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<東京怪談・PCゲームノベル>


天才美少女呪術師黒須宵子・人食い宇宙人襲来の巻

「見せたいものがあるので、ぜひ遊びに来て下さい」
 雫が黒須宵子(くろす・しょうこ)からのメールを受け取ったのは、ある土曜日の朝だった。
 あまり知られていないことだが、二人は実は仲が良く、特に宵子は雫のことをかなり気に入っているようで、よくこういったメールを送ってくるのである。
 そして実際、宵子の言う「見せたいもの」は、見に行くだけの価値のあるものであることが多い。
 彼女の過剰な「スキンシップ」にやや閉口しつつも、雫が彼女のお誘いを断れない理由は、主にその辺りにあった。

 ところが、今回の「見せたいもの」は、さすがの雫にも全く予想できないものだった。
 宵子が連れてきたのは、かわいらしい服を着た少年と少女だったのである。
 見た目から判断する限り、どちらも雫とほぼ同じ歳か、もしくは少し年下。
 二人ともやや色白でほっそりとしており、どことなく宵子に似ていなくもない。
 だが、二人ともなぜか様子がおかしく、見方によってはおびえているようでもある。
「ね、かわいいでしょ?」
 二人を後ろから抱きしめながら、心底嬉しそうな笑みを浮かべる宵子。
 しかし、宵子に弟や妹はいないと聞いている。
 もしかするといとこか何かなのかもしれないが、宵子の性格を考えれば、どこからか連れてきた、という可能性もないとは言い切れない。
「宵子さん……この子たち、一体どうしたの? まさか……」
 おそるおそる雫が尋ねてみると、宵子は苦笑しながらこう答えた。
「昨日の夜、うちに逃げ込んできたの。助けて、助けて、って」
「本当に?」
 あまりと言えばあまりの内容に、反射的に聞き返す雫。
 すると、今度は問題の二人が口を開いた。
「ほんと、です。ぼくたち、にげて、きました」
「レダヴニ・ネイラ、から、にげて、きました」
 まるで日本語を習い始めたばかりのような、たどたどしいしゃべり方。
 それも気になったが、それ以上に気になったのが、彼らの口にした謎の単語だった。
「レダヴニ・ネイラ?」
「私もよくわからないんだけど、宇宙人か異次元人の類みたい」
 宵子はさらりとそう答えたが、それにしても、このおびえようは尋常ではない。
 雫が首をかしげていると、二人は口々にこう説明した。
「レダヴニ・ネイラ、とても、こわい、です」
「レダヴニ・ネイラ、にんげん、たべて、しまいます」
 それが本当なら、これはただごとではない。
 そんな人食い宇宙人からこの二人が逃げてきた、ということは、その人食い宇宙人が近くにいる可能性が高い、ということを意味している。
「ねえ、宵子さん。これって、ひょっとしたら大変なことなんじゃ」
 雫が、ちょうどそこまで言いかけた時。
 突然部屋のテレビの電源が入り、スピーカーから声が聞こえてきた。
『我々が、そのレダヴニ・ネイラです。
 その二人を、我々に返してはいただけないでしょうか』
 どうやら、何らかの手段でテレビをジャックしているらしい。
 映像までは掌握できなかったのか、それともただ単に自分たちの姿を見せたくないのか、画面にはホワイトノイズが映し出されている。
 雫はどうしたものかと思ったが、とりあえず、テレビに向かってこう尋ねてみた。
「返すって、そもそもあなたたちがこの二人をさらったんじゃないの?」
 すると、少しの間をおいて、こんな返事が返ってくる。
『その二人は、私たちの養殖場で生まれたものです。
 彼らの両親も、そのまた両親も、皆私たちの船の中で生まれています』
 どういう仕組みになっているのか知らないが、向こうにはこちらの声が聞こえているらしい。
 しかし、それ以上に驚いたのは、相手の返答の中身だった。
『我々は、あまり他の知的生命体の文明に干渉することを好みません。
 その二人の祖先も、もう千年以上も前に、沈みかかっている船から拾い上げたもので、我々が関与しなくても、あなた方の世界には存在していなかったはずです』
 彼らの話が本当だとすれば、彼らが二人の所有権を主張することにも、それなりの根拠があるといえる。

 だが、その説明では宵子は納得しなかった。
「そうだとしても、食べられるとわかっていながら、この子たちを返すことはできません」
 確かに、返せば食べられると知りつつこの二人を返すのは、決して気分のいいものではない。
「そうそう。どうして、わざわざ人間を食べようとするわけ?」
 雫がその点について質問すると、彼らは落ち着いた口調で答え始めた。
『我々は、ただ単に身体を構成する成分を摂取するだけでなく、魂を構成する――あなた方の言葉で近い言葉を探すならば、精神的、もしくは、霊的、とでもなるでしょうか――とにかく、そういった成分をも食事によって摂取しています。
 それ故、ある程度高度な生物でなければ、我々の栄養源とはなり得ないのです』
 そのような成分がはたして実在するのかどうかは雫にはわからないが、実在すると仮定すれば、それなりに説得力のある説明ではある。
『その点で、人間は実にいい栄養源なのです。
 魂のレベルで言えば決して高くはないのですが、他の高等生物に比べて飼育しやすく、寿命が短いせいか繁殖速度も比較的速い』
 なにやらずいぶんとひどい言われようではあるが、何にせよ、彼らにしてみれば全て正当な理由のあることらしい。

 それでも、やはり雫は二人を返そうとは思えなかった。
「まあ、筋は通ってるけど……やっぱり、『はい、そうですか』とは言えないよ」
 もちろん、宵子は雫以上に強硬に反対する。 
「理由はどうあれ、食べるというならこの子たちは返せません! 二人とも今日からうちの子です!」
 二人を抱きしめ、きっとテレビを睨みつける宵子。

 しばしの沈黙の後、スピーカーから呆れたような声が聞こえてきた。
『現時点での、これ以上の交渉は無意味なようですね。
 三日待ちましょう。それまでに彼らを我々に返すかどうか決めて下さい。
 返すというのであればそれでよし、返さないというのであれば……我々も、今までの方針を改める必要がありそうですね』

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

  海原みその(うなばら・みその)が雫を見かけたのは、その日の夕方だった。
 いつも元気いっぱいの彼女が、今日は妙に暗い表情をしている。
「雫様? どうかなさったのですか?」
 みそのが歩み寄って声をかけてみると、雫は驚いたように顔を上げ、みそのの姿を認めて少し困ったようにこう言った。
「みそのさん? 実は、ちょっと大変なことになっちゃって」
 大変なことというのがどんなことかはわからないが、いろいろと「面白そうなこと」に首を突っ込んでいる雫のことだから、彼女の言う「大変なこと」も、きっと「大変だけれども面白いこと」に違いない。
 そう考えて、みそのは詳しい話を聞いてみることに決めた。
「もしよろしければ、話してみて下さいませんか? 何か力になれるかもしれません」





 雫の語った内容は、みそのの想像した以上に「面白いこと」だった。
 レダヴニ・ネイラと名乗る人食い宇宙人に、彼らが千年前に引き上げたという船、そしてその乗員の子孫である「養殖された人間」たち。
 これは、「御方」へのいいお土産話になるかもしれない。
「わたくしにお手伝いできるかどうかわかりませんが、一緒に対策を考えさせていただけますか?」
 みそのがそう言うと、雫はすぐに首を縦に振った。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 その翌日。

 雫と榊船亜真知(さかきぶね・あまち)、そしてみそのの三人は、今後の対応を協議するため、宵子の家に集まっていた。

 本題に入る前に、三人の中で唯一宵子と初対面のみそのが自己紹介をする。
「はじめまして、海原みそのと申します」
 みそのが深々と一礼すると、宵子も軽く頭を下げてそれに応じた。
「黒須宵子です。よろしく」

 すると、その様子を見ていた雫が、不思議そうな顔をした。
「あれ? 宵子さん、みそのさんにはぎゅってしないの?」
 その疑問に、宵子は少し首をかしげながらこう答える。
「ん〜……みそのさんは、ちょっと違うの。
 どっちかというと、ぎゅってしたくなるより、見とれちゃう感じかな」
 確かに、みそのは年の割に背も高く、体つきも「大人の女性」といった感じで、雰囲気もどことなく大人びている。
 知らない人から見れば、年の割に小柄で幼く見える宵子より年上に見られてもおかしくはないくらいだ。
 そんな彼女は、宵子にとって「妹のような存在」とはなりえないのだろう。
 雫も同じように感じたのか、納得したようにこう言った。
「あたしも何となくわかるなあ。これであたしより年下なんて思えないよね」
 さすがにそれは予想外だったらしく、宵子がビックリしたような声を上げる。
「ええっ!? 一体何を食べたらそんなに発育がよくなるんですか?」
 そんな彼女に、みそのは微笑みながらこう答えた。
「そうですね。なんでもたくさん食べることでしょうか」
 その言葉に、みそのが見た目からは想像できないほどよく食べることを思い出し、あながち間違ってはいないかもしれないと思う亜真知であった。

 ともあれ。
 今回四人が集まったのは、そんな話が目的ではない。
 少しの間とりとめもない話をしたところで、亜真知は話を本題へと戻した。
「レダヴニ・ネイラの正体について調べてみましたが、どうやら彼らは異次元人のようです」
 昨日、本体であるところの星船とリンクしていろいろと調べてみたところ、この次元ではなく、ここと隣接する次元に、それらしい異次元人がいることが確認されたのである。
「彼らの故郷の星は他の種族の攻撃によって破壊され、その際運良く星を離れていた十数隻の移民船が、安住の地を求めてあちこちを飛び回っているそうです」
 その亜真知の説明に、雫が表情を曇らせる。
「まさか、地球に攻めてくるつもりなんじゃ……」
「もともと彼らは理知的な種族だと言われていますが、人間を『養殖』しているなどという話を聞くと、その可能性も否定できませんね」
 今回、こうして交渉を申し込んできたということは、こちらを対等に、とまではいかずとも、少なくともある程度以上には尊重すべき理性と文明を持った相手として見てくれている可能性が高い。
 とはいえ、その相手が「自分たちが普段食べているもの」と同じだとしたら、「安住の地を得る」という自分たちの悲願を先送りにしてでも保護するべきだと考えられるだろうか?
 それに関しては、亜真知も全く自信がなかった。

 次に口を開いたのは、宵子だった。
「昨日、あの子たちに逃げ出してきた時の話を聞いてみたんですけど。
 食べるために別室に連れて行かれそうになったところで、船が揺れて、床下に落っこちて。
 その床下を無我夢中で逃げ回っていたら、うちの裏庭の藁の山の上に落ちた、って言ってました」
 宵子の話した内容は、亜真知が探ってみた限り、確かに少年たちの記憶とも一致している。
 しかし、これもよく考えてみると何かがおかしい。
 具体的に言えば、あまりにも「ありそうもない幸運」が重なりすぎているのだ。

 いいタイミングで船が揺れた幸運。
 通路の通風口とおぼしき部分の蓋が外れていて、運良く床下へ落ちられたという幸運。
 床下から船外へ通じる出入り口の鍵が開けっ放しになっていたという幸運。
 落ちても怪我をしないような藁の山にたまたま落ちられた幸運。
 さらに言うなら、彼らが食べられそうになったのが、船が宇宙空間にいる時でも、海の上を飛行中でもなく、たまたま東京上空を、それもかなりの低空飛行で飛んでいる時だったという幸運。
 これだけの幸運が重なる可能性は、もはや天文学的に低い。
 それよりは、むしろ彼らが「偶然を装って逃がされた」可能性の方がはるかに高いだろう。
 けれども、もしそうだとすると、今度はその理由がわからない。
 この二人を囮にして、霊力の高い人間を釣ろうとしている……ということも考えてはみたが、彼らがそんなまどろっこしいことをする理由としては、さすがに弱い。

 亜真知が首をひねっていると、今度はみそのがこんな事を言い出した。
「それにしても、あのお二人は先ほどからずっと脅えていらっしゃるようですが」
「初めて会うみそのさんが怖いんじゃない? 初対面の時は亜真知さんも怖がられたんだし」
 雫のその何の気なしの一言に、亜真知は昨日の二人の様子を思い出し、ふとあることに気づいた。

 この二人の性格は、きわめて臆病かつ消極的。
 そんな二人が、例え数多くの偶然が味方したとしても、危険を冒して脱出しようなどと考えるだろうか?
 あるいは、食べられるかも知れないという恐怖で、半ばパニック状態になっていたのかもしれないが、そうでなければ、恐らく彼らはチャンスがあっても逃げ出そうなどとは思わなかっただろう。

 となれば、やはり、彼らは何らかの意図を持って「逃がされた」のだ。
 その意図が何であるかはわからないが、今さらあの二人を見捨てるわけにもいかないし、そもそも宵子がそんなことを承諾するはずがない。

 かくなる上は、相手の思惑に乗ってみるより他はあるまい。
「ほら、みそのさんは怖くないですよ〜。
 みそのさん、よかったらこの子たちの頭を撫でてあげて下さい。そうすると安心するみたいなんです」
 宵子に抱きしめられたまま、おとなしくみそのに頭を撫でられている二人を見て、亜真知は改めてそう決意したのだった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 そして、いよいよ約束の日が来た。

 レダヴニ・ネイラは三日後のコンタクト方法を指定してこなかったが、前回がテレビを通じてだったことを考えると、恐らく今回も同じ方法である可能性が高い。
 そう考えて一同がテレビの前で待機していると、正午を少し回った頃に、突然テレビの電源が入った。
『皆さんお揃いのようですね。
 それでは、約束通り三日前の返事を聞かせて頂きましょう』
 スピーカーから、とても異次元人が話しているとは思えないほど流暢な日本語が聞こえてくる。

 けれども、亜真知はそれには答えず、逆にこう聞き返した。
「率直にお尋ねします。あなた方があの二人にこだわる理由は何です?」
 本当に人間の養殖ができているというなら、二人くらい逃げ出したところでどうということはないはずです」
 数ある矛盾点の中でも、もっとも気になったのは、やはりこの点だった。
 彼らの狙いが何であれ、この問いに対する答え方で、ある程度それがわかるだろう。
 そう考えて、亜真知は静かに彼らの答えを待った。

 と。
 スピーカーから、なにやらノイズのような音が聞こえてきた。
 おそらく、みそのや宵子たちには、ただのノイズにしか聞こえてはいないだろう。
 けれども、亜真知にはそれが彼ら本来の言語であることが、すぐに判った。

(我々の言葉がわかりますか。わかるなら右手で左手の甲に触れてみて下さい)

 レダヴニ・ネイラが、彼ら自身の言葉で語りかけてきたことの意味は二つ。
 一つは、彼らが亜真知の正体について、ある程度以上に知っているということ。
 そしてもう一つは、この場にいる他の面々には聞かれたくないような話をしようとしているということである。
 その内容までは想像できないが、いずれにせよ、これを断る手はない。

 亜真知が言われた通りに左手の甲に触れると、スピーカーから日本語と「彼らの言語」が交互に聞こえてきた。

『確かに、二人減るくらいのことはどうということはありません。
 しかし、ただ減ったのではなく、逃げ出したということが問題なのです』
(あなたはこの星の方ではありませんね?
 あなたの存在は実に計算外でした……とはいえ、我々はこの計画を中止するわけにはいかないのです)

 みそのたちにはあくまで亜真知の問いに答えているように思わせつつ、その合間合間のノイズに見せかけて彼らは話を続ける。

『絶対に逃げられない、仮に逃げ出しても決して逃げ切れはしない。
 そう思いこませておくことは、養殖動物の逃亡を阻止するのに大いに役立ちます』
(あなたが地球人に対して好意的であることは判りましたが、あなたが地球人を信じるのであればこそ、今回は手を出さないでほしいのです)

 そんなことを言われても、理由もわからずにはいそうですかと引き下がるわけにはいかない。
 そう言い返そうとして、亜真知はふとあることに気がついた。
 向こうは機械を通じてであるから、多少ノイズのような音が出ても誰も気にしていない。
 ところが、生身である亜真知がそんな音を発したら、誰だって不審に思うだろう。
 かといって、ここで音の出そうな機械を取り出してごまかす、というのもあまりにも不自然だし、一応彼らの文字も書けるには書けるが、この状況で突然わけのわからない落書きを始めるというのも、どう考えてもおかしい。
 いっそ普通に日本語で応じてしまうという手もあったが、それでは彼らの「日本語での」答えと全く話がかみ合わない。
 つまるところ、みそのたちに怪しまれずにこちらの意志を伝える方法が見あたらないのである。
 やむなく、亜真知は不服そうな表情を作ることで相手にさらなる説明を促すことにした。

 今まで黙って話を聞いていたみそのが口を開いたのは、ちょうどその時だった。
「だいたいのお話は雫様から伺っていますが、いくつか質問させて頂けますか?」
『どうぞ』
 レダヴニ・ネイラが快諾するのを受けて、みそのはこんな質問を口にする。
「皆様方がこの二人のご先祖様を船から引き上げた時の事情については、あまりよく存じ上げないのですが……もし『自分たちが千年前に船から引き上げた者の子孫だから、自分たちに所有権がある』というのであれば、今ここにいるお二人に関しては、やはり引き取った者、つまり宵子様に所有権があってもいいのではありませんか?」
 なるほど、確かに着眼点はよかったが、レダヴニ・ネイラはすぐにこう反論してきた。
『そうとも言えませんね。
 我々が彼らの先祖を引き上げた時は、我々の関与がなければ彼らは皆間違いなく海の藻屑と消えていました。彼らを我々が連れ去ろうと、そのままにしておこうと、我々以外のいかなる文明にも直接的影響は与えないわけです。
 それに対して、今回のケースでは、その二人はあなた方の関与がなければ我々によってすでに回収されていたはずです。あなた方が関与したことによって、我々は得られるはずのものを得られていない。あなた方の行動は我々に影響を及ぼしているのです』
 その「建前」に続けて、再びノイズに擬態した彼らの「本当のメッセージ」がくる。
(我々とて、他の知的生命体を――もしも違った出会い方をしていれば、あるいは友人となれたかもしれない存在を喰らいながら生きていくことは辛いのです。けれども、そうしなければ我々は生きていくことはできない。だからこそ我々は――)
 彼らの「メッセージ」は、そこで途切れた。
 いや、途切れさせられた、というべきだろうか。

「異議あり! その説明には矛盾があります!」
 突然、宵子が大声を張り上げたのである。
 彼女たちにメッセージの内容を知られぬようにノイズを装ったことが、どうやらここでは裏目に出たらしい。
 ともあれ、宵子はそんなことには全く気づかず、少し芝居がかったポーズでテレビを指さして猛然と反論を開始した。
「千年前のケースでは、『あなた方が』『地球文明から』『船の乗員を』連れ去ったわけですね?
 この時点で、船の乗員はすでに『地球文明から』切り離されていたから問題ない、と。
 それはいいとしましょう。問題は、今回のケースに対するそちらの認識が間違っていることです!」
『どういうことです?』
「あなたの説明だと、今回のケースは『私たちが』『あなた方から』『この二人を』奪おうとしているかのように聞こえますが、実際はその逆で、『あなた方が』『私たちから』『この二人を』連れ去ろうとしている――つまり、千年前のケースと反対なのではなく、千年前のケースと同じ構図なんですよっ!」
 あたかも敏腕弁護士か何かのように熱弁を振るうその姿は、普段の宵子からはとても想像できない。
 雫たちが目を丸くしている中で、宵子はさらに勢いづいて自らの主張を展開した。
「この二人は、私に助けを求めてきた時点で、私というこの地球文明の一員によって認知されました。その瞬間をもって、この二人は私たちから、そして地球文明から切り離された存在ではなくなったんです!」
 さすがに「たかが建前」に対してここまでの反論がくることは予想していなかったのか、レダヴニ・ネイラが言葉につまる。
 それを「論破した」と受け取って、宵子は最後にきっぱりとこう宣言した。
「よって、この二人は最初に逃げ込んできた時からずっとうちの子です! 以上!!」

 見事な弁論を終えた宵子に、雫から、そして少年たちから拍手が送られる。
「宵子さんかっこいい! ドラマの主人公みたい!」
 目を輝かせる雫に一度微笑みかけてから、宵子はみそのの方に向き直った。
「みそのさんが突破口を開いてくれたおかげです。ありがとうございました」
 彼女が深々と頭を下げると、みそのは微笑みを浮かべたままこう答えた。
「わたくしは疑問に思ったことを質問しただけですが、それがお役に立てたのでしょうか?」
 そして、テレビの方に向き直って、さらにこう続ける。
「よく考えてみれば、このお二人が『逃げ切った』ということは、皆様とわたくしたちしか知らないことなのではありませんか?
 だとすれば、このお二人が『逃げ切れなかった』ことにしておくことは、そう難しくないのではないでしょうか?」
 確かに、現時点ではあの二人が逃げ切れなかったという証拠もないが、逃げ切ったという証拠もない。
 もし「養殖」されている人々が、逃げてきた二人のように臆病で、物事を悲観的に考える癖がついているとしたら、レダヴニ・ネイラが「あの二人は逃げ切れなかった」と宣言するだけで、それを信じ込む可能性は極めて高い。
 連れ戻さなかったことについては、「逃亡したから処刑した」でも、「捕まえた時点で食べてしまった」でも、なんとでも説明はつくのだから。





 しばしの沈黙の後。
 スピーカーから、再びノイズのような音が聞こえ始める。
(全ては無事に終わりました。あなた方にとっても、そして我々にとっても、最良に近い結果が出たものと確信しています)
 その言葉は聞き取れても、その意味するところまでは、亜真知にもわからなかった。
 亜真知は何らかの手段でその真意を問いただそうと考えたが、彼女がそうするよりも早く、今度はみそのたちに向けた返事が聞こえてきた。
『わかりました。その二人はあなた方のもとに残しましょう』
 皆の顔に、歓喜の表情が浮かぶ。

 次の瞬間、突然テレビの電源が切れ、それっきりレダヴニ・ネイラの声は聞こえなくなった。

 一体、彼らの本当の狙いは何だったのだろう?
 いくつかの謎は残ったが、信じられないといった表情で顔を見合わせている少年たちや、喜び合う宵子と雫、そしてそんな彼女たちを微笑みながら見守るみそのの姿を見ているうちに、そんな些細なことはどうでもいいような気がしてきた。

 なにはともあれ、全ては無事に終わったのだから。

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「……以上が、今回の『実験』の結果です」
 映像が終わるのを待って、その人物は――つい先ほどまで、「レダヴニ・ネイラ」と名乗って、「実験」を行っていた人物である――おもむろに口を開いた。

「確かに、地球人を種全体としてみた場合、互いに争い合うことをやめず、同じ過ちを繰り返し続ける彼らは、いわゆる知的生物としてはもっとも愚かな部類に入る生き物かもしれません。
 けれども、今回の結果が物語る通り、彼らの多くは弱き者を思いやる心と、相手の立場を尊重し、物事を理性的な手段によって解決しようとする知恵とを持った、きわめて善良な人々なのではないかと、そんな希望を持たずにはいられないのです」

 地球人の耳には、ただのノイズのように聞こえるであろう、その言葉。
 その言葉は、はたして「同胞たち」の耳には意味あるものとして届いているのだろうか?
 そんな不安に襲われもしたが、ここまで来た以上は、最後までやり通すしかあるまい。

「彼らは、少なくとも現時点では宇宙にとっての脅威ではなく、また、将来的にそうなる可能性は否定できないとしても、よき友人となれる可能性も同じようにあることを考えれば、今、彼らを『悪』と断じることはきわめて不適切な判断であると言わざるを得ません」

 そこで一度言葉を切り、少し間を開けて、はっきりと結論を口にした。

「よって、我々は『地球人の条件つき狩猟解禁』に反対します」

 やがて、議場の片隅から拍手が起こり、それは瞬く間に議場全体に広がった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 1593 / 榊船・亜真知 / 女性 / 999 / 超高位次元知的生命体・・・神さま!?
 1388 / 海原・みその / 女性 /  13 / 深淵の巫女

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■         ライター通信          ■
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 撓場秀武です。
 この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。
 また、ノベルの方、大変遅くなってしまって申し訳ございませんでした。

・このノベルの構成について
 このノベルは全部で五つのパートで構成されております。
 そのうち、二つめのパートにつきましては、亜真知さんとみそのさんで違ったものになっておりますので、もしよろしければもう一つのパターンにも目を通してみていただけると幸いです。

・タネあかし
 一応必要なことは本文中で全て書けたとは思いますが、いくつか補足を。
 知的生物を食さなければ生きていけないレダヴニ・ネイラは、彼ら自身、その定めに苦しみ続けてきました。
 そこで彼らは、どうにかして食べられる側に「相応の理由」を見つけ、良心の呵責をごまかしていたのです。
 今回の騒動は、彼らの数が増えてきたことによって、食糧が不足してきたことがそもそもの原因です。
 彼らは食用として養殖していた生物の一部についての「条件つき狩猟解禁」を検討し始め、そのリストの中には地球人の名前も挙がっていました。
 そして、それに反対する者たちは地球人に「相応の理由」があるかどうかを見極めるための実験を提案し、それに基づいて今回の「実験」が行われた、というのがこの話の真相です。

・個別通信(海原みその様)
 今回はご参加ありがとうございました。
 みそのさんの描写の方、こんな感じでよろしかったでしょうか?
 なお、プレイングにあった「地球上の某所で死にかけている人間でも〜」という部分に関しましては、展開上それを言い出す必要がなかったことと、それを言ってしまうと最後の結論が正反対のものになってしまっていた可能性が高いことから、申し訳ございませんがノベルの方へは反映させないこととさせて頂きました。
 もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。