな事を隆来に言ったらまた罵倒の嵐だろうけれど)
 不謹慎だ、お前は何をしにきた。きっと戦場を好み平穏から程遠い友はきっと延義に今まで以上に罵倒を浴びせるだろう。

「はは…隆来は本当に戦場好きだな」
 本物の戦場が好きなのは知っているが、如何せん延義に手渡されたらくがきというスケッチは、面倒だったのか赤一色で、可愛らしい子供の遊び場が全てでこぼこの戦場状態になっていて。
(もっと静かに…平穏に暮らしたいと思うのはいけない事なのかな…)
 描き直してやろうと延義が手に取った色は青。その色ででこぼこになった線を綺麗に丸くしていけば、多少であるが酷い戦場は豊かな水を手に入れた。

「っ、にゃろ。 この、ガキッ! 延義、さっさとそれ終わらせろっ!」
 スケッチが終われば自分の役目も終わるだろうと、隆来は必死で三つ子の悪魔を振りほどこうとしている。が、ここは一応『お兄さん』戦場であれば叩き切るなど物騒な事にもなるが、平和を謳うこの世界ではこの『子守り』という役に徹しなければいけないのだ。とりあえず、今だけは。

「いいじゃないか、なかなか楽しそうだよ」
 今度はブランコ、と三人にせがまれしぶしぶ歩く隆来。そして哀れかな、三つ子のうち一人が乗ったブランコが思い切り額に当たり鈍い音を響かせる。本来、ここで救急車も欲しいのだが、ここは流石犬士。嫌な所で体力とうたれ強さが目立ち。

「てっめぇら! いい加減にしやがれぇっ!」
 とうとう頭に血が上った隆来の、本日一番の大きな怒声が、のどかな公園中に響き渡るのだった。