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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


踊り場での神隠し

 早津田恒は全速力で走っていた。途中で忘れ物に気付いてとりに帰ったのがまずかったらしい。耳だけはそばだてながら、脇目もふらず階段を駆け上がる。やや失速した身体の向きを変えれば、長く続く廊下が目の前に開けた。まだチャイムの音は聞こえない。恒は息を切らせながらも再加速した。ただ見据えた3−Bの教室の札が、視界の中で激しく揺れながら近づいてくる。
 鳴り渡るチャイムと同時に恒は勢い良くドアを開けた。途端に、それまでのざわめきがしん、と静まり返り、教室中の視線が恒へと向けられる。
 が、入って来たのが教師ではないことを確認してか、ふたたびあちこちでざわざわと雑談が始まった。いつもの朝の光景ではあるが、どこか緊迫感というか違和感がある。
 恒は何かひっかかるものを抱えながらも、とりあえず自分の席に着いた。誰かに聞いてみようかと口を開く前に、再び教室のドアが開き、今度こそ教師が入って来た。
「起立――。礼」
 ざわめきはまたも鎮まり、当番の声でいつも通りの授業が始まった。

「ところで何かあったのか?」
 一時間目を健康的に居眠りで過ごした恒は、授業が終わるとすぐ、近くにいた級友を捕まえた。
「何でも二年生が『引きずり込まれた』らしいぞ」
「引きずり込まれた?」
 よく意味のわからないその言葉を繰り返せば、級友は、それこそ心外、という顔をした。
「お前、知らないの? 七不思議の。階段の段数が変わってれば引きずり込まれるってやつ」
「何だそりゃ?」
 確かに神聖都学園にはいわくが多い。まあそういうことが起こってもおかしくはないのだろうが、今ひとつ信じる気にもなれない。
「ま、ただの噂だろうけどな」
 級友もそう言って軽く笑った時、二時間目の開始を告げるチャイムが鳴った。

 けれど、時間を追うにつれ、その噂はより具体的なものになっていった。徐々に二年生からより詳しい話が入ってきたのだ。さらに、失踪現場となった踊り場の鏡について聞き回る二年生がいる、という話も伝わり、噂は一気に信憑性を帯びた。ここ、神聖都学園では、何か事件が起きた時、生徒がその調査に乗り出すことは珍しくないのだ。
 そして、昼休みに入る頃には、三年生の間でもすっかりその話題でもちきりになっていた。
「何でも、そいつが消えた時に一緒にいた奴がいたってよ。最後の段で、足を踏み外した途端に消えたらしいぜ。直接は見てないらしいが、鏡に映ったのを見たってよ」
 先ほどの級友も今度は興奮を隠さずに、早口でまくしたてた。
「そういえばさ、あそこの階段、昨日俺もこけかけたんだよな。もう一段あると思ってたのがもうなくてさ。なんだかありえねぇくらいバランス崩したの。手すりに捕まったんだが、足がぶらんと浮いてるような気がしたな」
 関係ないけどよ、と他の級友が笑った。
 ふうん、と恒はそれを聞いて頷いた。
 聞く限りでは、七不思議で言うような「引きずり込まれた」という感じではなく、空間のひずみに落ちたような感じだ。ちょうど、飛び石を飛んでいてタイミングを外し、川に落ちてしまったような。
 そう思えば、なかなかぞっとする。別の場所とはいえ、今朝も恒はろくに足元も見ずに階段を駆け上がったりしてきたわけだが、そんな危なっかしい場所もあったとは。下手をすれば自分が落ちそうでかなり怖い。
 どちらにせよ、とにかく現場を見てみようかと教室を出たところで、恒は足を留めた。見知った顔を見つけたのだ。
「あ」
 相手も恒に気付いたらしい。小さな声をあげる。
「お?」
 彼とは先日、とある事件の調査で出会ったばかりだった。けれど、確か前に会った時には、違う高校の制服を着ていたような気がする。思わず首をひねった恒に、その少年、櫻紫桜(さくらしおう)は少しいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「こんにちは。早津田『先輩』」
 わざわざ「先輩」を強調する。つまりは、ここの生徒の「フリ」をしているということらしい。
「何? 潜り込み? ひょっとしてあの失踪事件か?」
 今調査をするとしたら、その件しか考えられない。案の定、紫桜は恒のその言葉に頷いた。
「参ったなぁ、学外にまで広まってるのか。ま、ここでまた会ったのも何かの縁、俺もご一緒させてもらおうかな」
 ここまできたら乗りかかった船だ。恒が頭をかきながらそう言うと、紫桜は再び頷き、口を開いた。
「あと、二年生の桐生暁(きりゅうあき)という人にも接触してみようと思っています。この件について調べておられるようなので」
「昼休みももうすぐ終わるな。よし、じゃあ急いでそいつを探すか」
 協力者は増えるに越したことはない。恒は大きく頷いた。
 
「失礼します。桐生暁さんですか?」
 紫桜が声をかけた相手は、金髪の、いかにも軽そうな男子生徒だった。やはり聞き込みの最中なのか、ちょうど銀髪の女生徒と話していたところだった。
「そうだけど?」
 笑みを浮かべたままで振り返ったその瞳は赤。変わり者の多いこの学園内でも目立つはずだ。
「失踪事件のこと調べてるんだって? 俺らもちょうど調べてるとこなんだが」
「うん、じゃあ一緒にってことで」
 恒が続きを引き取れば、あっさりと暁は頷いた。
「私も加えてもらえる? 私は霧杜(きりもり)ひびき。消えた植畑君と同じクラスなの」
 銀髪の少女も愛想良く笑う。
「ああ、もちろん。俺は早津田恒。ここの三年だ。よろしく」
 ひびきにつられて、恒も自分の名を名乗った。
「俺は、櫻紫桜と言います。一年生……」
 恒に続いて紫桜が自己紹介をしようとすると。
「あなた、ここの人じゃないでしょ」
 ひびきが笑顔のままでぴしりと言い放つ。
「えっと……」
「大丈夫、大丈夫。言いつけたりしないから」
 戸惑いを顔に浮かべた紫桜に、ひびきはあくまでにこにこと笑った。
 それを待っていたかのように、授業開始5分前の予鈴が鳴る。
「紫桜ちゃーん、神聖都来た記念に俺の代わりに授業に出ない? ほら、金髪にしてカラコン入れたらわかんないよ? 体格だって似たようなもんだし」
 今度は暁が紫桜の肩を叩く。
「いや、一秒でばれると思いますよ……」
「まあ、とにかく続きは放課後に。ここに集合でいいか?」
 何だか妙な方向に流れて行きそうになった話を、恒は半ば強引に引き戻して切り上げた。次の授業は体育なのだ。遅れるわけにはいかない。

 放課後。打ち合わせ通りに集まった4人は、現場となった踊り場へと向かいながら、互いに情報交換をした。
 失踪事件と七不思議の関連がまことしやかにささやかれているものの、少なくとも生徒たちの記憶にある限りでは、今回以外に誰かが消えたという話はないということ。踊り場の鏡が設置されたと思われる年とその前年に、生徒が失踪する事件が数件起きていること。これらの失踪と鏡の関連は定かではないが、否定する材料もないということ。
 問題の階段に着いた4人は「ペンキ塗り立て」のロープをまたぎ、大きな鏡の前に立った。4人が生まれた頃からここにあるという鏡は、壁に数カ所太いボルトで固定されていた。が、さすがに壁がやせてきてボルトがゆるみ、よく見れば鏡は数センチ壁から浮いていた。
「やっぱりこの鏡、臭うんだよなぁ」
 暁がじろじろと鏡を覗き込む。
「ま、鏡には悪魔がいると言うけどな」
「そういうものは見えないんですけどね……」
 軽く呟いた恒に、ひびきも首をひねった。紫桜は無言で立ち位置を変えては、いろいろな角度から鏡を覗き込んでいる。
「その、消えたって時と同じふうにしてみない? 俺が誰かの半歩後ろを歩くからさ。部活終わった後って言ってたから、それくらいの時間になったら」
 暁が軽く首を左右に振りながら提案した。
「それも良いんだが、どうも『引きずり込まれた』っていうより、空間のひずみに落ちたって感じに聞こえるんだよな」
 恒は腕組みをしながら、朝からの懸案を口にした。
「例えば、鏡に映る階段の数と、こっち側で見えてる階段の数が違ってて、落ちた奴はそれに気付いて足元を踏み外したんじゃないの? ほら、普通は階段下りる時って足元見てるから、鏡見ながら下りることってあまりないだろ?」
「俺もそれ、気になってました。どうも鏡に映る階段に違和感を感じて……」
 紫桜も恒の言葉に頷き、ひびきもなるほどといった顔をする。
「んじゃ、さっそく試してみっか」
 恒は階段を数段上がって振り向くと、鏡の中の階段を踏みしめるように歩き出した。一段、二段、三段、と胸の中で数えながら、最後の一段に足をかけた……はずが、それは空を踏み、恒は大きくバランスを崩した。
「おわっ」
 とっさに身体をひねり、受け身をとる。とはいえ、そこは階段。手をついた拍子に、手首の少し上に段の角が食い込んだ。
「っあー、驚いた」
 痛みをこらえ、半分照れ隠しに呟きながら起き上がろうとしたところで、すぐ近くで暁と紫桜がしゃがみこんでいるのに気付く。
「ん? 何やってんの?」
 尋ねるというよりは独りごちながら、恒は首をひねった。
「ここ……、さっきの場所と一緒じゃないか」
 暁が立ち上がり、辺りを見回した。
「いえ、少し違うような気がします」
 紫桜が用心深く辺りを伺いながらそれに答える。
「あ、ホントだ。『ペンキ塗り立て』がないや」
 階段を見上げ、暁が笑う。どうやら2人の会話からして、ここが「落ちた」先らしい。2人も一緒に落ちてきたのだろう。
 恒も周囲を軽く見回した。本当に見慣れた、神聖都学園高等部の校舎内だ。特に何か悪意持つ者の気配を感じないあたり、今回の件は意志ある誰かの仕業ではないようだ。
「霧杜は?」
 ひびきの姿が見えないのに気付き、恒は尋ねた。
「向こうに残ってもらいました。全員で来るのも危ないので。ところで……、探す人の顔、わかります?」
 それに答えた紫桜が、おもむろに切り出した。
「あ」
 思わず恒は声を漏らす。見る限り、そっくりそのままの校舎内。他に人がいてもおかしくない。その中から行方不明になった生徒を見つけなければならないのかもしれないのだ。
「顔見たら、わかるかもしれない。うん、多分、わかる……と思う」
 暁の返事も心もとない。が、幸いにもその心配も杞憂に終わった。
「……高木?」
 階段の下から1人の男子生徒が顔を出したのだ。
「えっと、桐生……だっけ? 俺、隣のクラスの植畑だけどさ、お前のクラスの高木知らない? さっきまで一緒にいたんだけどいきなり消えちまってさ」
 彼は暁の顔を見ると、まくしたてるように口を開いた。
「いきなり消えたのは高木じゃなくてあんた。それからついでに、『さっきまで』じゃなくて昨日」
「は?」
 ひょうひょうとした暁の返事に、彼は思いっきり目を丸くした。
「論より証拠だ。とにかく戻ろう。話はそれからだな」
 恒は話を切り上げるべくそう言った。今の話からしても、そして暁と紫桜が落ちて来たタイミングからしても、こちらと向こうとでは時間の進み方がだいぶ違うようだ。向こうでは既にかなりの時間が経っているのかもしれない。あまりひびきに心配をかけてもいけないだろう。
「そうですね」
 紫桜も頷いた。
「それじゃ」
 と恒は先ほどと同じように鏡を見ながら階段を下りた。が、その足はしっかりと地面を捉えていた。
「え?」
 逆向き、踊り場の下の段、と試してみるが、やはり戻れない。
「どうなってんの?」
 暁が呟いた。暁も紫桜も、各自試みているのだが、やはり戻れないようだ。
「鏡の段数と実際の段数が同じですね……」
 じっと鏡を見据えた紫桜の言葉にも焦りが混じる。ただ一人、状況の呑み込めていない植畑だけがぽかんとした顔をしている。
「どうなってんだよ……」
 いくら馴染んだ学校と同じ光景とはいえ、このままこの時の流れから外れたような世界に取り残されるのは絶対にごめん被りたい。
 最後の段に足をかけたまま、恒は鏡を見つめた。と、不意に映っていた階段が歪み、新たな段が現れた。それがちょうど自分が片足をかけて段であることに気付いた時には、恒は再び大きくバランスを崩していた。

「……こりゃ、お取り込み中だったかな」
 2度目ともなれば、いくら不意打ちでも先ほどのようにはならない。今度はきれいに受け身をとった恒は、ひびきがもう1人の女子学生と抱き合っているのを見て、頭をかいた。
「取り込み中……には違いありませんね」
 相手の少女の身体をゆっくりと離しながらひびきは苦笑を返した。相手の女生徒は、言葉もなく恒の顔を見つめている。それはそうだろう、何もないところからいきなり体躯の良い男子生徒が現れたのだから。
 それでも少し我を取り戻しかけた彼女が口を開こうとした時、今度は暁、紫桜、植畑が次々に姿を現した。
「これ……、ひびきのマジック?」
 呆然と、彼女は立ち尽くす。
「そんなもんかも……。はい、これ」
 ひびきは鏡と壁の間にはさまっていたファイルを引き抜くと少女に渡した。
「階段ではよそ見しちゃダメだよ。気をつけてね」
「ありがとう。助けてくれて、手品まで見せてくれて」
 女生徒はにっこり笑うとそれを受け取り、階下へと姿を消した。

「びっくりしたよ、彼女がこけた途端に戻ってくるんだもん」
 ひびきによると、さっきの女生徒が階段を駆け下りてくる途中につまずき、慌ててひびきが支えたのだという。その拍子に彼女が持っていたファイルが鏡と壁の間にはさまってしまったのだが、恒が戻って来たのがそれと同時だったというのだ。
「霧杜さん、俺たちが向こうに行ってる間、鏡に何かしました?」
 紫桜が問えば、ひびきは軽く首を傾げた。
「鏡には何もしてないけど、鏡の裏にガムがはさまってたからそれを捨てたかな」
「俺たちが戻れなくなりかけたのはそのせいなのか?」
 そして、鏡と壁の間にファイルが挟まった拍子に戻って来られたのだ。恒はひびきの言葉に首をひねった。
「てーことは何? 鏡がちょっと傾いてたから、向こうとの出入り口が開いてたってこと?」
 暁が素っ頓狂な声を上げて肩をすくめた。
「そっか。何かの原因でここに空間の歪みができちゃって、それを鏡でふさいでたんだね」
 ひびきは得心がいった、とばかりに頷いているが、何とも物騒な話だ。そんな中途半端なふさぎ方はやめて欲しい、と恒は切実に思う。
「で、誰だよ、こんなとこにガムはさんだやつ」
 暁がやれやれとばかりに首を振ると。
「あ……、俺だ」
 立ち尽くしていた植畑がぼそりと呟く。
「いや、何日か前、ガム噛みながらここ通った時、前から先生来たから慌てて紙に包んでここに押し込んで、それきっり忘れてた……」
 4人の視線を集めて、きまりわるそうに首をすくめながら植畑は頭をかいた。
「因果応報……」
 傍らで紫桜がぼそりと呟いた。

 翌日には「専門の」業者が来て、鏡と壁を直して行った。これで当分は行方不明者が出ることはないだろう。
 そして、今朝も恒は走っていた。やっぱり途中で忘れ物に気付いて取りに帰ったのがまずかったらしい。校舎に駆け込み、階段のさしかかったところで、わずかに速度を落とす。そう、急いでいても足元にだけは気をつけて。恒はしっかりと足元を確認しながら階段を駆け上がった。

<了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【4782/桐生・暁/男性/17歳/高校生アルバイター、トランスのギター担当】
【3022/霧杜・ひびき/女性/17歳/高校生】
【5453/櫻・紫桜/男性/15歳/高校生】
【5432/早津田・恒/男性/18歳/高校生】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは。ライターの沙月亜衣と申します。
この度は、『踊り場での神隠し』へのご参加、まことにありがとうございました。
学校を離れて早ン年の身、今回はいろいろと新鮮な気分で書かせて頂きました。何だか前回に引き続き、お掃除(?)が出てくるあたり、私の中でただいま美化強化期間なのかもしれません。
とまれ、今回も微妙に、皆様にお届けしたノベルに違いがございます。少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

そして、階段を上り下りされる際にはくれぐれもお気をつけ下さいませ。先日、慣れているはずの階段で足を滑らせ、危うく転びそうになった沙月でございました。

早津田恒さま

再度のご発注、まことにありがとうございました。再びお会いできて非常に嬉しいです。
そして、ぴったしカンカン(古!)大正解でございます。何も出ませんが、おめでとうございます。完全に脱帽でございます。
あまりに大正解だったので、どの時点で調査班に加わっていただくか、かなり悩みどころになったくらいでした(笑)。

とまれ、忘れ物と階段にはご注意下さいませね(笑)

ご意見等ありましたら、遠慮なくお申し付け下さい。できるだけ真摯に受け止め、次回からの参考にさせて頂きたいと思います。

それでは、またどこかでお会いできることを祈りつつ、失礼致します。本当にありがとうございました。