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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


7月の花婿!?

 ― これは ある男の 不幸な 物語である ― 

1.
「消しゴムを使い切ったか」

 空の消しゴムケースを持った草間武彦はそう呟いた。
「珍しいですね。兄さんが使い切るなんて…」
 パチパチと小さく手を叩き、草間零はにっこりと笑った。
 いつもは途中で小さくなってきた消しゴムを放ってしまうので、それを拾った零が最後まで使い切っていた。
 だから草間にとってこれは、大変な偉業と言えよう。
 …が、その時!!

「ついに使い切ってしまわれたのデ〜スね!!」

 声は、唐突にした。
 思わず固まる草間と零。
 その声は何度も聞いた覚えがある、嫌な声だった。
 だが、ソレは草間の元へと再び舞い戻ってきたのだ!

「この消しゴムにはアタクシのおまじないが掛けてありマ〜シた。
『誰にも気付かれずに片思いの相手の名前を書いた消しゴムを使い切ると両思いになれる…』
 ソウ!! その消しゴムにアタクシは草間さんの名前を書いたのデ〜ス!!
 アタクシと草間さんはもう両思いなのデ〜ス!!
 さぁ、明日の朝一番にアタクシとウェディングするのデ〜ス!!」

 ピンクの毛皮を着込んだ場違いな人・その名はマドモアゼル・都井(とーい)…。
「ななななな…」
 茫然自失の草間武彦、二の句が告げない草間零。

 ガンッと音がして、椅子が派手に倒れた。
「ちょっと待って! な、なに? どうして結婚なんて文字が出てくるの!?」
 わなわなと震える瞳で立ち上がる1人の女性。
「オォウ! シュライン・エマさんではありまセ〜ンか! お久しぶりデ〜ス!」
 大きく手を広げ親愛の情を表すかのようにそう言ったマドモアゼルに、キッとエマは鋭い視線を投げかけて再び問い掛ける。
「どこをどうしたら、アナタと武彦さんが結婚しなければならないって言うの!?」
 しかし、その言葉はマドモアゼルにとって思いのほか無意味であった。
「アタクシと草間さんは、このおまじないによってしっかりと結ばれたのデ〜ス! あ、アタクシこれから仮眠に入りますので、起こさないでくださいネ〜!」
 勝手にそう言うと、マドモアゼルはさっさと興信所奥にある仮眠室へと引っ込んでしまった。

「…あの…今の人、すごいお話をされていたようなんですが…」

 いつの間にか開いていた興信所の扉から、こっそりと初瀬日和(はつせひより)が顔を出した。
 その後ろから羽角悠宇(はすみゆう)も所在無さげに顔を出した。
「ど、どうしよう…どうしよう…」
 その言葉と共に、エマは全身の力が抜けるのを感じた。
 倒れかけた体を気力で何とか机に両手を突くことで支えたが、正直どうしていいかわからなかった。
 そして、魂抜けかかっている草間兄弟。
 日和と悠宇も掛ける言葉を失っていた。
 
「何とかしなくっちゃ…!」

 心からの悲痛な願いを込めてエマはそう呟いた…。


2.
「シュラインさん、私もお手伝いします。草間さんにも相手を選ぶ権利はあると思いますし」
 うなだれるエマに日和が駆け寄り、静かにそう言った。
 悠宇もそう言った日和の横で「俺も手伝いますから」と力強く言った。
「…そうよね。考えているだけじゃダメよね」
 エマは大きく深呼吸を一度すると顔を上げた。
 その言葉で少しだけ冷静さを取り戻すことが出来た。
「とりあえず明日の朝までにはまだ時間あるんだし、やれるだけのことはやらないとね」
 そう言ったエマに。チラッと悠宇は未だ灰になっている草間を見やる。

「まずは、草間さんを元に戻さないとな」

 そう言って草間に近寄るとガシッと両肩を掴み、激しく前後に揺らした。
「放心してる場合じゃないだろ!?」
「ゆ、悠宇君! 手荒な真似は…」
「これくらいやんないと草間さん、ショックでか過ぎで目が覚めないって」
 ガクンガクン前後に揺らされて、生気を失っていた草間の顔に徐々に血の気が戻ってくる。
「…でっ…がっ…そ、そんなに揺さぶるん…じゃない!」
 復活の草間に、悠宇はさっと身を引くと「な?」と日和に笑って言った。

「それで、おまじないの件なんですが」
 エマが草間にお茶を飲ませて落ち着かせた後、日和は口火を切った。

「新しい消しゴムを用意して、草間さんが新たにおまじないを別の方にかけたら効果を消せるんじゃないかと思うのですが」
 
 日和の言葉に、エマは「ん〜」と考え込んだ。
 先ほどから、どうにも引っかかっていることがあった。
「…どうも腑に落ちないのだけど、武彦さんの名が記入された消しゴムを武彦さんが使い切っても意味ないんじゃないのかなぁ…って」
 そう言ったエマだが、その直後に頭をかすめた事が思わず口をついて出る。
「でも今使い切った消しゴムカス集めて捏ねて消しゴム作り捨てたら解けたりしないかしら」
 そしてまた頭を抱え込んで「あぁ、ライバルを諦めさせる方法とかで消しゴムに緑のペンでライバルの名前を書いて彼を諦めてと念じながら、名前が消えるまで使う…なんてやってみたらいいのかしら」と悩み始めてみる。
 傍目に見てもその混乱振りは一目瞭然であろうことは自覚できたが、もうどうにも止まらない。
 恋する女、ここに極まれりである。
「…アイツと結婚だけは何とか避けないとなぁ…」
 草間もようやく正気を取り戻したのか、そうポツリと呟いた。

 と、突然興信所の扉が大きく開け放たれた。


3.
「草間さん結婚すんの? おめでとう! ついにあんたにも春が来たってか!?」

 開け放たれた扉から勢いよく入ってきたのは、満面の笑みを浮かべた五代真(ごだいまこと)だった。
 その言葉に興信所内が、一瞬にして5度くらい温度が下がった気がした。
 いや、むしろ温度を下げたのは、エマが『結婚』の二文字に反応したのを周りが見てしまったからかもしれない。
 草間は何かしゃべろうとしているのだが、どうやらあまりに慌てているため言葉にならないらしい。

「…何か嫌がってる? めでたいことなのに。どゆコト?」

 その空気を読み取った五代が、怪訝な顔でそう訊いた。
「五代さん、ちょっと…」
 悠宇がそう言って五代をこそこそと興信所の角に呼び、事情を説明する。
「シュラインさん、五代さんは事情を知らないから…だから…あの…」
 必死で取り繕う日和に、エマは顔を上げると弱々しい笑顔で「大丈夫よ」と言った。
 本当は大丈夫じゃないが、ここは大人の余裕というヤツを見せておかなければいけなかった。
 そうして、悠宇に説明を受けた五代は草間のそばに近寄るとポンッと肩を叩いた。

「そのうち効果が薄れるだろ。それまでの我慢だ、草間さん」

 その言葉に、今度は日和や草間の動きまでもが固まった。
「…それは、つまり、このおまじない…呪いを解く気はないってこと?」
 悠宇が慎重に言葉を選びながらそう訊く。
「俺、呪い解く能力ないし」
 あっさりと、きっぱりと五代は悪びれる様子もなく答えた。
 二の句が告げない一同に、五代は「あ、そうだ」と何か思いついたようだ。

「チャペル式? 神前? 人前なんてのもあるな。どれで挙式する? 俺、衣装調達してきてやるよ」
 にこやかにそう言って、返事も聞かずに興信所を出て行った五代。
 再び、エマはどん底に突き落とされた気がした。

「いっそのこと今から私と武彦さんの婚姻届、24時間受付へ提出してきたほうがいいのかしら…」

 突飛な事をボソッと呟いたエマに、日和が慌てて制止したのだった…。


4.
 硬直したままの零と再度魂抜けかけてる草間をそのままに、時は既に深夜の2時を回る。
「縁切りの神社でもご紹介しましょうか?」
 日和がそう言った。
「カップルで行くと女神様がやきもち焼いて別れさせられる伝説のある所へ。固く結ばれるという言い伝えがありますよ、とかあの人に入れ知恵してみたらどうかなって」
「おまじないに神頼み…」
 エマは頭の中でぐるぐるとその二つを交互に考えてみた。

「それ、いい方法かもしれないわね」

 少し明るい顔を見せたエマに、日和はハッと何かを思い出して俯いた。
「…あ、でも私が知ってるので一番近いのは…厳島でした」
 だが、そんな日和の申し訳なさそうな顔に、エマは首を横に振った。
「ネットで検索すれば近くの神社がきっと見つかるわ」
 にっこりと笑ったエマの顔に、明るい希望の光が見えた。

 と。
 今まで黙っていた悠宇が、ポツリと言った。
「俺が聞いた事あるおまじないなんだけどさ」
「…悠宇君もおまじないするの?」
 日和がちょっと驚いた風に目を瞬かせたので、悠宇は少しうろたえた。
「違う! 昔ちょっと聞いただけだって!」
「それで、羽角君は何を聞いたの?」
 エマが先を促したので、悠宇は「あぁ」と言葉を続けた。

「名前を書いて使い切るってのは同じだけど、『その消しゴムを他人に使わせちゃいけない』って約束があった筈なんだよな」

「…」
「…」
 日和とエマは少し考え込んだ。
 悠宇が言わんとすることが、なんとなくわかったのだ。

 そんな2人を見て、悠宇がニヤリと笑った…。


5.
「はよ〜! 式場の予約と衣装はばっちり調達してきたぜ!」

 さわやかな朝の光と共に現れた五代。
 そして、時を同じく仮眠室から現れたピンクの毛皮怪人。
 いつもの席に座った草間とエマ、応接セットに座った日和と悠宇はそれを迎えた。
「おはようございマ〜ス! 心の準備はいかがですカ〜!?」
 そんな2人を前に、今にも殴りかからんとする気迫でエマはゴホンとひとつ咳払いをした。
「五代さん、都井さん。お2人に大事なお話があるの」

「なに? 式場の場所のこと?」
「オ〜! アタクシと草間さんへのはなむけの言葉ですネ〜!?」
 勝手な事を言う2人に、日和と悠宇が口を開いた。
「マドモアゼルさんのかけたおまじないですが、名前を書いて使い切る間に『他の人に触らせてはいけない』という決まりがありませんでしたか?」
 日和がそう訊くと、マドモアゼルはウンウンと頷いた。
「よくご存知ですネ〜! あ、もしやアナタも…?」
 その問いをさえぎるように、悠宇がマドモアゼルに一言一言はっきりと聞かせるように言葉を発する。

「この零細…ごほんごほん、経済観念の発達した興信所で消しゴム独り占めなどという暴挙が成立するとも思えないし、きっと草間さん以外の人も散々触っておまじないを無効化してるんじゃないかと思うんだけど…ねえ?」
 
 ハッとして、マドモアゼルが硬直した。
 どうやら、そこまで言われてようやく今この状態がどういう状態なのかを理解したようだ。
「…ってことは、この姉ちゃん…ん? 兄ちゃん? と草間さんは結婚しなくてよくなった…ってことか?」
「まぁ、草間さんには『後からおまじないで横取り』なんて出来ない相手もいることだし、元々無理な話だったって事だな」
 悠宇が眠そうな目をこすりながら、マドモアゼルを眺めて言った。
 日和が固まってしまったマドモアゼルについ話しかけてしまった。
「差し出がましいようですが、横恋慕はよくないんじゃないかと…草間さん自身のお気持ち確かめずに、強引におまじないで奪っちゃえる方ではないと思うんですけど…? …聞いてます? マドモアゼルさん」
 そんな日和の手をマドモアゼルはむんずっと握り締めた。

「お優しいアナタ…アタクシと結婚いたしませんカ〜!? 丁度ここに花嫁衣裳もございます事デ〜スし!」

「な、ちょっと待て!!」
 血相を変えた悠宇が日和とマドモアゼルを引き剥がす。
 そんな2人を見ながら、エマはようやく嵐が去った事を確信した。
 …と。
 五代が呟いた。
「応援してたんだけどなぁ。迫って迫って迫りまくりで草間さんを花婿にしちまえと…」
 エマは思わず、鋭い視線を五代に突き刺した。
 その視線が痛かったらしく、居心地悪そうに笑うと「俺、式場のキャンセルしてくるから」と五代はそそくさと興信所を後にした。
「よかったわね。結婚しなくてすんで」
 エマがそう言うと、草間は小さく呟いた。
「ありがとな」
 微かに微笑んだその目が、エマをいつものエマに戻していった…。

 夏の朝の柔らかな光は、いつの間にか蝉の鳴き声と共に肌にも刺さりそうな勢いの光になっていた。

 今日も、暑い日になりそうだった…。


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■□   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  □■

0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

1335 / 五代・真 / 男 / 20 / バックパッカー

3524 / 初瀬・日和 / 女 / 16 / 高校生

3525 / 羽角・悠宇 / 男 / 16 / 高校生


■□     ライター通信      □■
シュライン・エマ様

 この度は『7月の花婿!?』へのご参加ありがとうございました。
 えー…8月になってますね。すいません。
 暑いさなかに暑苦しい人をどうにかする…という依頼は実に重労働以外の何物でもなかったと思います。
 いつもの冷静なエマ様とは一味違う混乱振りに可愛さを感じながら、楽しく書かせていただきました。
 まだまだ暑いですが、PC様もPL様もお体にお気をつけて。
 それではまた会える日を楽しみにしております。
 とーいでした。