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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


踊り場での神隠し

 その電話が鳴ったのは、夜も更け始めた頃だった。携帯のディスプレイに出た友人の名を見て、櫻紫桜は何の疑念も抱くことはなく、通話ボタンを押した。
「ちょっと紫桜、聞いてくれ」
 紫桜に一言も発する隙を与えず、その友人は興奮気味にまくしたてた。
「塾行く途中に部活の先輩に会ったんだけどさ、その先輩の目の前でもう1人の先輩が消えたって言うんだ」
「消えた?」
「ああ、帰る途中、階段の踊り場で、神隠しみたいに消えちまったってさ」
「それ、からかわれてんじゃないのか?」
 あまりに突拍子もない話に、紫桜は軽口を返しながらも、素早く考えを巡らせ始めた。が、今日はエイプリルフールでもないし、何かのイベントがあるとも思えない。
「いや、すっげ動転してた、その先輩。嘘じゃないと思う」
 そういう友人の声もすっかり興奮している。こっちも嘘ではなさそうだ。
「なあ、そんなことってあると思う?」
「思うも何もあったんだろ」
 確か、友人の通っているのは神聖都学園。曰くや噂に事欠かない学校だ。あり得ない話ではないだろう。
「なあ、ちょっと神聖都の制服、貸してくれないか? 予備のでいいから。明日、俺んとこ、創立記念日で休みなんだよ」
 これは調べてみる価値があるだろう。紫桜は半ば強引に約束をとりつけ、電話を切った。

 翌日、紫桜は神聖都学園の制服に身を包み、現場の階段の下に立っていた。ちょうど今は授業中らしい。遠くから講義の声が聞こえてくるが、それがかえって、静寂を引き立てた。
 問題の階段はロープで封鎖され、「ペンキ塗り立て」の紙がぶら下がっている。が、どこにもペンキの濡れたところはないし、第一、あの独特の匂いがしない。おそらくこれは、現場に生徒が立ち入らないようにするためのものだろう。ということは、ここに何かあるのだろうか。
 紫桜は階段を見上げた。途中の踊り場の横の壁には大きな鏡が設えられ、静かにその身に階段を映している。
「鏡、か……」
 そう言えば例の先輩も、友人が消える直前、階段を踏み外したその足が鏡に映っていたのがやたら印象に残っていたと聞いている。今回の事件のポイントになるかもしれない。
 そう思った時、チャイムが鳴り響き、あちこちでざわめきが広がる。どうやら昼休みに入ったらしい。紫桜は先に生徒への聞き込みをするべく、その場を立ち去った。

 学園内の事情に一番詳しいのはどう考えても三年生だろう。紫桜は迷わず三年生の教室が入っている校舎2階へ向かい、聞き込みを始めた。この学校では、事件が起きた時に生徒の誰かが調査に乗り出すのは珍しくないらしく、生徒たちもごく当たり前のように聞き込みに答えてくれた。
 どうやら既に、三年生たちの間でも今回の失踪事件は噂になっているらしい。七不思議の1つにある、「階段の数が変わっていることに気付いたらどこかに引きずり込まれる」というのと関連するのではないかとまことしやかにささやかれているのだ。
 けれど、あたかもそれが真相のように語られている割には、他に失踪事件があったのかと紫桜が尋ねると、皆一様に言葉を濁した。せいぜいが、「自分の先輩がそのまた先輩から聞いた」というレベルであり、ひどく曖昧なものだった。
 それならば、と他に何か踊り場にまつわる話がないかと紫桜は近くのカップルに声をかけた。
「あら、可愛い一年生。さっきのコの友達?」
 女生徒は紫桜を見ると、にこりと笑った。その横で、その彼氏はあからさまにむっとした顔をする。
「さっきの?」
「さっきも踊り場の鏡について聞き回ってる子がいたんだけど。ええと、なんて言ったっけ? あの金髪で赤いカラコンの二年生……」
「桐生暁(きりゅうあき)だろ」
 彼氏が憮然とした顔ながら、女生徒に助け舟を出す。
「いえ……」
 それに答えながら、紫桜は「桐生暁」という名前とその特徴を頭に叩き込んだ。
「でもそういえばさ、あそこで落としたものって見つからないこと多くない?」
 言って女生徒はもたれかかるようにして彼氏に同意を求めた。彼氏はわざとらしくその肩に手を回し「お前、そんなに物落としてるの? ドジだな」などと返している。
「……ありがとうございました」
 自分たちの世界へと入って行った2人に頭を下げ、紫桜は次を当たるべく歩き出した。
「あ」
 が、そこで知った顔を見つけ、思わず足を止める。そういえば彼もここの生徒だった。
「お?」
 相手も紫桜に気付いたようだ。少し不思議そうに首を傾げる。
「こんにちは、早津田『先輩』」
 わざと「先輩」を強調して声をかけると、相手、早津田恒(はやつだこう)もにやりと笑う。
「何? 潜り込み? ひょっとしてあの失踪事件か?」
 声を潜めた恒に紫桜が頷くと、恒は頭に手をやった。
「参ったなぁ、学外にまで広まってるのか。ま、ここでまた会ったのも何かの縁、俺もご一緒させてもらおうかな」
 知り合いが加わるのは心強い。紫桜は頷いて、先ほど聞いた桐生暁という生徒にも接触しようと思っていることを告げた。
「昼休みももうすぐ終わるな。よし、じゃあ急いでそいつを探すか」
 恒も大きく頷き、2人は二年生の教室がある3階へと向かった。

 金髪に赤のカラーコンタクトという目立つ外見のせいか、目当てと思しき男子生徒はすぐに見つかった。ちょうど銀髪の女子生徒と話をしている。
「失礼します。桐生暁さんですか?」
「そうだけど?」
 紫桜が声をかけると、男子生徒はにこりと親しげな――それでもどこか作ったような――笑みを浮かべて振り返った。
「失踪事件のこと調べてるんだって? 俺らもちょうど調べてるとこなんだが」
 恒が続きを引き取る。
「うん、じゃあ一緒にってことで」
 あっさりと暁は頷いた。
「私も加えてもらえる? 私は霧杜(きりもり)ひびき。消えた植畑君と同じクラスなの」
 銀髪の少女も愛想良く笑う。
「ああ、もちろん。俺は早津田恒。ここの三年だ。よろしく」
「俺は、櫻紫桜と言います。一年生……」
 恒に続いて紫桜が自己紹介をしようとすると。
「あなた、ここの人じゃないでしょ」
 ひびきが笑顔のままでぴしりと言い放つ。
「えっと……」
「大丈夫、大丈夫。言いつけたりしないから」
 戸惑いを顔に浮かべた紫桜に、ひびきはあくまでにこにこと笑った。
 それを待っていたかのように、授業開始5分前の予鈴が鳴る。
「紫桜ちゃーん、神聖都来た記念に俺の代わりに授業に出ない? ほら、金髪にしてカラコン入れたらわかんないよ? 体格だって似たようなもんだし」
 今度は暁が紫桜の肩を叩く。
「いや、一秒でばれると思いますよ……」
「まあ、とにかく続きは放課後に。ここに集合でいいか?」
 困惑顔の紫桜に、恒が助け舟を出してくれた。

 放課後。打ち合わせ通りに集まった4人は、現場となった踊り場へと向かいながら、互いに情報交換をした。
 失踪事件と七不思議の関連がまことしやかにささやかれているものの、少なくとも生徒たちの記憶にある限りでは、今回以外に誰かが消えたという話はないということ。踊り場の鏡が設置されたと思われる年とその前年に、生徒が失踪する事件が数件起きていること。これらの失踪と鏡の関連は定かではないが、否定する材料もないということ。
 問題の階段に着いた4人は「ペンキ塗り立て」のロープをまたぎ、大きな鏡の前に立った。4人が生まれた頃からここにあるという鏡は、壁に数カ所太いボルトで固定されていた。が、さすがに壁がやせてきてボルトがゆるみ、よく見れば鏡は数センチ壁から浮いていた。
「やっぱりこの鏡、臭うんだよなぁ」
 暁がじろじろと鏡を覗き込む。
「ま、鏡には悪魔がいると言うけどな」
「そういうものは見えないんですけどね……」
 軽く呟いた恒に、ひびきも首をひねった。
 紫桜は耳だけをそちらに向け、何かヒントはないかと立ち位置を変えながら、じっくりと鏡を観察した。特にそこに映る階段に目が留まる。何か、違和感を感じるのだ。
「その、消えたって時と同じふうにしてみない? 俺が誰かの半歩後ろを歩くからさ。部活終わった後って言ってたから、それくらいの時間になったら」
 暁が軽く首を左右に振りながら提案した。
「それも良いんだが、どうも『引きずり込まれた』っていうより、空間のひずみに落ちたって感じに聞こえるんだよな」
 恒が頷きながらも、腕を組んで考え込むように口を開く。
「例えば、鏡に映る階段の数と、こっち側で見えてる階段の数が違ってて、落ちた奴はそれに気付いて足元を踏み外したんじゃないの? ほら、普通は階段下りる時って足元見てるから、鏡見ながら下りることってあまりないだろ?」
「俺もそれ、気になってました。どうも鏡に映る階段に違和感を感じて……」
 それは紫桜もずっと気になっていたことだ。傍らではひびきもなるほどといった顔をしている。
「んじゃ、さっそく試してみっか」
 恒は階段を数段上がって振り向くと、鏡を見ながら歩き出した。一段、二段、三段、と一歩ずつ降りて行く。が、突如、宙を踏みしめて、恒は大きくバランスを崩した。
「おわっ」
 その声を残したかと思うと、恒の姿は跡形もなく消えていた。
「消えた……ね」
 ひびきがぽつりと呟く。
「早津田ちゃん、大正解!ってか」
 その隣で暁がおどけた。
「俺も行きます」
 恒が「落ちた」先がどんなところかわからない。ここは追って行くべきだろう。
「紫桜ちゃん、あなた1人を行かせはしないわっ! ……俺も行くよん」
 胸の前で手を組み、瞳を潤ませて芝居っけたっぷりに叫んだ後で、暁もにやりと笑った。
「じゃあ、私は残るね。全員で行くのもまずいだろうから」
 そういうひびきに頷き返し、紫桜と暁は、恒と同じように鏡の中の階段を踏みしめるように降りていった。最後の段を踏みしめた、と思った途端、足の下の地面は消えていた。
 落ちて行くのは予測の上、紫桜はバランスをとり、膝を曲げて床に着地した。同じように暁も身軽に降り立つ。傍らでは、ちょうど恒が身体を起こしたところだった。
「ここ……、さっきの場所と一緒じゃないか」
 暁が立ち上がり、辺りを見回した。「落ちて」きたはずなのに、確かに暁の言う通り、辺りの光景は先ほどとは変わらない。どう見ても神聖都学園の校舎内だ。けれど。
「いえ、少し違うような気がします」
 どことは言えないまでも瑣末な違和感が拭えず、紫桜は用心深く周囲を見回した。
「あ、ホントだ。『ペンキ塗り立て』がないや」
 階段を見上げ、暁が笑う。
「霧杜は?」
 すぐに状況が呑み込めたらしい恒が、周囲を軽く見回しながら尋ねた。
「向こうに残ってもらいました。全員で来るのも危ないので。ところで……、探す人の顔、わかります?」
 恒の質問に答え、紫桜はおもむろに切り出した。どうやらここは別の世界ながら神聖都学園のようだ。ひょっとしたらここにはここの住人がいるかもしれない。その中から行方不明になった生徒を見つけ出せるのだろうか。
「あ」
 口を開けた恒を見る限り、恒は知らないようだ。紫桜は暁に視線を移した。
「顔見たら、わかるかもしれない。うん、多分、わかる……と思う」
 暁の返事も心もとない。が、幸いにもその心配も杞憂に終わった。
「……高木?」
 階段の下から1人の男子生徒が顔を出したのだ。
「えっと、桐生……だっけ? 俺、隣のクラスの植畑だけどさ、お前のクラスの高木知らない? さっきまで一緒にいたんだけどいきなり消えちまってさ」
 彼は暁の顔を見ると、まくしたてるように口を開いた。
「いきなり消えたのは高木じゃなくてあんた。それからついでに、『さっきまで』じゃなくて昨日」
「は?」
 ひょうひょうとした暁の返事に、彼は思いっきり目を丸くした。
「論より証拠だ。とにかく戻ろう。話はそれからだな」
 恒が話を切り上げるようにそう言った。
「そうですね」
 紫桜も頷く。どうやらこちらと向こうはかなり時間の経過が違うらしい。こうしている間にも向こうではかなりの時間が経っているのかもしれない。
「それじゃ」
 と恒は先ほどと同じように鏡を見ながら階段を下りた。が、その足はしっかりと地面を捉えていた。
「え?」
 逆向き、踊り場の下の段、と試してみるが、やはり戻れない。それを見て、暁と紫桜も同じように試みた。が、来る時と同じようにしているのに、戻れない。
「どうなってんの?」
 暁が呟いた。
「鏡の段数と実際の段数が同じですね……」
 注意深く鏡を覗き込み、紫桜は呻いた。見る限り、何の変哲もない鏡だ。階段の映り方にも不自然さはない。ということは、戻る手段が失われたということだろうか。焦りを見せる3人をよそに、状況の呑み込めていない植畑だけがただ1人、ぽかんとした顔をしている。
「どうなってんだよ……」
 最後の段に足をかけたまま、恒が鏡を見据えて呟いた。と、不意に鏡に映った階段が歪み、恒の姿が消える。
「あそこだ」
 植畑の腕を強引に引っ張った暁に続いて、紫桜も鏡にしかない階段を思い切り踏み抜いた。

 再び、身体が落ちるような感覚に襲われ、バランスをとって着地をすれば、ひびきと向かい合うように立っていた女生徒が呆然とこちらを見ていた。
「これ……、ひびきのマジック?」
 瞬きさえ忘れた面持ちで、そう呟く。無理もない、彼女から見たら何もないところから男4人が出て来たようなものなのだから。
「そんなもんかも……。はい、これ」
 ひびきは鏡と壁の間にはさまっていたファイルを引き抜くと少女に渡した。
「階段ではよそ見しちゃダメだよ。気をつけてね」
「ありがとう。助けてくれて、手品まで見せてくれて」
 女生徒はにっこり笑うとそれを受け取り、階下へと姿を消した。

「びっくりしたよ、彼女がこけた途端に戻ってくるんだもん」
 ひびきによると、さっきの女生徒が階段を駆け下りてくる途中につまずき、慌ててひびきが支えたのだという。その拍子に彼女が持っていたファイルが鏡と壁の間にはさまってしまったのだが、恒が戻って来たのがそれと同時だったというのだ。
「霧杜さん、俺たちが向こうに行ってる間、鏡に何かしました?」
 紫桜が問えば、ひびきは軽く首を傾げた。
「鏡には何もしてないけど、鏡の裏にガムがはさまってたからそれを捨てたかな」
「俺たちが戻れなくなりかけたのはそのせいなのか?」
 そして、鏡と壁の間にファイルが挟まった拍子に戻って来られたのだ。恒がひびきの言葉に首をひねった。
「てーことは何? 鏡がちょっと傾いてたから、向こうとの出入り口が開いてたってこと?」
 暁が素っ頓狂な声を上げて肩をすくめた。
「そっか。何かの原因でここに空間の歪みができちゃって、それを鏡でふさいでたんだね」
 ひびきは得心がいった、とばかりに頷いている。
「で、誰だよ、こんなとこにガムはさんだやつ」
 暁がやれやれとばかりに首を振ると。
「あ……、俺だ」
 立ち尽くしていた植畑がぼそりと呟く。
「いや、何日か前、ガム噛みながらここ通った時、前から先生来たから慌てて紙に包んでここに押し込んで、それきっり忘れてた……」
 4人の視線を集めて、きまりわるそうに首をすくめながら植畑は頭をかいた。
「因果応報……」
 傍らで聞いていた紫桜は、思わずそう呟かずにはいられなかった。

 結局、翌日には「専門の」業者が来て鏡と壁を直して行ったと、後日恒から連絡があった。もう当分は、行方不明者が出ることはないだろう。またいつか鏡が緩む日まで、あの時間の流れから取り残された神聖都学園は異空間を静かに漂っているのかもしれない。

<了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【4782/桐生・暁/男性/17歳/高校生アルバイター、トランスのギター担当】
【3022/霧杜・ひびき/女性/17歳/高校生】
【5453/櫻・紫桜/男性/15歳/高校生】
【5432/早津田・恒/男性/18歳/高校生】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは。ライターの沙月亜衣と申します。
この度は、『踊り場での神隠し』へのご参加、まことにありがとうございました。
学校を離れて早ン年の身、今回はいろいろと新鮮な気分で書かせて頂きました。何だか前回に引き続き、お掃除(?)が出てくるあたり、私の中でただいま美化強化期間なのかもしれません。
とまれ、今回も微妙に、皆様にお届けしたノベルに違いがございます。少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

そして、階段を上り下りされる際にはくれぐれもお気をつけ下さいませ。先日、慣れているはずの階段で足を滑らせ、危うく転びそうになった沙月でございました。

櫻紫桜さま

再度のご発注、まことにありがとうございました。再びお会いできて非常に嬉しいです。
今回は(も)戦闘には至りませんでしたが、「鏡に映る階段」への着目、正解でございます。
ちょっと今回(も?)微妙に苦労人な役割になってしまったようですが、ご笑納いただければ幸いです。

ご意見等ありましたら、遠慮なくお申し付け下さい。できるだけ真摯に受け止め、次回からの参考にさせて頂きたいと思います。

それでは、またどこかでお会いできることを祈りつつ、失礼致します。本当にありがとうございました。