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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


誰そ彼の扉

 神聖都学園。其の広大な敷地に建つ、大規模な学園に幾つも存在する階段の踊り場。
 其処に唯一――装飾のみに一面を飾られ、硝子の嵌め込まれていない明かり窓が在った。
 其の特異な窓は、元より曰くの耐えないこの学園の噂に更に拍車を掛ける様……。密なる出来事を、緩慢に――生徒達の間へと浸透させて。


 黄昏の出ずる夕暉に、この踊り場が照る装飾の影像に混じ入る時……。
 階段の丁度中程、上り掛けた其の足を止め、振り返る其処に見下ろす朱に模られた偽りの扉は。

 自身の悔いるべき、欠片へと繋がるらしい……と――。

 * * *

 そんな噂を聞き入れて、神聖都学園高等部二年――桐生・暁は今、件の階段の踊り場前へと、独り立ち尽くして居た。
 学園に数多在る本物≠ニ比例して、年々数を増す空嘘の一つ――なのかも知れない。
 ――けれど暁は、例え自身の犯すこの行為が、一時の浅ましい逃れへ繋がるのだとしても……。あの日℃ゥ身が作り出した情景を、又再びこの双眸へと収める為に。
「――ま……、一丁やってみますか」
 自身へと、気丈に吐き出した其の声は、何処か震えてはいなかったか――。
 心做し僅かに強張る脚を奮い立たせ、暁はゆっくりと、其の一歩を踏み出した。

 ――……一つ。

 ――……二つ。

 既に、踊り場から始まり階段、暁……。其の奥に続く廊下までに渡り、一面は夕暉に呑まれ本来在るべき質を変えている。

 ――……三つ。

 ――……四つ。

 一歩一歩、早まる胸の鐘とは裏腹に、其の心は如実に足取りを鈍らせて。
 見たい――のか。見たくないのか……。
 解からなくなる自分に、脚だけが唯、忠実に其の歩を進めて行く。

 ――……五つ。

 ――……六つ……――。

 ぴたり――と。ある段で、役目を終えた暁の脚が揃って立ち止まった。
 眼前には残り半分程の段の道。映えるは夕暉に塗れた、自身の濃く落ちる影。
 そして、背後には……――。
「……――ぁ……」
 夕暉より生まれ出でた漆黒のシルエット。狭間に眩く漏れる射光の背後に嵌め込まれた、紫雲の群れ。
 ――綺麗だ。と……――。
 感嘆に言葉を漏らす暇さえ、暁には与えられず。

 暁の意識は、映える影の其の儘に侵蝕されていった……――。

 * * *

 眼前が漆黒に覆われた次の瞬間、境さえ感じられず、自身が佇んで居たのは何処か恐れ、待ち望んでいた追懐の情景だった。
「――やっぱ、此処に来るか……――」
 自虐めいて呟かれた言葉は、同じくして浮かんだ歪められた笑みに釣られ、痛ましく繕われて。
 ――暁は改めて、何処か色褪せて映る、今流れる眼前の情景に瞳を巡らせた。
 ほんの数年前までは、自身が存在していた場――。まだ神聖都学園へと暁が入学する前の、ある一つの中学。
 其処には幾人かの、幼い顔立ちの少年、少女達が何気ない談話に花を咲かせ、其の表情は未だあどけない笑みに飾られている。
「……暁?そんなトコで、何ボーっと突っ立ってんだよ」
「――は、ぁ……――?」
 棒立つ暁へと不意に声が掛けられ、素っ頓狂な声を上げ暁が辺りを見渡せば、其処には自身の――中学時代の親友が、立って居て。
 其の瞳は真っ直ぐに暁を捉え、暫くは思惟に反応を奪われていた暁であったが、其処にきて漸くの事事態の理解へと思い至った。
「あ、黒いの。――……当たり前か」
「――……はあ?」
 一撮み、自身の髪を掴み僅かに下方へと引っ張れば、其処に見えるのは現在に染め上げた金髪では無く、艶やかな黒髪。
 つまり、この情景当時の自分の姿……――。
 恐らくは、真紅である暁の特異な瞳も今は、黒のカラーコンタクトによって全て覆い隠されてしまっている筈。
 自身の悔いるべき欠片――。繋がる事があろうなら、斯うして自身が過去へ立ち返る事となるのは道理だろう。
 ――でなければ、何の利点も無いこの現象が此処まで普及する事は有り得ない。
 束の間か、過去在る物の歪曲か――。思うが儘に在れ――と言う事か。
 先よりの暁の黙想に出端戸惑っていた親友であったが、ふと其の視線が遠方へとずれ――。其の瞬間、親友の口から音の紡がれる其の前に、暁の身に激しい衝撃が走った。
「暁!!大丈夫か……?!」
「――っ、ああ……。だーいじょうぶだって……――」
 衝撃の元は、前方も確認せずに駆け、突っ込んできた男子生徒。代償は、激しく倒れこんだ暁――。
 暁の身を案じ駆け寄る親友に、暁は軽く返事をし立ち上がろうと試みたが……。本当は、全然大丈夫何かじゃなかった。

 何故なら、これが切っ掛けだったから――だ。

「……うわっ……何だ、其れ――?!」
「――――……っ」
 一度は手を差し出し、暁を助け起こそうとした男子生徒の口から、突如そんな言葉が吐き出されて。廊下一帯の生徒の視線が、自然暁へと集まる。
 ああ、まあ、経験済みだけど、何か、痛いな――何て。
 瞳に鋭い痛みが走るけれど、其れとは又、別の痛覚が。
 暁が、普通の暁≠ナ在る事を謀るカラーコンタクトは――既に無い。

 ――然う。然うだ。斯うして、床へと倒れこんだ暁のカラーコンタクトは、接触の衝撃と共に、何処へと外れ……。暁の本来在るべき姿が、其処に晒された。

 そして。

「……気持ち……悪ぃ……――」

 口元だけで感じられた、言葉の刃。
 あの日≠フ様に、掻き乱されそうになる、暁の、心――。
 其れは、然うだ。普通、漆黒の瞳が急に真紅へ変わったと見たら、其処に居る誰もが例外なく驚くだろう。
 其の静寂を破ったのが、親友の――。正しくは、男子生徒へと拳の接触する音、だった。
「――……あいつに、謝れよ……」
「っ?!痛……な――、んだ、お前……っ?!」
 僅かに痛む身体と、瞳。其れと、確かな痛みを訴える、もう一つの場所……。
 あの日≠ニ同様に、其れ等から上半身を起こした儘動けないでいる暁に。親友はまるで自身の事の様に、男子生徒へと怒りをぶつけてくれた。
「おい、何を騒いでる!!――……?何だ桐生、其の目は――」
 そして、何処からか騒ぎを聞き付けやって来た教師は、事もあろうか取っ組み合っている親友と男子生徒より、目敏く暁の瞳に目を付け何とも陰湿な面持ちで、暁の目の前へねっとりと歩み寄ってきた。
「桐生、其の目は如何した」
「…………――」
 如何したも斯うしたも、これは地なのだ。何を弄ろうにも、教師の満足する様な答えへは到達する筈も無い。
 今や親友も、男子生徒も、集まった周りの生徒達も……。教師と暁の動向に、一同が固唾を呑んで其処に立ち尽くして居る。
 そして無言の儘答えずにいる暁に、教師は痺れを切らし暁を立ち上がらせ様と、乱暴に其の襟元へと掴み掛かってきた。
「返事をしろ!!この騒ぎも、お前が仕出かしたのか?チャラけた気で風紀を乱して――」
「――……っ、黙れ!!」
 然うして延々と吐かれるかと思われた教師の言葉が不意に詰まったのは、暁の襟元を拘束する教師の手を親友が掴んだからだ。
 教師は、親友の思わぬ行動と罵声に、暫し呆気にとられていた。
「こいつの瞳は何も弄っちゃいねぇし、この騒ぎだって元はオレが起こしたもんだ」
「――お前等の勝手な勘違いや偏見で、下らねえ事してんじゃねぇよ!!」
「な…………――」
 尚も畳み掛けられた言葉に教師としてのプライドを感じたのか、反論をしようと勇んだ教師の其れを更に妨げる様……。周りの生徒達もが親友に続き、一斉にざわめきだした。
「私、見ました!桐生君、さっき突き飛ばされて、コンタクト落としてて……。だから、何も悪い事何てしてません!!」
「ちょっと瞳の色が違うってだけで、酷い事言うよな……」
 其の混乱は勃発してしまえば、後は勢いを増すだけで。
 収拾をつけようと慌てふためく教師。居心地悪そうに立ち尽くす男子生徒――。其の中を、暁の肩をぽんと一つ叩くと親友は、何事も無い様暁へと笑いかけた。

 ――――然うなんだ。

 そして、あの日≠フ俺はぎこちない笑みで――。其の時、こう呟いた。

『――余計な、事……――』

 出来れば、聞こえていなければ良いと思った言葉。
 其れでも、其の言葉を親友は聞き入れていただろうに……。其の儘残る授業を放棄し屋上へと赴いた暁達は、其れから一切の言葉無く。大気に舞う巻雲だけを頼りに、穏やか過ぎる時を其処で過ごした。

 今、再び――。親友は暁の肩を叩く。
 本当は、何よりも真っ先に紡ぎたかった言葉。

「――ありがとな……?」

 居心地悪く、其れでも呟いた其の言葉に暫しきょとんと目を見開いていた親友であったが……。直後、弧に描かかれた瞳の儘に、其の唇を動かした。
「何言ってんだよ」
 そして二人に訪れる、屋上へ赴いた互いの語り合う穏やかな時。
 青天の空に少し強く吹かれ、揺れるのは二つの白いシャツと、戦ぐ髪。

 ――本当に変えたい過去ならば、最初からこんな事にはさせたりしなかった。
 唯、一言……。偽りに許される其の言葉を伝える為に、同じ道を辿っただけ。
 むしろ、今の暁の歩む道が、現在の暁自身を存在させているのだから、何の悔いもない筈、何だけれど。
 其れから事在る毎に点々と転校を繰り返してきた暁は、若しかしたら何よりも儚く、弱い者なのかも知れないけれど――。

 * * *

「――――…………」
 暁の意識の醒めた時。既に日は没し、眼前には唯闇に閉ざされた細工の扉だけが一つ残される。
 独り階段に立つ暁に、宵の冷たい風が無造作に通り過ぎて……。
 この胸に残る、痛みと思えるものが在ると言う事は、矢張り過去自体は何ら変化していない事の表れの様に思えた。
 ――――けど、其れで良い。
「――……帰るかぁ〜……」
 僅かでも、例え其れが虚実でも、果たされたのかも、知れないから。
 其れでも、暁の頬に感じた不確かな違和感は。夜の風に攫われ、軈て其の形を消して行った……――。


【完】

■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■

【4782 / 桐生・暁 (きりゅう・あき) / 男性 / 17歳 / 高校生アルバイター、トランスのギター担当】