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<東京怪談・PCゲームノベル>


『幻想風華伝 ― 夢の章 ― 常世の闇の中の水鈴』


【常世の闇と紫陽花の君と】


 真っ暗な闇の中。
 前も見えなけりゃ、後ろも見えない。
 上も無けりゃ、下も無い。
 常世の闇は何もかも闇で覆い尽くす。
 闇は無。
 何も無い。
 一条の日の光りも、足をつく大地も。


 それでは光りを生み出しましょう。
 ―――光りよ、あれ。


 生み出された光り。
 昼間は太陽。
 夜は月。
 月は欠けたり、無かったりするから、その手助けにお星様。



 光りは生まれた。
 では、常世の闇は?



「あなたは嫌われ者。あたしと同じ。あたしは意地悪で気まぐれだから。あなたは闇だから。お互いにお互いのありようで嫌われている。でもあたしは平気。だってあたしはあたしだもの。だけどあなたは違うのね?」
 紫陽花の君はくすくすと笑っている。その姿は笑う度に変わる。彼女の本当の姿も、本当の声、年齢なんかもすべては謎。彼女はその物語、その人によって、姿を変えるから。だって紫陽花は土によって花の色を変えるでしょう?
「何時だって誰かと一緒に居たがっている。変なのぉー。でもまあ、いいわ。じゃあ、あたしがここに誰かを連れて来て上げる。あたしは紫陽花の君。最近、物語から物語へと逃げている冥府と白亜、その二人と同じように物語を管理する者。白さんと戯れるのもいい。スノードロップを苛めるのも楽しみ」
 紫陽花の君はくすくすと笑う。
「あの二人ならきっと面白いのを知っている。その子を連れて来て上げる。あなたが登場する花物語に。ああ、でも兎渡には見つからないようにしなくっちゃ」



【焼きそば屋のお姉さん】



 ―――あのね、私がいつも笑っているのは、
 いつ、私が運命の人と出逢えてもいいように、
 って、それで笑っているの。
 運命の人に私が一番に好きな表情を見せてあげられるように。
 だからあなたに逢えないこの辛さも、哀しさも、寂しさも、全部、心の宝石、宝物。それが私を綺麗に飾ってくれる。


 えへへへへ〜。
 顔が緩む。
 嬉しくって、幸せで。
 今日は天神様の夏祭り。
 小さな小山の上にある神社。
 いつもは昼間でも薄暗くって、怖い感じ。
 だけど今日は怖くは無い。
 すごく長い階段の左右には紅いちょうちん。
 ちょうちんの中には蝋燭があって、それが焔を灯している。
 神社の上からはね、風に乗って流れてくるおはやしの音色。
 横笛、太鼓、小づつみ、締太鼓、鉦の音。それがなんだか追いかけっこをしてるみたい。
 うふふふ。と水鈴は笑う。
 金魚の柄の浴衣に下駄は、お友達になったおばあちゃんにもらった。
 前に暑い日に気分を悪くしていたおばあちゃんを助けて、そのままお友達となったのだ。
 それで今日の昼間に、おばあちゃんの家の縁側で、おばあちゃんと一緒に西瓜を食べていたら、若い綺麗なお姉さんたちが浴衣を着て歩いていて、その浴衣がすごくかわいくって、綺麗でほわほわ〜としていたら、おばあちゃんがくすくすと笑って、水鈴にこの浴衣を用意してくれた。
 とてもかわいらしい金魚の浴衣に、下駄。新品。
 水鈴がいいの? って訊いたら、おばあちゃんがにこりと笑って頷いて、水鈴に着付けをしてくれた。
 すごく嬉しい。
 夜までの時間がすごくすごく長くって、待ち遠しくって、じっとしていられなくって、おばあちゃんにくすくすと笑われちゃった。
 姿見の前でファッションショーもやった。鏡に映る私はいつもよりも大人っぽい?
 ツインテールの髪は後ろでひとつにまとめて、アップ。うなじが綺麗だね、っておばあちゃんに褒められちゃった。
 浴衣を着た女の子の一番の魅力はうなじなんだって。
 うぅ。でも自分じゃ、自分のうなじは見えないよ〜。
 なんとか見ようと四苦八苦していたらまたおばあちゃんに笑われちゃった。
 巾着を手に持って、スキップを踏むように歩く。
 おまつりのおはやしの音に重なって、水鈴が履いている下駄の音色。
 カラ〜ン、コロン。カラン、カラン、コロン♪ カラ〜ン、コロン。カラン、カラン、コロン♪
 周りの人たちの声や、おはやしの音色に負けないで、響き渡る下駄の音。なんだかそれが嬉しくって、水鈴はわざと下駄の音を奏でて歩く。
 鼻唄はおはやしの曲。小づつみの音。その音が一番軽快で軽やかで、かわいらしくって楽しい。
 まるでちまい犬が足下を追いかけてきているようで、楽しい。
 トテン トテン トテンテン トッコトッコトッコトッコ トトンコトン♪
 鼻唄を歌いながら人込みの間から顔を出して、ひょこりん。
 とても美味しそうな香り。くんくんと鼻の穴を広げながら露天商を見たら、そこは焼きそば屋さん。鉄板の上で綺麗なお姉さんが浴衣の袖を捲し上げて、焼きそばを作っていたの。本当にほわほわ〜んとしそうなぐらいの綺麗なお姉さん。
 だけど一番にびっくりしたのはそのお姉さんの肩に大の仲良しの妖精さんが乗っていたから。
 いつものように美味しい香りにじゅるりと涎を垂らすのも忘れて、水鈴は口を両手で隠す。
 ひょこひょこと鉄板を挟んでお姉さんの前に行って、背伸びして妖精さんに言う。
「こんばんは、スノーちゃん♪」
「ふぅわ。水鈴さんでし♪ ほぉわぁー。金魚さんの浴衣、すごく綺麗でしね」
 顔をくっしゃとさせるスノードロップ。水鈴は嬉しくって、だけど照れてしまって、真っ赤な顔を俯かせてしまう。
 お姉さんは焼きそばを焼く手を止めて、くすくすと笑う。
「焼きそば、食べる?」
「はい、食べるでし♪」
「あんたには聞いていないの。てぇい」
「あぅちでし」
 お姉さんは肩に乗っているスノードロップの額にでこぴん。水鈴はびっくりとしてしまう。だって笑顔で、そんな事をするんだもん。
 水鈴は慌ててスノードロップに両手を伸ばして、妖精は小さな手の平の上に避難してくる。
 硝子細工の人形を壊してしまわないようにそっと抱きしめるように水鈴はスノードロップをそっと胸に抱きしめる。
 そしてお姉さんをひと睨み。
「スノーちゃんを苛めちゃ、めぇ、でしょう!」
 お姉さんはぱちぱちと目を瞬かせて、その後にくすくすと笑い出す。
 水鈴はぷぅーっと頬を膨らませて、ますますむっすり。
「大丈夫でし! 大丈夫でし! いつもだから慣れっこでし!」
「いつもスノーちゃん、お姉さんに苛められているの!」
 スノードロップが驚いたように両目を見開いて、それからまたお姉さんが笑った。
 まあ、なんて意地悪なお姉さんだろう? スノーちゃんをいつも苛めて!
 とても綺麗な顔をしているのに、こんなにもいじめっ子だなんて。
 ぷぅーっと頬を膨らませながら水鈴はじぃ〜っと睨めつける。
 お姉さんはくすくすと笑いながら肩を竦めると、水鈴に手招きをした。
 ほんの少し、水鈴は躊躇う。
 うぅ。放課後に校舎裏に来い、って、いじめっ子の呼び出しみたいな感じ?
 ―――だけど怖くはないもん!
 大事な親友のスノーちゃんを苛めるなんて、許さないんだから!
 水鈴がひょこひょことそちらに行くと、水を張った青いバケツの中にお花が一束、生けられていた。お供え用のお花の束。その中にあった、かわいらしい、それ。紅い、膨らんだ実。
 水鈴の目がそれに釘付けになる。
 お姉さんはそのバケツの隣、竹で編んだ虫篭を手に取ると、それを水鈴に差し出してきた。明るいここではわからないけど、それは蛍。蛾なんかが集まってきている電灯の明かりの下でも仄かに燐光が輝いているのがわかる。
「仲直りのしるしに。ごめんね、涼原水鈴ちゃん」
「ほぇ? どうして、お姉さん、私の名前を知っているの?」
 ―――スノーちゃんは私の下の名前しか言ってないよね?
 そしたらお姉さんはくすくすと笑った。
「だっていつも水鈴ちゃんの事は聞いているもの」
「ふぅえ?」
 驚いて、視線を下に向けると、スノードロップはこくこくと頷いて、それから自分の羽で飛んで、水鈴の肩に乗ると、にっこりと笑った。
「いつもお話をしているんでしよ♪」
 どんな、お話をしてるんだろう?
 ちょっとそれが気になる。
「こんばんは。はじめまして、水鈴ちゃん。あたしは綾瀬まあやです」
 そして今度はもっとびっくりとする。
 だって、この綺麗なお姉さんが綾瀬まあや! あの綾瀬まあやなの! ピィーで、ピィーの???
「お姉さんが綾瀬まあやさんなの! 私も、私もスノーちゃんからいつも噂を聞いているよ!」
 そしたらまあやは目を半眼にした。それからその目でスノードロップを見て、にこりと無意味に良い笑顔で笑う。
「どんな噂なのか、気になるわね、スノー」
 今度は水鈴が笑う番。だって、考えた事が同じ。
 くすくすと笑う水鈴にまあやも笑う。
「はい、水鈴ちゃん」
 またあらためて差し出された虫篭。
 それを受け取った水鈴はでも、少し哀しげな顔をした。
 それからまあやを見上げる。
「あのね、まあやさん。この子たち、逃がしてあげていい?」
 虫篭の中に閉じ込めておくのはかわいそう。
 それにきっと蛍たちにも会いたい人が居るよね。


 逢いたい人。
 ―――逢いたいよ、私も。
 運命の人、あなたに。


 まあやはわずかに目を見開いて、その後に静かに微笑んだ。
「ええ。どうぞ」
「うん」
 水鈴とスノードロップは一緒に虫篭の蓋を開ける。
 蛍は、開いた蓋から一匹、また一匹と逃げていった。
「元気でね」
 静かに水鈴は言う。
 その水鈴にまあやはしゃがみ込んで、バケツに生けてあった花束にあった鬼灯をひとつ、手に取った。
 それから水鈴はまあやからその紅い実をもらった。
「これは?」
「鬼灯、って言うのよ」
「ほおずき?」
「そう。白さんが居たら、面白い花物語なんかを聞けるかもしれないんだけど」
 まあやは辺りを見回す。
「花物語があるの?」
「ええ、あるわよ。さっきね、白さんが後で教えてくれる、って言ってくれていたんだけど」
「ふぅわ」
 水鈴はどきどきとしてきた。
 早く花物語を聞きたい!
「スノーちゃん!」
「水鈴さん!」
「「白さんを探しに行こうか?」」
 声が重なって、二人で笑う。
 ああ、でもその前に、
 きゅるるるる。
 かわいらしく鳴るお腹の虫の声を聞きながら水鈴はまあやに両手を差し出した。
「まあやさん、焼きそば、ちょうだい♪」



【紫陽花の君】


 水鈴はスノードロップと一緒に夜店で林檎飴、チョコバナナ、綿菓子、たこ焼き、お好み焼き、水あめ、なんかを買って、それを食べながら白を探していた。
 でも中々、白は見つからない。
 そのうちにひゅ〜るるるるるる。どーん。
 と、夜空に大輪の火の花が咲き始めた。
 それを見あげて水鈴とスノードロップがきゃっきゃっと喜ぶ。
「たまーやーでし♪」
 肩で叫ぶ妖精に水鈴は小首を傾げる。
「たまや?」
「そうでし。花火屋さんの事らしいでしよ♪」
「そうなんだ♪」
 そしてまた夜空に火の花。今度はやなぎのように、火が夜空に垂れ下がる。
「「たまーやー」」
 二人で叫んで、顔を見合わせて、くすくすと笑いあう。
「ねえ、スノーちゃん。もっと花火が綺麗に見えるように暗い場所に行こうか?」
「はいでし♪」
 いつもなら暗い場所なんて怖くっていけない。だけど、スノードロップと二人でなら大丈夫。
 それにお祭りに来た皆の声に、おはやしの音色。にぎやかな音が満ち満ちているから、だから大丈夫。
 それに花火をもっと綺麗に見るためだもん。
「たまーやー」
「おけーやーでし♪」
「おけや?」
「そうでし」
「じゃあ、さおやー」
「さかなやー」
 二人で花火を見ながら、前を見ながら神社の境内にある林の奥へと入っていく。
 だんだんと人の声や、おはやしの音色が遠くなる。
 薄気味の悪い夜の闇。
 花火に驚いた鳥が時折、羽音を立てて、水鈴をびっくりとさせる。
 ちょっと、楽しい気分が薄れる。足を止める。
「なんだ、やっぱり夜の闇が怖いんじゃない」
 夜闇に響いたソプラノトーン。
 そちらを見ると、フランス人形のような女の子が居た。硝子めいた印象の女の子。
 スノードロップが「ひゃぁ。紫陽花の君でし」、と怯えながら水鈴にくっつく。
「紫陽花の君?」
 小首を傾げる水鈴にスノードロップは怯えた声で答える。
「今度のは正真正銘のいじめっ子でしぃ〜」
 むぅっと水鈴は紫陽花の君を見て、頬を膨らませる。
「スノーちゃんを苛めたら、めぇ、でしょう!」
 そしたら盛大に笑われた。
 そして紫陽花の君はくすくすと笑いながらスキップを踏んで、水鈴の前に来て、水鈴の顔を覗き込む。
「優しいんだぁー」
 硝子玉のような瞳。それに水鈴の顔が映っている。
「そんな優しいあなたは、じゃあ、誰にでも優しくできる?」
「できるもん」



 だって優しさは、私。
 食欲や、睡眠欲、そういうのは持って生まれてきた。
 でも優しさは育てるもの。自分で。自分の経験で。今まで会ってきた人全部で。
 私の優しさは、今まで会ってきた人全部の優しさ。
 だから私は自分の優しさを信じている。
 だって私が出会って、触れ合ってきた人は皆いい人だもの。
 そんないい人たちに出会ってもらってきた優しさ、育ててきた優しさ。それを私はぎゅっと抱きしめて、大事にしているもん。



 私は私を信じている。
 いつか出会う、運命の人のために。



「そう。じゃあ、この子とも優しくしてあげて」
 にこりと笑う紫陽花の君。
 いつの間にか闇が濃い。
 音は消えている。
 他の気配も全部。
 夜も、
 人も、
 草木の気配、
 世界の気配が消えて、静かとなった。しーんと静まり返った深く濃密な闇の世界。
 ここはどこ?
 気付いたら水鈴は深い闇の中に居た。



【兎渡】


「うぅぅぅ。真っ暗。怖いぃ」
 水鈴はきゅっと身体を丸めた。
 上下も何も無い闇の中で水鈴は宇宙飛行士の無重力訓練のようにふわふわと闇の中を漂っている。
 気付いたらここに独りぼっち。スノーちゃんもいない。
「スノーちゃん、どこ?」
 身体を丸めて、抱え込んだ膝の上に顔を埋める。ぽろりと涙が出た。
 ただここは闇があるだけ。
 光りも何も無い。
 なーにも無い世界。
 そこに独りぼっち。
 哀しい。寂しい。怖い。


 何よりもここに居たら、あなたに出逢えないよ、運命の人!


 ふわふわと闇を漂う水鈴の耳に、闇に溶け込む前の音が聞こえたのはその時。
 それはとてもとても静かで小さな、水に溶ける砂糖菓子のようなそんな形無く儚い声。
 でも確かに聞こえた。
 水鈴はそちらを見て、それから一生懸命考える。上下左右も無いこの場所を移動する方法。
 とりあえず、クロールのように手を動かしてみた。
「わぁ、進んだ」
 一生懸命、そちらに行く。
 そしたら居た、その子。
 とても小さな女の子が水鈴がしていたように両足を抱え込んで、泣いていた。
 水鈴はその子を見て泣きそうになるけど、懸命に鼻を啜って、涙を堪えると、その子の隣にいって、ぎゅっと抱きしめてあげた。
「もう大丈夫だよ。私が居るよ」


 だからもうあなたは独りじゃないよ―――


 それは闇に溶け込む事無く、流れた。
 女の子が水鈴の腕の中で顔をあげる。
「お姉ちゃん、誰?」
「お姉ちゃん?」
 言われて気付く。女の子は水鈴よりも年下。
「お姉ちゃん。えへへへへ」
 なんだか嬉しい響き。
「水鈴。涼原水鈴。あなたは?」
 お姉さんのように優しく聞く。落ち着いたお姉さんのように。
「常世(とこよ)………み」
 ん? 最後の方はよく聞き取れなかった。女の子は口の中だけでごにょごにょと言っていただけ。
「常世ちゃん?」
「うん」
 常世は頷く。
 そしてその小さな手は水鈴の手を求めてくる。
 水鈴は握る。
「温かい。お姉ちゃんの手、すごく」
 常世は嬉しそうに言って、水鈴の胸はきゅん、となった。母性本能をくすぐられる。
 水鈴は常世の頭を撫でてあげた。常世はきゃっきゃっと喜ぶ。
「常世ちゃんはどこから来たの?」
 水鈴がそう訊くと、常世は俯いた。
「ずっとここに居るの」
 水鈴の顔が曇る。
「ずっとこんな所に居たの。寂しかったでしょう」
 そう訊くと、常世はこくりと頷いた。
「でも最近は、兎さんが来ていたから」
「兎さん?」
 そう二人で話していると、誰かがこちらに走ってくる気配がする。
 と、いってもそれはすぐに闇に消えてしまうから、頼りないけど。
「おーい。誰かぁー」
 水鈴は手を振って叫んだ。そしたらその声が聞こえたのか、その誰かさんがやってくる。
「ようやく見つけた。常世の………」そこまで言って、その銀色の髪のおかっぱさんは水鈴に気付いた。
「えっと、キミは誰かね?」
「水鈴だよ。涼原水鈴。あなたが兎さん?」
 そう訊くと、兎さんは少し嫌そうな顔をした。
「兎渡。う・と。私の名前は兎渡です」
「でも胸に兎さんが居るねー」
「うぅ」
 兎渡はくしゃくしゃと髪を掻いた。
「まあ、それは置いといて」
 水鈴と兎渡は何かを横から横へと置くようなゼスチャーをする。
「キミはどうしてここに居るのかね? 冥府はもう白亜を独り占めするために誰も物語の中に誘い込まないようになったはずだけど」
「ほぉえ? 冥府に、白亜? えっとね、私をここに連れて来たのは紫陽花の君だよ」
 そう言うと、兎渡はものすごく渋い顔をした。まるでお鍋のおこげを口一杯に頬張ったように。
「まったく、紫陽花の君は。また面白がって人を誘い込んだな」
 それから兎渡は常世を睨んだ。
 常世は水鈴の後ろに隠れてしまう。
「常世ちゃんを苛めちゃ、めぇ!」
「あぅ」
 兎渡は身を後ろに引いた。
 それから溜息。
「ねえ、それよりも兎渡さん。あなたは、ここがどういう所で、どうやったら帰れるか知っているの? 知っているなら教えて」
 そう言うと、常世が水鈴の手を引っ張って、走り出した。水鈴を連れてその場から逃げ出したのだ。



【白亜】


「ちょっと、待って、常世ちゃん、どこまで行くの。兎渡さんが。帰れる道がわからなくなっちゃうよ」
 常世が立ち止まった。それから水鈴を見る。
「お姉ちゃん、帰りたい? やっぱり、暗いのは嫌ぁ?」
 泣き出す寸前の子どもの声、顔。
 水鈴は戸惑う。
 それから常世は、ひくぅ、と、大きくしゃくりをあげると、
「お姉ちゃんなんか、大嫌いぃー」
 そう叫んで、消えた。
「はぅ。常世ちゃん………常世ちゃん」
 常世は消えた。
 そしてまた暗い場所に水鈴は独りぼっち。
 耳が痛くなるぐらいに暗い場所。
 どうやったら帰れるんだろう?
 そんな事ばかり考えていた水鈴の浴衣の胸元から、ひとつの燐光が飛び出した。
 淡い蛍光の光り。
 この深く濃密な闇の中ではあまりにもそれは儚く、頼りなく。
 だけど確かにそれは水鈴を誘っていた。
「蛍さん!」
 それはあの蛍だろうか?
 蛍の恩返し?
 水鈴は蛍を追いかける。
 その先にあるのは甘い水なのか、それともまた別の何かなのか?
 果たして水鈴が蛍に導かれた場所にはひとりの少女が居た。髪の白い、あまりにも儚い蜻蛉のような少女。
「あなたは?」
 そう水鈴が訊くと、少女は微笑んだ。
「白亜」
「白亜?」
「ようやく見つけた、白亜」
 小首を傾げる水鈴の後ろから聞こえたのは兎渡の声。
「兎渡さん!」
 だけど兎渡は水鈴なんか知らんフリで白亜の前にいく。
「さあ、もうこの物語から出て行きたまえ。キミたちが居ると私が迷惑する。物語の中の住人も」
 なんだかよくわからないけど、水鈴はえぃ、って兎渡の背中を押した。前にたたらを踏んだ兎渡は水鈴を振り返る。
「邪魔をしないでくれたまえ」
「だから苛めちゃ、めぇ!」
「何を言っているんだ! キミをここに連れて来たのは紫陽花の君だけど、でもこの物語の世界をこんな風にしたのはこの彼女だ!」
 責めるように言う。
 水鈴は白亜を見た。彼女は消え入りそうな哀しげな笑みを浮かべる。
「でも苛めちゃ、かわいそうよ」
 兎渡は銀髪をくしゃくしゃと掻いた。
「私はルールによりこの物語の解決方法を言えない。でもここには白亜が居る。私が誰かを連れてくるから、だから白亜よ、キミはその誰かの創造した物語を実現化してくれるかい?」
「はい」
 こくりと頷く白亜。
 小首を傾げる水鈴に兎渡は簡単に教えてくれる。
 白亜は誰かの望みを現実化できる能力を持つ。
 ここはどうやら何かの物語の中で、そしてこの状態は誰かの望みが叶った状態なのだ。
 これを解決するには、その望み以上の望みを持って、白亜の能力を使って、物語を書き換えること。
 その誰かを兎渡は連れてくるという。
「じゃあ、スノーちゃんに白さん、それにまあさん」
 水鈴が会いたい人の名前を言う。
「わかったよ。では、連れてこよう」
 兎渡はぽん、と闇を蹴って、飛び上がった。



【常世の闇】


「ほら、だから言ったのに。誰もあなたの事なんか好きにならない、って。望みなんか持たなければ良かったのに」
「…………でもお姉ちゃん、優しくしてくれたもん」
「だけど帰りたがったわ。それにほら、兎渡が誰かを連れて来た。よっぽど帰りたいみたい、ここから」



 +++


「スノーちゃん!」
「水鈴さん!」
 二人で抱き合う。
 感動の再会。
 そうしていると水鈴の浴衣の袖から何かが落ちた。
 上下左右の無い闇の中でそれでも永遠に落ちていきそうだったそれを白は拾い上げる。
「鬼灯の、実」
「うん、そうだよ、白さん。まあやさんにもらったの」
 そう言う水鈴の声を聞きながら白はこくこくと頷いた。
「なるほど、そういう事ですか。これを持っていたから、水鈴さんはこの物語に入り込んだ」
「ほぉえ?」
 小首を傾げる水鈴。
 まあやが優しく微笑む。
「闇と闇?」
「そうでしょうね」
 そして白はそらんじる。鬼灯の花物語。



 ほおずきはお日様の赤ん坊。おひさまは夜になると地下に潜って、ほおずきの中へ一つ一つ、入っていくのです。だからほおずきは赤くなるのです。
 ゆえにほおずきは夜に取ってはいけない。取ってしまうと、お日様は輝けなくなってしまうから。



「うわぁ、そうなの?」
 水鈴は驚き、そしてほうずきを見る。
 その水鈴の手の平に白は文字を書く。鬼灯、と。
「鬼の灯り?」
「そうです。この花物語では鬼灯はお日様の子とされています。だからお日様と鬼灯は同等。故にこの鬼灯を使えば、この常世の闇を消し去る事もできるでしょう」
「お日様を入れるの、白さん?」
「さすがにお日様は入れられませんから、何か他の光りを」
「懐中電灯でし!」
「どこにあるのよ、それは」
「あうぅでし」
 まあやとスノードロップの漫才に水鈴はくすくすと笑い、それから腕を組んで考える。
 どうすればいい?
 瞼を閉じれば、だけどそこに闇は無かった。
 先ほど見た、とても儚く美しい光りがそこにある。
 淡い蛍光の輝き。
「蛍。そうだ、蛍さん」
 水鈴は鬼灯を両手の上に乗せて、唄を歌い始める。
 それは有名な童謡。
 甘い水があるから、こっちへおいで、って。
 この世界に水鈴と一緒に紫陽花の君に連れられてきた蛍が一匹、居た。
 その蛍は優しい少女に助けられた恩を返したかったから、彼女を守っていた。
 白亜の所にも連れて来た。そしてもうひとつ、できる事があった。
 鬼灯の中に入る。
 明るく輝く鬼灯は大きな鬼灯のちょうちんとなって、世界を光りで満たす。
 優しい光りで。
 そしてその優しい光りに、常世の闇が悲鳴を上げた。



【水鈴の影】


 世界を満たした光りは敵意と嫌悪をもった闇に塗り潰される。
 そんな、哀しいよぉー。
 水鈴の声は届かない。


 だけど私の声だって、水鈴お姉ちゃんには届かなかったでしょう?


「ふぅぇ、誰?」
 水鈴は周りを見る。
 だけど視線の先には常世の闇があるばかり。
「水鈴お姉ちゃんなんて、大嫌い!」
 凄まじい敵意。スノードロップが水鈴に抱きつく。
 震える小さな妖精のそれは、水鈴にもうひとつの小さな温もりと感触を思い出させた。


『そんな優しいあなたは、じゃあ、誰にでも優しくできる?』
「そう。じゃあ、この子とも優しくしてあげて」
 ―――紫陽花の君に言われた言葉。
 そう言った彼女に連れられてきたこの場所で出会った女の子。
 彼女はずっとここに居ると言っていた。


「常世ちゃん? 常世ちゃんなの?」
 水鈴が叫ぶ。
 周りの闇はまあやが奏でる竪琴の音色によって苦しみ出した。
「やめて、まあやさん!」
 水鈴が叫んだ。
 竪琴の音色が止む。
「どうして、常世ちゃん?」
「皆、大嫌い。皆、光りを望む。私は嫌われ者。誰からも好かれない。必要とされない。独りぼっち。哀しいよぉ。哀しいよぉ。哀しいよぉ。ふぅえーん」
 泣いている闇。
 水鈴は常世が握っていた自分の手を見る。
 あの子は自分がここから帰ってしまう事を嫌がっていた。
 でもだからって、やっぱりここには居てあげられない。
 私には逢いたい人が居るもの。
 ―――覚えている。
 自分の瞳の色で悩んでいたあの人。
 優しいお姉さん。
 美味しいタコさんウインナーの味。
 また逢いたい人のひとり。
 でもいつか逢えると信じている。
 たくさんの喜び、希望。明日。
 水鈴にはそれが楽しみ。
 ―――だから私を置いていくの?
「ううん、違うよ、常世ちゃん」
 水鈴は唄を歌いだす。
 それは去年のクリスマスに名も知らぬ人からもらったクリスマスプレゼントで聞いた、ゴスペル。
 水鈴が今までで一番聞けてよかった、嬉しいと思えた唄。
 それを奏でるのは、約束。
 常世との。
「白亜」
 まあやは白亜の名前を紡ぎ、
 白亜もこくりと頷く。
 白亜は人の想いや願いを現実化させる。
 水鈴の願いは、



「常世ちゃん、私たちはいつだって一緒だよ。光りのある世界でも」



 そして現実世界。
 天神様のお祭りの次の日。
 水鈴は大のお気に入りの金魚の浴衣を着て、道を歩いている。
 待ち合わせの場所。
 そこでは白さんにスノーちゃん、そしてまあやさん。
 三人はにこにこと笑いながら手を振ってくれて、そうして水鈴は皆の所へ走っていく。
 今日は鬼灯を皆で取って、それから鬼灯の鳴らし方を白さんに教えてもらうのだ。
「うふふふ。楽しみ♪」
 水鈴はにこにこと笑って、それからアスファルトにある自分の影に向かって、ねぇ、と微笑みかけた。
 そう、闇は何時だって光りとある。
 影という形を取って。
 水鈴が願ったのは常世が自分の影となって、一緒に居られるように。常世は何時だって、水鈴の影となって、共に水鈴と行動できるように、そう願った。
 それは白亜の能力で現実化された。
 影の水鈴が水鈴にはにこりと微笑んだように思えた。
 もう、ひとりぼっちじゃないよ。



【ラスト】


 スノードロップと一緒に公園で白さんに教えてもらったように鬼灯を鳴らしている。
 そうしたらその水鈴の前に紫陽花の君が現れた。
「ふーん、上手くやったわね。闇はだけど本当はいつだって光りと一緒にある。常世の闇を自分の影にするなんて、頭が冴えてるわね」
 あっかんべーをするスノードロップをひと睨みして、それから紫陽花の君はスカートの裾を翻らせて、その場を立ち去ろうとする。
 その彼女に水鈴は言った。
「私、あなたともお友達になりたい!」
 詠うように。
 そしたら紫陽花の君が振り返って、ひどく驚いたような顔をしていて、それから彼女は何も言わずに消えてしまった。逃げるように。
「本気でしか? 水鈴さん」
「うん」
 水鈴は頷く。
 だって独りが寂しくない人だなんて、いないでしょう?
 だから水鈴は紫陽花の君ともお友達になりたいな、って。そしてあの作り笑いの表情が本当の笑みになればいいのに、ってそんな風に想った。
 見上げた空はもう8月の空。
 暑い夏の空の下、その時が来たら水鈴は彼女に鬼灯の鳴らし方を教えて上げられるように白さんに教えてもらった鬼灯の慣らし方を一生懸命練習した。
 調子はずれの鬼灯の唄はだけど優しく夏の風にどこまでも運ばれていった。



 ― fin ―




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


【3203 / 涼原水鈴 / 女性 / 11歳 / 迷子さん】


【NPC / 白】


【NPC /スノードロップ】


【NPC / 綾瀬まあや】


【NPC / 白亜】


【NPC / 兎渡】


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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、涼原水鈴様。
 いつもありがとうございます。
 このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。


 今回はご依頼、ありがとうございました。^^
 プレイングに鬼灯の名前があったのがすごく嬉しかったです。^^
 蛍の光りを使ったお話をやってみたいなーと想っていたら、そしたら鬼灯のご依頼が来て。
 鬼灯は作中にも使いましたように、闇とか、光りとか、そういうのに中々縁深い題材ですし、蛍を使うのにはもってこいかな、と想いまして。^^


 また今回のお話も、水鈴さんにはぴったりだなと想うのです。
 水鈴さんはいつも明るく元気で、すごく楽しそうで。でも決して苦しみが無い訳でも、悲しみを知らない訳でも無い。
 むしろ、知っているからこそ明るく元気で、いつも笑っているって。
 だって逢いたい人に逢えないんですから。(;_;
 だから寂しい、哀しいという想いはたくさん知っていると想います。
 でも必ずいつか出逢う、出逢える運命の人が居るからこそ、いつその人に出逢ってもいいように、笑えてる、って。^^
 優しさとかは本当に人ぞれぞれ。その人の生きてきた形、出逢ってきた人たちの優しさの形だと想います。
 だからこそ水鈴さんの優しさが、常世の闇を救ったのでしょうね。^^
 そしてだからこそ、ラストで語られた水鈴さんの紫陽花の君とのお友達化計画も成功すると想います。(拳)
 その時はいつかきっと運命の人にその時の事をお話するのでしょうね。^^



 それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
 ご依頼、本当にありがとうございました。
 失礼します。