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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


7月の花婿!?

 ― これは ある男の 不幸な 物語である ― 

1.
「消しゴムを使い切ったか」

 空の消しゴムケースを持った草間武彦はそう呟いた。
「珍しいですね。兄さんが使い切るなんて…」
 パチパチと小さく手を叩き、草間零はにっこりと笑った。
 いつもは途中で小さくなってきた消しゴムを放ってしまうので、それを拾った零が最後まで使い切っていた。
 だから草間にとってこれは、大変な偉業と言えよう。
 …が、その時!!

「ついに使い切ってしまわれたのデ〜スね!!」

 声は、唐突にした。
 思わず固まる草間と零。
 その声は何度も聞いた覚えがある、嫌な声だった。
 だが、ソレは草間の元へと再び舞い戻ってきたのだ!

「この消しゴムにはアタクシのおまじないが掛けてありマ〜シた。
『誰にも気付かれずに片思いの相手の名前を書いた消しゴムを使い切ると両思いになれる…』
 ソウ!! その消しゴムにアタクシは草間さんの名前を書いたのデ〜ス!!
 アタクシと草間さんはもう両思いなのデ〜ス!!
 さぁ、明日の朝一番にアタクシとウェディングするのデ〜ス!!」

 ピンクの毛皮を着込んだ場違いな人・その名はマドモアゼル・都井(とーい)…。
「ななななな…」
 茫然自失の草間武彦、二の句が告げない草間零。

 はてさて…?


2.
 東京の夏は暑い。
 暑いとわかっていて、それでもなお人は外を歩かなければならない宿命を負う。
 次から次へと流れ出る汗を拭って、五代真(ごだいまこと)は呟いた。

「もうちょっと割りのいい仕事すりゃよかったなぁ…」

 手元に握られたのは今日の日雇い労働の対価である。
 引越しの手伝い、労働5時間に対し5000円。
 昼食・飲み物つきに釣られては見たものの、炎天下での作業はいくら五代でもきついものだった。
 これで1週間は食いつなげるだろう。
 ひとまず、どこかで休みたいものだ。
 そう思った五代の脳裏によぎったのは草間興信所の名だった。

  茶は出してもらえるだろからなぁ。
  …もしかしたら、次の仕事も早々に見つかるかもしれないしな。

 怪奇探偵の名を欲しいままにしながら、その名を拒む男・草間武彦。
 31歳という年・事務員との恋仲が噂されるにもかかわらず、彼は未だ独身のままである。

  まぁ、人それぞれ事情ってものがあるしな。

 蝉の声は相変わらず煩いが、とりあえず行くところは決まった。
 五代は少しの倦怠感を伴いながらも、軽い足取りで草間興信所へと向かっていった。

 いくつかの角を曲がり、いつものビルが見えてきた。
 いつものように階段を上がり、いつものようにドアノブに手をかけると声が聞こえてきた。

「…アイツと結婚だけは何とか避けないとなぁ…」

 その声は、聞きなれた怪奇探偵の声だった…。


3.
 その言葉を聞いた五代は思わず、勢いよく扉を開け放っていた。

「草間さん結婚すんの? おめでとう! ついにあんたにも春が来たってか!?」

 満面の笑みを浮かべ、心から祝おうと思っていた。
 その言葉に興信所内が、一瞬にして5度くらい温度が下がった気がした。
 事務員・シュライン・エマの表情が硬直し、それを見ていた初瀬日和(はつせひより)と羽角悠宇(はすみゆう)もその表情を硬くした。
 草間も何かしゃべろうとしているのだが、どうやらあまりに慌てているため言葉にならないらしい。

「…何か嫌がってる? めでたいことなのに。どゆコト?」

 その空気を読み取った五代は、怪訝な顔でそう訊いた。
「五代さん、ちょっと…」
 悠宇がそう言って五代をこそこそと興信所の角に呼び、事情を説明する。

「変な人…マドモアゼル都井っていうらしいんだけど、その人が草間さんにおまじないをかけて明日結婚式を挙げるって言い張っているんです」
 そう説明され、五代は首を縦に振った。
「…なるほど、なるほど。事情はわかった」
 思わずよからぬ考えが頭をかすめていく。
 悠宇が一瞬変な顔をしたから、自分でも知らぬうちに顔に出ていたかもしれない。

 そうして、悠宇に説明を受けた五代は、草間のそばに近寄るとポンッと肩を叩いた。

「そのうち効果が薄れるだろ。それまでの我慢だ、草間さん」

 その言葉に、日和や草間の動きまが固まった。
「…それは、つまり、このおまじない…呪いを解く気はないってこと?」
 悠宇が慎重に言葉を選びながらそう訊く。
「俺、呪い解く能力ないし」
 あっさりと、きっぱりと五代は言い切った。
 実際そうなのだから、もうこれはどうしようもないことだ。
 二の句が告げない一同に、五代は「あ、そうだ」と付け足した。

「チャペル式? 神前? 人前なんてのもあるな。どれで挙式する? 俺、衣装調達してきてやるよ」
 にこやかにそう言うと、五代は草間興信所を後にした。
 まさかこんなに面白いことが、この1日の最後に待っているなんて思ってもみなかった。

 これは何が何でも話を進めなければ…。


4.
 何でも屋時代のコネは意外にまだ健在だった。
 ひょっこりと夜中に顔を出したにもかかわらず、衣装屋のオヤジは笑顔で五代を迎え入れた。
「実は、急ぎで結婚式を行うカップルがいてさ…」
 と五代がいうと、わんさと衣装を出してきた。
 そういえば自分で形式を聞いておきながら、返事を聞いてくるのを忘れていた。
 五代は草間の顔を思い浮かべた。

  あの顔で似合う衣装か…。
  タキシード…和装…ん〜…。

 ぐるぐると頭の中で草間の顔に衣装を着せて、どれが似合うかを考えてみる。
 結論は出た。

「男なんて添えモンだ。花嫁が引き立てばなんでもいいよな」

 そう思って花嫁衣裳を検討し始めた五代。
 が、こちらはこちらで問題がある。

「俺、花嫁の顔見てねぇや」

 これは困った。
 女性の服のサイズは微妙で、大きすぎれば角が立つし、小さすぎても角が立つ。
「…マイったな」
 ひとつため息をついて、五代はふと目の端の何かに気が付いた。
 それは、白無垢だった。

  着物って…サイズは着付けで融通が利くよな。
  なら、これ着せて、神社で挙式でオッケーじゃないか?

 丁度おあつらえ向きの神社も知っているし、五代はその白無垢と紋付袴をオヤジに渡した。
 オヤジはそれを丁寧にたとう紙に包むと五代に渡した。

 五代はその足で神社へ向かうことにした。
 時間は既に真夜中の2時を過ぎている。
 ちょっと衣装選びに時間をかけすぎたようだ。
 こんな真夜中に神社へ行ってもきっと寝ていることだろう…とは思ったが、そこはそれ。
 緊急事態だから許してくれるだろう。

 五代はかまわずに、神社の戸を叩いた…。


5.
「はよ〜! 式場の予約と衣装はばっちり調達してきたぜ!」

 さわやかな朝の光と共に草間興信所へたどり着いた。
 何とか時間ぎりぎりにすべての手配は整った。
 そして、時を同じく仮眠室から現れたピンクの毛皮怪人。

   …まさか、これが花嫁??
   男にも見えるけど…ま、どっちでもいいか。 

 いつもの席に座った草間とエマ、応接セットに座った日和と悠宇がそれを迎えた。
「おはようございマ〜ス! 心の準備はいかがですカ〜!?」
 そんな五代と毛皮怪人を前に、今にも殴りかからんとする気迫でエマはゴホンとひとつ咳払いをした。
「五代さん、都井さん。お2人に大事なお話があるの」

「なに? 式場の場所のこと?」
 五代はそう言った。
「オ〜! アタクシと草間さんへのはなむけの言葉ですネ〜!?」
 毛皮怪人ことマドモアゼル都井は勝手にそう解釈したらしい。
 が、日和と悠宇が口にしたのはもっと別のことだった。
「マドモアゼルさんのかけたおまじないですが、名前を書いて使い切る間に『他の人に触らせてはいけない』という決まりがありませんでしたか?」
 日和がそう訊くと、マドモアゼルはウンウンと頷いた。
「よくご存知ですネ〜! あ、もしやアナタも…?」
 その問いをさえぎるように、悠宇がマドモアゼルに一言一言はっきりと聞かせるように言葉を発する。

「この零細…ごほんごほん、経済観念の発達した興信所で消しゴム独り占めなどという暴挙が成立するとも思えないし、きっと草間さん以外の人も散々触っておまじないを無効化してるんじゃないかと思うんだけど…ねえ?」
 
 ハッとして、マドモアゼルが硬直した。
 どうやら、そこまで言われてようやく今この状態がどういう状態なのかを理解したようだ。
 五代も、その言葉の意味がじんわりと飲み込めてきた。
「…ってことは、この姉ちゃん…ん? 兄ちゃん? と草間さんは結婚しなくてよくなった…ってことか?」
「まぁ、草間さんには『後からおまじないで横取り』なんて出来ない相手もいることだし、元々無理な話だったって事だな」
 悠宇が眠そうな目をこすりながら、マドモアゼルを眺めて言った。
 日和は固まってしまったマドモアゼルについ話しかけてしまった。
「差し出がましいようですが、横恋慕はよくないんじゃないかと…草間さん自身のお気持ち確かめずに、強引におまじないで奪っちゃえる方ではないと思うんですけど…? …聞いてます? マドモアゼルさん」
 そんな日和の手をマドモアゼルはむんずっと握り締めた。

「お優しいアナタ…アタクシと結婚いたしませんカ〜!? 丁度ここに花嫁衣裳もございます事デ〜スし!」

「な、ちょっと待て!!」
 血相を変えた悠宇が日和とマドモアゼルを引き剥がす。
 五代はため息をついた。
 「応援してたんだけどなぁ。迫って迫って迫りまくりで草間さんを花婿にしちまえと…」
 と、呟いていたら急に突き刺すような視線を感じた。
 急激に、背筋が凍るような気配に振り向くとエマが鋭い目つきで五代を睨んでいる。
 五代は微かに唇の端を上げて笑うと「俺、式場のキャンセルしてくるから」と興信所を後にした。
 口が裂けても「ちぇ〜、つまんねぇの」などとは言えない雰囲気であった…。

 夏の朝の柔らかな光は、いつの間にか蝉の鳴き声と共に肌にも刺さりそうな勢いの光になっていた。

 今日も、暑い日になりそうだった…。


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■□   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  □■

0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

1335 / 五代・真 / 男 / 20 / バックパッカー

3524 / 初瀬・日和 / 女 / 16 / 高校生

3525 / 羽角・悠宇 / 男 / 16 / 高校生


■□     ライター通信      □■
五代真様

 この度は『7月の花婿!?』へのご参加ありがとうございました。
 えー…8月になってますね。すいません。
 お1人だけ呪いを解かないというプレイングを頂きましたので、少々皆様とは別行動をさせていただきました。
 フットワークの軽さと顔が広いのは素晴らしいことですね。
 なお、ノベル内の『神社』は五代様の交友関係から拝借しました。
 まだまだ暑いですが、PC様もPL様もお体にお気をつけて。
 それではまた会える日を楽しみにしております。
 とーいでした。