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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


『監視者との遭遇』

●アトラス編集部〜いつもとは違う日常〜
「ちょっと三下! 何よ、この記事? やり直し!」
「えぇ〜、編集長勘弁してくださいよう……」
 いつもと変わらぬ風景が繰り返されているアトラス編集部。締切
までは間があるとはいえ、碇麗香の仕事に妥協という二文字は無い。
7回目のリテイクをくらった三下が、投げつけられて散らばった原
稿を拾っていると、入口の方から歩いてきたスーツ姿の男の足元が
視界に入った。
「すみません。碇編集長はいらっしゃいますか?」
「は、はぁ……。少々お待ちください」
 原稿を胸に抱え、三下は碇のデスクへと近づいていった。ディス
プレイから目を離さないまま、碇は不機嫌そうな声をあげる。
「何!? まさかもう書き直したなんて戯言言わないでしょうね!」
 声に刺がある。蛇に睨まれた蛙のような表情で、それでも三下は
来客があることを伝えた。
「あ、あの〜……編集長にお客様なんですけど……」
「あん? アポ無しで来るような奴に構っている時間はないんだけ
どね」
 ちらっと顔を上げた碇の視界に、男の姿が映った。
「げ……」
 珍しく顔をしかめた編集長を見て、三下もまた驚愕の色を顔に浮
かべる。ここまで苦手意識を顔に出す碇を見るのは初めてであった。
「ひどいなぁ、麗香くん。そこまで露骨に嫌な顔をしなくてもいい
じゃないか」
 にこやかに語る男とは対照的に、碇の顔は冴えなかった。
「できれば係り合いを持ちたくないのよねー……貴方とは」
 忙しさというものが単位で現せるのなら、先ほどに比べても当社
比1.5倍といったところであろうか。『あー、忙しい』と全身で
主張しながらおざなりな対応を続ける彼女に、男は微笑を絶やさな
いまま語りかける。
「そうしてると思い出すなぁ……君が編集部に入ったばかりの頃を。
月山に取材に行った時の君の……」
「分ぁーかった! 分かったわよ! 今度は何を記事にすればいい
わけ!?」
 瞬時に立ち上がった碇の手が男の口を押える。男は押えられたま
まで器用に頷くと、彼女を連れて応接室へと姿を消した。


「誰なんですか? あの人……?」
「宮田圭一郎。あっちの業界でも敵に回すともっとも厄介な奴の一
人よ」
 結局、宮田の話というのは三下の原稿が書きあがるまで続いた。
 書きあがった原稿の再チェックをお願いしに来たのだが、碇はそ
れをちらっと見ただけで目を通そうとはしなかった。先程、宮田が
言い残していった話を反芻していたのである。


「天船山? あの、黄金の飛行機が発掘されたとかいうデマが流れ
たところでしょう?」
 マヤ文明辺りの遺跡から発掘された事のある、どう見ても現代の
飛行機にしか見えないオーパーツの一種。それが見つかったとして
一躍注目を浴び、捏造が発覚して大騒ぎになった場所のはずだ。碇
は、それがどうしたという顔で聞き返した。
「そう。公にはそういう事になっている……だが、昔からその手の
言い伝えが残されていたのは事実らしい。そして、黄金の飛行機が
発掘されたのもね」 
「それで? うちの雑誌で取り上げて欲しいとでも? 貴方の仕事
に関係があるとも思えないけど。うちだって確証も持てない情報に
時間と頁を割くほど楽じゃないのよね」
 宮田はしばらく無言のまま碇の顔を見つめていたが、懐から鈍く
黄金色に光る何かを取り出した。
「これがその内の一つだよ。それにこの件では、九頭見家の当主も
現地入りしているらしい」
「九頭龍が!?」
 その筋では名の通ったトレジャーハンターの名前を出され、さす
がに碇の編集長としての嗅覚が働き始めた。九頭龍(くずりゅう)
といえば、豊臣秀吉の黄金を始め、さまざまな宝を発見した者とし
て知られ、裏の世界でもかなりの大物である。
「そんなに大きく取り上げてくれとは言わない。小さい記事で充分
だよ。見るものが見れば、それで何かを感じ取れるようにはしてお
くから。じゃ、頼んだよ」


 碇はしばらく迷ったものの、結局自分の手で短い原稿を書き上げ
た。
(ねじ込めば次のアトラスには間に合うでしょう……)
 古代オーパーツが見つかった場所として、月刊アトラスに天船山
の記事が載ったのは、翌月の事であった。


●天船山〜地下〜
「地下にこれほどの規模の施設が生きているとはね……」
 宮田圭一郎は驚きを隠せない声で呟いた。月刊アトラス7月号の
発売に先駆けて、単身で天船山の遺跡を調査に来ていたのだが、そ
こにあったものは『遺跡』と呼ぶには相応しくなかった。硬質の石
を切り出して作られたと思われる通路には、未だ照明らしき装置が
稼働していたのである。
「ふむ。なかなか高ランクの者が来たようですね」
「!」
 宮田が一足跳びで後ろに下がる。先程まで誰もいなかった空間に、
男性らしき人影が現れたからである。
「……なに?」
 宮田は呟き、手の中に持っていた『転』と『移』と刻まれた二つ
の文殊を凝視した。術は発動しているはずだ。だが、彼の体はこの
遺跡から脱出する事ことなく、残されたままだった。
「最近は面白い対象が増えて飽きないよ。さて、今回はどこまで持
つかな」
 宮田の姿を視界に捉え、人影は静かにそう語った。 


●宮田探偵事務所
「先生……」 
 主のいない探偵事務所。その室内に結城操は立ち尽くしていた。
怪奇探偵とも呼ばれる、宮田圭一郎が調査に出かけてから一週間。
その間、一度も事務所に連絡はなかった。几帳面な宮田が、何の
理由もなしにこんな真似をするわけがない。
「やっぱり何かあったんだわ。私が何とかしなくちゃ……」
 貧乏探偵事務所の留守を預かっているとはいえ、操はまだ女子高
生である。無論、その手の仕事もいくつもこなしてはいる。しかし、
それは宮田の指示を受けてのことだ。 
「私一人ではどうしたらいいのか判らない。誰かに助けを求めない
と……」
 今までの事件で知り合った何人かの協力者達。彼らに連絡をとる
べく、操は携帯を取り出した。
 

●事務所にて
「シュラインさん! 紅さん!」
 異なるタイプの美女二人、シュライン・エマと紅・蘇蘭が宮田の
事務所に着いたのは殆ど同時であった。彼女らが立て付けの悪い扉
を開けるのと同時に、一人の少女が飛びつくようにして姿を見せた。
「操や、そう慌てずに話を聞かせておくれ。何、心配せずとも宮田
はそう簡単にくたばる男ではないわ」
 小さい子をあやすかの様に、右手で結城操の頭を撫でる紅。一方
の手で器用に煙管を取り出し、応接用のソファに身を沈めた。
 シュラインもその隣に並び、ようやく落ち着きを見せ始めた操の
横顔をじっと眺めていた。
(普段は落ち着いて見えても、やはり子供……。私達が来るまで不
安で仕方なかったのでしょうね)


「さて。それじゃ操ちゃん? 今回の件でいくつか聞いておきたい
事があるんだけどいい?」 
 シュラインと紅は既にここの事務所で幾度か顔をあわせた事があ
る。一緒に仕事をしたわけではないが、ニアミスといったところだ
ろうか。
「まず、宮田さんの今回の連絡先。何かあった時の対応策は聞いて
いるんでしょ?」
 ようやく落ち着きを取り戻した操は、いつものようにてきぱきと
シュラインの質問に答えていった。
「はい。とりあえず、先生の方から定期連絡を。それが途絶えた時
には最後に宿泊した場所に荷物の有無を確認する事になっています。
今回は天船山近くの町に宿をとっていて、そこに電話してみたんで
すけど……」
「手がかりはない、と?」
 紅が煙管を燻らせながら言葉を繋ぐ。安物のソファに身を置いて
いても、その華麗さにはいささかの陰りも見当たらない。
「ええ……。元々、先生の能力は『文殊』ですから、状況に応じて
対応がききます。装備らしい装備も持っていっていませんし。ただ、
天船山ではなく、その隣の山との境にある、渓谷に向かうと言い残
したらしいんです」
 手近にあった地図を広げ、3人は大体の位置を確認した。
「なるほどね。とりあえず、宮田さんには何かあてがあったという
事ね。……操ちゃんは久頭見家の当主については何か聞いているの
かしら」
 その言葉を聞き、操は自分の机の上にある年代モノのパソコンを
立ち上げる。『UnderGroundネットファイル』というペ
ージを開き、二人に見せる。
「私も一度だけお会いした事があります。その時の印象は、フェラ
ーリを乗り回してるボンボンという以上のものではなかったけど…
…」
「うちの店にも幾度か持ち込んできた事がある。軽薄な男だが、ト
レジャーハンターとしての腕は超一流といっていいな」
 確かに、ネット上には九頭見家が代々に渡り発掘してきたお宝が
ずらりと並んでいる。これだけの財宝を本当に発掘しているのだと
したら、フェラーリですらミニ四駆みたいなものだ。 
「ところで操ちゃん。宮田先生はどういった目的で天船山へ向かう
のか言っていった? 遺跡の所在を明らかにする為なら、相手の出
方も判るのだけれど」
「いえ、先生は何も……。元々、秘密主義なところのある人ですし。
特に今回の件に関しては、どこから話を聞きつけてきたのかも、さ
っぱりで……」
 応接間に沈黙が流れる。遺跡の発見、情報の錯綜、そして宮田の
失踪。どれも唐突すぎて、情報に欠けることばかりなのだ。
「何はともあれ……」
 紅が最後の一服を吐き出す。
「ええ……現地入りしてみるしかないようですね」
 言葉を繋ぐシュライン。三人は一旦別れ、その日の夕方に天船山
に向かって出発する事にしたのであった。


●渓谷〜遺跡入り口〜
 三人は夜遅くに宮田の泊まった宿に着き、夜が明けるのを待って
渓谷に向かう事にした。幸い、土地勘のある女将が簡単な地図を書
いてくれたので、迷う事はなさそうだった。
「というか……ハイキングコースからちょっと外れたくらいの感じ
じゃありませんか、これ?」
 そういう操自身もそれほど重装備なわけではない。せいぜい軽い
登山に行く様な格好である。
「そうさな。これでは迷えという方がちと困難かねぇ」
 紅やシュラインはいつも通りの格好である。
「こんな所に世界的な遺跡が埋もれてるとは考えづらいですね。や
っぱりデマだったのかしら……だとしたら宮田さんは?」
 町を出てから三時間。渓谷はもう、目の前であった。


 その洞窟を見つけたのは操であった。奥は深そうだが、入り口に
何人もが通った痕跡が残されていたのだ。中の道は適度に踏み固め
られており、歩くにも苦労はしない。
「……まるで用意されたみたいね」
 ライトを持って先頭をいくシュラインはそんな感想を覚えた。宮
田が持ち込んだという黄金の飛行機。それを手に入れた者達も、こ
こを歩いていったのだろうか。
 途中、いくつかの分かれ道があったものの、足跡や先人のつけた
と思われる印が残っていた為に苦労らしい苦労はなかった。彼女ら
は労せずして遺跡の入り口にたどり着いたのである。
「これは……」
 明らかに人工の建築物と思われる造りだが、硬質の石材を削りだ
して作られた通路、謎の発光照明。どれも古びた遺跡という印象か
らはかけ離れたものであった。
「ねぇ、ここは本当に遺跡なのかしら……え?」
 三つの入り口を擁した正方形の広間。そこを調査していたシュラ
インが振り返った時、他の二人の姿は忽然と消えていたのであった。


●監視の間
「紅さん、『視え』ますか?」
「ふむ、あの入り口の奥じゃな」
 邪眼と魔眼。金色の瞳と真紅の瞳が捉えたものは、通路の奥に転
がる宮田の『文殊』であった。走り出す操を追いながら、紅は少女
が特殊な瞳の持ち主である事に気がついた。
(私とは違う種類だが、見通す力は同じということか)
 だが、二人が通路に転がる文殊に手を伸ばそうとした瞬間、世界
は反転し、別の場所へと跳ばされていた。

「ふむ……転移装置というわけか。操とは別の部屋に跳ばされた様
だが、さて……」
 乳白色に光る壁、床、天井。かなり広い部屋ではあるようだが、
大きさが判然としない。
 ゆっくりと煙管を取り出し、一服する紅。だが、吸い慣れたはず
のそれは奇妙に苦かった。
(別々の場所に跳ばしたという事は、それぞれの力を見るというこ
とか? 嘗められたものだねぇ。少しお灸を据える必要があるかね)
 いつになく、好戦的な気分になっている。だが、紅はまだ自分の
身に起きた変化には気がついていなかった。


 ふと気がつくと、彼方から人影が近づいてくるのが見えた。白い
もやの中から現れたその人影は、血の色よりも赤い、不思議な鎧を
身に着けた戦士であった。
「ふーん、あんたがあたしの相手かい……。いいねぇ。一見しただ
けで只者じゃないってのが判るとこがさ」
 どうやら女性であったようだ。紅も背は高い方だが、彼女よりも
頭一つ以上はでかい。鍛え上げられた全身には無数の傷跡。歴戦の
戦士といった風情だが、今時こんな格好をした者がいるだろうか。
「あんたが何者かは知らないし、聞く気もない。どの道、あたしは
こいつでしか語るすべを持たない女だからね」
 腰から二本の小剣を抜き、だらりと自然体で構える。どこにも力
が入っていないようで、それでいて俊敏に動ける姿勢であった。
(さて、襲われる理由もないわけではないが。こういう展開は予測
してなかったねぇ)
 紅が銀煙管をくるりと下に向け、軽くゆすって灰を落とす。その
灰が床に落ちた瞬間、それを合図と決めていたかの様に二人が交錯
した。
 二本の小剣を顎の様に構え、獰猛な野獣のように戦士が迫る。そ
れを間一髪でかわした紅は間髪をいれず雷撃を放った。
「ちぃっ!」
 その雷撃を避けようともせず、戦士は鎧の一番厚い部分で受け止
め、逆に間合いを詰めた。
(どんな鎧かは知らないが、魔術的な要素を持っているのは確かか
……)
 それでも効いていない事はないだろう。だが、戦士は痛みを感じ
た素振りも見せずに逆手に構えた小剣で斬り上げた。
「!」
 雷撃を避けると思っていた事、様子を伺っていた事。その二点を
差し引いたとしても、その一撃は紅の予測を大きく上回った。首筋
の動脈まであと数ミリといったところで、紅は『縮地』を使って身
を翻した。
「分相応という言葉を知らないようだね……。火傷では済まさない
よ!」
 常に無い怒りが全身を駆け巡る。首筋から流れ落ちる血を軽く舐
めると、紅は六腕虎身の本来の姿へと変化していった。


●九頭龍
 その頃、シュラインは途方にくれていた。紅と操が一言も無く消
えてしまった事で、なんとか足取りを掴もうとしていたのだが、ま
るで神隠しにあったかの様に所在を掴めずにいたのだ。
「一旦、退くべきなのかしら……」
 どう考えても話が旨すぎる。ここまでの展開と消息を絶った仲間
達。
「ハメられたのかしらね……」
 思わず漏れるぼやき。だが、それに答えるものがいた。
「え、何? 誰にハメられたって?」
「きゃっ!」
 突如、シュラインの脇に一人の男が立っていた。全身をダークグ
リーンの戦闘服らしきものに身を包んでいる。だが、身構えたシュ
ラインに対して、男は敵意のある素振りを見せようとはしなかった。
端正な、整っている顔立ちだが、どこか愛嬌のある顔は宮田の事務
所で操が見せてくれた写真の男であった。
「貴方……九頭見さん?」
「イェーース。俺こそが九頭見だ。お姉さんの名前は?」
「シュ……シュライン・エマよ」
 資料によれば、現在の当主は二十二歳との事だったが、それより
も大人に見える。喋り方をまともにすれば自分より年上でもおかし
くはないだろう。
「で、何しにここに来たんだい。宝探しならあきらめた方がいいと
思うぜ」
 意味ありげに片目を瞑る九頭龍。
「どういう事? 何か知っているのね。宮田さんの事も知っている
の!?」
「なんだ、宮田さんの知り合いだったのかい」
 グローブを嵌めた左手で、頬をかく仕草を見せる。一方、右手に
は、軟質プラスチックに似た素材で覆われた銅鏡みたいなものを抱
えている事にシュラインは気がついた。
「それは、お宝は自分が手に入れたから無駄足になるということか
しら?」 
 驚きから立ち直り、ようやく頭が回転を始めたようだ。会話のテ
ンポを掴もうと、彼女はいつものポーズを作った。
「情報は……等価交換がこの業界の常識でね。ただでは教えられな
いな」
 音もなく、九頭龍の体が動く。百戦錬磨のシュラインでさえ、そ
の動きを追えなかった。柔らかく、後ろから抱きしめれている事に
気がついた時には身動きが取れなかった。
「いい女はそれ自体に黄金の価値があると……俺は思うんだけど?」
「ごめんさいね。あいにく先約があるの」
 胸に伸びた手をやんわりと払いのけながら、シュラインは視線で
拒絶を伝えた。溜息と共に、彼女はその腕の中から開放された。
「そいつは残念だな。彼氏が不慮の事故で死んだ時は連絡をくれ。
世界の裏側からでも会いにいくよ」
 冗談とも本気とも取れないその台詞に、シュラインは返答が出来
なかった。目の前にいる男は気さくに振舞ってはいるが、裏社会の
住人に違いはない。草間に迷惑をかける様な事だけはごめんであっ
た。
「ま、いいさ。宮田さんには借りがあるからな。ここらでまとめて
返しておくのも悪くは無い。あんたがよろしく言っといてくれるん
なら、あんたの質問に答えてやってもいいぜ」
 しばらく無言で顔を眺める。どうやら、嘘を言ってるようには見
えない。声のトーンからもそれが聞き取れる。
「じゃあ、聞くわ。まず、宮田さんはどこにいるの?」
「この遺跡のどこかにはいるんじゃないか? 俺は知らないけど」
 器用に肩を竦めてみせる九頭龍。
「では、その右手に抱えているものは? 九頭見家のご当主が持ち
出してきたということは、それがここのお宝なの?」
 その質問に、彼はしばらく考え込んでから、こう答えた。
「それは正しくもあり、間違ってもいるな」
「どういうこと?」
「つまり、ここは黄金の飛行機が眠るような遺跡ではないっていう
事さ。あんただってここまで来る途中、ヘンだと思わなかったか?
 ハイキングコースに毛の生えたような所にある遺跡。中途半端に
作られた途中の道。大体、遺跡なんてものは二種類ある。後の世に
掘り起こされる事を想定したものと、そうでないものだ」
 九頭龍の語る言葉は、シュラインの想像を超えたものであった。
彼女は黙って、その先を促した。
「突然の天災で沈んだのでもない限り、お宝の眠る遺跡というのは
盗掘者との戦いの場でしかない。俺達、宝探し屋が苦労する点は二
点。隠された遺跡を探し当てる事と、そこのトラップを解除するこ
とだ。だが、ここの遺跡はどうだい? まるで、おいでませ桃源郷
といったところじゃないか」
「何者かの罠という事? こんな大掛かりな?」
 正方形の広間、その中心部まで歩いていくと、彼はくるりとこち
らを振り返った。
「この鏡は、間違いなくここにあったオーパーツだ。だが、君達の
言うお宝というのとは少し違う。あの黄金の飛行機なんてのはここ
に人をおびき寄せる為の撒き餌にすぎないって事さ。俺の見たとこ
ろ、こいつは高度な情報端末の中核ではないかと思っている。今で
言うCPUみたいなもんだ。これを解析する事が出来れば、その価
値は計り知れない」
「それが凄い価値のあるものだという事は解ったわ。では、どうし
て宮田さんや、私の仲間達はここに呼び寄せられたの? 何の為に
?」 
 ゆっくりと、ゆっくりとシュラインは近づいていった。あるいは
その右手の鏡とやらが無ければ、宮田も、操も、紅も帰っては来な
いのかもしれない。ならば、命にかえてもそれを取り返さなければ
ならないはずであった。 
「あんた……変な能力者じゃないだろう。こう、術を使ったり、と
んでもない魔法の武器を持っていたりとか。どうも、そういう奴ら
はここの力場に反応し、跳ばされるらしい」
 くるりと周囲を見渡し、話を続ける。
「うちの家計は代々、隠身術に長けている。俺は『ステルス』と呼
んでいるが、目の前に立っていてさえ、感じ取れない。無論、あら
ゆるセンサーにも引っかからない。だからこそのトレジャーハンテ
ィングだが、その能力のおかげでどうにか奴らの目をかいくぐった
らしい」
「それじゃ……あたしも?」
 確かに、シュラインには紅や操の様な超常能力は無い。それゆえ、
遺跡の罠にも反応しなかったのだろうか。
「なるほどなるほど。それでここまで来れたという事ですか」
「!?」
 九頭龍が身を翻し、シュラインの前に立つ。気がつくと、遺跡の
入り口付近に一人の中年男性が立っていた。奇妙な、男だ。どこに
でもいるような感じだが……シュラインは違和感を覚えた。笑みを
浮かべているかの様な口元にも、何か造られた様な不自然さを覚え
る。
「そんな能力の持ち主もいたのかね……。本当に面白い成長を遂げ
たものだ」
「お前……何者だ?」
 グローブの掌に青白い光…電撃だろうか。それをかざす様にし
て身構える九頭龍。だが、男は一向に怯えた様子も見せずにいた。
「さて、それでは……なに!?」
 男の口元が不自然につりあがる。次の瞬間、爆音とともに遺跡の
横壁が崩壊し、周囲を白い煙が覆い隠していった。


●死闘の終焉
「はあっ!」
 真紅の鎧が輝き、目の前の戦士が四体に分裂する。紅はその全て
に雷を放った。一体、二体、三体。雷の白い奔流にかき消される様
にして分身体が消えていく。実体の無い、囮にすぎない。紅は瞬時
にそれを悟り、自らの周囲に炎の壁を張り巡らせた。だが、戦士は
それを物ともせずに虎身に斬りかかった。
「くたばれ!」
 確実に急所を狙ってくる一撃を、大天仙は正面から迎え撃った。
厚い皮を硬化させ、ほんの僅かに急所をずらして受け止める。その
返しの一撃が戦士の胴を捉え、巨体は大きく跳ね飛ばされた。
「くくく……嬉しいねぇ。どこかは判らないが、こんなに強い奴と
戦えるなんてさ……」
 胸甲を無残にも砕かれ、自身は血反吐を吐きながらも、戦士の瞳
には恐怖の色は無かった。そこにあるのはただ、強敵と戦える事の
喜びだけ。
 足の止まった戦士に止めの一撃をくれるべく、紅は渾身の力を持
って雷撃を生み出した。なぜかここではいつもの威力が出ない。か
といって火炎はあの戦士には効き目が無いようだ。
 青白い電光が周囲の空気を焦がす。放たれた閃光はしかし、戦士
が渾身の力を持って振り下ろした二振りの小剣、そこから生み出さ
れた紅蓮の炎と激突し、轟音とともに天井へと突き刺さった。


「おまえ……」
 人身に戻った紅の前に、戦士はなおも立っていた。天井から落ち
てくる瓦礫の中にあって。だが、その姿は既に薄く、この空間から
消えようとしていた。
「すまないねぇ」
 戦士はニヤリと笑った。隻眼のその顔は、どこまでも楽しげに見
えた。
「最後まで付き合ってやりたかったんだけどな。無理みたいだ」
 既に首の辺りまで姿は消えかかっていた。
「今日のところは引き分けにしといてやるからさ、いつかまた殺ろ
うぜ……最後までな!」
 何百年ぶりだろう。紅は言いようの無い敗北感に苛まれていた。
勝ち逃げされる気分で一杯だった。この自分が!
「お前……名はなんと申す?」
「あたしかい? あたしの名は……」
 天井から一際大きな瓦礫がその場に降り、周囲に土煙が立つ。そ
の煙が晴れる頃、紅はただ一人、その場に立っていた。 
「ああ、忘れぬともさ……」
 悠然と微笑み、ゆっくりと赤い瞳の美女はその場をあとにした。


●終劇
 壁が崩れ落ちるのと同時に、シュラインと九頭龍の周囲にいくつ
もの人影が現れた。
「操ちゃん!」
「宮田さん、生きてたのかよ」
 他にも何人かいるようだ。そして崩れた壁の向こうから、紅もゆ
っくりと姿を現した。
「ふん、安普請な造りよのぅ」
「紅さん、こいつを破壊してくれ!」 
 宮田が袋から鏡らしきものを取り出し上に掲げ持った。
「あ、いつの間に!」
 宮田の持っていた『奪』『取』という二文字の文殊が消えるより
早く、一筋の電撃が閃き、件の鏡を破壊した。
「ひでぇよ、宮田さん!」
「話は後だ!」
 『集』『団』『転』『移』。4つの文殊が眩しい光を放ち、その
場にいる全ての者を包み込んでいく。崩壊の連鎖が進む中、一同の
姿は遺跡から消えていった。


「で? 俺は宮田さんのおかげでただ働きってわけかよ」
 気がつくと、一同は山一つ越えた所まで転移していた。殆どの者
は起き上がる事も出来ないでいる様子だったが、紅、シュライン、
それに九頭龍だけが元気な様であった。
「でも、あの鏡を壊さなければ転移できなかったんだから仕方ない
じゃないですか。そうなんでしょう? 宮田さん」
 シュラインの言葉に、宮田は苦しげに首を振った。
「いや、それどころじゃない。仮に歩いて山を降りたとしても、恐
らくは帰る事は出来なかったと思うよ」
「え?」
 宮田の背中にもたれかかるようにしてうずくまっていた操が顔を
上げる。彼女も全身は傷だらけで、死闘の跡を物語っていた。
「つまりはこういう事なのだろう? あの遺跡は我々を呼び寄せ、
戦わせることで何らかのデータを得ていた。その呼び寄せる仕掛け
自体は遺跡はおろか、麓の町一帯にまで及んでいたのだと」
 どことなく不機嫌そうな紅の言葉に、シュラインは大きく頷いた。
「そうか。そしてその中心があの鏡みたいなユニットだったのね。
九頭見さんもまた、仕掛けには引っ掛かっていたわけか……。罠の
中心を持ち続けている限り、あそこから抜け出せるわけがない……。
それで宮田さんは自分の転移を妨げているものが、あれだと気がつ
いたんですね」
「ま、そういう事だ。あの遺跡は周期的に我々のような超能力者を
引き寄せるようになっている。多分、遥か先……宿屋の女将の子孫
あたりが似たような噂をばら撒くんじゃないかな」
 九頭龍は掌を天空に向けて首を振ると、一同に手を振って山を降
りていった。無論、その前に宮田に「これで貸し借りはなしだから
な!」と念を押していく事を忘れなかったが。


「のぅ、宮田よ。結局、我等が遺跡で戦っていた相手は何だったの
だと思う?」
 唐突な紅の問いかけに、宮田はしばらく考え込んでからこう答え
た。
「はっきりとは判りませんが、何らかのデータ生命体みたいなもの
ではないかと。もしかしたら、過去に遺跡で戦った者かもしれない
し、あの遺跡を創ったモノの星にいたのかもしれないし。ただの空
想の産物だったのかもしれない。僕に言えるのは、それくらいです
ね」
「そうか」
 紅は今は見えない遺跡の方を振り返り、小さく何かを呟いた。だ
が、その言葉は風に紛れて、誰の耳にも届く事は無かった。
「待っておれ。今、うちの者を迎えに来させる」
 どこからともなく、携帯電話を取り出す紅。その後ろ姿がどこと
なく楽しげに見えて、宮田はしばし目を瞬かせたのであった。


                            了


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家
0908/紅・蘇蘭/女性/999/骨董店主・闇ブローカー

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■         ライター通信          ■
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 どうも、神城です。実に久しぶりの東京怪談です。なんか
モンスターハンターをやっている内に、第三次スパロボが出
てしまったような気がしますw 

 仕事の方が忙しくもあり、次が何時になるかは判りません
が、暇を見つけてまた書きたいと思っています(10月中く
らいかな)。懲りずにまた遊びに来ていただけると幸いです。
よろしくw

シュラインさん:いつもありがとうございます。お待たせし
て申し訳ありませんでした。超能力者用のシナリオである反
面、そうでないキャラもいないと成り立たないのが今回のシ
ナリオでした。参加していただけた事を嬉しく思っておりま
す。

紅さん:すいません。ちょっとお遊びが過ぎましたかw ま
ぁ、シュラインさんと二人なのでいいかな、と。力の制限が
かかっているので、全力ではなかったです。それでも十分だ
というお話でしたが、いかがだったでしょうか。楽しんでい
ただけると幸いです。