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影と踊れ
●動物園
「‥‥休みだったのに」
疲れ切った表情で碇麗香が呟く。
場所は都外某所の動物園。それも、二人連れ。
「だから誘ったのだが」
だが、相手は女で。
「あれは拉致って言うの!」
麗香は強引に腕を組もうとする井上を睨みつけた。
「待て」
トラの檻に差し掛かったところで、大きく突き飛ばされた。
非難するより先に、違和感に気付く。突き出された右腕がない。
「さすがだね」
聞いたことのない声がした。
「一般人を巻き込むか?」
「彼女は一般人じゃないだろ?」
くすり。茂みに立つ人影の一つが笑う。
「すまない。巻きこんだ」
麗香は普段と大差ない井上の声を聞いていた。
例え、血だまりに立つにしても。
●救いの手
「そこまでです!」
凛とした声が響く。
「悪を用いて善を成し」
影たちが辺りを見回す。と、一つの影がトラの檻の上を見た。一斉に影が同じ場所を見、先頭の影が何かを投げる。
「善を生すため悪をまとう」
その何かをはじく。そして。
「強羅豪、参上!」
そして、彫りの深い少年−強羅豪(ごうら・つよし)−が檻から飛んだ。
「‥‥で、あとなんでしたっけ?」
が、着地と同時に首を捻ったかと思うと、麗香の方を見る。
「うったく! ちゃんと覚えろって言ったでしょうが! 『我、恐れぬならば』!」
「ぎゃああああっ!」
いぶかしんでいた麗香が、背後からの声に悲鳴を上げた。
「おや、失礼な。助けに来たのにそりゃないでしょ」
「た、助けって‥‥なんでここにいるのよ!」
太い黒ぶちメガネの女に指を突きつける。
「あんたらほど変じゃないと思うけどなあ」
にんまりと女−飯城里美(いいしろ・さとみ)−が笑う。
「つうか、デート? やっぱりデート?」
「るさい! これのどこが‥‥しっかりして!」
ガクリ。そこで井上が片膝をついた。
「ちいっ、強! 一時撤収!」
「て、撤収?」
「撤収だって言ってんだろうがあっ! とっととしろおおおっ!」
首をかしげるやいなや里美から石が飛んできた。砂利に近いが数が多い。
「なかなかすごい人だ」
「‥‥ええ、まあ。と言うわけで」
にこやかな影へ苦笑気味に笑い、豪は意識を切り替えた。
その呼びかけに答え、何かが降りてくる。
そして。
「おもしろい。強羅豪、か」
トラさえも怯ませる大音声のあと、そこには影たちだけが残されていた。
●癒しの手
「だから、こんなもんちょちょいで楽勝だっての」
「冗談言わないでよ! どう見たって瀕死の」
「お姫様のキスで蘇るぞ」
傍らで続く言い争いに井上がうっすらと目を開けた。
「キスだ〜ってさ」
にんまりと笑う里美を、涙目の麗香が無言でにらんだ。
「ほら。動かない動かない。っと、うりゃあ」
切り離された腕と腕を押さえる里美が手を離す。ぼとり。落ちた。
「なんでじゃあ!」
デーモン『ジーザス・クライスト・スーパースレイヤー』。里美の従えるその悪魔の一番の能力は、癒し。どのような傷もたちどころに直す。実際、血は止まっている。あとは腕をつなげば元通り。のはずだった。
「ふむ。やはりな」
荒れる里美をよそに落ち着いた表情の井上が頷く。
「それは傷を癒すのだろう? ならばこれは私の腕ではないのだ」
落ちた腕を拾う。
「いやいや。それ、ちゃんとあそこで拾って来たんですよ?」
周囲への警戒を解かないまま、豪が口を挟む。
豪のデーモン『ゴールデン・レオ』の能力で難を逃れた一同は、麗香の提案で売店のある広場へと退避していた。相手が影だけに日向のある場所へと逃げたのだが、なぜか人気のないその場所は正直暑い。
「確かめたのかよ?」
「そもそも他になかったでしょうが」
ジト目の里美にたじろぎながらも、豪が言う。
「そうだ。だが、これは私の腕ではない。いや、なくなった」
ぺとっとまだ青ざめた麗香の頬に手を貼り付ける。秒ではじかれた。
「やめんか。悪趣味な!」
「まだアレを続けているとは思わなかった。所詮、欲深きは人の業ということか」
自嘲気味に井上が笑う。
「やっぱり知ってるんだ? あれがなんなのか」
「あまり余計な存在を巻き込みたくない話‥‥いや、待て」
身を乗り出す里美に手を向ける。
「なぜ、アレを追う?」
「‥‥連続辻斬り事件って知ってる?」
強気な笑いでシェイクハンド。井上の無言を否定の意味にとる。
「あっそ。ま、簡単に言うと」
里美が、ここ最近起こっているその事件のあらましをざっと説明した。被害者は残らず一太刀で死んでいること。かろうじて被害者にならなかった目撃者は『影』としか認識していないこと。
「で、その話が草間興信所に持ってかれて」
「よく聞き出せたわね」
あきれた顔で麗香。それは草間興信所と里美との関係を知っているからだ。
「すみません。それについては‥‥」
ぱたぱたとおざなりに手を振る里美と明後日へと目をそらす豪と。
麗香はそっとため息をついた。
●疑問の手
『要は現代科学さ。実験と観察。それにより常識を作り出す』
(そんなに単純なものなのか、常識って)
影に向かって拳を振るいながら反芻する。逆に言えば、どちらかが欠けさせないかげり常識を生み続けるのだと言う。
打ち抜けば、影は瞬時に消える。『観測者』は、先の刃の影ほどの動きは持っていないようだ。
けれど視線は残る。心に。脳裏に。
「全部まとめて消してやる!」
獣の王が吠えるように。豪は取り囲む影へと、全力を開放した。
●破壊の手
「やっと来た。遅かったね」
最後の一団は、迷子センターの前にいた。
「アナウンスがなかったのでな」
「あっても迷う。オチはそんなもん?」
「‥‥終わりにしましょう」
豪は、肩をすくめる井上と里美の前へと一歩出た。
「あなたがどんな存在であろうと、罪は罪です」
差し出す右手に乗せていた目玉を潰す。
『実験』が常識を『創造』し、『観察』が常識を『確定』する。『やつらの存在は常識に組み込まれている。逆に言えば、存在しないことを常識にすればいい』。井上は影の駆除の前に最後の瞳だけは残すように指示していた。
「ふうん、そう言うんだ。おもしろい子を見つけたね」
「見つけたつもりはないのだが。豪、お前の常識を見せてやれ。里美、後ろの連中をはたけ」
「オッケ、オッケ‥‥って、あたしゃのんびり見てたいんだけど」
「却下だ」
「楽しませてもらうよ‥‥強羅豪」
ふわりと影が動いた。何かが飛び込んでくる感覚に、豪の意識よりも格闘家の習性が反応。最短距離でカウンターをとりに行くが。拳を止める。
「ふふふ。やはり良いねえ、キミ?」
拳の前に禍々しい気配の刃。もし、そのまま打ち抜いていれば、開きが出来ていただろうか。
(慣れている、か。なら)
一瞬の探りあい。細かく足を動かし回し気味の右の膝をだす。揺らいだところを、短く左。
「ははは! 楽しい、そうかこれが楽しい、か!」
あっさりと吹っ飛ぶ影が笑う。
(やはり、自分から跳んだ)
冷静に状況を探る。
刀対素手。だが、俗に言う、『剣道三倍段』はあくまでルールがあってのこと。なぜなら、どの武道も問答無用の実戦を想定してはいない。逆にルールがあるからこそ、武道だとも言える。むしろこの場合重要になるのは実戦経験だ。
(とは言え。どのみち、間合いをどう潰すかが鍵だが、速度は五分‥‥)
そして、豪は意識を切り替えた。
(ここだ!)
咆哮に、刀影がほんの一瞬だけたじろいだ。すかさず足を滑らせ砂を蹴り上げ、すぐに詰める。
「そう、くるかね!」
細かい石は煙幕というより礫。刀影は当たるに任せて距離を作ろうとするが。
「その速さなら、届くんだ!」
踏み込みからの切り替えで、回し蹴り。衝撃を逃すため影が飛ぶところへと。
「俺はあなたを認めない! 簡単に死を生み出すあなたを!」
悪魔の拳が炎をはらみ、熱風が吹き荒れる。
●閉ざす手
「これで終わり?」
里美が足元の瞳を踏み潰す。それが最後の一個だった。
「ああ、アレの常識は閉塞した。これで終わりだ」
「世界も終わりやけどな」
話に加わるにやにやとした気配。豪はすかさず拳を叩き込んだ。連戦に次ぐ連戦に加減をする余裕はないが。
感触はなかった。それどころか避けたそぶりもない。だが、そこにいる男に当たらないのは。
「う‥‥うあ」
拳がなかった。腕もなかった。身体が透けていた。
「閉塞は腐敗に繋がる。世界の更新についてはそっちの姉さんなら詳しかろ?」
男が芝居がかった仕草で一礼する。その間にも豪の、里美の身体が、動物園が消えていく。
「なんとか移行措置は取れたけど、もうちょい穏便な‥‥」
ぼやける自分。ぼやける世界。
(‥‥案外、正しいもんだ。人間の想像力って)
呆れてか、肩をすくめる男の声を聞きながら、里美の意識は薄れていった。
●影と踊る
「やっぱりまずいですって」
「ほほう。偉くなったもんだねえ、豪く〜ん?」
声を潜めきょろきょろと辺りを探る少年の頭を、スーツの女性がゆっくりとなでる。
「ううううう‥‥」
「ばれなきゃいいのよ、ばれなきゃ♪」
書類の束を順にめくる。
「さ、こいつをつついてみっか。もっちろん、付き合うわよねえ?」
(ここで断れたら、どんなに‥‥)
夏のある日、草間興信所にて。
「‥‥休みだったのに」
疲れ切った表情で麗香が呟く。場所は都外某所の動物園。それも、二人連れ。
「だから誘ったのだが」
だが、相手は女で。
「あれは拉致って言うの!」
麗香は強引に腕を組もうとする井上を睨みつけた。
影の短い夏の空の下で。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 年齢 / 性別 / 職業】
0631 強羅・豪 (ごうら・つよし) 18歳 男性 学生(高校生)のデーモン使い
0638 飯城・里美 (いいしろ・さとみ) 28歳 女性 ゲーム会社の部長のデーモン使い
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■ ライター通信 ■
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どうも平林です。この度は参加いただきありがとうございました。
さて。戦闘ものと言いながら、会話シーンが多いのは単に私の能力不足。慣れないことはするもんじゃない、と言ったところでしょうか。いや、でもなあ‥‥。
では、ここいらで。いずれいずこかの空の下。再びお会いできれば幸いです。
(せみの声/平林康助)
追記:まさか、興信所でそんな依頼が出ていようとは! もとい。
あくまで里美さんにこき使われていると解釈しました。
なので幾分三枚目‥‥に寄り過ぎたかもしれません。すみません。
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