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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


家族ゲーム2

 一枚の紙は一枚の神。
 己が赫を混ぜて、手紙をしたためる。
 順番が来たら、望むことをそこに書けばいい。

『ねぇ、覚悟は決まった? 望んだ家族を得る方法を行うこと……』
『うん。それって大丈夫かな?』
 きっちりと三つ折にした靴下に小さな靴を履いた少女は闇の中で言った。少しおどおどとした態度は怯えているかのようだ。闇はどこまでも深い。二人の間はもっと濃厚な闇があった。
『本当なの。とっても楽しいわよ』
 赤い唇が印象的な少女はぬらりと自分の唇を舐める。
『でもぉ……』
 白い服を着た少女はぷらぷらと足を揺らした。
 自分たちのしようとしていることの重要さはわかっているらしい。しかし、もう一人の少女には逆らえないようだ。
『大丈夫。奴等は【あたし】に気が付いていないもの。叶うわよ……なんなら奴等も捧げ物にしちゃいましょ』
『えっ!』
 相手の発言に少女はびくっと反応する。
『大丈夫よ、上手くいくわ。そうね、最初は……草間武彦。あの心霊探偵から捧げてしまいましょう……』
 くすくすと笑うと、もう一人の少女は自分の手駒である式神を放った。

●興信所内
 草間武彦は本日3本目の煙草に火をつけた。ただいま、9時34分。なかなかに速いペースである。事務所を開けたのが9時5分ほど。女性事務員が入れてくれた珈琲を飲み始め、二杯目に突入したところで煙草に火を付けたのだが、それが15分前だろうか。
「はぁ……」
 吐き出した紫煙はどこからが煙草でどこからが溜息なのか。落ちかかる灰を横目で見るとアッシュトレイの上に持っていって指先で煙草を揺らして落とす。
 ずっと前から草間武彦は考えていた。
 神隠しに合い消えた子供たちの行方がわかった先日の事件で、どうしてもわからないことがある。如何にしてその方法を知ったかだ。
 己が望む役柄を半紙に書き、おみくじを引くまじない。黒く塗っておいた割り箸で鳥居をつくり、それを立てて狛犬の置物を置けば望んだ世界へと旅立てる。
 そんなものを一体誰が教えたというのだろう。
 あのときの事件は一応解決したが、その方法自体を封じたわけでもなし、また何か起きるのではないだろうかと懸念する自分が居た。
 子供が消えたという事件は報告されている。関連性は調べていないが、NOと言い切ってしまうのも危険だろう。
「この前の子供たちに久しぶりに会ってみるか……」
 武彦は煙草の火を消すと、椅子の背凭れに預けていた上半身を起こした。そして、武彦は神隠しに遭った子供達に会おうと数ヶ月前のファイルを探し出してはひっくり返す。
 大して稼いでいないのに、整理しなきゃいけないファイルも多い。そんな中で埋もれながら、武彦はファイルを懸命に探していた。
 事務員のシュライン・エマに頼めば簡単なのに、今回は自分から。いつにもなく懸命に探している様子に、零は雪が降るのではないかと思ったほどだった。
「ど、どうしたの?」
 シュラインは恐る恐る聞いた。
「あ〜……前のな、神隠しの……」
「それだったら、こっちよ」
「……お?」
「どうしたのよ、武彦さん。そんな急に」
「ちょっと気になってな」
 そう言って武彦は苦笑する。
「あの子たちね。元気でやってると良いわね」
「そうだな」
 感傷だけで金も出ないのに捜査をしようかと思ってしまった辺り、所長失格かもしれないと武彦は思う。だが、どうしても気になってしかたがない。
「なぁ……」
「何?」
「神隠しの犯人……誰だと思う?」
「えっ! そ、そうね〜。大人嫌ってた子供達だったから、首謀者の外見って案外子供かも」
 シュラインはちょっと小首を傾げつつ顎に人差し指をやって考え込む。
「俺もそう思ってたところだ。だとしたら厄介だな」
「何故?」
「あー、だからな。その……」
 実に言いにくそうにしている武彦を見て、シュラインは破願した。
「どうなったか知りたいし、次に何か起きないようにしたいんでしょ?」
「あぁ、この前の子達は帰ってこれたけどな。ほかの子供たちのことを考えると……」
「そうねぇ。ちょっと待ってて」
 そう言うなり、シュラインは受話器を持ち上げると電話をかけ始めた。
 数コール目で相手は出た。
 この時間だと仕事かと思ったが、どうやら今日は休日らしい。少し眠たげな声が聞こえたのに、シュラインは頭を下げながら謝った。
「ごめんなさいね、今日はお休み?」
『えぇ、そうよ……ふぁ〜……っ。んー、今日は何の用事なのかしら』
 思いっきり背伸びをしながらの声が聞こえて、シュラインは微笑んだ。
「ホント、ごめんなさいね。汐耶さん、お時間大丈夫かしら?」
『大丈夫よ』
「よかったわ〜。この間の神隠し事件の……」
『あぁ、あれね。どうかしたの?』
「調査を手伝って欲しいのよ」
『えぇ、構わないわよ。仕事の合間と休日を使って調べ物することになるけど良いかしら?』
「ありがとう! 助かっちゃうわ♪」
『行方不明になった子供を全員助けた訳ではないですしね。それに、あちら側で起きた事件……周りと馴染めなくて、現実とのギャップで生じたものでしょうから』
「そうねぇ」
『……何人、生き残ってるのかしら』
 汐耶は受話器の向こう側で深い溜息を吐いた。

●興信所内2
「対価は払わなくてはいけないけれど…ある意味騙してる様なものよね」
 シュラインは言った。
「あの世界自体を崩壊とまでは難しいでしょうから、せめてこちら側との行き来を断てるようにしないと」
「そうですわね」
 応じたのは榊船亜真知。
 長い髪が美しい少女である。そして、この興信所の調査員でもあった。お菓子を持って応援に駆けつけ、てきぱきと紅茶を入れ、給仕して回る。
「連絡はどうやって付けましょうか?」
 汐耶が言った。
「うーん。少々高いけど、わかれて調査してる時に便利かしらと思って」
 シュラインはGPS機能付きに変更したばかりの携帯電話をポケットから出して見せた。反対側のポケットからもう一個出して武彦にニッコリと笑って見せる。
「はい、これ……」
「どうしたんだ?」
 携帯を持っていなかった武彦は目の前に出された携帯に目を瞬く。
「私と武彦さんだけになっちゃうけど、二人分の居場所はこれでわかると思うわ」
「あらっ、名案ね。GPS付き携帯、さすが〜」
「うふふ♪ ちょっと、今回の臨時収入が多くって」
「まあ、リッチねー。ケーキ奢ってもらっちゃうわよ?」
 そう言って、汐耶は笑った。
「ちゃぁ〜んと、冷蔵庫に用意してあるわよ」
「あらあら、私も買ってきたのに」
 二人は顔を見合わせると笑いあう。
「大丈夫なのか、シュライン」
 どうやら武彦は料金などを気にしているらしい。
 本体の料金もさることながら、さすがに毎月の料金も気になるところだった。
「毎月の料金は変わらないし……まぁ、本体の代金は気にしない気にしない」
 ちょっぴり痛い出費だったが、シュラインはにこやかに笑ってみせた。
 化粧品やら、夏終わりごろのバーゲンやら、冬服準備貯金やらが脳裏に浮かぶ。シュラインはえいっ!と、そんな考えを隅に追いやった。

   ***   ***   ***   ***   ***

 1つ目は呪法に対する贄は何か、2つ目は教えたのは誰かと言う事。
 それが榊船亜真知の気になっていたことだった。この点を確かめる為に前回の子供達に会いに行こうと思ってやってきたのである。
 シュラインや武彦たちと共に1人1人に誰から聞いたかを聞いて歩き、話の出所を特定しようとするが上手くいかない。首謀者は子供達の中にまだ潜んでいる可能性を考えてはみるものの、ただ本当に子供かは疑わしかった。
 シュラインと武彦は互いにGPS携帯を持ち、前回一緒に帰還した子供達が近所に住んでいるのもあって聞込みに来たのであった。
 前回の事件で助かった子供達に電話をかけ、話を聞かせてもらえるように頼んだ。もちろん、助けてもらったお礼と、子供達は話を聞かせてくれるという。
 皆は待ち合わせの場所に喫茶店を選んだ。
「こんにちは、詩織ちゃん」
 シュラインはドアを開け、一番奥の席に少女を発見して手を振った。
 気がついた女の子は思いっきり手を振って笑った。
「こんにちは、シュラインさん!」
「どう、ちゃんとピアノの練習してる?」
「してるわ♪ ねー、裕太くん」
「ま、まあな……」
 真っ赤になっていった少年は、詩織の隣の席に座ってちょっと顔を上げて言った。そうして、帽子のつばを指でグッと押すと、そ知らぬ顔をするように視線を外した。
 どうやら恥ずかしいらしい。
 この少年は前回の事件で【詩織のお父さん役】を勤め、彼女を守り通そうとした少年だった。
 詩織はその少年に寄り添い、楽しげな様子でジュースを飲んでいる。
「……で、シュラインさん。同じ事件が起きたの?」
 詩織は不安そうに言った。
「ううん。そう言う情報は無いわ」
「……ただし、犯人を捕まえてるわけじゃないから、もしかしたら事件は起きてるかもしれないわね」
 汐耶はそう言って苦笑した。
 本当に事件が終わっているわけではないと感じていたから、どうしてもそう言わざるえない。ちょっとした罪悪感と言う物憂い感情が頭を擡げる。
 だからと言ってどうなるわけでもないのだが、早く事件を解決してしまおうと汐耶は思うのだった。
「もし一緒に呪いを行った子の中で、よく知らない子がいたなら、その子の外見や望みの役だけでも教えてもらえないかしらと思って」
 シュラインは言った。
 やり方等で新情報の有無も確認してきたのだが、どうやら違う方法などは無いようだった。呪方向性から陰陽系なのではないかとシュラインは思ったのだが、そういった力は持ち合わせていないためにそれ以上はわからない。
 嫌な予感がしてならなかったシュラインは、ポケットにしまった護符を握り締める。
 時々事務所に遊びに来る少年から前にチョコと共にもらったものだが、相手は陰陽師のために効果は絶大なはずだ。そう信じて不安な気持ちを押さえ込む。
 ポケットに入った護符と小さなチョコレートの記憶に支えられながら。
 シュラインが視線を少女へと向けると、彼女は何かを言おうとするのだが言葉が出てこないようだった。
 首を傾げ、困った顔をする。
「どうしたの?」
「あ、あのね……顔、思い出せない」
「「「「「えっ!」」」」
「誰かいたはずなの……ねぇ、裕太くん」
「えッ……あ、あの」
 声を掛けられ、裕太は思い出そうと必死で考えるが、ちっとも思い出せない。
「たしか……隣の組の女子だったとおもうんだけど」
「違うわよ、6年の……あれっ? どうして学年が違うの?」
「おかしいなぁ」
「記憶操作じゃないのでしょうか?」
「「「「「「「えッ!」」」」」」」
 いきなり降ってわいた声に一同は顔を上げる。
 そこにはセレスティ・カーニンガムがいた。
「おやおや、そんなに驚かなくても良いではありませんか」
「あら、いらっしゃーい」
 汐耶はニッコリと笑って言った。
「汐耶さん、ご連絡ありがとうございます」
「いえいえ」
「なんだぁ、汐耶さんが呼んだのね。吃驚しちゃったわ」
「おいてきぼりなんてつれないですね、シュラインさん」
「ごめんなさいね。秘書の方が会議中だって……」
「おや、そうですか。それは失礼いたしました」
「そんなことないわ。そうそう、今回は例の事件のことなんだけど……」
 それを聞いてセレスティは笑った。ステッキを端に置き、空いている席に優雅に座る。
「「ほわわわぁ〜〜〜〜〜」」
「ん?」
 ポカーンとこっちを見ている視線に気が付き、セレスティは苦笑した。突然現れた美貌の人に、小学生二人が釘付けになっているのだ。
「罪つくりね」
 汐耶が笑う。
「やめてください、汐耶さん」
「あらあら」
「あっ、あの……。ど、ど、どうして……」
 詩織は一生懸命に話そうと、しどろもどろに言うが、余計に緊張して舌が回らない。
「はい?」
「こ、この事件の……関係者じゃないひとは仲間に入っちゃ……いけないんじゃぁ」
「あぁ、私は関係者ですよ。お嬢さん」
「えっ?」
「猫さんです」
「「うそっ!!」」
 裕太と詩織はびっくりして文字通り飛び上がった。
 長いトンネルを蜘蛛の糸で抜けていく間に二人は疲れて寝てしまい、セレスティの本当の姿は見たことが無かったのだ。
 しばらく二人は顔を見合わせていたが、ふとセレスティを見ていきなり飛びついてくる。
「「わ〜〜〜〜〜〜い、あの時の音楽猫さんだぁああっ♪♪」」
「わぁっ!」
 あの猫にはもう逢えないと思っていたが、こうして本人に逢えたことに二人は感激していた。
「猫さん♪」
「懐かれてますねぇ」
「それより、首謀者が潜むとなれば、問題はこちらの存在が知られているはずですわ。何らかの手を打たれる可能性があると思うのですけれど」
 亜真知は苦笑しながら言った。
 かたや、汐耶の方は几帳面にメモを取りつつ、情報を集めるためのキーワードを拾っていた。
「そうねぇ。術の系統とそれによる術者の特定が必要ね。禁術・秘術、過去の神隠しってところかしらね……それについても、本で似たような事はないか調べるべき?」
 考えられる本当の目的を探ってみる必要があるかもしれないと汐耶は思っていた。事件が解決しているなら取り越し苦労なのだが、事件が終わっていないなら重要な手掛かりになるはずだ。
「あちら側の住人が不足したからというのが妥当なのかしら」
「それってありえますわね」
 亜真知が応えた。
「何らかの『贄』とも考えられるから。その方向性も探ってみる?」
「うーん、怖い考えになってきちゃったわ」
 苦笑したシュラインは珈琲を飲みながら言った。

●転移
 皆は中心街から離れた割合大きな公園に来ていた。
 手にはコンビニで買ってきた割り箸と油性マジック。神社で買ってきた土鈴の獅子を地面に置き、小さく切った半紙を皆に配った。御神籤はもう引いてある。それぞれに役割を書くと燃やす準備をはじめた。
 行くと言ってきかない詩織と裕太は、何処までも付いて来て武彦を困らせていたが、最後には根負けさせてしまった。
 自分が助けてもらったから、今度は誰か困っていたら助けたかったのだ。
 電話で塔乃院兄弟にも来てもらった。この前よりも少ない人数でこなすのは大変だ。
 亜真知は子供達もいることを考え、今回は術式が判っているので、安全策に術式にアレンジを加えることにした。
 緊急時に介入が出来るように手を加えるつもりだった。亜真知の考えは向こう側の世界に必ず首謀者もいると考え、見つからなかった子供達を必ず探し出す覚悟だ。黒い影の気は覚えている。
「よし、準備はいいぞ」
 武彦が言った。
 ライターを握る手に力が篭る。
「一枚の紙は一枚の神。己が赫を混ぜて、手紙をしたためる。綾織糸を紡ぎなおして死魔(しま)流せ、まねぶ世は己がおもいに」
 各々が紙を燃やすと不意に欠ける意識は闇の中へと落ち込んでいった。

   ***   ***   ***   ***   ***

「お〜〜〜はよ〜〜〜〜ございま……しゅぅ〜」
 第一声はこれだ。
 巫女服を来た美少女が目を擦りながら気の抜けた声で挨拶をする。
 その反対側で、真性美少女の巫女がきっちりと背を伸ばしてそれに応じた。
「おはようございます」
「あらまあ。亜真知さんは相変わらずね〜」
 そう言ったのは汐耶。
「この方は誰かしら? ……もしかして?」
「はいっ、詩織です♪」
「あらあら……ピアニストじゃなくて巫女さんなの?」
「そうなの! でも、ピアニストはげんじつにするのよ。だから、今回はいいの」
「……で、巫女さんなのね」
「はい〜♪」
 小学生と言えば、変身願望の旺盛な年頃。
 楽しそうに言う少女に一同はしかたないなと思いつつも、どこか和やかな雰囲気に微笑んだ。
 周りの人数を数えれば一人足りない。
 それはセレスティが得た役割が、前と変わらずに猫だった為である。しかし、今度は町内の皆さんに可愛がられている、何処の家猫なのか分からない猫。という役割なのだった。まあ、本当のところは草間興信所に居候の猫というところだが。
 姿を覚えている様な人物が居た場合は面倒であると、人に会う度に違う種類の猫に変わるから今回は自由なものだ。
 武彦の近くにのんびりと寝転び、煙草を吸いすぎる相手に、一寸煙たがるような仕草をしたりしていた。
「にゃぁん♪」
 猫に変化したセレスティは塔乃院に向かって小さく鳴いた。その鳴き声に振り返ると、塔乃院はその丈高い体躯を屈めて猫を抱き上げた。
――塔乃院さん。この前、少年に憑いて黒い影が、外に一緒に出てしまいましたが。
「あぁ……」
――黒い影は出入り自由なんでしょうね。
「そうだと思うぞ」
――黒い鳥居そのものなのではないのでしょうか? 通常は朱色ですけれど。黒くする事で何か別の役割があるのかと。
 銀の毛並みの子猫はにゃんと鳴いた。
――呪術的な事は塔乃院氏にお聞きした方が早いと思って。
「それもそうだが、綾和泉……だったか? 司書だっただろう」
「えぇ、そうよ」
 名を呼ばれて汐耶が応えた。
「お前は調べてみたか?」
「もちろん。でも、見つからなかったわ。『本たち』が教えてくれたけど、多分、新しい呪術じゃないかと言うのよ」
「だろうな。俺の知識にもそれは無い」
「厄介ですわね……」
 亜真知はそれを聞いて肩をすくめた。
「やれ……厄介だ。せめて、小金のある興信所所長の方が楽だったかな」
 武彦がそう言って笑った。
 調査が長引けば、この世界に暫く滞在しなければならないのだ。
 仕方なく武彦は自らも調査に出かけることにした。これが間違いだったと気が付くのはずっと先のことであった。

●闇
 シュラインたちは新聞に何か載っていないかと事件を調べていた。
 前と同じように事件を追えば何か掴めると思ったのだが、どうもあの一件以来、とんと事件は減り、この世界は平和になっていたのだ。
 神社の隣にある公園で、武彦と十六歳になった美少女巫女の自称弟子――詩織は休憩をしている。午前中から捜査していてお昼を食べ損ねてしまったから、公園で食べることにした。
 シュラインたちは他の場所を捜査している。汐耶は図書館だ。
「あの黒い影は消えちゃったのかしら?」
 そう言って辺りを見回す。
 どこに行っても平和そのもので、本当に事件が無い世界なのではないかと思えるぐらいだ。
「そうだな。本当に何も無ければ善いんだがなぁ〜」
 武彦は2本目の煙草に火を点けると深く吸い込み、ふっと吐き出した。
「興信所に猫さん置いてきてだいじょうぶなの?」
 詩織は少し気になっていった。
 まあ何かあったら逃げてくるだろうと言って、武彦はジュースパックとサンドイッチを取り出す。猫になったセレスティのことをあまり気にしない武彦を見て、詩織はぷうっと頬を膨らした。
「猫さん、かわいそう」
「まあ、そう怒るな。それより、写真とっていくか?」
「え……なんで写真なの? おじさん、カメラ持ってたっけ?」
「おじさんは酷いな。俺はそんなに老けてないぞ」
「小学生からはおじさんだよう」
「負けるよ……」
「でも、撮ってくれるなら撮って。……で、カメラは?」
「これだ」
 そう言って武彦はGPS付き携帯電話を見せる。
 詩織は手を打って笑った。
「そっか、それがあったんだ。……じゃぁね、そこの神社がいいなぁ」
「へ?」
「だって、折角巫女さんの服着てるのに公園じゃだめよ。神社で撮って」
「しかたないな……」
 そう言いつつ、武彦は立ち上がった。詩織も立ち上がる。
 携帯のデータぐらいは、現実世界に持って帰れるだろうと武彦は考えていた。幸いにしてこの携帯電話のカメラは200万画素だ。しっかり写る。記念に印刷してやるかとも思った。
 二人は隣の神社に入っていった。
 そこはなかなかに広い神社で、不思議と奥行きが広い。外から見た状態より大きく見えて武彦は目を瞬いた。
「意外だな、広い」
「そうよね。……あっ、おじさんここで撮って!」
 ポーズする詩織に苦笑しながら武彦は携帯を取り出し、レンズを詩織に向けた。ボタンを押し、写真を撮ると保存する。
 社を背景に撮っていたが、詩織が鳥居を背景にしてと言い出し、武彦は社に背を向けた。
「よし。いくぞ〜」
「はーい♪」
「ちーず……」
 言った瞬間、武彦は背中を思いっきり引っ張られて後に転ぶ。
「ぅ……うわああっ!」
「おじさん!」
 叫んだ詩織は異様なものを見た。
 真っ黒などろどろとしたモノが武彦を飲み込もうと大きな口を開けているではないか。強烈な飢えに支配されたその大口はジュルッと音を立てる。
「逃げろ、詩織!」
 かろうじて立ち上がった武彦は叫ぶ。
「きゃぁああっ! おじさん、おじさーん!」
「ばかっ! 早く逃げろ! ……うわっ、うわぅあああッ!!!」
 武彦の足を捕らえ、黒いモノはゆっくりとねぶるように這い上がってきた。振り払おうとするが無理だ。どんなに力を込めてもどうにもならない。
 不意に携帯電話が鳴った。
「くそォ! やっと見つけたって言うのに……これじゃ!」
「きゃぁあっ!」
 逃げ損ねた詩織を捕まえることに成功した黒い巨体を持つ口は、ゆっくりと『新しい口』を造り、気味の悪い音を立てて飲み込み始めた。
 鳴り響く電話と叫び声。
 逡巡する武彦の耳に声が聞こえた。
『やっと捕まえた。食べよ、食べよ♪』
「な、なんだ」
『邪魔者はハイジョしましょ〜。きゃはっ♪』
『たんてーさんは、おいしそう?』
「くそっ。思ったとおり、子供に化けて……」
 耳に聞こえる声ははしゃぎながら武彦を囃し立てている。
「シュライン……」
 武彦は意を決して携帯を投げ、茂みに放り込む。
 こいつが気が付かなければ、携帯を飲み込まれることも無い。このどろどろとしたモノは武彦を食らうことにだけ興味があり、携帯に気が付いてはいなかった。
 武彦の思惑通り二人を飲み込むことに集中している。
――シュライン……すまん。
 詩織は恐慌状態に陥り、何事かを叫んでいた。彼女も何を叫んでいるかわかってはいないだろう。必ず彼女は助けなければいけない。
 せめてありったけの精神力で【自我】を意識すると、武彦は化け物を睨んだ。
「来やがれ、化け物!」
 武彦は戦うために、自ら飲み込まれていった。

 ■END■

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/ PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ / 26 / 女 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
1449/綾和泉・汐耶 / 女 / 23歳 /司書
1593/榊船・亜真知 / 女 / 999歳/超高位次元生命体:アマチ…神さま!?
1883/セレスティ・カーニンガム/男/725歳/ 財閥総帥・占い師・水霊使い


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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、朧月です。
 ご参加ありがとうございます。
 情報を集めている最中に敵に遭遇してしまいましたが、次回OPにはその辺を書いておこうと思っています。
 遅くなり申し訳ありません。
 OPの中に情報をいくつか書いておきますので、それも参考にしてみてください。
 それでは、ご参加誠にありがとうございました。

 朧月幻尉 拝