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Fairy Tales 〜伝説の地〜
【フラグ1:正当なる道筋を】
数日という言葉の曖昧性を感じつつも、綾和泉・汐耶とシュライン・エマは似たようなことを思いつき、喫茶店にて落ち合った。
汐耶もシュラインもルチルアとゼルバーンの謎について、スタッフの面々にNPC設定等を聞きたいと思っていたからだ。
目的は同じなのだし、ばらばらで行くよりも1度で行ってしまえば相手方の負担も減る。
2人は勘定を済ませると、足早に大学院電子工学科の研究室に足を運んだ。
研究室では的場・要に加えて、黛・慎之介とも違う青年が、赤ペンを片手にひたすら紙とにらめっこしていた。
「こんにちは」
声をかけることで初めて気が付いたかのように顔を上げた的場は笑顔で2人を出迎え、もう1人の青年はまた紙に視線を落とす。
「お伺いしたい事があって」
どちらからとも無く言葉を切り出し、ルチルアやゼルバーン、果はNPCの設定資料等を問いかける。
「ちょっと待ってくださいね」
ナンバーロックのロッカーを開けて、的場は膨大なファイルを取り出すと、開いた机の上にドンと置いた。
「イベントに関係ないNPCのリストがこのファイル」
と、青い表紙のファイルを指差し、
「こちらがデザインがしっかりしたイベントNPCのファイルです」
そして、イベントとラベルが貼られた赤いファイルを指差す。
流石に青いファイルの方はリストといえど結構な量があったが、赤いファイルの方はまだ数が限られていた。
ページをめくる内に、セリンズやガレス等のデザインを見つける事ができた。
かなり精密に書かれたイラストデザインは、逐一サインが施され、アマチュアゲームの様なものであれど、かなり基盤はしっかりと造られているようだった。
先ず最初に一通りざっと中身に目を通す。
「女神のデザインは、ないのね」
ぼそっと呟いた一言。
しかし、製作者側から言ってしまえば、元々世界を動かすAIに、姿かたちは必要ない。予めデザインが存在していなくて当たり前なのだ。
「ルチルアやゼルバーンはどういった役割だったのかしら」
顔を上げたのは、紙に赤ペンを武器に格闘していた青年。
「ルチルアとゼルバーンは同じキャラクターですよ」
同じ髪の色、そして瞳も同じ色である事に、汐耶はなんとなくその可能性を色濃く感じていた。
しかし、実際に口に出して言われてしまうと、それが真実になってしまった事に薄く瞳を伏せる。
「ゼルバーンは邪竜の巫女だと聞いたのだけど」
「それで、間違ってませんよ」
追従するようなシュラインの質問にも、丁寧な物言いでありながらどこかつっけんどんとした口調で青年は答える。
「璃亜さんが『今はゼルバーン』って…それって『Tir-na-nog Simulator』とも受け取れると、思ったのだけど……」
「姉さんに会ったんですか!?」
今まで義務的に言葉を返していた青年が立ち上がる。
的場はそんな青年を落ち着かせるように椅子に座らせ、青年−都波・琉維の事を2人に紹介すると、質問の回答を引き継ぐように口を開いた。
「現在『Tir-na-nog Simulator』は、僕達レベルの外部操作を受け付けません。その可能性はあるかもしれませんね」
白銀の姫を動かしていた人工知能に続き、『Tir-na-nog Simulator』もその意思を白銀の姫へと飛ばした。
その器が、ルチルア−ゼルバーンだった。
「ゼルバーンの元々からの目的も、ジャンゴの陥落とクロウ・クルーハを王とする事……」
そして、現在の白銀の姫の世界は、クロウ・クルーハが目覚めジャンゴが陥落し、不正終了を向かえ世界は巻き戻る―――
「何か関係があるかもしれないわね」
だから、ゲームの中で捉えられた璃亜は今動いた。
そう考えればなんとなくつじつまが合わなくもない。
「戻りましょう」
「ええ」
汐耶とシュラインは立ち上がる。いつ、白銀の姫の世界の中で呼ばれてもいいように。
「璃亜さんは必ず目覚めるわ」
だから、もう少しだけ待って、と琉維を安心させるように言葉をかける。
「今日はありがとうございました」
何の承諾もなく訪れてしまったのに、的場は快く出迎えてくれた。
2人はお礼それぞれまたお礼を述べると、自宅へと戻った。
シュラインは早々にパソコンを立ち上げ、白銀の姫へと降り立つ。
ジャンゴにて、適当に買い揃えた食料品や飲み物を手に、シュラインは『幸せの野マグ・メルド』へと向かった。
この白銀の姫へと降り立っているからといってお腹が減らないというわけではないのだ。
五感全てが存在しているこの世界で、潤もお腹をすかしているかもしれないとシュラインは急いだ。
「お腹すいてない?」
いろいろと仕入れてきたが、ふと転がる紙袋に目が留まる。
「セレスティさんが差し入れてくれたんだ」
律儀にも答えるが、それ以上に潤はシュラインが訪れた事を喜んだ。
シュラインは差し入れを始めてから数日の期日が訪れる。
プティクリュが動いた。
☆
そして、高らかに――ベルが鳴る
甘く
遠く
透明に
伝説の地の扉が開く
それは呼ぶ
この扉を潜り
彼の地へと足を踏み入れる者を
【フラグ2:聖域−アヴァロン】
降り立ったアヴァロンは、本当に聖域と呼んでしまっても差しさわりが無いほど常春の気温や、色鮮やかな花々を湛えている。
美しいと評してしまえる景色に、一同は感嘆の声を漏らした。
まるで道が作られているかのように真っ直ぐと続く薔薇のアーチが続き、風が行き先を指し示す。
一同は風に誘われるままに薔薇のアーチを潜った。
「あ……」
誰がともなく言葉を漏らす。
アーチの先、花々に囲まれた広場の中央にポツンとたたずむ蔦の絡まる古く大きな石碑。
「璃亜さんは…どこかしら?」
これ以上の行き先が見当たらないアヴァロンの広場で、シュラインはポツリと呟いた。
「何かありそうだね、あの石」
辺りを見回すように里美は1歩広場へと足を踏み入れる。その瞬間、琥珀の耳がピクっと動き、シュラインがはっとして顔を上げた。
「里美さん!!」
「え!?」
俊敏性の高い琥珀が里美を庇うように飛び出し、そのまま後方へ跳躍する。
「蔦…?」
色とりどりに咲き誇る花々の花弁の隙間から、緑の蔦が伸びていた。
蔦は数秒その場で留まっていたが、目測や獲物を失ったと悟るや、シュっと花の中へと戻っていく。
ごくっと生唾を飲み込み、この広場を取り囲む花々に注意を注ぐ。
しかし、それっきり何の変化も無い事に、一同がほっと息を吐いた瞬間、辺りを取り囲むように蔦が至る所から芽を出した。
「…なっ!?」
空から振り下ろされる蔦を避け、琥珀は蔦を切り落とす。
里美は地面に縫い付けるようにメイスを振り下ろし、辺りを見た。
「シュラインさん達は下がって!」
潤は腰のクラウ・ソナスを抜き、広場入り口で立つ後衛陣を庇うように蔦に向けて振り下ろした。
「後!?」
ふと耳に入った音にシュラインは、ばっと振り返る。
今までアーチを作っていた薔薇が、その棘の付いた茎をこちらに向けて退路を塞ぎながら迫り来る。
セレスティとシュラインの間を抜けて、汐耶はカルッサを向けると、薔薇達の進行を止めるように開いた。
「花を傷つけるのは少々気が引けますが……」
セレスティは十字架の錫杖をすぅっと動かし、球状の水の結界を大きくしていく。
薔薇との力相撲をしていた汐耶が結界内に入った事を確認すると、水の刃が薔薇達を切り刻んでいった。
しかし花弁が散ると思っていた薔薇は、粒子のように四散する。
そう、“何か”が薔薇という花に擬態していただけだったのだ。
「花の姿で油断させるのね」
カルッサを閉じ、空に散っていく元薔薇の粒子を見ながら、汐耶は呟く。
「って、りゃぁ!!」
広場にてメイスに絡みついた蔦ごと里美は力任せに引っ張った。ぶちっと切れた蔦は枯れた草の如くしわしわと茶色く変色し地面に消えていく。
ピョンピョンと避ける琥珀が、何か思いついたように蔦と追いかけっこを開始すると、途中で蔦が一切追いついてこなくなった。くすっと笑うと、こま結びされた蔦が、空でお互いの先っちょを引っ張り合っていた。
「もう…大丈夫かな?」
剣を振り下ろした態勢のまま顔を上げた潤が辺りを見回すと、先ほどまでの騒動が嘘のように静かになっていく。
里美は、腐った草のような蔦の残骸をメイスの先で端っこに飛ばしながら、最初から気になっていた石碑へと近づいていった。
シュラインはすぅっと瞳を閉じ、妖精の耳飾りに問うように耳を済ませ、妖しい音は感じなくなった事に大丈夫と言わんばかりに頷くと、里美の後を追うように広場へと足を踏み入れた。
たったと駆け出して、里美に追いつくように石碑の前に立った琥珀は、その大きさに顔を上げる。
「かつての王にして未来の王、ここに眠る…」
アーサー王伝説で語られる、アヴァロンへ行ったアーサー王の墓碑に刻まれた言葉。
「なら、これは…墓碑?」
琥珀の呟きを聞き、同じように石碑を見上げて汐耶が言葉を続ける。
「璃亜さんは、どちらにいるのでしょう…」
セレスティは広く見えるだけの広場を見渡し、ふっと息を吐く。彼女は自分のベルを潤に渡して、アスガルドにそのまま留まってしまった。
あの犬妖精がここに一緒に来ていたならば、真っ先に自らの場所を教えてくれただろうに。
ただ口をあんぐり開けて石碑を見上げる潤は、普通の好奇心旺盛な高校生の顔。そんな表情をシュラインは微笑ましく思いながら、すっと顔を伏せる。
潤は時々我を亡くすときがある。
もしまたそんな事があったら、潤自身が一番傷つくのではないかと、心配していた。
「な…おい!」
大きな石碑の周りを探索するように歩いていた里美の叫びが響く。
一同は顔を見合わせ、声のした方へと走った。
石碑の丁度裏、里美は何かを持ち、それを強く揺さぶる。
「起きろ!」
3裂した葉をつけた緑のツタが、揺さぶる里美の腕に伸び、動きのたびにブチブチと千切れ、地面へと消えていく。
「璃亜さん!?」
石碑の裏に走りこみ、里美が揺さぶる人物を見て、シュラインは叫ぶ。よくよく考えれば、本当の璃亜の顔を知っているのは、以前的場から写メールを受け取ったシュラインのみ。
「この娘が都波・璃亜?」
ぶれてよく見えなかったあの画像を差し引き、誰もが先輩と呼ぶには少々頼りない風貌の線の細い女性。
里美の動きにはその細いツタをブチブチと切らせるのに、そんなツタに完全に絡み取られてしまっているのは、霊体であるがゆえか。
「とりあえず、このままじゃダメなんですよね」
琥珀は一度片付けた白銀狼の魔爪を装備しなおして、ツタを切っていく。
しかし、ツタを剥がす様にブチブチと千切り終えるのが早いか、ツタが再生するのが早いか。
「浅葱氏も、この場所にいるのですよね?」
力仕事(?)は余り向いていないセレスティは、石碑をコツコツと叩き、誰ともなく問いかける。
何故か複雑な表情をしたのは潤だった。
真っ先に解決の為ならば小さな糸口であろうとも飛びつく潤が、その場で動けなくなっている。
「情報では、そのはずだな」
正直何もしていない草間は、ポイ捨てしても火事にならないタバコをふかしながら、潤の肩に手を置いて、セレスティの問いに答えた。
「璃亜さんの解放と、浅葱さんの捜索と2班に分かれます?」
ツタ切り班として、ブチブチとツタを切っていた汐耶が振り返り、提案するように一同を見回す。
「その方がいいかしら…」
この広場での事もあり、2班に分けるとしても戦力や回復力は平等に2分した方がいい。
「えぇい! 埒が明かないね!」
里美はツタを千切る手を止めると、もし何かの悪影響によってこの場に留められているなら――と、契約デーモンを呼び出し、浄化の後光を光らせる。
「何もなし…か」
手を止めた事で最初に戻ってしまったツタの絡まり具合に里美は悔しそうに肩を落とした。
だが―――
「あ、はい」
「浅葱さんはここに居るそうよ」
何かに反応して琥珀はツタと切る手を止め、2班に分かれようかと思案していた汐耶達にシュラインは声をかける。
「どうしたんだい?」
突然手を止めた琥珀と声をかけたシュラインを、里美は怪訝そうな瞳で交互に見た。
「だって、璃亜さんがそう言ってますよ?」
気が付けば璃亜は薄らと瞳を開き、口元だけが何かを語るように動いている。
どうやらこの声は、通常よりも聴覚が発達しているシュラインと琥珀にしか届いていないらしい。
とりあえずの通訳をシュラインと琥珀に頼み、一同は眼を覚ました璃亜の言葉を聞いた。
☆
しかし、この墓碑にて眠る浅葱・孝太郎をどうやって起こすべきか。
問題は完全にそこだった。
孝太郎が起きれば、自然と璃亜は解放され、現実世界への道も開ける。
眠る孝太郎自身が封印となっていた。
「うーん…」
解決案が思いつかずに、ただ一同はうなる。
コレばっかりは璃亜にも分からないらしい。
「確か、ウェールズの方ではアーサー王を呼び覚ます祭りがあるみたいだけど、それがイコール浅葱さんを起こす方法とは限らないものね」
以前読んだ事があるような本に、そんなような事が書かれていたような気がして汐耶は呟く。
「可能性があるならば、行ってみる価値はあると思いますが…」
セレスティの言う事はもっともで、確かにその通りなのだが、これを行うには一同にアイテムが足りない。
「そんな事くらいで起きますかね?」
琥珀が苦笑して言葉を発する。
何を言っているか聞こえないのだから通訳して欲しいところだが、シュラインも同じように苦笑していた事で、どうやら璃亜が提案した方法は場にそぐわないもののようだった。
「いえ、単位はもう要らないの? と、問いかけてみたらどうかって」
怪訝そうな眼差しを受けている事に気が付いたシュラインは、解説するように4人に答える。
「卒業したいなら、大学生も大学院生も同じか」
妙に納得したような声音で里美が頷く。
確かに、ちゃんと卒業して就職を目指す学生ならば単位1つでも重く感じるだろう。
「やってみる価値はありますよね」
「そうね」
璃亜の声で言った方が効果があるかしら? と、考えながらシュラインは息を吸い込む。
その後、今まで沈黙を保っていた潤が、すっとセレスティの隣まで歩み寄り、ふと言葉を漏らした。
「あの人と、その浅葱って人が、この世界を作ったんだよね…」
潤の様子にセレスティはそのままの表情で、答えを言うべきかはぐらかすべきか考えるが、ここで孝太郎が目覚めればその迷いも意味のないものだと、素直に、
「そうですね」
と、答える。
「慎之介さんとは、違うわけだ」
厳密に言えばその通りだが、まったく違うというわけではない。どれだけ根源に近いかどうかという事だけ。
潤はそれだけを聞くと、墓碑に視線を向けた。
璃亜の声を真似たシュラインが、墓碑に向かって問いかける。
反応は――ない。
やっぱりこんな安直な方法では、無理なのかな? と、誰もが苦笑する中、意外にも緑のツタがほどけていった。
「嘘だぁ……」
これは、なんとも今までで一番拍子抜けなイベントだろう。
璃亜は細かく巻きつくツタを払い落とし立ち上がる。
『今年単位落としちゃうと卒業が……』
形を変えていく墓碑から、青年の声が響く。
墓石から分離するように姿を現した青年が、がっくりとその場で膝を付いてうな垂れた。
彼が、浅葱・孝太郎?
ポカンとして、その光景をただ見つめる。
誰もがどうしようかと思案を巡らせる中、一番最初に動いたのは潤だった。
「あんたが、“僕”を作ったんだよな!」
クラウ・ソナスを手に、潤が叫んだ。
そして、一気に孝太郎との間合いを詰めるように、そのまま地面を蹴る。
「潤くん!?」
『き…君は!?』
叫びと孝太郎の声が被さる。
「っくぅ……」
だが潤の手は、孝太郎に触れる直前で止まった。
すっとセレスティの瞳が細くなり、その身体を水の中に閉じ込めている。
しかし動きを封じられようとも、潤は前へ少しでも近くへと向かって、叫ぶ。
「どうして…どうして、倒される為だけに“僕”を創ったんだ!」
困惑する孝太郎の顔を泣きそうに見つめ、すっと力を無くした様に俯く。
「創った…?」
黒崎・潤は、現実世界から呼び込まれた元勇者であり人間のはずだ。
それがなぜ、創ったなどと口にするのか。
「もしかしたらと思っていたのだけど…」
シュラインがゆっくりと口を開く。
それは、潤がゼルバーン同様『Tir-na-nog Simulator』とは言わなくとも、それに近いような何かに介入されているのでは? という事。
だから、女神の力を持ってしても、出られなかったのではないか。
シュラインの予想に潤自身が、瞳を大きくして力をなくしたように膝を折る。
「どうして僕は……」
創られたなんて口にしてしまったんだろう?
自由になった璃亜が、そっと水に阻まれた潤の肩に手を置く。
『璃亜先輩?』
孝太郎の心配そうな顔に、璃亜はにっこりと微笑む。
「じゃぁ通訳しますよ」
こればっかりは伝わらなければ意味がないだろうと、琥珀は申し出る。璃亜はお願いしますと頭を下げた。
『「ただそれだけの為に、貴方を作ったわけじゃない」』
一度言葉を切り、大丈夫だと言わんばかりにセレスティを見る。
「分かりました」
セレスティはふっと微笑むと、指先を軽く動かし潤を捕らえていた水を四散させた。
自由になった潤を見て、璃亜は言葉を続ける。
そう…確かに、倒さなければ先に進まないようにイベントが創られている事は事実。それは違わない。
それでも、黒崎・潤は――いいえ、クロウ・クルーハは開発者達が1から全てを創り上げたキャラクター、可愛くないわけがない。
冒険者や勇者達に対して開発者からの挑戦。
それが、転機イベント邪竜クロウ・クルーハ。
ジャンゴ陥落の先のイベントがまだ作られていなかったから、倒さなければいけないという選択肢しか、なかっただけ。
もし孝太郎が死なずに、白銀の姫の続きを創っていたなら、クロウは冒険者達と良い好敵手になれたかもしれない。
現実世界で顔も名も知らない人々が、本当はありもしない世界の危機のために力を合わせ戦いたいと思わせる、そんな流れが出来たかもしれない。
その結果倒れたとしても、関わった全ての人達の心に残っていく。
思い出として語り継がれていくはずだった―――
それは、ある意味での永遠。
完全に地面に膝を付き、潤は丸まるようにして膝を抱えると、思いっきり地面を叩いた。
「潤……」
燃えないと分かっていても、植物ばかりのこの場所でタバコをポイ捨てするのは気が引けたのか、草間はタバコを指で持ち、口を自由にする。
「それで、クロウと融合してしまった潤は、帰れるのか?」
現実世界に行きたいと思っていたクロウの想いが、現実世界へと帰りたいという形に変化して潤に現れていた。
『帰れ…ると、思いますけど』
何故そこで眼を逸らす。
と、突っ込みたいのをこらえつつ、草間は「良かったな」と潤の頭をポンポンと叩いた。
「あんたは、この世界にどうしてあたし達みたいな人間がいるか、知っているのかい?」
里美は孝太郎の前で膝を折り、其の瞳を見つめる。
『この世界は、僕のせい…ですか?』
里美は、現状のきっかけが、死した孝太郎の白銀の姫に対する強い心残りによって引き起こされた事態なのではないかと予想し、そう語りかけた。
今このゲームは無関係な人を多く巻き込んで、沢山の不幸を生んでいる。
「あたしだって、ゲームを作る人間だ」
同じ作り手として、人を不幸にするゲームなんて悲しすぎる。
と、ふっと顔を伏せ孝太郎に背を向けて立ち上がる。
『里美…さん?』
「もういいだろう? この世界は皆で作り上げていたものだったんだから」
孝太郎1人だけの思いで、この怪異を生んでしまった事。それは、関わっていた全ての人達に迷惑をかけてしまった。
本当なら、璃亜だって、同じチームの人達だって居たのだ。
1人憂いたままでなくとも、いつかこの世界は動いていった。
里美の言葉に、孝太郎は顔を伏せる。
『そう、ですね……』
思いが昇華されれば、きっとこの人を取り込むという怪異を起こした世界はなくなるだろう。
もしかしたら、女神には二度と逢えなくなるかもしれない。
それでも――――
「……あの、通訳した方がいいですか?」
場の空気を壊すように、なにやら至極嬉しそうな璃亜の行動と表情に、気おされつつ琥珀が同意を求める。
「クロウと潤くんが同じな事が凄く可愛いらしいです……」
言葉を聞いた一同は、あのごついドラゴンの姿を思い出し、思わず苦笑を浮かべる。やはり可愛いと言ってしまえるのは、開発者…だからだろうか。
「ここでほとんど璃亜さんの声が聞こえない事は分かったけれど、どうしてプティクリュからは声が聞こえたのかしら」
汐耶の問いかけに璃亜の言葉を受けた琥珀が答える。
「NPCが喋るのと一緒って言ってます」
「あぁ……」
“声を出す”みたいな事をプログラムで組み込んである。という事のようだ。
そのことを問いかけた汐耶が言わんとしている事がなんとなく分かったのか、璃亜はそのまま言葉を続ける「パスワードが*や○で表示されるのと一緒だ」と。
セキュリティ面で重要なものが、必要の無い人物に知られない為の措置。それならば、仕方が無かったのか。
しかし、そろそろ現実的な事を考えなくてはいけない。
取り込まれた人々を、現実世界に帰さなければいけないのだ。
「通常のNPCと取り込まれてしまった人達の区別なのだけど……」
シュラインは、いったん言葉を止め璃亜を振り返る。
璃亜は質問の意図を予想していたのか、直ぐに口を開いた。
「魂の無いNPCを、一度消しましょうって」
このNPCという言葉には、全ての事が内包されている。
街人などのキャラクター。そして―――モンスター。
「消すのかい? あの街の人達を…」
其の意見に、里美はピクリと眉根を寄せる。
何か酷く引っかかりを感じるのに、それが今すぐ思いつかない。それをもどかしく思ううちに、話は先へと進んでいった。
実際ここから現実世界へと戻ったときどうなるのかという事を知るために、一同はアヴァロンの門を潜る事にしたのだが、そこではたっとセレスティは首を傾げる。
「そういえば、このアヴァロンから現実世界へと戻ると、服装や場所はどうなるのでしょうね?」
現実世界と繋がる扉へと変化した墓碑を見上げ問いかける。
『簡単なことですよ』
しかし、その質問に孝太郎は何の事はないと、満面の笑顔を浮かべると、合図も何もなしにその扉を開け放った。
考えるよりは体験した方が早い。確かにその通り。
光に飲み込まれるようにして眩しさに瞳を閉じる。
ゆっくりと目を開けた場所は、自分が白銀の姫へとログインしたパソコンの前だった。
【フラグ3:エンディング】
元々『幸せの野マグ・メルド』だった場所が一面の湖と化し、波打ち際に沢山の小船が並んでいた。
虚ろな瞳のヴェディヴィアの前で、4人の女神達が久しぶりと言わんばかりに一堂に会す。
不正終了の無くなった世界で、モリガンはどこか腑に落ちないような不機嫌そうな顔つきでその場に立つ。
相変わらずの三下・忠雄が、カリバーンを抱えて泣きっ面を隠しもせずにその後を付いてきた。
「く…草間さぁん!」
ヴェディヴィアの前、行方不明者リストと白銀の姫世界のNPCの照合を行った書類を抱えたシュラインと草間を見て、すがり付くようにその場に崩れる三下。
「もう!」
終始この状態だった三下に、さしものモリガンも相当疲弊したのだろう。そんな声音がありありと聞き取れる。
「大丈夫よ、三下くん。もうこの世界に勇者は必要ないから」
苦笑交じりのシュラインの言葉に、感極まって三下は泣き崩れた。
「そっか、解決…したんだ」
自分の影に隠れるようにしてその場に居るネヴァンを見て、瀬名・雫はニッコリと微笑む。
「友達にはなれなかったけど、これでこの世界は続いていくんだね」
この短い時間の中で、ネヴァンはクロウ・クルーハと友達になるために動いていた。しかし、今は長い時を用意されている。
ゆっくり打ち解けていけばいいのだ。
「世界が…続いていく、ですか」
そんな2人のやり取りを聞き、セレスティはふと思う。
今行方不明となりNPCとなってしまった一般人をその世界へ帰し、またこの世界へ迷い込まないようにする方法は、孝太郎の魂の解法による異界の消滅。
少女らしく無邪気に喜んでいるこの事実を、告げるか否か決められずに居た。
「終わりが無いのなら、いつでも最強の座を目指せるしな!」
「しかし、この世界の王にはなれぬのぢゃなぁ」
王の居なくなった世界だから、王を最強を目指し日々楽しい事を求めていた2人。
この2人は、最初からさして世界の終わりなど関係なかったようだ。
「本当に終わりのない世界が来たのですね……」
最後の女神アリアンロッドが顔を伏せふと呟く。
世界はあるべき道へと進む。
それはこの世界が創造主のものであり、変革をもたらしてはいけないと口にしたアリアンロッドが望む終わりでもあった。
「アリアンロッドさん?」
ただ薄らと微笑を湛え佇む彼女に、草間・零はその顔を覗き込んだ。
他の勇者、冒険者は誰も知らない。
この辺りいったいは今鏡のように必要のない人間は入れないようになっている。
だから、誰にも知られずにこんな地形変更さえも行う事が出来たのだが。
女神達の意にそむく事のないよう思考が組まれた元一般人のNPC達を船に乗せていく。
一定人数に達した船は自動的にアヴァロンへと向かっていった。
「零」
「零ちゃん」
「兄さん、シュラインさん!」
今まで別行動をしてきた零が、いったい何を今までしてきたのかはしらない。
しかし、今まで何かあったら敵同士となってしまっても可笑しくない状況で、なんとか戦わずに済んでいただけ。
アリアンロッドの勇者・零から、ただの草間・零に戻った零は、その重装備のまま草間に飛びついた。
☆
「終ったみたいだね?」
結局これが最後と思ってアスガルドに降り立ったが、ルチルアと話し込んでいるうちに、どうやら事の終わりまで時間が過ぎてしまったらしい。
汐耶と共に誰も居ないジャンゴのベンチで話をしていたルチルアが顔を上げる。
「そうね、多分」
『Tir-na-nog Simulator』そのものであるルチルアとは違い、ただの冒険者である自分には、本当に終ったのかどうかは分からなかったが、ルチルアがそう言うのならそうなのだろう。
『Tir-na-nog Simulator』としての自分を完全に自覚したルチルアは、すっと立ち上がるとその姿がゼルバーンへと変わっていく。
どうやらこの姿でないと移動用のブーストワイバーンを操りにくいらしい。
「行くぞ」
ゼルバーンに促されるまま、背中を丸めるブーストワイバーンの背に乗り込むと、汐耶とゼルバーンは女神達が居るヴェディヴィアの湖まで飛んだ。
女神達とシュライン、セレスティが立つその場へ、汐耶はブーストワイバーンから下りる。
「一度、リセットする」
ゼルバーンの言葉に、その場に居た誰もが「え?」と瞳を丸くした。しかし、もう一般人の居ないこの世界で、リセットを行う事は恐れるような事ではない。
雫の傍らに居たネヴァン、最後まで嬉璃と戯れていたマッハが、すっと身を引く。
そして、ゼルバーンから発せられた光は、その場に居た一同を飲み込んでいった。
光に飲み込まれ瞳を開けば、自分が白銀の姫へと降り立っていたパソコンの前で立ち尽くしていた。
はっと我に返り、パソコン画面を覗き込む。
『−Page Not Found−』
最初と同じ。
URLを紙に書き直したり、コピーペーストでURLを入れなおしたりしてみても、『ページが見つかりません』の文字はなくならなかった。
「終った……」
どこか寂しく感じながら、ふっと微笑を漏らして画面を覗き込む。
そして、もう一度紙にメモしたURLを自分の手で打ちなおした。
『1人の魔法師の手によって、世界は変革の時を迎えた。
冒険者達よ、変革を迎えた世界に今降り立て!』
動画で繰り出される文字に、きょとんと瞳を瞬かせる。
もしかして、これは新たなる冒険の始まり―――?
fin.
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い/魔法使い】
【1449/綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)/女性/23歳/都立図書館司書/戦士】
【0638/飯城・里美(いいしろ・さとみ)/女性/28歳/ゲーム会社の部長のデーモン使い/僧侶】
【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員/魔法使い】
【3962/来栖・琥珀(くるす・こはく)/女性/21歳/古書店経営者/格闘家】
【整理番号/PC名/性別/年齢/職業/今回のゲーム内職付け】
*ゲーム内職付けとは、扱う武器や能力によって付けられる職です。
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■ ライター通信 ■
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Fairy Tales最終話、〜伝説の地〜にご参加ありがとうとざいました。ライターの紺碧 乃空です。長いようで短く、短いようで長いこのシリーズでしたが、いかがだったでしょうか。正直僕はこういう世界大好きなので、終始ライター独自展開とさせていただいたわけですが……。皆々様、本当に最後までお付き合いくださってありがとうございます。これでFairy Talesは完結を迎えました。結構感無量です。
今回こそ個別にコメントを書いたほうがいいようなきもするんですが、なんだか当方の頭がそれに追いつかないようで、ライター通信は今回全て共同とさせていただきます。
それではまた、シュライン様に出会えることを祈って……
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