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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


白い鴉の神隠し


 借りた物は返す。誰もが子どもの頃に習うことだ。すぐに物を散らかしてしまう人、すぐに借りたことを忘れてしまう人にとっては耳の痛い話である。相手から「貸した物を返してほしい」と頼まれた時、その人は部屋中をひっくり返しながらつたない記憶を頼りにそれを探す。でもそれに翼が生えて窓から飛んでいくわけがないのだから、必ずどこかにあるはずだ。世の中には『質量保存の法則』なる難しい論理も存在する。探し人は足の踏み場もなくなった部屋の中をただひたすら動き続ける運命にあるのだ。そのたびに彼らは整理整頓の重要性に気づかされるが、舌の根も乾かぬうちにそんな教訓は忘れてしまうだろう。


 都内の高校に通うある女子生徒も、そんな人々と同じ境遇に立たされていた。彼女の名は御崎 綾香。学校で見せる感情を抑えた薄い表情のまま、彼女は自室で小さく溜め息を漏らした。どうやらあるものをなくしてしまったらしい。時間が経つごとに困惑の色がだんだんと深まっていく。冷静な表情のままではいられなかった。今日の朝まではあったのになぜ急に放課後になって……綾香は部屋にある本棚などをいじっていた。
 ただ彼女は先ほど紹介した人たちとは明らかに違う点があった。彼女の部屋は厳格な家の教えを表わすかのように、いつもきれいに整頓されている。これは家が神社を営んでいるおかげもあるのだろう。だから何かをなくしてもすぐに見つかるはずなのだ。しかしどこを探しても一向に見つからない。彼女は部屋を飛び出し、境内もくまなく探した。しかしそれでも見つからない。綾香はこれ以上探しても無理だと判断し、借り主に素直に謝ろうと重い足取りで部屋に向かう。言い忘れていたが、彼女のなくした物にはもうひとつ決定的な違いがあった。それには……なんと翼があるのだ。

 受話器の向こうに現れるであろう借り主を待つ間、綾香はなくしたものがいた場所に改めて目をやった。すると本棚と壁の間に一冊の古い本が入りこんでいるではないか……彼女はハッとした表情をした。その瞬間コール音が鳴り止んだので、彼女は興奮のあまり思ったことをどんどん言葉にして相手に押しつけた。

 「やっ、大和か。私だ、御崎だ。おそらくこの本が原因だ! おそらく外に逃げたのではない、これのせいでどこかに行ってしまったのだ!」
 『ちょちょちょ……ちょっと待てよ、落ちつけよ綾香。いきなりまくし立てられてもだな、俺には話がさっぱり見えない……』

 勢いのある喋りを一旦停止させたのは、まだ学校にいる友人の和泉 大和だ。友人とは言っても、彼と綾香の関係は『友達以上恋人未満』である。そんな関係が後押ししたのか、彼は彼女のためにあるものを貸していた。綾香が参加する弓道の夏季大会が近いということで、せめてもの気晴らしになればと大和が気遣ったのだ。貸した物とは、彼が飼っている『白い鴉』である。名前はカー助。人懐っこい鴉を綾香はすっかり気に入り、しばらく一緒に生活していたのだ。
 ところが思いもよらない事態が起こってしまった。その原因の一端をつかんで興奮する彼女を大和は何度かなだめて落ちつかせた後、改めて電話の内容を聞きなおす。

 『で、外とかなんとかって言ってたけど……うちのカー助、どっかに行っちまったのか?』
 「あ、ああ。素直に言えばそうなる。申し訳ない。」
 『だけど最初にも言ったろ。あいつはバカじゃないから放っておいても帰ってくるって。しかも白くて派手なんだ。誰かが見つけてくれるさ。窓から逃げた時はもう大変……』
 「だから違うんだ! 外じゃない、きっと中に逃げたんだ!」
 『ああ? な、中ぁ?』

 さすがの大和も首を傾げた。中に逃げたのならどうせ社のどこかにいるのだろう。それなら逆に見つけやすいだろうに……だが綾香の説明が進むと同時に話がどんどんややこしくなってきた。
 彼女は言う。もしかしたら外に逃げたのかもしれない。可能性はなくもない。確かにカー助を肩に乗せて外の散歩をした時も、自分の見える範囲でパタパタと店の軒先に行ってしまうことがあった。今回もちょっとした気まぐれで「遠くに行きたいな〜」と思って、それを実行しただけかもしれない。そこまで話した後、彼女は姿を隠している本に目をやった。そして限られた可能性について話し始める。

 「この前、ずいぶん年季の入った古本をもらった。表紙もボロボロになってる。内容は当時にしてみればごく普通の小説だ。それに前から思っていたが……この本からはなんとなく霊気を感じるんだ。なんか……引っかかるんだ。」
 『なるほどな〜。霊気を帯びた本か。だったらその中に迷い込むってことはあり得る話だなぁ。よし綾香、悪いけど電話切るわ。そういうのに詳しい奴が同級生にいるの知ってるから、今から探してくる。俺はまだ学校だし、多分そいつもいると思うから本を持ってこっちに来てくれ。』
 「わかった、すぐに向かう。」

 綾香はその本を拾い上げるとケータイの電源を切って、急いで普段着から制服に着替えなおした。そしてまた朝と同じように学校へと向かう。外に出ると太陽が西に傾きかけていたが、まだ高いところにいる。大和のいう同級生がまだ学校にいることを祈りつつ、彼女は本を抱きしめてそこから駆け出した。


 あれからどのくらい時間が経っただろう。綾香が学校の校門をくぐる頃、大和から連絡があった。探していた人物は教室の中で静かに読書をしているという。彼がそれを見つけ、相手に詳しい事情を話したところ協力してくれることを約束してくれた。綾香は生徒玄関で内ズックに履き替え、今度は早足で言われた教室へと向かう。人通りがまだ多い廊下を通り、まだ何人かが残っている教室の扉を開いた。すると窓際で西日を浴びながら雑談しているふたりの男子生徒がいた。彼女はその輪の中に入ると、がっしりした体格の大和が物静かな雰囲気を醸し出す少年に紹介した。

 「来た来た。こいつが綾香だ。綾香、彼が七枷 誠。言霊とかそういうのに詳しいんだってよ。」
 「よろしく頼む。話は聞いているかわからないが、これが問題の本だ。」
 「大丈夫、ちゃんと話は大和から聞いているから。まぁ、ある程度の見当はついているけど。」

 誠は綾香がかばんから取り出した本を手にすると、パラパラと適当にページをめくったり本を持ち上げて裏表紙や背表紙などを丁寧に観察する。神妙な顔つきで作業を見守るふたりだったが、誠は表紙に右手を当てて目を閉じたのを最後に早々と作業を終えた。あまりにもあっけなく作業が終わり、大和はひとりで驚いていた。

 「そんな簡単にわかるものなのか?」
 「ああ、この本そのものが霊的な存在になってるからな。」
 「やっぱり……カー助はこの中にいるのか。」
 「綾香が言う通り、白い鴉はこの中だ。でも自分から戻ってこれない。この本自体が『迷宮』の力を持つ九十九神となってしまっているからだ。俺の命令でも解除することはできない。」

 九十九神と聞いて、大和は本を手にして1ページずつ丁寧に読み始めた。どこかの余白にカー助の姿がべったり張りついているのではないかと思ったのだろう。だが、どこをどう見ても何の変哲もないただの古書のままだった。変わったところは一切見当たらない。大和も大和で、確かにこの本から霊的なものを感じ取っていた。おそらくそれが誠の言う『変化』なのだろう。大和は状況を飲みこんだ上で、再び本を誠の前に置いた。

 「誠、どうすればいい?」
 「この手の本はおいそれと手に入らない。こういったものはいろいろな店に点在するのではなく、ある程度まとまって置いてあることが多い。綾香、この本はどこで手に入れた?」
 「手に入れるも何も……これはカー助が勝手にもらってきたようなものだ。」
 「あっ、そういえばお前さっきケータイで、カー助が店の軒先に逃げ込んだことがあるとか言ってたな。まさかそのことか?」

 ふたりのやり取りを興味深く聞いている誠を尻目に、綾香と大和は電話のやり取りを目の前で続けた。
 カー助が入りこんだという場所はまさに古書店で、ある一冊の本の上で寝そべってしまったらしい。彼女は慌てて起こそうとしたが、すでに鴉は夢うつつでどうしようもない。これで粗相でもしようものなら一大事だ。そうなる前に店主に詫びを入れようと、すっかりおねむのカー助を乗せたまま本を持って店の中に入った。するとそこにはひとりの老人がおり、本を枕に寝ているカー助を見て大いに笑った。逆に綾香は「すみません」と謝り、財布を出そうとしたが店主はそれを止めた。そして「お代はいらないよ、笑わせてもらった駄賃に持って帰りなされ」と言われ、そのままカー助を起こさないように慎重に本を持って家まで帰った……というのがその日の出来事だった。

 「その老人、おそらく何か知ってるな……今から行ってみよう。そこは近いか?」
 「ああ、それほど遠くはない。学校と私の家の中間あたりにある。」
 「決まりだな。善は急げだ、さっそく行こうぜ。」

 3人の意見は一致した。彼らは足早に教室を去り、問題の古書店へと向かう。きっとそこに手がかりがあるはずだ……誠は確信していた。


 八百屋と理髪店に挟まれた問題の古書店は家屋も古く、まさに名は体を表わすといった風体をしている。夕暮れに染まる店内に客の姿はひとつもない。大和は「万引きに間違われると厄介だから、最初から本はかばんにしまっとけ」と綾香に指示し、彼女もそれに従った。そして3人は朱に染まった店の奥へと入っていく。すると綾香の話通り、あの時と同じ老人が毛ばたきを持ってレジの前に立っていた。今から本棚のほこり取りでもするつもりだったのだろう。彼らを見た老人は少し微笑むと、彼はその腕を下げた。先頭にいた誠は単刀直入に話を聞く。

 「御老人、前に白い鴉が枕にした本を彼女に渡していませんか?」
 「おーおー、そうじゃ。そこのお嬢ちゃんにやった。笑わせてくれた駄賃代わりにのぉ。」
 「では、あの本がどんなものなのかもご存知ですね。」
 「店を営む者が売り物を知らぬことはないですな。で、聞きたいことは何かな?」

 話を進めるふたりは同じタイミングで少し口元を上げた。誠は確信した。老人はこの事件の解決方法を知っていると……しかし彼は「後は任せた」と言わんばかりに後ろへと下がる。そして今度は大和と綾香が実際に本を出して、さっき誠にした話を再び始めた。ふたりの話で大まかな事情を知った老人はたまに相槌を打ちつつ黙って終わりまで話を聞くと、その場で二度ほど毛ばたきを振りながら歩き出す。彼は店の奥に引っ込もうとしていた。大和は慌てて老人を止める。

 「ちょっと待ってくれよ。カー助はどうなるんだよ!」
 「確かに『迷宮』からあの鴉を連れ出す手段はないかもしれない。だが、惑わしを打ち消すことはできるだろう。若い衆がそれだけいなされば必ずできるはず。思いは……思いでのみ届くもの。思いは思いで応えるもの。そうじゃろう?」

 老人は満足げな笑みを若人たちに見せつけて家の中へと消えた。彼が口にした言葉の意味はいったい何なのか……学校で教師から難しい宿題を与えられたかのような錯覚を感じつつ、彼らは店を後にした。いや、もう帰るしかなかった。このまま粘ったとしても老人は出てこないだろうし、何よりも商売の邪魔になる。綾香はまぶしい光を放つ夕日を見ながら小さくつぶやいた。

 「思いは、思いのみで届くもの……いったいなんのことだ?」
 「九十九神とは人の思いの結晶だ。人の思いを理とし、意志を持って後世に蘇る。もしそれを貫くほどの思いが綾香にあるのなら、鴉は救い出せる。大和から聞いたが、綾香は弓道をしているそうだな。鏑矢に思いを乗せ、九十九神を射てはどうだ? 家も近いんだろ?」

 誠が力のこもった言葉で綾香の背中を押すと、彼女は引き締まった表情で静かに頷いた。どうやら今の言葉でこの謎を解いたらしい。大和も彼女の表情を見てそれを確信した。彼らは道具一式が用意されている綾香の実家へと歩き始める。その間、なぜか3人は無言だった。何も語らずに夕暮れの街を急ぎ足で通り過ぎていく。


 綾香が家に戻るとすぐに奥へ引っ込んだ。そして再び誠たちの前に姿を現わした時には、弓と矢を手にしていた。ただ今日は神社の巫女衣装を着ていた。大和は持っていた古書を遠くに置くとすぐに離れ、誠とともに今から始まる出来事を静かに見守る。綾香は大きく深呼吸した後でゆっくりと矢を番え、弓の弦を引いた。その刹那、彼女は一切の迷いを捨てた……そしてまっすぐに飛ぶ鏑矢に大和への純粋な思いを乗せ、それを一気に放つ!
 的となるのは『迷宮』を作り出すほどの思いを秘めた九十九神だ。いい加減な気持ちを込めたくらいでは、この矢はいとも簡単に弾き返されてしまうだろう。誰かを想う強い気持ちこそ必要だと、綾香は謎に対して答えを出していた。大会で思った通りの結果が出ない自分のために気を遣ってくれた大和、そして彼がいない時も呑気な声で鳴き、気を紛らわしてくれるカー助。ふたりの気持ちに応えるのは今しかない。そしてこの一撃で仕留めなければならないと肝に命じた。これを二度目や三度目で成功しても何の意味もない。彼女はそう思っていた。誠は古書店を出てから表情の変わらない綾香を見てすでに確信していた。間違いなく彼女は『迷宮』を打ち破ると。

  バシューーーン!!

 古書は目映いばかりの光を放ち、綾香が打った鏑矢を消し去った。だが、あの矢は間違いなく『迷宮』の力に命中している。その証拠に、本を枕にして白い鴉が眠りこけていた。大和は喜びの声を上げながらカー助に近づいた。すると、なんともマヌケな顔をしてぽけーっとしていたカー助が飼い主を見つけて何度かはばたく。自分がどのような立場に置かれていたか、まったく気づいてないご様子だ。なんとも能天気な鴉である。
 綾香が大きく息を吐いて気を静めているところに誠がやってきた。彼もまた大和とカー助の姿を見て小さく微笑んでいる。誠は静かに言った。

 「あの本は作者の悩みが深く刻まれた作品だ。多くの人たちがそれを読み、共感していくうちにあのような力を得るに至ったんだろう。それが彼らのルールだったんだ。果たして綾香がどんな思いで九十九神を祓ったのかは……俺にはわからないけどな。」
 「私にもよくわからない。ただ近すぎて見えないものを強く意識して放ったらこうなっただけだ。」
 「大和、ここに来るまでずーっと綾香のことを心配そうに見てたけど、その辺は気づいてたのか?」
 「な、なんだ。おまえがそういう冗談を言う奴だとは思わなかったぞ。」
 「そういう意味では、九十九神にも感謝だな。綾香?」
 「おーい、改めて誠に紹介するぜ。うちのカー助だ。ほら、お前も眠そうな顔してないでお辞儀くらいしろ!」

 するとカー助は器用にも首を何度か下げるではないか。これには誠も驚きの表情を見せた。そして自然と笑いが生まれ、3人の笑顔を呼んだのだ。夕暮れが夕闇に変わる境内の中に元気な声が響いた。