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調査コードネーム:出会えて良かった 〜かたりつぐ命〜
執筆ライター :水上雪乃
調査組織名 :草間興信所
募集予定人数 :1人〜4人
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白金にある豪壮な邸宅。
闇の中から飛来する矢を、見えない壁がまとめてたたき落とす。
同時に、サイレンサー付きの拳銃から放たれた弾丸が、都市型戦闘服をまとった白人を撃ち倒した。
広い庭に立った男女。
怪奇探偵と呼ばれる男と、北の魔女と怖れられる女。
この二人によって、CIAの猛者たちは完全に前進を止められていた。
「こうして一緒に戦ってると、あのときのことを思い出すわね。武彦」
新山綾が笑みを浮かべた。
「あのときってどれだよ」
仏頂面で応える草間武彦。
まったく、この女とともに危険な橋を渡ったことなど、ダース単位でないと数えられない。
「わたしとあなたが初めてあったときよ」
「そういえば、あのときも諜報機関が相手だったな」
それは、草間がまだ怪奇探偵という異名を奉られる前の話。ふたりとも二〇代だった。
「‥‥すまなかったな」
なんとはなしに謝る男。
彼には負債があった。
「なにをいまさら」
優しげに、女が微笑する。
間断なく飛んでくるクォレル。さすがに住宅街で重火器を使うわけにはいかないのだろう。
そこだけが、彼らの有利さだった。
数でも質でも大きく水を空けられているのだから。
ヴァンパイアロードの軍団は強かった。蘇った剣豪たちは難敵だった。しかし結局のところ、彼らは近代戦のやり方を熟知していなかった。だからこそ護り手たちがつけいる隙が充分にあったのだ。
しかしCIAは違う。
彼らこそ近代戦のエキスパートなのである。個体能力ではヴァンパイアロードや剣豪に及ばなくても、このような場面での戦い方を極めている。
「あるいは、ここで終わるかもな」
男が呟く。
信長軍団との戦いで失うはずの命を拾った。
だがそれは、命日を横に三ヶ月ばかり移動させただけのことかもしれない。
それでも、
「多少は女房孝行ができたかな」
「ごめんね。巻き込んじゃって」
「なにをいまさら」
さきほど女が言った台詞をそのまま真似る。
迷惑をかけるのはお互いさま。
不死を信じるような連中が相手なのだ。ただ報告に「そんなものは存在しない」と書いて納得するはずがない。
むしろ完膚無きまでに叩き潰して、この国に手を出すとやばいと思わせる方が得策だ。
たとえ彼らがここで倒れたとしても。
得体の知れないものへの恐怖が勝っている間は、俗物のモリスは動けないだろう。
「そうやって守ってきたんだろ? 綾は」
「わたしだけじゃないけどね」
ちらりと邸宅に視線を走らせる魔女。
芳川邸。
そこでは、草間の義妹が戦っているはずであった。
魔女と同じ発想のもとで、造られた少女が。
「‥‥思い出しましたよ。私が生み出された理由」
背筋が冷たくなるような笑みを草間零が浮かべる。
広げた両手に集まってくる無数の悪霊。
霊感のない者でも、体感気温ががくんと低下したことをさとるだろう。
恐怖の色を瞳に浮かべるエージェントたち。
「私は‥‥あなたたちと戦うために作り出された」
CIA局員に向かって放たれる悪霊。
無言の怨嗟を振りまきながら。
八〇過ぎの老人のような姿になって倒れるアメリカ人。
「結局は戦わずに戦争は終わりましたが‥‥いまこうして戦えるのですから、無意味ではなかったのかもしれませんね」
鬼女の微笑。
彼女が一歩前に踏み出すと、CIA局員たちは五歩六歩と後退するありさまだった。
だが、圧倒されつつも反撃がおこなわれ、零の身体に銃弾が紅い花を咲かせる。
「く‥‥」
ぐらりとよろめく少女。
アメリカ人たちの勝利の確信は、一秒以下の寿命しか保ち得なかった。
乾いた音を立てて身体から落ちた弾丸が廊下に転がる。
「アンデッド‥‥」
「そうですね。これもまた不死の形かもしれませんよ。ほしいですか?」
再び悪霊が絶望の怨嗟とともに放たれる。
生命力のほとんどを悪霊に吸い尽くされ、老人のようによろめきながらも一人のエージェントが芳川絵梨佳の部屋に入る。
偶然、ではない。
絵梨佳の拉致も戦略条件に入っているのである。
こんな状態でも任務を果たそうとするのは立派だが、
「レディの部屋に入るときはノックくらいするものよ」
紅いレーザーポインタが、ぴったりと額にあてられる。
小口径の拳銃を握って佇立する少女。
絵梨佳だ。
手は震えておらず、口調も落ち着いている。
いつもの甘えん坊の子供ではない。ロンドンにいる父親の名代として、芳川財閥を代表するものとして立っているからだ。
再三に渡って草間たちから逃げるように言われたのに、彼女は頑として首を縦に振らなかった。
一緒に戦いたいから。
「みんなが穢れるなら私だって汚れる。仲間だから」
引き金にかけた指に、力がこもる。
※「かたりつぐ命」の第3話です。
第1話、第2話をご一読の上、ご参加ください。
※水上雪乃が描く東京怪談の最終シリーズです。
※この依頼は、7月19日(火)午後9時30分から受注開始となります。
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出会えて良かった 〜かたりつぐ命〜
怪奇探偵は、べつに人道の騎士ではない。
人を殺してはいけない、命を奪ってはいけない、という、たいていの宗教団体が掲げる戒律に背いているからだ。
草間武彦も、その妻であるシュライン・エマも義妹の零も彼らと関わる人々も、人を殺した経験がある。
もちろん、彼らは殺人を楽しんだことなど一度もない。
殺さなければ殺されるという状況に追い込まれたことがあるだけだ。
例外は、芳川絵梨佳と飛鷹いずみくらいのもので、このふたりは年齢的に常に大人がその罪を引き受けてくれた。
大人たちが盾になってくれた。
「でも、みんなが穢れるなら私だって汚れる。仲間だから」
引き金をかかる指に力を込める絵梨佳。
しかし、彼女が拳銃を撃つ前に、諜報部員の身体が横に吹き飛ぶ。
別人によって撃たれたのだ。
「待たせたな」
にこりともせずに嘯く男。
もちろん良く知っている声だ。
「暁文さん‥‥」
本名で呼びかける少女。
彼女だけが張暁文という名を知っている。
「まったく。無理すんじゃねぇよ」
おどけたように笑い。だが真剣なまなざし。暁文が絵梨佳に歩み寄り小さな手から拳銃をもぎ取った。
「ぁ‥‥」
やさしく。
「俺は、お前にこんなものを使って欲しくないんだ」
一緒に戦うとか、ともに穢れるとか。そんなものが仲間の証なわけではない。
彼は絵梨佳を守りたいと望んでいる。
心の底から。
命を賭けてでも。
「それじゃたりねぇかな?」
いつだって言葉足らずな、暁文の台詞。
「ううん‥‥充分だよ」
絵梨佳がそっと、九歳年長の恋人の肩に身体を預けた。
百万の感謝をこめて。
言葉にすれば、きっと陳腐でありきたりなものになってしまうから。
優しくその髪を撫でる男。
高く低く戦いの音が響いている。
「さ、あんまり和んでる時間はねぇぞ。屋敷に入り込んだバカどもを一掃しねぇとな」
「私は‥‥」
「一緒にくるか?」
「邪魔じゃないかな?」
さすがに気を遣う絵梨佳。
事実をいえば、まったくその通りだ。何の訓練も積んでいない中学生など、足手まとい以外のなにものでもない。
だが、
「絵梨佳と一緒なら、俺は空だって飛べるさ」
真顔で言ってから赤面する暁文。
とてつもなく恥ずかしいことを言ってしまったような気がする。
しかし、衷心からの思いだ。
最愛の人を守るために戦う。これ以上の理由があろうか。
「うんっ」
少女が大きく頷いた。
下水道。
ごうごうと音を立てて流れる汚水。
気絶しそう臭いに耐えながら、守崎北斗が剣をかざす。
目には見えぬ氷狼(フェンリル)が走り抜けてゆく。みるみるうちに凍り付く下水。
秘剣グラムの力である。
「よしっ」
「いくぞっ」
走り出す守崎啓斗。北斗の双子の兄だ。
彼は常に弟の前を走る。
盾になれるように。
いままでずっとそうしてきた。そしてこれからもそうするだろう。
だが、信長軍団との戦いから、啓斗の内心に変化が生じている。
怖くなったのだ。
死が。
もっとも死を怖れないない人間などいないので、これは少年が普通の人間の感情を持っているという証拠でもある。
どうして怖いのかといえば、
「言えないよな‥‥死んだらもう北斗に会えないからなんて、な‥‥」
ふと横を見る。
いつのまにか弟が並んで氷上を駆けていた。
「ひとりで先に行くなってっ!」
どちらがどちらを守るとか。そういうことではない。
一緒に走りたいと思う北斗だ。
未来は、守りあうことじゃない。
見つめあうことじゃない。
並んで、同じ未来を見たいから。
「‥‥おまえが遅いだけだ」
憎まれ口の前に、一瞬の沈黙を挿入する啓斗。
「じゃあもっと速く走るからよ。おいてかないでくれよな」
「‥‥当たり前だ」
駆け抜けてゆくふたり。
彼らにとって大切な人たちが待つ場所へと。
もちろん、急いでいるのは啓斗と北斗だけではない。
ハイエースのシュラインといずみも、シルビアの巫灰慈も物理法則が許す限りのスピードで芳川邸に向かっている。
「相手はCIA。いままでみてぇな骨董品連中と訳が違うぞっ」
専用回線を通じて浄化屋が告げる。
「判ってる」
極力冷静にシュラインが応えた。
七条家の陰陽師たち、ヴァンパイアロードの軍勢、異界の邪神、そして信長軍団。それぞれに強敵だった。
しかし彼らは近代戦のエキスパートではなかった。市街戦を得意としてもいなかった。装備だって現代的なものではなかった。
それらはすべて護り手たちの手にあった。
だらこそ勝てたという言い方もできるのだ。
「でも、今回は違うんですね‥‥」
唇を噛むいずみ。
口惜しさがにじみ出している。
草間の行動に、それを読み切れなかった自分自身の甘さに。
「何を考えているのでしょうか‥‥」
呟く。
「簡単よ。あの人たちの考えてることは」
吐き捨てるように言うシュライン。
「私たちを巻き込みたくないのよ。武彦さんも綾さんも‥‥まったく、進歩がないったらっ」
怒りながらハンドルを切る。
大きく傾ぐハイエース。
昔からそうだ。
いつも肝心なところは自分だけで背負って。抱え込んで。
「置き去りにしないでって言ったじゃないっ!」
アクセルを踏み込む。
加速してゆくワゴン車を、ぴったりとシルビアが追走する。
暁文‥‥中島文彦ひとりが加わったくらいで、探偵たちの不利が覆ったわけではない。
「ふふ‥‥さすがにお強いですねぇ」
零が笑う。
周囲を飛び回る悪霊ども。
彼女の手によって、すでに五人ほどの情報部員が冥界の門をくぐっていた。
ただ、これは戦闘力の差を考えると少ないと言って良い。零が優位にあったのは最初だけなのだ。
すぐにCIA局員たちは対応策をとってきた。具体的には聖水や霊法処理された武器などを持ちだしてきたのである。
それだけ研究されているということだ。
護り手たちが敵を研究したように。
零の身体には四〇以上の傷が刻まれ、回復機能は破綻をきたしている。
止めどなく流れてゆく生命力。
しかし、
「いきなさいっ!」
襲いかかってゆく悪霊。
白髪の老人になって倒れる情報部員。
そしてふたたび零に集中する銃撃。
「く‥‥っ」
膝から床に崩れる。
たたみかけようとするアメリカ人たちを横から降り注いだ弾丸が蹴散らす。
二丁拳銃の中島が、驚くほどの正確な射撃でわずかな時を稼いでいるのだ。
その隙に飛び出した絵梨佳が、零を物陰に引きずり込む。
なかなか見事な連携プレイである。
「大丈夫っ!? 零さんっ」
声をかけた絵梨佳。
思わず、
「ひっ!?」
と、悲鳴をあげる。
零の左腕。肘から下がごとりと落ちたのだ。
「すこしダメージが大きすぎました‥‥」
「くそっ! きりかねぇぜっ」
後退してきた中島がこぼす。
敵は防弾仕様の防護服をまとっているらしく、胴体部への射撃はほとんど意味がない。
これは卓抜したガンナーである中島にとってもかなりのハンディキャップだ。
「絵梨佳。弾丸(たま)」
「はいっ」
間髪入れずにマガジンを差し出す。ちゃんと装填済みの。
ぼろぼろの身体で、零が微笑する。
良いパートナーだと思う。
「いつまでも‥‥なかよく‥‥」
ゆっくりと。
ゆっくりと暗くなってゆく視界。
「零さんっ!? 零さんっ! しっかりしてっ!!」
絵梨佳の声が、どこか遠くで聞こえていた。
「滅びの‥‥風っ!!」
シュラインの手から放たれた見えざる矢が諜報部員の身体を塵に変えてゆく。
問答無用の攻撃である。
彼女はけっして殺人狂ではないが、夫と義妹を守るためにならば躊躇なく鬼にでも修羅にでもなる。
「私もっ!」
突入しようとするいずみ。
「やめとけって。お前さんは人を殺すには若すぎるぜ」
それを押しとどめた巫の指先から無数の火弾が飛び出す。
物理魔法。
恋人と同じ力である。
「私だって戦えますっ!」
いずみが声を震わせながらも前に出ようとするが、巫の掌は大きく強く、彼女は自由になれなかった。
「はなしてっ」
もがく。
いまはひとりでも多くの戦力が必要なときであり、子供だからといって引っ込んでいるわけにはいかないし、特別扱いされるのはもっと嫌だ。
もちろん人を殺すのは怖い。
人間として最もやってはいけないことだから。
理性と感情。理想と現実のせめぎ合いだ。
「気持ちは判るけどな」
「ここは任せて、飛鷹は草間たちと合流しろ」
すっと横に立った北斗と啓斗が、軽くいずみの肩を叩く。
シュラインたちにやや遅れて、芳川邸に到着した双子。
庭の奥、つまり正面玄関の方を睨んでいる。
高く低く戦闘音が響いていた。
つまり、まだ決着がついていない。草間や綾は生きているということだ。
「俺たちが」
「血路を開く」
兄の双剣が裂帛の気合いとともに闇を切り裂き、弟の細剣が無明の軌跡を描いて大気を貫く。
やや躊躇った後、走り出す三人。
双子の気持ちを無駄にしてはいけない。
この闇の彼方に、シュラインにとっとも巫にとっても、自分自身よりも大切な人が待っているのだ。
ほんのわずかでも稼いでもらった時間を利用して、絶対に会わなくてはいけない。
「死ぬんじゃねぇぞっ!」
浄化屋の声が二人の耳に届く。
「当然だ」
冷静に応える啓斗。
北斗は無言だったが、その顔には笑みが浮かんでいた。
彼は巫の生き方を、愛し方を、尊敬する。
恋人を救うためならたとえ世界の全てを敵に回しても良いという覚悟。そのために命を失ってもけっして後悔しない姿勢。
単純すぎるかもしれない。
しかし、
「複雑な話なんて、単純な問題をクリアしてからすればいいんだよっ!」
グラムに喉を貫かれた諜報部員が、笛のような音を立てながら絶命する。
吹き出す血が月光に照らされて青く輝いた。
その北斗の背後に迫るコンバットナイフ。
無防備な背中への一撃だったはずだが、音高く弾き飛ばされる。
「弟には、指一本ふれさせない」
啓斗だ。
雌雄一対の剣は、すでに鍔近くまで深紅に染まっている。
ここが、彼らの戦場。
仲間たちはそれぞれに大切な人の元へと走った。
彼らはそうする必要がない。
なぜなら最も大切な存在は、いつでも後ろにいるから。
「兄貴」
「なんだ?」
「いま、なんか恥ずかしいこと考えてただろ?」
「‥‥そんなことはない」
「お見通しお見通し。だってよー」
「‥‥なんだ?」
「俺もおんなじだからサっ!」
「‥‥ふん」
互いの背中を守りながら戦う。
死という楽曲を奏でる舞踏会のように。
広くはないが清潔な部屋。
見えない瞳で窓の外を見やる少女。
夜風が頬を撫でてゆく。
「こんばんは。お嬢さん」
その声は、すぐ目の前から聞こえた。
「!?」
ここは二階だというのに。
「風間七海さん、ですね? 怪しい者ではありません」
優しげな声。
気絶しそうなほど怪しいのだが、七海はこくりと頷いた。
なぜか信用に値するような気がしてしまったのだ。
これはかつてのフランス王と同じだが、むろん彼女は知る由もない。
「光を取り戻したいですか?」
窓の外に立った男が、いきなり核心をつく。
「!?」
ふたたび絶句する七海。
だが、沈黙は長くなかった。
「‥‥はい」
「よく考えて答えてくださいね。結果、あなたはたいへん不幸になってしまうかもしれませんよ? その可愛らしい顔も醜く変わってしまうかもしれません。それでもいいのですか?」
問いかけ。
それでも少女は頷いた。
もう一度、あの少年の顔を見たい。
それだけが彼女の願いだ。
たとえそれで嫌われても、たとえ誰からも愛されなくとも。
「お願いします‥‥もう一度、光を‥‥」
「わかりました」
さしのべられた手。
必死に掴む。
一陣の風がカーテンを揺らした。
巫と綾。草間とシュラインのコンビプレイは、単体で戦うときに比べて何十倍もの戦力になった。
「愛ゆえに、ですね」
いずみが苦笑したほどだ。
パートナーとはこういうものだ、と、体現しているようであった。
実際、合流してからわずか数分で、あらかたの敵を葬ったのだから、戦果も特筆に値する。
「けど、少なくねぇか?」
疑問を呈する巫。
「ごめん。かなり取りこぼしちゃったのよ。その分、中の零ちゃんに負担がかかってるわ」
綾が答えた。
一つ頷き合うと、草間夫妻が屋敷に入ってゆく。
後に続くいずみ。
時間を空費してはいられない。
「どのくらい?」
「わからん。二〇から三〇だとは思うが‥‥」
夫の言葉に応じて耳を澄ますシュライン。
人間レーダーにも例えられる超聴覚である。
「‥‥呼吸音は八つ‥‥六つは知らない人。あとは絵梨佳ちゃんと‥‥中島くんもきてるのね」
苦笑しかけた蒼眸の美女。
不意に表情が凍りつく。
八マイナス八は、ゼロ。
では彼女の大切な義妹はどこにいるのだっ!?
悪い予感が悪寒となって背筋を這い回る。
「零ちゃんっ!」
駆け出す。
ただならぬ気配に、怪奇探偵も浄化屋たちも走る。広い屋敷の中を。
シュラインの聴覚だけを頼りに。
そして、
「うそだろ‥‥」
草間は、自分の口が勝手に言葉を紡ぐのを聞いた。
廊下に蹲る影。
何かを抱きかかえて。
低く、嗚咽が漏れている。
泣いているのは絵梨佳。抱かれているのも良く知っている顔。
零だ。
よろよろとよろめきながら、シュラインが近づいてゆく。
「零ちゃん‥‥れいちゃん‥‥」
青い目が映している光景を、彼女は理解できなかった。
左腕を失い、壊れた玩具のように動かなくなった零。
呼吸が苦しい。
頬を伝う生温かい液体は何?
倒れているのは誰?
義妹のはずがない。
「だって零ちゃんは‥‥あんなに強いんだから‥‥」
中の鳥島での出会い。
想像を絶する戦闘力を有した、戦慄の死霊兵器。
こんなことで、こんなところで死ぬはずがないではないか!
「うそよっ! 嘘だといってっ!!」
冷たくなった妹の身体に取りすがる美女。
ぺたりと尻餅をつくいずみ。
人の死は見てきた。いまだって仲間がアメリカ人たちを倒すのを目にした。
一緒に背負う罪の証として瞳に焼き付けた。
だが、知己を喪ったのは、はじめてだ。
「てめぇら‥‥」
呆然と見守っていた怪奇探偵が、
「絶対に許さねぇ!!」
紅の瞳に怒りの炎を灯した浄化屋が廊下を駆ける。
六対一という絶望的な銃撃戦を展開していた中島のもとを駆け抜け、無謀なまでの突進。
銃弾やクォレルが身体をかすめる。
しかし、そんなものを草間も巫も気に留めなかった。
無言で頷いて中島も続く。
カミカゼアタック。
それは、かつて日本軍がおこなった戦法。自分の命を捨てて相手を倒す狂気の戦い。
第二次大戦中、目の当たりにしたアメリカ兵の悪夢の苗床となった攻撃。
敵に飛びついた草間。力任せに口の中に銃身をねじ込み発砲する。
血と脳漿が壁に怪奇な模様を描く。
「口の中までは防弾できねぇもんな」
冷たく笑った中島と巫もまた、同じ戦法でCIA局員を冥界にたたき落とした。
ほとんど一瞬の出来事だった。
庭の敵を一掃した守崎兄弟も、階段を駆け上がってくる。
目にしたものは、子供のように泣きじゃくるシュラインだった。
姐と慕う女性が大粒の涙を流している。
その光景が双子の口から言葉を奪う。
泣きはらした顔を上げた絵梨佳が、かすれた声を絞り出す。
「遺言‥‥伝えるね‥‥」
義兄さん。
義姉さん。
そしてみんな。みんなに出会えて私は幸せでした。
たくさんの幸せを、ありがとうございました。
零は皇紀二六〇〇年に生まれた。
昭和でいうと一五年。西暦でなら一九四〇年。有名な零式艦上戦闘機と同じ年だ。
アメリカを含めた連合国と戦うために造られた死霊兵器は、しかし一度の実戦もおこなうことなく終戦を迎える。
そして、五〇年以上の時が流れ、彼女はCIA‥‥アメリカとの戦いで散った。
時代は違っても、製作者が意図した通りに。
死に場所を得たのは、戦士として幸福だったのだろうか。
「そんなわけ‥‥ないじゃない‥‥」
呟き。
慟哭が深夜の高級住宅街を包む。
窓から差し込む月光。
何も語らず。
冷たく。
ただ冷たく。
つづく
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0554/ 守崎・啓斗 /男 / 17 / 高校生
(もりさき・けいと)
0568/ 守崎・北斗 /男 / 17 / 高校生
(もりさき・ほくと)
0143/ 巫・灰慈 /男 / 26 / フリーライター 浄化屋
(かんなぎ・はいじ)
0213/ 張・暁文 /男 / 24 / 上海流氓
(ちゃん・しゃおうぇん)
0086/ シュライン・エマ /女 / 26 / 翻訳家 興信所事務員
(しゅらいん・えま)
1271/ 飛鷹・いずみ /女 / 10 / 小学生
(ひだか・いずみ)
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■ ライター通信 ■
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お待たせいたしました。
「出会えて良かった 〜かたりつぐ命〜」
お届けいたします。
零が死にました。
悲劇の回です。
ただし、これはあくまでも水上雪乃の作品世界での話。他のライターが描く東京怪談にはまったく影響しませんのでご安心ください。
そして物語は佳境へと入っていきます。
不死人の手によって連れ去られた七海。
失意の怪奇探偵。
次回で「かたりつぐ命」は最終回です。
わたしの描く東京怪談もフィナーレを迎えます。
ところで、最終回は、それぞれのキャラクターのエピローグを入れるつもりです。
未来予想図を教えてくだされば幸いです。
それでは、またお会いできることを祈って。
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