＜東京怪談ウェブゲーム　アンティークショップ・レン＞ A dear anklet 「――おやおや。あんた、そいつに気に入られちまった様だね」 　何処か重苦しい雰囲気に包まれる、古い骨董品店――アンティークショップ・レン。セレスティ・カーニンガムは何時も通り、この店に数多在る掘り出し物の物色に勤しんでいると、不意にカウンターに座る店主、レンから声を掛けられた。 　何事かとセレスティが店主へ顔を向ければ、其の視線はセレスティの足元へと注がれていて。 　其の線を辿る様自身のステッキを突いた足元へと目を向ければ、其処には革で仕立てられた首輪とアンクレットが一対、ふわふわと空に浮かんでいた。 「……これは、何でしょう……――？」 　元より曰く付きのこの店に足繁く通っていれば、既に其れしきの現象には然う然う驚かなくなってしまったけれど。思わず恒例の様に店主に問えば、キセルから含んだ煙を一つ吐き出して、店主は其の��品物�≠ﾌ成り立ちを明かし始めた。 「其れは北欧の方から仕入れた代物でね。何でも、或る少女に拾われて、大層可愛がられた猫が居たらしいのさ」 「――けれど、其の飼い主は肺を患っちまっててね。……或る日猫を残して、出先で病死しちまったのさ」 　其の儘店主の話しに耳を傾けると、然うして残された猫も飼い主の帰りを待ち続け、果てには流行病で亡くなってしまったらしい。 　其の猫に生前飼い主が買い与えた物が――この首輪。そして対にと自身が身に付けていた物が、恐らくは目の前の猫が咥えているのであろう、アンクレットだと言うのだ。 　話を聞いている間にも、其の首輪……の猫――は、すりすりとセレスティの足元へと擦り寄ってくる。 「――丁度良い、あんた、一日だけでもこの子の相手をしておやりよ」 「え、えっ……――？」 　突然のお願いに、驚くセレスティを見据える店主の面持ちは、既に断る事を許されない笑みで固められていて。 　然うして……。姿さえ見えない猫とセレスティとの、波乱の一日は始まった――。 　＊　＊　＊ 「……如何、したら良いのでしょうね。これは……」 　其れから有無も言わさず店から放り出されたセレスティは、其処で暫し、理解への時間を要する為立ち尽くして。 　だが、確かに。未だ自身の傍らには、確かな存在の証が頻りにセレスティの傍らで揺れて居る。 　……若しかしたら、喜んでいるのかも――知れない。 　ともすれば、今猫が自身へと戯れ付く様も、有り有りとこの目に浮かぶ様で……。 「――キミは、良いのですか？」 　然う語り掛け、対の装飾を頼りに猫の額らしき場所へと撫でる様に手を伸ばせば、其処に在る確かな温もりは返事を表す様に、セレスティの指先へと身を寄せてきた。 　愛撫を施す手も其の儘、猫の温もりを手探りに腕の内へと抱き上げたセレスティは、自身の思考内で思い付く限りの猫の性質を巡らせて……。 　結果妥当に、自身の屋敷へと猫を招く事にした。 　＊　＊　＊ 　然うして自身の屋敷に在る書斎へ辿り着くと、其処で漸く、この部屋で唯一日の当たる脇机の上へと猫を解放した。 「私だけではこんな処位しか、他に思い付かなかったのですが……」 　屋敷に存在する園庭で、猫と散歩に興じるのも良かったのかも知れないが、セレスティ自身が気温の高く、強く日の射す場所を好まない。 　――すると首輪は卓上を暫くふらふらと彷徨って。其れに釣られる様揺れるアンクレットと共に、再びセレスティの指先へと寄り添って来た。 　其の一連の動作を微笑ましく瞳に収めると、セレスティは脇机の前へと書斎の椅子を移動させて。屋敷へ入る前に目に留めた猫じゃらしを何処からとも無く取り出すと、其れを首輪の目の前で不規則に振るってみせた。 　すると忽ち、眼前のアンクレットが右往左往と激しく揺られ始めて。 　ああ、やっぱりこういう物も好きなんだな、と――。映りはしない、其の無邪気な様にセレスティの面持ちにもやがて、自然笑みが零れた。 　＊　＊　＊ 「――もうそろそろ、帰る時間の様ですよ」 　其れから猫じゃらしを手に、飽く迄猫と戯れたり、其の背を撫でながら自身の愛読書を読み聞かせてやったりとする中。軈て鳴り響く書斎の掛け時計の針を見遣り、然う声を掛ければ手の内で猫の身体の身じろぐ気配がして、猫が此方へと身を向けた事を悟った。 　セレスティは猫を自身の膝元へと引き寄せて、恐らく最後となるであろう其の言葉を投げ掛ける。 「――余り特別という事はしませんでしたが、その方が良いと思ったのです」 「ですがもし、この場所が気に入って下さったのなら……。又不意に訪れて下されば、嬉しいと思います」 　一途な生を遂げ斯様に主を想う一匹の猫が、あの様な骨董の山に永劫埋もれて良い筈も無い。 　然うして、猫の額の温もりを掌に残し……。 　セレスティの言葉を聞き入れたのか、将又其れは定刻への合図であったのか。 　一つの瞬きの間に、猫の姿はセレスティの眼前より跡形も無く消え去った――。 　＊　＊　＊ 　――あれから数日後、再びアンティークショップ・レンへと赴いたセレスティは、あの猫の首輪とアンクレットが、少女の遠き関係者から故郷の北欧へと買い取られていった事を知る。 　其の後、セレスティへと手厚い御礼の記された――。当時少女の婚約者であった男の、曾孫からの一対の装飾と戯れる姿を封されたエア・メールが届くのは、もう少し、先のお話……。 【完】 ■登場人物（この物語に登場した人物の一覧）■ 【1883　／　セレスティ・カーニンガム　（せれすてぃ・かーにんがむ）　／　男性　／　725歳　／　財閥総帥・占い師・水霊使い】 ■ライター通信■ セレスティ・カーニンガム様 初めまして、ちろと申します。 この度は『A dear anklet』への御参加、誠に有り難うございました。 見えない猫との触れ合いに、猫の境遇を想い行動されたセレスティ様のお気持ちを少しでも表せておりましたら幸いです。 そして此方までをお目通し頂き有り難うございました。 また機会がありましたら、別所にて再びお会いする事の出来ます様……。