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<東京怪談ノベル(シングル)>


絆 〜時の流離人〜



 カラカラカラ、小さな音をたてて地蔵の周りに手向けられた色あせたかざぐるまが廻る。
 それは、幼くして黄泉路へ渡った、幼子に向けたの残された二親の親心なのだという。
「ほんとにこんなものが、慰めになってるのかどうかは知らないけどな」
 鼻先で廻るかざぐるまに暫く見入っていたが、直ぐに興味が失せたのかふいっと視線を逸らす。
 寂れた、堂の周りに立てられた幾体もの石仏は彼にとってどうでも良いことだった。
 特に神仏を信じているわけでもない、寧ろそのようなものは全くといっていいほど自分にとって興味のないものだったから。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 一人になりたくて、人気のない静かな場所を選んだつもりだったが、聊か彼にとって場違いな場所であったのかもしれない。
 人は死んだら黄泉路へと旅立つという……ならば自分はどうなのだろうか?常に棘のように心の片隅に引っかかった小さな疑問。
 鼬のような獣の姿を模しているが、既に彼は両手でも足らぬ年を重ねてきた。
 人の姿も取れなくもないが彼にとって、これが一番すごしやすい容であった。
 銀の髪に鮮血の様に赤い瞳は人の間にあって目だって仕方がない。
 それに比べ、獣の体であれば鼬に似た風変わりな動物で済んでしまう。そんな単純な理由から必然的に獣の姿をとっていることが多かった。

 何時までに自分はこのような無意味な時を重ねていけばいいのだろうか?
 周りのもの全てが苛立ちを生む雑音でしかなかった。
 何のために自分はこの場に生を享けたのだろう?それすらを考えることさえも鬱陶しかった。
 何時果てぬとも知れない終わりの見えない生は、苦痛でしかない。天は自分に何を望んでいるのか?それすらも彼は知らない。
 それとも自分は、天意に見放された存在なのだろうか?幾度、再び日を望むことなく眠りに付いただろうか?
 目に映る全ての事象が、煩わしくて苛立ちは募るばかりだった。終わりのない命は苦痛でしかない。彼は魂の開放を望んでいた………

 回る風車の前にちょこんと腰をおろした彼の目の前を、ひらりひらりと透明な蝶が横切った。
「……なんだありゃ?」
 この世のものではありえない、淡く光を放つ透き通った翅に興味を引かれ目で追った。
 その視線の先、いつの間にか寂れた堂の軒下に、一人の女の姿があった。
 艶やかな黒髪と白磁のように透き通った肌、どこか物悲しげな微笑を刻む真紅の唇。文句なしに美しい女性だった。
 蝶は何かに導かれるように女の手元に引き寄せられていく。
 スイっと伸ばされた、細く白い指先にとまった蝶の翅が音もなく緑炎に包まれて燃え上がった。
「なっ………?」
 無慈悲にも一瞬にして燃え尽きたその様子に、思わず漏らしたうめきのような声に、振り返った女と目が合った。
 先ほどまでは金色に輝いていた、今は己と同じその真紅の眼差しに射抜かれたように、その場にぺたんと座り込んでしまった。
「貴方は、まだ私の導きが必要な者ではないわ……」
 恐らくそれは当分先……何時になるとも知れぬ時の果て。
「…貴方も私と同じなのね……」
 少しだけ嬉しそうに微笑んだ、彼女がやさしくその体を抱き上げる。
「…あんたは一体……」


 それが姉と慕う人との最初の出会い。今でも思い出すのは、後になって死の先を指示すと聞いたその腕の中がとても暖かかったということ。
『死に急ぐことだけは、駄目』
 その言葉を口癖のように言い聞かせたその人は、一番最初に名前をくれた。
 名などないと言い切った、彼に淀みなく吹き抜け、とまることを知らぬ風の様にと……『柳月・流』という名をくれたのも、彼女だった。
 その人と一緒にいられた時間は短かったけれど、果て無き生を定められ同じ境遇に置かれた者同士と言う事もあり、実の姉弟以上の絆があったと今でも思う。

「終わりがないっつーことは、結局何も始まらないってことじゃないのか?」
 何時かそう尋ねたとき、彼女は微笑みながら小さく首を振った。
「何も始まらなければ、今の私と貴方の出会いはなかったでしょう?貴方にもきっとこの定めを受けた理由がある筈だわ……」
 それが分かるのが、何時になるかは分からないけれどその時はきっと来る。私と貴方の出会いの様に……何時かきっと………
 膝の上で猫の様に丸くなり子供の様に拗ねる流の背中を、何時までも優しく撫でてくれた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 姉の定めは人の魂を導く事……ならば自分の運命とはなんなのだろうか?
 その答えは未だ見つからず、流は今も時を重ねていく……
 しかし、彼女と出会ってからの流は無意味に繰り返される四季を嘆くことはなくなった。
 自分と同じ時を過ごせるものがいる、そのことを知ったことが心の平穏を生んだのかもしれない。
 共に過ごせた時は短かったけれど、彼女との絆はまだ切れていないと流は信じていた。
 今もどこかで、姉はこの世にいる…自分は一人ではないのだと思うだけでも心が幾分癒される。
「何時かまた……あえるよな……」
 切れかかって瞬く街灯越しに、夜空を見上げた。
 死ぬなとその人がいったから、自ら死を望むことはしない。
 今はまだ、分からないけれど……何時かきっと自分にも永遠の生を受けた理由が分かるときが来る。
 そう信じて……流は、宵闇の町へと姿を消した………





【 了 】