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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


学園狂想曲


■hide-and-seek

 放課後、神聖都学園の中等部でそれは起こった。
 危うく難を逃れた生徒によると、ソレは唐突に始まったのだという。
「もういいかーい」
 下校時間ギリギリまで教室でお喋りに興じていた少女達が、廊下に出た所でその声はした。
 甲高い子供の、中学生にはあまりないような種類の声だったそうだ。
「初等部の子かな」
「あっちの下校時刻過ぎてるよ」
「えー、でもあたしらも結構残ってたじゃん」
 お喋りの余韻か、すぐに会話に花が咲く。
 下校時刻を知らせるチャイムが鳴っていても、その足取りは一向に急ぐ気配を見せなかった。
「もういいかーい」
 二度目は若干大きく聞こえた気がしたという。彼女達の向かっている昇降口は教室よりは初等部に近い場所にあり、それを不思議とは思わなかった。
「まーだだよ」
 彼女達の中の一人が、ふざけて答えを返した。
 相手に聞こえているはずもない、ごく普通の音量でだ。
「聞こえてないって」
「ていうか、隠れてないし」
 笑いさざめきながら、少女達は階段を下りた。使う階段はいつも決まっている。職員室の前を通らなくてもいい場所にあるものだ。
「もういいかーい」
 三度、聞こえた時には流石に少しおかしな感じがした。
 職員室に聞こえていないとは思えない大きさだったからだ。にも関わらず、注意に出てくる教員の姿はない。
「もういいよー」
「いいよー」
 今度は二人、ふざけて答えを返した。
「ちょっと、ヤバいんじゃない」
 他の二人より少し前を歩いていた生徒は、自分達の通う学校に怪談が多いのを思い出してたしなめようとした。
 そうやってふざけて、本当に何かが起こっても知らないよ、と。
「ねぇ。――え?」
 振り返った時には、ものすごい速度で遠ざかっていく二人の友人の泣き顔が見えただけだった。
 何者かに背後から尋常でない力で引きずられている。
 そう見えた。
「みーつけた」
 廊下の一番奥の壁にぶつかる、そう思った瞬間に、二人の姿はふっと掻き消えていた。
 不気味に木霊する、そんな言葉を残して。

 そんな事が、数回あった。
 その全てが、女子生徒だった。かくれんぼの呼びかけに答えた生徒だけ。
「ですから、彼女達を見つけて欲しいんです」
 中等部を代表して、と最初の事件に居合わせた生徒は唇を噛んだ。
「たとえ、最悪の事態だとしても……見つけて欲しいんです」



■search

 校舎とその周囲へ探る様に意識を飛ばす名木宮陽夏(なぎみや・ひな)の数歩後ろで、瀬崎耀司(せざき・ようじ)と櫻紫桜(さくら・しおう)は揃って耳を澄ませていた。件の「かくれんぼ」の声が聞こえないかと、待っているのである。
 時は折りしも下校時刻の少し前。依頼通りならばそろそろのはずだ。果たして「声」が男である紫桜や耀司の耳にも届くのか、まずはそこからが調査の対象となる。
 被害に遭っていたのは全て女子生徒、声を聞いたと申告したのも女子生徒だ。
 では――?
「……あ」
 小さく、陽夏が声を上げた。黒髪を揺らしてあらぬ方向へ視線を転じる。あちこちを短時間で彷徨った後、陽夏は二人を振り返った。
「声、聞こえませんか?」
「というと、例の?」
 えぇ。
 頷き、陽夏は再び視線を別の場へ向けた。
 耀司と紫桜は顔を見合わせ、互いの意思を確認するかの如くしばし目を見交わした。結果、得られた答えは「NO」だ。二人には全く、何の声も聞こえていなかった。
 頼りになるのは陽夏だけということだ。
「今は応えない方がいい」
 耀司が低く囁き、陽夏が頷く。
「かくれんぼをしている貴方は、誰?」
 代わりに問いかけを発する陽夏よりも少し離れて、紫桜は周囲をゆっくりと観察する。おそらくはこのメンバー中で最も探査能力が高いだろう少女に何も見えていないのだから、彼に何かが見える可能性は低い。
 実際、一通り見回した紫桜の目に映る景色に、変わった様子は見受けられなかった。
 同じ様に何気ない風で廊下の両端へと視線を往復させていた耀司の方にも収穫はなく、結局は二人して陽夏へ目を戻すこととなった。
 何度か誰何の声を放っていた陽夏だが、それに対する応答は得られていない様だ。
「聞こえなくなりました」
 遠ざかっていったのだろう「声」に追い縋る素振りを見せた後、陽夏は肩を落として小さく呟いた。
 が、その直後にはっと顔を上げる。
「あ!」
 彼女は明らかにここではない何処かを見ていた。
「何が見えたのかな?」
 しばらくして瞳を伏せた陽夏に、耀司が柔らかく問うた。陽夏は数瞬の間をおいて呼吸を整え、真っ直ぐに耀司と紫桜を見上げた。
「女の子たちを見ました。でも、分厚い膜にでも隔てられているみたいで、ぼんやりとしか……。後は、そう。石碑の様なものです。少し壊れた」
 陽夏が示したサイズは丁度、道端にひっそりと立っている地蔵ぐらいの大きさだ。欠けていると告げられ、耀司は袂から出した手で顎を撫でた。
「地蔵なのか道祖神なのかはわからないが――どうやら境を守る物がこの付近にあるとみて良いだろうね。欠けていることから見て、境界が揺らいでしまったのが事件の原因だという可能性がある。まぁ、それがあれば、境自体は然るべき人に頼んで元通りにしてもらえば良いとして」
 ふむ、と頷き、耀司は紫桜と陽夏を交互に見やった。
 茶の瞳が煌く。
「まずはその石碑の様なものが現実に存在するか、探す必要がある。そういう事ですか」
「うん。そうだろうね」
 頷いた耀司と共に、期待を滲ませた二対の瞳が陽夏を見た。
「名木宮さん。場所の見当はつかないか?」
 紫桜の問いかけに。陽夏は申し訳なさそうに首を振った。
「ひどくぼんやりしていて、方向もわからなかったの。でも、そう遠くない気がしました」
「じゃあ、手分けして探すしかないな」
「今日はそんなに時間がないから、明日の放課後にもう一度集まろう」
 そういうことになった。


■dive

 大まかな分担を決めて石碑捜索に乗り出したものの、三人共が空手での集合となった。
 何かしら曰くつきの話が飛び交う神聖都学園のことだ、慰霊碑や封じの礎の類は敷地内のあちこちに点在している。にも関わらず、陽夏の見たものと条件を一にする物は見当たらなかった。
「捜索範囲を広げてみるのも一つの手だが」
「あまり時間をかけすぎると、被害者が危険なんじゃあ」
 紫桜の懸念は尤もで、尋常でない存在に捕らわれた以上、少女たちにまともな食事や水が与えられているとは考えにくい。
 最初の被害者が捕らわれてから、既に一週間近く経つ。依頼人が「最悪」という言葉を口にしたのも無理はなかった。
「声が、呼びかけに応えてくれればいいんですけど」
 早速耳を澄ませる陽夏の横で、耀司は静かに口を開いた。
「声が聞こえたら、応えてみてくれないかな? 被害者と同じ様に」
「え?」
 目を瞬いた陽夏を挟んで耀司の向かい側、紫桜が納得顔で頷く。
「成る程。男の俺達に声は聞こえない。名木宮さんに便乗して、被害者が連れて行かれた場所まで行こうという訳ですね」
「そう。女の子たちを捜そうと思えば、僕らもそちらへ行ってみる必要があると思うのでね」
 でも、と反論しかけた陽夏が弾かれた様に顔を上げる。
 「声」が再びやってきたのだ。
「聞こえてきたみたいだな」
 悪い、と断りを入れてから、紫桜は仏頂面で陽夏の腕を抱え込んだ。反対側で、耀司も「失礼」などと言いつつ陽夏の腕を抱えている。
 異常なスピードで引きずられるという被害者に便乗するなら、手をつなぐだけでは心許無い上に危険だ。
 準備OK、と交互に囁く二人を視線を交わし、陽夏は声を張り上げた。
 もういいかい?
「もういいよっ」
 刹那。
 凄まじい力で背中から引っ張られ、陽夏は歯を食いしばった。耀司と紫桜が抱えている腕が痛い。貧弱でない男を一本の腕で、など無茶だ。
 そう思った次の瞬間には、陽夏たち三人はどこかへ放り出されていた。
 どこか、というのは校舎以外の「どこか」だ。空気が明らかに違う。
 引きずる力は空気が変じたと同時に消え、尻餅をそれぞれについた三人は痛みを堪えながら起き上がった。
「ここは」
「異空間、であることは間違いない様だが」
 周囲を見回しても何もない。見渡す限り、薄い闇が続いている。重力が一方向に働いているおかげで、辛うじて上下の判別は可能だ。立つのに支障はない。だが、それだけだ。
 耀司の色違いの瞳が注意深く闇を探り、とりあえずの安全を確認する。
 しかし、こうものっぺりした闇に包まれていては距離感さえ覚束ない。どこまで視界が利いているのか、不安にもなる。
「ここのどこかに被害者たちがいるわけだ」
 呟いた紫桜が辺りを見回しても、結果は同じだ。
「! ……こっちです」
 さて、と途方に暮れる前に、陽夏が声を上げていた。ここでも陽夏の「目」がいち早く情報を掴んでいる。
「昨日よりはっきり見えます。皆、倒れてる」
 陽夏の誘導で闇の中を走る。
障害物も何もない空間をどのぐらい走ったかもわからない。不思議と疲労感はなく、それが却って距離感を曖昧にする。
 突然、折り重なる様にして倒れる少女たちが現れた。
 駆け寄り、安否を確かめる。
「大丈夫。皆、息はある」
「後はどうやって戻るかが――っ!」
「瀬崎さん!」
 陽夏の叫びと、耀司が反射的に腕を振り上げたのとは同時だった。
 悲鳴を上げたのは耀司ではなく、強化された腕の一撃に吹き飛ばされた相手の方で、感覚的には数メートル離れているだろう場所に落下した。
「これが、犯人?」
 女子生徒の一団を陽夏に托し、耀司と紫桜は彼女たちを背にして「それ」と対峙する。
 ひっくり返ってじたばたと暴れていた「それ」は、妙に出っ張った腹を苦労して横にし、転がる事に成功するとようやく立ち上がった。


■evil

 「それ」は、言うなれば餓鬼の姿をしていた。仏教の絵巻に出てくる餓鬼にそっくりなのである。
 子どもぐらいの背丈に、異様に飛び出た腹。頭髪のほとんどない大きな頭に、爛々と輝く血走った目。まばらに生えた乱杭歯は閉じない口からはみ出している。カチカチと鳴っているのは枯れ木の如く細い手足の先にあるいびつな鉤爪だ。
 ふと見れば、その足元に小さな骨が転がっていた。人の、頭蓋骨だ。小さな。
「子どもを、食べたのか――!」
 紫桜が目を瞠った。随分古く、朽ちかけてはいたが、紛れもない人の骨だ。
 答えは、涎の垂れた口から零れる奇妙な哂い声だった。
「これは穏便に、とはいきそうにないな」
 構えを取る紫桜の傍らで、耀司も四肢に力を籠める。一歩退き、陽夏たちを守る位置についた。
 まず紫桜を標的と定めたらしい餓鬼が、その足からは想像できない力強さで跳躍した。
 鉤爪を振りかざして一直線に跳びかかってくる餓鬼を、紫桜は冷静に見つめ、足をずらすのみで第一撃を躱した。
 どさ、と地に落ちた餓鬼へ、音のない呼気と共に鋭い突きを繰り出す。
 思いのほかの素早さで、餓鬼が身を翻した。だが無様に転げた餓鬼へ向け、空を切るにとどまった拳を引き戻すや否や、紫桜は追い討ちをかける。
 腹は、腐った生ゴミの詰まったゴミ袋の様な感触がした。
 異様なその感触に、紫桜の眉が寄る。
 人間には出せそうもない悲鳴を上げて、餓鬼が転がる。転々と、どす黒い染みが散った。
 ぎらりと光った目は、一層赤みを増している。
 一瞬、紫桜の反応が遅れたのはそのせいだったかもしれない。
「――っ」
 先程よりも勢いを増した突撃に、紫桜は咄嗟に身を反らせた。だが、全てを避ける事は叶わず、黒髪が数本宙に舞う。
 視界をよぎった爪は、明らかに紫桜の瞳を狙っていた。
「櫻くん!」
 耀司が地を蹴り、横合いから餓鬼を殴り飛ばす。
 蛇神との盟約で得た身体能力での一撃だ。いかな化け物であろうとも、ただでは済まない。
 遥か後方へ吹っ飛びかけた餓鬼を、一足飛びで掴み、引き戻す。まるで球技でもしているかの様な気軽さで、耀司は餓鬼を元の場所へ向けて放り投げた。
「破ァ!」
 体勢を整えると共に気を練り上げていた紫桜が、飛んでくる餓鬼目掛けて掌打を見舞う。
 膨れ上がった気が餓鬼を襲い、そして――弾けた。


■return

「戻った……か」
 弾けた光が収束した後、耀司の目に飛び込んできたのは青々と茂る木々だった。次いで、風に揺れるざわめきが耳に届く。
「どうやら、あいつが消えるとあの世界も消滅したようですね」
 汚れ一つついていない掌を眺めながら、紫桜は呟いた。頷き、耀司は陽夏と少女たちを振り返る。
「さて。名木宮さんは校舎に戻って救急車の手配を。櫻くんと僕は危険そうな子から校舎まで運びましょう」
 諾、と答えるのももどかしく、陽夏は軽快な足運びで校舎へと駆けて行った。
 折り重なる少女たちを紫桜は一人、耀司は両腕に一人ずつ抱えて、陽夏の後を追い始める。
 その後、「かくれんぼ」の声が聞こえることはなかった。





[終]





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


4487/瀬崎・耀司/男性/38歳/考古学者
4873/名木宮・陽夏/女性/16歳/高校生
5453/櫻・紫桜/男性/15歳/高校生


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■         ライター通信          ■
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はじめまして、もしくはこんにちは。
ライターの神月叶です。

この度は神聖都学園での依頼にご参加いただき、ありがとうございました。
今回の文章は全ての方に同じものをお届けしています。

運良く女性の方にご参加いただいたおかげで、「かくれんぼ」の声に答えることができました。
残念ながら「かくれんぼ」の主は大人しい性格ではなかったようです。
男性お二人が一番ベストの形に近いプレイングでしたが、これも名木宮さまの目と耳があってこそ可能になったのだと思っています。

何故、事件がおきたのか? は作中では封印の要石(石碑)の欠け、として記述しています。
では何故欠けたのか? は作品には不要のため、調査としても描写しませんでした。
この辺りは皆様で想像していただければと思います(悪戯で倒れて欠けた、とか…)。

それでは。
またの機会にお会いできることを楽しみにしております。