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手を繋いで
姉妹旅行(?)のきっかけは、生徒さんから。
「スパリゾートホテルの宿泊無料ペアチケット……ですか?」
「ええ。一泊二日で、宿泊券と食事券がついてくるの。お得だと思うんだけど、どうかしら?」
あたしは生徒さんの顔とチケットを交互に眺めた。
(どうかしら、ということは――)
「いただけるんですか?」
「余計でなければね」
「とんでもないです。ありがとうございますっ」
夏休み中とは言え、なかなか羽を伸ばせない日が続いている。ゆっくり休む良い機会だ。
あたしは、チケットを破らないよう、丁寧にバッグに仕舞った。
「ふふ、みなもちゃんが喜んでくれて嬉しいわ。一泊する間に、疲れた肌と神経を休ませてあげてちょうだいね」
ええと、肌はともかく神経は生徒さんの対応一つですぐ良くなるんですけど……と思いつつ苦笑する。
でも、何だかんだ言って、生徒さんは優しいのだ。
(こんなチケットくれるんだもの)
「きっとすっごく気持ち良いわよ。存分に楽しんできてね」
「は、はい……」
そう言う生徒さんの瞳が、怪しかったりして。
誰を誘うか悩むでしょ――と生徒さんは言ったけど。
あたしは最初から妹のみあおを誘うつもりでいた。というか、前々から、みあおと一緒に何処かへ遊びに出かけたいと思っていたのだ。
――今まで、その明るい性格が目立って見えていたみあお。
だけど、あたしがバイトで犬になっていたときに会ったみあおは、とても寂しそうだった。
(見知らぬ犬を相手に遊ぶほどだもん)
一緒に暮らしているのに、みあおが遠くに感じられる。
あたしはまだまだみあおのことを分かっていないのだ。
(だったらもう少し近づいて)
出来るなら、みあおの寂しさを取り除きたい。
当日の朝、みあおは真っ先に起きて、あたしがご飯を食べ終わる頃には、玄関にちょこんと座っていた。
「みあおね、楽しみにしてたんだぁ〜!」
屈託のない笑顔でそう言われると、「ちょっと待って」とは返せない。あたしも急いで支度をして出かけた。
「こんなに早くから行ったら、夜にはふやけっちゃうよ」
「いいの、いいのっ」
手を繋いで、小声で歌も歌ったりして。
みあおは電車に乗るのも楽しそう。
流れていく景色を面白そうに眺めている。
行き先は都内だから、少し寄り道してもいいなと思っていた。
(遊べる場所が多いもんね)
家を出た時間が早かったし、バイト代やお父さんがくれたお小遣いも含めてお金には余裕があった。
「あ、水族館だぁっ」
「入る?」
綺麗な色の魚や、大きなマンボウ。
薄暗い室内の中を、みあおに連れられてこっちをふらふら、あっちをふらふら。
水族館なのに、何故か爬虫類までいたりして。
みあおとあたしとは身長に差があるものだから――「この子見て見てっ」「わー、すごいね」と二人で盛り上がったのに、互いに見ている生き物が違ったりして。
「おねーさま、みあおが見てるのはこっちだよー」
と、みあおに笑われる始末。
その後、早めにご飯を食べて(食べてすぐお風呂に浸かる訳にはいかないもの)、目的地へ。
随分立派な施設なものだから、あたしはバッグの中のチケットを何度も確認して、みあおにからかわれた。“しんぱいしょう”だって。
でもね、これは仕方ないの。もしチケットを忘れていたら――って考えたら、不安になるんだもん。
「お風呂がいっぱい!」
早速服を脱いで、みあおに急かされるまま、二人でお風呂へ直行。
花びらで埋め尽くされた浴槽や、白色のお風呂、レモンが浮かんでいるものもある。
最初に入ったお風呂は少し熱めになっていて、みあおは一瞬、心地よさそうに身体を震わせた。
「気持ちいい……」
うーん、と身体を伸ばして息を吐く。
こうしてゆっくりするのもいいな――と、みあおは他の浴槽も気になるらしく、きょろきょろしている。
(気が早いんだから)
でも、まだ夕食前だし、そんなにゆっくり浸かることもないかな。
「みあお、色んなところを回ろっか」
「うん! ぜーんぶ回りたいなぁ」
元気が有り余っているみあおが先に立って、あっちに浸かってこっちに浸かって。
特にみあおが気に入ったのは泡風呂だった。泡に囲まれているみあおは妹ながら可愛くて、自然とあたしの口にも笑みが零れた。
さすがに一日で回りきるのは無理があって、みあおの身体がふらつかないうちにお風呂から上がることにした。
丁度夕ご飯の時間だ。
食事はバイキング形式になっているから、自分で好きなものを選べる。
だからつい好みが偏ってしまいそうで――みあおに「好きなものばかり取ったらだめよ」と言いつつ、あたし自身フルーツばかり見ていることに気付いて苦笑した。
(この時期は桃が美味しそう)
買うと高いんだよね……とついついいつもの癖が出てしまったりして。
うーん。迷う。
(和食は好きだけど、家で頻繁に食べてるし……イタリアンにしようかなぁ)
ふと見ると、みあおは慎重な手つきで小籠包子の入った小さな籠を取ろうとしているところだった。蓋を上げると肉汁がキラキラしていて――ああ、中華もいいなぁ。なんて。
自分が食べられる量がどれ程か考えつつ、気になったものを取っていく。ちょっとまとまりが悪くなったけど、二人で美味しいと言いながら食べていると、そんなことは気にならなくなってしまった。
そして遂にみあおの本領発揮!
小さなゲーセンが付いているんだけど、ここに置いてあったエアホッケーで勝負したのだ。
みあおの動きは素早くて、なかなか追いつかない。ちょっと気を抜くと得点を入れられてしまう。
しかもこのエアホッケー、時間が経つごとにパックの数が増えるのだ。最終的には二人で三つのパックを弾きあうことになって、何が何だかわからなくなってしまった。反射神経のみで動いていると、ねこじゃらしに反応する猫の気分になる。
これを二ゲームやったものだから、その後にやったシューティングゲームは二人ともボロボロ。動くのはゲーム中の人物なのに、あたしたちがゼイゼイ息を切らしているという、変な状態だった。
汗をかいた後は入浴。
今度は大きな浴槽にじっくり浸かることにして――まずは身体を洗う。
みあおの背中は改めて見るとあたしのそれよりずっと小さくて、幼く出来ている。逆にみあおからすれば、あたしの背中は大きく感じるみたいで――あたしの背中をみあおが洗ってくれている間、「おねーさまって大きかったんだねー」としきりに呟いていた。
お風呂から上がって、部屋に戻ったまでは良かったけど、そこに訪ねてきた人がいる。見知らぬ女性たちだ。
「海原みなもさんとみあおさん、初めまして」
「?」
「私たち、あなたたちにチケットを渡した人の知り合いなんですよ。マッサージのこと聞いていますか? チケットに書いてあるんですけど……」
「え?」
荷物を取り出して確認してみると、なるほど、そこには小さく「マッサージ付き!」と書かれていた。
……生徒さんの手書きで。
(う、胡散臭いなぁ……)
「腕には自信があるので安心して下さいね」
と女性は言うけれど、あたしが心配しているのはそこじゃなくて……。
あたしと違って、みあおはすっかりその気だ。ベッドの上にうつ伏せになり、顔だけこちらを向けてはしゃいでいる。
(うーん)
きっと生徒さんの好意でマッサージをつけてくれたんだよね。
うん、大丈夫っ。
お願いします、と頭を下げて、ベッドにうつ伏せになった。
「ああ、だめですよぉ。全部脱いでくれなくちゃ」
「え……」
促されるまま浴衣や何やらを脱いで再度うつ伏せになった。少し恥ずかしいけど、マッサージだと裸になるというのはよくあるみたいだし……。
全身にオイルのようなものを塗られて、優しく揉まれる。痛いことはなくて、心地よく、身体に熱が宿ってくる感じ。
みあおは寝息を立て始めている。
「仕上げです、仰向けになってくれますか?」
「あ、はい」
言われるがまま仰向けになったあたし。
これが間違いだった。
次の瞬間胸を掴まれたのだから。
「きゃああああ?! 何するんですか!」
「これもマッサージです。大事な効果があるんですよぉ」
「何の効果ですか?」
訊くと、女性は自信満々に言った。
「みなもさんの胸が大きくなります!」
って、そんなサービスいりません……!!
……胸が成長してくれるのは嬉しいけど。
女性たちが帰ってからしばらくして、みあおが目を覚ました。
「あれー、おねえさま……」
みあおは顔を上げて、同じベッドにいるあたしを不思議そうに眺めた。
「みあおと一緒に寝ようと思って」
「……ホント?」
みあおは嬉しそうに身体を揺すった。
それからおしゃべりをしながら、あたしたちは向きあった格好で、眠りの世界に入っていった。
(みあおは……楽しんでくれたのかな……)
行きと同じように電車に乗っての帰り道。
「楽しかった?」
あたしの質問にみあおは満足そうに「うん!」と頷いた。
「そっかぁ」
それを聞いて安堵する。
本当の意味で寂しくなくなった訳ではないだろうけど、それでもみあおが楽しんでくれたなら――。
「…………おねえさまは?」
「え?」
「おねえさまは、楽しかった?」
みあおの大きな目があたしを見上げている。
(もしかして)
みあおはみあおで、あたしのことを気にしてくれているのかな?
「勿論楽しかったよ」
「良かったぁ。ここに来たときくらいは、おねーさまにも笑ってほしかったの」
「?」
みあおはいたずらっぽい声で、
「だっておねーさまは、しんぱいしょうで“きぐろう”がたえないって、おかーさんが言ってたんだよ」
終。
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