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鬼鮫殺し
世界から今、一つの種族が絶滅しようとする。他ならぬ人間の手であろうか、いや、それにしては、
あれを人間と呼ぶにはもう。
北海道、
日本で一番新しい、国、あれは、あの場所は、日本で唯一の、
蝗害――イナゴの大群による壮大なる食い荒らし――の被害地として、開拓によって生じた、広大な草地により発生した、現象、
例えばそれが人為的に起こり、
それは小さな暇つぶしで、つまり、
人間がそれに晒されれば、命など持たないだろうという話を聞いた、たった、
それだけの理由で。
鬼鮫という男が、した事であるのなら、
そして実際、ただ悉く動作を繰り返すだけとはいえ、
イナゴを全滅に追いやったというなら。
IO2はそれを、なんと呼ぶかは、「新たなる怪異」
実際、
S三下のように、世界を理解するあの少女のように、新たなる危険人物である事は明白で、最早、
一つの種族として捕らえて差し支えないから――
「それで、」
うずくまり、風化していくイナゴの大地の上で、「てめぇは俺を、殺しに来たのか」
「伝えに来ただけだ」
あいつの嫌いな煙草を、ポケットで弄びながら、ディテクター、
「まだ死ぬつもりは無い」
「そうか」
次の瞬間鬼鮫は、直刀を槍のようにディテクターへ投げる。イナゴの死骸へ潜る彼、だが刹那、投げた直刀を自ら逆側で受け取り、彼へ着き立て、
あついコートは案外、直刀をそらす事ができたようだ、だから、
殴りかかってきた相手の口の中に、銃弾を叩き込んで、
……衝撃と、修復の合間、ディテクターは、煙草を吸っていた。もう近づけないように。だから悠々と去っていく背中、対して、鬼鮫、
「くだらねぇ」
IO2のイラつく奴を、何人か殺した。超常能力者を、殺した。足元のイナゴの死骸を、掌で掴み、治癒したばかりの口内で租借しながら、薬を飲む。
世界各地でイナゴが生きている中、人間の手で、殺されようとされる種族の話。
――いや、それは、人間の手なのか
そうである事が、問題なのか。
◇◆◇
神話?
……、化物、
悪魔! 悪魔! サタンの使い! 悠久なる破壊の奏者が生まれ変わり!
人間……、
化物。
花食らい、海潰し、大気削り、人殺し、
ありをまっさつするおとこのこ。のような。純粋ゆえに酷い心。
一切合財皆殺し、明けて暮れては皆殺し、ああ、皆殺し、ああ、皆殺し、
虚しさと充実。
(嗚呼、)
踊っている人、
(大切な人が、浮かぶのだ)
踊っている人、
(記憶は失ったのに)
それは、そうそれは、きっと、それは――
、
日向龍也が歩いている。
最早視覚や聴覚などの五感の意思も奮わず、ただ誘われる侭に。
◇◆◇
きくるきりから、イナゴの鳴き声を仮にそうすれば。きくるきりから、もうその音は微弱であり、きくるきりから、虫の脳髄は何を思い鳴くのか、きくるきりから、夥しい万の同胞に埋もれながら、きくるきりから、と、きくるきりから、と、ただこつこつと鳴いているのだとしたら、
右耳にそれを聞く人が居る。けれど、その鳴き声は仮だから、実際には存在しない音だから、
左耳で別を聞く人が居る。別の音、実際に存在する音、
、
「巫浄霧絵について、教えてくれませんか」
イナゴの大地に足を浸す、瀬戸口春香の声。
最早夜、月明かりの白が唯一の証明で、イナゴの屍骸の大地という世界だ。そこで、そんな場所で、こんなにも彼はディテクターを待っていた。紫煙と供に通り過ぎようとする彼を、左側から声をかけて。けれど、彼の足は止まらない、止まろうとしない、ただ、会話はする。
「感情操作は使わないのか?」
能力。僅かでも自我がある者のそれを、吸収し、意の侭に操る。だったら、
何故視界の中の人物に、それを使わないのか――
「それくらい、貴方なら推理できる事だよ。ただ真っ当に知識を食らう俺と違って」
「命を絶つ危険性? 違うな、ああそうか、……お前は俺に自分自身で語らせたいのか」
悪趣味だなと微かに笑ったようだ。春香は笑わない、けして笑わない。
「俺の知識でディテクターは、神隠し事件、世界を理解する女の語り部として動いていた。……貴方は誰よりも語れる、まさに探偵として。あの青の子についても。俺がただ知るよりも、貴方が話す事が、知識として近づく」
「そうか、だが、……お前は俺に、聞くつもりはない」
「つもりが無い訳じゃない。今はまだ、聞き出す機じゃないさ。俺はディテクターについてを知らな過ぎるよ。巫浄霧絵を知らないように」
実際彼女を話したあの状況、自分が、直接攻撃出来ない霊の団の前で、人質をとりざるをえなかった状況、彼女の知識があれば回避出来た可能性はある。けれど、今彼は彼女の知識が無い。知識は連鎖だ、どこかが欠けては森羅万象を知れぬのだ。だから、知らなければいけない、ディテクターも。
「だけど、ディテクターにディテクターの事を、本人に直接聞いても意味が無い、自分が見失っている部分が多々あるからだ」
「だからお前は他人に、他人を聞く事がある。客観的な視点は、その本人の顔を見る事が出来る、だが、」
お前は選択を誤っていると、ディテクターは言った。
鬼鮫が、余りにも凶暴で、手に負えないからか? と尋ねれば、「違う」
ディテクター、
「あいつは俺の事を、煙草中毒としか思っていない」
冗談なのか、真実の吐露なのか。どちらにしろ、用は済む。だってほら、今や距離は結構あいて、少し声を大きくしなければ、会話を交わせなくて、だからこれは、
最後の話。
「鬼鮫について教えておく、客観的な視点で」
お前は、俺を知る為に、あいつを殺害するつもりだろうが、
「あいつは誰かを殺す為なら、操られそうな自我ですら殺せる男だ」
ディテクターは言った。
「死ねないお前と違ってな」
ディテクターは、きっと、寂しそうに言った。
在り続ける事が幸せとは限らない――
ディテクター、
去ってから、
「……鬼鮫殺し」
不可能ではないのだろう、自分と、自分の知識を活用すれば。けれど、
それは幸せな事なのか。
、
視線、泳がせる、誰か居る。誰か、人数は二人。
◇◆◇
例え近くで目撃しても、遠い昔話のような存在。
人間の脳を凍りつかせて、四肢にたじろぎすら許さないような存在。
そういうものに、なりたかったのか。
そんな訳、無いのに。
自分がこうなってしまった世界を、日向龍也は歩いている。夥しい蝗の死骸を踏みしめて。脳裏には一切の言葉が無く、ひょっとすれば感情すらが欠落して、愚直なロボットのように動いてるだけで、
何の為に動いているのか。
誘われてるから。
何に誘われているのか。
何かに。
ねぇ、
瞳の色は――
憎悪で濁った、色。光の一欠けらもない、色。
右目は眼帯をしている。
◇◆◇
きくるきりから、イナゴの鳴き声を仮にそうすれば。きくるきりから、もうその音は微弱であり、きくるきりから、虫の脳髄は何を思い鳴くのか、きくるきりから、夥しい万の同胞に埋もれながら、きくるきりから、と、きくるきりから、と、ただこつこつと鳴いているのだとしたら、
それを足元で感じる彼女は、何を思っているのか、けれど、イナゴの鳴き声は存在しないから、少なくともその声に想いを寄せる訳じゃなく、
失った友達について考えている。ねぇ、「萌ちゃん」
彩峰みどりの隣には名前があって――
萌。ヴィルトカッツェという二つ名の、一つ名。真の名を呼び合う二人は友達の関係だろうか、ああ、みどり、
友達になれそうだった人を、目前で切り殺されているというのに。みどりは、
「鬼鮫さんって、どんな人なの?」
笑っている。
それは悲しむべき変化かもしれない、けれど、この世界の三年間は、みどりの精神を鎧を着せるよりも前、根本的に強くした。死の地獄を脳と四肢で潜り抜けてきたから、だから、
怒りが無いといえば、悲しみが無いといえば、嘘になるだろう。けれど、だけど、あの場所で、あの時で、IO2という職務の茂枝萌。世界の終わりという影沼ヒミコを殺す以外に無かったのは、誰にだって解る事で。解る事だ、だから、
あの神隠し事件が終わってから、
大切な親友を亡くしてからの再会で、彩峰みどりが、茂枝萌に放つ言葉は、己の考えや感情についてなどでなく。
ディテクターに殺された親友が、世界を理解するとはどういう事だったのか、について。
聞いてみれば、その侭な、呆気ない答えであったのだけど、
(彼女は世界を理解してた)
その事を、思い出す。胸が熱を持つ。その温度は、生粋の雪女である凍える身に、重要な指針を示させた。
この異界における彼女の生命維持理由は、親友の探索から親友の性質を、つまり、
この世界を理解していく事を決意して、願わくば、
「この世界を、変えたいから――」
月夜を仰ぐ、バンダナをまいた右腕を空へと、……演劇のような動作は、虚構における仕草は、彼女ゆえか、真実よりも明確に萌へと伝わり、
「鬼鮫さんの事、知りたいんだ」
親友を殺した、IO2の彼女ににこりと笑う。
親友である茂枝萌ににこりと笑う。
……IO2の、萌も、釣られて、笑った。ああ、こんな世界で、こんな仕事で、だけど、みどりとの関係は心地よい部類で、
「鬼鮫は」
微笑みながら、
「馬鹿よ」
身肉を恐怖で震えさせた、萌、みどり、
、
視線、泳がせる、誰か居る。誰か、人数は二人。
◇◆◇
人は皆、孤立している存在だから、手を繋いだりする。
物じゃなく、人の手を掴んだりする。
温度という現象を、ぬくもりという言葉に変えたりする。触感に対する熱を、心に対する心と思ったりする。そしてそれは事実だったりする。たったそれだけの事が、かけがえのない事だったりする。
たったそれだけの事が、難しい子供も居る。たったそれだけの事を、焦がれるほどに夢見る人も居る。たったそれだけの事を、
彼はどう思っているかわからないけど、永遠に失われた夢なのは確かで、その左手は、食べてしまうから。孤立した、人間を。
右手なら、どうだろう。
すぐ側には左手があります。食べる左手。
だから、彼は、絶望していたりする。どうしようもなく、絶望していたりする。
だけど、
彼は、
、
笑っていたりする。
歩きながら、絶望しながら、笑っていたりする。
笑ってる。
◇◆◇
きくるきりから、と、そんな声はここに存在するはずも無い。存在しようと聞こえようはずもない。ここは、北海道から南、沖縄との真ん中くらい、東京、
IO2本部。
「流浪する、はい、世界を理解する怪異の死亡」
人気の無い本部で、ソファに座っている人が居る。
「左腕が義手の、はい、殺人狂ギルフォードの死亡」
スーツに身を包んだ、眼鏡をかけた、一見とても普通な青年。
「誰も居ない街の、はい、誰も居ない世界というバージョン、影沼ヒミコの死亡」
はい、で区切る。言葉の中で、はい、は必要の無い句読点のように機能している。必要が無いのに機能、している。
それは彼の口癖だから、
「補足するなら、はい、ディテクターを、はい、ディレクターと呼ぶ、名前と行動が一致しないIO2メンバーの失踪」
口癖、はい、だから、
「被害は隊員一名で、はい、これだけ厄介な怪異が消えるとは」
激動――そう一言でまとめる男が居る。普通のいでたちをした、中身はとてもとても普通からは遠い男。さもなければ、ソファに座る自分の前のソファに座る、
大鎌を持った黒い小さな少女を前にして、こう淡々としていられるものか。スノーという少女と、
『しかし、われ』
「はい、そうですねぇ、はい」
喋る大鎌と、会話など、できるものか、彼は普通じゃない、IO2所属という肩書きの異常よりも、まず本人が普通ではない、普通じゃない、
男の名前、
「継続する脅威と、新しい脅威が出てきているのも確か、それは虚無の境界でもあるし、はい、未だ台風のように迷惑なS三下もですネェ、はい、そして」
ディテクターと――
言うのは、藤堂矜持である、普通じゃない、普通のいでたちだが、普通じゃない、
最も見た目という問題でいえば、玉石混合のIO2及び、東京に跋扈する異能力者達の中では普通のだけど。
ところで、ディテクターという単語に表情を少し変えたのは、大鎌の主、矜持に勧誘されてIO2に来たダークハンタースノーである。だが彼女は無口なので、保護者代わりの大鎌、ヘンゲルが喋る。
『ディテクターは、仲間ちゃうんか』
「仲間、はい、まぁそうなんでしょうが……、……あの人の行動はどうも、もう、はい、人の枠を外れている。ある意味で、はい、スノーさんより、それは」
『……一緒に仕事していて、それは解る、……あのボケ、世界を理解するどころちゃう、世界を推理しとる、んな阿呆な事やらかせる訳あるかい』
「ですが、はい、実際はそのディテクターという名前の通りに」
『脅威か』
ええ、だから、
「これから忙しくなりますよ」
IO2に、今人は少ない。大部分が鬼鮫討伐に向けられたから。そう、
本部を手薄にするまでのような事なのか、ああ、ところで、普通のいでたちの藤堂矜持の異能力は、人に恐怖の幻を見せて、心を壊して、
人を操れる事。
「ああそういえば、IO2にとっての継続している脅威、はい、もう一つあって――」
◇◆◇
時空すら捻じ曲げるような憎しみが真だとすれば、過去か未来に渡る迄、彼がこういふ生き物であるという事は、固定で。こうなってしまった切欠すら忘れてしまった彼に、元の自分なぞありやしないから、だから、きっとこれからも、けして救いの無い継続。
(大切な人の顔は、ふと浮かぶけど)
永遠という物があるとすれば、彼の感情なのだと思う。彼の怒りだと思う。彼の憎しみだと思う。微生物には抱けそうにない、感情の、負の方。携えると、悲しいから。悲しい事は、嫌われ物だから。歌よりもっと長生きに、続き続くに違いなく。
(大切な人の記憶は、失ってしまった)
その感情で動いている。歩いている。歌よりもずっと強く、嘘よりもずっと強く。歩いている。何かに誘われて。何かとは? 何を求めて。
(大切な人の顔は浮かぶのだけど)
永遠という物は存在しているのか。
◇◆◇
視線、泳がせる、誰か居る。誰か、人数は二人。
視線、泳がせる、誰か居る。誰か、人数は二人。
瀬戸口春香の目からすればそれは、神隠し事件で目撃はした少女、彩峰みどり、そして、茂枝萌“ではない”誰か。――萌は、それこそ隣のみどりにすら解らぬ侭に、ステルス迷彩を使用していた。
だから、彩峰みどりの目からすれば、瀬戸口春香と、そして見知らぬ誰かである。人数は二人。一人に関しては前の事件で、時間で十分いくかどうかの交流、そもそも会話すらしていないようなものではあるが、だけど、あの印象的な状況に置いては、一瞬とて、人の姿は良く刻まれて。
何が言いたいのかといえば、知り合いなのだから、ここで会話が生まれるような気がするだろう。だけど、みどりと春香はそれをしない。共通であるもう一人が、それを許さないから、
――ただそこに居るだけで
イナゴの屍に、人間の屍を重ねられている。その上に男が立っている。
人を腹ごと串刺しにして、旗のように持ち上げながら、その顔を見上げている男。
「藤堂か」
、
「あのクソガキが」
何を聞き出したのだろうか、春香の能力よりももっと暴力的に、非生産的に知識を得た男、口から血を零す串刺しの、助けを請う呻きが奮えて、その微かはみどりの鼓膜を揺らして、
途端、鼓膜をもっと酷い音が揺らした。
突き刺していた直刀に、ひねりをくわえた男。
急所と急所の間を狙った刃が回転して、串刺しの男は助けを請うた侭、屍となった。
……焼き鳥、串を外す動作、屍を置く。重ねる。そうしてから、ゆっくりと、
男はみどりだけをみつめる――
「……彩峰みどり」
みどりは確信する。「鬼鮫さん」この男がそうでなければ、何故萌は、そして、瀬戸口春香は姿を隠したというのか。そして、彼が鬼鮫でなければ、どうして、
「どうして、貴方は」
純粋な疑問と、純粋な、
「どうして貴方は、殺すんですか」
悲しみ。
「……こいつらみてぇな、刺客、って奴でもねぇのか」足元の死体に一瞥もくれない。
「萌ちゃんから、聞きました」
「ああそういや、あのジャリと組んでるんだったな。かくれんぼ中か今は」
「もともとは家族を殺されて、その敵討ちで入ったのに、今は殺す事を、喜んでるって」
「何しに来たつもりだ」
「教えてください、どうして貴方は」
「……」
「変わって――」
鬼鮫との距離は十メートルはあった。だから、一瞬で詰めた事になる。
片腕が切断されたから。
閃くような鮮血の事態、
だけど、みどりは、この異界で、
強くはなっているから、
悲鳴という無為じゃなく、斬られた直後、余りにも綺麗な二つの切断面を固定するギブスを、氷で作り上げる。喉の奥からこみ上げそうな音を噛み殺し、切れた血管を癒着させて、
当然その時間は狙われるから、腕を狙った直刀が次には喉を襲撃するから、みどりは、
蝗の死骸が下に張り巡らせていた、氷上の一つを山のように起こした。
刃が鈍器のように作用して、破砕する欠片に紛れて、みどりは鬼鮫の視界の外へ。触感で動きを察した鬼鮫が振り向いた時には、彼女は死骸の下から氷をせり上げる。そして、吹雪を巻き起こし、それを動力にして滑走する。一時的な退避、アウェイアンドキル、かく乱し、隙をつき、そしてとどめは、今は姿を消している親友が、仕事として、実行するはずだから、そう信じているから戦える。生き残ろうと思う。私は、死ねない。死ぬわけにはいかない、
世界を理解しようと決めたのだ、死ねない、この異界で、
「死ねない」
万人の願いが今、一等の願いへと。
みどり、大きく息を吸い込み、強く細く息を吐き出す。その冷気の筋は大気を凍らせ、一本の細く強い針となって鬼鮫の肩へ、牽制攻撃、鬼鮫はひるまない、立っている、当然だ、
あの男を倒すのは一生涯をかけても――
くだらねぇ、と、
……そう、距離の向こう、唇が動いているのが見えて。次の瞬間、
鬼鮫は拳で、蝗の死骸の下にある、氷の大地をぶん殴った。
ぶち壊れる。
震度の七が局地に、人為的に起こされて、砕け散る氷上、破砕する彼女の武器、
イナゴの死骸に足が泥沼のように浸かり、
(死ねない)
目は生きている、脳も生きている、みどりの五体は全て生命継続を願う、けど、
全てが己の思う侭に行く程、この世界は甘くないから、だから、
邪魔だったのか、長いコートを脱ぎ捨てた鬼鮫が襲い掛かり、新たな氷を張り直すよりも、直接的に、目の前の厚い氷壁を作り出すのだけど、耳が壊れるような風音を起こしながら、そんな動きの速度と強度で、みどりの身体を、眼前の氷壁が如く、砕け散ろうとした瞬間、
――みどりは強くなっている
、
友達が、居る。
見えなかった少女が見えて、高周波ブレードが、鬼鮫の心臓を貫く。
人間にとって一番大事な機関を、意思すら宿りうる臓器を、
もし、その機関を、貫かれて、生きているのは、
、
みどりをぶん殴ろうとした拳を、萌へと切り替えて、実際、殴り飛ばすのは、
最早人の外で、人じゃない生き物の拳は、よく萌を殴りつけ、
みどりは、友達を失った。それで強くなれた。同時に、友達を得たから、また、強くなれた。けれど、
もうこれ以上失いたくない気持ちは、ひょっとして、自分の命と同じか、それ以上で、だから、死線の最中で、絶望という名の氷上を浮かべるみどり、萌は、殴り飛ばされながら萌は、
「頼んだ」
――諦めてない表情
茂枝萌は壁だった。
少女の背後に居る、瀬戸口春香の為の。
IO2の敵性存在が一人、
瀬戸口春香という男の、ディテクターがまとめたファイル、能力、感情操作、
視界内に入った者の感情を、吸収し、冷静にさせ、無気力にさせ、従順なる精神に移行させる。それは一切の例外もなく、鬼鮫だろうとなんだろうと、だから、春香の瞳孔は、猫のように細くなり、視界の中の人物を、一瞬で、
……、
一瞬よりも短い、刹那、
瀬戸口春香の目の前が、暗転する。「何だ」余りにも唐突な事に、口から漏れる普通の言葉、何だ、考えろ、原因は、
鬼鮫はコートを脱いでいた事、そして、直刀を持っていなかった事、知識、
直刀を槍にして、コートを旗にして、上空に放り投げていた。そんな、まさか、
「瀬戸口春香」
声が聞こえた時にはもう、自分の上半身が、コートに包まれているのが解る。
「たちの悪い無敵、再生能力とかそんなチャチなもんじゃねぇ、無傷。いかなる呪物だろうが核兵器だろうが平気」
逃れようとしても、しっかりとくるまれて、力自体は非力なのだ、みどりよりも萌よりも、あの二人は、多分、
懸命にこちらを助けようとしているのは、コートによる闇の中でも解るけど、だけど、
「くだらねぇ」
この状況は、
「ド三一どもが」
これは、「傷つけられねぇなら仕方ねぇ」
――鬼鮫は言う
「宇宙まで投げ飛ばす」
奇想天外が、妄言が、虚言が、有限実行されると、背筋に感覚的に走る春香、宇宙へ、逃げなければ、どうやって、
幾つもの知識が教えるのは切り抜け方じゃない、絶望。大気圏摩擦にすら耐えた自分の身が、無量大数分の一の可能性で月にぶつかりでもしない限り、ずっと宇宙へ彷徨う事になるって、そんな運命が、自分が、
在り続ける事が、
真空の彼方へ送る動作、萌も、みどりも、間に合わない、間に合ったとしても、意に介さない、鬼鮫、動きを、
、
やめる。
ブレードで刺し抜かれながら、氷で下半身を覆われながら、鬼鮫は、投げ飛ばす動作を中断して、そして、
春香に被せたコートを剥ぎ取り、着なおして、そして、
瀬戸口春香が瞳孔を細めるより先、
鬼鮫は、爆笑した。
寡黙な男が、笑み等浮かべるはずもない男が、爆笑した。
筋肉を躍動させて、雀なら殺せる声量で、腹を抱え、
笑う、という行為で、直接的攻撃でない笑う、という行為で、彼の範囲が暴風圏内になり、三人は信じられないくらい飛ばされて、イナゴの死骸のクッションに落ちる。笑い声がしている、笑い声が。跪く三人、呆気にとられて、何で、何が、おかしくて、
笑って、
……一頻り、笑った後、
「馬鹿が来た」
鬼鮫の背中の向こうに、彼の視線の先に、三人がみた物は――
光景、
笑っている、男。何かに、血の臭いに誘われてここまで来た。
「日向龍也」
かつて春香が、知識として得た。
◇◆◇
藤堂矜持は仕事を終えた。
「知っていますか、はい、もう一つの怪異」
次の仕事へ向かう途中、
「何一つ解れない、はい、馬鹿な男」
そんな事を言った。
◇◆◇
それは、その光景は、
日向龍也の周囲は、陽炎か、それとも彼の発する、気、なんて、寓話的なものゆえから、空間が歪んでいる。牙を向いて、狂気により牙を向いた笑顔で、男という単一的な異常に、さらに周囲は、空間は、景色は、
数多の武器が浮遊しているのだ。
そして武器は、全てが血に塗れていて。まるで手負いの獣のようにしたらせ、その癖、笑うやうにゆらゆらと揺れて。神話、遠い昔話、時空すら捻じ曲げそうな憎しみ、
、
北海道の出来事。
三人は、笑えない。生き残ろうと思ったみどりも、死というものが存在しない春香も、IO2の職務の萌も、誰もかも、あの男の前には立ってはいけないと、単純に殺されるから。生き残る為には。死などという物が存在しなくても。IO2の仕事は。
「あの、人は」
みどり、
「変わってしまった、人」
「……ああ」
悲しそうに呟く少女へ、春香は、そう言って。目の前の光景は、恐れと同時に、とても悲しくて、だけど、
鬼鮫は笑っている。
龍也も、笑っていて。
だから二人は、彼と、彼は、
先手を仕掛けるのは龍也、白髪が揺れて、
一撃で心肺機能を停止させる右拳を叩き込む。肉が揺れる、鬼鮫、
殴り返す、殴り返されれば、蹴り返す、互いの一撃が、互いの身体を浮く程に揺らし、だが笑みは絶やさず、空気がそれだけで雷鳴が伝わったかのように震えて、
龍也の何度目かの蹴りが不意に空振る。攻撃を受けるのに飽きたのか、鬼鮫、屈んで、
足元のイナゴに埋めていた直刀を手に取り、腹ごと貫いてそのまま前へ全力で走る。
突き刺した侭、走る、走る、笑いながら、時速を車体に迄もっていって、立ち止まり右回りに回転、浮遊する醜く赤に彩られた武器の一つへ投げ飛ばし、
その武器を踏み台にして、夥しい武器を踏み台にして、龍也は周囲を光のように飛び回って、十四回目の跳躍で飛ぶ方角を鬼鮫へ向けて、
手に持つのは、神話世界の槍。けして砕けぬ真槍を、
直刀が、軽々しく防いだから、龍也はますます笑い、
やたらめったらに切り刻んで、最も適した型で、また、天衣無縫の動きで、身を削がれていく鬼鮫、再生能力も追いつかず、血を流して、鬼鮫、直刀を、
零距離で龍也へぶん投げる。片手で受け止めるけど、七十センチ程後退する。その距離へ、足場の利かないイナゴを右足で踏みしめ、左足で飛び、直刀の上に載って、顔を蹴飛ばして、
、
それは、その光景は、
現実の癖に、絵画のように、入り込めない。太陽ですらこの二つの命を、左右出来るのか解らない程の、二人、この人たちは、どうして、何故、
「変わったのかな、萌ちゃん」
……瀬戸口春香とて、貪りたい知識。だけど、もしかしたら、
この少女は自分よりもその事について真剣で、だって、
泣いているから、だけど、目をそらないから。
目を見開いて泣いているみどり、嗚咽を漏らさないで、子供みたいに、泣きじゃくらないで、
こんな感情で。
……萌はみどりの言葉に答えず、春香に話しかける。
「何時、使うの」
感情操作、
「二人のどちらかが事切れた時、そう思っているけど」
この侭逃げた方が、君達はいいかもしれないね。そう言うけど、二人の答えは、知識として解る。
知りたいから。と。仕事だから。
だから、みつめている、ただみつめている、
殺し合いを。
◇◆◇
、
日向龍也の、笑みが増した。
「お前は食らってやる」
眼帯を、取る。
未来を少し見る右目。
◇◆◇
次に、右が来る。
かわせば、左が来る。
右目に映し出されるほんの少し先の光景は、実力の拮抗を簡易に崩す。それでも、追い詰められながら、笑っている。だけど、その笑みは龍也の邪笑には遠い、だからといって、爽やかという意味でない、
人間に見捨てられた、壊れた時計のような。
笑っている、血を吐きながら、笑っている、その血を浴びながら、笑っている、未来を読んで、笑っている、未来を読まれて、
笑っている。
日向龍也が、鬼鮫の眼前に来た時、右目が映し出す光景。
直刀が胸に刺さる光景。
だけど、
笑って、
実際、
直刀が、
胸を――
龍也の左腕が、膨れ上がった。
それは瞬時、大きな口となり、居並ぶ牙、垂れる涎、
直刀が、浅く突きさした彼の右手だけを残し、
左腕はがぞりと、喰うた。
租借する。
租借している。血が口の隙間から、スープのように零れている。再生の能力が追いつかないくらい、ばりと、がりと、むしゃと、嗚呼、
かつて夢の中で、大切な人を食べたように。食べている、食べて、
……やがて、荒刻みになった所で、左腕は、嚥下する。鬼鮫をすっかりと飲み下す。左腕の食事。
食後、日向龍也、
浴びた血を拭おうともせずに、突っ立って、浮遊する武器とそっくりな、“紅に汚れた物言わぬ”、だけど、この場所に居たのは鬼鮫だけじゃないから、だから、笑う、笑うという事、
殺すという事――その場に居合わせた三人の方へ、視線を向け、襲いかかろう。龍也、
視線を向けて、
、
襲い掛からない。
……みどりが、立っている。それだけである。少女がそこに居るだけで、日向龍也は静止した。何故か、
急な話である。龍也の左腕が途端、酷く脈打った。大鐘が乱暴に打ちなさられるが如く。その生体反応は、静止していた身体をぐわらんぐわらんと、揺れるふらふら姿勢を保てぬ程に、そして、
静止した、何故、
みどりの姿と、重なったのだ、
脳裏に浮かんだ、大切な人と。
同じ性別である事と、
あの、悲しそうな顔が。
……それは、みどりの演技なのか解らない。彼女はそもそも、龍也に大切な人が居たかどうかは知らないはずである。なのだけど、その表情は、彼の失った人のような、悲しそうな、哀れむよりもただ、悲しそうな。
頭痛がする、龍也。春香の感情吸収を用いる必要も無く、彼はとても静かになって。頭を抑えている彼に、みどりは、
「変わってしまったのなら」
彼女は、
「もう一度、変われませんか」
今の龍也にとって、あらゆる意味で不可能な願いを零す、けど、
背後の春香はみどりの知識を得る。こんな世界で、この人じゃない少女は、優しい。そして、覚悟しているのだろう、その優しさが、
これから自分を、果てしなく追い詰める事になるかもしれなくても、ほら、
「やりきれない話だね」
瀬戸口春香の知識にある。ディテクターから聞いた事、
鬼鮫を、舐めるな。
「ジーンキャリア」
不意にぼとりと、龍也の胸がぶち割れて、心臓が零れた。
……痛み、よりも、意味不明が際立ち、足元に落ちた心臓を見る彼は、呆然と。
だけどそれは、龍也の心臓じゃない、そもそも龍也の命の臓器は“神の臓”で、通常の人間のとは違う、特別所為で、だったら、これは、
「鬼鮫さん」
口を押さえて、涙を流して、みどり、
「なんで、そこまでして」
鬼鮫を喰らった日向龍也、血と肉にしたのは、彼の馬鹿力と、
(ジーンキャリア、トロールの遺伝子の優性を宿した人間。不老不死と力持ち、ただし、副作用の為)
春香の知識としてそれはある。
「薬が切れた時の副作用は、鬼鮫自身も苦しむんだよ」
だから龍也は苦痛に溺れ。
激しい苦痛に龍也は溺れ。
生きている、生きている、死ぬ事はない、だけど、呼吸がうまくできない、細胞の全てが痛みを叫ぶ、鉛のような疲労が身体の各処に発生し、ああ、
それでも、歩き始める。吐瀉物を一度、吐き出して。
憎しみに彩られた瞳、未来を少し映す瞳、二つの眼をなんとか使い、
鬼鮫を屠る程の力があった龍也、だから、普通なら精神等、とっくに壊れてるはずなのに、身体が死を選んでくれるのに、まだ持っていて、獣のような咆哮も零せず、耳鳴りがするくらいの激痛に包まれて、達也は去っていこうとして、
それを鬼鮫の心臓が、這って、追っている。眼も無いのに。こんな姿になってまで、きっと、殺そうとしている。殺そうと、みどり、
その願いを遮るように、
鬼鮫の心臓を、拾い上げました。
ばたばたと暴れて、たくさんの血が、みどりの白色に付着して。だけど、それでも、心臓を離さない、
みどりは抱きしめる。
「どう、して、こんな」
萌ちゃんから聞いた、もともとは、家族の敵討ちのはずだったって、
「こんな風に」
今目の前で去っていく、あの男の人にもきっと、大切な人が居たんじゃなかろうか、それが、
「教えて」
口が無い心臓に、みどりは、
「知りたい、んです」
聞いて。
望んだから、と声が聞こえた。
幻聴にしては、やけに、はっきりと、それは、
頭上から――みどりは見上げる
一瞬だけ、青い色の子供が見えた。
すぐに消えてしまったけど。
それが誰なのか、みどりは知らなくて、
だけど、それについて知りたかった春香は、そこに居て、
「青の子」
姿という知識は得たけれど、目的までは知れなくて、ここで、この場所で、
貪れる知識はもうないのだろうか、そう、心臓を抱えるみどりが居る、蝗の死骸の大地という視界が、
瞬時、切り替わった。
――数分後、とうとう事切れてしまった心臓を抱える、みどりが気付く
「……萌ちゃん?」
春香も居ない。
◇◆◇
数分前の出来事は、視界が瞬時、切り替わった事は、どのように視界が変わったかについて、語るべきだろうから、瀬戸口春香が見た物。
自分が居る。
……背景があって、一本の木があって、誰かが居て、鉄や本、馬やライト、自分と森羅万象、
時が流れてく。
一つの芽は花となり、種を残し枯れ果てる。
子供の持っていたゴム風船が、飛ぶ力を失って、破裂の散り様を見せる事なくしなびて、砂に塗れる。一頭の良き馬は、屍になった後、葬列を作り出した。暖かいスープは蒸発して、ガラスの向こうでそれをみつめていた子供も、やがておじいちゃん、椅子に背を預けながら、幸せそうに目を瞑って、
時が流れてく、
、
春香は、変わらない。
目前の己、時流による二度と同じ模様を見せぬ万華鏡のような変化で、何も変わらない。変わらない、変われない、
例え、この世界でも、彼は、
在り続けて。
椅子の上で、孤独に死ぬ老人の隣、変わらない自分、春香、
ベレッタM92F――銃の名前、
一つ放つ。
それだけで、世界はまた、瞬時切り替わる。大鎌に弾丸は防がれて、守られたのは、
「藤堂矜持」
相手の恐れる幻を見せる、IO2構成員。
「貴方の、はい、知識としてあれて幸いですねぇ、瀬戸口春香さん」
人は藤堂矜持、そして大鎌ヘンゲルを携えるスノー。それから、十数人のメンバー、多分、IO2の構成員。いでたちは様々だけど、全員が、異能力者、春香の同類。
場所は、蝗の大地の侭で、だけどあの場所からはどうも遠くで、
「ああ、はい、失礼ながら移動させていただきましたよ、はい、メンバーにそういう超能力がある人が居まして、はい」
自分をこうしてまで連れてきたのは、不快な、本当に不快な幻を見せて、
だけど無傷でここに連れて来たのは、
「そういう事なんだね、そうか、全部キミが仕組んだ事か」
「いやはや、はい、そうですねぇ」
IO2と、IO2の敵性存在が、会話をしている。
「まぁここまでうまくいくとは、はい、思いもしない、全て、はい、本当に全て」
計算以上で怖いくらいですよ、と、言った。貴方が、在り続ける事への恐怖に対してと同じくらいにと、嫌味ったらしく。春香は反論する。
「恐怖、じゃないさ。……願いだよ」
「そうですか、はい、まぁそうでなければ容易く、私の術も破られは」
「無駄話はやめよう、キミは用があって、俺と接触した。そうだろう?」
藤堂矜持は、ことりと、置くように笑った。
「ディテクターについて、はい、知ってもらいたい」
そして、IO2においての彼の資料を渡すと言って、誰かに声をかけ、誰かにその資料を持っていかせて、
……その誰かの瞳の色には生気が無く、まるで操り人形で、ああ、そういえばそうだった、そんな事も出来るのだ、そんな能力も使って、
「キミは、なったんだね」
「はい」
口癖ではない、肯定としての使い方。
「IO2の長」
統べる彼は、また一つ、はいと言った。
◇◆◇
随分前から、人の思考を読み、対象にとっての最もな恐怖、嫌悪を幻覚で見せる事により心を破壊する能力で、乗っ取りの為の根回しを始める。
日々の活動の内から、全国の能力者をIO2にスカウト。逆らう者はまた操り人形に。
そして今日。鬼鮫へ殺されにいかせたのは、自分の障害になる者達ばかり。IO2本部を手薄にし、一気に掌握へ。討伐目的ではない、先行したメンバーの一人から、北海道、日向龍也という怪異と、瀬戸口春香の目撃情報獲得。鬼鮫への進路を取ると予測し、後で情報を得る為、傍観者として茂枝萌を派遣。元から鬼鮫を殺せるとは期待せずに、そして、
二つの怪異の内、IO2にとっての害の内、一つは消滅してくれて、
それにもう一つも、手負いになったと、萌に、聞いたから、
計算以上に企みは成功したから。
◇◆◇
「それで、俺にディテクターについての知識を与えて、どうするのかな」
「そうですねぇ、はい、戦力は多い方がいいと」
「……俺は、ディテクターから聞きたい事があるのに、何故殺さなければいけないのかな」
「その資料見てみればわかりますよ、はい、ディテクターあの人、依頼遂行の為に」
わりかし人間を、はい、襲っていますから、と。
「まぁ、どうしようもない、はい、極悪人が圧倒的ですが」
そこまで言って、矜持は、次の仕事があると言って、別れの挨拶もなく、構成員の集団と供に消えた。さっき言ってたテレポートだろうか。
……渡された資料を見る、IO2に入ってからのディテクターの仕事、鬼鮫との連携、……確かに彼は殺している。唯の人間を、ひたすらに。……けど、だけど、
ディテクターの概要のページ、いくら、目をこらしてもこう書かれている。
彼は、ただの人間だ。
能力など何一つも無い――
「異能力者じゃない」
自分がかつて狩っていた、人に危害を加える人以外では無い。
呪物という銃があるけど、人間離れした推理力があるけど、ディテクターは人間だ。不死身でもない、心も操れない、空も飛べない唯の人間だ、
それが何か、引っかかって。冷静に考えてみれば、何もないただの人間の方が、圧倒的に数が多いはずなのに。けど、
唯の高校生が、ちょっと異なる能力を持っている事。
そんな事の方が、当たり前に思えるという“異常”。けれど、見失うな、それは当たり前じゃない。ディテクターが唯の人間である事の方が普通なのだ。だとしたら、どうなる、彼が唯の人間である事は、何と関係して、
――藤堂矜持は、ディテクターを脅威としている
「殺さなければ、いけない存在」
……資料を、読み解く、けれど、IO2に来るまでの一切の経歴が不明で、だけど、
もし、唯の人間が、三年前も、異能力者達の狭間に揺られて、それでも生き残ってきたというのなら、いや、
死ぬ事が出来なかったのなら。
「……在り続けるしか、なかったのなら」
それは確かな異常で。……その異常を、正す為に、この世界が、生まれたなら、つまりは、
(仮定する)
資料を読み終えて、春香、
この世界の存在価値。
「ディテクターを殺すために」
もしそれが、誰かの願いだとしたら、誰の願いだというのか。
脳裏に、女性の声がよぎる。
◇◆◇
「スノーさん、ヘンゲルさん」
小型の飛行機、新生のIO2。
「短距離のテレポート能力、はい、交渉能力、その他様々なエージェント」
はい、と区切る。
「白神との協力は、はい、いまいち信用できませんしやめにして。まぁ今の所、はい、この構成員で充分でしょう」
目論見は全て、うまくいったけれど、
「ただ一つ、はい、不安なのは」
気にかかる事。
「茂枝萌クンは、はい、残るのでしょうか」
次の仕事に、S三下に殺害された、碧摩蓮のアンティークショップ位置補足。及び、武器の確保。……アンティークショップの品は全て、主人が三下戦で使い切ったから、この仕事は無下に終わるけど。
彼が気にかかっている事は、その次の任務を、強制ではないとはいえ、断った少女。もう任務の無い、蝗の死骸の大地で、残った理由、
「彩峰みどり、はい、でしたか」
彼女の存在はIO2にとって、有益か、それとも、
『何を企んどる』
独り言のように、語っていた相手の内の、一つの大鎌が、
沈黙する主人と反するように喋って。その問いかけに、矜持は、
「これから、はい、忙しくなりますよ」
それだけ答えた後、もう一度、萌とみどりについて考えて、もしあの二人が――
◇◆◇
「私は、IO2の、NINJA」
十分か二十分の一人ぼっちを、みどりはその場で動かず、鬼鮫の心臓を抱えながら過ごしていた。突然消えた萌が、再び現れたのも突然で。みどりに、薄く微笑まれた萌はそう語る。
「私の仕事は、みどりみたいにこの世界を理解する事じゃない」
けれど、
もう、それでいい。
「私はこれからも、みどりに付き合う」
理由は、
「あのIO2は、好きになれないから」
全てが、あの男の為にある組織、
あの男に引き連れる幾人かが、操り人形になっていて、あの場所と、
みどりの隣だったら。
みどりの微笑みの厚さが増す。萌の選択には、そう応えるべきだから。
二人で、生きて、
この世界で生きて、
◇◆◇
もしあの二人が、IO2の害になるのならば、
「はい」
操るか、殺すかでしょうか。
……スノーとヘンゲルが、藤堂矜持に従う理由は、操り人形にされたからじゃなく、
淡々と、だけど、確実に物事をすすめる彼に、その価値があると。
IO2に誘った張本人だから、その程度の理由もあるけど。
◇◆◇
みどりには、友達が居て、矜持には仲間が居て、
一人なのは瀬戸口春香と、永遠に在り続ける瀬戸口春香と、
日向龍也。
頭痛の内部で、大切な人が浮かぶけれど、
それはもう会えない人で、一人でまた彷徨って、龍也は、
、
苦しみはひたすらに膨れ上がり、拒否反応は、彼の《神》臓にも作用して、
身肉が裂けるような状態、
、
神臓に、皹が入るのが、修復されない胸板の傷口から見えて、それは、
日向龍也という存在の、終わりを数え始めた。
あと一度、戦えば。
足元の蝗。
大切な人が頭に浮かんだ。
憎しみで濁った瞳は、何も映さない。
身体が、痛い。
◇◆ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ◆◇
2953/日向・龍也/男/27/何でも屋:魔術師
3057/彩峰・みどり/女/17歳/女優兼女子高生
3290/藤堂・矜持/男性/19歳/特殊隊員兼探偵補佐
3968/瀬戸口春香/男性/19歳/小説家兼能力者専門暗殺者
◇◆ ライター通信 ◆◇
挨拶すっ飛ばして各人にGO!(手抜き
日向達也のPL様、毎度ご参加いただきありがとうございます。鬼鮫を喰らうというプレイングからと、終わりの無い事に終わりがあるなら、という事で、今回のリサルトに致しました。次々回からの依頼が、異界PCとしての最後の参加になります。ご了承ください。
彩峰みどりのPL様、青の子の姿を見た、それだけですが、それを踏まえたプレイングが可能になります。尚、茂枝萌がみどりに着いて行くのは、多分小さな友情あたりかと思われます。
藤堂矜持のPL様、個人的にですがかんなり予想外で奇想天外のプレイングで、あかん、素敵すぎると(待て)目論見どおりかわかりませんがIO2の全てを掌握しました。アンティークショップに残ってる武器の回収とプレイングにありましたが、これは前回の依頼のオープニングで、全て使い切ったと描写してるので、無駄足にしました。これからの忙しさが楽しみです。
瀬戸口春香のPL様、設定補足にとられたせいかプレイングの文事態が少なかったので、簡潔にまとめられている部分を使いました。キャチフレの“在り続ける事が……”を不快や恐れとしたのは、ちょっと違うかもしれまへんが;
ご参加おおきにでした、いい加減クライマックスに入ってきましたが、よろしければまたお願い致します。
[特別連絡事項]
日向龍也の異界PCは、《次々回》以降の依頼参加で死亡が確定します。(次回の依頼は戦闘無しの予定です)
藤堂矜持は他のPCのプレイングによるIO2の変革(反対派による消滅等)があるまで、IO2の立場を使用できます。名前のあるPCに比べれれば死にやすく劣りますが、全国からスカウトした構成員をプレイングで使えます。(テレポート能力のある構成員に任せます、等、《名前も個性も無い》存在であるならば)
[異界更新]
鬼鮫死亡、日向龍也、鬼鮫を食った事により鬼鮫の力持ちや再生能力を手に入れるが、ジーンキャリアの死に至る拒絶反応も同時。薬による抑制方法を知らぬゆえ、知っていても薬を使用しても、常人よりもはるかに活動する神臓の所為で、薬による解決も無理か。死の運命が生じる。
瀬戸口春香、仮定、この世界がやけに殺しあうのは、誰かの願いでディテクターを殺す為では無いか? ディテクター及び、他のエージェントの知識も、資料から獲得。
みどり、青の子の姿を一瞬確認。……藤堂矜持のIO2についていけなくなった萌、以後はみどりと供に行動。この二人がIO2にとって、敵性か放置かはまだ不明。
藤堂矜持のIO2乗っ取り計画は成功。鬼鮫は死亡、ディテクターは敵性存在、茂枝萌はみどりと行動をしたので、鬼鮫に殺された人数も含め、戦力は落ちたか。これから忙しくなるとの事。
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