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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


ゆめくじら、うつつのきみ

「さて、まずはこちらでしょうね」
 セレスティ・カーニンガムは、パソコンを開くと主だった掲示板を次々と開いて行った。特に気になるのは、やはりゴーストネットOFFのそれだ。規模も寄せられた情報の精度も、他のものよりずっと高い。探すのは、日本人形についての記事だった。
「髪が伸びる…ねえ、これはよくある話です。…動く鎧武者。…それは面白そうですが、この場合はね」
 と、次々と記事を読み飛ばしていく。セレスティが探しているのは、正確には、日本人形ではない。『うつつのきみ』と呼ばれる小さな童子なのだ。話を聞いたのは昼間、暑さしのぎに近頃時折立ち寄るようになった不思議の苑、寿天苑での事だ。セレスティを迎えてくれた天玲一郎(あまね・れいいちろう)が、茶のついでにと話してくれた。それは、ゆめくじら、と呼ばれる雲のような不思議のくじらに、姿を変えられてしまった子供の話だった。聞けば、彼の知り合いの画家、佐生深織(さしょう・みおり)と言う女性の生徒なのだと言う。その子に異変が起きたのは、二週間前だったそうだ。はじめの一週間は卵の姿でいたのだが、その後殻を破って出てきたのは何と、コアラだった。驚いた深織が寿天苑に駆け込んできたのは、今朝方の事。玲一郎の姉、鈴(すず)によれば、それは、ゆめくじら、と言うくじらのせいなのだそうだ。ゆめくじらは「姿を変えたい」と言う願いにひかれて現れて、まずはその相手を飲み込み、卵に変える。七日後に卵は割れ、飲み込まれた者は望みの姿に変身して出てくるのだ。その昔、仙人が作った品であり、かつては玲一郎たちが管理するここ、寿天苑に収められていたもので、本来は『うつつのきみ』と言う人形の姿をしたものと対になっているのだと言う。卵になって14日後、要するに変身した七日後に、うつつのきみが現れて、変身を解く手筈になっているのだが、今回はそのうつつのきみが現れてない。人形の姿をしている為に、どこかで間違って人間の元に居るのだろうが、それを見つけてやれば子供は元に戻る。うつつのきみは、小さな童子の姿をしており、よく人形と間違えられる。間違えられると自分でもそう思いこみ、すっかり人形になりきっているだろうというのが、鈴の推量だった。
「面白そうですね」
玲一郎の話を聞き終えたセレスティ・カーニンガムは、一つ息を吐くと、言った。
「私も一つ、協力させていただきますよ。美味しいお茶とお菓子のお礼にね」
 玲一郎が嬉しそうに礼を言うのに頷いて、セレスティは寿天苑を後にし、今に至るのだ。
「とは言え…」
 現時点でアップされている全ての情報を検索し終えたセレスティは、小さく息を漏らした。めぼしいものは見当たらない。と言っても、情報量自体に問題があるわけではなかった。不可思議な人形と言うのはこの世に溢れているらしく、その手の話は山と載せられているのだが、決め手が無いのだ。うつつのきみは童子の姿をした人形に見えるが、もう一つ、特徴がある。ゆめくじらだ。彼の傍にはゆめくじらが居る。と言う事は、その近辺には必ず、大きな雲が浮かんでいる筈なのだ。セレスティはしばらく考えた後、キーボードに指を走らせた。
『雲をつれた日本人形を探しています。不思議な人形なので、もしかすると動いたり、子供達に混ざって遊んでいるかも知れません。子供の姿をしていて、近くにはずっと、大きな雲が浮かんでいる筈です』
 数分後、沢山のレスが全国から寄せられた。全部あわせて、数十件。うち、明らかに見かけが違うと思われる話を間引いても、十件程残る。場所もあちこち離れているし、どうしたものか、と考えたセレスティは、ふと思いついて受話器を手に取った。玲一郎から聞かされていた電話番号。彼とは別方向から調査を進めているであろう、旧知の友人に電話してみる事にしたのだ。
「こんにちは、よくお会いしますね」
 相手の驚きようを楽しんでから、セレスティは自分の調査結果を話した。話は非常に簡単に片付いた。彼女らの調査結果に一致するものが、セレスティが残した十件の中にあったのだ。
「そう…そうですか。なるほど。それではすぐに。玲一郎さんにはこちらから連絡しておきますよ」
 彼と玲一郎とを乗せた車が、柳家の前に止まったのは、そのきっかり15分後の事だった。

「ホント、良く会うわね」
 会うなり呆れ顔でそう言ったシュライン・エマに、セレスティはいつもと同じく優雅な笑みを返すと、
「この暑さはちょっと苦手でしてね。私なりにうつつのきみを探していたんですよ。いくつか絞り込めた所までは良かったんですが、その先に決めてがなくて。キミたちの調査結果と照らし合わせてみようと思ったのですが、丁度良かった」
 と、説明してから、今度は深織に視線を移して、初めまして、と挨拶した。
「あ…あの、この度は…ありがとうございました!」
 と、頭を下げる深織に、
「いえいえ、まだ何もしていませんよ」
 と首を振る。彼女の向かいには、コアラの郁美を抱いた母親が不安そうに腰掛けている。柳母娘も一緒に、と提案したのは、シュラインだった。家を見つけたとて、うつつのきみをすんなり借りられるとは限らないし、信じてもらえるかどうかも謎だ。時間も無い以上、連れて行ってしまうのが一番良いと言う意見には、セレスティも賛成だった。
「大丈夫ですよ、お嬢さんは必ず、元に戻ります」
 微笑んでやると、母親はぎこちなく頷いて、娘を抱き直そうとしたがうまく行かない。不安定なのを見かねて手を伸ばすと、セレスティはコアラをひょいと抱き上げた。あ、と母親が声を上げかけたが、信用してくれたのだろう、何も言わずに座りなおしただけだった。少々ごわごわしているが、ふかふかした毛並みは楽しくて、セレスティは一しきりコアラを撫でさせても貰う事にした。反対側の席では、シュラインが玲一郎の腕をつついて、
「ねえ、玲一郎さんが呼んだの?」
 と聞いている。玲一郎とセレスティが知己であったのが、意外だったようだ、玲一郎はええ、と頷くと、
「丁度、家にいらしていたんですよ。で、お願いしたんです。ご親切な方ですね」
 と言った。ふうん、と頷きつつも車内を見回したシュラインが考えている事は、セレスティにも何となく想像がつく。彼女の相棒が営む探偵事務所の窮乏振りはよく知っているからだ。ぐるりと車内を見渡したシュラインはやがて、ふう、と一つ息を吐くと、言った。
「ねえ、知ってる?玲一郎さん」
「はい?」
「お金は寂しがりで、貧乏神は情が深いんですって」
「…はあ」
 玲一郎は首を傾げ、セレスティは肩を震わせて目を逸らした。なるほど、中々為になる事を聞きました、と言わなかったのは、この友人を怒らせるのはあまり得策ではないと知っていたからだ。

 待ち合わせ場所に現れたのは、セレスティも何度か顔を合わせた事のある、黒榊魅月姫(くろさかき・みづき)と言う少女だった。いや、少女と言う言葉は、彼女を表すにはあまり適当では無いだろう。彼自身もまたそうであるように、長い時を過ごす者の持つ独特の雰囲気を彼女はその身に纏っていた。別ルートで調査をしていたと言う彼女と合流して6人が向かったのは、マンションの間にぽつんと取り残されたような小さな家だった。住人である老夫婦は6人を快く迎えてくれた。情報をくれたのは、ここに住む老夫婦の所に遊びに来ていた孫娘だ。ネットの掲示板を使って情報を募っていたセレスティの下に寄せられた多くの情報のうちの、一つだった。古道具屋で見つけたお祖父さんが、お祖母さんの為に童子の人形を買って来た後、その近辺に大きな雲がどっかと居座っていると思う、と言うのだ。
「全くねえ、子供と言うのは奇妙な事を言い出すもので」
 と、老人は言った。孫の話は全く信じていないらしい。当の孫娘は、祖父の言葉など気にもかけず、セレスティの膝の上で丸くなっているコアラに視線は釘付けだ。こちらも孫たちの話は信じていないらしい祖母が、茶を出しながら苦笑する。
「それで、あのお人形は…」
 ときょろきょろする深織に、妻の方がはいはい、と頷いて奥に消え、小さな日本人形を持って戻ってきた。童子の姿に、何故か杖を持っている。見た所確かに、人形だ。これが本当にうつつのきみなのだろうか。それにしても、愛らしい。だが、シュラインが嬉しそうに、うわあ、と感嘆声を上げるや否や、それは、飛んだ。老夫婦はひゃあ、と仰け反り、孫娘もきゃっと悲鳴を上げて飛びのいた。老婦人の腕から飛び降りた童子は、周囲の様子などには目もくれず、セレスティの前に立つと、持っていた杖をびしりとコアラに突きつけて、甲高い声で叫んだ。
「戻るか、戻らぬか!」
 コアラが僅かに身じろぎする。迷っているのだろうか。不安になったのだろう、母親が小さな声で、郁美…と悲鳴を上げたのが聞えた。その時、傍に居た玲一郎と何やら素早く言葉を交わした魅月姫が、つと前に進み出て、コアラの瞳を覗き込んだ。
「郁美さん。貴女の気持ちを、一度お母様にお話しなさい。このままではお母様はずっと、貴女の心が見えないままです」
 魅月姫の言葉に、コアラが顔を上げる。
「嫌な事は、嫌。それだけの事でしょう?」
じいっと見詰めるコアラに、魅月姫は頷いて見せた。しばらくの沈黙の後、コアラはうつつのきみに向き直り、微かに頷いたように見えた。
「聞き届けたり!!」
 うつつのきみが叫び、杖が振り下ろされた次の瞬間、コアラはみるみるうちに一人の少女に変ったのだ。一方、童子は再びぴょんと高く飛び上がり、そこへ開け放った窓から真白な雲がするすると入り込み、童子を乗せた。
「ゆめくじら!!」
 シュラインが叫ぶ。うつつのきみを乗せたゆめくじらは、再びゆうらりと窓へ向かって漂い始める。
「どうしましょう、逃げてしまいます」
 深織がおろおろとし、母親と郁美は目をまん丸にして見上げている。どうしたものかと思っていると、皆の背後から鋭い声が飛んだ。
「待てい!ゆめくじら!」
 がらりと襖が開き、大きな金魚鉢と風呂敷包みを抱えた鈴を見て、玲一郎が小さく安堵の息を吐いた。家の主である老夫婦と孫は既に呆然として驚く気力も無いようだ。彼らににっこりと微笑んで見せると、鈴は手にした金魚鉢を前に置き、叫んだ。
「天は地となり地は天となり。汝ら護りし虚空の器。…戻れ!ゆめくじら、うつつのきみ!」
 うつつのきみとゆめくじらが一瞬、びくり、と動きを止めた。次の瞬間、しゅん、と言う小さな風音と共にその姿は消え、気づいた時には、彼らはすっぽりと金魚鉢の中に収まっていた。

 ゆめくじら、うつつのきみの回収を済ませたセレスティたちが、再び寿天苑で顔を合わせたのは、それから一週間後の事だった。中庭に面した和室に集まった皆は、ちゃぶ台の上に置かれた金魚鉢を囲んでいた。鈴があの時持っていた、鉢である。あべこべの鉢、と呼ばれていると聞いたのは、ついさっきだ。
「…面白いですね。確かに、あべこべです」
 セレスティは、鉢の上部に張られた水の膜を突付いた。幕はぷよんぷよんと上下はするものの、決して突き破る事は無い。それにはかなりの気力、もしくは呪が要るのだと言う。水面のようだが、水面でない。手触りは中々良い感じだった。中にはゆめくじらとうつつのきみが、ぷかりぷかりと漂っている。よく見なければ気づかないかも知れないが、彼らの上下は明らかに逆になっており、ゆめくじらは腹を上に、うつつのきみはその背に逆さづりになっているように見えなくもない。このあべこべの鉢の中では、天地は逆になり、中にいる彼らは、海の上を飛んでいるように思っているだろうと、鈴は言った。空ならばどこまでも漂っていくゆめくじらだが、水には弱く、雨雲には近寄らぬ程なのだと言う。
「郁美ちゃん、塾とピアノはやめたんだそうです」
 玲一郎の淹れて来た茶を飲みながら、深織が言った。
「お母さんは驚いてましたし、塾をやめるのには反対したらしいんですけど。本人がどうしてもって。魅月姫さんの仰る通りでした。まさか、お稽古や塾が嫌であんな事を考えるなんて…」
 私は全然気づかなかったのに、と悔いる深織に、魅月姫が首を振る。郁美がコアラになりたがった理由を看破したのは、彼女だけだった。大人達の多忙さを知らない子供だからこその理由だとは思ったが、忙しさやせわしなさから逃れる術としては、時々コアラになってみるのも悪く無いかも知れ無い。もしも自分が変身するなら、一体何になるだろう。コアラも確かに良かろうが、やはりパンダか、それとも…。考えるうちに、唖然として、次に慌てるであろう部下たちの顔が思い浮かんで、セレスティはふと笑みを漏らした。彼らの様子を見ているだけでも、楽しい休暇になるかも知れない。逆に部下に変身された時の事を考えてみると、それはそれでまた楽しいだろう。どうせなら、兎とか猫とか小熊とか可愛がりやすいモノに変身して欲しい。多分、彼はきっと嫌がるに違いないが…。
「でも、これでコアラのお休みはおしまいって事ね」
シュラインがぽつりと言い、セレスティも頷いて、
「本当は、これからが大変なのかも知れませんけど」
 と言った。そうじゃのう、と鈴が笑い、玲一郎は何も言わず、ガラスの器に盛った桃を皆の前に置いた。2週間の休みを経て、郁美は自分の道を歩く力を、ほんの少しだが得たのだろう。彼女はもう、大丈夫だ。前よりもずっとのびのびと描くようになったと深織も言っていたから、もしかすると将来、彼女のような絵描きになるのかも知れない。
「ところで、この子達って、また蔵にしまうの?」
 話を終えた後、ふとシュラインに聞かれた鈴は、にっと笑って、魅月姫と顔を見合わせた。
「それも良いのじゃがの。こやつらに関しては、引き取り手があってのぅ」
「それって、まさか…」
 シュラインが魅月姫を見、また鈴に視線を戻す。セレスティも驚いたが、鈴はそうじゃ、と頷いて、
「魅月姫どのにお預けする事にした。巷に流れては混乱を招く品ではあれど、確かな場所にあるのなら、それはそれで良い。寿天苑も永遠ではない。魅月姫どのの下にあるならば、安心じゃ」
 なあ、魅月姫どの。と鈴が言い、魅月姫も小さく頷いた。玲一郎にも、異存は無いらしい。あべこべの鉢に落ちた薄紅の花びらが、水面に小さな波紋を描く。空は今日もまた、抜けるように青い。いつか魅月姫にゆめくじら達を貸してもらうのも良いかも知れ無いなどと思いつつ、セレスティは空より深い蒼の瞳を細めた。

終わり。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】
【0086/ シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【4682 / 黒榊 魅月姫(くろさかき・みづき) / 女性 / 999歳 / 吸血鬼(真祖)・深淵の魔女】


【NPC 天 玲一郎 /男性】
【NPC 天 鈴   /女性】
【NPC 佐生 深織 /女性】


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■         ライター通信          ■
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セレスティ・カーニンガム様
ご参加、ありがとうございました。ライターのむささびです。『ゆめくじら、うつつのきみ』お楽しみいただけたでしょうか。うつつのきみの正確な居場所を、聞き込み以外で割り出すには、ネットからのアプローチも必要でしたので助かりました。ありがとうございました。それでは、またお会い出来る事を願いつつ…。
むささび。