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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


暑い日の楽しみ方


 毎日暑い日々が続いていた。昨年も随分暑い日が続いていたが、今年も猛暑となるのだとテレビのニュースキャスターが連日にこやかな笑顔で言っているくらいである。
「暑いのー」
 そんな中で、藤井・蘭(ふじい らん)は唸るようにそう呟いた。窓を全開にして、扇風機を回しているのだが、やっぱり暑い。扇風機からは生暖かな風しか回ってこないし、窓からはそよ風一つ入り込まない。
「持ち主さーん、暑いのー」
 汗をかきながら、蘭は持ち主である藤井・葛(ふじい かずら)に進言した。葛は手の団扇をぱたぱたと動かしながら「そうだね」と答える。黒髪は首が暑い為か、纏め上げて大きなヘアクリップで留めている。
「どうしたら暑くなくなるのー?」
「それは無理だな。夏と言うのは、暑いのが普通だから」
 葛は「ほら」と言いながら、蘭に団扇を渡す。蘭の好きなアニメ、にゃんじろー柄である。蘭は受け取った団扇をぱたぱたと動かすが、やっぱりそよそよとした生暖かい風しか来ない。
「やっぱり暑いのー」
「でもクーラーをつけたら、あまり身体によくないし」
 葛は呟き、考え込む。クーラーをつければ、確かに空気は冷たくなる。だが、気をつけねば冷たい空気に当たりすぎて体が冷えすぎてしまう。体調を崩してしまう事にもなりかねないのだ。そういう訳で、どうしても我慢できなくなるまでは、クーラーはなるべく使いたくないのである。
「どうしたらいいのかなぁ」
 ぱたぱたと団扇で煽ぎながら考え、葛は「あ」と声を上げる。
「蘭、かき氷だ」
「かき氷?」
 蘭はきょとんとして小首を傾げたが、葛はにっこりと笑って押入れに向かった。
「確か、去年ここら辺にしまった筈なんだが……」
 ごそごそと押入れの中を探し回ると、漸くお目当ての箱を発見する事が出来た。
「あー!」
 出てきた箱を見て、蘭が嬉しそうに声を上げた。出てきた箱には、にゃんじろーの絵が書いてあったのである。
「にゃんじろーなの」
「去年、安くなった時に買っておいたんだ」
 葛はそう言いながら箱からかき氷器を取り出す。箱に入れていたとは言え、やはり多少の埃がついている。
「やっぱり、一度洗っておかないと」
 葛はそう言い、かき氷器を丹念に洗い始めた。蘭は物珍しそうにかき氷器の入っていた箱を満遍なく見つめた。アニメでお馴染みのキャラクター達が、楽しそうに笑いながら氷と触れ合っている。そして、「つめた〜い、おいし〜い」の文字が書いてあった。
「持ち主さん、冷たくて、おいしいの?」
「勿論。……と、シロップが無いな」
 全て洗い終えたかき氷器の水気をふきんで取ってから、葛は冷蔵庫を開いて確認した。だが、そこには苺もメロンも檸檬も、どの種類のシロップも存在していなかった。
「牛乳とかジュースをかけてもいいけど……」
 葛はそう呟きつつ、ちらりと蘭を見る。蘭はきらきらした目で、かき氷器を見つめている。
「やっぱり、これぞかき氷って言うのを食べさせたいな」
 葛は決心し、帽子を取りに部屋へと入った。
「持ち主さん、お出かけなの?」
「シロップが無いからな。一緒に選びに行くか?」
「うーん」
 外が暑いのを気にし、腰が重くなっているようだ。葛はちょっとだけ笑う。
「きっと、スーパーは涼しいぞ?蘭」
 蘭はその言葉を聞き、暑い道のりの後で出会える冷気に興味を注がれた。少しだけ考えてから帽子を手に取りつつ「じゃあ、いくのー」と言った。
「帰ってきたら、丁度かき氷器に残っている水滴も乾いているだろうから」
 葛はそう言い、帽子を蘭にかぶせてやる。そして至極真面目な顔で蘭に言う。
「では、覚悟して外に出るぞ?蘭」
「はい、なの!」
 二人は覚悟を決めたように、ドアを開けて外に出た。途端に、むわっという熱気が襲ってきた。室内では感じなかった、太陽光線による熱せられた空気の重圧のようなものがそこにあった。
「あ、暑いのー」
「喉が渇いたら言うんだぞ?熱中症だけは避けないとな」
「はい、なのー。枯れる前に言うのー」
「枯れる大分前に言うんだぞ」
 元がオリヅルランの蘭にとっては、枯れると言う言葉は洒落にもならない。むわっとした空気を感じながら、熱気を掻き分けるように歩いてスーパーへと向かうのだった。


 スーパーの自動ドアを空けた瞬間、爽やかな冷たい風が二人を出迎えてくれた。今までむわむわとした空気の中を歩いてきた二人にとって、そこは天国のようだった。
「持ち主さん、ここ、涼しいのー」
「だろう?いるだけで幸せな気分になれるな」
 特に冷凍食品売り場付近は涼しさが増していた。むしろ、寒いくらいである。夏なのに寒いと言う感覚があるというのも、おかしな話である。
「ええと、シロップは……」
 葛はきょろきょろと辺りを見回しながらシロップを探す。すると、少し離れたところから「持ち主さーん」と呼んできた。
「これは違うのー?」
 蘭が指し示した所には、確かにシロップがあった。葛はそっと微笑み「凄いな」と誉めた。蘭は頭をくしゃりと撫でられ「わーい」と笑った。
 シロップの棚には、沢山の種類のシロップが並んでいた。定番の苺やメロン、檸檬やブルーハワイ、ミゾレは勿論の事、桃や梨などといった珍しいものまである。
「蘭はどれがいいんだ?」
「いちごもいいしーれもんもいいしー……梨も気になるのー」
「そうだな……でも、全種類買うわけには行かないし……」
 蘭と葛は顔を見合わせ、うーん、と考えた。
「よし、蘭。一本ずつ買うぞ」
「一本ずつ?」
「そう。……俺は、この梨にする。蘭は?」
 即座に決めた葛に触発されたように、蘭は一通り見てから「これにするのー!」と言って苺を手にした。
「練乳は、春に苺を買った時のが残っているから大丈夫だな」
 葛はそう呟き、シロップ二つを入れた籠を持って、レジを済ませる。
「大分、身体は冷えた?」
「はい、なのー」
「じゃあ、もう一踏ん張り」
 葛がにっこりと笑ってそう言うと、蘭は真面目な顔でこっくりと頷いた。そして再び、二人はむわっとする外へと出ていった。
 涼しかった店内とは正反対に、外の空気は暑く重苦しかった。蘭と葛は出来得る限り陰を通り、熱気を掻き分けながら進んでいった。
「蘭、喉は大丈夫か?」
「まだ大丈夫なのー」
「多少飲んでおきなさい」
 葛はそう言い、持って来ていたタオルに包んだミネラルウォーターのペットボトルを手渡す。蘭は素直に受け取り、ごくごくと飲み干す。
「もう少しで着くから、頑張るんだぞ」
「はい、なの」
 水を飲んで多少元気になったのか、蘭は元気良く答えた。葛はそっと微笑み、家路へと急ぐのだった。


 再び家に着くと、二人はまず汗を拭いた。葛は蘭に「シャツを着替えなさい」と言って着替えもさせた。
「ちゃんと汗を拭いてから着替えるんだぞ」
「はい、なのー」
 蘭が着替えている間に、葛はシロップを冷蔵庫に入れ、冷凍庫から氷を取り出した。水気のすっかりなくなったかき氷器を机の上におき、準備を万端にしたのである。
「着替えたのー」
「じゃあ、始めようか」
「はい、なの」
 葛はかき氷をかき氷器の中に入れ、出口に皿を置いた。そしてぐるぐると取っ手を持って回し始めると、出口からしゅわしゅわと氷の粒が出てきた。
「凄いのー」
 蘭は目をキラキラとさせ、かき氷が出てくる様子をじっと見つめていた。葛はそんな欄の様子が妙に嬉しくて、しゃかしゃかと取っ手を勢い良くまわした。すると、見る見るうちに器にかき氷の山が出来上がる。
「綺麗なのー」
 白い氷の粒は、きらきらと光を浴びて輝いている。蘭はそれをじっと見つめていたが、やがて「あ」と言いながらとてとてと走って冷蔵庫に向かう。
「シロップと練乳をかけるのー」
 蘭はそう言って、冷蔵庫から買ってきた二種類のシロップと練乳を取り出す。葛はその間に、もう一つかき氷を作っていく。
「かけていいのー?」
「いいよ」
 葛の言葉を満面の笑みで受け止め、蘭は苺のシロップをかき氷の山にとろりとかけた。真っ白な山は、一瞬にして薄紅色に染まる。
「綺麗なのー」
「あまりかけすぎないようにね。逆に喉が渇くから」
「じゃあ、ちょこっとにしていろんな味を楽しむのー」
 蘭の言葉に、葛はちょっとだけ笑いながら「いい考えだな」と言う。すると、蘭は誇らしそうに「えへへ」と笑い返した。
 蘭は練乳をかけずに、まずは一口口に運んだ。
「冷たいー」
 きゃっきゃっと笑いながら、蘭はかき氷を食べる。口に入れた途端、口の中が冷たくなるのが不思議な気分だ。
「美味しい?」
「おいしいのー!」
 蘭は再びかき氷をすくって口に運ぶ。今度はシロップの一杯かかった、赤い部分である。今度は冷たいだけではなく、甘ったるい味で一杯になる。
「じゃあ、俺も食べよう」
 二つ目の山を手に取り、葛は梨のシロップをかき氷にかけた。白い液体のためにかかっているかどうかは分からなかったが、一口すくって食べると、口一杯に梨の味が広がった。
「珍しいし……美味しいな」
 葛がそう言うと、蘭がじっと葛のかき氷を見つめてきた。葛はスプーンでかき氷をすくい、蘭の口に運んでやる。
「おいしいのー」
 蘭は嬉しそうに顔をくしゃりとさせて笑った。冷たいのと美味しいのとで、幸せそうである。
「牛乳とかジュースとかをかけても美味しいんだぞ」
「それも試したいのー」
 葛は少しだけ考えてから「また明日ね」と答えた。蘭は「えー」と不満を露にする。
「冷たいものばかり食べていたら、お腹を壊すから」
「でもー」
「お腹が痛くなったら、嫌なんじゃない?」
 葛がそう言うと、蘭は「うー」と唸ってから頷いた。おいしいものは一杯食べたいが、お腹が痛くなるのは嫌だった。そんな苦悩をする蘭を見て、葛は思わずくすりと笑う。
「大丈夫。当分暑い日は続くだろうし、かき氷器も逃げたりしないから」
「じゃあ、明日もかき氷すうのー?」
「食べたいならするよ」
「なら、明日は梨にするのー」
 蘭はそう言ってきゃっきゃっと笑った。そして小さく「あ」と言いながら、練乳を残っているかき氷にかけた。
「忘れるところだったのー」
 その言い方が妙に真剣なので、思わず葛は吹き出した。
「あ、持ち主さん笑ったのー」
「ごめんごめん。うん、忘れたら大変だもんね」
「そうなの!明日まで持ち越しになっちゃうのー」
 蘭の口調がやっぱり真剣だった為、葛は再び笑ってしまった。
「暑い日も、捨てたもんじゃないな」
「はい、なの」
 葛と蘭は顔を見合わせ、にっこりと笑った。口の中に広がる冷たく甘い味を、しっかりと感じながら。

<暑い日に氷の冷たさを楽しみつつ・了>