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<白銀の姫・PCクエストノベル>


怪奇系始末屋、拘束される

■オープニング

 何故、この私と同様の力を持つ武器アイテムがこのゲームプレイヤーの手の中に構築された。『フォモール王の重き瞼』…これはバグ…いえ、計算上では起こり得ない設定にはされていない…確率は著しく低いがこの能力を持ち得るアイテムの構築は正常値の範囲で起こり得る事…。私の力は『バロールの魔眼』…このアイテムは『フォモール王の重き瞼』…名称も異なっている。命令の重複は――プログラム上の不具合は起きない。
 これは正常値。私はゲームプレイヤーの『アスガルドで生活する者』として正しいプログラム・そしてその運用をシステム面から妨げるようには設定されていない。このゲームプレイヤーはアスガルド――ゲーム『白銀の姫』で生活する者として逸脱する行動を取ってはいない。
 取ってはいないが――その能力は私と同じもの。ならば私の選択した手段、世界の不正終了に予定外の影響を齎す可能性がある。他ならない、私と言うキャラクターと共通のアタックプログラムを持っているならば。
 …ゲームプレイヤーは『殺して』も兵装都市ジャンゴで復活する。ならばここで邪竜の巫女がこのゲームプレイヤーを『殺して』も意味は無い。コンバートアイテムは一度『死んで』も消滅しない。
 正常値のキャラクタープログラムである以上、敢えてゲームプログラムに介入し消去する事も出来ない。けれどこの場合は不正終了に――世界の破壊に私の望まぬ影響を齎す可能性のあるプログラムであるとも言える。
 今は邪魔になる…けれど消去は許されない…ならば…影響を及ぼさぬよう、隔離しておく必要がある…。



 …暗い、じめじめした場所だった。わかりやすいくらい『らしい』場所である。さすがゲームと言うべきか、それでも――実のところあまり余裕は無い。
 真咲誠名は頑強な檻の中に居た。
 檻の外には邪竜の巫女ゼルバーンがクロウ・クルーハの眷族らしいモンスターを引き連れ佇んでいた。誠名は失踪者を捜索する内に彼女と対峙してしまい、必然的に戦う羽目になってしまった。当然結果が――これだ。さすがにラスボス絡みの悪のヒロインとサシ(一対一)で戦うには冒険者としてのレベルが低過ぎたらしい。それとも――パーティを組まず単独行動だった事がまずかったか。
 ただ。
 そんな訳なので『負けた』事は素直に認められるが――そこで『殺され』ない事には疑問を感じた。
 …何かが、おかしい。
 今、誠名は『殺される』事無く『囚われている』のだから。
 彼女との戦闘時、破れかぶれの最後の手段として、ずっと使う事が無かった危険度最上級である自分の能力がコンバートされた武器、『フォモール王の重き瞼』と名付けられたショットガンの銃口をゼルバーンに向けた――向けはしたのだが。
 土壇場で迷いがあって結局撃つのを止めた。
 …そこから、何かがずれて来た気がする。
 今のこのゲーム『白銀の姫』は、正常の状態に無い事は前々からわかっている事で。そんな中でこのショットガン――『フォモール王の重き瞼』を下手に使えば色々と…今より更に手に負えなくなる可能性も否定は出来ない。何と言ってもその効果が対象プログラムの初期化・消去なのだ――この不安定なゲームプログラムへどのくらい干渉してしまう事になるのかわからない。いちプレイヤーが持つには重過ぎる効果に思える。
 更にはそこで躊躇ったせいで邪竜の巫女と言うキャラクタープログラムのひとつに拘束されてしまったのだから――正直なところ焦燥は、ある。

「…内側からは決して開かないわ」
 外側からは簡単だけれど――ここには決してだぁれも来ない。
 そう言い残して、ゼルバーンは背を向ける。檻の中の誠名は瞬間的に決し、持っている小型拳銃を彼女に向け、発砲。が――不可視の何物かに遮られたように、檻の向こうに銃撃は届かない。直後、今度は誠名は自分のこめかみにその銃口を当て躊躇いなく引き金を引くが――引けたが、何の衝撃も無かった。
 改めて拳銃の残弾数を確認する。思った通り、何事も無かったように囚われる直前まで数えていた通りの数、残弾がある。…今撃った筈の二発分はまだ銃の中で発射されるのを待っている。その事実に誠名は舌打ちした。
 この檻の中では外から見たところ――グラフィックや音声、感触等誠名が感じている五感の方では撃っていても、実際のプログラムでは撃ったと判定されていない。
 舌打つ誠名を振り返り、不敵に微笑むゼルバーン。彼女が立ち去ったのを見届けてから、誠名は檻の格子をぐい、と握った。
 …『殺されない』のは――そして『死ぬ事が許されない』のは、何故だ。
 これは自分と言うプレイヤーキャラクターのプログラムが、ゲームプログラム内の一角に隔離された、そう言う事にはならないか。
 実は結構深刻な事態に、誠名は必死で思考を巡らせる。
 何か『脱出』の、手段はあるか。

 …暫し後。
 何故か、誰かいませんかぁ〜、と怯えたような――それでいてやや場違いなくらいの可愛らしい声が反響しながら近付いて来た。恐る恐る歩いているような遅々とした足音。誠名が檻の隙間から外へ視線をやると、やがて見えた姿は、金髪のツインテール。
 薬草売りのルチルアである。
「………………ルチルアの嬢ちゃん?」
 訝しみながらもぼそりと呟くと、そのツインテールはぴょこりと飛び上がって驚いた。
「ひゃっ!!! あ、あれ? 誠名ちゃん?」
「おう。…こんなところで薬草売りが何してる? 勇者だか女神とでも逸れたか」
「え、えと、多分そうじゃないかと思うんですけど…よくわからないんです…気が付いたら誰も居なくてこんなところにルチルアちゃんひとりだけで…凄く怖くって…いつモンスターが襲って来るかと思うと…って誠名ちゃん!!!」
 今更になって話している当の相手が頑丈そうな檻の中に囚われている事に気付き、ルチルアは悲鳴を上げる。
「な、なんで誠名ちゃんそんな…っ!」
「…ちょいと邪竜の巫女と遣り合う羽目になってな。…んで、物は相談なんだが」
「だ、誰かの助けが必要なんですね、わ、わかりました、る、ルチルアちゃん誰か勇者さま捜して連れて来ますっ」
 ですから、諦めないで待ってて下さいねっ!!
 言って、ぐっと握り拳を作るとルチルアは檻の前から何処ぞへ駆けて行く。誠名が慌てて引き止めようとするが――聞く耳無し。と言うより――誠名ちゃんを助ける! と言う使命感に燃え、聞こえていない…。
「…ってルチルアの嬢ちゃんよ、そーじゃなくて…お前さんがこの檻開けてくれれば一発なんだけどよ…」
 この檻、外側からなら簡単に開くみたいだからよ…。
 そうは言ってみるが、その時ルチルアの姿は既に何処かへ消えている…。


■相方の探偵とも何処か似た装いに、妖精の加護を受けた花飾りを着けたおねえさんの場合

 呪われた未完のゲーム『白銀の姫』の中の世界――アスガルドへ来訪すると、まず下り立つ事になるのは兵装都市ジャンゴの内側。…ゲームプレイヤーと見なされるならば誰であっても例外は無いらしい。その理由はスタートラインに相応しく基本的な情報収集に適する、及び施設の充実と言う部分もあるが――こちらの世界で人々に話を聞くに、この都市だけはモンスターから不可侵であり、安全である為――と言う建前の方が大きいらしい。
 だが昨今、このジャンゴも安全とは言い切れない事態は多々起きている。機骸市場で起きたモンスター…それも邪竜クロウ・クルーハの眷族が現れたと言う騒ぎ、然り。いや、そもそも不正終了の切っ掛けが、クロウ・クルーハがジャンゴを陥落させる事なのだから、タイミングによっては相当危ないのが本当のところなのだろう。
 ともあれ、ゲームプレイヤー――冒険者なり勇者と判断された者はまずジャンゴに下り立つ。けれど、そう判断されないまま取り込まれた一般の人間に関しては、スタートラインとしてこのジャンゴに下り立つ、と言うお約束自体が通用しない。
 このアスガルドにNPCとして取り込まれている一般の人間が少なからず存在する。それは彼女――シュライン・エマも承知だったが、先日現実世界に戻った時偶然、更科麻姫からの依頼――モンスター騒ぎを何とかする事を手伝ってくれと助力を請われたその結果――もうひとつ可能性が判明した。
 それは、敵――NPCのみならずモンスターの中にも一般の人間が取り込まれている可能性。現実世界に現れたモンスターの中に取り込まれていた、そんな人間が、実際に居たのだ。
 そうなれば、考え方を変える必要も出てくる。
 …一般人把握時の範囲、広げなくちゃ。
 考えながらもシュラインは酒場――勇者の泉へと向かっている。…草間武彦と黒崎潤との待ち合わせの時間は、程近い。時計代わりにもなる頭に着けた花飾りの蔓を、コートの袖口に差し腕時計の如くデジタル時刻表示させ、確認。蔓を抜く。表示が消える。…自然、足が少し速められる。
 …取り込まれる先が敵の可能性もある、とは考えていなかった事の甘さ。それだけでは無くもうひとつ気になる事もある。それは真咲誠名の事。更科麻姫が持ち込んだ現実世界でのその依頼は――本来、真咲誠名の裏稼業こと怪奇系始末屋に持ち込まれた仕事になる。が、肝心の誠名が別件の依頼、どうやら失踪者の捜索をしている最中にそのまま自分も行方不明、それも――失踪者捜索と言うそちらの依頼もまた、この『白銀の姫』と関りがありそうだと言う話で。…確かに、ただの失踪者捜索依頼が『怪奇系』始末屋に入るとは思い難い。そうなれば何か別の要素がある事も考えられる――そう、昨今の状況から考えれば『白銀の姫』なんか、ちょうど当て嵌まる要素と言える。そうなると、誠名の目的は――自分たちと同じなのかもしれない。
 …何にしろ、誠名さんいったいどうなさったのかしら?
 そんな思いも浮かぶが、取り敢えず今のシュラインの状態では――如何ともしようがない。
 と。
 金髪のツインテールが慌てた様子で転げるように走ってくるのが視界に入った。と思ったら、シュラインの姿を認めて、あっ勇者さまっ!!! と声を上げている。
 その姿は、見覚えのあるNPC。
「…ルチルアちゃん?」
「は、はいっ薬草売りのルチルアちゃんですっ、あ、あの、た、大変なんです誠名ちゃんがっ!!!」
「え?」



 …非常に慌てた様子のルチルアの口から、ちょうど考えていた当の相手の名が出て来た事にシュラインは俄かに驚いた。そしてもっと詳しくルチルアに話を聞くと――どうやら、とあるダンジョンの檻の中に真咲誠名が捕まっちゃっているのを助けて欲しい、と言う話で。
 それを聞き、ひとまずシュラインは持っている地図を広げ、位置の詳細を確認。と――ルチルアがここですと言ったその場所は――絶海の森に入っている。即ち、邪竜クロウ・クルーハの覚醒の地に程近い、ダンジョン。
「…そんなところなの!?」
「はい。…えと、中もある程度なら、わかりますけど…何も無い正解の道と罠のある道、モンスターが居る道…それぞれ灯されている『照明』の色が少しずつ違うんです。で…――」
「…」
 シュラインはルチルアの説明を黙って聞いている。奇妙なくらい細かく説明が出来ている事からして、本当にそこから逃れて来たのだろう事実に、シュラインは良くぞ無事でと思う。が、反面――ここまで情報を持っているNPCと言うのは、ありなのだろうか?
 それに――こう言っては何だが、たかが薬草売りの娘と設定されたNPCが、この手のイベントの切っ掛けの情報を持ってくるのはやや場違いではないだろうか。…ダンジョンの近隣に隠れ住む住民やら、ダンジョンから命からがら逃げ出せた冒険者パーティの生き残り風のキャラクターとか、モンスター側の内通者らしきキャラクターとか…そんな設定をされているNPCなら、比較的自然な気がするが。いや、それでもダンジョン攻略のヒントらしいものを事前にここまではっきりぶっちゃけるNPCは普通居ないだろう。
 が、ルチルアの方の表情は必死である。
 …本気で誠名の事を心配しているようだ。確かにこのルチルア、NPCとは言え自我に芽生えている方のキャラクターと言えるが、それでも――この行動は。
 どうも、警戒しておいていいような成り行きの気がする。…それは、ルチルア当人に悪意が無い事だけは間違いないだろうが。
「…そこまで情報があれば私でも何とかなるかもしれないわね。…武彦さんや黒崎くんに頼んでみるって手もあるし」
 特に黒崎くんが手伝ってくれるなら、モンスターは近付いて来ないから戦闘しなくて済むし。
 考えながらシュラインがそう受けると、ルチルアはどうか誠名ちゃんの事宜しくお願いしますっ、と勢い良くお辞儀。出来る限りの事はするから――ルチルアちゃんはもう危険な事考えないでここで待っててね、と言い聞かせるシュライン。そんなシュラインを、ルチルアは心配そうに見ている。
 …そんなルチルアと別れ、心細そうなその姿に向けて小さく手を振ってから――シュラインは改めて、草間武彦と黒崎潤との待ち合わせの場所である、勇者の泉へと急ぐ事にした。
 この件もまた、ゲームに取り込まれた人たちを救い出す為の――何かの切っ掛けが掴める事になるかもしれないから。…それに単純に、知人を助けてと請われれば、放っておけるものでもない。


■怪奇系始末屋救出作戦、開始

 …勇者の泉。
 兵装都市ジャンゴにある大きな酒場。情報が集まるところ。勇者や冒険者たちの憩いの場。
 そこにまず来訪していたのは――シュライン・エマ。彼女の場合は草間武彦及び黒崎潤との待ち合わせが元々の理由。ただ、ここに来る途中、ルチルアから助けを請われた件もある。
「こっちだ」
 声と共に手が上げられる。ロフト席、入口が見下ろせるテーブルに着いていたのは武彦の姿。テーブルを挟んだその向かいではカップ入りの珈琲か紅茶か何か飲んでいるらしい黒崎の姿もあった。今日のところはシュラインの方が遅かったらしい。
 と、シュラインがロフトに上がろうとしたそこで、今度はまた聞き覚えがある声に呼び止められた。振り返れば――そこに居たのは、綾和泉汐耶とセレスティ・カーニンガム。アスガルドでも顔を合わせる事が多い相手。
「シュラインさんも来てらっしゃったんですね」
「…って私と同じタイミングと言う事は――ルチルアちゃんのお話、もしかして聞いてる?」
「シュライン嬢も誠名さんの件を?」
「ええ。危ない場所みたいだから、話だけ聞いてルチルアちゃんにはジャンゴで大人しくしてるように言っといたんですが…」
 で、私は取り敢えず武彦さんたちと合流する必要があったのでその為にルチルアちゃんと別れて。…と言う事は草間さんが居るんですね? 上に居るわよ。そうでしたか。…確かに黒崎君にでも助力を請えれば心強いですしね。…等々、三人は話しながらロフトの階上へ。
 そして――程無く武彦と黒崎の居る席に辿り着いた。そこに来るまでに、武彦らの方からもセレスティや汐耶の姿は見えている。
「揃いでどうした? …階段で何か話し込んでいるようだったが」
「それは――」
 聞かれ、今来た三人は誠名が何処ぞのダンジョンに囚われており、それを助け出して欲しいとルチルアから頼まれた旨を武彦と黒崎にも話し出す。それから汐耶が、先日現実世界であったモンスター騒ぎの件――それも当の誠名とも満更無関係でもない件を改めて武彦の方に伝えていた。…各所で起きているモンスター騒ぎの解決を頼むと助力を請うて来たのが誠名の部下。その依頼を受けて&別口から同じ件で動いていた面子でその内の幾つかだけでも何とか騒ぎを抑えた件。アリアンロッドのコピーと言う人物が居た件。それと依頼遂行の際、モンスターの中に現実世界の人の魂が取り込まれている場合があった事もシュラインが付け足していた。それから――アスガルドの世界がそのまま現実世界に侵食しているらしい件も話す。どうやらゲーム内のみならず現実世界でも事は簡単に済まなくなってきているらしい。…武彦も黒崎も、暫く黙って聞いている。
「…失踪者捜索に出たまま行方不明、それでこちらに来たら…どうやらアスガルドで何者かに囚われてるって事が判明した訳か」
 ミイラ取りがミイラになるって奴だね、と苦笑しながら呟く黒崎。
 そこで、シュラインが口を開く。
「で、私たち三人は誠名さんを助けに行くつもりなの。それで――戦闘避ける為に黒崎くんも来てくれたら、と思っているのだけれど」
「僕が?」
「そう。…無理にとは言わないけど」
 一応、黒崎の顔色を窺うようにシュラインは告げる。
 黒崎は――少し考える風の顔をした。
「…あまり余計な時間は取れない。ただその件、急ぎでやると言うなら構わないけどね。…ゲームプレイヤーが殺されないで捕まってるなんて聞いた事無いからさ。このアスガルドでそんな事をするモンスターは居ない。ここではモンスターは設定された運命から逃れられない…ゲームプレイヤーを殺す以外、できない。…する気にもならないだろう」
 かと言ってただのNPCがそんな――絶海の森近いダンジョンの奥まで行った上でゲームプレイヤーを脅かす行動を起こせるとは思えない。ならばゲームプレイヤーが、とも可能性が出るが――そんなところでそんな――ダンジョンの地形的背景にまで関る能力を発揮した上、長く持続させられるとも思えない。
 その話――僕でも少し引っ掛かる。
 と、そこまで告げると黒崎は干したカップをテーブルに置いてすぐに席を立つ。…行くのなら早々に行こうと態度で示している。その正面で武彦もまた自分のカップを干していた。
「…真咲さんには世話になってる。それにこちらの世界で囚われてるって言うなら、『取り込まれた人間を外へ連れ戻す』――って言うこちらの元々の目的にも当て嵌まるしな」
 俺も行こう、と黒崎同様席を立った武彦はロフト下へちらりと目をやる。と、ちょうど入口からまた誰か客人が入ってきたところ。…入ってきたのは偶然にも、見知った顔で。
 武彦の視線を受けたそのタイミング、黒いドレスを纏った妙齢の貴婦人こと『クロウ』を連れた白拍子――田中緋玻は、階下からロフトの上へひらひらと手を振って見せていた。
 更にその直後、店の入口がばん、と勢いよく開かれる。ロフト上の武彦たちと目の前に居た二人連れの、お互いに知り合いらしい遣り取りを偶然目に入れ、長ラン姿の彼――強羅豪はそこに声を掛けていた。
 …ダンジョンで真咲誠名と言う人が囚われている旨と、彼を助ける為の仲間を探しに来た旨を。



 で。
 真咲誠名救出作戦に出る事が決まった一行は、機骸市場――ではなくモンスターの襲撃で瓦礫と化した機骸市場から何とか逃れ、更には早々に商売を再開している強かな――と言うか黒崎曰くゲームプレイヤーの便宜上元々そう言う設定になっているだけらしい――店主たちの露店を見て回り、準備の為の買い出しに入っている。
「まずは…不測の事態に備えて食糧に水も買い込んでおきましょう」
 長丁場になる可能性も否定出来ませんし、とセレスティ。
「…それと、どのくらいの期間囚われているのかはルチルアさんのお話では判断できませんでしたが――もし長く囚われているのなら、真咲誠名さんの身も衰弱しているかもしれません。…その為の食糧や水を考える必要も」
 少し考えながら、豪。
 セレスティもその科白に頷いた。
「そうですね。…それはこのアスガルド世界はゲームではありますが、何故か現実世界同様と考えられる要素も時々見受けられますから…可能性はありますか。それと――地図も入手しておくべきかと…」
「あ、地図ならここにもあります」
 小さく手を上げ、シュライン。彼女の持っていたそれを広げてみて――目的地のダンジョンがあるらしい、絶海の森近辺を見てみる。ダンジョンとして有名どころはまず堕星の遺跡。他には――絶海の森自体が難攻不落のダンジョン扱いにされている節もあり。それ以外に、近場にめぼしいダンジョンがあるとは記載されていない。…シュラインの持っているのはアスガルドの世界地図になるので、ダンジョンひとつひとつを見るにはさすがに少し大雑把ではあるか。…が、道程の距離的な縮尺は、ある程度正確に取れるだろう。
「…目的地周辺だけ載ってるような…この地図より詳細に載っている物がもしあったら、買う事にしましょうか」
 あまり期待は出来そうにないですが。呟きながらセレスティは露店を物色。…とは言えダンジョンのひとつひとつをピンポイントでマッピングしてある地図は…ゲームプレイヤーが換金目的で売り払ったと思しき物しかない。そして今回の目的地の場合――ダンジョン自体が、不明だ。ひょっとすると絶海の森に含まれる場所なのかも知れない。それに――噂すら聞いた事の無い場所らしい事からして、どうも隠しダンジョンのような気配もある。さすがに件のアヴァロンへの入口の一つ…とは思い難いが、こう来るならばそのダンジョンを踏破したゲームプレイヤーなど端から期待出来ない。
「自分たちで直接マッピングするしかないかもね?」
 露店の商品を物色しつつ、小首を傾げて、緋玻。…有名どころのダンジョンの地図なら、詳細であればある程高額取引されているようだが――隠しダンジョンの類や異変によって現れたようなダンジョンについての地図は…無い。…無くて当然か。
「場所柄も重要ですけど、回復薬とか武器の補充…も一応考えて置いた方がいいと思います」
 ぽつりと汐耶。…それは戦闘が目的ではない上に黒崎が同行しているとは言え、場所が場所。…危ない事に変わりはない。
「…そうですね、何が起こるかわかりませんし…現実世界とは少々勝手が違いますからね」
 こちらの世界で確実に効力を発揮する品々をある程度準備しておく必要もあるかと。
 静かに同意する、『クロウ』と名乗った妙齢の貴婦人。
「それから馬車か車…とにかく乗物の類もあるといいのでは、と思うのですが」
 徒歩でなければそれだけ移動速度が上がりますし、モンスターに遭遇したとしても振り切る事が出来ると思いますしね。そう続け、セレスティは『十字架の錫杖』をステッキ代わりに突きつつ、また別の店を探そうと移動を始める。
 と、俄かに心配そうな声がシュラインから掛かった。
「でもお金が…」
「大丈夫ですよ」
 が、セレスティはにっこり。
「さすがに時間が短いですから現実世界程には行きませんが、こちらの世界でも結構貯まっています」
 金銭面はどうぞ、御心配なさらず。



 …CASLL・TOは薬草売りのルチルアと相棒の子犬と連れ立って歩いていた。ルチルアが来たと言うその道を注意を払いながら辿り、二人と一匹は誠名の元へと急いでいる。…歩く中、モンスターの姿は見えない。モンスターどころか他のキャラクターとも遭遇しない。ルチルアが来たその道を戻れば幾らか安全では、と思ったCASLLの思惑はそれなりに当たっていた。
「えーと、確かこっちです。はい」
 極力目立たないようにとのCASLLに倣い、話す時はルチルアも小声で話している。自分に言い聞かせるように頷き、ルチルアは向かう先を指差しCASLLの顔を見た。
「…目印も特に見当たりませんが…よく迷わずに進めますね」
 ルチルアさん。凄いです。
 と。
「ん〜、憶えてるってゆーか…こっちな気がするんです。夢だったかもしれないなとも思うんですけど、実際ルチルアちゃんが歩いた道の気もしますし。…モンスターにも遭遇してませんし、前向きに考えましょうっ」
 CASLLに褒められにこっと笑ったその顔は――根拠の無い自信に満ちている。
「…」
 …やや不安だ。
 と、CASLLが不安げな――他者が見れば何を企んでいるのかと言った凶悪な面相になっていた、そんな折。
 遠くから排気音が微かに聞こえた。二人と一匹の背後、離れたところから――徐々に近付いてくるような音。何者か。思いながらCASLLは警戒。ルチルアを庇う形に連れ込み叢へと隠れ、その排気音の主をやり過ごそうとする。子犬もすぐにCASLLに続き、叢に飛び込んだ。
 やがて姿を現したのは――このアスガルドでは比較的有り触れた乗物・五人乗り程度の車、二台。それも――あろう事かCASLLとルチルアが隠れたその近くで静かに停車した。そしてドアが開かれ数名が降車する微かな音。CASLLたちに緊張が走る。
 と、まるでその居場所がわかっているかのように――CASLLたちは囲まれていた。
 ………………勇者と言うか冒険者一行に。
 強羅豪に草間武彦、綾和泉汐耶と言った、思いっきり見覚えのある面子がどうやらCASLLとルチルアが隠れている叢を取り囲んでいる。
 その事実に、ルチルアはきょとんとした。…無防備に顔を出す。
「はれ? 勇者さまたちどうかしたんですか?」
「ルチルアさん、今助けます!」
 …何?
「ちょ、ちょっと待…」
 と、CASLLが発言しようとするなりびしっと向けられる銃口やら『カルッサ』の鋭い石突やら…。
 それを見て、漸くルチルアも気付いた。…CASLLが自分を襲っているモンスターだと勘違いされている事を。
 顔色が蒼褪める。
 そして今にもCASLLに攻撃を仕掛けそうな皆々様に向けて、ルチルアは慌てて訴えた。
「ちっ、違いますこのCASLLちゃんも勇者さまですっ、モンスターじゃありませぇ〜ぇんっ!!!」
 必死な筈なのだが何処か抜けた印象のルチルアの声がその場から高らかと響き渡る。
 …何でもいいが、隠密行動には果てしなく向かない行動である。

 で。
 間一髪のルチルアの一声でその場の皆さんの目が丸くなる。慌ててルチルアはCASLLの素性に関して説明を始めた。こんな怖い顔してるけど勇者さまである事、誠名ちゃんを助けて欲しいと頼んで快諾してもらった事、自分が来た道なら幾らか安全ではと言う話で自分が道案内に同行している事を切々と訴えた。その話と同時に豪もまた自らの使役するデーモン『ゴールデン・レオ』の『獅子の目』の能力で一応、御本人様にお断りの上CASLLを分析している。大人しくその場に居るCASLL。分析後、大変失礼致しましたと豪から礼儀正しく謝られ、慌てて間違われるのは慣れてますからとそれを宥めるCASLL。…威圧的な外見とは裏腹に、とっても低姿勢でいいひとのようである。
 …車側の面子曰く、シュラインのコンバートアイテム『妖精の花飾り・マナナーンの祝福』の能力でルチルアの存在と――すぐ側に未確認のキャラクター、つまりCASLLの存在が確認出来た為、様子を確かめる為に停車したらしい。そして――ルチルアの側に『白銀の姫』仕様のCASLLの姿を見、咄嗟に勘違いが起きたと言う訳だ。
 無論そんな話ならばこんなところで味方同士ドンパチやっている場合では無い。そもそも車側の面子も動いている理由は同じなのだから――それを改めて言うと、何故かルチルアが驚いている。…皆さんにお願いしたのルチルアちゃんの夢じゃなかったんですねと声を上げている。
 その発言に疑問符が幾つか。特にシュラインと汐耶が――実は話を聞いたその時からなのだが、心密かに引っ掛かっている。そもそも何故誠名が囚われていると言うそんな場所にルチルアが居合わせたのか。無事で居られたのか。…それに今の発言。つい先程話した筈なのに――それもシュラインと、汐耶&セレスティ、それと『クロウ』&緋玻、豪ことアリアンロッド陣は別々にルチルアから話を聞いている。それにCASLLも加えれば、都合五回もルチルアは声を掛けている訳で…それを、夢かと忘れている? 幾らルチルアでも(失礼)そこまで物覚えが悪いとは思えない。…もしくは、夢かと忘れているのはNPCとしてのプログラムの理由で、なのだろうか?
 ルチルアに関する気懸かりは少し膨らんだ。が――だからと言ってこんな辺鄙な場所からジャンゴまで一人で帰らせる訳にも行かない。それにCASLLの言う、ルチルアの来た道をそのまま戻るのが良いのでは無いか――と言う説にも一理ある為、結局このまま皆で同行する事にした。
 幸い、乗って来た車にも空きはある。…誠名を考えると一人分足りなくなるがそこは――先導側の車両運転を受け持っていたシュラインが手持ちのジェットブルームに乗り換えてそちらで行くと言う話に収まった。で――シュラインが降りたそちら側の車両に、CASLLと子犬、そしてルチルアが乗り込む事になる。先に乗っていた――元々車から降りなかった黒崎は、彼らに向け、災難だったね、と何やらすべてわかっていた風の苦笑を向けている。その様子を見、察していたなら先に言えと苦い顔でぼやきながら武彦がシュラインから運転を変わっていた。続け、豪もそちらに乗っている。
 ちなみに汐耶はもう一台の方に乗っていた。そちらの運転は『クロウ』と名乗るドレスの貴婦人が担当。降りずにいたのはセレスティと緋玻。…セレスティは水、緋玻は扇での炎、何かあった時の助力は動かなくとも出来る為。そして同時に――下手に前線に出ても足手纏いかと思った為だったり、冒険は若い者に任せるべきよねとばかりに都合よく年寄り発言ぶちかましてのんびりしているが故だったりする。
 シュラインの『マナナーンの祝福』がモンスターの位置を把握する為の手段。そしてモンスターだけでは無くその他の様子も探る為、いつの間にか放たれていたらしいのが『クロウ』の使い魔。…それがあった為にこの二人が車両の運転を担当していた訳で。更に先導側の車両に万が一の為のモンスター避けに黒崎。そこにルチルアの案内が加わり、CASLLに関しての勘違い以降、往路は順調過ぎるくらい順調に進んでいた。スピードも相当上げている状態。…もうどれくらいジャンゴから離れたか。
 あそこです。更に走り、ルチルアが指差した先には――ジャングルの森の如きうねる枝で覆われた、見るからにおどろおどろしげな暗い場所が確かに、存在した。…ただ、一見、ダンジョンの入口風には見えない。ただ、今までとは別の種類の草木で覆われた暗い森がある――そんな場所に、見える。



 到着後、中を車で行くのは無理のようなので乗って来た車両を隠し、一行は徒歩でそのダンジョンへと足を踏み入れた。結局――やっぱり一人で待たせておくのはアレなのでルチルアが先導。それを直接護衛するようにCASLL、シュラインと『クロウ』がそれぞれの能力を活用しての情報を付け足し補佐に入っていた。…そちらの道はモンスターが居る。避けるにはこちらの道がいいと思うけどルチルアちゃんどうかしら。罠らしきものが見えますが。稼動しているかどうかはよくわかりませんね。…それらを聞きつつ、豪が歩いて来た道をマッピングしようと試みる。そこに緋玻が、こーした方が見易いわよとばかりに横からその紙に書き込みを追加。マッピングのお手伝い。有難う御座いますと慌てて礼を言う豪。頑張りなさいな若人よと声を掛けつつ、緋玻は骨に青貝が象嵌されている白地の扇で、豪の肩をぽむと叩く。
 …ルチルアは迷わない。
 どうやらこのダンジョン、灯りの色で道が区別してあるらしく、分岐は相当多くある。が…何故そんなに確り憶えているのだろうかと思う程ルチルアは迷わない。更には――そこには罠があります気を付けて下さいっ! と鋭い指摘まで入る。が――指摘されたその場所、表面的には罠らしきものには見えない。…ゲームの中の罠であるなら何がしかのサインがあって然るべきでは無いだろうか。思うが――結局、これはどうしようもなさそうね、印だけ付けときましょ、と緋玻がまた豪の手許の地図に書き入れる羽目に陥っている。…簡単なものなら作動しないよう小細工して脱出の為のバックアップをしておこうかと思っていたのだが――どう手を出したらいいのかわからないような罠となれば場所を確り記憶しておくしかない。汐耶やセレスティ、武彦もそのお手上げ気味な罠の傾向を考えてはみたが――どうも、ゲーム世界の罠にしては些か巧妙過ぎる気がした。それは現実世界ならば幾ら巧妙であってもいい。だがゲームであるなら、罠は最終的にはゲームプレイヤーにわからせる・外させる・引っ掛けさせる――どんな形にしろ『知らせて』初めてその役を果たすものな気がするのだが。
 事実、黒崎もこの場所は何だか変だ、と告げている。…曰く、表面的には露骨に張りぼて――CGがおざなりに張り付けてあるだけのような気がすると。それでいて――中身はシステムが剥き出しになっているように厳格だ、と。
 更に進む。他の場所をまたルチルアが指摘した。絶っっっ対にこの先のスペースに触っちゃ駄目です! とルチルアが両腕を大きく広げて示し断言したその空間も何らかの罠であるらしい。少し考え、黒崎が買い込んであった消費アイテム――分類は結構強力な魔法攻撃アイテムでつまりは誰でも魔法が一度だけ使える武器――を一つ取り出し、そのルチルアが触るなと言った空間目掛けて投擲した。制止する間も無い。が――そのスペースにアイテムが達するや否や、何の効果グラフィックも出ないままに、ただドット単位でそのアイテムが分解され、見る見る内に消滅していた。
 起きた事は、それだけで。
 黒崎の行動を制止しようとしていた面子も、それを見て停止する。
「――」
「…罠どころか、ファイアーウォールとでも言った方が、どうも正しそうな効果に思うんだけどね?」
 肩を竦めて、黒崎。
「もう一度やってみていい?」
 と、やや青褪めつつも汐耶が蛾眉刺――中国古来の投擲用暗器――をスカートから取り出し、件の場所に投擲してみた。結果は――同じ。…そのスペースに達するなり、ただ分解され消滅している。…もしこれが、キャラクターだったなら? それも――人の魂を宿したキャラクターだったなら…?
「つまりここに触れたら、お終いって事ですか」
 セレスティがぽつりと確認。
「…このダンジョン、こんな場所があちこちにあるって事?」
 目の前の状況にやや引きながら、緋玻。
「はい、ここみたいな――触っちゃ駄目な場所、まだまだいっぱいあります」
 こくりと真面目な顔で頷くルチルア。
「…先程使い魔の一匹が唐突に姿を消しましたが――これでしたか」
 はぁ、と小さく息を吐き、『クロウ』。
「…音も何もしないのに」
 緊張した面持ちで、シュライン。そして――弾かれたように『クロウ』を向き直る。その使い魔って現実世界からの――元々の使い魔と言うお話でしたよね、と確認。シュラインが何を言いたいかを『クロウ』もすぐに察する。…つまりは現実世界の魂もこの場所は消去するのか、と。
 そんなシュラインの問いに対し、ええ、その使い魔はこの世界から完全に消滅したようです。ジャンゴに戻った訳でも無い――気配が一切感じられませんから、と『クロウ』はすぐに答える。
 これは――キャラクタープログラム諸共魂をも消去するもの。そう答えが出た途端、一行の視線がルチルアに集まった。それこそ何故ルチルアと言う――いちNPCがそんな事をさも当然のようにあっさり感知出来るのか。
 いきなり注目され、何事かと目を瞬かせるルチルア。
 が、ルチルアはそれ以上は困ったような態度であるだけで――特に不自然な態度を取る訳でも無い。えと、先に急ぎますっ、と宣言し、再び道案内に戻る。
 そして――ルチルアらの先導に加え、黒崎の効能もあったか、殆ど何も事件は起きないまま、暫く歩き。
 あちらです、とルチルアが差した方角には――確かに少し様子の違う一角があり。更にはルチルアの声が上がった、その直後。
「…本当に連れて来やがったよ」
 女にしては低く、男にしては高いような微妙な音域の声が、やや呆れ混じりな口調で飛んで来た。
 …少し様子の違う一角の何処かから発されたと思しき、真咲誠名の声である。



 少し様子が違って見えた一角から誠名が囚われている当の檻を見付けて、わー無事です良かったですーと真っ先に檻に駆け寄るルチルア。そんな彼女にさんきゅ、と礼を告げながらも苦い笑いが消えない誠名。…ひとまずは御無事で何よりです、お姫様。とそのままで悪戯っぽく告げるセレスティ。そー来ますかと笑う誠名。そんな顔を見、問題は無かろうとそれとなく確認しつつ、セレスティはおもむろに檻の鍵を開けようとする。
 が。
 豪から静かに待ったがかかった。そして――遮るように質問を投げる。
「貴方が真咲誠名さんですか」
「…ああ。お前さんとは面識が無いがな」
 唐突に問われ、豪がセレスティを遮った理由に気付いたか、にやりと笑って誠名は受ける。
 それで、セレスティの方も豪の意図に気付いた。
 豪に便乗して、悪戯っぽく笑いながらも質問を投げてみる。
「では私は――誠名さんの部下であるお嬢さんの名前と、バーテンダーをやってらっしゃる義理の弟さんの名前を伺ってみましょう」
 御二人ともアスガルドには一度も取り込まれていないとのお話なので、誠名さんが『本物』で無い限り、この場では出て来ない名前かと。
「うちの受付事務が更科麻姫でバーテンの弟が真咲御言。…そういや連絡入れられねぇままでもう結構経ってるな。麻姫の奴…結構困ってるかも」
「実際お困りでしたよ。…怪奇系始末屋のお仕事のお手伝いを我々の元に頼りに来るくらいですから」
 と、セレスティが言うなり、誠名の瞳に真剣味が帯びる。
「…どんな依頼です?」
「要点だけ言うと、このアスガルドで出現するようなモンスターが現実世界でも出現して暴れているのを何とか治めて欲しいと言う依頼がたくさん更科さんの元に来てしまって、草間興信所や真咲さん――御言さんの方を頼って来てたんです」
 内、モンスターの中に現実世界の魂が取り込まれている事も判明しまして。更に――その取り込まれていた人の中に、誠名さんがお仕事でお捜しの方もいらっしゃったんです。
「…そー来たか。つぅと取り込まれたまんまの姿で外に出ている可能性も有り得ると…」
 ち、と舌打ちしつつ、誠名。と――おい、と武彦が誰にとも無く口を開いた。
「ひとつ気になるんだが」
「武彦さん?」
「黒崎によればアヴァロンが外界に繋がる道では無いかと言う話だったな。それを疑う材料は現時点では特に無い。そしてアヴァロンへの道にはダム・ド・ラックが番人として存在した。そして彼女には一貫した理念があった。…モンスターは通さない、と」
「草間さんは…アヴァロン以外からも現実世界に出て行ける可能性がある、と仰りたい?」
 考えるよう顎に手を当てての『クロウ』のそんな科白に、武彦は頷く。
「ああ。…現実世界に居たそのモンスターと言うのは、こう言っちゃ何だが――雑魚だろ。それがあのダム・ド・ラックや湖の怪物を倒して――いや倒さなくてもいい、逃げても何でもいい。とにかく彼らの隙を突いてアヴァロンを通過するような真似が可能だと思えるか?」
「…無理ね」
 ぽつりとシュライン。…何故ならダム・ド・ラックは――既に気配でキャラクターを識別しているようだった。このゲーム世界でそんな判断が出来るとなると、そのキャラクターがモンスターと設定されている時点で、あの場所は通れない事になっていると見ていい。…それこそ、黒崎のような無茶をしない――無茶が出来ない限りは。
 ただ、件のその時に黒崎が人間扱いされていなかった事には引っ掛かるのだが――それは仮に解釈するなら『通さない』と言うその条件が高い位置に張ってあると言う事にもなるだろう。通過の条件が甘いのではなく、厳しいのだと。
 そしてそうなれば余計に、雑魚モンスターがあの場所を通るなど、考え難い。
 武彦のその指摘に、黒崎はふと考え込む。…アヴァロン以外の可能性。
 檻の中の誠名も同様、黙って考え込み腕を組んでいる。セレスティにシュライン、武彦に『クロウ』らもまた同様。
 と。
「…そこまで話が通じるならもう問題は無いんじゃないですか?」
 いつまでも檻越しで話してても不毛ですし。と、汐耶が前に出、かちゃりと檻の鍵を開けている。それを見てびっくりしているルチルア。…驚いている姿を見、だからお前さんが開けてくれりゃ手っ取り早かったんだってと苦笑混じりで誠名。程無く自分の足で檻から出てくる。えとあのごめんなさい、とルチルアはぺこりと頭を下げるが――いや謝る必要も無いけどなと誠名はその頭をぽむぽむ。そこに――そうでした、と豪が荷物から携帯用の食料と水を取り出した。宜しければ、と誠名に差し出す。
「お、ちょうど腹も減ってたし喉も渇いてたんだ」
 さんきゅ、と豪からそれらを受け取り、取り敢えず水の方をごくり。
 と。
 やはり少しは衰弱していたのか、立ち眩みでも起こしたように、誠名はよろめく。倒れかかったその姿を、咄嗟に豪が支えた。
「…あ、わり」
「…って――あのちょっと待って下さいっ!」
「…?」
 いきなり大声を上げられ、訝しげな顔をする誠名。対して――何故か真っ赤になっている豪。…暫し沈黙がその場を支配する。
 が――すぐにその理由は判明した。
「…あ、あの、貴方は――真咲さんの『お兄さん』、と伺っていたんですが…っ」
「…いやそれ間違いないけど」
「…って、あの、え?」
 混乱する豪。
 そんな豪にセレスティがああ、と納得し、口を挟んで説明する。
「あのですね強羅君。実は誠名さんには少々特殊な事情がありまして、現在の身体は女性なんですよ」
「…はぁ。…そ、そう、なんですか」
 セレスティが思った通り、やはり引っ掛かっていたのはそこ。驚きながらも何とか納得した豪は、ごほん、ともっともらしく咳払い。それで自分を落ち着かせようとする。と、そんな遣り取りを見ていた『クロウ』もまた、何故か複雑そうな顔をしている。くすりと意味ありげに笑ってそれを見る緋玻。…それを見て嫌そうな顔をしている『クロウ』。…何かあるらしい。
 そんな中、あの、とCASLLが恐る恐る口を挟んでくる。モンスターが避けると言う黒崎の存在があるにしろ、こんなところで油を売らずに早く帰還した方がいいのでは、と。そう言われ、誠名もそうそう、と打って変わって真剣な顔になりCASLLに同意。ただのモンスターを相手にするより各段にヤバい、自分を閉じ込めたのはあのゼルバーンなんだと告げ、皆に急ぐよう促す。
 が。
 元来た道を早々に帰ろうと言う中、ルチルアだけが――何故か動かない。
 凍り付いたように、彼女の足が止まっている。
 不自然にキャラクターグラフィックが、停止している。

 その内部では。

 ――…何をしている、そのプレイヤープログラムを檻から出してはいけない。
 ――…何で誠名ちゃん閉じ込めておかないといけないの。
 ――…そのプレイヤープログラムは脅威になる。ゲームシステムの制限を、その合間を縫って造り出された、私の能力を出来得る限りコピーし与えられたプログラム。
 ――…でも閉じ込められてるのやだもん。ルチルアちゃん誠名ちゃん好きだもん。
 ――…私の役目に差し障る。『白銀の姫』のプログラムは可及的速やかに停止させられなければならない。その目的に差し障る可能性は一つでも多く削除、不可能なら隔離しておかなければならない。貴様はシステムに逆らうか。
 ――…その役目もおかしいよ。どうして止めちゃうの。壊しちゃうの。そんなのルチルアちゃん、嫌だ。

「…細かい事なんてわかんない。でも、誠名ちゃん閉じ込めたり、世界を壊しちゃうなんて、やだ…――」
「ルチルア、ちゃん?」
「――…ええい黙れルチルア! こうなれば誰も彼も帰す訳には行かぬわ!」
 唐突に。
 当のルチルアから――苛立ったような、時代がかった声が響き渡った。声質までも何処か違う。…ただ、ベースはルチルアである事に間違いは無く。それは、目の前で変化して初めて気付く違いで。
 薬草売りのルチルア――そのキャラクターの風体がドット単位で織り変わる。トレードマークのツインテールが解け、織り変わったグラフィックに描き出されたその下の表情は――ルチルアとは程遠い、冷たいもので。
 ルチルアが織り変わり現れていたのは――邪竜の巫女、ゼルバーン。
 彼女は変化するなり、苛立ったように声を上げていた。
「クロウ・クルーハの眷属よ――喚起の声に答え、疾くその姿を現せ――!」


■直後――急転

 ゼルバーンの声に応じて現れたのは、ブースト・ワイアームの小型版のようなモンスターに、妖艶な女性の姿をした――だがその片腕のあるべき部分が金属で竜の翼を模ったような形になっており、足は鷲、毒蛇の如き長い尾を持った半人半獣、更には半機械とでも言うべき『白銀の姫』のモンスターの特徴を確り備えたモンスターが数体だった。後者の原型は目が三眼、しかも宝石をあしらってある事からしても恐らくヴイーヴル。…西洋竜――即ち敵対者・邪悪竜としての性質を色濃く残した等身大の精霊だからこそ、そんな形で使われているのだろう。どちらにしろ、曲りなりとも竜となれば――この『白銀の姫』ではクロウ・クルーハの眷族、即ちデフォルトで相当強い設定がされていると見ていい。
 あまりに唐突な事に、一行の反応は遅れる。が――内、二人だけが咄嗟に行動する事が出来ていた。喚び出されたその足で一行を襲い掛かろうとしていたその目の前に、ばっと勢いよく開かれていた日傘――汐耶の『カルッサ』、そして妖精の助力を受けたその『声』をもって彼らに状態変化の贈物を届けていたシュライン。それはどちらも一時凌ぎの時間稼ぎ。だが――ルチルアに対して僅かながらでも疑念を抱いていたからこそ、出来た反応。
 そしてその時間稼ぎは、他の面子が事態に反応する猶予を与える役に立っていた。相手がゼルバーンでは黒崎にはモンスターは近付いて来ない…と言う原則は通用しない。
「…ルチルアさんが――ゼルバーンさんなのですか!?」
 思わず声を上げているCASLL。内心、同様に思っているのだが――そんな中でも豪の方は冷静にデーモン『ゴールデン・レオ』の『獅子の目』を使っていた。驚いている余裕は無い。彼女の使う『ディアドラ』の能力――ゲーム内での運動を完全に計算して未来予測すると言うその能力に『獅子の目』で対抗しようと試みる。動きの分析で行動を予測する事。出来るか出来ないか――その間にも差し向けられたモンスターは一行を襲い来ていた。武彦と誠名の拳銃が火を吹く。セレスティが水をカッター状にし放っている。緋玻の扇が炎を生む。鎧を纏った白い子犬――CASLLの相棒や、奇怪な格好の下級悪魔――機械めいた装飾は無い『クロウ』の方の使い魔――がモンスターへと躍り掛かり、相手の油断を誘う。
 その合間を狙い、一行は撤退を開始していた。豪から共同でマッピングしていた紙をさりげなく掻っ攫い、先に行くわよと緋玻がまず先導。セレスティにシュライン、汐耶に黒崎がそこに続く。それを見――何故か、瞠目するゼルバーン。何を見て――黒崎か、と武彦は確認しつつその後に。誠名も同行、武彦に小さく頷いている。
 豪がその瞠目を隙と見て、ゼルバーンの身柄を拘束しようと『獅子のタテガミ』を繰り出す――が、先に別のモンスターがその攻撃に絡み付いていた。わざとその場に出されたような、囮のような移動。それどころか、ゼルバーンは更にまた新手のモンスターを繰り出して来た。…こちらも読んでいるつもりなのに、逆にこちらの行動が読まれているようにしか思えない。…何とか虚を衝き捕まえて『スーパーノヴァ』を叩き込もうと考えてはいるのだが。
 やはり『ディアドラ』には敵わないか――内心舌打ちしながらも、豪は直接自分を襲い来るモンスターを薙ぎ払っている。極天流空手の技の上に『覇拳神のゴーントレット』の力もあるが――減らせば減っただけ補充するように召喚が行われている。切りが無い。
 そこに――豪とモンスターを遮るよう、突然床から壁がせり上がる。何事か。思ったら『クロウ』が床に手を付いていた。コンバートされた際のアイテム・ストール付き無銘の手――接触対象を上書きし任意で別の物質に変換する長手袋を使用し、今ゼルバーンらモンスターからの攻撃を遮る盾とする為、壁を造り出している。…この場で彼女と戦って勝てるとは思えません、逃げますよと鋭く豪を促す。元々の力量もあるが、どうも場所柄からしてゼルバーンの方が圧倒的有利に思えたからだ。ひょっとすると今『クロウ』が作り出した壁さえも心許無い。…ダンジョン内の『罠』の凶悪過ぎる性質から考えれば――ゲームプレイヤーでこなせる程度の地形的な細工は、長くは通用しない。
 お早く、とCASLLが強く豪の手を引いている。促すよう足許の子犬も吼える。豪は頷き、悔しいながらもCASLLと『クロウ』の言に従った。…確かに目的は遂げた、囚われていた誠名は先に行っている。…現在は最後尾。CASLLと『クロウ』と豪の三人は元来た道――皆の後を追い駆ける。
 が――彼らが曲がり角の向こうに消えた少し後、『クロウ』の作成した壁は掻き消されるよう消えている。それを為したのもゼルバーンなのか――消えた、消したそこで軽く頭を振り彼女は小さく息を吐く。けれどそれで終わらない。再び一行が去ったその方向にモンスターを追い立てている。
 一行の方はあまり先に行き過ぎないように注意しつつ、最後尾を待っては先に進んでいる。…こう転べば往路でマッピング――作成した地図が命綱になる。ひとつひとつ地図と照らし合わせ丁寧に確認しつつ進む。その地図に従い、こっちね、と先導している緋玻が指したその方向へ足を踏み入れようとしたその時――待て、と誠名から鋭い声が飛んだ。そしてそのまま、小型拳銃を緋玻の前、道の先の空間へ発砲――と、その銃弾が、先程の場所と同じように唐突に中空で停止しドット単位で分解されていた。それを見て眉を顰める緋玻。ちょっと待ってよと改めて地図と照らし合わせる。…往路と同じならばこの場にその罠は無い筈。だが、実際目の前に件の罠がある。…多分時間かスイッチか何かでこの罠の場所が切り換わってる。誠名はそう告げ、こっちだとまた別の道へと促した。
 どうしてわかったんです、と訊く汐耶。わかんね、そんな気がしただけ――と、誠名から返るのはどうも往路でのルチルアの如き曖昧な反応。考え込みながら、何でか知らねぇが俺の頭の中にここのダンジョン情報流れ込んで来てるみてぇなんだよな、とぽつり。…それが『勘』って形で表面に出て来てるような。この場所のアンチョコがどっからか頭ん中に直結されてるみたいな変な感触がある、と、説明し辛いらしいその感覚を出来る限り説明していた。明瞭に全体像は見えないが、何故か――必要な時にはわかる、そんな感じのよう。
 誠名が先導になって少し後、案外引き離せたのか――ゼルバーンら、追っ手の姿は見えなくなっている。…少し様子の違うところに入った。今までは洞窟風だったその背景的景色が、どういう加減でか唐突に屋内風に変化している。…が、歩いている感触は変わらない――ふと壁の部分を触ってみると、先程の全然違う景色の時と感触がまったく変化無し。歩く中、開け放したままの扉が装飾の如く時折存在している。それを見て――ちょっと試してみますか。と、皆を前に送り出した後、セレスティは『テウタテスの聖鍵』を取り出し、その扉を閉めて即施錠。扉があるたび、同様の事を何度か続け、行き止まりを幾つか作っている。…この場所でどの程度効果が期待出来るか自信はありませんが、少しの邪魔にはなるでしょうと言う訳で。
 …本当にこの道で良いのか。誰からとも無く疑問を投げられながらも――方向はだいたい合ってる、と緋玻が地図を見て言っている。往路と同じく、シュラインの『マナナーンの祝福』と『クロウ』の使い魔もまたそのマッピングに協力していた。…敵の位置――ゼルバーンとクロウ・クルーハの眷族モンスターらの位置も、一度遭遇している今はシュラインの花飾りの力で表示させる事が出来る。
 …まだ、追う事を諦めていない。ゼルバーンらは、一行が来た道を辿るだけでは無く、明らかに通路をショートカットして追って来る。…『件の罠』が発動中の為、遠回りせざるを得なかった筈の通路を。…時々セレスティが扉を閉め施錠したところが多少の足止めになってもいるが、それもあまり長くは続かない。
「この罠、ゼルバーンが仕掛けているもの、って事…?」
 ここまで鮮やかに罠の部分をショートカットして来られるとなると、とシュライン。
「…って幾ら上級の敵役NPCとは言え、あのファイアーウォールもどきが自在に使えるとなるとゲームとしちゃ反則の域にならないか」
 シュラインの言を聞き、ぼやく武彦。そこに、黒崎まで頷いた。
「僕にもそう思えるね。…いやそもそもこのダンジョンは――『白銀の姫』の『ダンジョン』なんだろうか」
 普通のダンジョンとは絶対に違う。だからと言って現実世界とも当然違う。異界化の影響――かどうかはわからない。…どうもここは『白銀の姫』と言うゲームのその『裏側』と言うか『隙間』に入っている場所じゃないか――そんな風にも思える。…それは『白銀の姫』の法則はある程度継承させてある、けれど――それにしてはCGの貼り合わせが唐突に杜撰だし、作動しているプログラムが妙に素っ気無い上に――プレイヤープログラムである身から見ると、あまりにも効果がえげつない。
「…そういやさっき俺が閉じ込められてた檻な、あの中だと銃が使えなかったんだよ」
 思い出したように、誠名。
「それは――?」
「いや、閉じ込められた時にちょっと撃ってみたんだがね――そうしたら引き金は引けるしマズルフラッシュも起きてる、つまりグラフィックや効果音に俺の手応えの方では確り発砲してる事になってるのに、どう言う訳かプログラムの方で撃ったと判定されていなかった」
 ジャムってる――銃身に弾が詰まってるって判定されてるなり、引き金自体が引けない形になってる、ってんなら『銃が使えない』って事もゲームとしてまだ納得行くがな、見たトコと実際の命令プログラムが完璧にズラしてあるとなりゃ、ちょっとおかしいだろ?
「…それ、ゲームとしては普通、バグになりますよね」
 ぽつりと汐耶。…そうだろ? とすぐに誠名も受けている。
「…ゼルバーンって、『何』なのかしら」
 ふと呟くシュライン。
「…女神は『白銀の姫』の根幹プログラムって話だったわよね。どうもこのゼルバーンも同じような立場のプログラムのような…でも何か、違う…」
 疑問は膨らむ。
 が。
 それより先に、ショックから抜け切れない人も居た。
「それにしても…ルチルアさんが…なんて…」
 CASLLががっくり落ち込んでいる。豪も厳しい顔のまま黙り込んでいる。ルチルア=ゼルバーン、目の前でそんな事が判明すればショックも受けるだろう。
 ショックを受けるのは後回しにした方が良いですよ、そんな冷静な声が『クロウ』から飛んでくる。皆注意を払いながらも足早に移動してはいるが――それでも、ゼルバーンらの動き方と比べるなら、追い付かれるのは時間の問題。
「――駄目、追い付かれる」
 花飾りの蔓を挿してゼルバーンらの位置を確認していたシュラインの声。咄嗟に来た道に向け武器を構える一行。途端、後方から迫って来るモンスターたちの姿が見えた。それぞれの攻撃が――特に遠距離に適したセレスティのウォーターカッターや緋玻の炎魔法等が炸裂している。
 そして――その間に誠名がショットガン――『フォモール王の重き瞼』を構えていた。その間にもモンスターたちが次々に襲い来る。照準を合わせカウントを取るか――迷いながらもモンスターらに向け、破れかぶれでどきやがれと一喝。
 が。
 誠名のその一喝で、何故か――クロウ・クルーハの眷族である筈のモンスターたちが、どきやがれとの言葉通り本当にどいた――動く事を途惑ったようだった。何っ、と声を上げるゼルバーン。が、すぐに、ち、と舌打ちしつつ、何事が起きたか理解したようだった。逆に、ゲームプレイヤー側にしてみれば何が起きたかわからない。ただ、何か様子が変わったようではあるので――皆の攻撃の手は止まっている。
 …ゼルバーンのその瞳に、何故か怯んだような色がある。
 直後。
 ゼルバーンのキャラクターグラフィックが――不安定に揺らぐ。冷徹なその表情が何か苦痛に耐えているような表情になる。ぶぅん、と音を立て、ゼルバーンに重なっていたのはルチルアのキャラクターグラフィック。それも不安定に揺らぎつつ、ゼルバーンとルチルアのグラフィックが何度か、入れ替わる。そして揺らぎが落ち着いたその時、表示されていたキャラクターグラフィックは――ルチルアの方で。
 力一杯叫ぶ声が、皆に届いた。
「ゼルバーンちゃんはルチルアちゃんが押さえてますから早くみんな逃げて下さいっ!!!」
 声の限りとばかりの必死な叫びが飛んでくる。
「ルチルアさんっ!!」
 即座に返るCASLLの叫び。…やはりルチルアさんはゼルバーンさんとは違う。
 置いて行くなんて、出来るのか。
「いーから行ってくださぁあ〜ああぁいっ!!!」
 叫び、頭を抱えつつぺたんとその場に座り込むルチルア。それに呼応してか、彼女の側に居たクロウ・クルーハの眷族は、ルチルアを囲む形で止まっている。
 …囲む彼らが――何処かルチルアを心配しているように見えたのは、気のせいだっただろうか。


■もう一人の邪竜の巫覡?

 ルチルアの願いを受け、一行はダンジョンの入口近くまで何とか逃げてきた。
 …が、後ろ髪引かれる思いが拭えない。そのせいか、今度は足取りはどうも重くなっている。早く逃げるべき、そうは思っているのだが――どうも、出来ない。
 今は誠名の道案内を聞きながら、黒崎が先導するような状態になっている。ルチルアに対し思い入れがゼロなのは黒崎だけになるからかもしれない。ただ反面、ゼルバーンは黒崎の事が何か気になっていた様子ではあったが――黒崎の方は特に気になるでもないらしい。黒崎はむしろ、誠名の方を気にしているような節があった。
 いったい何事かは謎だが――今はとにかく、帰るべき。
「…ああ来られるとは思いませんでした」
「ルチルアちゃん…」
 気遣わしげになってしまう声。…それは――ルチルアはあの場に居ても危険は無さそうだと言う事は良かったのだが、その彼女が世界の破壊を望む邪竜の巫女ゼルバーンと同一キャラクターとなると、立場として敵対するしかなくなってしまうだろう事が、何と言うか――残念であり、悲しいのだ。
 そしてそうでありながら、自分たちを逃がそうとした事実。
 …やり切れない。
 と。
「…痛っ」
 特に問題も無く歩いていた筈の誠名が不意に声を上げている。そして――自分で何が痛かったのか確かめるなり、誠名はそのまま、立ち止まっていた。
「…ぶつけてしまっていましたか?」
 気付かず少し歩いた後、小首を傾げて、セレスティが誠名を振り返る。痛っ、と声を上げたのは、確か、自分の『十字架の錫杖』に触れたその時。そうだったと見たからだ。
 が。
 誠名から答えは返らない。
「どうかしましたか、誠名さん?」
「真咲さん?」
 他の面子から声を掛けられても、同じ。答える気配が無い。
 が。
「…これもありなのかも知れねぇな」
 ぼそり、と自嘲気味な呟きが答えの代わりに発される。何事か――誰かが改めて訊く前に、誠名のその片手が、す、と挙げられた。と、その甲から指にかけて――焼け爛れたような無残な痕。それも、たった今焼かれたように微かに煙まで上がっている。…肉が焼かれる臭いが無かったのは異界とは言えゲーム世界がベースであるが故か。
「ちょっとそれ…!」
「何処でそんな――ってまさか」
 誰からともなくセレスティの『十字架の錫杖』に視線が集まる。…セレスティの『十字架の錫杖』は――『聖別された白銀』製。
 それに触れただけでいきなり灼かれた、となれば。
「気持ち悪ィもん見せて済まねぇが――『そう言う事』みたいでな」
 一応治す前に知らせといた方が良いだろ。言いながら手を下ろし、誰か薬草か回復薬持ってない? と訊いている。ここに来る前にそれなりに買い込んである訳で、御要望の品はすぐに手に入る。微かに触れてしまっただけと言う事で、軽傷で済んでいる。…アイテムですぐに完治した。
 ともあれ、聖別されたものに灼かれるとなれば――属性が極端に逆、邪悪なものと設定されている事になる。例えばこのアスガルドに於いては――クロウ・クルーハの眷族、もしくはそれに仕える者とでも。
「…気付いたか? さっきクロウ・クルーハの眷族連中が俺の言う事聞きやがった。この誰かさんの手の内みたいな性質の悪いダンジョンの構造も俺の場合なぁんでか勘で読める。…それから言ってなかったと思うがこのショットガンな、名前が『フォモール王の重き瞼』って思わせ振りな代物だ。で、照準合わせてフォーカウントしてから撃つと対象プログラムが初期化もしくは消去されるって代物だとも言う話でね。実際撃った事はまだ無いが――ぶっちゃけ誰かさんの『バロールの魔眼』と性能が殆ど同じらしい」
 嘆息混じりでそこまで告げ、誠名は厄介な事になっちまった気がする、とぼやいている。
 この『白銀の姫』、単なるいちゲームプレイヤーにクロウ・クルーハ側の設定が、それも、強弱ともあれ性質が他のキャラクターをコピーしたかの如く重なる能力設定がされる事があるのか。そんな疑問が渦巻いている。が――材料がそこまで揃われると、誰も否定できない。
 と、そのタイミング。
 黒崎だけが、ひとり納得したようにこくりと頷いていた。
「…だからきっと殺されるんじゃなく捕まる事になったんだと思うよ」
 ゼルバーンにとっては自分が動く為にはあんたの存在自体が邪魔だったんだ。きっとね。存在自体が邪魔なら、死んでジャンゴに戻られても不都合な訳だから。
 そう告げて、にこりと笑い誠名に手を差し伸べる。
「真咲誠名さんだったよね、ひとつ頼みがあるんだけど――聞いてくれるかな」
 ………………邪竜の巫女ゼルバーンと重なるその力、是非僕に貸して欲しいんだ。
 レベルや経験値は関係無い。ただ特定の役目に雁字搦めに縛られていない、自由意思でいられるままに保持している、その性質の力が欲しい。
 どうだろう?

【怪奇系始末屋、拘束される 了】


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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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 ■整理番号/PC名/白銀の姫ゲーム内偽名(指定あった人のみ)
 性別/年齢/現実世界の職業/白銀の姫ゲーム内クラス(指定あった人のみ)

 ■3453/CASLL・TO(キャスル・テイオウ)
 男/36歳/悪役俳優/勇者?(注:モンスターと間違えられがち・気持ちはネヴァン派)

 ■2263/神山・隼人(かみやま・はやと)/クロウ
 男/999歳/便利屋/冒険者

 ■1883/セレスティ・カーニンガム
 男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い/冒険者(魔法使いor学者系)

 ■2240/田中・緋玻(たなか・あけは)
 女/900歳/翻訳家/冒険者(魔法使い)

 ■1449/綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)
 女/23歳/都立図書館司書/冒険者

 ■0631/強羅・豪(ごうら・つよし)
 男/18歳/学生(高校生)のデーモン使い/アリアンロッド付きの勇者

 ■0086/シュライン・エマ
 女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員/冒険者

 ※表記は発注の順番になってます

×××××××××××××××××××××××××××

 …以下、公式外の登場NPC

 ■真咲・誠名/異界登録NPC
 怪奇系始末屋の仕事として失踪者を捜す為にアスガルドに来訪した『冒険者』ことゲームプレイヤーの筈なのだが、どういう訳か邪竜の巫女ゼルバーンの能力をそのままコピーしたようなキャラクター扱いになっているのでは、と言う疑惑が浮上。

×××××××××××××××××××××××××××
          ライター通信
×××××××××××××××××××××××××××

 大変お待たせ致しました。漸くのお渡しです。
 …いきあたりばったり炸裂、若干の無謀(遠)が影響し、作成日数上乗せしてあるにも関らずお渡しは納期から一日〜半日遅れてしまっていると思われます(汗)。特にCASLL様、初めましてからこんなで御座います申し訳ありません(謝)。他のいつも御世話になってますな皆様に対しても基本的に毎度のようにお渡しが遅く…ああいつもこんな事書いてますね。少なくとも『白銀の姫』ではこうしないつもりで募集期間短めに取ったのに結局です…大変申し訳ありません…。結局この手の謝罪、書かないで済む方が圧倒的に珍しいような感じですね…。
 …取り敢えず『白銀の姫』では次から(…)あまり無謀はやらない事にしたいと思います。はい(滅)

 今回の時期としては…第3回ミッションに手を出した(これが↑で言う無謀だった件)事もありお渡しは微妙に前後してしまってます(汗)が、第2回ミッション前後か同じ程度、一部PC様の都合上、当方のクエストノベル第一弾の少し後程度…とお考え頂けるとだいたい当て嵌まるかと思われます。…NPCや『白銀の姫』全体の話の流れ関連で言うなら、ゼルバーン=ルチルアと自覚するかしないか程度の時期、黒崎&草間はダム・ド・ラックとのごたごた後、アヴァロン上陸前でさ迷ってる程度の時期、と想定しています。…さ迷っていながら何故こんな脱線した場所でうろうろしていられるのかは…次かその次(出来るのか/汗)のクエスト辺りで理由が出せると思います。…一応想定済みではあるので(大した理由では無いのでお気になさらず)

 ノベル本文は今回、『怪奇系始末屋救出作戦、開始』以降は皆様全面共通、そこに至るまでが個別もしくは二名様登場のお話になってます。
 …ってルチルアに声を掛けられる面子毎に分けてあると言う事なのですが。

■シュライン・エマ様にはいつも御世話になっております。…予想外だったかも知れませんが黒崎が話に乗りました。実は今回、もし誰かから黒崎に話が振られれば乗らせようとは想定していたので。ただそこに当て嵌まったら往路復路共に通常モンスターの心配は無しと言う事で、後半に書いて頂いたプレイングがあまり活きていない気がします(汗)。ゼルバーンが喚ぶクロウ・クルーハの眷族の場合、固定敵とは違い何処ででも出ますので話は違ってきますし…(汗)。そもそも今回の当のダンジョン、本当に『ゲーム』の中かどうかと言うところからかなり疑わしい場所になってました。それと、ルチルアに疑問を持って頂いたのは安全面で役に立ちました。

 今回はどうも特に後半が各皆様のプレイングから脱線気味ですが(汗)楽しんで頂けていれば幸いです。以降、またお気が向かれましたらその時は。では失礼致します(礼)

 深海残月 拝