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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


屋上の散歩者

●所長と所長
「ああ、あのデブ猫?」
「うん。お友達♪」
 病院の屋上のベンチ。散歩中の猫所長の話し相手は女の子だった。
「でも、この頃来てくれないの……嫌われたのかなぁ」
 しゅん、と足元に目を落とす。
「う〜ん? あいつはそういう猫じゃないと思うけど」
 良く言えばマイペース。悪く言えば無愛想。
 気まぐれを通り越した性格だったと思う。単に古株なだけかもしれないが。
「分かった。探してみるよ」

「……で、来ました」
「あのなあ」
 報告書と戦う興信所所長こと、草間武彦は猫にペンを突き付けた。
「そういうことは専門家に頼め。探偵とか」
「探偵とか探偵だろ、探偵?」
「……そうか」
 その静かな声に猫所長は脅威を覚えた。
「猫探し、か♪」
 妙にさわやかな笑顔で草間が言った。
「分かった。任せろ。いや、任せて任せろ♪」
「……疲れてたんだね」
 ふっと猫がため息をついた。

●思惑
「と言うわけで猫を探します」
 どこか遠くを眺め、草間が言った。
(どういうわけで?)
 着いて早々、踊る草間を見せられた櫻紫桜(さくら・しおう)は首を傾げた。
(書類はどうなったのかしら?)
 購入したばかりの備蓄を冷蔵と冷凍に分けながら、シュライン・エマ(−・−)はため息をついた。
(見つけたらタケヒコ喜ぶ? 喜ぶ?)
 こっそりと潜む応接机の下で、ジュジュ・ミュージー(−・−)は拳を握った。
「なぜなら猫を探すからです!」
(理由じゃないだろう、それは!)
 語尾や語調は違えど。思考がハモった。
(ん〜〜。今晩、どうしようううう)
 何もないのにすっころぶ、綾香・ルーベンス(あやか・−)以外は。

●人々
「と言うわけで、依頼ネコさんを確保しました」
 応接机に猫所長が置かれた。要領を得ない草間は放置され、所長席でむせび泣きにくれている。
「探偵を壊しました。ごめんなさい」
「大丈夫! 何かが壊れるのはよくあることですっ!」
「人が壊れるのも、ですか?」
 励ましか両手をグーにする綾香に、紫桜が苦笑する。
「はい♪ さっきも膝を」
「見せなくていいですから!」
 ソファーに上げられた白い足を、勢いよく無理やりに引き下ろす。
「あ〜、ともかく。猫さんを探すってことだけど?」
「そだよ。でも、ボクは今回、仲介役だから。依頼人は病院の女の子♪」
「なぜ、そこで俺を見ますか?」
「いや、なんとなく。うん、情報の一環とい」
「情報?」
 声は猫所長の下からだった。
「情報‥‥ドンナ? ドオンナア?」
 にゅるり。机に沿って、這うように。顔を突き合せるように。
「う‥‥に‥‥にいゃあああ!」
「ドンナヨ? ドンンブシウゥゥゥゥゥ」
 ゴガン。日本の夏な害虫駆除剤の缶がへこんだ。ジュジュが頭を抱えてうめく。
「さすがによく効くわあ」
 犯人は涼しい顔で、効果・効能を読んでいたり。
「でも、それよりも専門の方が聞きますよお。特にゴ」
「コホン。で、その猫さんってどんな猫さんなの? 泣いてないで教えてちょうだい?」
 頭を抱える人間が増えた。
「だってさあ、怖かったんだよお‥‥えう。ちょっとデブな灰トラ 。あと、結構古株」
「そうじゃなくて。普通の、猫さんなのね?」
「エマさん? 普通も何もただの猫探しでしょう?」
「あのね。紫桜君」
 真剣な目のシュラインが紫桜へと身を乗りだす。その雰囲気に紫桜のみならず息を呑む。
「普通かどうかは、とても重要なことなの。特に、この、興信所では」
「‥‥そう‥‥でしたね」
 紫桜はちらりと興信所の所長を見た。独りぼっちで五本締めの真っ最中だった。

●興信所、実働中
「なんか、楽勝っぽいね?」
「あの辺りじゃかなり有名みたいよ。小学生にも『太目の灰トラ』で通じたわ」
 警戒感を漂わす猫所長に、紙袋を抱えて戻ったシュラインが複写地図にピンを刺しながら応じる。
「で、こっちは?」
「ん? ちょうわっ!」
 飛び跳ねた猫所長と入れ替わりで、拡声器片手のジュジュが降り立つ。
「チイッ、ここまでミーを手こずらせるナンテ、やりますネイ!」
「所長の肩書きは伊達じゃない!」
「‥‥いろいろ貰ったんだけど、片してくれる?」

 基本的に失せ物探し物ならば、猫だろうがなんだろうがそう大差はない。要は聞き込みと情報網の構築だ。

「ただいまあ。親切な方が一杯で助かりましたよお」
「‥‥戻りました」
 自分の頭よりも大きいスイカを両手で抱え元気一杯の綾香と、四足歩行に移行中の紫桜が戻ってきた。
「どったの?」
「八百屋のおじさんがたな落ちだからって」
「えっと‥‥よく落とさなかったね」
 その間も絶えない紫桜のじとっとした視線。
「はぁ〜い♪ あ、包丁お借りしますね」
「ち、ちょっと待ったあああっ!」
 ぱたぱたと跳ねるように給湯室に向かう綾香を、シュラインが追いかけて行った。
「ご苦労」
「ねぎらいよりも」
 と同時に、限界を超えたとばかりに、紫桜がどさっとソファーに倒れこむ。
「‥‥首輪と引き縄をくれ」
「いきなり不穏当な」
「イヤン。ミーはタケヒコなあ〜んなこともこ〜んなことも‥‥ケヒヒヒ」
 向かいで駄菓子を食べていたジュジュが、服装の乱れも気にせずに身悶える。
「さもなきゃ車と人間を消去しろ! それが無理なら」
 また、罵詈雑言も止まらない。
「不穏当すぎるのでお二方とも帰ってきてください‥‥楽勝?」
 しばらくして。今度は給湯室から破壊音と悲鳴が響いた。

●猫の国
 普通に暮らすには必要のない場所。入り組んだ路地の奥にある小さな広場。
 取り囲む廃ビルが、曇天と相まってさらに人の世との格差を感じさせる。
 そこはまさしく。猫の国。

「わ〜い。猫さんがい」
 部外者の訪問に逃げる猫を追う綾香の襟首を、無言で紫桜が引っつかむ。転んぶことへの配慮以外、微塵も感じさせない捕まえ方だ。
「それで。ここのどこなの?」
「ケヒヒヒ、ハテ?」
「さあって、あなたねえ!」
 ここにたどり着けたのは、ジュジュの従える悪魔『テレホン・セックス』の能力。それは、聞き込みや周辺の情報網、はてはお手伝いさんネットなど情報の蓄積で出来た空白を埋めた。
「これから聞いてみるヨ。ジャカジャジャン♪」
 不適切不穏当な口化音と共に、拡声器を構え。
「‥‥誰か猫、捕まえテ?」
「行け、少年!」
「また俺かい!」
 怒鳴りつつも、紫桜は絆創膏だらけの腕で猫を狙った。武芸をたしなんではいる。だが、野良猫を察知し、捕まえられるかとなると、また違う世界の話ではある。
 実際、そんな紫桜よりも。
「ネコ、げっとお〜」
 綾香のほうがあっさりと捕まえるのだから、世の中分からない。
「またかよ、少年」 「なら、けしかけないでいただけますかねえ!」
「汚名挽回の」 「挽回したかないわい!」
 猫と少年が争う間に、ジュジュの準備が整った。綾香の抱えるおびえた野良猫に拡声器を近づけ。
「あの猫、ドコ? 連れてク」
「虐待よね、やっぱり」
 くりんと一瞬白目をむく猫にシュラインがため息をついた。例え、こうすることで対象に憑依できることや、こうすることで対象の持つ情報が入手できることがわかったとしても。
「興信所らしいと言えばらしい、かも」
 足取りも軽やかに野良猫が歩き出した。

●とどけたい言葉
「手遅れ、ね」
 そうしている間にも弱まる心音。ざっと猫の状態を診たシュラインが静かに言った。
 件の猫は広場に面する廃ビルにあった。
「会いたがってる子がいるんですよ」
「わかってる。でも、でもね」
 ヒュウヒュウと息に異音が混じる。部外者たちを見る目に力はない。
「はい! 獣医さんに見せる」
「ちと遠いヨ。残念」
 三匹の野良猫を抱える綾香に、ジュジュが頭を振る。
「でも、会いたいと‥‥」
「いつか死ヌ。それが当然でショ」
 死を見慣れる者の言葉。
「そダネ。どこか遠くの街に行タ。そう伝えテ?」
「了解‥‥探偵?」
 と、それまでぼんやりと突っ立っていた草間が灰トラに屈みこんだ。呟くように言う。
「伝えることはあるか?」

 そして、雨が降り始めた。

●屋根の上の散歩者
 まだ雨は降っている。
 膝を抱える紫桜に綾香が猫を乗せた。紫桜の狼狽にジュジュが腹を抱える。逃げた猫がシュラインに飛びつく。
 屋根の上。窓の向こうは興信所。
 猫所長を肩に草間が帰ってきた。ジュジュが飛びつこうとしてシュラインに迎撃される。紫桜に追いかけらる綾香が転ぶ。

 ふん、と息を一つ吐いて、『彼』は屋根を後にした。
 降りしきる雨の中。悠然と尻尾を振りながら。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086 シュライン・エマ (しゅらいん・えま) 26歳 女性 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
0585 ジュジュ・ミュージー (ジュジュ・ミュージー) 21歳 女性 デーモン使いの何でも屋(特に暗殺)
5453 櫻・紫桜 (さくら・しおう) 15歳 男性 高校生
5546 綾香・ルーベンス (あやか・るーべんす) 26歳 女性 アパートの管理人

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■         ライター通信          ■
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 どうも平林です。この度は参加いただきありがとうございました。
 さて。今回は普通に猫探しのつもりでOPを組みました。標的の扱いについても、ほぼ予定通り。
 予定外だったのは‥‥パソのシステムがかっとんだこと。とりあえずお届けできることをちょいと安堵。
 では、ここいらで。いずれいずこかの空の下。再びお会いできれば幸いです。
(せみの声/平林康助)
追記:ド、ドジっ子ですってぇ‥‥もとい。第二の能力がヒットなので無断使用です。
   いえ、目的は範囲内でしょう。確かに一件落着はないでしょうけど、ね。