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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


  ■Loop Hole■








「いいお天気」
 雲のない夏空を、少女は手にいっぱいの紙袋を抱え見上げた。
 少女の名は草間零。この先のあやしげな興信所で、見習い助手している。見習い助手と言っても、ほぼ所長である草間武彦の雑用が多くなっているが。
 今もその雑用の合間、朝から買い出しに赴いた帰り道だった。
 うっすらと汗を掻く程度の日差しは、夏らしくかえって情調があるぐらいだと、サマーワンピースの裾を風に揺らし歩いてゆく。
 真っ白なサンダルをリズミカルにならしながらアスファルトを歩いていくと、そこに思いがけない人影を見つけ目を丸くしながら足を止めた。
「お兄さん、こんなところで何を?」
 往来のど真ん中で屈み込む武彦にゆったりと歩み寄ると、武彦は相変わらず煙草をくわえたままで怪訝そうに振り返ってくる。
「おお、零か」
 紫煙を吹き出し言うと、武彦は煙草を持った手で零を手招きした。
 それに不思議そうに零は首を傾げ寄っていくと、歩み寄った人物の先には驚くことに大きな穴が鎮座していたのだった。
 これは……なんだろうか?
「下水ですか?」
 そうでなければ上水か、地下水道か。何はともあれ、マンホールの蓋の先に違いはないだろうと、普段は目にすることのない光景に首を傾げる。
 しかし武彦は、辟易とした様子のまま、真っ暗な穴を見下ろして肩を竦めた。
「いにゃ……違う」
 そして、零の持っていた紙袋から、オレンジを一つ失敬しその穴に放り込んでしまう。
「あっ」
 せっかくの食後のデザートがと、穴に吸い込まれていったオレンジを零は残念そうに見送った。
 しかし武彦は、その横で零を視線だけでのぞき見ると、真っ青な空を指さし面白くなさそうに言い渡す。
「上見てろよ」
 と。
 何故だろうかと思い、上を見上げた瞬間オレンジ色の物体が空から落ちてくるのが見える。

――トン……ッ

 なんだと思う間もなく、それは手を出していた武彦の掌に納まってしまった。
「え?」
 その一連の出来事が理解出来ず、零は目を瞬かせ手にしっかりと納まっている『オレンジ』を凝視する。

「これが、今回の依頼だ」




   *




 空に繋がる穴。それを何とかしろと漠然とした依頼された武彦がその穴と睨み合っていると、思わぬ助っ人を三人も釣る事が出来た。
 その三人というのは、海原みそのにシュライン・エマ、そしてマリオン・バーガンディという武彦からすればちょっと奇怪な顔ぶれである。
 三人共に偶然通りかかったらしく、珍しく往来でしゃがみ込む武彦の姿に、まるでダムのように皆足を止めていったのだ。
 そうこればただで帰すことなどするわけがない武彦は、ニンマリと笑い三人を半ば強引にこの騒動に引き込んだのだった。
 いや、自ら巻き込まれていったと行った方が近いかも知れないが……。
「おもしろそうですわ」
「僕もそう思うのです!」
「そうかしら……?」
 楽しげに穴の前に立つみそのとマリオンに対し、至って冷静なエマは不可解な穴にうっすらと眉間に皺を寄せ訝しげな顔を見せている。
「手伝うのは良いんだけど……。武彦さん、これってかなり危ないんじゃないのかしら?」
 悩み込むように口に手を当て言い放ったシュラインに、武彦だけでなくみそのやマリオンまでもが眉を顰める端正な顔を見上げた。
「そうか?」
「そうよ。だって、何も解らないんでしょう?」
「あの穴が空に続いてることは解ってるぞ」
「それだけじゃないの、まったく」
 ため息をついたシュラインは、人差し指を立てクルリと回しながら顰め面で武彦に詰め寄る。
「例えばよ? かなり高いところに繋がっているかも知れないし、毎回違う場所に繋がっているかも知れない。そう言ったことが全く解らない追う今日で、みそのさんやマリオン君を手伝わせる気なの?」
「いや……それはだな」
 明後日の方を見て笑い顔を引きつらせる武彦に、シュラインは尚もにじりより所員以外の人間を巻き込む危険性を訴えようと口を開いた。
 すると後ろで、話を聞いていたみそのがポンと手を叩き微笑む。
「ではやはり、落ちてみないといけませんわね。そうしたら全て解りますわ」
 ふふふと微笑み楽しげに言ったみそのはそのまま、鼻歌でも歌わんばかりに陽気に踵を返しポンと手を叩いた。
 かと思うと突然、黒いビキニの上に巻かれた黒のパレオをくるりとはためかせ、スキップをしながら不思議な穴に向かい合ったのだ。
 そして。
「みそのさ……っ」

「それでは、お先ですわ」

「は…………? ちょっ……おい!?」
 ひょいっと止める間もなく飛び込んでいって閉まった後ろ姿を、武彦とシュラインはあんぐりと口を開けたまま見送った。もう既に、パレオの端さえ見えなくなっている。
 唖然とその姿を見送った四人は、ハッとオレンジの件を思いだし顔を上げた。
「武彦さん、上」
「わーってるよっ!」
 そう言って慌てて両手を穴の横に差し出すと、暫くしないうちに予想通りにみそのが空から舞い落ちてきたではないか。
 パタパタとパレオをはためかせ落下してきた小柄な少女を、武彦は位置を微調整しながら受け止めてみせる。
「っと」
 見事、ポスンと音を立てて手の中に収まったみそのは、突然落下する感覚がなくなったのに驚いたものの、直ぐにニコリといつもの微笑みにそれを替えた。
「っぶねぇ……」
「ありがとうございます」
 冷や汗を掻いているその手中で、危険に飛び込んだ当の本人は悪びれることなく礼を言うと、ポンと手を叩いて目を輝かせシュライン達に顔を向けてくる。
「一瞬ですのね!」
「そうなのですか?」
 物怖じない様子のみそのの言葉を楽しげに聞いていたマリオンは、何を思ったのか突如ニッと笑ってシュラインの手を引いて方向転換してしまう。
「マリオンくん!?」
「僕たちもいくのです。目指すは草間さんの頭の上です!」
 穴を指さし、ふんふんふんと鼻を鳴らし上機嫌にそう意気込んだ姿に、みその以外の全員が不思議そうに首を傾げる。
「俺の?」
「頭の」
「うえ、ですか?」
 そして武彦、シュライン、零の順で伝言ゲームのように繋がれた言葉に、マリオンはニコォと笑い、シュラインの手に繋がれているとは反対の手を天高く伸ばした。
「そーでーぇっす。それでは、レツゴー!!」
 そしてシュラインの手ごと、ひょいっと大きく跳躍し穴の中に何の躊躇いもなく飛び込んでいく。
 と言うことは当然、シュラインも穴の中に引きつれられたということで。
「っ…………きゃっ……あ……ぁ……」
 断末魔に近い悲鳴が穴の中に木霊し、消えてゆく。これが世に言うトラップ効果かと、見物人の武彦は穴を覗き込み感心したように消えた二つの陰を見送った。
 そして穴にダイブした二人は、真っ暗なトンネルをほんの一瞬で通り過ぎると、そのまま眩いばかりの光の穴に身を投じる。
「出口なのです」
 楽しげなマリオンの言葉に、意外と冷静なシュラインはその光の穴を怪訝そうに見下ろしていた。
 嫌な予感がする、と。
 しかしその予感は、いとも簡単に当たってしまうわけで。
「なっ!?」
 すぽんっと穴からはじき出された二人は、そのまま引力に引かれるままに落下し始める。
 周りは真っ青な夏空。
 しかも、結構な高さがある。
「もうすぐ草間さんの下です」
 楽しげな声でもうすぐというものの、地面まではビルの十階分ほどの高さがあるのだ。
 確かに、こんなにも速い速度で落ちているならば、直ぐかも知れないが……。
「マ、マリオンくんっ……、このままじゃ」
 地面に激突しそうだと落下しながら言うシュラインに、マリオンは手を繋いだままニコリと横を見て笑った。
「大丈夫なのです、心配は要りません。きっちり、草間さんの上に行くのです」
 ニッと一瞬、ほくそ笑むように言った言葉に、シュラインは頬を引きつらせる。
――た、企んでる!?
 一瞬見えたあくどい微笑みに、見間違いかと目を凝らしエマは横のマリオンを見る。マリオンはそれに、ニコリと真摯なまでの微笑みを浮かべた。
 そうこうしている間に、ずいぶんと地面に近づいてきた二人はいつの間にかマリオンの宣言通り、武彦の丁度頭上あたりに移動していた。
 武彦は、相変わらずしゃがんだまま穴を覗き込んでいるようだ。
「じゃすとみぃーとです」
 ハートマークが飛びそうなほどの嬉々とした声音でマリオンが言うと、しゃがんで穴を覗き込んでいた武彦の頭上に丁度まるで謀ったかのように落ちていった。
「ぬぉっ……」
 いや、謀ったのだが……。
「お、お兄さん!?」
 ドサドサと落ちてくる二人を頭でキッチリと受け止めてくれた武彦のお陰で、マリオンとシュラインはワンクッション置いて地面に着地する事が出来た。
 シュタッと両手を上げ着地するマリオンの横で、シュラインは胸をなで下ろしため息を吐く。
 さて、その受け止めた当の本人はと言うと。
「ぎっ………、ぎやあぁぁ……ぁ………ぁ…………!!」
 シュラインとマリオンの惰性で、断末魔を上げながら穴に放り込まれていってしまったのだ。
「あらやだ、武彦さんが……」
 その様子を引きつった笑いで振り返り見たシュラインの横で、みそのがポンと手を叩き微笑む。
「まぁ、草間さまもやりたかったのですね。ね、エマさん」
 小首を傾げ問いかけてくる姿にシュラインは、「いや、たぶん違うだろう」とツッコミたい衝動に駆られながらもそれをグッと堪えた。
 するとみそのが再び。
「では、もっと面白いことが出来ますわ」
 と、楽しげに提案をする。
「なんですか?」
 面白いことと言う言葉に反応し、マリオンが首を出し問いかけてきた。
 みそのは、それに微笑み言う。
「穴の出口を、入り口の真上にしてしまうんですの。そうすればきっと、ずっと落ちっぱなしですわね」
 ほほほ、とあどけなく笑う姿に、マリオンも目を輝かせて手をポンと叩いた。
「それは名案なのです! それではやってみましょう」
「え?」
 ちょっと待ってくれと手を出しかけたが、もう既に時遅し。
「なっ、なにぃぃぃ!?」
 落下してきた武彦は瞬く間にそのまま目の前を通り過ぎ、待ちかまえるかのように移動した真っ黒な穴へ吸い込まれていってしまった。
「まぁすてき」
 みそのの予想通り循環する武彦に、マリオンだけでなくシュラインまでも吹き出して笑い始める。
「なんとかしろー!」
 瞬く間に目の前過ぎ穴に消えてゆく姿があまりにもおかしくて、そう言われながらも三人は声をたてて笑い転げていた。
 しかし、それをそのままにして置くわけにもいかず。
「れ、零ちゃん……。なんとかしてあげて……」
 苦しいと笑いながら切れ切れにいうシュラインに、零は「はあ」と首を傾げ頷くと、持っていた買い物袋をアスファルトにおいて空にポッカリと開いた黒い穴を見上げた。
「では」
 そしてふわりと浮かび上がり、落ちてくる武彦の腕を掴んであっさりとその無限ループから救出す。
「大丈夫ですか、お兄さん」
 のぞき込む妹に、武彦は一言。


「危なすぎる」


 そう言い放った。体験談からの発言なだけに、かなりその言葉は重く響く。
 顔面蒼白で肩で息をしながら言い放つ武彦の言葉に、ようやく笑いを収められたシュラインはふぅとため息を吐きながら肩を落とした。
「そうね……特に今の状態は危険よね」
 見てる側としても、だ。
「ふさぐぞ、こんなもん!」
 半ば自棄のように言い放った武彦の言葉に、約二名からブーイングが返ってきた。
「せっかくおもしろいですのに…」
「もっと遊びたいのです」
 しゅんとしなだれる仕草の二人に、思わず存続に心揺られたシュラインの横で武彦が怒りに顔をひきつらせる。
「却下だ、却下!」
 これ以上餌食にされて堪るかと、腕組み穴に向かい合う姿に、シュラインはクスクスとまだ笑みを浮かべながら横に歩み寄った。
「これって、もしかしたら空の蓋なんかとかないかしら?」
 突拍子もない言葉に、武彦は目を丸くする。
「は?」
「コレ自体が実は空の穴の部分の蓋だって事はないのかしらって言ったの。だから、この穴を空にはめ込めば、空の穴はふさがるんじゃないかしらと思って……」
「捲れるっつーのか? これが」
「ええ。むりかしら?」
 言われた言葉に不思議そうにしながらも、武彦は地面にしゃがみ込み穴の淵を指先で引っ掻いてみる。
 カリカリカリ……。
「……………無理そうだな」
「残念ね」
 面白い案だったんだがなぁとため息を零す武彦の横で、シュラインも穴を覗き込みながら肩を落とした。
 では、どうしたものかと。
 すると悩む二人の後ろで大きく手を挙げたマリオンが、ニコッと微笑み大きな声で言う。
「じゃあ、僕が塞いじゃうのです」
 それに、そうか!とシュラインと武彦は思わず手を打った。
「マリオン君なら、空間を操作出来るものね」
「そうなのです」
 マリオンに与えられた空間の対する特殊能力を使えば、この穴はいとも簡単にふさがる。そう結論に達し、一筋の光が見えたと武彦が喜んでいると後ろでみそのが「まぁ」と声を上げた。
「では、空の方を塞ぐのですわね」
「そうなのですー……う?」
 同意しかけたマリオンでさえ、その言葉に疑問符を浮かべ首を傾げてゆく。
「オイオイオイオイッ!」
「み、みそのさん? それはさすがにちょとまずいかしら」
「あら、そうですの? 面白いかと思ったのですが」
「空にある穴に詰まってぎうぎうになると思うのです、ゴミとか貯まって大変なのです」
 そう口々に止められてしまい、みそのは一瞬きょとんとし「あら」と笑みを作った。 
「残念ですわ」
 あまり残念そうでもなく微笑んでいる姿に、三人は「侮れない」と微笑む少女を引きつった顔で振り返った。
「ま……まぁ、取り敢えず塞いじゃいましょうか」
 気を取り直してとばかりに取り繕うような笑みでマリオンを見たシュラインが言うと、武彦もそれに便乗するかのように愛想笑いで同じようにマリオンに顔を向ける。
「そ、そうだな。頼むぞ、マリオン」
「はいなのです」
 それに大きく頷くと、マリオンは大きく息を吸い手を振り上げた。
「いっきまぁす」
 なんとも豪快なかけ声と共に、振り上げた手を穴の上に翳すとゆっくりと左から右にスライドさせていった。
「ふぅ……いんっ」


 すっ……ポン――っ


 何とも間の抜けた音で塞がれていってしまった穴を、みそのは目を輝かせニコニコと微笑み手を叩く。
「すごいですわ」
「えっへん」
 どうよとばかりに得意げに微笑むマリオンの前の穴だった場所は見事、その能力でコンクリートの地面に戻っていった。
 いままでそこに奇怪な穴が開いていたなど、誰も気が付かないほどに。

 もっと早く、その能力を使っていれば解決したのでは……?というささやかな疑問を残して事件は無事解決したのだった。









「本当に解決したのかしら?」
 ふさがった穴を見下ろしながら、警戒しつつ呟いたシュラインに、武彦は眉間に皺を寄せる。
「どういうことだ? まだなんかあるのか?」
 その表情に、シュラインは思わず苦笑した。
「いえ、ちがうの。だって、何で出来たのかと全く分かってないでしょ?」
「そうですわねぇ」
 ねっと顔を付き合わせ首を傾げるシュラインとみそのに、そうかと武彦は納得するような表情を浮かべていた。
 すると突然、マリオンが。

「知らない方が良いこともあるのです」

 と、穏やかな笑みで言い放ったのだった。
 謎は謎のまま、この穴は金輪際また再び空くことはなくこの事件は幕を閉じる。
 そして三人は帰りに、報酬代わりに武彦のおごりで一服していったのだった。 




 END




-------------------------------- キリトリ --------------------------------

〓登場人物〓
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‖1388‖海原・みその    ‖女性‖13歳‖深淵の巫女            ‖
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‖0086‖シュライン・エマ  ‖女性‖26歳‖翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員‖
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‖4164‖マリオン・バーガンディ‖男性‖275歳歳‖元キュレーター・研究者・研究所所長‖
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(*受注順で記載してあります)



〓ライター通信〓

≪シュライン・エマ様≫
 おひさしぶりでございます、遠江悠です。
 再び受注いただきありがとうございました!
 前回、逆にお気遣いいただいてしまい申し訳ありません!! 大丈夫そうで良かったです。
 もう少し武彦さんとの漫才(←オイ)を書きたかったのですが、申し訳ありません!

 毎度の言い文句ではありますが、なにか「違うぞ!?」と言うところや、気になるところがありましたらご遠慮なく仰ってくださいませ。直ちに直させていただきますので!

 それでは改めまして、この度は本当にありがとうございました。
 もし宜しければ、またのプレイングをお待ち申し上げております。

 遠江 拝


------------------------ アリガトウゴザイマシタ ------------------------