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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


踊り場での神隠し

「あら……」
 いつものように登校して、霧杜ひびきは足を止めた。いつも使う階段がロープで閉鎖されているのだ。そのロープにぶら下げられた紙には「ペンキ塗り立て」と書かれている。が、見てもペンキが濡れている様子はないし、第一あの独特の匂いがしない。
「いたずらかなぁ? 変なの」
 呟きながらも、ひびきは校舎の反対側に回った。少々回り道をしたくらいで遅刻をするような時間に登校するひびきではない。
 教室のドアを開けると、既に来ていた生徒たちが何やらざわざわと騒いでいる。
「あ、ひびき、おはよう」
 級友の1人がひびきに気付き、声をかけてくれた。
「おはよう。……何かあったの?」
 問い返せば、級友は興奮した様子で答えた。
「それがうちのクラスの上畑君、消えちゃったんだって」
「消えた?」
 その不穏な言葉にひびきが首を傾げると、さらに数名の少女たちが集まって来て、口々にしゃべり始める。
「そう、そこの踊り場で。神隠しにあったみたいに」
「やっぱりあれじゃない? 七不思議の。あそこの階段でしょ?」
「ああ、階段が増えてるのに気付いたら引きずり込まれる、ってやつ?」
「え? 減ってたら、じゃないの?」
「あそこの階段だっけ? 逆っ側じゃなかった?」
「鏡のある階段なら、って聞いたよ、私」
 小鳥がさえずるように繰り広げられる話を、ひびきは黙って聞いていた。
 階段の段数が変わることがある、というのは七不思議の内容としてごくありふれたものだが、それに今回の失踪がからんでいる、ということらしい。そして、気になるのは「鏡」だ。
 よし、調べてみよう、と思ったところでチャイムがなり、教師が入ってくる。生徒たちはばたばたと音をたてて自分の席に着いた。問題の植畑の席だけが、ぽつんと1つ空いている。失踪が真実かどうかはともかくとして、少なくとも今日、学校には来ていない。
 ひびきは廊下側窓際の自分の席に着くと、静かに窓を開けた。退屈な授業を始めた教師が黒板の方を向いた隙に、窓枠に手をかける。
 マジシャン、霧杜ひびきのこの身のこなしをごらんあれ。――いや、今は見られたらまずいのだが――。
 ひびきはひらりと身軽に窓枠を乗り越えた。音もたてずに着地すると、そのまま教室を後にし、現場へと向かった。
「ペンキ塗り立て」のロープをまたぎ、階段を降りて鏡の前に立つ。鏡の中からは、銀髪の小柄な少女がひびきを見つめ返していた。大きな鏡は、ひびきの全身を映してなお、その外側に校舎内の様子をも映していた。今は階段の向こうに続く廊下を映しているが、少し立ち位置を変えれば、階段そのものを映し出す。それは延々と続いているように見えた。
「この鏡の中に吸い込まれちゃったとかあるのかな」
 ひびきは小さく呟いた。それに答えることはなく、鏡はただ静かにそこにある。何か「霊」でもいるかもしれない、と思ったひびきだったが、それらしき存在は見当たらなかった。
 鏡の下の方には『平成元年度寄贈』という文字が書かれている。今から16年前、ひびきが生まれた頃くらいからこの鏡はここにあるということだろうか。
 その頃に、何かここであったのかもしれない。ひびきはその足で図書室に向かった。図書室に着くと、歴代の新聞部の部誌を引っ張りだした。学園内で起こった事件や事故は全てこれに記録されているはずだ。鏡が寄贈された平成元年から今までを中心に、注意深く記事を読み込んで行く。
 けれど、鏡や踊り場関連と思われる事故や事件は全く見られなかった。けれど、平成元年には、失踪事件が3件、その前年には2件起こっている。情報がなくて失踪した場所までは特定されていないが、ひょっとしたら今回と同じように踊り場だったのかもしれない。
 その事実を頭に叩き込み、ひびきは席を立った。と、それを待っていたかのようにチャイムが鳴る。ふと時計を見てひびきは思わずうめき声を漏らした。今のチャイムは昼食時間を告げるものだったのだ。

 教室に戻って手早く昼食を済ませ、調査を再開しようと再び教室を出たところで。
「なああんた、あの踊り場の鏡のことで何か知ってない?」
 ふと耳に留まった声に、ひびきは足を止めて振り向いた。通りすがりの生徒を捕まえては同じ質問を繰り返す、軽い口調の声の主は金髪の男子生徒だった。確か、隣のクラスの桐生暁(きりゅうあき)だ。彼も今回の失踪について調べているのだろうか。どうやら聞き込みの収穫はなかったらしい。相手を解放した暁の目がふとひびきに向けられる。
「なああんた、あの踊り場の鏡のことで何か知ってない?」
 つかつかとひびきに歩み寄り、暁は同じ質問を繰り返した。
「知ってるってほどのことはないけど、少し調べたことなら話せるわよ」
 そう答えると、たちまち暁は相好を崩した。馴れ馴れしいくらいの笑みをその整った顔を浮かべる。
「おっ。さっすが。ちょっとおっしえて欲しいなぁ〜」
 と、そこへ。
「失礼します。桐生暁さんですか?」
 老練ささえ伺わせるような丁寧な物腰で、細身の男子生徒が話しかけてきた。その隣には、連れと思しき、見るからに体育系といったような、体躯の良い男子生徒が快活な笑みを浮かべている。
「そうだけど?」
 暁は笑みを崩さずに、その生徒の方を振り向いた。
「失踪事件のこと調べてるんだって? 俺らもちょうど調べてるとこなんだが」
 今度は大柄な方の男子生徒が口を開いた。
「うん、じゃあ一緒にってことで」
 あっさりと暁はそれに頷く。
「私も加えてもらえる? 私は霧杜ひびき。消えた植畑君と同じクラスなの」
 当然、協力者はいた方が良い。ひびきはさっそく自己紹介をした。
「ああ、もちろん。俺は早津田恒(はやつだこう)。ここの三年だ。よろしく」
 向こうの思惑も同じらしい。つられたように、大柄の男子生徒も名乗った。
「俺は、櫻紫桜(さくらしおう)と言います。一年生……」
 促すような視線を細身の男子生徒に向けると、彼も自己紹介をすべく口を開いた。が、その瞬間、ひびきの頭の中で、ぴこんと音を立てて豆電球が灯る。
「あなた、ここの人じゃないでしょ」
「えっと……」
 降って湧いたひらめきを口にすれば、紫桜は戸惑いを顔に浮かべた。どうやら図星らしい。事件の噂を聞きつけて、神聖都学園に潜り込んでいるのだろう。
「大丈夫、大丈夫。言いつけたりしないから」
 別に糾弾したいわけでもない。ただ言ってみたかっただけなのだ。ひびきはにこにこと手を振った。それを待っていたかのように、授業開始5分前の予鈴が鳴る。
「紫桜ちゃーん、神聖都来た記念に俺の代わりに授業に出ない? ほら、金髪にしてカラコン入れたらわかんないよ? 体格だって似たようなもんだし」
 今度は暁が紫桜の肩を叩く。
「いや、一秒でばれると思いますよ……」
 律儀に答えた紫桜が困惑顔になる。まあ、それはそうだろう。
「まあ、とにかく続きは放課後に。ここに集合でいいか?」
 そんな彼をかばうかのように恒が言って、その場は一旦お開きとなった。

 放課後。打ち合わせ通りに集まった4人は、現場となった踊り場へと向かいながら、互いに情報交換をした。
 失踪事件と七不思議の関連がまことしやかにささやかれているものの、少なくとも生徒たちの記憶にある限りでは、今回以外に誰かが消えたという話はないということ。踊り場の鏡が設置されたと思われる年とその前年に、生徒が失踪する事件が数件起きていること。これらの失踪と鏡の関連は定かではないが、否定する材料もないということ。
 問題の階段に着いた4人は「ペンキ塗り立て」のロープをまたぎ、大きな鏡の前に立った。4人が生まれた頃からここにあるという鏡は、壁に数カ所太いボルトで固定されていた。が、さすがに壁がやせてきてボルトがゆるみ、よく見れば鏡は数センチ壁から浮いていた。
「やっぱりこの鏡、臭うんだよなぁ」
 暁がじろじろと鏡を覗き込む。
「ま、鏡には悪魔がいると言うけどな」
「そういうものは見えないんですけどね……」
 軽く呟いた恒に、ひびきも首をひねった。紫桜は無言で立ち位置を変えては、いろいろな角度から鏡を覗き込んでいる。
「その、消えたって時と同じふうにしてみない? 俺が誰かの半歩後ろを歩くからさ。部活終わった後って言ってたから、それくらいの時間になったら」
「それも良いんだが、どうも『引きずり込まれた』っていうより、空間のひずみに落ちたって感じに聞こえるんだよな」
 恒が頷きながらも、腕を組んで考え込むように口を開く。
「例えば、鏡に映る階段の数と、こっち側で見えてる階段の数が違ってて、落ちた奴はそれに気付いて足元を踏み外したんじゃないの? ほら、普通は階段下りる時って足元見てるから、鏡見ながら下りることってあまりないだろ?」
 ひびきは、恒の言葉に、なるほどと頷いた。確かに鏡で足元を確認しながら降りることはめったにないだろう。「階段の段数が変わっていることに気付く」ことだけが条件なら、もっと失踪がひんぱんに起こって大問題になっているはずだということが気になっていたのだ。けれど、これなら納得もいく。
「俺もそれ、気になってました。どうも鏡に映る階段に違和感を感じて……」
 紫桜も恒の言葉に頷いた。
「んじゃ、さっそく試してみっか」
 恒は階段を数段上がって振り向くと、鏡を見ながら歩き出した。一段、二段、三段、と一歩ずつ降りて行く。が、突如、宙を踏みしめて、恒は大きくバランスを崩した。
「おわっ」
 その声を残したかと思うと、恒の姿は跡形もなく消えていた。
「消えた……ね」
 予想はしていても、いざ自分の目の前で起こってみると結構びっくりするものだ。ひびきは思わずぽつりと呟いた。
「早津田ちゃん、大正解!ってか」
 その隣で暁がおどけた。
「俺も行きます」
 紫桜が緊迫した顔で階段に足をかける。
「紫桜ちゃん、あなた1人を行かせはしないわっ! ……俺も行くよん」
 胸の前で手を組み、瞳を潤ませて芝居っけたっぷりに叫んだ後で、暁もにやりと笑った。
「じゃあ、私は残るね。全員で行くのもまずいだろうから」
 ひびきが言うと、2人はそれに頷き返した。先ほどの恒と同じように階段を降り、そして同じように姿を消した。
「さて……」
 残されたひびきは、油断なく鏡の前に立っていた。3人が消えたことで、鏡に何か変化があるかもしれない。
「……」
 どれくらいの時間が経っただろうか。さすがにひびきも退屈になってきた。手持ち無沙汰にいろいろな角度から鏡を覗き込む。
「あれ?」
 ふと真横から鏡を覗いた時、ひびきは鏡と壁の隙間に何やらゴミが挟まっているのに気付いた。暗い隙間に浮いているそれは、わずかな光を反射して銀色に光る。どうやらガムを包んだ銀紙のようだ。
「誰よ、こんなところに……」
 ひびきは呟きながら、溜息をつく。が、がらりと表情を明るいものへと変えると。
「さあて、お立ち会い。霧杜ひびきのマジックショー。ここに取りいだしたるものは……」
 念を込め、制服のポケットに手を入れる。再び出した手には、金ばさみが握られていた。
 ひびきは再び溜息をつき、それでガムを挟み出すと、ちょうど階上に置いてあったゴミ箱に捨てた。そして、再び踊り場に戻ろうと、階段をゆっくりと降りる。
 そこへ、上の方から慌ただしく走る足音が響いて来た。思わず振り返ったひびきの視界に、ファイルを手に、慌てた面持ちで走ってくる女生徒の姿が映る。
 彼女は、「ペンキ塗り立て」のロープに気付いて少し逡巡したようだったが、ロープの内側にひびきの姿を認めると、それを勢いよく飛び越えた。「赤信号、みんなで渡れば怖くない」という心境だろうか。
 が、いかんせん勢いが良すぎた。思った以上に跳んでしまったらしく、彼女はけつまずいてバランスを崩した。数段下の段に片足をついたものの、勢いを殺しきれずに、また数段下に反対の足をつく。そしてついに、上体が完全に空に泳いだ。
「危ないっ」
 とっさにひびきは床を蹴っていた。少女の身体を全身で抱きとめる。勢い余って少女の手が空を舞う。そのはずみに、その手にあったファイルが鏡と壁の間に挟まった。相手の体重が一気にひびきの上に乗ってくる。が、ひびきも小柄とはいえ抜群の運動神経を持っている。なんとか、踊り場に降りたところで踏みとどまった。
 と同時に、すぐ後ろに、突然恒が現れた。
「……こりゃ、お取り込み中だったかな」
 どういう意味で言ってるんだか、恒が頭をかく。
「取り込み中……には違いありませんね」
 相手の少女の身体をゆっくりと離しながらひびきは苦笑を返した。相手の女生徒は、言葉もなく恒の顔を見つめている。それはそうだろう、何もないところからいきなり体躯の良い男子生徒が現れたのだから。
 それでも少し我を取り戻しかけた彼女が口を開こうとした時、今度は暁、紫桜、植畑が次々に姿を現した。
「これ……、ひびきのマジック?」
 呆然と、彼女は立ち尽くす。
「そんなもんかも……。はい、これ」
 ひびきは鏡と壁の間にはさまっていたファイルを引き抜くと少女に渡した。
「階段ではよそ見しちゃダメだよ。気をつけてね」
「ありがとう。助けてくれて、手品まで見せてくれて」
 女生徒はにっこり笑うとそれを受け取り、階下へと姿を消した。

「びっくりしたよ、彼女がこけた途端に戻ってくるんだもん」
 ひびきは軽く肩をすくめ、先ほどの状況を説明した。が、恒たちも恒たちで大変だったらしい。何でも、向こうで植畑を見つけたまではよかったものの、あやうく帰ってこれなくなるところだったとか。それが突然戻って来られたのだが、どうやら彼女のファイルが鏡の後ろに挟まったのと同時だったらしい。
「霧杜さん、俺たちが向こうに行ってる間、鏡に何かしました?」
 紫桜の問いに、ひびきは軽く首を傾げた。
「鏡には何もしてないけど、鏡の裏にガムがはさまってたからそれを捨てたかな」
「俺たちが戻れなくなりかけたのはそのせいなのか?」
 それを聞いた恒が首をひねる。
「てーことは何? 鏡がちょっと傾いてたから、向こうとの出入り口が開いてたってこと?」
 暁が素っ頓狂な声を上げて肩をすくめた。
「そっか。何かの原因でここに空間の歪みができちゃって、それを鏡でふさいでたんだね」
 だから、失踪事件が重なった頃に鏡が置かれ、それ以降、事件は起こっていなかったのだ。得心がいった、とひびきは頷いた。
「で、誰だよ、こんなとこにガムはさんだやつ」
 暁がやれやれとばかりに首を振ると。
「あ……、俺だ」
 立ち尽くしていた植畑がぼそりと呟く。
「いや、何日か前、ガム噛みながらここ通った時、前から先生来たから慌てて紙に包んでここに押し込んで、それきっり忘れてた……」
 4人の視線を集めて、きまりわるそうに首をすくめながら植畑は頭をかいた。
「因果応報……」
 傍らで紫桜がぼそりと呟いた。

 翌日には「専門の」業者が来て、鏡と壁を直して行った。これで当分は行方不明者が出ることはないだろう。ひょっとしたら数年後には、「鏡のある踊り場でこけたら、どこからともなく人が出てくる」というのが七不思議に加わっているのかもしれない。

<了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【4782/桐生・暁/男性/17歳/高校生アルバイター、トランスのギター担当】
【3022/霧杜・ひびき/女性/17歳/高校生】
【5453/櫻・紫桜/男性/15歳/高校生】
【5432/早津田・恒/男性/18歳/高校生】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは。ライターの沙月亜衣と申します。
この度は、『踊り場での神隠し』へのご参加、まことにありがとうございました。
学校を離れて早ン年の身、今回はいろいろと新鮮な気分で書かせて頂きました。何だか前回に引き続き、お掃除(?)が出てくるあたり、私の中でただいま美化強化期間なのかもしれません。
とまれ、今回も微妙に、皆様にお届けしたノベルに違いがございます。少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

そして、階段を上り下りされる際にはくれぐれもお気をつけ下さいませ。先日、慣れているはずの階段で足を滑らせ、危うく転びそうになった沙月でございました。

霧杜ひびきさま

初めまして。この度はご発注、まことにありがとうございました。
鏡に映る階段への着目、正解でございます。
今回は授業をさぼらせてしまって申訳ありませんでした。また機会があれば、エンターテイナーなひびきさんともお会いしたいと思っております。

ご意見等ありましたら、遠慮なくお申し付け下さい。できるだけ真摯に受け止め、次回からの参考にさせて頂きたいと思います。

それでは、またどこかでお会いできることを祈りつつ、失礼致します。本当にありがとうございました。