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<東京怪談ノベル(シングル)>


ミニチュアの町と不思議な学校



 八月。
 夏休みだからあたしも家でのんびりとして――いるのではなく、今日は水泳部に出るため学校に顔を出している。
 普段は忙しくてあまり部活に出られない分、夏休み中はサボらないようにしないといけない。
 それに今は暑いもの、部活でなくても、プールで泳ぐのは気持ちが良い。
 無事部活を終えると、あたしは急いでシャワーを浴びた。湯汗も乾かないうちに制服を着て、体育館へ向かう。これから演劇部の練習があるのだ。

 渡り廊下を渡るとき、校庭を走っていている生徒たちが眼に入った。
(バスケ部の人かな)
 その向こうにいるのは野球部の人たちだよね。ユニフォーム着てるからすぐ……あ、卓球部が素振りしてる。
 卓球というと大人しいイメージがあるけれど、うちの学校の卓球部は強いこともあって、練習もハードなのだ。
 あたしの学校は他と比べて部活が盛んだ。種類も多くて、中には「何をするんだろう?」と首を傾げてしまう名前の部活もあるくらい。“雑学部”はまだ想像がつくけれど、“にゃんころ部”って何をするのかなと、あたしは不思議に思っている。馬鹿馬鹿しいような名前でも、真面目に活動している……らしい。内容は不明だけど。
 運動系で熱心な部活は、夏休みには泊り込みで練習する。校舎の隣に小さな寄宿舎があるんだけど、数駅先にはもっと大きなものがある。

 体育館に入ってみると、演劇部の人が移動するところだった。発声練習と気分転換を兼ねて、部長の提案で今から屋上へ行くらしい。
 部員の人とお話をしながら階段を上って屋上へ行くと、そよ風が胸元をくすぐった。早朝まで降っていた雨のお陰で、いつもより涼しい。
「やっぱり屋上だと見晴らしがいいな。遠くまで見えるしね」
「それって近くにビルがあんまりないだけじゃない?」
「あははっ。まー適度に地味な町並みだよね」
 先輩たちはそういって快い声で笑う。
 適度に地味――……変な表現だけど、この町には合っている気がする。新宿へ出るのに苦労しない場所なのに、時間の流れがゆっくりしていて、のどかなところもあった。電車なんかが特にそう。小さい頃、電車を間違えて乗ったときがそうだった。ガタン、ゴトン、一両目から景色の動くのを見ていると、いつもの町とは違う、どこかの知らない田舎へと向かっていくような思いがした。
 あたしたちが住んでいるのは、市の中でも、たくさんのお店が並んで栄えている駅と、中継点として降りる人の多い、大きな駅の近くにある小さな駅だから……そのこじんまりした感じが、この町の雰囲気を作り出しているのかもしれない。
「ほら、みなもちゃんもこっちおいでよっ」
「はいっ」
 校庭と背中を向けた方向――緑の濃い木々や、小さな本屋、遠くにはビルが見える。それがみんなミニチュアみたいに、ちんまりとあるのだ。どこにもあるような景色だけに、それらは可愛く見えた。
「あっ。あのパン屋さん……」
「あれがどうかしたの?」
 先輩が不思議そうにあたしを見た。それは、とてもありふれた、個人経営の小さなお店だったから。
「前にこうしていたときも、このパン屋さんを見つけたなぁって」
 やんわりと記憶が甦ってきた。

 小学校五年生のとき――なんていうと随分古そうに聞こえるけど、一昨年なんだよね――あたしたちのクラスでは、夜、学校の屋上で星を見るイベントがあった。
 小学校の屋上ってそうそう上れないし、おまけに夜だったから、クラスは盛り上がった。実際は、勉強離れを防ぐ一環として出来た授業だったみたいだけど。
 低学年程ではないけれど、まだクラスには苦手な男子がいたから、あたしは早めに学校に着いていた。……行く途中でその男子たちの集団に会うのが、少し怖かったのだ。
 屋上には、先生一人。すぐあとに友達が来た。
 「見ててごらん」という先生の言葉に促されて、三人で夕暮れから夜に映る景色を眺めていた。
 ずっとここに住んでいるけれど、鳥みたいに上から見下ろすのは初めてだった。
 まず線路が夜にぼやけていった。あたしが間違えて乗車した小さな電車も見えにくくなっていって、そのあとにはポツポツと、ウサギの足跡みたいに可愛らしい電灯の光がついていった。
「……あ」
 そのとき、あたしの眼にとまったのがあのパン屋さんだった。
 数日前、そこの店主のおじさんが「ベーカリーの“カ”が取れちゃってさァ」とぼやいていたけど――。
 オレンジ色で線香花火みたいに浮かんでいる、“べー リー”の文字。
 それがやたらとおかしくて、友達と先生と一緒に吹き出した。笑顔って不思議で、さっきまで感じていた微かな恐怖も、夜に馴染んで消えていったのだった。

「町は地味だけど、その分この学校って変よね」
「そうそう。謎が多いし」
 と先輩たち。
(うーん、確かにそうかも)
 ここが私立ならまだ分かるけれど――この学校は公立。
「設備もそうだけど、他にも、お金かけてるじゃない?」
 その通りだった。制服や体操着にしたって、一見ありふれたものに見えるものの、セミかフルオーダーで作られている。だから、サイズが合わなくて制服がブカブカだったり、逆にきつそうだったり――なんてことはない。特に水着なんかは肌に密着している感じがする。
 部費にしたって、他の公立学校ではこんなに出せないらしい。結果を残せた部は勿論、他の部も部費のことでもめることもないし。
 それなのに、公立だから学費は安いのだ。
「噂だとさ、多国籍大企業がバックに付いているらしいよ」
「それ聞いたことある! 進学とか留学とか、就職先まで関わっているとか……」
「そうなんですか?」
 何でそんな企業がうちの学校に?
「他の学校より設備も進学のことも良いんなら、それを生かさないと損だよね。きっと」
「そうですよね……」
 相槌を打ちつつ、あたしはちゃんとそれが生かせているのか考えてしまう。先輩も同じみたいだ。
「でも何をどう頑張ればいいんだか……」
「教えてあげようか?」
「?」
 ふいに別の声がしたと思ったら、
「きゃっ」
 あたしたち三人とも、後ろからいきなり抱きしめられた。
「それは部活よおお! あんたたちここに何しに来たか忘れてるでしょ!」
「わ、忘れてました…………」
「まーったく二年までサボっちゃって。次のときは腹筋十回追加ね。さ、海原さんも発声練習やるわよ」
「はいっ」
 恥ずかしくなりながら返事をして――町並みから眼を離した。
 この町が好きで、この学校で良かったなとも思うけれど、それを生かすだけの夢はまだなくて。
 ……夢が見つかるように、頑張ろっと。

 発声のときに顔を上げたら、雲のない空が見えた。




終。